水の流れる音がする。
「ふぅ……やっと一息ついたぜ」
軍艦だってのに水洗式とは豪華な設備だよなぁと感慨にふけりながら、俺は勢い良く便所の戸を開け放って外に出る。
洗面台に座る仔ライガが俺の姿を発見し、こちらに駆け寄ってきた。撫でて欲しそうに俺を見上げるが、ばっちい手で触るわけにもいかんので、さっさと手を洗うことにする。
「さて、さっさと戻るとするかね」
綺麗になった手で仔ライガを撫で上げながら、定位置となりつつある俺の頭の上に乗っけて歩き出す。
「しかしデリカシーか。へへっ……懐かしい言葉を聞いたもんだぜ」
目尻から溢れ出す涙を感じながら、俺は直前の会話を思い返した。
* * *
あの後、イオンが外に涼みに行くと部屋を出て行った。俺達もせっかくタルタロスを自由に見学して良いと言われたのだから、艦内を見て回ろうかという話がでた。
しかし見て回るとはいっても、そこは軍艦である。これといって物珍しい場所も無く、すぐにお開きとなった。
そこで折角時間があるのだから、大佐と今後の予定を詰めようということになった。そして、では出発しようかという段になったとき、突然それは俺に襲いかかった。
「うっ──!」
一声呻くと、俺は腹を抑えてうずくまった。
「……ど、どうしたの?」
「わわ、ルーク様! 大丈夫ですか?」
突然の俺の奇行に動揺する二人。
だが俺は二人の言葉に答えるような余裕はカケラもない。全身を貫くある種の予感に畏れおののきながら、精神力を総動員して耐える。
俺は額に脂汗を滲ませながら、アニスの顔を見上げた。
「アニス……俺に教えてくれ」
「は、はい。なんでしょうか、ルーク様♪ アニス、なんでも答えちゃいますよ~」
「便所はどこだ?」
「……えっ?」
「便所。だから便所はどこにあるんだ?」
アニスの肩を掴んで必死の形相で問い詰める俺に、アニスも事の重大さを悟ったのか、慌ててあっちを曲がった先の角にありますよ、と即座に教えてくれた。
「二人とも、先に大佐のとこに行っててくれや。あとミュウ……お前もだ。ついてくんなよ」
頭に引っついた仔ライガを置いていくような余裕はない。俺はこれまでに無いというぐらいの全力疾走で、その場から離脱した。
「ルーク様ってデリカシーないんだ」
「……そうね。さすがに、あれはね」
「ティアさんも、大変でしたね」
「……そうね。大変だったわ」
後方から、囁きあう二人の会話が耳に届いた。
いろいろと大事なものを無くしてしまった気がしたが、ともあれ俺は死に物狂いで便所に駆け込んだ。水面台に仔ライガを投げ込んで、個室に閉じこもる。
結果はもちろんセーフ。
危ういところだったけどな。
* * *
そんなこんなで、今俺は一人である。正確には、仔ライガがいるので一人と一匹かもしれないが、そんな細かいことは置いといて、ともかく艦の人間はこの場に居ない。
「で、いったいこれは何事だよ」
警報が、そこら中から鳴り響いている。
──前方20キロに魔物の大群を確認──総員第一戦闘配備につけ──繰り返す──総員第一戦闘配備につけ──
艦内放送を効く限り、どうやら魔物が艦を襲撃しているようだ。
「ま、こんだけデカイ戦艦だ。そうそうやられるようなことはないだろっ──」
とてつもない衝撃が戦艦を襲う。
とっさに頭の上で寝ころぶ仔ライガへ手を伸ばし、両足を踏みしめてバランスを取る。
振動は一度で途切れた。おそるそろる周囲を見渡すうちに、違和感に気付く。
げっ、廊下が傾いてやがる。
斜めに傾いた廊下に体勢を合わせながら、仔ライガが頭から落ちそうになるのを防ぐ。
「……。いったいなにが起きてやがるんだ?」
ともかく、尋常じゃない事態であることだけは確かだ。
さっきまで居た部屋に戻ってもいいのだが、こんな事態だ。大佐達も指揮を取るため、ブリッジに向かっているかもしれない。
「あー。とりあえず、艦橋に行くとするかね」
