まるでゴミくずのようになった何かが、地面に堕ちる。
──自己犠牲の精神か。だが、それも無駄な行いに過ぎなかったな──
──やりすぎだよリグレット。ヴァンからこいつらを殺せって指示は特に受けて無いだろ──
──……そうだったな。すまない。少し精神を引きずられたようだ──
──まあ、それなりに立場のある連中は残ってるようだし、問題無いとは思うけどね──
交わされる言葉も、どこか遠くから響く。
身動き一つも出来ぬまま、地に堕ちたガイの身体を呆然と見据える俺の耳に、その言葉は届いた。
「───でも、こいつはもう駄目かな?」
全身を霜に覆い尽くされ、ピクリとも動かないガイの身体を、シンクが爪先で蹴り飛ばす。
遥か頭上からは、焔の残滓が無数の氷の結晶となって降り注ぎ、地面に当たる事で砕け散る。
ドクン───
耳に痛いほど打ち鳴らされる心音に混じって、〝ソレ〟は 鼓動を刻み始める。
「………るな」
「ん?」
痛みなど感じない。無様に倒れ伏しているような事ができはずも無い。俺は爪を突き立て、身体を引きずり起こす。
鼓動が鳴り響く。
激しく打ち鳴らされる旋律は、俺の心音に絡みつくように同調を始める。
「……るなと、言ったんだ」
地面に片膝を立て、崩れ落ちそうになった身体を起こす。引き結んだ唇から血を滴り落ちる。
鼓動が鳴り響く。
加速する鼓動が果てることなく響き渡る中、俺はゆっくりと顔を上げる。
「ガイに、触るな………」
そう、俺は言ったんだ。
暴走する感情の波が一つの志向性を抱き───此処に属性の同調は果たされた。
物理的なプレッシャーを伴った視線が周囲を圧倒し、吹き抜ける音素のうねりが風を巻き起こす。
背中に吊るされた荷物から杖が虚空に浮かび上がる。
俺は当然のように手を伸ばし、杖を其の手に握る。
───闇が世界を浸食する。
鼓動を繰り返す杖から、漆黒の闇が溢れ出す。全身に力が満ちる。闇が歓喜の声を上げるのがわかる。
響き渡る賛美歌は俺の全身を包み込み、荒れ狂う闇の奔流は不気味な胎動を奏でながら、俺を中心に収束を始めた。
あまりにも唐突に顕現した闇を見据え、リグレットとシンクが驚きに目を見開く。
「これは………第一奏器か?」
「驚いた……ディストの奴が闇杖を奪われたとか喚いてたのは知ってたけど、今回は手を出すなって話だったからね。あまり気にかけてなかったけど………これを狙っていたのかな?」
この場に居ない相手に小さく呼びかけると、シンクが思考を切り換えるように被りを振る。
「ともかくリグレット、撤退だ。奏器同士がぶつかりあうには場所が悪い。やり合うにも相応の準備が必要だ」
「………致し方ないか。〝道〟よ」
複雑な譜陣が展開され光を放つ。二人の足元を中心に描かれるそれは、かつてザオ遺跡で目にした転送陣だった。圧倒的速度で展開される譜陣を見据えながら、俺は低く呻く。
「───……逃がすかよ」
闇が、収束する。
俺の左手に握られた杖を核に、凝縮された闇が巨大な切っ先を形成する。闇刃を抱え上げながら俺は疾走する。全身を満たす力の強大さに、言葉にできない程の爽快感が俺を貫く。
楽しい。楽しくて、楽シクテ、たのしくて、たまらない……っ!
