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No.20520の一覧
[0] 月のトライアングル[村八](2010/10/20 23:53)
[1] 1話[村八](2010/07/29 01:01)
[2] 2話[村八](2010/07/29 01:01)
[3] 3話[村八](2010/07/29 01:01)
[4] 4話[村八](2010/08/05 23:20)
[5] 5話[村八](2010/08/07 02:23)
[6] 6話[村八](2010/08/07 02:24)
[7] 7話[村八](2010/08/12 03:53)
[8] 8話[村八](2010/08/16 00:12)
[9] 9話[村八](2010/08/21 01:57)
[10] 10話[村八](2010/08/25 01:38)
[11] 11話[村八](2010/09/07 01:44)
[12] 12話[村八](2010/09/15 00:46)
[13] 13話[村八](2010/10/09 00:30)
[14] 14話[村八](2010/10/20 23:28)
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[20520] 4話
Name: 村八◆24295b93 ID:1e7f2ebc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/05 23:20

「それで、戦友とやらのことは覚えてないと」

「おう。相棒が持ってた杖にピピーンときたんだけど、それがなんだったかさっぱり思い出せねぇや。
 いや、悪いね。なんせ六千年も生きてるんだ。物忘れも酷くなるってもんさ」

積み重ねられた魔法に関する本が脇に退かされ、机の上に置いたデルフリンガーを腕組みしながら見下ろしつつ、カールは呻き声を上げた。

コルベールと共に城下町から帰ってきたあと、彼は収穫物であるデルフリンガーから話を聞くために自室へと戻っていた。
彼の部屋は学院の生徒ではなく、教師たちが使っている寮だ。
家庭を持っている者は別だが、独り身教師の大半はここに住んでいる。
仮の身分ではあるがメイジということで、カールを下働きの者たちと同じ所に住ませるわけにはいかない、というオスマンの配慮だった。
それにカールは食客、用心棒として学院に招かれている立場だ。これもオスマンが考えついた嘘だが、嘘で身を固めた以上、らしく振る舞う必要があった。

ベッドに机、何も入っていない本棚に箪笥。
そんな殺風景な部屋で、カールはデルフリンガーを見下ろしつつ、彼から伝えられた情報を頭の中で整理していた。

デルフリンガー。意思持つ魔剣。
六千年という長き時間を生き続けた、本人曰く伝説の剣らしい。
何が伝説なのか、という点を本人が覚えていないのは頭が痛いことこの上なかったものの、覚えていない以上云っても仕方がないだろう。
だが覚えていないとは云いつつも、デルフリンガーはいくつかのヒントのようなものを教えてくれはした。

例えば、戦友、という一言。
デルフリンガー曰く、戦友を他の武器と見間違うわけはないらしい。
それでも彼が間違えたのは、酷く良く似た武器――デバイスだからではないだろうか、とカールは推察する。
とは云ってもやはり確証は持てない。あくまで推察止まりだ。
"光の杖"の持ち主がいたことからも、カールと同じようにこの世界へ迷い込む次元世界の住人は存在しているはずだ。
そのため、デルフリンガーの云う戦友の持ち主がカールと同じ次元世界の住人であるという可能性はある。
同時に、デバイスをオスマンと同じく拾っただけのハルケギニア人、という可能性も存在していた。
現段階ではなんとも云えないだろう。

次に、使い手。
武器屋でデルフリンガーが言い掛けたこの単語は、どうやら重要なものであるらしかった。
が、何故重要なのかをデルフリンガー自体が覚えていない辺り始末に負えない。
使い手――その単語から意味を察するに、デルフリンガーを使用する者、という意味だろうか。
このインテリジェンスソードを握るのに何か条件でも必要なのか?
そんな疑問が湧き上がってくるものの、やはり分からない。

分からないことだらけで頭が痛いばかりだった。
デルフリンガーが記憶を思い出せば事情は違ってくるのだろうが、現段階では徒労としか言い様がない。
ヒントを手に入れることができた分まだマシではあるものの、どうしても落胆してしまう。

カールが一人で頭を抱えていると、コンコン、と部屋の扉がノックされた。
はい、と声を返せば、コルベールが顔を見せる。
彼は寮の隣人だ。基本的に火の塔の隣にある研究室で時間を過ごしているコルベールだが、寝泊まりだけは寮で行っているらしい。

「もうそろそろ夕食ですぞ。行きましょう」

「はい、今行きます」

それじゃあな、とデルフリンガーに声をかけて、カールは席を立った。
いってらー、とカチカチ金具を上下させてデルフリンガーは応える。

部屋から出て共に歩き出すと、どうでした? とコルベールは声をかけてきた。

「さっぱりです。彼は何かを知っているようですが、なんでも覚えてないらしくて」

「ううむ……あの錆びっぷりから年期が入っているのは分かりますが、それは困りましたなぁ」

「ええ、本当に。
 まぁヒントを手に入れられた分だけ、まだマシなのかもしれませんけど」

「そうですな。まぁ、気落ちせずに。
 何事も最初から結果が出るものではありませんよ」

「はい……っと、そうだ、コルベールさん。
 一つ頼み事をしたいんですけれど、良いですか?」

「はい」

「このルーンに関してなんです」

そう云って、カールは左手を持ち上げた。
刻まれた文字を目にし、コルベールはどこか気の毒そうな色を瞳に滲ませる。
彼がそんな風に様子を変えたのは、そう不思議ではない。
メイジという立場にいる者は、誰もがプライド高い。高慢というわけではなく、誰もが譲れない一つの基準を心に持っているのだ。
それはトリステインでもゲルマニアでもガリアでも変わらないのだと、カールは聞いている。

そして、そのメイジが使役する使い魔――本来であれば従える者の立場にメイジ自身がされた時、その屈辱は何にも勝るのだという。
これは使い魔という立場だけを指しているのではない。
頭を下げるつもりのない人物に呼び出され、唐突に仕えろと云われれば誰だって反感を抱くのが普通だ。

ならば使い魔召還などという儀式は――などと、極端な思考に飛ぼうとは思わない。
そもそもサモン・サーヴァントは人間以外の生物を呼び出し、使役するものだ。カールがイレギュラーなだけである。
人とその他の生物を同列に考えるのは、普通に考えて真っ当ではない。
悪いとは云わないが、とても消費社会の中で生きてゆける人種ではないだろう。そういった者は。

ともあれ――メイジは、己の生き方を己で決める。誰に仕えるか。何を目的とするのか。
国に仕えるのも、金を何よりと大事にするのも、それは人によりけりといったところか。
何を信ずるか。何を尊いと思うか。その自由を侵害されるのを、メイジは何よりも嫌うのだ。
杖にかけて、という言葉がそれを何よりも示しているだろうと、カールは思う。

