……触媒たる響奏器をパッセージリンクと同調させることで、セフィロトを介した地核──■■■■へ直接アクセスし、■■■の根源たる記憶粒子を大量に引きずり出すことが可能となる。また、■■■■に直接アクセスすることで、■■■■■の「観測」により「確定」された事象以外の未来が「偏在」することになる。結果、■■■■■の力もまた減少するものと考えられる。さらに私見ではあるが……
──「響奏器とセフィロトの同調実験」に関する秘匿資料──
【赤の序曲──red overture──】
このときの俺は、ただ目の前に展開される光景を呆然と見据えていた。
まるで質の悪い冗談のようだった。どこかに隠れていた仕掛け人が突然現れて、すべては大がかりな冗談だったと告げるんじゃないか──そんな妄想を、本気で信じたくなる。
しかし、目の前の現実は決して覆らない。
王城前の噴水広場に、その醜悪な台座は据え置かれている。
周囲を取り囲む群衆がヒソヒソと囁きを交わし合う。耳元を飛び回る羽虫のたてるような、どこまでも耳障りな囁き声が、広場に響きわたる。集まった貴族どもの顔には、まるで観劇でも楽しむかの様な喜悦の感情が浮かんでいる。
「あいつら……くそっ……」
食いしばった歯がギシリと音をたてる。思わず洩らした罵声に、ガイがなにかに耐えるように顔を俯けた。無神経な言葉を放ってしまった自分の考えの足りなさに、俺は自分に嫌悪感が募る。
ガイには無理を言って、ここまで来させて貰った。本当なら、俺はこの場に来る事はできないはずだった。最初、広場に連れて行ってくれと頼む俺に、ガイはそんな光景を見せる訳にはいかないとひたすら否定を返していた。使用人としては、当然の答えだろうと俺も思う。
しかし、俺はひたすら無理を承知で頼み込んで、最終的には強引にここまで連れて来させていた。
周囲を見渡すが、アダンテのおっさんの姿は、どこにも見当たらない。
あの後、いつのまにかその場に居た師匠は俺達から詳しい状況を聞き出すと、できる限りのことはすると約束して、アダンテのおっさんを伴い議会に向かった。この場に姿が見えないということは……未だに議会への抗議を続けているんだろうか?
それとも……おっさんには、耐えられなかったのだろうか?
彼の最後を、見届けることが──……
不意に、群衆の騒めきがその質を変える。視線の先、死刑台の脇に控えた男が、すっと腕を動かす。
向けられた腕の先に、両手を拘束された状態で、連れて来られるギンナルの姿があった。
執行人が懐から紙を取り出して、罪状を読み上げる。
ギンナルの表情は動かない。その顔に脅えは見て取れず、どこまでも静かに彼はそこに佇んでいる。
一方的な宣告が終わると、ギンナルは死刑台への前に立たされた。
彼は階段を昇る。
一段、二段、三段……十段、十一段、十二段。
十三段目に足をかけたところで、彼が歩みを止める。
取り囲む群衆の中から、彼を見つめる俺の姿を一瞬で探し出し、最後になにかを告げる。
「ルーク。お前の手にしたものはすべて、代わりはきかない……大事に、しろよ」
前に向き直って、十三段目を踏み込む。
ガタンッ──
「ルークッ! 見るな────っ!!」
視界を、ガイの掌が覆い隠す。
俺の記憶は、そこで途絶えている。
彼の最後を見届けることすらままならず──
俺は、意識を失った。
【金の円舞曲──golden waltz──】
ルークが屋敷の中に閉じ籠もってから、数日が経ちました。未だ彼が外に出て来る気配はありません。
彼が閉じこもっている理由は……私にもわかりません。
少なくない情報は私の下にも自然と集まってきますし、推測がつかないという訳ではありません。
ただ……私が知っていることは、すべて人伝てに聞いた話にすぎません。その場に居ることができなかった私には、彼がいったいなにを思い、感じたのか──すべて想像することしかできません。
