俺と鬼と賽の河原と。生生世世
「夏」
「まぁ、一応な」
銀子はまあ、唐突だ。
まあ、頭のいい奴ってのは、人より一個手順すっ飛ばして物事を進めるような奴だから唐突も仕方ないのかもしれないが。
「こんな話、知ってる?」
「ん?」
やっぱり、唐突だ。
そして、なんか神妙な顔をするから、俺も特に何も言わなかった。
「とあるカップルがドライブしてたんだけど」
「おう」
「それで、そこの道には老婆の幽霊がいるっていう噂があったの」
「ああ」
「それで、カップルはふらふらしてるお婆さんの影を見つけた」
「ん」
「そして、そのカップルは、アレが噂の幽霊? 面白いから突っ込んでみようって言って、アクセルを踏み込んだ」
しかし、これって。
「ぐしゃ」
怪談か。
「そのお婆さんはただのお婆さん。徘徊癖があるだけ。轢いちゃった。それから、本当にそこの道には、幽霊が彷徨うように……。おしまい」
「……で?」
「……で? って。何か、ない?」
「何が」
俺が聞き返すと、銀子はこれ見よがしに溜息を吐いた。
「これだから貴方は……」
「なんだいきなり。つか、怖いの苦手なくせにいきなり怪談ってどいうこった」
すると、銀子は口を尖らせて返す。
「たまには私じゃなくてやっくんが怯えてる姿みたかったんだもん」
「だもん、ってお前さん」
そう言われても、というやつだ。
「切った張ったの世界じゃなぁ。内臓びろーんくらいじゃ驚いてらんねーし。妖怪の世界だから透けた人間が押入れの隙間から見つめてくるくらい日常茶飯事だからなぁ」
「なにそれこわい」
そりゃあもう、自分の方が幽霊側だしな。
「昔、半透けの女が襖とかとにかくあれこれと隙間から覗いてきてたけど一ヶ月ガン無視したことあるぞ」
「……」
其の百十三 俺とひんやりとした。
居間で、何故か二人立ちながら会話を続ける。
座ればいいのだが、どちらも言い出さないので立ったままだった。
「で、俺を怖がらせたくて怪談を用意してきたわけか」
「夏だし」
「まあ怪談の季節ではあるが」
そろそろ涼しくなり始め、ってとこだといいのだが。
立秋が暑さが最大の日だとすれば、そろそろ涼しくてもいいはずだと思う。
「ところで銀子」
「なぁに?」
無表情のまま、銀子は首を傾げてみせた。
「こんな話知ってるか?」
「……?」
「俺が昔住んでた場所……、まあ、山なんだが。その時俺は、天狗の集落に向かって歩いてた。丁度夕方だったか。木が繁っててまあ、薄暗かったわな。んでだな……、聞いてるか? まだ怖いとこ入ってないぞ」
「……ぇ、大丈夫」
蚊の鳴くような声が返ってきた。
まあ、本人が言ってるのだし大丈夫だろう。
俺は話を続ける。
「するとだな……、感じるんだよ。視線をな」
「……いっ」
……本当に大丈夫か。肩が大きく飛び跳ねたぞ。
「さて、ここですぐ振り返るのは素人のやることだ。まず俺は風で気配を探って、そこに何か居ることを確定させた」
「う……」
「いる。間違い無くだ。だから、俺は歩幅を調節してできるだけ自然と距離を詰めた」
「こ、怖くない。怖くない。怖くない」
無表情で小刻みに震えるお前さんのほうが怖いよ。
「そして俺は一気に振り返った――、が。いない。いないんだ。何処にも見えない。仕方ないから俺は前を見た」
「ほ」
「そしたら前に居たんだよ!! 首を吊った女がこっちを見て笑っているのさ!!」
「ひにゃあああああ!!」
奇声を上げて、銀子が抱きついてきた。
ぎゅっと全力で俺の胸辺りに顔を埋めて、小刻みに震えてる。
「銀子さーん? 大丈夫か?」
「そ、のあとどうしたの……?」
幾分かくぐもった声が俺に届いた。
やりすぎたか、と俺は、できるだけ明るく答える。
