「ローズさん、大変だ!」
「こら! 今、軍のお偉いさんが来てるんだ。大人しくおしよ!」
「大人しくなんてしてられねぇ! 食料泥棒を捕まえたんだ!」
村の中でも比較的でかい家の中に俺達は連行された。
屋敷の中では何やら会議でもしてたのか、他の村人よりも恰幅のよさそうな者達が幾人か見えた。
どうも場の中心に立つ、ローズとかいう恰幅よさげなおばちゃんが、この村のまとめ役のようだ。
「……どうせ無駄だろうが、一応違うって言っとくぜ」
どう見ても弁解を聞いてくれるような空気じゃないので、俺は憮然と告げるにとどめた。
だが、腹の中にたまっていくドロドロした黒いものを感じる。自分の顔から急激に表情が抜け落ちていくのがわかった。
「ローズさん!こいつ漆黒の翼かもしれねぇ!」
「きっとこのところ頻繁に続いている食料泥棒もこいつの仕業だ!」
気に入らねぇ。ドロドロが黒い炎となって燃え上がる。
こいつらはバチカルのクソ貴族どもと一緒だ。胸の内で炎は鞴に煽られ轟々と燃え上がる。
俺は屋敷を抜け出して、よく下町のチンピラどもとつるんでいた。
連中は確かに家族に家を追い出されたような、馬鹿で、下品で、どうしょうもない悪ガキの小物ばかりだった。
だが、それでも踏み越えちゃいけない一線だけは、誰よりも知ってる連中だった。
バチカルのクソ貴族どもは、その一線をたやすく踏み越える。
城下でなにか事件が起きると証拠もねぇのに俺達のせいだと決めつける。
よく知りもしねぇのに、蔑んだ目で見下しやがる。
連中は俺達を見ようとしない。自分達の見たいものしか見ようとしない。
──『俺』を見ようとしない。
「一目見てわかったぞ! こういうやつが、問題を起こすんだ!!」
ぶちっ。
あ、なんか切れた。
内面で燃え盛っていた炎は爆発的な勢いで膨張し、境界を蹂躙すると、激情となって外に溢れ出た。
「俺は泥棒なんかしてねぇっつってんだろがぁっ!!」
炎に駆り立てられるままに、俺は拳を振りかぶる。
鼻っ面をぶん殴られた村人その一が、だらだら鼻血を出しながら、盛大に吹き飛んだ。
一瞬静まり返る室内に、すぐさまこれまで以上の殺気が充満するのがわかる。
「こいつ……」
「よくもやりやがったな……」
「文句があるならかかってきやがれっ!」
俺は盛大に啖呵を切って、連中と向き合った。
「上等だこのくそガキが!」
「やっちまえ!!」
こうして、殴り合いが始まった。
俺は殺到する村人どもに、それこそ死に物狂いで応戦する。
だが、さすがに数の違いは補えなかったようだ。
何人かの村人を道連れに、俺は屈強な村人の一人と、見事にクロスカウンターで相討ちとなって、その場に沈み込むのだった。
……
………
…………
「まったく、威勢がいい坊やだねぇ。それにみんなも、もうちょっと頭を冷やして落ちついとくれよ、私はまったく状況が掴めてないんだからさ」
ローズさんが苦笑を浮かべながら皆をいさめる。
殴り合いになった村人どもと俺は、一瞬、互いの鼻血まみれになった顔を見合わせるも。
『ふんっ』
即座に顔を逸らし、鼻を鳴らしあった。
そんな俺達の様子に、ティアはもはや言葉もないのか、ずっと頭が痛そうに額を抑え、呆れ返っている。
「どうしたもんかね。証拠もないのに言われても、私もどうしたらいいかわからないよ」
困ったように頬をかくローズさんに、村人どもがなにか言い募ろうと身を乗り出す。
「───いやぁ、皆さん、熱いですねぇ。でも、もう少し落ち着いて、話合いましょう」
村人どもと違って、至極落ち着きはらった声が響く。
『大佐……』
声の主の発言に、村人達の熱気が一気に覚めていくのがわかる。
蒼色を基調にデザインされた制服を着込んだ、三十代ほどの男がそこに居た。瞳を覆う眼鏡が理知的な印象を、肩まで伸ばされたロンゲが男ながらに艶やかな印象を抱かせる。
って、おえぇっ。男に対して、そんな印象持ちたくねぇー。
「事実関係もはっきりしていないのに、犯人扱いするのはさすがにやりすぎでしょう」
俺はかなりの警戒心を込めた視線を、ロンゲの兄ちゃんに向ける。
「なんだぁ……あんた?」
「私はマルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。あなたは?」