そして、メイジでありながら――そのメイジという立場が嘘なのだが――使い魔という立場を強いられたカールに対し、コルベールは同情的だった。

「少し、気になる点があるんです。
 フーケを捕まえた際の戦闘で、このルーンの効果によるものなのか、武器を手にしている最中、戦闘能力が上昇しました。
 得体の知れないものを放置したくはないので、申し訳ありませんが、このルーンの正体を調べてもらえませんか?」

「……ミスタ・カールがそれで良いのなら、任されましょう。
 あなたをメイジと気付けずにコントラクト・サーヴァントをミス・ヴァリエールに勧めたのは私ですからな」

「いえ、そんな。
 すみません、研究の邪魔をするような手間を頼んで」

「気にしないでいただきたい。
 それでは早速……ルーンの効果ですが、どのような?
 怪力を発揮した、などなら心当たりはありますが」

「いえ、そういうのじゃないんです。
 なんでしょう……武器を持ったときだけに限定されるんですが、魔法の威力、身体能力、そういったものが全体的に上がったように思えます」

「戦闘特化のルーン……それだけなら珍しくはないのですが、不思議ですな。
 武器を持つ、という条件が必要であるならば、ミスタ・カールに刻まれたルーンは人か、それと同じ身体を持つ幻獣に刻まれるものなのでしょうなぁ。
 オーク鬼などを呼び出した先例を取っ掛かりに、調べてみます。
 ああいや、武器を取り扱う知性があることを前提にしているルーンか……?
 だとしたらオーク鬼は相応しくない。
 ううむ、なんとも知的好奇心が刺激されますな」

「よろしくお願いします」

カールが小さく頭を下げると、二人はアルヴィーズの食堂に到着した。
そのまま階段を上がり、二人は教師の食事スペースである二階ラウンジへと向かう。
部屋の割り当てがそうであるように、カールが食事を取るのは一階ではなく二階だった。

さて、とカールは気分を入れ替える。
デルフリンガー、ルーン。その二点が気になるのは確かだが、他にもカールが気を配るべきことはあった。
それは、自分をこの世界へと呼び出した少女、ルイズとの対話だ。















月のトライアングル













夕食のあと、女子寮の廊下をカールは歩いていた。
階段を昇って三階まで上がり、部屋の番号を確認しながら目的の部屋を探す。
そうしながら、彼は夕方のやりとりを思い出していた。

夕食前の中庭で行われていた、ルイズの練習。
それに対して投げつけられていた罵詈雑言を堪えていたルイズ。
可哀想だ、という素直な感情はあるし、助けてやれるなら、とも思うが、自分にはそれが許されていない。
だからルイズとは一定の距離を置こうと思ってはいたものの――どうやら、無視することはできないようだ。

辿り着いた部屋の扉をノックすると、室内からやや強ばった声が返ってくる。
失礼、と入室すると、ルイズはカールを一瞥するなり部屋に備え付けられた椅子を勧めてきた。
二人は椅子に座って、テーブル越しに視線を交錯させる。

出会い頭に罵声の一つでも浴びせられるのでは、と思っていたが、自身の苛立ちを言い訳に辛く当たるほど彼女は常識外れではないようだ。
あまりカールにとって実感のないことだったが、ルイズは公爵家の三女である。
まだ子供ではあるものの、相応の立ち振る舞いは身に着けているのだろう。

「話が長くなるならメイドを呼ぶわ。お茶でも入れさせるわよ」

「あまり長くはならない、と思う。
 もう夜だし、長居するのも悪いだろうから」

「そう」

さして興味もない風に頷いて視線を流すと、それで? とルイズは続けた。

「話って何?」

「俺が、ルイズの使い魔として呼び出されたことに関してだ」

「……文句があるなら聞くわよ」

どうして今更、という響きはあるものの、自分がメイジを呼び出したという事実を認めないわけではないようだ。
カールを呼び出した翌日は舞い上がっていた彼女だが、時間が経ったことで落ち着いたのだろう。
ルーンを刻み、使い魔としたものの、カールが自分に従うつもりはないし、道理もない。
それを分かっているからこそ、ルイズはカールを使い魔ではなく他人として扱っているのかもしれない。

「……文句は、ない。
 事故のようなものだったって分かってる。
 悪意をもってやったのならともかく、違うんだろ?
 なら、仕方がないさ」

ミッドチルダに帰れない、その原因を作ったルイズに思うところがないわけじゃない。

だが、それはそれだ。
今カールがルイズの目の前にいる理由は、言葉を交わすことで彼女の助けになることができたのなら――というものだった。
不干渉を貫くことは誰にでもできるし、賢い生き方だろう。
だがカールはとてもじゃないが賢いと云える生き方をしてきた人間ではなかった。
そう――どうにも、カールはルイズを無視できないのだ。

コルベール曰く、ルイズは真面目な生徒なのだという。
聞いた話だけではなく、他の生徒が憩いの時間としている時すら、一人、熱心に成功するかどうかも分からない魔法を使っているところを目にした。
だが一向にその芽は出ず、もし運が悪ければ、彼女の努力は完全に徒労で終わる可能性すら存在するのだ。
……オスマンの云う、ハルケギニアの魔法に適正がないかもしれない、という推察が当たってしまったのならば。

結果の見えない努力がどれほど辛いものかを、カールは知っていた。
何をしても、自分の望む結果は手に入らないのではないか。
そんな諦めを振り解いてひたすらに努力を重ねる辛さは、カールにとって他人事とは思えない。
だからカールは、こうして少しでもルイズの助けになれたらと顔を合わせているのだ。

「……俺が使い魔として呼び出されたのも何かの縁だと思う。
 魔法そのものを教授することはできないけれど、相談ぐらいになら――」

「ふざけないで!」

ダン、とテーブルを叩き、ルイズは一気に態度を変えた。
自制していた怒りは一気に噴出し、目尻はつり上がっている。
きっと引き結ばれた口を開くと、彼女は震える声をカールに叩き付けた。

「何それ。同情? 相談に乗れるかもしれないって?
 魔法を教えるつもりがないんだったら、あなたになんて用はないわ!
 相談に乗る? なんの? だったら教えてみなさいよ。
 魔法を覚える以外に、私がやるべきことってなんなの?
 公爵家の娘として、嫁にでも行けって云うの?
 ええ分かってるわよ、魔法を使えない貴族にはそれぐらいの価値しかないわよ!」

「……ルイズ」

「今まで、たくさんのメイジが私に魔法を教えようとしたわ。
 お父様とお母様が呼んだ、あなたと同じスクェアクラスのメイジだっていた。
 けれど誰も、私に魔法を覚えさせることなんてできなかったのよ。
 中には、私の爆発に価値を見出して、それを攻撃魔法に……なんて人もいたけどね」