「あー、暖簾をくぐるように、失礼しますよっと、腕でのけて通り抜けさせてもらった」
「ぴぃっ!」
「いや、怖いかそれ」
「正気じゃない、それ。……漏れちゃう」
「さいで」
正気を否定されてしまった俺はどうすればいいのやら。
「んで、お前さん、離れてくれないのかね」
ただまあ、俺の正気を論ずる前に、抱きつかれたままではなにをするにしたって動きにくいのだ。
だから、離して貰おうと、銀子の肩に手を置くが、しかし。
「……やだ」
「やだじゃなくてな」
「やだもん」
やだもん、と来たか。
突如駄々をこねるのはいかがなものかと思うのだが。
まあ、こういう場合は、逆に少し怖がらせれば離れてくれるもんだろう。
「お前さん、もしかしたら顔を離して俺を見たら俺じゃなくなってるかも知れんぞ」
「……」
篭る力。
……余計に離れなくなった。
どうすっかなこれ。
「離れてもらえんかなー」
「やだ、怖い」
……。
「でぇい、何が来たって俺がぶっ飛ばしてやるから安心しやがれ」
「……ほんと? 守ってくれる?」
「おーよ。例え億の妖怪が攻めてきたって絶対守ってやる」
「ほんとにほんと?」
「ああ。必ず守る」
そう言って、ぽんと銀子の頭の上に手を置く。
するとやっと、抱きついたままながら、銀子は俺に向かって顔を上げてくれた。
「……信じる」
「そうかい」
「ところで」
「なんだ」
「……おトイレ行きたい……」
「大丈夫か」
「あっ……」
そうして、時間は経ち、夕方。
「どこ行くの?」
「……厠」
「私も行く」
「ねーよ」
「行く」
「ちょ、戸くらい閉めさせろ」
「やだ」
「何故」
「ドア閉めて、また開けたらいなくなってるかも」
「出るモノも出んわ」
よしやめよう。切羽詰まるまではどうにか耐えよう。
それより、このひよこか鴨の雛のような銀子をどうしたもんだか。
昼間の話から、ずっと銀子はこうだ。
「貴方を怖がらせるために色々調べた。怖い」
「そりゃ自爆だ」
居間まで歩いて、ソファに座る。
銀子も当然のように俺の隣に座った。
「……しかし暑いな」
夕方は西日がすごい。そろそろ涼しくなる時間帯だが、今この瞬間が暑いのは確かだ。
ぽつりと呟いた言葉には、ひんやりとした声で返事が返ってきた。
「水風呂に入るべき」
「なんだいきなり」
だが、確かに暑かったのだ。
だが、どうしてこうなった。
「……」
「もっと嬉しそうにするべき」
「……なんでお前さんまで風呂に入ってるんだ」
「お風呂入りたかった」
「なぜ」
「冷や汗と汗と老廃物が」
「……言うな。察した」
「大丈夫、老廃物は大丈夫。多分。掛け湯もした。大丈夫……、ふぁみ通の銀子だよ?」
「それは信用を零にまで引き下げる魔法の言葉だ」
確かにまあ、温い風呂は涼しくていい。
それに、うちの風呂はやたら広いから二人入ろうがなんら問題は無いのだが。
「しかし、なんで一緒に入ってんだ」
「貴方は分かってない」
「なにが」
「頭を洗って、お湯で流すときに感じる背後の気配の恐怖を」
「……そーかい」
半眼で返して、俺は立ち上がった。
体を洗ってとっとと出よう。
あまり良くない流れだ。これ以上の乱入者が現れる前に逃げたい。
「……照れる」
「知るか」
そうして体を洗おうと俺が上がると、銀子もまたついてきた。
俺は椅子に座り、手ぬぐいを取る。
「えい」
すると、唐突に、銀子が背後から抱きついてきた。
ふにふにとした、柔らかいような、どこがとは言わんが、さほど柔らかくない感触が伝わる。
「……なんの用だ」
「当ててる、程のモノがない」
「自虐か」
俺の顔の横から、銀子が顔を出して来た。
「控えめな乳」
「自己主張も肝心だ」
「……いじわる」
「へいへい貧乳素敵ですね」
「えっち」