俺の睨みも一向に気にした様子も見せず、大佐はふてぶてしい態度で尋ねてくる。
ふん、いいだろう。ここで名乗らなかったら漢が廃るぜ。
「俺様はルークだ。ルーク・フォン──」
「ルーク!!」
「ふぁぐへっ……」
突然襟を掴まれて、ティアに後ろへ引っ張り込まれる。
「な、なんだよ急に……」
「忘れたの? ここは敵国なのよ。あなたのお父様のファブレ公爵はマルクトにとって最大の敵の一人。うかつに名乗らないで」
「へ、そうなのか?」
「そうよ。あなたの父親に家族を殺された人たちがここには大勢いる。無駄な争いは避けるべきでしょう?」
意外にも、あのくそ親父は敵国でかなり名の通った存在らしい。名の通りかたがマイナス方向だってのは、らしいっちゃらしいがね。
「どうかしましたか?」
爽やかな笑みを浮かべながら、大佐が尋ねる。どうも底が知れない奴だ。
俺では役不足と判断したのか、ティアが前にでて、俺に下がっているように促す。
「失礼しました、大佐。彼はルーク、私はティア。ケセドニアに行く途中でしたが辻馬車を乗り間違えてここまで来ました」
「おや、ではあなたも漆黒の翼だと疑われている彼の仲間ですか?」
どこか面白がっているような様子で、大佐が俺を示す。
見んじゃねぇよと、ガンを飛ばす俺の頭をポカリと叩き、ティアが真摯な面持ちで続ける。
「私たちは漆黒の翼ではありません。本物の漆黒の翼は、マルクト軍がローテルロー橋の向こうへ追いつめていたはずですが」
「ああ……なるほど。先ほどの辻馬車にあなたたちも乗っていたんですね」
納得したと独り言のようにつぶやくが、一方で周囲にその言葉を浸透させるような間をつくる。案の定、村人達が大佐の言葉に食いついた。
「どういうことですか、大佐?」
「いえ。ティアさんが仰ったように漆黒の翼らしき盗賊はキムラスカ王国の方へ逃走しました。彼らは漆黒の翼ではないと思いますよ。私が保証します」
大佐の言葉で、そうだったのか、と村人達の間にしごくふに落ちたような反応が流れる。
ついさっきまでの狂気が嘘のように、落ち着いた空気が場を満たす。
なんというか、とんでもねぇな、こいつ。
俺は大佐に警戒の視線を注ぎ続ける。最初から俺達が辻馬車に乗ってた奴らだって気付いてたんじゃねぇだろうかと疑いたくなるほど、見事な会話の納めかただった。
「───ただの食料泥棒でもなさそうですね」
開け放たれた扉を潜り、明らかに村人ではないとわかる、農作業には向かなそうなヒラヒラした衣装をまとった人物が現れた。
身体の線を隠す衣装や、十代前半と思しき歳の若さもあるだろうが、どうにも男だか女だかよくわからん奴だ。その上、整った容姿や華奢な体つきとは対照的に、穏和さの中にも強い意志の力を感じさせる瞳の持ち主でもある。
「イオン様」
あれほどふてぶてしかった大佐が、その相手を様づけをしたことに、正直俺はぶったまげた。あいつも敬称つけて他人を呼ぶんだと、失礼ながら思ったね。
「少し気になったので食料庫を調べさせて頂きました。部屋の隅にこんなものが落ちていましたよ」
指し示された華奢な掌の上に、ライトグリーンの毛の塊が乗っていた。
「こいつは……聖獣チーグルの抜け毛だねぇ」
「ええ。恐らくチーグルが食料庫を荒らしたのでしょう」
ローズが毛を確かめながら、なんの毛だか判別する。
イオンとか呼ばれた子供の保証を見るに、これで真犯人は判明したようだ。
「やれやれ、これで俺が泥棒じゃねぇってのがわかったかよ?」
俺は自分を犯人扱いした村人どもを睥睨すると、やつらは一様に恐縮したように顔を伏せた。
「でもお金を払う前に店から離れようとしたのは事実よ。疑われる行動を取ったことは反省すべきだわ」
「ぐっ……仕方ねぇだろ。そういうのに馴れてねぇんだから」
要所要所で、適格な突っ込みを入れてくるティアに、なんとなく苦手意識が生じつつあるのを自覚しながら、俺は自分でも力のない言葉で反論する。
「ふぅ。どうやらようやく一件落着のようだね。あんたたち、この坊やたちに言うことがあるんじゃないのかい?」
ローズに促され、俺を連行した村人共が意気消沈といった様子で、次々頭を下げて来る。