大佐が居なかったとしても、ブリッジまで行けば何が起こっているかぐらいはわかるだろう。
頭の上に乗った仔ライガが、妙にそわそわした様子で身じろぎしているのが気にならないといえば嘘になったが、魔物の気配を感じて興奮しているんだろうと、そのときは簡単に考えていた。
しかし、甲板に出てその光景を眼にした瞬間、そんな考えは吹っ飛んだ。
「……すんげぇ状況だわな」
居るは居るは、そこら中をうろうろ徘徊するライガの群れが、甲板に引っついている。見上げると、デカイ鳥のような魔物が上空を旋回している。
とんでもない光景に、俺は乾いた笑いを洩らすしかなかった。
「とりあえず、行くしかないよな……」
正直今すぐにでも引き返したいところだが、こんな状況じゃ、艦のどこだろうと安全な場所なんか存在しないだろう。
俺は周囲の状況を確認しながら、艦橋に向けての一歩を踏み出す。
あ、気付かれた。
甲板でたむろしていた一匹のライガが、俺に気付いて、とんでもない勢いで駆け寄って来る。
「……もうちょっとぐらいはよ、見て見ぬふりぐらいしてくれてもいいのになぁ……」
ぶつぶつと愚痴りながら、俺は木刀を引き抜く。
ライガの前足がふり降ろされる。
咄嗟に『気合』を込めて得物を構えた。ぶつかり合う互いの武器が衝撃を撒き散らす。
力を込めて前足を振り払い、相手の一撃を弾く。
ライガは短く跳躍すると、俺との距離をとって崩れた己の体勢をたて直す。
改めて対峙した俺達は、互いの一撃を相手より先に叩き込むべく全身に力を込めて突撃──しなかった。
──ぐぅるるうううう
対峙する両者の気を散らす絶妙なタイミングで、俺の頭の上からうめき声が響く。
「……どうしたよ?」
油断無く構えをとりながら、頭の上の仔ライガに尋ねる。
対峙していたライガが、あっさりと俺の前から退いた。
「へっ……?」
しばしの間、そのライガはつまらなそうに俺を見ていたが、再度頭の上で仔ライガが呻くと、慌てて俺の視界から消えた。
「どういうことだ……?」
訳のわからない展開に首を傾げる。
目の前で起きた事を考えるに、どうも相手は退いてくれたようだ。しかし、その理由がよくわからない。仔ライガの鳴き声が切っ掛けと言えるかもしれないが、それでも自分よりも小さい相手に怖じ気づいたとも思えない。
「わけがわからねぇけど……まあ、状況が悪化するでも無いし、後で考えりゃいいか」
俺の頭じゃ、分析するとか無理だしな。
なんだか釈然としない展開だったが、特に害になるようでもないので、俺は放って置くことに決めた。
その後も甲板を進んで行った俺達に、ライガ達はつまらなそうな視線を向けるだけで、一向に襲いかかろうとしなかった。
「こんな簡単でいいのかね……」
呆気なく、俺達は艦橋の入り口に辿り着いた。
「いや……むしろここは幸運を喜ぶところか? だけどよ……幸運の度が過ぎてるような気がして、むしろ不安になるというか……」
艦橋へと続く扉の前で、傍目には明らかに挙動不審な動作で俺がぶつぶつとつぶやいていると、すぐ目の前で、プシュっと気の抜けたような音がする。
顔を上げれば、目の前の扉が開いている。
「な、なんだ貴様はっ!?」
艦の中から全身を白い鎧で覆った二人連れが現れた。彼らはたいそう驚いた様子で、俺に詰問してくる。
大佐の部下だろうか? 艦の人間を全員知ってるわけでもない俺にわかるはずもないが、とりあえずそう思っておく。
なんにせよ、まずは問い掛けに対する答えが先だろう。
「えーと、俺はだな…………なんだろ?」
気の抜けた俺の答えに、二人が拍子抜けしたように肩を下げる。
「な、なんだそのふざけた答えはっ!?」
「正直に答えんと、承知せんぞっ!!」
「いや、だって本気でわかんねぇんだもん」
ティアのようなオラクル兵でもないし、大佐のようなマルクトの軍人でもない。イオンのようなネームバリューがあるわけでもない、敵国の貴族のボンボンの名前を一兵卒が知っているとも思えない。
