「……第七音素の超震動はキムラスカ・ランバルディア王国王都方面から発生。マルクト帝国領土タタル渓谷付近にて収束しました。超震動の発生源があなた方なら不正に国境を越え侵入してきたことになりますね」
連行された戦艦の中で、大佐が淡々と尋問を続ける。
「ティアが神託の盾騎士団だと言うことは聞きました。ではルーク、あなたのフルネームは?」
一瞬押し黙り、俺はティアと視線を合わせる。
村での裁判もどきとは状況が違う。今の俺達は拘束されている。このまま名前を隠し通せるとは思えない。とはいえ、偽名を使おうと思えば使えないこともない。ここは帝国領で、俺の名前が本物かどうか判断する材料は乏しいからだ。
問題なのは、そんなことは当然大佐もわかっているということだ。なのにそんな質問をして来る大佐の意図として考えられる可能性は、俺の名前を本当は知っていて単にカマをかけているだけなのか、それとも本当に知らないかの二つに一つだろう。
いったいどっちなのか。う……く……考えれば考えるほど頭の中がこんがらがって……
だぁーっ!! そんなことが俺にわかるかんっつーのっ!!
俺は頭の中で叫び声を上げ、頭を掻きむしる。
なによりも最大の問題はだ、俺がそんな複雑な判断が下せるほど上等な脳味噌を、はなから持ち合わせちゃいないってことだっ! そうさ俺は馬鹿ですよ!! 悪いかっ!!
くぅ……俺は名乗っても大丈夫なのかよ?
俺は多少涙目になりながら、ティアに最後の望みを託す。そんな俺の切羽詰まった思考を読み取ったのかは定かでないが、ティアは大丈夫だと言うように、軽く頷きを返してくれた。
「どうしました? 急に黙り込むなんて、さっきまでの憎まれ口が嘘のようですねぇ。……それとも名乗れないような理由があるのですか?」
真紅に輝く双眸を物騒に光らせる大佐に、俺は白旗を上げた。
「だぁー、わかった! わかりましたよ! ったく……ねちねち嫌味なヤロウだぜ」
「へへ~、イヤミだって。大佐」
イオンの護衛だとか言う不気味人形の少女が、大佐をからかうように笑いかけると、大佐がわざとらしい動作で額を抑える。
「傷つきましたねぇ。私はとても正直なだけなんですよ? 私の知りたいことに対して」
それの方がよっぽど厄介だよ。心の中で突っ込んだのは、おそらく俺だけじゃないはずだ。
「ま、それはさておき。では、お名前をどうぞ」
「俺はルーク・フォン・ファブレ。おまえらが誘拐に失敗したルーク様だよ」
気だるそうに頭をふって答えた俺の言葉に、さすがの大佐も軽く目を見開く。
「これは……キムラスカ王室と姻戚関係にあるあのファブレ公爵のご子息……という訳ですか」
「公爵……素敵かも……」
アニスの双眸が一瞬、得物を狙う狩人のごとくギラリと輝いた。
背筋が総毛立つような悪寒に、思わずアニスに顔を向ける。しかしアニスは俺の視線に照れたようにはにかむだけで、ついさっき感じた悪寒の発生源はまったく見出せない。
た、たぶん気のせいだよな。俺は内心で冷や汗をかきながら、楽観が過ぎる判断を下した。
「しかし何故マルクト帝国へ? それに誘拐などと……穏やかではありませんね」
大佐が幾分真剣みを増した様子で尋ねると、ティアが俺を庇うように身を乗り出す。
「誘拐のことはともかく、今回の件は私の第七音素とルークの第七音素が超震動を引き起こしただけです。ファブレ公爵家によるマルクトへの敵対行動ではありません。それに……ルークは私に巻き込まれただけです。彼個人にも帝国に敵意はありません」
「大佐。ティアの言う通りでしょう。彼に敵意は感じません」
イオンもまた俺を擁護する。それに大佐は値踏みするような視線を俺に向けた。
無遠慮な大佐の視線が俺を舐めるが、大佐の瞳にも俺を警戒するような色はまったく浮かんでいない。
「……まあ、そのようですね。温室育ちのようですから世界情勢には疎いようですし」
「もう、どうとでも言ってくれや……」
もはや言われ慣れて来た言葉に、俺も投げやりに応える。
……しかし温室育ちか。むしろ箱庭育ちってのが、正しいかもな。
上品に微笑みながら俺の頭を撫でようとするおふくろの顔と、その下で嫉妬に狂った顔で地団駄を踏む親父の顔が浮かんだ。
一瞬浮かんだ自分のイメージに、俺は乾いた笑みを浮かべた。
そんな風に上の空になっていたから、イオンと大佐がなにやら小声で話し合っている言葉を聞き逃した。
「──ここは彼らにも、むしろ協力をお願いしませんか?」
へ、協力だって? 突然耳に飛び込んだイオンの言葉に、呆気にとられる。
大佐は考え込むように瞼を閉じると、静かに口を開いた。
「我々はマルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下の勅命によってキムラスカ王国へ向かっています」
「まさか、宣戦布告……?」
ティアが思わずといった感じでつぶやいた言葉に、一瞬遅れて俺も理解が浸透する。
「宣戦布告……って、戦争が始まるのかよ!?」
思わず机を蹴って立ち上がった俺の頭で、バランスを崩した子ライガが慌てて頭にしがみつく。
「あ、わりぃ」
謝りながら頭を抑え、そっと座り直す。ちょっと間の抜けた醜態を晒したが、改めて、正面に座る二人に向けて、どういうことかと視線で問う。
「逆ですよぅ。ルーク様ぁ。戦争を止めるために私たちが動いてるんです」
「アニス。不用意に喋ってはいけませんね」
アニスと大佐は話の深刻さとは裏腹に、軽い調子で掛け合いを続けた。
お前ら、そんなに軽い調子で大丈夫かよ? 危うい帝国の現状に不安を覚えるが、すぐに大佐の実力が思い起こされ、不安は消える。大佐は変人だけど、能力が高いのは確かだ。きっと帝国軍は能力主義で登用した変人の巣窟なんだろうな。
……それはそれで恐ろしいものがあるがな。
「しかし戦争を止めるねぇ……っていうか、そんなにやばかったのか? キムラスカとマルクトの関係って」
「知らないのはあなただけだと思うわ」
「……おまえも相変わらずキツイよな」
ティアの冷めた突っ込みに、俺は半眼で彼女を見やる。しかし、というかもう、やはり、彼女はまるで堪えた様子を見せない。かくいう俺も最近、ティアの突っ込みに腹が立たなくなってきた。俺が慣れてきたのか。はたまた別の理由があったりするのか。むしろ、知らず知らずに調教されてる、俺?