それもそうだろう。
公爵家の人間にわざわざ呼ばれたメイジが、なんの成果を上げずに引き下がるのは有り得ない。
最高位のメイジ、そのプライドを守るため、詭弁でもなんでも使ったに違いはないはずだ。
だが、

「そんなのはただの侮辱よ! 私はヴァリエール家の娘として、魔法を使えなきゃいけないの!」

……その叫びは、公爵家の娘として放ったものなのだろう。
やはりカールには貴族の立場、その重みというものが分からない。

だが、それでも理解に努めようとするならば。
彼女が欲しているのは魔法だけではない。
公爵家の娘として家の格を落とさない、公爵家の娘という立場に相応しい力を持ちたい――そう、責務を果たそうとしているのだろう。

名門と呼ばれる魔法学院に入れたのも。
不自由のない生活をしていられるのも、それらはすべて、貴族であるからだ。
並の人間ではどう足掻いても手に出来ない贅沢の裏には、しかし、当たり前のように責任が存在している。
責務を果たす義務があるからこそ、貴族にはそういった暮らしが許されているのだろう。
責任を果たさない貴族も存在しているのだろうが、この場では関係がない。
ルイズの目指す貴族は、そんなものではないからだ。

彼女は、貴族であるのに責務を果たせないことが悔しくてたまらないのだろうと、カールは思う。
そうでなければ、実るかどうかも分からない努力を続けることなど出来はしないはずだ。

未だ子供で、貴族としてはスタートラインにも立っていない書生の身分ではある。
だが、いつか訪れる貴族としての品格が問われるとき、何もできないままでは、それこそ彼女が自分で口にしたような、公爵家の女としての価値しかないことになるのだろう。

それは果たして、貴族としての責任を果たしているのか。
カールは分からない。それで充分と云う者もいるかもしれない。だがルイズは、それに対して否と思っている。
だからこそ魔法を覚えることに執念を燃やし、魔法を使えない公爵家の娘という立場に価値がないと理解しているからこそ、カールの言葉にこうも怒りを露わにしているのだ。

……誇り高い子だ。
そう疑いなく思えるからこそ、カールはより一層ルイズを哀れに思う。

「出て行って! あなたと話すことなんて、何もないわ!」

ドアを指差し、腰を浮かせながらルイズは怒鳴った。
カールは僅かに逡巡しつつも、分かった、と立ち上がる。

ルイズが魔法を使えないことに対して何を思っているのかは理解できた。
そして、今この場ではどんな言葉も彼女に届くことはないだろうと。
カールに魔法を教えるつもりがない以上、やはりルイズにはどんな言葉も聞いてもらえないだろう。当たり前の話だ。

相談に乗るつもりでいながらも、カールはルイズと同じ目線に立とうとはしていなかった。
であれば、どんな言葉も彼女には通じないだろうから。

「……また明日。
 俺は君のことが嫌いじゃない。いや、むしろ好ましい。
 だから、このままにしておきたくはないんだ」

「――ッ、うるさい!
 私はあんたなんか、きらいよ、だいっきらい!」

ドアを閉める直前に、そんな涙混じりの怒声を叩き付けられた。
そっと扉を閉じて、カールは溜息を吐く。
どうやったらこの子に言葉を届けられるだろうか――そんなことを考えていると、隣の部屋の扉が開かれた。

「こんばんは、ミスタ。
 どうやら大変なことになってたみたいね」

「君は……」

踊る炎のような長い赤毛に、褐色の肌。
どこかで見たような――そこまで考え、召還された次の日に教室でこの少女と出会ったことを思い出す。

「ええっと、ミス……」

「キュルケよ。まったく、酷いわ。
 レディーの名前を忘れてしまうだなんて」

云いながらも、責める言葉とは裏腹にキュルケは微笑みを浮かべた。

「ルイズと何かありましたの?
 なんだか、酷い怒鳴り声が聞こえてきたけれど」

「ああ……まぁ、色々と。
 魔法に関して彼女と少し話をしたんだけど、駄目だった」

「そう」

小さく頷くと、彼女は困った風に笑みを浮かべる。

「ルイズにとって魔法はコンプレックスであると同時に、手に入れるべき憧れだから……。
 だから、安易に触れたら、今みたいに怒鳴られるでしょうね」

そんな風に口にした言葉に、おや、とカールは眉を持ち上げた。
てっきりキュルケとルイズの仲が悪いと思っていたからだ。
しかし彼女が今口にした言葉は、仲が悪い人間が云うようなものではないだろう。
よく相手を観察していなければ分からないような……いや、相手がどういう人物か知っているからこそ嫌う、というのもある。
だがルイズの言葉を信じるならば、キュルケとルイズの間にある因縁は個人規模のものではなく、家のものであるらしい。
だというのにルイズ個人をよく見てるであろうキュルケの言葉が、カールには意外だった。

「……よく見てるんだ。
 ルイズと君は、てっきりいがみ合っているものだと思っていたけど」

「あら、ツェルプストーの人間としてヴァリエールの人間を嫌ってはいるわよ?
 あっちにはあっちの言い分もあるのだろうけれど、私たちにだって都合はあったし。
 それでもまぁ、敢えて云うなら、そうね……ルイズのあのひたむきな姿勢を、私は認めているの」

くすぐったそうにキュルケは云う。
だが、すぐにその表情を打ち消すと、彼女は流し目をカールへと向けてきた。

「そんなことよりミスタ・カール。
 今、私はとても暇ですの。よろしければお茶の一杯でも付き合ってくださらない?」

「ああ、そうだね。折角だし――」

と、そこまでカールが言い掛けたときだった。
ガラスが砕かれるけたたましい音が甲高く響き、次いで、ルイズの悲鳴がドアを越えて木霊した。
カールとキュルケは即座に目の色を変えてドアを開け放つ。

ルイズの部屋は、さっきと様子を変えていた。
床にはガラスの破片が散らばり、吹き抜けとなった窓から吹き込む風によって、カーテンがそよいでいる。
それを背後に、月光を浴びながら、窓枠に脚をかけている影があった。

体格を隠すほどに大きなマントに、顔に被さった仮面。
その人物の腕には、ぐったりとしたルイズが抱きかかえられている。
気絶しているのだろう。血臭は漂ってこないため、傷付けられてはいないはずだ。

「……カール・メルセデスだな」

ルイズを抱きかかえた影、声からして男だろう人物は、じっとカールを見て云った。

「主人の命が惜しいならば、二本の"光の杖"を持ち草原の東にこい。一人でだ」

「待ちなさい! ルイズを――」

咄嗟にキュルケは声を上げ、しかし、悔しげに唇を噛んだ。
おそらく杖が手元にないことを思い出したのだろう。
ミッドチルダ式魔法と違い、ハルケギニアの魔法は媒介として杖がなければ発動することができないのだ。
その杖を部屋に取りに帰っていれば、間違いなく男を取り逃がしてしまう。

