俺と鬼と賽の河原と。生生世世
「え? ほらあれだ、筋肉痛なんだよ。婆ぶっ放して戦闘したりしててな。まあ嘘だが」
閻魔との電話中、不意に玄関の呼び鈴が鳴る。
「すまん、来客だ」
適当にあしらって、俺は携帯を閉じ、玄関へと向かった。
一体誰だこの野郎。
「どちらさんだ?」
扉を開けながら、俺は問う。
「甘酒はござらんか?」
ああ、こいつは――。
「甘酒は……、ござらんか?」
――甘酒婆だ。
「……またババアかっ!」
其の七十八 俺と更に。
「……」
「甘酒はござらんか」
俺は無言でババアと睨みあう。
「なぜ、何も仰られぬのか」
ババアは問うが、甘酒の有る無しを答えるわけがないのだ。
「じゃあ、仮に。あるって言ったらどうなる」
「熱病に罹る」
しれっと婆さんは言った。
よくもまあ、いけしゃあしゃあと。
「なら、ないって言ったら――?」
俺は問う。
ババアは答える。
「熱病に掛かる」
「ほらな!!」
性質が悪いったらないぜ、このババア。どちらにせよ病気確定じゃないかよ。
「答えてくださらんか」
「答えない」
「答えるまでここを動きませぬ!」
「ありますん!!」
「どっち!」
「知りますん!!」
「なんでしょうそれは!」
「わかりますん!!」
はあはあと肩で息をする俺とババア。
一進一退の攻防だ。
「仕方がありませぬな」
ババアは言う。
「このままでは埒が明かぬと言うもの」
ついに諦めたか。
「私もまた、熱病はやりすぎだと思っていた頃ゆえ、少々レベルを下げて……」
あ、駄目ですか、譲歩ですか。
「私が貴方を暖めましょう!」
「うわいらない」
「さあ! 甘酒はござらんか!!」
「要らん!」
「そう言わず! さあ! さあさあさあ!! 私と恋の熱病に罹りましょう!!」
「上手いこと言ったつもりか!!」
「内心会心の出来だと思った!!」
「ねーよ!」
「傷つく!」
ばっと両手を広げて迫ってくるババア。どうやって回避する……?
もうあれか? ボグシャアしかないのか? 逮捕覚悟で。
やるしかないか? いっちまうか?
……まあいいや、サァ逝くか。
無造作に振り上がる拳。
マジでやっちまうぜ、ってその瞬間。
俺とババアの間に人影が割って入った。
「何をやってるんじゃお主らは……」
その残念なTシャツと、赤銅色の金髪は……。
魃じゃないか。
「今まさにこの男が私に熱を上げようとしている所よ! 小娘!!」
「はっはぁ、嘘だぜ。間違いなく」
無駄に勢いづいたババアに向かって、魃は溜息を吐いた。
「要らぬわ。帰って貰えるかの?」
おお、心強いぜ。
今となっては、白いTシャツに描かれた、豪快な筆文字の『ノーセンキュー』が眩しい。
「ぬぬぬぅ……、小娘。何の権利があって……」
食い下がるババアに、きっぱりと魃は言った。
「間に合っておる」
彼女は俺の手を握り、ババアを見る。
「この男に熱を与えるのは、……妾だけでよい」
「くっ……、ここは引き下がろう、小娘。しかし、私を退けても第二第三のババアがお前たちの前に現れることだろう……、ゆめゆめ忘れるな!!」
「もう俺の知ってる婆の範疇じゃねぇ……」
「……ふう、助かったぜ。流石に二日連続でババアに襲われるとは思わなんだ」
「いや、よい……」
この薬師、義理は果たす。ということで、家に上げてお茶も出す。
「……のう、薬師」
隣に俺も座ると、魃は声を上げた。
俺は、すぐ隣の魃を見る。
「なんだ?」
おずおずと、魃は聞いた。
「暑く、……ないかの?」
「どういうこった?」
「どうも、力が回復し始めてるようなのじゃ」
「なるほどな」
