──ある怪物の話し──
『むかしむかし、あるところに一人の風変わりな少年が居ました。
風変わりな少年は音素に宿る意識に、なみなみならぬ関心を抱いていました。
どうして? どうして音素は一定以上集まると自我を持つんだろう?
不思議だなぁ。不思議だなぁ。本当に、不思議だなぁ。
風変わりな少年は疑問の答えを求め、自らの知識を深めていきます。
大人になった少年は、いつしか研究者としての道を歩みはじめていました。
様々な書物に記された学説を読み上げ、理解を深めながら、どこまでも貪欲に、自らの抱いた疑問の答えを追い求めて行きます。
不思議だなぁ。不思議だなぁ。本当に、不思議だなぁ。
彼の抱いた疑問は解決されることなく、時は流れます。
気づけば、男は当時栄華の極みを誇っていた六王国の一つで、軍の研究者として働いていました。その胸に解ける事のない疑問を抱いたまま、ただ上司に命じられた研究を続けるだけの日々が過ぎていきます。
どうしてだろぅ? わからない。わからない。わからない。
当時、世界は新たに発生した第七音素に含まれるという未来の記憶に関心を寄せていました。そうした動きが、セフィロトの存在する地域を巡る奪い合いに発展するまで、それほど時間はかかりませんでした。
かつて少年だった男もまた、第七音素に関心を抱きました。
しかし、第七音素が含むと言われる未来の記憶に、彼は関心などありませんでした。
音符体を通過する際、六つの属性が記憶粒子と混じり合うことで、当然変異的に発生した第七音素。
そうなのかぁ。そうだったのかぁ。わかったぞぉ。やっとわかったぞぉ。
風変わりな男は即座に行動に移ります。軍の上層部に向けて、既存の概念を塗り替える新兵器の開発と証し、莫大な資金を投入させます。その際、男は上層部に対して、惑星規模の破壊力を持った兵器を開発して見せると、そんな夢物語のような言葉を語って見せたそうです。
しかし、戦争の始まりを感じ取っていた上層部は、男の言葉を全ては信じずとも、それなりに威力のある兵器を開発することは可能だろうと判断し、男に研究を実行するよう指示を下しました。
こうして、長い研究が始まりました。
いくつもの失敗作が生み出されては、次々と破棄されていきます。それでも風変わりな男は諦めることなく、自らの疑問を解決し得る存在を追い求め、ひたすら研究を続けていきました。
長い長い研究の果てに、出来上がったのは六本の譜術武器。
風変わりな男は未だ何の属性にも染まっていない触媒を示し、音符体から膨大な量の音素を引き寄せ、セフィロトから抜き出した大量の記憶粒子と掛け合わせることで、はじめてこの兵器は完成するのですと訴えかけました。
かくして、男の要請に基づき、一つの実験が開始されることになりました。実験が成功した場合、予測されるあまりに強大な威力に、全てが極秘のまま計画が押し進められていきます。実験の地としては、ホドと呼ばれる孤島が選定されたといいます。
そうして、男の待ち望んだ〝其の日〟がついにやってきました。
風変わりな男は集まった政府高官達を前にして、高らかにうたい上げます。
行いましょう。造り上げましょう。
これより我々は新たな領域に足を踏み入れます。
世界の根源に最も近しいと言われし第一音素。
世界の限界に最も近しいといわれし第六音素。
対立する両音素を音符体から引き寄せて、
地核から引きずり出した記憶粒子と掛け合わせ、有無を言わせず融合しましょう。
実験により生み出されますは、この世界に未だ存在し得ぬ力──
───第八音素・創世実験を、これより開始します。
地核に繋がる気穴──セフィロトに繋がれた六本の譜術武器が、膨大な光と闇の音素を音符体から引き寄せ、地殻から汲み上げた記憶粒子と強引に融合させていきます。
徐々に形作られていく存在に、集まった政府高官、軍上層部、男の実験に協力した研究者達、誰もが息を飲んで実験を見据えます。
風変わりな男もまた歓喜に打ち震え、生み出され行く存在を前に、最初に言葉を掛けたと言われています。
しかし、男が何と言ったかは、記憶に残されていません。
───その日、六王国の中でも一大勢力を誇っていた一つの国が、地図上からその姿を消しました。
そして同時期に、これから長い間、世界を蹂躙することになる正体不明の怪物が、其の姿を現しました。
当時セフィロトのある地点を奪い合い、争いを繰り広げていた残りの五王国は、怪物の登場に戦慄します。
怪物の通った後には草一本残らず、ただ世界を呪う紫紺の澱みだけが残されました。怪物がただ移動するだけで、世界は徐々に、しかし確実に侵されていったのです。
圧倒的な力を誇る怪物を前に、彼等もようやく争いを止め、死に物狂いで怪物に対抗していきました。
これまで、どうしても争いを止めようとしなかった国々が、何故、突然団結をなし得たのかといえば、それは一つの簡単な理由からです。
もはやそれ以外に、人類が生き残る道は、存在しなかったからです。
こうして、人類と正体不明の怪物の間で、生き残りを掛けた壮絶な死闘の幕は上がりました。
しかし、人類の抵抗も虚しく、一国、一国と、国々は確実に討ち滅ぼされていきます。
世界は怪物の放つ澱みに覆い尽くされ、いつしか人類は、散り散りに逃げ回ることしかできなくなっていました。
かくして世界は闇に包まれ、人類は緩やかな衰退の道を歩みはじめたのです。
世界が希望を取り戻すには、後の世に誕生することになる、希代の天才音素術士、ユリア・ジュエの登場と、今では知る者も少なくなった、光の柱の中から現れ出たという一人の男──ローレライの使者の登場を待つしかないのですが……それはまた、別のお話。
一人の男の妄執が怪物を作り出した。
これは、ただそれだけのお話。
めでたくなし、めでたくなし』
──ローレライ教団禁書目録、秘匿史料第8項「オールドラントに残る童謡」より抜粋──