そしてカールは、キュルケがすぐそばにいるため魔法の使用を躊躇い――その隙に、男は姿を消した。
ギリ、と歯を食い縛る。

「……ミス・キュルケ。君は教師の誰かに連絡を。
 俺はオスマン学院長の所へ"光の杖"を取りに行く」

「ええ、分かったわ!」

疑問を口にすることもなく、キュルケは颯爽と駆けだした。
彼女を追うようにカールも動き出す。
また"光の杖か"――そんな呆れが浮かんでくるものの、それよりも今は、ルイズを浚われてしまったことへの悔しさが勝っていた。
ルイズが抱きかかえられているのを見た瞬間、バインドを発動させることはできたのだ。
しかしキュルケがいるため躊躇ってしまい、そして敵をみすみす逃してしまった。
そのことに、やり場のない怒りを、感じていた。


























トリステイン魔法学院を取り囲む草原、その東。
桃と群青に輝く二つの月が照らし上げる緑の海原を、カールは歩いていた。
さくさくと踏みつける雑草は、夜風にそよいでいる。
そこへ、カールの肩からぽとりと一つの影が落ちた。

オスマンの使い魔である鼠のモートソグニルだ。
遠見の鏡では様子をうかがうことはできても、音までは聞こえない。
そのため、カールはオスマンから使い魔を同伴させ、敵に気付かれない内に野に放ってくれと頼まれていた。

カールは両手にそれぞれ杖を持ちながら、ゆっくりと草原を進む。
そうして小高い丘を越えたところで、夜景に浮かび上がる二つの影を見付けた。

マント姿の男に、ローブを被ったもう一つの影。二人の足下には、月光に輝く桃色がかったブロンド――ルイズが、横たえられていた。
気を引き締めながらカールは二人との距離を詰める。
そうして十メートルほどまで近付くと、止まれ、と声が響いた。

「"光の杖"を投げろ」

「ルイズと引き替えに、だ」

「断る。君がただ者でないことは、既に彼女から聞いているんだ。
 だというのに行動を制限している枷を解いてしまえば、何をされるか分かったものじゃないだろう?」

云いながら、男は同意を求めるように側の女へと顔を向けた。
応じて、女がローブのフードを下げる。そうして露わになった顔に、カールは目を細めた。

「……フーケ?」

「ああ、そうだよ。あんたにやられて捕まった、土くれのフーケさ」

「どうして――お前、監獄に入っているんじゃ」

「この旦那が出してくれたんだよ。
 ま、そんなことはどうでも良いだろう?
 さあ、あの夜の続きといこうか」

寄越しな、と云われ、カールは両手に握った杖を放り投げた。
フーケは投げ出された"光の杖"へと歩き出す。
カールの動きを阻害するように、男の杖はルイズに向いている。その先に集まっている風の渦――おそらく、風のブレイドだろう。
もし動けばルイズは無事じゃ済まないと、カールに示している。

歯を噛み締めながらカールが耐えていると、フーケは落ちている二本の杖を拾い上げ、薄く笑った。

「今度は二本ともだ。こないだみたいなドジは踏まない」

どうやら杖なしでカールが魔法を発動させたことを、フーケはスペアがあったからだと解釈したようだ。
それもそうだろう。"光の杖"が二本あるならば、杖なしで魔法を使ったという非常識よりも、もう一本を隠し持っていたという、より常識的な方に解釈するのが普通だ。

「さあ、こいつの使い方を教えな。
 学院を閉じこめた魔法だよ。それさえ教えてくれたら、あんたのご主人様は返してやる」

――杖の使い方ではなく、封鎖結界を?
大事そうに杖を抱きかかえるフーケの様子と、敢えて封鎖結界を指定する言葉に、どこか引っかかりを覚える。
が、違和感を覚えても意味はない。あまり関係のないことかも――いや。

「使い方を教えたところで、一朝一夕で身につく魔法じゃないぞ、あれは」

「ほう……ならば君の使った魔法とやらは、一体なんなのかな?」

声を上げたのはフーケではなく、仮面の男だった。
彼はブレイドを発動させた杖をルイズに向けたまま、両手を広げてカールに問いかけてくる。

「フーケに聞いたところ、君の使った魔法は知らない代物だったらしい。
 風の魔法で生み出した結界であるならば、地中を進めば逃れられるのが道理だ。
 しかし、どうやらそれはできなかったと云う。
 彼女の言葉を借りるのならば、まるで、光の檻。
 是非教えて欲しいものだ。それは一体、なんの魔法なのかな?」

そう問われ、咄嗟にカールは上手い嘘を吐けなかった。そんな器用なことに向いている性分ではないのだ。
風の系統魔法でないことは、男の口から云われたことから既にバレていると考えるべきだろう。
そのため、適当な言葉がすぐに浮かんでくることはなかった。

そして男は、喜色の滲んだ声で、やや上擦った調子に口を開く。

「云えないのかな? ならばそれは何故?
 口にするのも憚られると……そんな魔法なのかな?」

……ある意味では合っている。
だが、

「そう、虚無のような!」

男が口にしたまるで見当違いの言葉に、カールは眉根を寄せる。
だがそんなカールに気付かず、男は先を続けた。

「四系統に属さず、また、他に類を見ない効果を持った魔法。
 なあ、そうなのだろう? そこでだ、教えて欲しい。
 君が虚無を用いることができたのは、"光の杖"の力によるものか。
 それとも、君個人の力によるものなのか。
 それ次第で、話は変わってくるんだ。さあ、返答は?」

「ああ――」

溜息と共に、カールは口を開いた。
相手の出方を覗い、ずっと隙を探していたが、

「俺が使った魔法は、虚無だ」

「やはり――!」

男が歓喜に身を震わせる。
瞬間、ルイズに突き付けられていたブレイドの切っ先が僅かにだけズレた。
カールはそれを見逃さない。言葉を交わしてる間、ずっとその時を待っていたのだから。

完成一歩手前まで構築していた移動魔法、ブリッツアクションを発動。同時に、バリアジャケットを展開。
更に、フェイクシルエットによって光学迷彩を施しておいた背中のデルフリンガーを抜き放ち、一気に男との距離を詰めた。
カールが立っていた場所は爆発したかのように土砂を巻き上げ、一瞬の内にデルフリンガーを下段に構えたカールの身体は男の目の前へと接近していた。

加速の勢いを乗せた峰打ちが大気を引き裂き、そのまま男の脇腹へと吸い込まれる。
肋骨を粉砕し、肉を叩き潰す手応えに表情を歪めながらも、カールは男を蹴り飛ばした。
仮面の男は錐揉みしながら夜空を飛翔し、そのまま草原に落下、転がる。