確かに、言われてみれば。
温度が上昇したわけではないが、範囲が広がった気がする。
今までは魃が温かいだけで、周りに影響はなかった。
しかし、今。周囲六尺七尺くらいは影響下にある気がする。
「そうみたいだな。見たとこ」
「そうか……」
諦めたように、魃は笑った。
「ま、仕方ないのう。分かっていたことじゃ」
悔いは無いとばかりに微笑む。
「のう、暑くはないか? 無理に近くにいる必要はないぞ?」
そして、気遣うように口にした。
「また倒れさせるのは御免と言う物じゃ」
俺は、そんな魃に声を掛ける。
「おい、魃さんよ。ちょいといいか?」
「なんじゃ」
魃がこちらを向く。
その瞬間、俺は膝立ちになり、魃を抱きしめた。
暴れる魃を、無視して俺はその状態を続ける。
「なにを……、するんじゃ」
「いや、お前さん。俺がどんなのか分かってねーな、と」
俺が離さない事が分かると、魃は諦めたらしく抵抗をやめ、拗ねたような声を上げた。
「お主なんてあれじゃろ。ぐうたらで、残念で、鈍くて、ぐうたらで、馬鹿じゃ」
「……言い返せん」
「あと面倒臭がり」
「ぐう」
ぐうの音だけ出た俺に、魃は腕の中、首を傾げる。
「分からんのは、その割にこうして妾に触れようとしてくることじゃ。暑くて、面倒じゃろうに」
そんな魃を、俺は鼻で笑った。
「分かってないな、魃さんよ」
「ぬ、ムカつくのう、その顔」
むっとする魃に、更なる笑顔を俺は返す。
「俺は人の嫌がることをするのが大好きなんだよ」
「……ばーか」
馬鹿とはなんだ。
結局、『離れろ、ばか』の一言で俺は魃から離れることにした。
何故か、右手だけ離してくれなかったが。
「何でだ」
「……察しろ、ばか」
馬鹿馬鹿と、俺はそんなに馬鹿じゃない、と反論したいところだが、とりあえず。
察した気分になってみるとしよう。
黙って隣にいることにする。
「ところで、じゃな。シュークリーム、食べるかの?」
唐突に、魃は机の上に箱を載せた。
よく見る店の名が刻まれている。
「……今日は覚醒必殺技とやらはとびださぬ、よな?」
魃が半眼を向けてきた。
失礼な奴だ。そんなことするはずないだろうに。
「安心しろ、テンションゲージ半分以下だから。まあ、右、下、右下、HSからの叩き落しが出なければ大丈夫だろう」
「はあ……」
まあ、流石に俺も飛び上がりながらシュークリームを打ち上げて地面に叩きつける真似はしたくない。
「今日はチョコとカスタードがあるんじゃが、どちらがよい?」
「カスタード」
なんとなくで俺は答える。
手渡されるシュークリームを俺は噛む。
まことに幸いなことに、意趣返しとばかりにカスタードがマスタードになっていることもなく、甘い。
地面に置かれた手は触れ合ったまま、魃もまたシュークリームを食べる。
しばし無言。
そして、一つ目を食べ終わった辺りで、魃が呟いた。
「そう言えば、チョコレートは一つしかなかったの。妾ので最後じゃ」
「なに、しまった。やられた」
謀られた。カスタード三つにチョコ一つってどんだけつりあい取れてないんだよ。
そう思って、魃を見たら、彼女は口を尖らせた。
「仕方ないじゃろう。一つしか売ってなかったんじゃから」
「くっ、仕方ないとはいえ、口惜しい。吐け」
「無理を言うでないわ。阿呆」
ちくしょう、別にそんなに食べたかったわけでもないのに損した気分だ。
思わず、つんつんと、魃の頬を恨めしそうにつつく。
「やめんか」
やめない。
「やめんか」
続行。
「やめんか……」
それでも俺は頬をつつくのをやめない。
「そんなに、食べたかったのかの……?」