本気で悩み始めた俺に、目の前の二人もどう対処したらいいものか混乱している。
「ええいっ! あくまでも答えんようなら斬り捨てるぞっ!」
この状況に耐えられなくなったのか、全身鎧の片割れが、しびれを切らしたように剣を構え、俺に向け突きつける。
「あぁん?」
さすがに剣を突き付けられて黙っていられるほど、俺も温厚な性格をしていない。
「そんな態度でいいのかよ……お前らの上官に確認とった方がいんじゃねぇのか?」
だが、大佐の部下と乱闘騒ぎとか起こすのは俺としても本意じゃねぇ。忠告と恫喝の混ざり合った俺の言葉に、二人は明らかに狼狽する。
「な、なにを……」
「おいっ、待てっ! こいつ、ライガを連れているぞ」
今にも切りかかろうとする一人を押さえ、比較的落ち着いて俺の様子を伺っていた全身鎧が、俺の頭の上に視線を注ぐ。
あ、やばいか。そう言えば今はライガの襲撃中だ。
「いや……あのな。こいつは……」
『失礼しましたっ!』
「へっ?」
頭の中で無数の言い訳をこね繰り回していた俺に対して、二人は突然頭を下げた。
「妖獣のアリエッタ様麾下の方ですね」
「我々は黒獅子ラルゴ様の率いる第1師団の人間であります。ライガを連れているとなると、アリエッタ様直属の御方とお見受けします。これまでの御無礼、お許しください」
「あ……まあ、そんなところだ」
なにがなんだかよくわからなかったが、とりあえず頷いておく。
「我々はこれより艦内の制圧任務につく予定です。既に隊長は導師イオン確保のために先行しているので、我々も急ぎ合流しなければなりません。ご気分を害したとは思われますが、この場はひとまず、お怒りを納めて頂きたいと願います」
「あ、う、ご苦労」
しどろもどろな俺の返答に、二人は一斉に姿勢を整えると、敬礼する。
『それでは、御武運をっ!』
足早に去っていく二人の背中を見やり、俺はなんとも言えない奇妙な気分になる。
「……どういうことだ?」
艦内の制圧任務。導師イオンの確保。
上官と言われ、まず思い浮かんだ相手がライガを率いている人間。
イオンの話していた、複雑な教団の内部事情。
「和平に反対する敵対勢力、大詠師派による襲撃……か」
最悪な状況が頭に浮かぶ。
「あの二人の話から判断すっと、魔物襲撃もそいつらの仕業か……くそっ。どうしたもんか」
やつらが艦橋から出てきたということは、この先は制圧済なのだろう。これほど迅速な制圧が可能になったのは、おそらく魔物を用いるという有り得ない襲撃方法によって、指揮系統が真っ先に潰されたからだろう。艦橋さえ潰せば、後は要所要所に魔物を配置して、追い込んでいけばいいだけだ。これなら、必要な人間は最小限で済む。
「妖獣の……アリエッタとか言ったか」
魔物を率いていると思しきそいつと、どうにか接触できれば、状況が打開できるかもしれない。
幸いなことに、俺が仔ライガを連れているのを見て、連中は勝手に自分陣営の人間であると判断してくれた。さすがにこの幸運がこの先も続くとは思えない。極力見つからないように気をつけて進んでいくつもりだが、それでも連中に発見された場合は、積極的に今回の誤解を押しつけてやる必要がありそうだ。
「まったく……やっかいな状況だよな」
俺は頭の上でごろごろ喉をならす子ライガを最後の頼みに、敵地へと飛び込んだ。
* * *
どこにいるかわかりませんでした。
「いったい、どこに居やがるんだよ……」
俺は通路の隅っこにうずくまりながら、啜り泣く。
「そもそも顔もわからないような相手を探そうってのが、間違ってたような……」
自分のバカさ加減に気づき、打ちのめされそうになる。毎度毎度、よく考えもせずに突っ込むのは俺の悪いくせだ。
「本気で、どうしたもんか……ティア達大丈夫かねぇ……」
通路の片隅に座り込み、膝を抱えてぶつぶつとつぶやく。
「……だれ……です?」
場違いな、子供の声が響いた。
教団兵に見つかったか、と一瞬身体を硬くするも、相手の姿を目にして呆気にとられた。