「………すまない。このところ盗難騒ぎが続いて気が立っててな」
「疑って悪かった」
「騒ぎを大きくしたことは謝るよ」
全員が謝罪したことを見届けると、ローズが俺達の方に向き直る。
「坊やたちもそれで許してくれるかい?」
「……幾らなんでも坊やは止めてくれや」
襲いかかる途方もない疲労感に肩を落とす俺に、ローズが可笑しそうに笑って言い直す。
「はっはっはっ。ごめんよルークさん。どうだい、水に流してくれるかねぇ」
「……いいぜ。正直、ついさっき殴りあったような相手に、あんたらが頭を下げるなんて真似ができるとは思っていなかったからな。ワビ入れられて、ケジメ通された以上、俺がこれ以上言うことはねぇさ」
ひらひら手を振りながら応える俺に、ティアが無表情の中にもどこか意外そうな色を浮かべるのがわかる。村人連中も一様に、信じられないものを見たような表情を浮かべている。
そんなに俺はねちっこく見えるのかよ……
「そいつはよかった。さて、あたしは大佐と話がある。チーグルのことは何らかの防衛手段を考えてみるから、今日のところはみんな帰っとくれ」
いろいろと事態がややこしくなったが、魔女裁判はこれで終わりのようだ。
俺は殴り合いで妙にギシギシする身体を引きずりながら、屋敷の外に向かう。
去り際に、ティアが解散の切っ掛けになった子供へ妙に鋭い視線を送っているのが気になった。
* * *
「まったく、ルーク……あなた馬鹿なの?」
屋敷を出るや否や、ティアは閉口一番そう告げた。
「な、なんでだよ」
「まだ弁明の余地があったあの状況で、いきなり殴り掛かるなんて……そんなことをする人を馬鹿以外にどう呼べばいいの?」
「うっ……」
ティアはあくまで無表情を保っていたが、俺はそこに抑えようのない静かな怒りを感じた。
「確かに犯人呼ばわりされたのは、あなたにとって気持ちの良くない体験だったでしょうね。それでも、なにか気に障ることがある度に、いきなり暴力に訴えていたら、他人と付き合うことなんてできないわ。今後私の前で、あんな馬鹿な真似は二度としないで」
真剣な表情で、『俺』を見据えるティアに、いつもなら説教なんて聞き流すはずの俺が、自分でも気付かぬうちに、自然と頭を下げていることに気付いた。
「わるかったよ……確かに俺が馬鹿だった。今後は、なるべく気をつけるさ」
なぜ頭を下げたのか、自分でもよくわからなかったが、それでも悪い気はしなかった。
「……わかったなら、いいわ」
それで話は終わりとばかりに、ティアが歩き出す。
しばらくお互いに無言まま進んで、ローズ邸からかなり離れたところで、ティアが屋敷を振り返ってつぶやく。
「それにしても、導師イオンが何故ここに……」
「導師イオン? そういや、最近どっかで聞いたような……」
「ローレライ教団の最高指導者よ」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
頭のもやを追い出すべく、あれこれ記憶を探るうちに、バチカルでの師匠との会話が蘇る。
「思い出した。どういうことだ? イオンって奴は行方不明だって聞いてるぞ。あいつを捜しにヴァン師匠も帰国するって話だったんだが……?」
「そうなの? 初耳だわ。どういうことなのかしら……。誘拐されている風でもないし」
二人して情報を出し合ううちに、ますます疑問が大きくなるのを感じた。
「いっそ、あいつに直接聞いて来るか?」
「やめなさいって。大切なお話をしているみたいだから、尋ねるにしても明日以降にしましょう」
確かにティアの言葉は正論なんだが、どうもすっきりしない。気持ちが悪い。
「なんか気になるぜ」
解決しない不可解さを胸に、俺達は首を傾げながら宿屋に向かう。
* * *
宿屋に入ると、カウンターで店主に向けてしきりになにかを尋ねる少女の姿があった。
「連れを見かけませんでしたかぁ!? 私よりちょっと背の高い、ぼや~っとした子なんですけど」
「いや俺はちょっとここを離れてたから……」
少女の勢いに押された店主がしどろもどろになって答えるも、彼女にとって望ましい答えはえられなかったようだ。
「も~イオン様ったらどこ行っちゃったのかなぁ」