「食えないとなると酷くもったいないことした気分になるぜ」
すると、魃は唐突に頬を赤くして、俺を見上げた。
「もしかすると、その。口の中に……、残っとるかもしれんぞ……?」
「……」
「……」
無言。
「なっ、なにか言わんか!」
「いや……。恥ずかしいなら言わなきゃいいのにな」
「うるさい! うるさい馬鹿!」
「俺が、よし、じゃあ口の中の舐め取るって言ったらどうするんだよ」
「そのっ……、ときは、責任取ってもらう……?」
なんで疑問系なんだ。
しかし、責任ね。責任とってやんなきゃなぁ。いい加減、なんもかんも決着付けてやらにゃあなるまい。
結界と呼べる代物かは微妙だが、理論は完成、後は実践あるのみだが、準備が足らない。
これでもババアと遊び呆けていたわけではない。
「ま、安心しろよ。そこそこ取ってやるから」
「と、取ってくれるのかの……? でも、そこそこ?」
「そう、そこそこ」
なんてすばらしい感動的な俺の言葉。
しかし、向けられたのは半眼と溜息だった。
「はあ……、お主という奴は。まあ、そうじゃったの。のう薬師」
まったく、人がせっかくやる気出して頑張ると言ったのに、その態度は些かやる気が下がるぞ。
「なんだよ」
「頑張らなくてもよいぞ?」
「いきなりなんだってんだ」
「無理して妾に付き合うこともない」
またそれか。
俺は溜息を吐いて、分かってないな、と言おうとしたら。
「そう言ったら頑張ってくれるんじゃろ? 妾のために」
先に、魃が人懐っこく笑って言った。
「わかってんじゃねーかよ」
俺も、思わず笑い返す。
「のう、薬師。寄るな、一生顔も見たくない」
「そうか」
「だから、嫌がる妾のずっと傍にいて……?」
見上げる魃に、俺はふん、と鼻で笑った。
「任せろ。人の嫌がることは大の得意だ」
「……薬師」
「ん?」
魃が、不意に俺に顔を寄せる。
至近距離に迫る顔。
彼女は言った。
「妾と、熱、上げてみるかの……?」
熱っぽく、妖しく。
俺はぽかんと固まって、魃も止まっていた。
そして、最終的に。
「恥ずかしい!!」
「オウッ」
思い切り平手打ちの刑に処された。
おまけと言うかオチ。
「なんかよく分からんが、機嫌直せよ」
「別に機嫌悪くなどないわ」
「うっそでー。ならなんで部屋の隅で体育座りなんだよ」
薬師に背を向けて、体育座りの魃。
よほどの不機嫌らしい。と、薬師は踏んでいたが、そうでもなく。
「うるさい。恥ずかしくてまともに顔も見れんだけじゃ、ばか……」
うるさい、の後の台詞はぼそぼそと。薬師に届いたのか届いていないのか。
「まったく。まあ、いいか」
どことなく、背にかかる声が心地よい。
まあ、結局の所。
笑っても拗ねても、今この現状が心地よいわけだが。
馬鹿らしくなって、魃は振り向いた。
不意打ち気味に彼女は薬師に抱きつく。
ああ、いっそこの際キスでもしてしまおうか、それとも愛の告白の一つでもしてしまえばいいのか。
照れくさくて、魃は薬師の胸に顔を埋めた。
いやに甘くて、熱い状況。
だったのだが。
そんな状況を邪魔したのは。
「甘酒はござらんか」
また、ババアかと。
「ぬふふぅ、しかし、小娘には熱病は必要ないようだが、男には必要なんじゃないかい?」
にやにやと笑う婆。黙る魃。
「……」
魃が再起動する。
「薬師。実際、甘酒はあるのかの?」
「ん、缶のやつがあった気がするが」
その言葉に応え、魃は冷蔵庫から甘酒を取り出した。
そして、戻ってくるなり、それを開ける。
最後に。
「よく味わうがいいわ!!」
自身の能力で沸騰したそれを甘酒婆の頭上で逆さに。