「ぶん殴るぞ」
「きゃん」
「まだ殴ってないぞ」
「背中、流す」
「いきなりだな」
だが、まあここまで来て断ることも無い。黙って俺はそれを受けた。
そうして、恙無く体を洗い、髪を洗う。
すると、まあ、銀子の番だ。
「背中、お願い」
「……あー」
先にされてしまった以上はやらないわけにも行かない。
銀子の自分用のスポンジを握って、背中を擦る。
そして、しばらく擦り続けると――。
「前もどうぞ」
椅子の上をくるりと回転して、銀子がこちらを向いた。
「あんまり見ちゃダメ、すけべ」
「でい」
「め、めが、目が――」
スポンジを顔にぶつける俺。
人間調子に乗ってはいかんという一例である。
「阿呆なこと言ってないで自分で洗え」
「むむぅ……。守ってくれるって言った」
「それが今と何の関係があるんだ」
「汚れから守って?」
「人間、汚れもそこそこ必要だから問題ない」
「なんと。汚れているほうが好みなマニアック。汚銀子さんがいいの?」
「洗剤とタワシで汚れ落としてやろうか」
「むぅー……」
ぶーたれながら、銀子は自分で体を洗う。
俺は、明後日の方向を向いて待つことにした。
そして、銀子が風呂桶で体の泡を落とし、頭を洗い始める。
俺が待つこと数分。
「ね、やっくん」
「なんだ。変な頼みは聞かんぞ」
流石にこれ以上銀子の遊びには付き合いきれない。
そう先に釘を刺してみたのだが。
しかし。
「……手、握ってて」
要求は無駄に可愛らしいものだった。
怖いのか。そうなのか。
「おー、そうかい」
それくらいならいいだろう。
差し出される銀子の手を握る。
そして、銀子は水の入った風呂桶を持ち上げた。
ただし、手がぷるぷると震えていた。
「おら」
見かねて俺が、空いてる手で風呂桶を持ち上げる。
「ありがと」
「そい」
「にゃっ」
想定外のところで水をかけられ驚く銀子を無視して、銀子の頭の泡が落ちるまで、同じ手順を繰り返した。
「きちく。どえす」
「なんとでも言うがいいわ」
銀子の頭についた泡を完全に落として再び浴槽へ。
なんだかんだ言って、温い風呂は気持ちよかった。
「出たくねーなー」
「じゃあ、ずっといる?」
「飯は食いたい」
「運んでもらう」
「……まあ程ほどで」
とりあえず、ちゃんと風呂からは上がる。
夕飯も食った。
そしたら、後は適当にして寝るだけだ。
しかし、未だに銀子はちょろちょろとついてきている。
「やっくんの部屋くんかくんかしていい?」
「駄目」
「……写真立てになんで藍音の写真。しっとまっくすいぇー。私のも今度置いとく」
「こうしておいたら藍音が恥ずかしいんじゃないかと思ったんだが効果はいまひとつだった」
「じゃあ、私の写真置かれたらすごい恥ずかしい」
「まんじゅうこわいかこの野郎」
勝手に、銀子は俺の部屋を見て回っている。
たまに勝手に入ってくるし珍しいものも無いはずだが。
そんな彼女は、要らんもんまで見つけ出す。
「丸まったティッシュ……、えっち」
「それ鼻血出たときの奴だ」
「えっち」
まあ、しかし、困ることも無い。そんな銀子は無視して、俺はテレビを点ける。
別にテレビ番組を見たいわけではないが。
「エロ本、探す」
「ねーよ」
ゲーム機の電源を点けて、俺はコントローラーを握る。
すると、銀子がふらりと俺の前に現れた。
「どした」
聞くが、銀子は何も答えずに。
「……おい」
――背を向けて俺の膝に座った。
「満足」
仕方ないから、下敷きにされた手を銀子の下から抜いて、銀子の太腿の上に乗せてコントローラーを安定させる。
「まったく、邪魔くせー」
それだけ言って、俺はゲームを始めた。
銀子は、体を捻るように後ろを向いて、俺を見上げてくる。
無視して、俺はゲームを操作する。