丈の短い、どこか拘束服じみた黒のワンピースを着込んだ女の子の姿があった。胸元に不気味な人形を抱き抱え、不安に揺れる瞳を俺に向ける。
「あ~……俺はなんつぅか、そのだな」
俺が言葉を続けようとしたとき、頭の上の仔ライガが怯えたときによく出す鳴き声を突然上げた。
「ん、どうしたよ?」
ひとまず黒服少女への対応は置いといて、仔ライガに手を伸ばしてポンポン撫でて落ち着かせる。
そうした俺の様子を呆然と眺めていたかと思えば、少女が口を開く。
「どうして……どうしてその仔、あなたと一緒居るの……ですか?」
「どうしてって……うーん。成り行きというか……なんつぅーか……やっぱ、俺が家族代わりになったからかね?」
自分でもよくわかっていない答えだったが、とりあえず言葉にしてみる。
「あなたがその仔のパパ……ですか?」
「うぶっ──!!」
黒服少女の純粋な問い掛けに、俺は思わず噴き出してしまう。
「いや、そのなんつぅか……だな」
俺を見つめ続ける少女の瞳には、どこか期待するかのような思いも込められていて、いろいろなものに汚れきった俺としてはどうにも耐えかねて、最後には頷いてしまった。
「まあ、そんなところだぜ」
「わかった……その仔……エッタと一緒」
「ん?」
いまいちよく聞こえなかったが、どこかうれしそうに黒服少女はつぶやいた。
人形越しにチラチラ、おっかなびっくりといった感じで俺の様子を伺う少女に、これからどうしたものかと頭を抱えたところで、艦内にどこかで聞いたような誰かの声が響く。
──作戦名『骸狩り』始動せよ──
タルタロスを衝撃が走る。
──動力機関停止! 管制装置停止! タルタロス制御不能です!──
明滅する照明の中、艦内に制御不能と喚き立てる伝令管の放送が駆けめぐる。
「うわぁっ……さすがに抜け目ないぜぇ」
周囲を見渡すと、通路のあちこちに隔壁が降りて、寸断されていくのがわかる。
眼鏡を押し上げにやりと笑う大佐の顔が思い浮かび、俺は乾いた笑い声を上げた。
そのとき、頭の上の仔ライガが、なにかを警戒するように低い唸り声を上げ始める。
「来ます……」
続けて、少女が隔壁の一つを見据える。
かなり遠くの方から、隔壁を力ずくでブチ破るような音が連続して響く。金属同士の擦れ合う耳障りな音は、どんどんその音量を増して行く。どうやら、なにがかこちらに近づいて来るようだ。
「──うおっ!!」
俺のすぐ脇にある隔壁がブチ破られた。
ブチ空けられた穴の向こうから、のっそりと、異形の巨躯が姿を現す。
外で見た様な小さいものではなく、たてがみの生え揃った成人したライガの姿だった。
大丈夫か? ピスピス鼻を鳴らす化け物に、少女はそっと手を伸ばして、鼻先を撫でる。
「お、おい……」
思わず声を掛けた俺を無視して、少女はライガの背中によじ登る。
頭の上で、仔ライガが全身の毛を逆立てて、成人ライガへ威嚇するような唸り声を上げる。
なんだこいつ? 訝しむように低い呻き声を上げる成人ライガに、俺は近寄り難いものを感じて、二の足を踏んでしまう。
背中に登り終えると、少女は一度だけ俺の方を振り向き、別れを告げた。
「さよなら……です」
そう最後に言い残し、ライガにまたがった少女は射抜かれた隔壁を通り抜け、その場から去った。
「いったい、なんだったんだ……」
しばし呆然と、ライガと供に去った少女の背中を見据える。
「……ん? ライガを従えるような存在……って、もしかして、あの子供が、妖獣のアリエッタぁっ!?」
思い至った少女の正体に、これ以上無い程の衝撃を受け、俺は叫び声を上げるのだった。
* * *
衝撃から立ち直るのに結構かかったが、なんとか自分を取り戻すことができた。
ライガが隔壁に開けた穴を通り抜け、俺はとりあえず外に向かうことにした。
妖獣のアリエッタをどうにかしてやろうという考えは、明かされた衝撃の事実を前に吹っ飛んでいた。