「アッーー!!」
「はいだらー!!」
「わはー、魃さんマジ鬼畜」
―――
何故二度連続でババアネタなのか。それは私のネタのメモの仕業。
テキストファイルに実際にメモされていた内容がこちら。
ターボ婆ちゃんとブーメラン婆でSBA(スタイリッシュババアアクション)
甘酒婆
ボールを友達にする能力
殺意のある宇宙人
朝起きたら薬師の右手がドライヤーに
……意味分からんです。マジで。本気で意味分からないから上から消化しようかな、と。
いや、多分次は普通に攻めます。
そして、完全に余談ですが、十五日にリボルテックのジェフティを購入してきたせいでロボアクションがしたくなる病。
ついでに、突貫で大天狗奇譚とか書いてました。
今から更新してきます。
返信
センター様
笑っていただければこれ幸い。
久々に完全ネタに走った気がします。
発作です。
多分間違いなく。
ズトラ様
コメディを描いた時ほど、笑えるかどうか心配なときはないです。
コメントが来てやっと一安心。
もういっそ己にしか趣味あわねぇってレベルの産廃なら逆にいいんですけど。
もう一種の開き直りが発動して。
黒茶色様
次出たら魔のババアトライアングルアタックですかね。足売りババアを加えて。
ババアババアドライブから、ババアババアババアドライブにジョグレス進化です。
しかし、これだけババアババア言ってたらババアがゲシュタルト崩壊しそうですババア。
果たしてこの四行で何回ババアと書いたやら。
リーク様
あちこちで大人気ですよ。ターボ婆ちゃんその他。
走る婆に飛ぶ婆、バスケする婆に卵投げる婆まで。多様性と一貫した婆が売りです。
ついでに「世界各国の妖怪、どれが最強か比べてみた」で調べるとちょっと幸せになれるかも
四次元婆とか地味に怖いですし。いつの日かアトミックババァとか出てこないか不安です。
奇々怪々様
どうしてこうなったかは、私にも皆目見当もつかない。不思議。
いやしかし、意気投合して思わず結婚したら見事な熟年カップル。お似合いですよ。
ツインババアはいがみ合ってたはずですが、結局双方ツンデレ的ライバルな二人だったらしく、いざとなったら手を組むタイプだった模様。
とりあえず、土壇場婆の萎え具合は以上だと思います。
通りすがり六世様
唐突なババア展開。まあ、そんな日もあります。多分、あるんです。
しかし、初対面の婆にすらいじられる美沙希ちゃんはまさに見事なドM体質。
次出てきたら、奴ら三段進化とか遂げてそうで怖いです。亜光速婆とか、そんな感じの。
とりあえず、自分ですら突っ込み切れるか定かじゃないです。どれくらいありますかね、突っ込みどころ。
春都様
SBAのところが一番書きたかった。ババアスタイリッシュアクション。
ただ、誰も順を追って、ババアとの物語なんて読みたくないと思ったんです。
故の超展開。誰も薬師と婆が少しづつ心通わせて手を取り合うところなんて見たくないんだぜーッ!!
次回くらいには清涼剤を入れたいと思ってます。はい。
SEVEN様
こいつら……、動くぞ!! そんな婆たちの宴。早く終われ。速攻で終われ。
しかし、棺桶婆とか、マジ凶悪です。車の運転手をつかみ出して棺桶にぶっこんでそのまま焼却場です。マジ鬼畜。
それにしても、美沙希ちゃんはババアといえるのかどうか。ババアの年齢を余裕でブーストしてますので、ロリ化石……?
そして、もしかすると、あのツインババアこそ、発生して間もない可能性すらある、斬新なロリババアかもしれない。なにそのホラー。
最後に。
流石に次はババアじゃないよ!