そして、しばらく立った時。
不意に。
「やっくん」
「なんだ」
ゲームをしながら、俺もちらりと銀子を見た。
「なんだかんだ言って」
「おう」
「――こうやって付き合ってくれる貴方はすき」
俺はゲームの手を止めて、銀子を見た。
「……そーかい」
ちなみに、ゲームのジャンルはスプラッタホラーアクションである。
震えたり奇声を上げたり俺に抱きついたりしていたが、結局銀子は俺の膝を退かなかった。
「……腰が痛い」
が、まあ。動くわけにもいくまい。
「呑気な顔して寝やがって――」
いつ布団に入ったもんだか。
―――
と言うわけで水風呂は銀子さんにやってやったぜ。
返信。
ズトラ様
まさかの二連裸エプロンでした。素晴らしい。
裸エプロンってつまり主婦のクールビズだったんですよ、きっと。
裸Yシャツは、薬師が基本Yシャツ装備だから、チャンスは多いんですけどね。
討伐されて剥ぎ取られて装備されるしかないですね、ええ。
奇々怪々様
ストッキングとガーターは必須アイテムです。わかってます。まあ、もう不能で問題ないんじゃないですかね。
それとも極限までマニアックなフェチでも持ってるんですかね……。変態的な。
そして、自分からは見せないよう装うけど、ちらちらと表情が見え隠れする藍音さんがジャスティス。私も顔色判断検定を取ってくるしか。
とりあえずかき氷を被ったら藍音さんにぺろぺろされるフラグで、逆もまた然りと。
七伏様
あの後は、体全体で薬師を冷やすことにしたようです。
ただしまたすぐ火照ることとなったようですけれども。
そして、薬師が起きると着衣の乱れが発見されるという流れでまず間違いないです。
明らかにメイドと主の爛れた現場ですが、目撃者がいたらさよならです。
SEVEN様
流石にリアルで幼子に裸エプロンされちゃ、最悪通報されますって。まあ、リアル幼女は普通に微笑ましいです。
全裸、そして通常裸エプロンよりも露出面積は小さくなるはずなのに、エロスは上がる。これが布面積反比例の法則……!?
そして、その言葉、リクエストとして受け取ってよろしいですね!?
という冗談はともかく、次銀子で怪談話でも書こうかなと思った矢先でオロナミンCが口から零れ落ちかけました。
黒茶色様
これからも、飽きるまでお付き合いくだされば、それで十分ですよ。
藍音さんはロマンの塊です。思い入れが強い一人です。
しかし、履いていない時は毎回、いやあえて履いているほうがいいのではないかと悩みます。そして自分が正気じゃないことに気が付く。
まあ、夏が暑いので露出が増えるのも仕方ない。もっとも最後に脱ぐべき布が無くても仕方ないんです。
通りすがり六世様
誤字、あとで直しておきます。ありがとうございました。と、言いつつ直そうと思ってうっかり忘れてることがあるのですぐ直しに行きます。
ブライアンと結婚すると、薬師の不幸にちょっとだけうっぷんが晴れるかもしれません。
しかし、藍音さんの浴衣は季節的に、次の順まで間に合うのか……、どこかでチャンスがあればいいですが。
とりあえず、相変わらず薬師のためならえんやこら。大根のように氷をおろします。無表情で。
wamer様
出てきていない、と言うことは、充電していると言うことなのです。AKMさんは発電量がちょっとあれですけど。
とりあえず、暑いからって藍音さんに裸エプロンさせたりかき氷作ってくれたり、裸で抱きしめてもらったり、銀子と水風呂入ったりするみたいですね茹蛸になれ。
これはもう、暑くも寒くもなく、痛くも快適でもない空間に放り込むしかないですね。
……雪女。新キャラ出したくなってくる病。
最後に。
資料としてホラー話をネットで漁ってるとつい読みふける罠が張ってあった。