両手を腰に当て、両端で二つに括った髪を振りながら、少女が困ったように呻く。教会で見かけるような服装と、背中に背負う不気味な人形がアンバランスではあったが、全体的に見てもかなりレベルの高い、かわいらしい容姿をしている美少女だ。
まあ、それでも年齢が下すぎて俺の守備範囲外なんだがね。
普段の俺なら五年後に期待をかけて、そのまま脇を通りすぎるところなのだが、少女のつぶやいた尋ね人に興味を引かれた。
「イオン? 導師イオンのことか?」
「イオン様ならローズ夫人の所にいらしたわ」
声をかける俺に便乗して、ティアがイオンの所在を告げる。
「ホントですか!? ありがとうございます♪」
元気のいい様子で、少女は俺達二人に笑いかけながら礼を言ってくる。そっちの気があるやつなら篭絡されてもおかしくないくらいのいい笑顔だったが、俺はペドじゃないのでなんの反応もせん。
それよりも教会関係者だとはっきりしたこの相手に、俺はついでとばかりに疑問を尋ねる。
「しかし、なんで導師がこんな所にいるんだ? 行方不明って聞いてたぞ」
「はうあっ! そんな噂になってるんですか! イオン様に伝えないと!」
びっくりしたと顔を片手で抑えたと思えば、次の瞬間には弾かれたような猛スピードで、少女は宿の外に駆け出していった。
「あ、おいっ!」
もう少し聞きたいこともあったんだが、俺の呼び掛けも虚しく、少女は去って行った。
「ちっ…………結局訳を聞けなかったなぁ」
「そうね。でも彼女は導師守護役みたいだから、ローレライ教団も公認の旅なんだと思うわ」
「導師守護役?」
「イオン様の親衛隊よ。神託の盾騎士団の特殊部隊ね。公務には必ず同行するの」
「あんなちっこくても護衛なのか……にしても、行方不明って話はなんだったんだ? 誤報にしては、師匠が妙に深刻そうな顔してたんだがな。ありゃ居なくなってもおかしくない事情に心当たりがありそうだったぞ」
導師の情報が入ったことで、ますます俺達は訳がわからなくなるのであった。
「ともかく、今日のところは休みましょう。動くにしても、明日からね」
俺は尚も首を捻って呻いていたが、別にティアの意見に異論はないので素直にその後に続く。
「あんたたち。さっきは済まなかった。お詫びに今日のところはタダにしておくよ」
ケリーとかいう宿屋の店主が、申し訳なさそうに、そんなことを言って来る。
なんとも俺にはピンと来ない話だが、農家にとって食い物泥棒とは、それほどまでに怒りを促す相手なんだな。
「ま、ありがたく受け取っておくさ。今更ぐだぐだ言ってもしゃあないし、あんま気にすんなよ」
店主の肩を軽く叩きながら、俺はへらへら笑いながら告げる。
そもそも誤解されんのはバチカルで慣れている。あそこでチンピラ共をまとめあげて作った俺のグループには、家に居場所のない悪ガキどもが集まりまくってたせいで、なにかことが起きるとすぐに一方的に容疑者扱いされてたもんだ。そのくせ、冤罪だったと判明しても、謝罪の一つもしやがらねぇ。
そんなやつらと比べれば、この村の連中は事が判明した後の対応が誠実だったので、好感がもてる。
「あんたの拳、かなりいい感じだったぜ」
店主は少し気の紛れたような表情で笑い返すと、俺達を寝室に案内してくれた。
* * *
「明日はカイツールの検問所へ向かいましょう。橋が落ちた状態では、そこからしかバチカルには帰れないわ。あとは旅券をどうするかね……」
そんなに広い宿じゃないため、あとは路銀の関係もあるが、俺とティアは同室だったりする。普段の俺ならこんな美人さんとの同室なんて状況に、緊張しまくって一言もしゃべれなくなるところだが、これまでの道中でこいつといろいろあったせいか、そういう対象として意識する段階なんざとっくの昔に通りすぎていたりする。
ゆえに、色事めいた雰囲気はまったくの皆無である。
俺様も堕ちたもんだ。
「ダリィな」
ベッドに寝っころがりながら緊張感皆無のだれた声を上げる俺に、向かいの寝台に腰掛けたティアがため息をつく。
「ルーク。これはあなたにも関係あることよ。……もう少し真剣に話を聞いてくれたっていいじゃない」
すねたように言って来るティアに、俺はちょっと動揺しながら、表面上は落ち着いた様子で答える。
