海岸沿いを進んでいった先に、岬に立てられた古城はあった。
遠目にはわからなかったが、中に入ってみると、かなり荒れ果てた状態であることがわかる。
「ここが俺の発見された場所……」
崩れかけたアーチ越しに、朽ち果てた古城を見上げる。
「ボロボロですの……ここが御主人さまの家なんですの?」
「家……ちょっと違うけど、まあそんなとこかね。実感とか全然ねぇけどさ」
ガイから聞く限りではうちの別荘って話だが……あまりピンと来ないってのが正直なところだ。
「やっぱ……なんも覚えてないもんだな」
「ご主人様……」
「あん? そんな心配すんなよ、別にガキの頃のことなんて、大した記憶はねぇだろうしさ」
目をうるるさせて心配そうに俺を見上げるミュウに笑いかけてやった。
そのとき、屋敷の外から近づいて来る何者かの気配を感じた。
「なんだ?」
魔物にしてはその速度が尋常じゃない。警戒しながら、腰につけた剣の柄に手をかける。
なにかの音としか認識できなかったものが、徐々に言葉として認識できるものになっていく。
ん? これって……
「ルークのアホぉっ~!!」
鼓膜を突き破るような雄叫びを上げながら、そいつは屋敷に駆け込んできた。
「ぐはっ! み……耳が……」
キーンって……。げっ、なんかあったかいもんが穴から出てる、出てるよ。
両耳を抑えて悶え苦しむ俺を見下ろし、駆けつけたガイが息を荒らげながら怒鳴り散らす。
「お前はバカか!? 敵陣に一人で乗り込むなんて死ぬ気かよ!! お前はちゃんともの考える力あるくせに、ある程度以上考えてわからんとすぐ割り切って諦める! だが、それじゃダメだ! バカだって自分に言い訳して甘えてないで、ちっとはものを考えてから行動してくれ!!」
怒り狂ったガイはそこまで一息に言い切ると、大きく息をはく。
「でないと、いつか取り返しのつかないことになるぞ。俺は心配だよ……ほんと大丈夫かよ、おまえ……」
これまでとは一変して、今度はなんだか泣きそうな表情で俺に訴える。そんな顔されると、ほんとに俺が極悪人に思えて来る。
「う……わ、悪かったぜ。すまなかった、ガイ」
ガイの勢いに押されるように、俺は頭を下げていた。
「まったく。……いや、俺も悪かった。ちょっと言いすぎた。だが、撤回はしないぞ」
額を抑えながら謝罪するも、ガイは自分の言葉は間違っていないと俺の瞳を見据えた。
「わかってるぜ……ホント考えなしな行動だったしな……。皆はどうしてる?」
「俺は一人で先行して追いかけたからな……ホントあの後は大変だったんだぜ? イオン様が自分もやっぱり行くって言ってきかなくてな……」
「イオンが?」
「そうだ。まあ、大佐がついてる限り、あっちは大丈夫だろ。それよりも、俺たちがどうするかが問題だな。俺はかなり飛ばしてきたから、皆が来るのは当分先だぜ。皆が来れば戦力的にありがたいのは確かなんだが、問題なのはイオン様も居るってことだ……」
腕を組みながら、ガイが真剣な表情になって考え込む。
確かに問題だよな。イオンが和平の要になってるのは確実だ。あいつが確保された瞬間に俺たちの負けはほぼ決まり。帝国軍の大佐一人だけじゃ、さすがに国王とやり合うには足らなすぎる。
う、考えれば考えるほど、俺の考えなしの行動が致命的なものに思えてきた。俺が一人突っ走ったからイオンもコーラル城に行くって決断したわけで、俺が素直に師匠の言いつけ通りに国境に戻ってたら、こんな事態にはならなかったわけだ。
「うう……俺のバカがどんだけ皆に迷惑かけたか、痛感したぜ」
地面に両手をついて、俺はうなだれた。
ほんとバカしちまったよなぁ……。
「それはもういいって言ったろ? それより今後のことを考えよう。バカだって言い訳して、考えないとかは無しだぜ?」
「わ、わかった……」
確かに落ち込んでても状況は変わらんよな。俺は起き上がって、改めて状況を考える。
イオン達がこっちに向かってるにしろ、来るのは当分先だって話だ。ガイが抜けてるって言っても、あっちには護衛本職のアニス、回復要員のティア、鬼畜眼鏡の大佐まで揃ってる。心配はいらないだろう。