ゲラゲラと哄笑を挙げながら俺は地を駆ける。闇刃を敵に向けて振り上げる。
「ちっ……精神汚染が始まってるのか? でも───こっちに付き合う義理は無いね!」
譜陣の展開で動けないリグレットの前に立ち、シンクが拳を甲板に打ちつける。
一切の詠唱無しに音素が収束。雷の刃が放たれた。降り下ろされる闇の刃と、突き出される雷の刃が正面から激突する。荒れ狂う力の波が大気を焦がす。
かなりの量の音素が込められた一撃だったが、しかし俺は少しも慌てることなく、杖を握る手に力を込める。
鼓動が打ち鳴らされる。闇が濃度を増す。
「なっ!?」
爆発的な勢いで膨張した闇が、雷撃そのものを飲み込んだ。雷光の轟きは一瞬、放電の余波すら残さずに、雷の刃は闇の前に喰らい尽くされた。
面白いほど隙だらけになったシンクに向けて、俺はゲラゲラと笑いながら、武器を再度構える。黒々と渦を巻く闇は俺の握る杖を中心に刃を形成──一瞬の遅滞も無しに降り下ろされた。
カラン、と何か硬質なものが地面を転がる音が響く。弾き飛ばされた仮面が甲板を滑る。
「……化け物め」
甲板に血が滴り落ちる。シンクが額を抑えながら呻いた。
相手の反応に俺は少し驚く。脳髄を叩き切ってやるつもりだったんだが、仮面が弾かれる一瞬の間に、闇刃の軌道を逸らしたようだ。さすがは六神将と言った所か。俺は感心する。
───それも、さして意味はないんだけどな。
漆黒の闇が甲板を流れる。誰もが動けない中、俺はシンクの目の前に移動する。身体を打ち据えたのか、シンクは動けない。愕然と目を見開く相手に、俺は抑えきれない愉悦に口元をつり上げながら、闇刃を振り下ろす。未だ起き上がれないシンクに反応などできるはずも無く、そのまま闇の刃が相手を貫───
首筋に刃を突きつけた所で、手の動きが止まる。
シンクの素顔が、視界に入った。現れた顔は、端正なものだった。仮面で隠していた理由がわからない程に、目を引く容姿をしている。そして同時に、何処か見覚えのある顔つきだった。
……誰かに、似ている?
「嘘………イオン様が、二人………?」
アニスがシンクの顔を見据え、震える声を絞り出した。
……ああ、そうだ。声に促されるように、俺を納得が包む。
その険しい眼光を僅かでも緩めれば、現れたシンクの素顔は、そのままイオンのものだった。
「やはり………あなたも導師のレプリカだったのですね」
「ちっ………!」
呼びかけるイオンの言葉に、シンクが舌打ちを漏らす。相手の顔に気を取られたせいか、俺が突きつけていた闇の刃は呆気なく弾かれた。
大きく後方に下がるシンクと、前に進み出たイオン。同じ顔を持つの二人の姿を、俺はただぼんやりと見比べる。
「………あなた、も?」
そこに込められた意味を察してか、アニスが震える声を出す。
「嘘………だってイオン様………」
どこか畏れを含んだ視線がイオンに向かう。
イオンは自らを奮い立たせるように一度瞼を閉じると、其の口を開く。
「すみません、アニス。僕は誕生してから、まだ二年程しか経っていません」
「二年って、私がイオン様付きの導師守護役になった頃……──っ!? まさか、アリエッタを解任したのは、イオ……あなたに………過去の記憶が、ないから?」
「ええ。あの時、オリジナルイオンは病で死に直面していた。しかし跡継ぎがいなかったので、モースとヴァンが………フォミクリーを使用したのです」
導師のレプリカが誕生した経緯を打ち明けるイオンを前に、シンクが自嘲するように笑う。
「………お前は一番オリジナルに近い能力を持っていたからね。僕たち屑と違って」
「そんな、屑なんて………」
「屑さ。能力が劣化していたから、生きながらザレッホ火山の火口へ投げ捨てられたんだ」
ゴミなんだよ。シンクが虚無的な瞳を空に向ける。
「代用品にすらならないレプリカなんてね。……僕が生きているのも、ヴァンが僕を利用するために過ぎない」
何も写さない硝子玉のような瞳が、シンクの絶望の深さを俺達に思い知らせる。
「───シンク、退くぞ」
「………わかったよ」
譜陣を完成させたリグレットの呼びかけに応え、シンクが更に後退する。
俺は身動ぎ一つできないまま、譜陣の発動を目にする。
シンクの視線が俺を見据える。
虚ろな瞳が、俺を捉えている。
「結局……使い道のある奴だけが、お情けで息をしてるってことさ……」
囁くような言葉はどこまでも虚ろに響きわたり───六神将の姿は光に包まれ、この場から消え失せた。
後には、譜陣の発する音素の名残が空間に残留するのみだった。
シンクの残した言葉が、ひどく俺の耳に残った。
………代用品にすらならないレプリカが……ゴミ?
