「なるほどねぇ…オラクルの騎士様も大変だな」
「だからしばらくは貴公に任せるしかない。公爵や国王、それにルークの……」
「! ルーク様!」
「よっ、ペール。ところで、そっちはなにしてんだ、ガイ?」
庭師のペールにひょいと片手を上げて応えながら、師匠とひそひとしゃべっていたガイに声を掛ける。男共が密かに集まりやる話とは何じゃらほいと問われば、即座に猥談と即答する所だが、ガイはともかく師匠は硬派な人である。今回ばかりは、当てはまらん。
まあ順当な所で、盾使わん剣術使うもの同士、なにやら思うところがあるって所かね?
「……ヴァン謡将は剣の達人ですからね、少しばかりご教授願おうかと思ってな」
「ホントかよ? そんな感じにも見えなかったぜ」
気取った様子で答えるガイに、俺も軽い調子で突っ込みを入れてみたが、相手は素知らぬ顔で肩を竦めて答えない。
「まあ、何でもいいだろ? お前の方こそ稽古がんばれよ。ヴァン謡将がいない間は、俺が相手してやるからさ」
「まぁ……いいけどな」
そもそも話の流れで何となく尋ねてみただけだ。あんまり話したくないようなので、ガイのあからさまな話題転換に、今回は乗っておく。
それに、今は稽古の方が重要だしな。
我が相棒、硬くて黒いThe・木刀を抜き放ち、師匠の正面に立ちながら、最もなれ親しんだ構えを取る。こちらが構えを取ったのを確認すると、師匠がうむと首を頷かせ、口を開く。
「ではルーク。まず型の復習から入るぞ。豚のようにあえげ」
「押す、師匠っ!」
軍人鍛練モードに切り替わった師匠に合わせて、俺も暑苦しい弟子モードに移行する。なにげに熱血コーチの師匠に教わるうちに、気付けば俺も鍛練中は熱血上等、常に努力・友情・勝利を目指す、なんとも恥ずかしい思考モードに切り替わるようになっていた。
逆らえば、【死】あるのみの長年の過酷な鍛練の末に身につけた、これも一つの処世術って奴だろう。
……いや、冗談じゃなくて、マジでな。
「──よし、そんなところだろう。糞虫から虫螻程度には進歩したな。喜べ、ルーク」
「押す、師匠!」
一通りの型を通したことで、荒くなった呼吸を整えるべく、俺は犬のように舌を出しながらぜぇぜぇと酸素を取り込む。
「では続いて、軽く打ち合うとするか。爺のように呻いていないで、来るがいい、ルーク」
師匠が構えるとともに、目に見えない威圧感が周囲に放射された。この空気は、なんつぅか、あれだ。針でプスプス全身の肌を刺されまくってるような感じだ。やっぱ格が違うね。
それでもこれは稽古なわけで、動かないことには始まらない。
「うぉぉぉおっ!」
俺は雄叫びを上げ、肌にまとわりつく威圧をふっとばしながら、相棒を振り上げた。当然避けられるが、さらに追い打ちをかけるべく一歩を踏み込み、今度は相棒を振り降ろす。
手応えは、ない。空振った。
斜め後方に下がり、俺の振り降ろしをやり過ごした師匠が神速の抜き打ちを放つ。
うおっ、アブね。ぎりぎりで、相手の抜き打ちに合わせて相棒を振り抜くことができた。
武器が接触した瞬間巻き起こる衝撃に、一瞬手が痺れて相棒がはじき飛ばされそうになるが、辛うじて武器を離さずにすむ。
彼我の実力差に形勢不利を悟り、一瞬間合いを離そうかと弱気になったところで、師匠の声が届く。
「そんなものか?」
アタマに来た。俺は突撃を選択する。可能な限り姿勢を低く保ち、師匠との間合いを詰める。カウンターで突き出される相手の一撃に、俺は自らの相棒を勢いよく撥ね上げることで応える。
師匠の一撃が弾かれた。
その瞬間、散々身体に教え込まれた動作が流れるように発動する。
──双破斬
気合のこもった振り降ろしの重い一撃に、師匠が体制を崩す。間髪入れずに、全身のバネを感じながら跳躍とともに斬撃を放つ。
師匠の身体はわずかに後方に押し戻され、その口から軽いうめき声が漏れた。
技が命中した後も、構えを崩さぬまま、しばし残心。
「ふむ……どうやら、技として身についているようだな。きちんとタマがついている様で安心したぞ、ルーク」
「押す、師匠!」
「今の感覚を忘れるな。基本となる技の型は、すでに教えてある。後はお前の実力が上がるにつれ、自然に使いこなせるようになるだろう。今は爺並の体力しかないが、いずれは漢になれるはず。本日の鍛練は以上をもって、終了する」
「ありがとうございましたぁっ!」
師匠の総括を受け、俺も構えを解いて相棒を腰に納め、稽古終りの一礼を返す。
かくして、短いながらも濃密な鍛練の時間は終わりを告げた。
「ふぅ……だりぃ」
早速普段の態度に戻って、思うままを呟く俺の様子に、師匠が苦笑を浮かべながら、何事か告げようと口を開く。
────歌が聞こえた。
トゥエ──レィ──ズェ──クロァ──リョ──トゥエ──ズェ──
うなじを直接撫で上げられるような、ゾクリとした感覚が走る。全身は鉛のように重くなり思うように動かず、意図せず苦悶の声が口から漏れた。
「この声は……!」
「これは譜歌じゃ! お屋敷に第七音素術士が入り込んだか!?」
「第七音素術士……か。くそ……、眠気が襲ってくる。何をやっているんだ、警備兵たちは!」
ペールが聞いてもいないのに状況を解説し、それを受けたガイがふらつきながら、その場に倒れ伏すのを必死に堪えつつ、苦しげに呻き声を上げた。
この場に居る誰もが例外なく、歌声から届く力に囚われつつあった。
しかし、かく言う俺はというと、ぶっちゃけ既になんともなかったりする。歌が聞こえた当初は、だるさが増したような気がしたが、この程度ならあんま普段と変わらない。ついさっき寝たばっかだからかね?