ここで問題なのが、俺たちの存在だ。ただここで皆の到着を待っていてもいいが、そうするとイオンっていうアキレス腱も到着することになる。全員で城に入るにしろ、最低一人は護衛に割かれて、戦闘には参加できないだろう。
なら、イオンの居ない状態で城に入っても、戦力的にはそんなに変わらないんじゃないだろうか? さすがに最初俺が考えてた一人で城に突入するってのは無謀でも、今はガイっていう戦力が存在するんだ。
連中を刺激して、人質に危険はないかっていう懸念はあるが、それも連中の要求の中にあった俺って存在がいる以上、無意味に人質をどうにかするってことはないだろう。
「なぁガイ、俺たち二人で先に突入するってのはどうだ?」
「二人で突入?」
「ああ。さすがに六神将とやり合うには足らないかもしれないけどさ、イオンが来るまでの露払いってか、ある程度屋敷の中を偵察とかしとくのは悪くないんじゃないかって考えたんだ」
どう返されるのかちょっと不安になりながらも、俺は自分の考えを告げた。さっきの反応を考えるに、反対されるのは目に見えてる。どうガイを説得したもんか。
いろいろと考えながらガイの様子を伺うと、ガイは一つ頷き、城に向き直った。
「よし。なら行こうか」
「へ?……もっとこう、反対とかしないのか? 一人じゃないにしろ、人数が少ない分、危険なのには変わりがないんだぜ」
あまりに呆気ないガイの反応に戸惑いながら俺が言い募ると、ガイは微笑を浮かべた。
「お前がお前なりに考えて出した答えなんだ。従うよ」
それでも納得行かなかった俺はなにか言い返そうとしたのだが、ガイがそれを制した。
「それに俺もここに着いてから、ある程度屋敷の中を偵察することは考えていたさ。ホントにそんな悪くない考えなんだぜ? もう少し自信を持てよ、ルーク」
俺の肩を軽く叩くと、ガイは城に向けて歩き出した。
なんというか……こいつが女殺しと呼ばれる所以の一端を垣間見た思いだね。
「ところで、そいつは随分と屋敷を警戒しているみたいだな」
「ん? ああ、そうだな」
俺の頭の上で仔ライガは、屋敷に着いてからずっと低い呻き声を発し続けている。
「魔物いるですの……。気配がするですの」
ミュウもまたブルブル震えている。
「魔物……アリエッタか? ともあれ、中に入ることになったんだ。行こうぜ、ルーク」
「ああ、そうだな……」
プルプル震えるミュウと、唸り続ける仔ライガを促し、俺達は屋敷に足を踏み入れた。
周囲から聞こえて来る波音が、どこか俺の不吉な予感を掻き立てた。
* * *
屋敷内部に入ったが、やはり見覚えはなかった。
左右には二階へと続く階段が、正面には扉のない部屋への入り口がある。玄関には薄気味悪い石像が置かれていたりもする。
どれも年期を感じさせる年代物で、床に敷かれた紅い絨毯なんか擦り切れてホコリが溜まりまくり、朽ち果てる一歩手前といった感じだ。
「これがウチの別荘だったのか…」
正面に見える二回の踊り場を見上げながら、俺はあまりの実感のなさにつぶやいていた。言葉にしてみれば多少は胸に思うものが沸き上がるかとも思ったんだが、やっぱり俺の記憶を刺激することはなかった。
「ご主人様さま~なんだかとっても怖い雰囲気がするですの~」
「バカだな。そんなに怖がる必要はねぇって。さっき気配を探ってみた限りじゃ、この広間には魔物はいなかったしな」
振り返って震えるミュウをなだめてやる。
そのとき、背後で何か重いものが動かされたような物音が聞こえた。
「る、ルーク!?」
突然、ミュウの後ろに立っていたガイが顔色を変えて叫ぶ
頭上で仔ライガが背後に唸りを上げる。
「へ、急にどうしたよ?」
「後ろだ!」
「へっ?」
特に生き物の気配は感じなかったので、俺は何を焦っているのかと思いながら背後を振り返る。
前後に身体を揺れ動かしながら俺の下へ突撃する趣味の悪い石像の姿があった。
「うぉっ! どうなってんだ!?」
即座に腰から得物を抜き放ち、俺目掛けて倒れ込んできた石像を受け止める。
お、重……だが、この程度でやられてたまるかよっ!