それを横目で見ながら、カールは即座にサークルプロテクションを発動。
群青の光がルイズをドーム状に包み込み、彼女の保護に成功した。

「ヒャッハー、峰打ちだー!
 ……相棒、今の勢いなら一刀両断できてたぜ?」

「人を殺すのには慣れてないんだ。
 それに、今のだって手加減はした」

それでも、ともすれば命を奪ってしまうような威力を発揮してしまったのは、一重に左手のルーンが力を与えてくるからだ。
苦々しい表情のまま、カールは僅かに唇を噛んだ。

「いいから黙ってろ」

「……寂しいぜ。
 ああ、あと助言だ。
 もちっと感情を高ぶらせた方が良い。そうすりゃ使い手は十二分に力を発揮できる。
 相棒が優秀な戦士なのは握られりゃ分かるから、無茶な注文かもしれねーけどよ」

デルフリンガーが云っていることは、仕方のないことだった。
ストライカー、歴戦の猛者として、カールは感情のセルフコントロールを当然のように習得している。
戦闘において適度に己を鼓舞するのは推奨すべきことだが、一定以上に精神を高ぶらせるのは要らぬ力みや体力の配分を乱すことに繋がる。
そのため戦場で感情を爆発させるようなことはまずないのだが、それとは別に、

「何か思い出したのか?」

「……すまねぇ、根拠がなかったわ。
 なんとなくそんな気がしたんだ」

「……黙ってて」

「うい。
 ああ、それと相棒。戦ってる内に今みたく何か思い出すかもしれねぇから、戦友の方じゃなくて俺の方を使ってくれると有り難いぜ。
 いや、嘘でもなんでもなくな?」

「分かった」

微かな落胆を覚えながらも、カールは意識を戦闘へと引き戻した。
フーケは"光の杖"を地面に置くと、懐から杖を取り出す。
カールに蹴り飛ばされた男も、満身創痍の状態で立ち上がり――その身を、増やした。

「……偏在?」

おそらくそうなのだろう。
口にした瞬間、カールは舌打ちしたい気分になった。

魔力変換されたミッドチルダ式魔法もそうだが、系統魔法も同じように、場の状況によってその威力を上下させる。
そしてこの遮蔽物の存在しない草原は、風の使い手にとってこの上なく戦いやすいフィールドだろう。
そしてフーケにとっても、武器にする土くれには困らない。
アウェーと云えばアウェーと云える状況だ。

どうする、とカールは己に問いかける。
このまま空に上がれば勝負はついたようなものだ。
ハルケギニアにはメイジ同士の空戦という概念が存在しない。そのため、飛行可能な幻獣を用意していないフーケたちはただの的に成り下がる。
だが、ルイズという枷がある今、迂闊に空へと上がるのは危険だ。
サークルプロテクションを発動させているとは云っても、強度を上回る攻撃を叩き込まれれば破られるのが道理である。

このまま陸戦を挑むしかないのか。
アベレージ・ワンの名が示すように、カールは陸戦もこなすことができる。
だが、あまり守勢に回りたくないのは事実だった。

いくら系統魔法がミッドチルダ式と比べ未熟な点が多々あろうと、個人戦レベルの殺傷能力という点に限れば、大差はない。
バリアジャケットや防御魔法があるためそう簡単にやられることはないだろうが、リスクを放置したまま戦闘に突入したくはなかった。

そう。ハルケギニア人にとってミッドチルダ式魔法が未知の塊であるように、系統魔法もカールにとっては未知の塊である。
この世界に召還されてから魔法に関して一通り目を通したものの、知識とは別に実戦経験は乏しい。
対系統魔法戦はこれで二度目。しかも相手は偏在を使えることから、風のスクウェアと見るべきだろう。それに加えて、土のトライアングルであるフーケまでいる。

ハルケギニアの戦力比をカールは知らないが、とても楽な相手ではないことは察することができた。

自分たちから男たちが離れたあとに結界魔法を発動、閉じこめて空から一方的に――という作戦は、果たして成功するのか。
今この場で封鎖結界を発動させることも可能といえば可能だが、デバイスのない状態ではルイズを除外するという細かい設定に自信がない。

「……失せろよ。
 "光の杖"は渡した。ルイズは取り戻した。
 これ以上、俺たちが睨み合う必要はないはずだ」

退いてくれればそれで良し。
二本のデバイスも、転送魔法で引き寄せることは可能だ。
しかし、

「なるほど。簡単に杖を手放すとは……。
 やはりフーケの云う魔法はマジック・アイテムの力ではなく、虚無の力によるものなんだね。
 ならばここで退くわけにはいかなくなった。
 虚無の力がどれほどのものなのか、この身で確かめさせてもらおう。
 フーケ。お前には悪いが、付き合ってもらうぞ」

「ちっ、仕方ないね」

どうやら向こうは、カールの言葉を聞くつもりがないらしい。
フーケは忌々しそうに舌打ちをしながら、ルーンを唱える。
それに伴い、土が盛り上がってゴーレムが形作られるが――

「あ、あれ?」

「どうした?」

「おかしい。
 あれからもうなん日も経ってるってのに、精神力が――ああもう!」

忌々しげにフーケが声を上げると、彼女の隣には全長十メートルほどのゴーレムが現れた。
三十メートルほどはあった以前のゴーレムと比べれば、どうしても見劣りしてしまう。
それは何故か――彼女らは分からないだろうが、カールには思い当たる節があった。

フーケを昏倒させた砲撃は、純魔力による非殺傷設定だ。
それはバリアジャケットを纏っていないフーケのリンカーコアに満ちる魔力を一撃で吹き飛ばし、体内に残留して、魔力の蓄積を阻害する。
バリアジャケットをまとわないハルケギニアにおいて、ミッドチルダ式魔法の純魔力攻撃は、まるで毒のような効果を持つのだ。

だが、多勢に無勢であることに変わりはない。
敵は仮面の男が四人に、フーケが一人、ゴーレムが一体、計六人。
こちらは一人で、不得手ではないものの得意でもない陸戦を挑む羽目になっている。

どう戦うか――逡巡していると、男たちが動いた。
ルーンが耳を打つと同時に、猛烈なまでの突風が吹き荒ぶ。
それをプロテクションで防ぐカールだが、動きを止めた彼に向けてゴーレムは動き出した。
土の人形は腕を振り上げ、その材質を変える。右腕が鉄に変わると、鉄槌の如き勢いでカールを押し潰さんと振るわれた。