あれほど昂揚していた気分がまるで嘘のようだった。
俺の精神は急激に淀んだ腐臭を放ち始める。
集中が途切れたことで、集束された闇の刃が霧散する。
だが、全身を包む闇の衣は、依然消える様子を見せない。
もはや力を向ける対象の消えた闇を全身にまとわりつかせたまま、一歩一歩、俺は足を進める。
「…………ガイ」
倒れ伏すガイに近づき、呼びかける。言葉は返らない。
応えの返らない呼びかけだけが、どこまでも虚ろに響く。
まるで、あの悪夢の日のようだ。
───階段を登る彼の姿が脳裏に蘇る。
頭が、どうしょうもなく痛む。
「……………ううっ……!」
俺はその場に膝を尽いて、額を抑える。だが苦痛が治まる気配は無い。グルグルと渦を巻くようにして、ただ過去の光景が脳裏を過る。
────彼は階段を登っていく
────俺のせいだっ! 俺が弱かったから!!
ガイの身体は動かない。
脳髄がひどく、疼く。
「うぁ………………ぁっぅ………!!」
────逃げられたのに、逃げなかったんだっ!!
────前に向き直り、十三段目を踏み込む。
脳裏に無数の過去の光景が、浮かんでは消える。掻き乱される脳髄が痛みを訴え、圧倒的な量の情報の奔流が俺の中を荒れ狂う。意味ある思考は何一つとして組み立てられぬまま、俺は苦悶の声を漏らす。
理解できる事など何もない。
ガイの身体は、ピクリとも動かない。
ただ張り裂けそうなほどに───頭が、痛む。
「ぐぅうっぁ、ぁぁあ、ぁあ、ぁああああああああ────っ!!」
闇が、暴走する。
杖から果てることなく溢れ出す闇が周囲に渦を巻く。全身に絡み付く闇が俺の身体を責め立てる。荒れ狂う闇は無差別に周囲を蹂躙し始め、タルタロスの甲板が打ち砕かれる。俺の意志など関係無しに、深淵の闇は世界そのものを浸食する。
「た、大佐ぁ! ルーク、一体全体どうしちゃったんですかっ!?」
「これは……精神汚染による音素暴走? いや……だがそれなら、何故、今になって……?」
「駄目ですわ! この距離では回復術が届きません。このままではガイが……」
「なら私が…………」
「…………!」
「………?」
皆の声も、もはや俺には届かない。
意識が闇に飲み込まれようとした、そのとき───其の声は、俺の耳に届いた。
────聞こえるか?
意識が、ぶれる。
────聞こえているんだろ?
視界に、ノイズが走る。
────自我を意識しろ。奏器に飲まれるな。聞こえるなら、この声に応えてみせろ───ルーク!
硝子の割れるような音が意識の内に響き渡り、世界が崩れ堕ちた。
* * *
気づけば、俺は其処に一人佇んでいた。
地平の彼方まで見通せる白い大地と、どこまでも続く蒼い空。
地面に突きたてられた武器が目の前に在った。一本の鍵のような剣を中心に、弓、剣、杖、槍……多種多様な六本の武器が、円を描くようにして地面に突き立てられている。それぞれの武器の前には簡素な造りの椅子が置かれ、主の訪れを待っている。
そんな突き立てられた武器の一つ、闇色の杖を前に、俺は椅子に腰掛けることも無く、一人立ち尽くす。
「………闇杖と、同調しちまったようだな」
杖のすぐ脇から、声が掛かる。視線を向けると、そこには地面に突き立てられた、鋏のような両刃を備えた剣を前に、椅子に腰掛ける〝誰か〟の姿があった。
「お前もつくづく、厄介な事に巻き込まれるよなぁ」
〝誰か〟としか認識できない相手が、どこか懐かしそうに呟く。
「………何だ、あんた? それに、此処はいったい………?」
警戒も露わに問い掛ける俺に、〝誰か〟が苦笑を浮かべるような気配が伝わる。
「………さてな。場所が地殻って事もあって、何とかこいつでも接続出来た訳だが、今は時間がない。詰問は勘弁してくれや」
相手の物言いに、俺の記憶が刺激される。どこか懐かしさを覚える〝誰か〟の気配に、俺の中で何かが騒めく。
「まずは忠告だ」
突然額を抑え口を閉じた俺の反応にも、〝誰か〟はさして気にした様子も無く口を開く。
「これ以上、闇杖と同調するのは止めておけ。調律も受けない状態で、己の主体属性でもないモノを振り回したとしても、制御するなんてのは夢のまた夢だろうからな」
「………あんた、何を言ってるんだ?」
頭が疼く。額を抑えながら、視線も鋭く見据える俺を無視して、〝誰か〟は言葉を続ける。
「調律とは本人の適正すら無視し、強引に属性を適合させる術だ。あらゆる思考を吹き飛ばすような感情のうねり──激情を糧とする事で、属性の同調は果たされる。あいつらはそうして、強引に引きずり出した意識分体を使役している訳だが、所詮力業だ。当然、代償も存在する………」
「……ぐっ……だから、何を言ってるんだっ!?」
頭痛が激しさを増す。声を荒らげ問いかける俺を無視して、〝誰か〟は更に続ける。
「それに、お前が行使すべきモノはそれじゃないだろ? 《使者》たる可能性を秘めたお前が力を行使するのに、こんなものは必要ないはずだ」
脳髄が軋む。俺の中で何かが叫ぶ。俺は、こいつが誰か、知っている………?