「ふっ飛べっ!」
──烈破掌
突き出された気合を込められた掌低の一撃に、石像が避ける間もなく吹き飛ばされる。
「ったく──虎牙破斬っ!」
空中に浮かんだ石像目掛けて、ガイの切り上げが放たれる。
胴体部分に裂け目が走り、そこ目掛けて流れるような動作で、蹴り、切り下ろしが叩き込まれる。
胴体から真っ二つに砕かれた石像は床に落下した。周囲に細かい破片を撒き散らしながら、しばらくの間痙攣を繰り返していたが、最後には沈黙した。
「なんだったんだ、こいつ?」
真っ二つに砕かれた石像を剣先でつんつん突つく。
「侵入者撃退用の譜術人形ってところか。結構新しい型みたいだが、見た目はボロボロだな」
ガイが俺の言葉に促されたような形で、石像に近づいて解説した。
侵入者撃退用の譜術人形ね……六神将の連中が配置したってところか。
「まあ、こういう魔物もいるから……生き物の気配だけじゃなくて、周囲の空気の流れみたいなもんにも、これからは気を配ろうな」
「わ、わかった。今後は気をつけるぜ」
ガイが疲れたような顔で言ってきた忠告に、俺はかくかくと首を頷かせて答えた。
その後も屋敷の中を探索がてら、いろいろな仕掛けを解除していったわけだが……
「なんで別荘にこんな偏執的な仕掛け作ってんだよ、うちの人間はっ!!」
「うーん。確かに、ただの別荘にしては、ちょっとおかしいよな」
玄関から正面に位置する部屋に仕掛けられた封印をようやく解除できた俺たちだったが、屋敷内部のあまりにややこしい仕掛けに首を捻った。
六神将のやつらが仕掛けたってことも一瞬考えたが、それにしては大がかりなものが多すぎた。ほんと、なにを考えてうちの人間はこんな別荘作ったんだろうか。
「きっと作った人が、仕掛けが好きだったんですの~」
クルクル耳を回しながらミュウが呑気な答えを返す。隣に並んだ仔ライガが、同意するように短く吼えた。
「ははは、だったら面白いけどな」
「笑えねぇー……」
面白がる余裕のあるガイに、俺はついていけないぜ。
小動物二匹となにやら戯れているガイを残し、俺は先頭に立って解放された扉を潜った。
その瞬間、背後で扉の閉ざされる音が響く。
「なっ……!」
慌てて振り向くも、俺の後に居たガイの姿は見えない。
分断されたか、くそっ! いや、落ち着け、俺。頭に血が昇りそうになるのを、必死に抑える。ここでまた考え無しの行動したら、さっきの二の舞になるだけだ。
そんな俺の自制心は、通路の先から届いた声に、呆気なく吹き飛んだ。
「──逃げずに来たようだな、劣化野郎」
俺にひどく酷似した姿を持った人間、アッシュの声が、俺の耳に届いた。
* * *
「これは……?」
地下から天井めがけて突き抜けるように伸びる、塔のような形をした機械。何段もの階段を下り、部屋の中央に据えられた機械に近づく。
「なんで……こんな機械がうちの別荘にあんだ?」
改めて見上げると、その機械の異様さがよくわかる。塔の中央部分にはなにかを寝かせるような台座があって、その周囲に幾何学的な模様が彫り込まれている。
「屑が。やはりなにも知らねぇままか。笑っちまうな。いや、むしろ俺が滑稽なだけか……」
塔のような譜業機関を間に挟み、俺と対峙するアッシュが自嘲するかの様に口端をつり上げた。
「アッシュとか言ったな。お前、どういうつもりだよ?」
わけのわからないつぶやきを無視して、俺は単刀直入に尋ねた。
「イオンを呼び出したのはまだわかるぜ。だけどよ、なんで俺まで呼び出す必要があった? 教団にはそんな理由はないはずだ。お前自信が、俺になにか用があるんじゃないか?」
忌ま忌ましい程俺と似た顔を睨みながら、俺は自分の推測を言葉にする。
それにやつは少し押し黙ると、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「……ふん。馬鹿の割には、少しはものを考える脳味噌があったようだな」
「馬鹿は馬鹿なりに、考えるもんなんだよ。覚えておけ」
俺の返しに、アッシュは再度鼻を鳴らした。
「直接話すつもりはなかったが、一つ尋ねておきたいことができたからな」
アッシュの方が、俺に尋ねたいことがあるだって?
「待てよ、こっちの方がわけがわからねぇことばっかだってのに、俺が答えるとでも……」
「時々、奇妙な声が聞こえるそうだな?」
アッシュの言葉に、俺は押し黙る。
「なんで、お前がそれを知ってやがるんだよ?」
「聞こえるんだな? 最後に聞こえたのは、いつのことだ?」
尋ねるアッシュの様子に、どこか有無を言わせぬものを感じた俺は、憮然としながらも答えてやった。
「聞こえるよ。最後に聞こえたのは……屋敷から飛ばされる直前ぐらいだ」
「…………屋敷から飛ばされる直前、か」