それよりも、状況がまったく理解できん。
騒然となる中庭で、何となく緊迫した状況に乗り遅れたまま、周囲を伺う俺の耳に、その声は届いた。
「──ようやく見つけたわ。裏切り者のヴァンデスデルカ」
屋根の上に立つ、怜悧な美貌の持ち主が師匠の名を呼んだ。如何にも暗殺者ぜんとした黒服の女だ。しかし、顔は隠さなくていいのかね? 思わずそんな場違いな感想が頭に浮かぶ。
「覚悟──!」
女は屋上から軽やかに飛び立つと、ヴァン師匠に短剣で切りかかった。師匠は当然のように一撃を弾くも、譜歌とやらのせいで身体が重くなっているせいか、その顔はどこか苦渋に満ちている。
「やはりお前か、ティア!」
師匠と暗殺者らしき女の物騒なやり取りに、普段の俺なら真っ先に割って入り、女に食ってかかったろう。だがしかし、今の俺にそんな余裕はなかった。
俺の視線は一点にクギツケとなり、全身は凍りついたように動かない。
な、なんだあのでかいチチはっ!?
かつてない衝撃に打ち震え、俺は眼を見開く。というか、あれはマジで本物なのか。バチカルに閉じ込められて十年ちょい、いまだかつて出会ったことのない衝撃だぞ。デカイ、でかすぎるぞ、暗殺者(暫定)のチチ。
俺の射殺すような視線に、女がビクリと震え、わずかに身じろぎするのがわかる。
くっ、そうか。そうして与えた衝撃に標的が動きを停めるのもまた、相手の作戦の内ということか、やるな暗殺者(暫定)というかチチの姉ちゃん!
師匠もまた呪縛に囚われたのか、思うように動きがとれないようだ。ガイなんぞ声も上げられない。女性恐怖症の奴には、もはや問答無用で最終兵器クラスの威力なんだろう。
しかし、この俺とて、オラクル騎士団主席総長ヴァン謡将が一番弟子、ルーク・フォン・ファブレ! このままチチに囚われ、むざむざとやられるつもりもないわ!!
「やられて、たまるかよ!!」
「いかん……! やめろ!!」
まさに気合で呪縛を振り払い、俺は血走った眼のまま、無我夢中で暗殺者に切りかかった。
チチの姉ちゃんがいろんな意味で身の危険を感じてか、とっさにロッドを構えて、振り降ろされた俺の一撃を受け止める。
瞬間、奇妙な音と光が武器の接触点に生まれた。
──響け……ローレライの意思よ届け……開くのだ!
「うぉっ、また電波……!?」
「これは、セブンスフォニム!?」
チチの姉ちゃんがなにやらわけのわからんことを驚いたように叫ぶ。相手もこの現象は予想外のことなのか、その瞳に動揺が見えた。
もちろん、俺もびっくりですよ。しかも、なんでか身体が動かんし。うおっ、もしかして俺が切りかかったせいで、状況が悪化してやがるのか。
武器の接触点を中心に、全身を光が覆いはじめる。
やばい、なんかわからんが、ともかくやばいことだけはわかる。ど、どうするよ。やはり罠だったのか。チチぃ───
光が収束し、天に向け駆け昇る。
身体がブレルような感覚を最後に残し、俺の意識はプツリと途絶えるのだった。
あとがき
あれ? なんかギャグ展開
なんだかアビスSSは男カップルが多いので、チンピラにはバカとスケベェをアイデンティティに、ぜひともティアとストロベリれるよう頑張って貰おうと考えとります。