ただ一つわかっているのは、彼が大切な人を失ったという事実。
あの日を境に、私は毎日のように彼の下へ押しかけました。屋敷に閉じこもってしまった彼の気を紛らわせるために、他愛もない話題を彼に語り続けました。そんな私の行動を彼は邪険に扱うでもなく、私の話に耳を傾けてくれました。しかしそこに浮かぶ表情には、どこか無理が見て取れました……。
私の中で、自分に対する無力感が募っていった──……そんなある日のことです。
私がいつものようにルークの屋敷を訪れると、彼は突然玄関に押しかけたかと思えば、私の肩を掴み叫びました。
「ナタリア、俺、やっとわかったぜ! ちょっとばかし俺の頼みを聞いてくれ!」
どこかいつもの調子を取り戻したように見えるルークの様子に、私は安堵すると同時に、少しだけ悪戯心が浮かぶのを感じました。気付けば、私は彼に冗談めかした言葉を返していました。
「ルークが私に頼み事とは……いったいなんの前触れでしょうか?」
「うっ、そこまで言うこたぁ無いだろうに……」
屋敷に閉じこもって以来見せていなかった自然な表情を浮かべるルークに、私も笑みを浮かべて答えました。
「勿論冗談ですわ。それで……頼み事とはいったいなんでしょう?」
「あー……お前は確か、公共事業とかいうのを、運営してるんだよな?」
「ええ、まだまだ難しいところもありますが、そうですわ」
「俺も、同じようなことがしたいんだ。やり方とかを教えてくれ! 頼む!」
頭を下げて必死に頼み込む彼の言葉に、私は一瞬息を飲んでいました。
「あなたのご友人の一件は……私も聞き及んでいます。その事と……関係があるのでしょうか?」
私の無神経な問い掛けにも、彼は少しの間視線を虚空に彷徨わせてから、あいまいな答えを返します。
「まぁ……あると言えば、あるのかもな。なんせ、頼まれちまったからな」
「……いったい、なんと?」
みんなを頼む。そう短くつぶやくと、ルークは再び私と視線を合わせました。
「孤児院の皆を頼むってさ。一人で先に逝っちまったくせに、勝手に言ってくれるぜと思ったよ。それでもさ、俺が覚えてる限りじゃ、あいつが残した最後の頼みなんだ。聞いてやるしかないだろ? だから、ずっと何ができるか考えてたんだ。それで思いついたのが……ナタリア、お前のやってることだったってわけだよ」
ここ数日の間、ずっとなにかを考え込んでいたルークの出した答えが……それなのでしょう。
「俺の目指すものは、ずばり王立孤児院の設立だな」
「随分と……大きくでましたね」
「ああ。最初にこんだけでかい事言っとけば、恥ずかしすぎて、途中でばっくれるなんてこと、できやしないだろ?」
あくまで冗談めかして言いながらも、私には彼の言葉がすべてが本気であることがわかりました。だから、私の返す答えも決まっています。
「ふふっ……わかりました。私の知る限りの知識を、全てあなたに授けましょう、ルーク」
「ああ、頼んだぜ、ナタリア」
この日を境に、私はルークに事業の運営の仕方などを教えていきました。彼は苦手な勉強に頭を抱えながらも、着実に前へと進み始めました。
結局、彼は私の手など借りずとも、自分の力で再び立ち上がることができたのです。
ルークは過去の約束を忘れています。
それでも、今このときなされた彼の決意は、なによりも尊いもの──
私はそう……信じています。
【刀の合奏──sword ensemble──】
ルークはここ数日の間、すべてにやる気をなくしたように屋敷に閉じこもっていた。
ナタリア様が訪れても屋敷の外に出ることはなく、ひたすらなにかを考え込んでいる様子だった。