なにかわかったのか、アッシュはそこで言葉を切った。
なにやら目を瞑り、腰に下げた奇妙な形をした剣の柄に手をかけながら、ぶつぶつと一人つぶやいている。
「答えてやったんだ。カイツールで俺に向けて放った言葉がなんだったのか、そっちも答えろよ」
俺の存在など居ないかのように振る舞うアッシュに、俺は詰め寄って語気も荒く問い詰める。
そこで初めて俺の存在を思い出したとでも言うかのように、アッシュはゆっくりと顔を上げた。
「ああ……もういいぞ」
俺の言葉を無視して、アッシュがどこかに合図するかのように、片手を上げた。
「なっ……」
すぐ目の前に、セントビナーで見たことある白髪眼鏡の顔が現れた。
「うぉっ、なにをしやがる! 放せって!!」
「はーっはっはっはっは! 嫌ですね」
俺の抗議も虚しく、白髪眼鏡は俺を奇怪な機器を操り拘束する。
「くそっ! 放せ!」
「まったくうるさいですね。少し眠っていて下さい」
白髪眼鏡が懐から鉛筆削りのような機械を取り出す。取っ手部分を握ると、俺の目の前に突き付けクルクル回し始める。
「うっ……」
奇妙な模様のようなものが現れ、白髪眼鏡がクルクル回す度に奇妙な閃光が走る。なんだ──意識が──
薄れ行く意識の中で、俺は二人の会話を耳にする。
「よかっ……ですか……接対話……禁止……ません……たっけ?」
「知った……かっ……これぐらい……と一生……の掌のまま……だいたい……最近のあいつ……おかしすぎ……あんな……を集めさせ……どうす……だ?」
ボソボソと囁かれる二人の言葉が、
「さぁ……あな……ノルマを果たし……ないことですし……戻った方が……いのでは……第五は……が確保した……第七はいまだ……かすら検討も……いない……シンクに……ますよ?」
「シンク……を嗅ぎ回る……鬱陶しい……めっ!」
ジリジリとノイズ混じりで響き、
「私も似たよう……けど……あなた……な発言をしない……監視に来た……ですし」
「てめぇ……目的……はっきりして……その目的に……邪魔にならねぇ……俺に害にな……うな行動……ない……違うか?」
グルグルと周囲を巡る。
「はーっはっ……はっ……うでしょう……れよりも……シンクが来る……」
「わかっ…る」
プツリ。
交わされる言葉が、途切れた。
「じゃあな、人形野郎」
最後に放たれた言葉だけは、どこまでも鮮明に、俺の耳に届いた。
俺の意識は、呆気なく、闇に沈んだ。
* * *
途切れた意識の目覚めは唐突だった。身体を動かそうと身を捩るが、なにかに動作を遮られる。はっきりしない意識の中で、話し声だけが耳に届く。
「……な~るほど。音素振動数まで同じとはねぇ。これは完璧な存在ですよ」
「そんなことはどうでもいいよ。奴らがここに来る前に、情報を消さなきゃいけないんだ」
「そんなにここの情報が大事なら、アッシュにコーラル城を使わせなければよかったんですよ」
「あの馬鹿が無断で使ったんだ。後で閣下にお仕置きしてもらわないとね」
うっすらと開いた瞼の先で、仮面をつけた男と目が会った。
「……ほら、こっちの馬鹿もお目覚めみたいだよ」
俺に背を向けると、階段下に向けて呼び掛ける。
「いいんですよ。もうこいつの同調フォン・スロットは開きましたから」
答えが返ると同時に、浮かび上がった豪華な椅子に腰掛けた白髪眼鏡が姿を現す。
「それでは、私も失礼します。早くこの情報を分析したいのでね。ふふふふ」
奇妙な音が上がったかと思えば、白髪眼鏡の姿はこの場から消え失せていた。
視界に緑色の光が射し込む。周囲には奇妙なグラフのようなものが浮び上がり、台座のようなものの上に拘束された俺の周囲を回る。
仮面の男も最後に俺を一瞥すると、無言のまま歩き出す。
「……お前ら……いったい……俺になにを……」
「答える義理はないね」
一瞬足を止めたが、仮面の男は冷淡に切り捨てると、再び歩き出す。
そのとき、通路を駆け抜ける何者かの足音が響いた。
仮面の男が視界から消える。ついで空を切る風切り音とともに、俺のすぐ側で着地音が響いた。
「待たせたな、ルーク」
「ガイ……か」
刀を振り切った体勢のガイが、油断なく構えながら、俺に呼び掛けた。
「ん、これは……」
「しまった!」
ガイが床に落ちたディスクを拾い上げる。これに仮面の男は劇的な反応を示し、そのままガイに向けて切りかかる。
油断することなく刀を構えていたガイは、上段からの振り下ろしを受け止める。ついで空中で身動きが取れない相手に向けて蹴りを放った。
相手は蹴り飛ばされたが、応えた様子はない。おそらく自ら後ろに飛んで勢いの大部分を殺したんだろう。だが、そんな相手の着地を待たずにガイは追撃をかける。着地するや否や仮面の男も武器を構えるが、遅い。