「あんたは、いったい───誰、なんだっ!!」
喉の奥から絞り出すようにして放たれた問い掛けに、初めて〝誰か〟が其の口を閉じる。
しばらく沈黙が続いた後で、〝誰か〟が改めて俺に顔を向ける。
「………僕としては、お前にこんな事を言えた義理じゃ無いってのは、十分すぎるほどにわかってるつもりだ。結局、僕はこの二年で、何も意味あることを成し遂げられなかったんだからな。だが……それでも、言わせてくれ」
世界に潰されるなよ、ルーク。
どこか懐かしい気配を発する「誰か」が、俺に笑いかけたような気がした。
「………もしかして、あんたは………?」
相手の気配が遠のく。俺の中で何かが叫ぶ。呼び止めろ。この相手は、こいつは────
光が闇を塗りつぶす。
耳に響く優しい歌声が、世界を打ち砕いた。
* * *
──リョ──レィ──クロァ──リョ──
譜歌の詠唱が耳に優しく響く。
──ズェ──レィ──ヴァ──ズェ──レィ──
譜歌が完成すると同時──展開された譜陣の発する光が俺を優しく包み込み、杖から吹き出す闇がその勢いを急激に衰えさせて行く。
その場に崩れ落ちるようにして、俺は膝をつく。手から転げ落ちた杖が甲高い音を立てた。
周囲に溢れ出していた闇は、いつのまにか消え失せている。
「………一体、俺は……?」
「ルーク、気がついたのね!」
「ティア………?」
駆け寄って来たティアの顔を見上げ、俺は自分の額を抑える。杖が鼓動を発した瞬間から後の記憶は、どこか霞がかったように、ひどく遠いものに感じる。
「……杖から闇が溢れた。シンクに斬りかかった俺は……そのまま杖が暴走して……ぐっ!」
記憶が定まらない。意識を取り戻す寸前、何処か懐かしい声が耳に届いたような気がしたが、あれは気のせいだったのだろうか? しばらく呆然と惚けていた後で、俺は決して忘れてはならない相手のことを思い出す。
俺に向けて放たれるはずだったリグレットの攻撃に正面から立ち向かい、崩れ落ちるガイ。
「───そうだっ! ガイっ! ガイはっ!?」
「大丈夫。治癒術が効いて、今は落ち着いているわ。ナタリアが細かい所を見てくれている所よ」
ティアに促されるまま、俺は視線を移す。アニスの譜業人形に背負われたガイの状態を確認するナタリアの姿が見えた。俺の視線に気づき、大丈夫とナタリアが頷き返す。
「そっか……よかった………」
本当によかった。衝動に流されるまま後先も考えずに敵に向かって行って、肝心の相手の事を忘れてるなんてな……愚かしいにも程があるぜ。
苦い後悔を噛み締める俺を余所に、ジェイドが地面に転がった杖を持ち上げる。
「第一奏器………か」
険しい顔で杖を見据えていたかと思えば、ジェイドは直ぐに被りを振る。
「ともかく、今は時間がありません。色々と確認したい事はあるでしょうが、一先ずアルビオールに向かいましょう」
「……ああ。そうだな」
時間制限を考えるなら、かなりギリギリのはずだ。ジェイドに促されるまま俺達は動き出す。
空間に奇妙な声が響く。
────ユ……アの血縁………力……借りるっ!