無理もないと、俺は思う。自分とて、家族を失った直後はなにもする気が起きなかった。再び立ち上がることができた理由も、決して他人に胸を誇れるような類のものではないしな……
だからルークが立ち直るにしても、それには長い時間がかかるだろうと俺は考えていた。
しかし、俺の予想は完全に外れることになる。
あの日から僅か数日後、突然部屋から姿を現したルークは、ナタリアに事業について教えを請いたいと願い出ていた。続いて、ちょうど屋敷に訪れていたヴァン謡将に対しても、以前より厳しい、より実戦的な稽古を迫った。
ルークは訪れた過酷な現実に絶望し、すべてに耳をふさぐでも無く、再び前へと進み始めたのだ。
その行動に……俺は思わず尋ねずにはいられなかった。
「お前……どうして、そんな風に振り切れたんだ?」
不躾な俺の問いに、ナタリア様から渡された勉強の資料を読みふけっていたルークが上の空のまま応える。
「んー……? まあ……俺は一回記憶なくしてるからな。後ろだけ向いて後悔してても、どうしようもねぇーって経験でわかってるだけだよ」
顔も上げずに返された言葉に、俺は息を飲む。
「……過去が、気にならないっていうのか?」
返された言葉は、俺にとって気に入らないものだった。
重ねて尋ねた言葉に、あいつは少し億劫そうに顔を挙げると、初めて俺に視線を合わせた。
「気にならないわけじゃねぇーよ。でもさ、前を向けば、そこにやることがあるんだ。そんな目の前にあるもんに手を出してるだけだぜ? 結局バカな俺にできんのはそれくらいだからな」
それだけだぜ、と肩を竦めると、直ぐに視線を手元の資料に戻した。
なんら気負うことの無い言葉だった。それ故に、こいつが本心からそう言っているのが俺にも伝わった。
なんて愚かしいまでに眩しい、真っ直ぐな在り方だろうな……。
自分の小ささを思い知らされると同時に、そんなことできるものかと、反発する気持ちが沸き上がる。
だから、一つの誓いを立てた。
「ルーク。お前が俺の仕えるに足る相手になったと思ったら、そのときはお前に忠誠を誓おう。ファブレ侯爵の息子でなく、ルーク、お前自身にな」
「んー……わかったぜ」
上の空の返答に、思わず苦笑が漏れたのは、ご愛嬌といったところだろうか。
憎い仇の息子。そんな存在のはずだった。
それがこの二年の間に、互いに笑い合う──かけがえのない友になった。
そして今、俺はこいつに対して心の底から笑顔が向けられるようになるためにも、一つの誓いを立てた。
憎しみを完全に捨てられるかどうかの──賭けに出た。
最近、いつも思うことがある。
もし、ルークが仕えるに足る人間になれなかったとしたら、そのとき俺は、いったいどうするのだろうか?
この疑問に答えが出る日のないことを──……今はただ、願う。
【蒼の交響曲──blue symphony──】
崩壊した世界であっても、俺の退屈な日常は続く。
退屈と言っても、何ら変化が起きなかったわけではない。
大きく変化したことは二つ。
一つはナタリアから事業について教えを受けるようになったこと。
もう一つは剣術の稽古に、以前よりも真剣に取り組むようになったことだ。
事業について言えば、まだまだ先が長い。俺がまったくのど素人ってこともあるが、それ以上に俺の飲み込みが遅いせいで、ナタリアには迷惑を掛けまくっているのが現状だ。しかし、出来の悪い生徒に対してもナタリアは辛抱強く付き合い、毎日大量の課題を残していく。俺は無い頭を使って課題に取り組み、うんうんと唸る毎日を過ごしている。
剣術稽古について言えば、俺の自己満足の一貫ってのが正直なところだ。もしもあのとき、俺がもっと強ければ、ギンナルは逃げられたんじゃないか……そう考えちまうのが、どうしても止められなかった。だから俺はひたすら厳しい鍛練を求めた。師匠も俺の求めに応じて、これまで以上に苛烈な鍛練を課してくれている。