「ま、まあ、これから先の予定もいいんだが、どうもあの導師が気になんだよ」
「そんなに気にするような事かしら?」
「俺にもよくわからねぇんだが、どうも気になるんだよなぁ」
行方知れずの導師と、超振動とやらで飛ばされた俺達がほぼ同じ場所に居るというのは、本当にただの偶然なんだろうか。むしろ作為的なものを感じてしょうがない。
そうはいっても、飛ばされた直接の原因は、俺が無鉄砲にもティアに襲いかかったからだし、運命論者を気取るつもりはないが、偶然と言えば偶然だ。
一緒に飛ばされたティアも、師匠に襲いかかった件を抜かせば、気合の入った義理堅い良いやつだ。なにか企んでいるようには見えない。仮に企みごとがあったとしても、むしろこいつはその生真面目さで利用される側だろう。
教団関係者を狙うような組織が、こいつのバックにあるのだろうか。
今一番怪しいのは導師と一緒にいた大佐だが、導師は誘拐されているようには見えなかった。それにティアが言うには、宿屋ですれ違った少女が護衛としてついていたことからみて、どうも教団公認の旅らしい。
なら、むしろ謎の勢力の襲撃を警戒して、少数精鋭で情報も制限して、逃げ回っている最中なのだろうか。
うーむ、こんがらがるばかりで、一向に思考がまとまらない。
なんにせよ、あのロンゲの大佐がすべての黒幕だとか言われても、俺は全然驚かないけどな!
つらつらと物騒な考えを展開しているうちに、今日俺達が泥棒扱いされた元凶に考えが行き着く。
「なぁ、チーグルについてなんか知ってるか? 聖獣って言われてたけどよ」
「東ルグニカ平野の森に生息する草食獣よ。始祖ユリアと並んでローレライ教団の象徴になってるわ。ちょうどこの村の北あたりね。とってもかわいいのよ」
最後の台詞は聞かなかったことにして、俺はさらに思考を展開する。
また、教団関係かよ。
偶然にしても、こうも重なってくると、疑えと言われてるような気になって来るな。師匠を狙う謎の組織に、行方不明なはずの導師イオン、盗みを繰り返す聖獣。
ん? ちょっと待てよ……
「チーグルってのは、盗みをするような習性があるのか?」
「いいえ、そんなことはないはずよ。私もチーグルが食べ物を盗むなんて、初めて聞いたわ」
極めつけが、盗みなどしないはずの聖獣チーグルか。どーも、きな臭くてしょうがねぇ。
「明日になったら、その森に行ってみねぇか?」
「え……行ってどうするの?」
本当に予想外の事を言われてか、ティアが目をまん丸に見開いて尋ねる。
いろいろとややこしいことを考えていたせいで、すべての事柄に繋がりがあるような気がしてきた。今回の泥棒騒ぎもその一つで、教団を狙う謎の勢力が教団の象徴たるチーグルを陥れようとしてるんじゃないか。
なんて妄言は、どうも面と向かっては言いにくい。
結局なんの証拠もないわけだし、俺は説明するのも面倒臭くなって、適当な理由を告げる。
「そいつらが泥棒だって証拠を探すんだよ。濡れ衣は晴れたって言っても、一度は俺様が泥棒扱いされたんだ。その元凶をこのまま落とし前もつけずに放っておくってのは、気分が悪い」
「……無駄だと思うけど?」
冷めた表情で告げて来るティアに、俺はかなり怯みました。こいつ、無表情になるとスゲぇ、コェーんだよ。
俺は空気を求める魚のように口をぱくぱくさせながら、辛うじて言葉を返す。
「う、うるせぇな。もう決めたんだ!」
子供が癇癪起こしたような反論しかできませんでした。俺はガキかよ?
しばらく居心地の悪い沈黙が続いたが、結局ティアが折れた。
「………わかったわ。でも、あまり無茶はしないでね。森には魔物がいるだろうし。あなたを巻き込んだ者として、私にはあなたをバチカルまで無傷で送り届ける責任があるの」
だからほんとに気をつけて、とティアは言葉を締め括る。
そんな彼女の様子に、なんだかよくわからないが、俺は胸がむかつくような気分が沸き起こる。なにが気に障ったのかわからないが、別にティアの発言に俺の気を逆立てるような要素はなかった。だから、たぶん俺の気のせいだ。そのはずだ。
義務感で一緒に居られるのが気に障るなんてことが、あるはずないのだ。
俺は布団を頭から被ると、ウジウジした考えを投げ捨てるように、自らの目を閉じた。