カールはそれを、僅かに身体を捻ることで回避する。
地面に突き刺さる豪腕にそっと手を添え、以前と同じようにブレイクインパルスを発動。
金属が粉々に砕け散る甲高い音と共に、支えを失ったゴーレムが倒れ込んでくる。
ステップを踏みつつ回避行動を取って、擦れ違い様に再びブレイクインパルスを。
固有振動数を鉄から土に変えて再度放たれた魔法により、ゴーレムは今度こそ無力な土くれへと還った。

くそ! とフーケの罵声が聞こえる。
それと同時、仮面の男がマントを翻しながら二人、接近してきた。
杖が掲げられると同時、大気が歪んで槍に変貌する。殺到する二本の刃に対し、射出された刹那、カールは前進することを選んだ。
姿勢を低くすることで潜り抜け、一気に間合いへと潜り込む。
驚愕に動きを止める二人の内一人をリングバインドで拘束すると、もう一人へと袈裟懸けにデルフリンガーを叩き落とした。
鎖骨を割り砕く感触と共に、痙攣するように男は動きを止めた。
動きを止めた男の腹に掌を添え、ショートバスターを展開。
群青の閃光が瞬くと同時、男の姿は掻き消える。

偏在とは云っても、おそらく像を形作っているのは魔力なのだろう。
そのため、偏在を構築している以上の魔力を叩き込まれたことで消滅したのか。

推察は後だとばかりに、カールは脚を動かした。
が、そのカールへと横殴りの圧力が加わる。エア・ハンマーだ。
砲撃を放って走りながら体勢を整えようとした隙に打ち下ろされた衝撃に、カールはたたらを踏んだ。
咄嗟にデルフリンガーを盾のように差し出し、更にプロテクションを発動させたため痛みはない。
だが足を止められたことは確かであり、

「相棒! エア・カッターがくる!」

「不可視の刃だったか……!?」

仮面の男が唱えたルーンを聞いたのか、デルフリンガーが声を上げた。
即座にカールはサークルプロテクションを展開し、刹那、彼を中心にして地面を覆う草が土砂と共に舞い上がった。
もし無防備な状態で直撃すれば、間違いなくバリアジャケットがリアクターパージされるほどの威力だ。
そこへ追撃を受ければ、重傷は免れない。

魔力光の見えない攻撃にカールは背筋を泡立てながら、クロスファイアを構築した。
浮かんだ光は六つ。行け、と言葉にせず命じると、群青の瞬きは直角の機動を描きながら二人の仮面へと肉迫した。
仮面の男は二人で寄り添い、クロスファイアをギリギリまで引き付けてからストーム――竜巻の防壁を生み出し、魔力弾を弾こうとしたのだろう。
だが、竜巻に衝突しながらも、クロスファイアは暴風の障壁を素通りした。

ヴァリアブル・バレット。
魔力弾を弾殻で包み込み、敵の防壁に当たると同時にそれをパージ、魔力の破裂により一時的に防御を中和し、魔力弾を標的に撃ち込む技術である。
AMFに対して有効な対抗策と云われているそれは、このハルケギニアでも敵の防壁を食い破る力を発揮していた。

殺到する六発の誘導弾の直撃を受け、二人の男は吹き飛んだ。
が、それと同時、バインドをエア・カッターで破壊し解除した仮面の男とフーケがカールへと杖を向けてくる。
更に、クロスファイアの直撃を受け倒れ伏しながらも、仮面の男は杖を――カールではなく、ルイズへと向けた。

――勝てない戦いじゃない。けれど、ルイズを気にしたままじゃ。

敵の戦闘能力を削っているのは確かなものの、ルイズを守りに入れば優勢となった運びはふりだしに戻ってしまう。
守勢に回ったため仕方がないと云えるかもしれないが、このままじゃ――

「カール……ッ!」

ジリ貧に回るしかない状況にカールが歯噛みしたときだった。
甲高い声が響くと同時、カールはそちらへと目を向ける。どうやらルイズは、目を覚ましたようだった。

仮面の男がルーンを唱え、風の刃がルイズのいる場所を蹂躙する。
それでサークルプロテクションが砕けることはなかったが、至近距離を吹き飛ばされる光景に、彼女は目を白黒させた。
だがそれでも、彼女は我を取り戻して声を張り上げる。

「私に構わないで!
 あんたなんて、私となんの関係もないじゃない!
 浚われたのは私のミスだわ! 手助けなんて余計なお世話よ!」

……おそらくは、本気で云っているのだろう。
現実を見ていないわけじゃない。もしカールがルイズを見捨てればどうなるか――それを分かった上で、彼女は云っているのだ。
助かると根拠もなしに信じているのではない。危害を加えられることすら自分のミスで、だから受けて当たり前の仕打ちなのだと思っている。
何故だか確信できる。それは、そう多くない回数しか彼女と言葉を交わしていないまでも、彼女という人物を僅かに掴むことができたからか。

「やめて! もうこれ以上、私を無様にしないでちょうだい!」

放たれる魔法が放つ轟音。
それに負けないよう張り上げられた声は、裏返ってすらいた。
喉を痛めるほどに紡がれる言葉は、ああ、彼女の性格がそのまま言葉になっていると云える。

そのプライドの高さを醜悪と取るかどうかは人によるだろう。
だがカールは――彼女が魔法を使えないその理由を知っているため、もし彼女が魔法を使えたらこうも悲壮な声を上げなかったと思うために、醜悪などとは微塵も思わなかった。
努力はしていた。けれど生まれ持った才能が、致命的にこの世界と合っていないであろう少女。
そんな彼女を、自分は、助けることができるのか。
物理的な意味ではなく、少しでもその心を慰めることが――

「……関係なら、あるだろ」

「……え?」

放たれる土のバインド、風の刃、それらをステップを踏んで避けながら、カールは呟く。

「君の魔法であるサモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァント。
 それが成功した結果として、俺は使い魔になったんだ。
 ……使い魔は、主人を守るのが仕事なんだろ?」

カールの言葉を境に、ルイズは声を止めた。
息を呑んだのかもしれない。仮面の男たちを見据えるカールに、それは見ることができなかった。

「成功したじゃないか、魔法。
 今君を守っているのは、君自身の力だ。
 そうだろう?
 それでも守られているだけが嫌だって云うなら、協力して欲しい」

云い、カールは大きく跳躍し、仮面の男たちと距離を置いた。
そして魔力を一気に放出しながら、足下にミッドチルダ式魔法陣を展開し――

「走れ!」

大声を上げると同時、ルイズを守るサークルプロテクションを解除した。
ルイズは即座にカールの意図を汲んで、しゃがみ込んだ状態から立ち上がり、背中を見せて駆け出した。
無論、仮面の男たちがそれを見逃すわけがないが――