親父も、おふくろも、ガイも、ナタリアも……誰もがなにも言わず、がむしゃらに進み始めた俺を見守ってくれている。
ナタリアから事業について教えを受け、師匠と剣術の腕を磨き、ガイとたまに外へ赴き、孤児院の連中と戯れる。
そうして日々は瞬く間に過ぎ行き、ある程度新しい生活サイクルが定着し、ようやく周囲を見渡す余裕が出来た──そんなある日のことだ。
今、俺はアダンテのおっさんが住む宿舎を前にしている。
あの日から、あっさんとは会っていない。俺自身が屋敷の外に出られるほど気力が持ち直してなかったこともあるが、一番の理由はそれではない。自分の考えなしの行動がもたらした結果が、おっさんにどう思われているのか……それを知るのが、恐ろしかったからだ。
それでも、俺はおっさんの下を訪れた。あの場に来れなかったおっさんに、ギンナルの最後を伝えるため、この宿舎を訪れたのだ。
数カ月ぶりのおっさんとの対面に少し緊張を感じながら、俺は扉を明け放つ。
「おっさ────…………へ?」
何も無いガランとした空間が広がっている。かつて乱雑に積み重ねられたガラクタは、もはや跡形もない。
部屋からは、全ての荷物が消え失せていた。
俺は慌てて、宿舎の管理人の下へ駆け込む。
「か、管理人のおっちゃん! アダンテのおっさん──角の部屋の住人がどこ行ったか知ってるか!?」
「ん? あれ、君知らなかったの? 彼なら移動辞令が降りたとかで、ダアトに転属だってさ。なんでも随分と上の人間に気に入られたらしくてね。一足飛びに昇進らしいって噂だよ。うらやましい限りだよねぇ……」
管理人の言葉が俺の耳を通りすぎる。どこか現実感を無くした言葉が、俺の鼓膜を震わせる。
アダンテのおっさんもまた、ダアトから姿を消した。俺はその事実に気付くことも出来ないまま、残された結果だけを突き付けられた。
また俺は何もできなかったわけだ。
かつて、俺を救い上げてくれた人たちが次々と居なくなっていく現実に、俺は目尻からこぼれ落ちそうになるものの存在を感じながら、必死に歯を食いしばる。
負ける、ものか。
俺は意地だけで顔を上げる。
確かにあの日々はもう二度と帰らないだろうけど、それでも、悔やんでなんかやるもんか。
俺は、負けない、
笑っちまうぐらいにすっきりと晴れ上がった蒼天の下、俺はやせ我慢だけを頼りに、顔を上げて前へと進む。
確かに俺の世界は崩壊した──
それでも、俺はまだここに居る。
【黒の聖歌──black magnififcat──】
「──ではアダンテよ。我々は明日ダアトへと発つことになるが……最後にもう一度尋ねる。本当に、ルークにお前がこの街を去ることを伝えずともいいのだな?」
開け放たれた宿舎の扉の向こうに立つ、鎧姿の男が僕を気づかうように声を掛けた。
「ええ……あいつはああ見えて、強い奴ですからね。そりゃ何日かは塞ぎ込むだろうけど、絶対に立ち直りますよ。そこに僕みたいな……トラウマに深い関わりを持ってる人間が居たら、それこそ邪魔になるだけですしね」
すべての荷物が消え失せた部屋を見回しながら、僕は答えた。
「そうか……。私としては優秀な部下が、新たに我が麾下に加わるのだ。依存はない」
どこか凄味の感じさせる笑みを浮かべる総長に、僕は苦笑を浮かべるしかないね。
「優秀って……総長は僕を買いかぶりすぎなんですよ。そもそもですね……なんで僕なんかを、あんな重役に付けやがったんですか? 僕は本気で不思議でしょうがないですよ」
げんなりと問いかける僕にも、総長は一切の冗談を交えずに、本気の言葉を発する。
「それが必要な措置だからだ。異端とあだ名されるお前に、これからはダアトでさらなる研究に励んで貰うことになるのだ。下手な中傷を受けぬよう、それなりの地位についてもらう必要がある。なに、指揮についての座学なら心配するな。優秀な補佐官をつけよう。まあ、異端として名が通っている以上……部下は各派閥から癖のある人材が送り込まれて来るだろうが、これは我慢して貰う他あるまい」