とりあえずあれだけ切羽詰まった様子であの成人ライガはアリエッタを連れてったんだ。この先でなにか起きてるのは確実だろう。後をついていけば、ティア達とも合流できるかしれんない。かなり自分にとって都合の良い展開かもしれないが、そう分の悪いかけでもないはずだ。
なにしろあいつら以外に、騒ぎを起こせるような人間は居ないだろうしな。
「にしても……すんげぇ馬鹿力だよなぁ……」
一直線にぶち抜かれている通路の隔壁を見やり、呆れてつぶやく。
「お前はこんな乱暴な奴にはなるなよ」
ぽんぽん頭の仔ライガを撫で上げながら、俺は好き勝手に言い捨てる。仔ライガも同意するように、甘えた声を出した。
「おっ……とうとう外か」
明かりが見えてきたので、俺は幾分早足になりながら、昇降口に一歩踏み出す。
「へっ……?」
銃を突き付けられている大佐。昇降機の下に倒れ込み、苦痛に顔を歪めるティア。
昇降機の上に佇む成人ライガと、銃を握る金髪美人の影に隠れる黒服少女。
その場にいた全員が俺の唐突な出現に凍りつく中で一人──いや、一匹だけ動くものがあった。
頭の上で、子ライガが前足を伸ばし、立ち上がる。
響きわたる甲高い咆哮。
目を突き刺す様な閃光が視界を圧倒し、その場に無数の落雷が降り注ぐ。
即座に動いた大佐がなにもない手から槍を取り出し、己に突き付けられていた銃口を弾く。
「ちっ──アリエッタ!」
金髪美人の飛び退りながらの呼び掛けに、黒服少女が成人ライガに行動を促す。
だが、戦艦甲板から軽やかに飛び降りた、燕尾服の男がそれを妨げる。
「ガイ様華麗に参上──ってな」
「きゃ……」
構えた刀をアリエッタに突き付け、男は冗談めかした言葉を告げる。どこか見覚えのある金髪に、人好きのする精悍な顔つきをした兄ちゃんがそこに居た。
「って、ガイかよ!」
「ははっ。久しぶりだな、ルーク」
あまりにも唐突過ぎる親友の登場に、俺は思わず叫び返していた。
動揺する俺を余所に、大佐は槍の刃先を金髪美人に突き付けたまま、相変わらず冷静に事を進める。
「さて、武器を棄てて、タルタロスの中へ戻ってもらいましょうか」
「……仕方ない。この場は我等が退くとしよう」
思ったよりもあっさりと、リーダーと思しき金髪美人が承諾した。
大佐に監視される中、続々とタルタロス内に収容されていく教団兵。
「さあ、次はあなたです。魔物を連れてタルタロスへ」
最後に残ったのは、黒服少女──妖獣のアリエッタだった。
「……イオン様……。あの……あの……」
「言うことを聞いてください。アリエッタ」
どこかもの言いたげな様子でイオンに話しかけるアリエッタに、イオンもいささか厳しい口調でタルタロスに入るよう促す。
アリエッタは俯くと、成人ライガを連れてのろのろと動き出す。
俺の側を通り過ぎたアリエッタが、俺にかつてない強い眼差しを向ける。目尻に浮かんだ滴が頬を伝う中、彼女は胸元抱いた人形越しに叫んだ。
「嫌い……嫌い嫌い嫌い!!」
そう吐き捨て昇降口を駆け上るアリエッタに、その場にいた全員の視線が俺に集中する。
「は、はははっ……いったい俺がなにをしたよ?」
突き刺さる視線に、俺は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。ほんと、どうしろと?
なんだか自分がとても酷い事をしたような気分になって、俺はひどく落ち込むんだ。
あとがき
ヨゴレ再び。すいませんでしたっ! ルークが一人になるような状況が他に思い浮かばなかった……。あと蛇足になりますが、アリエッタがママの仇を知るのは、セントビナーの六神将の会話を聞く限り、この後だと判断しました。故にこの時点では、彼女はルークの連れた仔ライガがどこのライガの子供だったかも、まだ知りません。ああ重い伏線が……
次回はガイ様いじりがあるぐらいで、一変してシリアス調になりそうです。そろそろ更新頻度もちょっと落ちるかも知れませぬが、あしからず……