振り上げられる刀の一撃に、仮面が弾き飛ばされた。
流れるような動作で更なる一撃を放とうとしたガイの動きが、その瞬間、不自然に止まる。
「……あれ……? おまえ……?」
「ガイ! どうしたの!」
一瞬の油断。
声に気が取られたガイは顔を殴り飛ばされ、階下に落ちた。
「くそ……他のやつらも追いついてきたか……!」
仮面を付けなおしながら、吐き捨てる。
言葉の通り、駆けつける仲間の姿が廊下の端に見えた。
「今回の件は正規の任務じゃないんでね。この手でお前らを殺せないのは残念だけど、アリエッタに任せるよ」
階下のガイを見下ろしながら告げると、仮面男は身を翻す。
「アリエッタは人質と一緒に屋上にいる。せいぜい頑張って、殺されに行くんだね」
最後に皮肉を残すと、仮面の男の姿は消え去った。
敵が完全に居なくなったのを確認したガイが、端末のようなものをなにやら操作。するとようやく俺を拘束していた機械が、その動きを止めた。
「ふぅ……、何がなんだか……」
拘束されていた手首を撫でながら、俺は目まぐるしい展開に頭を振った。
部屋の中に駆け込んでくるアニスやティアの姿が見える、どうやら皆はガイと合流したらしい。
「大丈夫、ルーク? ガイからあなたと分断されたって聞いて心配だったけど……無事のようね。それにしても、六神将はいったいなにをしたかったのかしら……?」
「俺にもわかんらねぇよ。アッシュのやつは、なんだか俺と話をしたがってたようだけどな……」
駆け寄ってきたティアに、俺は台座から起き上がって首を傾げた。
しかし会話を思い返してみても、あいつがなにをしたかったのか、いまいちよくわからない。それに、なんであいつが『声』について知ってたんだ? まあ、別に秘密にしちゃ居ないから、調査次第ではわかるかもしれない。
それでも、俺が『声』を聞こえることに、なにか特別な意味を見出しているみたいに感じられた。
「ルーク様、大丈夫ですかっ!」
「うおっ!」
考えに没頭していた俺目掛けて、アニスが抱きついてきやがった。
「心配したんですよ~! ああ、わたしの金づ──じゃなくて愛しのルーク様になにかあったら、わたしもう立ち直れません!!」
「そ、そっか」
俺を上目づかいに見上げるアニスの背中に、俺は恐る恐る手を回して、引き離す。
空中につり下げられながらも、アニスが憤慨したと気合を入れて叫ぶ。
「アリエッタのせいですねっ! あのコただじゃおかないんだからっ!」
「ま、まあ、頑張ってくれや」
なんだか無駄に疲れた俺は、アニスを床に下ろした。
「やれやれ、なんだか賑やかですね。さっきまで焦りまくっていた皆の姿からは想像できませんね」
「ジェイド。それにイオンもか」
隣にイオンを引き連れた大佐が、階段付近からこちらに近づいて来る。
「ご主人様~」
同時に、二人の足元から凄まじい速度で駆け寄って来る二匹の存在に気付く。
「心配したですの~」
俺の胸に飛び込んで来るミュウと仔ライガを受け止めて、俺は苦笑を浮かべながら心配するなと撫でてやった。
「無事だったのですね。安心しました、ルーク」
音機関の辺りまで降りてきたイオンが、俺に向けて微笑んだ。これに俺もなにか言葉を返してやろうと、口を開きかけ──
「これは……!」
驚愕の声が場に響く。声の主は大佐。いつもどこか余裕を感じさせるジェイドの表情が、機械を見上げたまま、凍りついていた。
「大佐、何か知ってるんですか?」
「……いえ……確信が持てないと……」
言いよどみながら、不意に大佐の視線が俺の方を向く。
「いや、確信できたとしても……」
「な、なんだよ、俺に関係あんのか?」
思わず動揺しながら問いかけるが、大佐は顔を俯かせた。
「……まだ結論は出せません。もう少し考えさせてください」
あまりに勿体ぶった大佐の様子に、俺も不安が沸き起こる。
ここは俺の発見された場所だ。この機械と俺の誘拐に、なにか関係があんのか?
「珍しいな、あんたがうろたえるなんて……」
機械を見上げていたガイが、大佐に向き直って尋ねる。
「俺も気になってることがあるんだ。もしあんたが気にしてることが、ルークの誘拐と関係あるなら……」
ネズミの鳴き声が響く。
「のわっきゃゃ―――っ!!」
普段より幾分低い声で悲鳴を上げながら、アニスがガイの肩に飛びつく。
「…………」
一瞬の沈黙を挟み、現れた反応は劇的なものだった。
「う、うわぁっ!!やめろぉっ──!!」
アニスの腕を力ずくで振り払い、ガイが頭を抱えてうずくまった。
ガイの表情は恐怖に強張り、すべてを拒絶するかのように絶叫する。
「な、何……?」
地面に振り落とされたアニスが呆然とつぶやく。
「あ……俺……」