ノイズ混じりの声が脳裏に響いたと思われた瞬間───ティアが光に包まれた。
「な、何だっ!?」
動揺する俺たちの間に、その声は響き渡る。
『───私は、お前たちによって、ローレライと呼ばれる存在だ』
意識に直接届けられるような声が、俺達の頭に鳴り響く。
「第七音素の意識集合体……! 理論的には存在が証明されていましたが……」
驚きの声を上げるジェイドに、ローレライが応える。
『そうだ。私は第七音素そのもの。そしてルーク、お前は音素振動数が第七音素と同じ。もう一人のお前と共に、私の完全同位体だ。私は、お前だ』
「完全、同位体………?」
確かに、アッシュの奴もそう言っていた。だが、これまでさして気にしていなかった事実だ。何故、ローレライがそうもその事実を気に掛け、俺に訴え掛けるのかがわからない。
『だから、お前に頼みたい。私を解放してくれ。今、私の力を何かとてつもないものが吸い上げている。それが地核を揺らし、セフィロトを暴走させている。お前たちによって地核は静止し、セフィロトの暴走も止まった。だが、私の力は分断されたままだ。今の私では、もはや抑えきれない。このままでは、この永遠回帰の牢獄から………』
何かが切り離されるような音が、響く。
『ぐぁぁぁぁぁぁあ────っ!! ルークっ、頼んっ、だ、ぞっ────………』
断末魔もかくやという絶叫を最後に、ローレライの気配は途絶えた。
同時に身体をふらつかせ、ティアが倒れ込む。
「危ねぇっ!」
甲板に頭から倒れそうになったティアの身体を寸でのところで受け止める。
「ティア……大丈夫か?」
「……大丈夫。ただ、目眩が……。私どうしちゃったの……?」
困惑気味に問いかけるティアに、俺も半信半疑のまま口を開く。
「………俺にもよくわからねぇ。ただローレライって名乗る何かが、ティアに乗り移ってたみたいなんだが……」
「ローレライが………?」
何が起こったのかわからない不気味さに、俺たちの間に沈黙が降りる。
「………奏器の暴走、イオン様の告げた事実、ローレライの憑依………考えることは多そうですね。ガイの事もあります。地上に戻ったら、一度ベルケンドの医療施設に向かってみてはどうでしょうか?」
触媒武器との戦闘、闇杖の暴走、ローレライの憑依、俺たち全員の身体の状態を確かめる意味も込めて、ジェイドは一度本格的な検査を受けた方がいいだろうと提案する。
確かに理解できない状態が続き過ぎた。一度客観的なデータを取って貰うのもそう悪くないだろうな。
「……わかった。地上に戻ったら、ベルケンドに向かおう」
それでいいよな? 同意を求めると、皆も頷き返してくれた。
「では、急いでアルビオールに向かいましょう」
確かに残り時間もさすがに限界が近い。俺達はアルビオールに向かうべく歩き出す。
しかし、何だかあまりにも色々な事が起こりすぎて頭が破裂寸前だよな。俺はため息を一つつき、首を降りながら足を動かす。
数歩足を踏み出した所で、突然喉の奥から込み上げる熱いものを感じる。
何だ? 疑問に思った瞬間───それは起きた。
ゴポリと俺の口から溢れ出した液体が、ビシャリと床にぶちまけられる。
「………え?」
俺は口元を抑えながら、指の間から滴り落ちるドス黒い液体を見据え、間の抜けた言葉を漏らした。
「……あれ? ……俺、いったい………?」
突然立ち止まった俺の様子に気づいて、ティアが訝しげに振り返る。
「ルーク、どうしたの? ──っ!? あなた、血が……」
甲板に広がり行く鮮血が視界に入る。ティアの言葉で、俺はようやく自分に何が起きたのか理解した。
ああ、吐血したのか……。そう認識すると同時、視界が黒一色に染まり、全身から力が抜け落ちる。
『ルーク!?』
張り詰めた糸が断ち切れるように、俺の意識は一瞬にして、闇に沈んだ。