「――ッ!」

歯を食い縛り、身体を旋回させると共にデルフリンガーから放たれた衝撃波が草原を疾走する。
轟音を伴って吹き荒ぶそれは、通過した射線上にあるもの――フーケと仮面の男たち全員を、その場で宙に張り付けにした。

「またこれかい……!」

フーケが怒声を上げるも、カールはそれを無視して更に魔法を構築する。
立ち上る魔力がデルフリンガーに絡み付き、群青の輝きが夜空へと一直線に伸びた。
そうして形成されるのは、刀身が五十メートルを越す魔力の刃、

「断ち切れ、ジェットザンバー!」

トリガーワードが紡がれた瞬間、魔力刃は群青の輝きで草原を照らし上げながら、横薙ぎに振るわれた。
その斬撃の通過点にいたフーケと仮面の男には、一刀両断に切り捨てられる激痛と、精神力――魔力を根こそぎ奪い取られる攻撃が叩き込まれる。
そうして、群青の閃光が昼間のように闇夜を照らし――

蛍火のようにカールの魔力光、その残滓が踊る中、フーケを抱える仮面の男が一人、立っていた。
男はじっとカールを見詰めながら、杖を構えている。
カールは大技を放った疲労感を見せずにデルフリンガーを下段に構えながら、敵意に燃える碧眼で男を睨み付けた。

「見事。
 偏在で生み出され劣化していたとはいえ、スクウェア四人とトライアングル一人を、圧倒的に不利な状況で相手取るその力、虚無と云うに相応しい。
 有り得ないことだよ、これは」

満足げに頷くと、彼は顎で地面に置かれたままの"光の杖"――汎用デバイスとカブリオレを顎で指し示した。

「それは返そう。
 我々が持っていても宝の持ち腐れだろうし。
 ……それでは、また会おう。
 虚無の伝承者。そして、虚無の担い手よ」

男がそう言い終えると同時、突風が草原に吹いた。
瞬間、男の姿が掻き消える。風系統の魔法だろうか。
危険がないことを確認したカールは、溜息を吐くと共にデルフリンガーへと視線を落とした。

「デルフ」

「あいよ」

「ジェットザンバー……光の剣を生み出したとき、お前に魔力が吸い取られるような感覚があった。
 何か知らないか?」

カールが云ったことは事実だった。
咄嗟に魔力を上乗せすることで魔法を完成させることはできたが、もし失敗していたらと思うと心臓に悪い。
デルフリンガーは考え込むように金具をカチカチ鳴らすと、おお! と声を上げた。

「いやー、すまねぇな相棒。すっかり忘れてた。
 そぉい!」

デルフリンガーが声を上げると同時、錆び付いていた刀身が光に包まれた。
それが止むと同時に現れたのは、鏡に代用できるほど研ぎ澄まされ、月光に光り輝く刀身だ。
一体何が、とカールが目を細めると、カチカチと金具が鳴る。

「これが俺の本当の姿よ。
 それで相棒の魔法なんだが、いや、本当に悪いね。
 俺は刃の部分で魔法を吸い込むことができるんだ。
 いきなりだったからつい驚いてやっちまった。
 その他にも色々と思い出して――」

「悪い、あとで聞くよ。お疲れ様」

「相棒――!」

まだ喋り足りない! といった様子のデルフリンガーを背中の鞘に収めると、カールは歩き出した。
そして地面に転がった二本のデバイスを待機状態、カブリオレをカード、汎用デバイスをペンダントモードに戻すとポケットに入れ、更に進んだ。

その先には驚いたようにルイズが座り込んでいる。
腰を抜かしたのだろうか。それでもはしたなく脚を広げたわけではなく、横たえてる辺りに育ちの良さを感じた。
そんなどうでも良いことを考えながら、カールは尻餅をついたルイズへと手を差し出す。

「立てる?」

「……もうちょっと待って欲しいのよ。
 その、脚が痺れただけだから! 腰が抜けたなんて勘違いしないでちょうだい!」

バツが悪そうに、ルイズは声を上げた。
それに苦笑しながら、それなら、とルイズを抱きかかえる。

「え、ちょ、カール!?
 いきなり何するのよ、失礼ね!」

「待っても良いけど、早く学院に帰らないと皆が心配するだろ?」

「……なら、仕方ないわね。
 許してあげるわ」

本当はオスマンが使い魔で一部始終を見守っているのだが、敢えて口には出さなかった。
それに、早く帰りたいのは事実だ。いつまでも戦場に残っているのは良い気分ではないし、ルイズを休ませてやりたかった。
学生であるのだから、この子が実戦の空気を肌で感じたのはこれが初めてだろう。
だったら、今は元気でも後からどっと疲れが押し寄せてくるはずだ。
経験則からそう考えたカールは、ルイズを抱きかかえながら歩き出した。

思ったよりもルイズはずっと軽かった。
体格が小さいということもあるだろうが、それ以上に、華奢なのだろう。

「……ねぇ」

腕の中で居心地悪そうにしながら、そっぽを向いて、ルイズは口を開いた。

「何?」

「……一応、お礼を云っておくわ。
 そうだったわよね。私、二つだけ魔法を成功させてた。
 それすら忘れてたから」

「ああ、そうだね。
 君は、俺を使い魔にした」

「……悪いとは思っているわ。
 メイジであるあなたを使い魔になんて」

「使い魔として呼び出されたことに、思うところがないわけじゃない」

「……うん」

せつなげに唇を噛むと、ルイズは視線を泳がせた。
彼女なりに責任を感じているのだろう。
それは、カールを使い魔――下僕として扱っていないことからも分かる。
コルベールが云うように、この召還は事故のようなものだった。そしてカールは、その事故の犠牲者。
ルイズ自身も、そう思っているに違いない。
だからこそサモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントを、成功した魔法だと胸を張ることができないのだろう。

「けれど、こうして呼び出されてしまったのは仕方のないことだし。
 今回の事件は、食客として学院にいる俺としても見逃せなかった……ってこともある。
 使い魔として君を助けたとのかと聞かれたら、素直に頷くことはできない。
 でも、ルイズを助けたいと思ったのは事実だ」

「……何よそれ。
 理屈を並べておいて感情論で締めるとか意味分かんない」

「そうだな。なんだろうな」

上手く、言葉にはできない。
そういう意味で、この戦いを行ったことは感情論が根幹にあるのだろう。
やむを得ない状況だったとは云え、ミッドチルダ式魔法を使って戦いもした。
相手がミッドチルダ式魔法を虚無と誤解したことで、この世界にとって未知の技術であることを隠すことはできた。
ミッドチルダ式魔法を使えない最大の理由は、魔法の使用によって、次元世界の存在が明らかになるからである。
未だ発展途上にある世界に、より進んだ技術を公開するのは確かに進歩を促すことに繋がるのだろうが、侵略と紙一重の行為である。
だからこそ、管理外世界での魔法の使用及び存在の流布は管理局法で原則禁止とされているのだ。