自分を取り戻したガイもまた、己の反応が信じられないといった様子で呆然と佇む。
ガイが女嫌いだと知っていた俺も、あまりの過剰な反応に声が出せない。
「今の驚き方は尋常ではありませんね……どうしたんです」
「すまない、体が勝手に反応して……」
一人冷静な大佐が、ガイに落ちついた声音で問いかけるも、ガイはバツが悪そうに頭を掻くと、振り返ってアニスに謝る。
「悪かったな、アニス。怪我はないか?」
「う、うん」
「何かあったんですか? ただの女性嫌いとは思えませんよ」
アニスがガイの抱えるものを解きほぐそうとするかのように、優しい声音で尋ねる。
「悪い……わからねぇんだ、ガキの頃はこうじゃなかったし。ただ、すっぽり抜けてる記憶があるから、もしかしたらそれが原因かも……」
床を見つめながら暗い瞳でつぶやくガイに、俺は思わず声をかけていた。
「お前も……記憶障害だったのか?」
「違う……と、思う。一瞬だけなんだ、抜けてんのは」
「どうして一瞬だと分かるの?」
「分かるさ……抜けてんのは、俺の家族が死んだ時の記憶だけだからな……」
一瞬重くなった周囲の空気を掻き消すように、ガイが明るい口調で話を変える。
「俺の話はもういいよ、それよりあんたの話を」
「あなたが自分の過去について語りたがらないように、私にも語りたくないことはあるんですよ」
背を向ける大佐に、ガイが複雑そうに顔を歪めた。
「ともかく、屋上に向かいましょう。整備長とアリエッタはそこでしょうからね」
重苦しい雰囲気で進む中、俺は最後尾に位置し、先を行くガイの背中を眺める。
「ガイ……あいつ両親死んじまってんだな」
「ルークも彼について、知らないことがあったのね」
隣に並んだティアが、俺の気を紛らわせようとするかのように、声をかけてきた。
「ああ。俺、誘拐される前の記憶とんじまってるからな。それに、前に聞いてたとしても、覚えちゃいないだろうしな」
ガイとは長いつきあいだ。気付ばあいつは俺の隣にいて、いつも俺のくだらない話にも付き合ってくれた。記憶を無くす前は覚えちゃいないが、それでも七年もの間、一緒に居たんだよな。
しかし改めて考えてみれば、ガイ自身の過去について、俺はなにも知らない。
「あいつ……自分の昔のこと、何も話さないんだよな……なにがあったのか……」
「大佐も言っていたけど、誰にでも話したくないことはあるわ。彼が話してくれるまで、待ちましょう」
「そうだな……。話し聞いてくれてありがとな、ティア」
顔を上げて礼を言うと、ティアは少し照れたように顔を背けた。
* * *
譜業機関のあった部屋を後にして、俺たちは地下道のような場所を通り抜けた。その先は特に魔物と遭遇するでもなく順調に進み行き、螺旋状に折り重なった構造をした階段に突き当たる。
頭の上で、妙に耳の先をピクピク揺れ動かしている仔ライガに気付く。
「どうしたよ?」
気になって手を伸ばすが、一向に落ち着く気配がない。
「どうしたの?」
「いや、なんかこいつが妙に落ち着かないみたいでよ」
ティアの問いかけに、俺も困惑しながら答える。
「もしかするとこの先に、こいつのお仲間さんが居るのかもな」
ガイが笑いかけながら、天井を見上げる。
階段を駆け上る成人したライガの尻尾が視界に入った。
「あれ根暗ッタのペットじゃん! 行きましょう、ルーク様」
「わかったぜ」
即座に階段を駆け昇る俺たちに、イオンが困ったように眉を寄せる。
「あ、待って下さい。アリエッタに乱暴なことはしないで下さい!」
「待って! 罠かも知れない……!」
ティアが呼び止めていたが、そんな悠長に構えて居られるほど俺の気は長くない。
「おやおや、行ってしまいましたね。気が早い」
「……アホだなー。あいつらっ!」
階下からぼやき声が聞こえたが、すぐに彼らも階段を駆け上る音が聞こえてきた。
ともあれ、俺たちは階段を駆け上り、とうとう天井に行き着いた。
出口に足を掛けた瞬間、頭上で仔ライガが激しく警告の唸りを上げる。
「──っ!」
咄嗟に得物を腰から抜き放ち、頭上から迫り来る気配に向け叩きつける。
上空から俺目掛けて降下した鳥の化け物に、カウンター気味の一撃がぶち当たった。
苦悶の鳴き声を上げながら、魔物が上空に逃れ、大きく旋回する。
「やってくれるじゃねぇかよ」
俺は周囲を警戒しながら、今度こそ屋上に出る。
屋上の奥まった部分にアリエッタが佇んでいた。その隣には成人ライガが控え、その背中に囚われた整備隊長の姿があった。
「──危ないイオン様っ!」
背後でアニスが声を上げる。振り返ると、階段から出てきたイオンを狙おうとしてアニスに防がれた魔物の姿があった。イオンをかばったことで身をかわす余裕がなかったのか、魔物の足にアニスが掴まれている。