「我慢って……僕としちゃあ、研究できるなら自分一人でも十分なんですけどね」
次々と説明され行く僕に用意された地位に伴うシガラミに、本気でため息が出ちまうな。なんだかこれまでとのギャップが激しすぎて、自分のこととは到底思えないね。
げんなりと顔を引きつらせる僕の様子に、総長がわずかに咳払いをする。
「……ともかく、いろいろと調整すべき点が多いのも確かだが、私はお前を迎え入れよう、アダンテ」
「はいはい。わかってますよ。総長には今回の事でいろいろ迷惑掛けたことですし、そう何度も言わんでも協力しますって」
あくまで軽い調子で返事する僕に、総長がこいつは大丈夫かと言いたげな視線を向け、何かを考え込むように顎を撫でる。続いてなにか思いついてか、突然どこか人の悪い笑みを浮かべる。
「もののついでだ。ここで、略式の任官を下してしまおう」
総長が腰から剣を抜き放ち、どこか儀式めいた仕種で、刀身を僕の頭上に掲げる。荘厳な雰囲気をまとい剣を掲げる総長に付き合って、僕もその場に片膝をついて胸の前に手を添える。
「この瞬間から、お前を信託の盾騎士団、第六師団長へと任命する。身命を掛けて、尽力せよ、第六師団長、異端のアダンテ──カンタビレよ」
「──了解です、神託の盾騎士団、主席総長ヴァン・グランツ謡将」
大昔に叩き込まれた略式の敬礼を返す僕に、総長も満足そうに笑みを浮かべた。
「さて、今後お前に行って貰う研究についてだが……実は、以前お前のレポートを目にして以来、更に内容を深めてもらいたいと思っていた分野が一つあってな」
「期待に応えられるか心配ですがね……それで、どんな分野ですかい?」
「集合意識体の使役に用いられる響奏器、地核から伸びるパッセージリンク、そして第七音素の集合意識体たるローレライ。お前がレポートで述べていた、それらの間に存在する記憶粒子との関連性について、より詳細な──……」
事務的な話を交わし合いながら、僕と総長は宿舎に背を向け歩き始める。
こうして、僕──アダンテ・カンタビレは街の連中に別れも告げぬまま、バチカルを去ったわけだ。
誰にも挨拶しないまま街を去る理由として、総長にはカッコいい事抜かしていたわけだが、あれは本心じゃない。
僕からあいつを奪い去ったこの街──すべてが憎いと感じてしまう前に、一刻も早く僕はバチカルから出て行かなければならなかった。かつてこの街にも輝かしい日々があったことすら、憎しみに塗りつぶされちまう前に……な。
誰にも挨拶をしないのではなく──できない。
そんな情けない理由があるだけだ。
かくして僕のクソったれな世界は崩壊し──
僕はすべてに背を向け、逃げ出した。
【過去との幕間──cartain call】
舞台の上で、劇が演じられている。
過去と名付けられた、どこまでも滑稽な喜劇が演じられている。
俺は無人の客席に一人腰掛け、進み行く劇をひたすら観賞している。
どこか芒洋とした意識の中で、俺はこれが夢であることを悟る。
目の前で進み行く喜劇は予めわかりきっていた終焉へ向かい──終に幕引きの時を向かえた。
真紅のカーテンが緩やかに降ろされて行く中、盛大な拍手が鳴り響く。
いつのまにか客席を埋めつくしていた顔の無い観客達が、一定の間隔で拍手を打ち鳴らす。
舞台上で、定められた役柄を演じるしかない役者達を、盛んに囃し立てる。
……なにかが、おかしい。
俺は言葉にできない違和感を覚える。
ただの夢にしては、なにかがおかしい。
違和感の理由が見出せないまま、舞台の幕が完全に降りる。
視界が、暗転する。
いまだ、目覚めの訪れる気配は、無い──……