フーケの時は、捕まえれば監獄に押し込まれて情報を流布できないだろうとオスマンに保険をつけてもらっていた。
今回の場合ならば、仮面の男は未知の魔法を異世界のものではなく、ハルケギニアの代物だと認識していた。
だからこそ魔法の使用を躊躇うことはなかったが――

しかしそのせいで、ミッドチルダ式魔法を虚無と誤解され要らぬ火種を作ってしまったのかもしれない。
また会おう、と仮面の男は云っていた。
ならば、再び自分たちの身が危険に晒されることは、半ば必然と云って良い。

「ねぇ、カール」

「ん?」

「あなたが使った魔法って、あの、その……虚無、なのよね?」

どこかそわそわした様子で、ルイズは聞いてきた。
虚無のわけがない、とは考えないのか。
確かに仮面の男に対して、ブラフではあったもののカールは虚無と断言した。
それに、戦闘の興奮が冷めていない彼女は、正常に物事を判断することができないのだろう。

どう答えたものか。
そう思いながら、カールは言葉を選んだ。

「虚無がどんな魔法なのか知らないから、断言はできない。
 けれど俺は、俺の使う魔法を虚無ではないと思っている」

「……そう」

落胆したような、ほっとしたような。
カールの腕の中でルイズは胸を撫で下ろすと、首を傾げてカールを見上げた。

「じゃああなたの使う魔法って、なんなの?
 フーケに使った光の矢。賊を一掃した光の剣。私を守ってくれた光の壁。
 私、それなりに魔法は勉強してるけれど、どれも聞いたことがないわ」

「……あまりメジャーじゃない魔法なんだ。四系統に属さない魔法」

「そう……ねぇ、カール。
 あなたを呼び出したってことは、私にもその魔法の素質があるってことなの?
 だから私は、今まで失敗ばかりしていたの?」

「それは――」

どうなんだろう。未だ、確証は得られていない。
それに、口にしたら最後、ルイズに希望を与えてしまうことになるかもしれない。
オスマンは反対していないようだったが――今のカールには、判断のできないことだった。

「……どうなんだろうな。なんとも云えない」

「……あっそう。
 相変わらず、私に魔法を教えるつもりがないのね」

曖昧なカールの言葉にすっかり臍を曲げてしまったのか、ルイズは不満げに身じろぎした。

「もう歩けるわ。下ろしてちょうだい」

「分かった」

カールはしゃがみ込んで、ルイズを地面へと下ろす。
僅かにふらつきながらも彼女は歩き出し、カールの一歩先を行くと、僅かに頬を膨らませた。

「そうやって、すごい魔法を自分だけのものにしてれば良いんだわ。
 やっぱり私、あなたのこと、だいっきらいよ」


























カールと戦った場所から魔法を使って移動したワルドは、フーケを地面に横たえると、自らも草原に倒れ込んだ。
流石に偏在を四体生み出し、念を入れてカールに感知されないよう隠れて移動したことで、精神力がごっそりと減っていた。
だが、大の字に広がり夜空を眺める彼の表情に、疲労の色はない。

むしろ喜びすら浮かばせて、彼は唇で弧を描いた。

「凄まじい。あれならばエルフとも戦えるかもしれない。
 流石は虚無の伝承者と云ったところか」

伝承者、とワルドは云う。
それはカールが口にしたことではなく、ワルドが独自解釈したことで思い浮かべた言葉だった。

そもそも不可解だったのだ。
失伝した虚無という系統。それの素質を持つ者がいくら存在しようと、教え導く者がいなければ大成させることなどできない。
ルイズがずっと落ちこぼれのゼロと呼ばれていたように、誰もその素質が輝かしいものであると気付かない。

だが――そう。
サモン・サーヴァントによって虚無を会得した者を呼び出し、それによって虚無が受け継がれるならば。
謎が氷解した気分だった。おそらく、六千年間、そうやって虚無は受け継がれてきたのだろう。
一子相伝の第五系統。ブリミル教徒ならば、虚無がどれほどの価値を持っているのかなど誰もが理解している。
そのため世に虚無の伝承者や担い手が出てくることはなく、ひっそりと伝説の系統は続いてきたのだ――

そう、ワルドは思い込んでいた。
そしてその思い込みにより、彼はルイズとカールを虚無の使い手であると断定していた。
……その認識は、あながち間違ってはいないのだが。

「必ず……必ず、手に入れてみせる。
 そして、聖地をこの手に掴んでみせる……!」

云いながら、ワルドは天に浮かぶ双月へと手を伸ばした。
群青と桃色の月は、ただ、じっとそこに佇んでいる。






















おまけ

――カール・メルセデス十六歳について

「そういえばフェイトちゃん、カールくんと会ったらしいね」

「うん。会ったのは、JS事件が終わった日の、アースラで倒れたところだったよ。
 びっくりしたな、本当に。
 急いで医務室に連れ込もうとしたら、『後生だから今の医務室にだけは運び込まないで……!』とか云われたし」

「え、そうなの?
 あの時ベッドで寝てるの暇だったから、話し相手になって欲しかったのになぁ」

「……ああ、気付いてないんだ」

「何が?」

「……彼がどんな人かは、前々から話には聞いていたんだけどね。シャーリーから。
 酷い男の子って話だったけど、実際会ってみたら、ちょっと面白い子かな? って思ったり。
 けれど意外だったのは、結構まともな子だった、ってことかも」

「そうなの?」

「話に聞く限り、ええっと……その……クソ外道とか、脳筋とか、どうせ私は地味な眼鏡っ子ですぅーとか……あ、最後は違った。
 ともかく、あまり良い話を聞いてなかったから、その分、驚いちゃって。
 うん、悪い子じゃないと思う」

「カールくんはすごい良い子だよ!
 頑張ってるし!」

「……うん、そうだね。
 ところでなのは」

「何?」

「彼のこと、どう思ってるの?」

「可愛い後輩!」

「……普通気付くよね。わざわざ関係のないJS事件に首突っ込んできた理由を考えれば気付けるよね。
 ……シャーリーが丑の刻参りでもしてるのかな。
 っていうか、わざわざ切り札として呼び出す辺り、シャーリー、まだ諦めてないんだ……」

「うーん……なんとかしてあげたいよね」

「え?」

「え?」 

「ごめん、なのは。ちょっと話が見えなくて……」

「いや、カールくんとシャーリーの仲直りの話でしょ?」

「……なのは、私たち、今いくつだっけ? 教えてくれない?」

「十九歳だよね。それがどうしたの?」

「いや、その……うん。なんでもないよ。
 なのははそのままでいて……!」



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