「ふみゅ……イオン様をかばっちゃいました。ルーク様、ごめんなさい……」
両手を口元に当てながら、アニスがなぜか俺に謝る。
「なんかぜんぜん余裕って感じだよな……」
意外と大丈夫そうだなと思いながら、俺はとりあえず武器を構えてアリエッタに向き直る。
魔物も上空を一度旋回すると、呆気なくアニスを離した。
「いたっ……! ひどいじゃない、アリエッタ!」
「ひどいのアニスだもん……! アリエッタのイオン様を取っちゃったくせにぃ!」
起き上がって文句を言ったアニスに、アリエッタが涙目で訴える。
突然始まった女の戦いに、俺は呆気に取られながら、とりあえずイオンに目を向ける。
「アリエッタ! 違うんです。あなたを導師守護役から遠ざけたのは、そういうことではなくて……」
なんとなく口を挟めず話を聞いていたら、性懲りもなく上空からイオンを狙う魔物に気付く。
「へっ、甘いぜ」
俺の腕に掴まれたミュウが炎をはき出す。頭上の仔ライガが放電する。
二重の攻撃に魔物が大きく羽ばたき、慌ててアリエッタの脇に戻った。
「馬鹿の一つ覚えじゃあるまいし、何度も同じ手に引っかかると思うなよ」
「ルークさま、すっご~い」
「あなたにしては上出来ですね」
「……いちいちうるさいぞ」
話の腰を折る二人に、思わず俺は顔を向けた。ジェイドに続いて、階段から皆が次々と姿を現し、アリエッタに向けて構える。
「アリエッタのお友達に……攻撃した……っ! アリエッタの妹でも、もう許さないんだからぁっ!!」
頭がキンキンするような金切り声で喚くアリエッタに、俺は怒鳴り返す。
「うるせぇ! 手間かけさせやがって、このくそガキ! こいつはてめぇみたいなジャジャ馬じゃねぇんだよ!! だあああ! もう気に病むのは止めだっ!!」
「うるさいうるさいっ! いいもん! あなたたちを倒してからイオン様を取り返すモン! あなたたちの味方するなら、アリエッタの妹だって容赦しないんだからっ!! ママの仇、ここで死んじゃえっ!!」
アリエッタのまさに子供のわめき声を合図に、魔物たちが一斉に俺たち目掛けて突っ込む。
「来な、お仕置きしてやるぜっ!!」
成人ライガが空中を回転しながら爪を振るう。俺はタイミングを合わせてその一撃を受け流す。
そこへ上空から鳥の化け物が追撃をかける。
アブなっ! 咄嗟に床を転がって俺は身をかわす。
「危なっかしいぜ、ルークっ! 真空破斬っ!」
音素をまとった神速の抜き打ちに、発生した風の刃が鳥の魔物を切り刻む。
先程受けたミュウと仔ライガの攻撃で既に消耗していたのか、翼を傷つけられた魔物は最後の力を振り絞ってアリエッタの背後に向かうと、そこで墜落した。
「根暗ッタ! いいかげんにしてよね!」
「アニスこそ私のイオン様を返してよーっ!」
「イオン様のジャマする奴を、イオン様が認めるわけないでしょっ!」
「うあああああん! バカバカバカーッ!」
アリエッタの泣き声に、成人ライガが怒りもあらわに俺たち向けて紫電を身にまとった突進をかける。
「う……うるせぇー」
「やりにくいよなぁ………」
ライガの猛攻をしのぎながら、俺たちはなんとも戦闘にそぐわない子供の口喧嘩に辟易する。
「惑わされないで!」
「見た目は子供ですが、魔物を使役する力は侮れませんよ」
アリエッタの相手をしているアニスと、ライガを引き寄せる俺たち前衛組の援護に徹しているジェイドとティアが、俺たち二人のぼやきに警告を発する。
「倒れちゃえーっ! 歪められし扉よ、開け! ネガティブゲイトっ!」
アリエッタの突然の宣言とともに、虚空に突如現れた闇が空間を歪め爆砕──収束する。
「きゃぁ──っ」
収束点に位置したティアが譜術の直撃を受け、苦悶の声を洩らす。
「ティアっ!」
脳裏に蘇る最悪の記憶に、俺はティアの名前を叫ぶ。幸いなことに、彼女は地面に倒れ込みながらも、大丈夫と掠れた声を返してくれた。
無事かと安堵すると同時に、頭に血が上る。攻撃を放ったアリエッタに向き直ると、俺は叫んだ。
「許さねぇ……ぶっ潰れちまえっ!!」
眼前に位置するライガから直線上に位置するアリエッタに向けて刺突の構えを取る。
《──烈震っ!》
渾身の力を乗せた突きの一撃は周囲に音素の光が巻き散らしながら、呆気なくライガを射抜く。
《────天衝っ!》
ついで発生した衝撃波がライガに留まらず、アリエッタもろとも飲み込んで、凄まじい地響き音を上げた。
「はぁはぁ……ざまぁ見やがれ」
「油断はするなよ、ルーク」
「わかってるって」
舞い上がった土煙が晴れた先で、身体のあちこちが擦り切れた様子のアリエッタが、同じような様相のアニスと取っ組み合いを演じていた。
「みんな大ッキライ! あっちへ行ってよっ!」
「うるさーい! 引っ込むのはお前だっちゅーの!」
怒鳴り合う二人から離れた場所に、地面に倒れたライガの姿が確認できた。
「……なんか、壮絶だぜ」
「……ああ、男は割って入れないような雰囲気だよな」
頭に昇っていた血はさっき一撃お見舞いしたことで、完全に覚めている。
俺とガイはライガが倒れたことを確認すると、アニスとアリエッタの様子に手を出しかねて、顔を見合わせた。
「大丈夫だったか、ティア」
「ええ、大丈夫。……後はアリエッタね」
譜術で傷を癒していたティアが立ち上がって、アリエッタに視線を向ける。
「それも既に、決着がついたようですけどねぇ」
倒れたティアの脇に立ち、攻撃を牽制していたジェイドが眼鏡を押し上げながら告げる。
「トクナガ! やっちまいなぁっ!!」
アニスが凄まじい形相で叫ぶ。この呼びかけに応え、巨大化した不気味人形がその拳を振り抜いた。
人形の拳に吹き飛ばされたアリエッタが目を回しながら地面を転がり、倒れた魔物たちの前に倒れ伏す。
「うぅ……」
最後の力とばかりに倒れた魔物達を後ろに庇うと、アリエッタはその場に力尽きた。
「……すげぇ」
「……女は怖い」
つぶやく俺たちを余所に、大佐が感情を消し去った表情で、アリエッタに歩み寄る。
「やはり見逃したのが仇になりましたね」
音素の光を撒き散らしながら、大佐の右手に槍が出現する。
「待って下さい! アリエッタを連れ帰り、教団の査問会にかけます」
槍が突き付けられる寸前、イオンが両者の間に割って入って、アリエッタを背後に庇う。
「ですから、ここで命を経つつのは……」
「それがよろしいでしょう」
突然響いた第三者の声に、全員が振り返る。
「師匠……」
悠然と現れた師匠の存在感に、その場の全員が飲まれていた。
「カイツールから導師到着の報が来ぬから、もしやと思いここへ来てみれば……」
「すみません、ヴァン……」
「すぎたことを言っても始まりません。アリエッタは私が保護しますが、よろしいでしょうか?」
「お願いします。傷の手当てをしてあげて下さい」
進み行くヴァンに、俺たちは左右に別れる。
「やれやれ……。キムラスカ兵を殺し、船を破壊した罪、陛下や軍部にどう説明するんですか?」
アリエッタを抱えた師匠に、ガイが疑問を投げ掛ける。
「教団でしかるべき手順を踏んだ後処罰し、報告書を提出します。それが規律というものです」
厳しい口調でイオンが答えると、ガイは肩を竦めて見せた。確かに、どう言い繕ったとしても、アリエッタの命を助けるための建前にしか聞こえないよな。それでも、俺はそんなイオンを責める気はしなかった。
どんな奴が相手にしろ、人死には見たくないからな……。
「カイツール司令官のアルマンダイン伯爵より兵と馬車を借りました、整備隊長もこちらで連れ帰ります。イオン様はどうされますか? 私としてはご同行願いたいが」
「お願いします。よろしいですか、みなさん?」
「大丈夫だぜ」
「まあ……しょうがないか」
ガイが少し残念そうに答えた以外は、皆が馬車に乗ることに賛成した。
「それでは、参りましょう」
師匠の呼び掛けに、全員が動き出す。それは魔物たちも例外ではない。
よろよろと傷ついた身体を引きずりながら、師匠の後に続く。
師匠の腕の中で倒れるアリエッタを心配そうに見ながら、ピスピス鼻を鳴らした。
こうして、俺たちは妖獣のアリエッタの迎撃に成功し、カイツール軍港へと戻った。
軍港が被った損害はかなりのもので、軍港の責任者であるアルマンダイン伯爵との会談で、俺たちはなんとも居心地の悪い思いをした。襲撃者たるアリエッタの助命を申し出たイオンは尚更だったろう。
会談後、伯爵は親父たちにイオン達が和平の使者としてバチカルに向かっている事実を、伝書鳩を飛ばして伝えてくれることになった。
伯爵は昔の俺を知ってるらしく、なにかと便宜を図りたがっていたが、こっちとしてはなんも覚えちゃいないから気まずくてしょうがなかった。
翌日、完全に船の準備が整うと、ようやく俺たちはカイツールを後にすることができた。
だが気付けば船が出ると同時に、気が抜けてため息のようなものを漏らしていた。
……やっぱり昔の自分を知ってる相手に会うのは、慣れないもんだ。
一瞬、王都で俺を待ち構えているだろう彼女の顔が思い浮かんだ。
「なにを言われるんだかねぇー……」
確実に王都に近づいてるってのに、なんだか気が重くなってしょうがない。
船の手摺りに寄り掛かりながら、俺は空を見上げる。
そこには、俺の悩みなど知らないとでも言うかのように、どこまでも澄みきった青空が広がっていた。
あとがき
区切りが見出せずこの長さ……。あんまりガイ書いてないと思い、話はこんな感じになりました。次回はやっとあのイベントかぁ。