そんなバカなことを考えていると、突然大佐が突拍子もないことを宣言する。
「これからあなた方を解放します。軍事機密に関わる場所以外は全て立ち入りを許可しましょう。艦内において、あなたたちの自由を保証します。必要なら案内もつけましょう」
これまでと一変して、大佐が客人を扱うかのように恭しい態度になって告げた。大佐の変人っぷりを目の当たりにしてきた俺達も、この申し出を本気にしていいのか戸惑う。
それまで自分達を犯罪者のように扱ってきた相手が、突然掌返したような態度になれば、誰でも警戒するのが普通だよな?
じっと真意を伺うように見据える俺達の視線に、大佐が丁寧な口調で答える。
「まず私たちを知ってください。その上で信じられると思えたら力を貸して欲しいのです。戦争を起こさせないために」
そう締め括った解放の理由に、なんだか俺は納得いかないものを感じてしまう。
「協力して欲しいなら、まず詳しい話をしてくれればいいじゃねぇか? 知ってくれって言われて人柄だけわかっても、結局なにするかわからなきゃ判断のしようがねぇよ」
不満げに言い返す俺に、大佐が眼鏡を押し上げる。逆行で反射した光に、大佐の瞳が覆い隠される。
「説明して尚ご協力いただけない場合、あなた方を軟禁しなければなりません」
「あ……それもそっか」
確かに、親父は城で公職についてたが、家には機密の類は持ち来ないように神経張りまくってたからな。それだけ、こいつらも本気だってことか。
「ことは国家機密です。ですからその前に決心を促しているのですよ。それに事が事だけに強制もできません。私にできることは、ただ頼むことだけです。どうか、よろしくお願いします、とね」
「詳しい話はあなたの協力を取り付けてからになるでしょう。僕もルーク達の協力は必要なものだと思っています。ルークなら……と思ってしまうのは、僕の贔屓目なのかもしれません。それでも、僕はあたなに協力して欲しいと思っています」
イオンとジェイドは最後にそう言い残すと、部屋から出て行った。
正直、そんな風に誰かに俺が必要だって言われた経験は初めてだった。だから、たとえそれが公爵家の息子に対する言葉だとわかっていても……心が揺れるな。
本当に、どうしたもんかね。
「……艦内を歩いてみない? 今世界がどうなっているのか、あなたにも少しわかると思うわ」
「ご主人様! 探検ですの!」
虚空を見つめ考え込む俺の様子に、二人は俺の気を紛らわせるような言葉を掛けてくれた。頭の上の仔ライガも、俺を促すように前足をポンポン叩いてきた。
「……そだな」
みんなの気遣いに、だから俺も気分を切り換えるべく、二人に同意して部屋の外へ向かう。
「ルーク様。よかったら私がご案内しま~す」
歩き出そうとした俺達に向かって、アニスが手を上げて突っ込んで来る。
「へっ……お前が? なんでまたわざわざ、自分からそんな雑用すんだ?」
「あのぉ……私がいたら邪魔……ですか?」
いじらしい仕種で両手を背中に組みながら、アニスが上目遣いで俺を見つめて来る。
うっ、こ、こいつは……
「そんなことない。むしろ助かるわ」
「そうですか? ありがとうございます~ティアさん♪ ところで、ルーク様はいったいどうしたんですか?」
微笑んで答えるティアに、アニスが不思議そうに俺の様子を尋ねる。
「俺は違う! 違うんだ!! そんなんじゃないんだ!! 血迷うなよ、俺!!」
子ライガを胸に抱き直し、がんがん壁に頭を打ちつけ始めた俺を見やり、ティアはどこか拗ねたような表情でつぶやく。
「……知らないわよ、あんなバカ」
* * *
タルタロス甲板に出ると、そこには外の景色を眺めるイオンの姿があった。
「よっ、イオン」
俺が声をかけると、イオンが申し訳なそうに駆け寄って来る。
「とんだことに巻き込んで、すみません」
「全くな。せめて話を聞かせてくれればなぁ……」
「それには僕の存在も影響しているんです。だからジェイドも慎重になっているんですよ」
導師イオンの存在が影響……か。
「ローレライ教団が平和を取り持っているからか?」
「そうですね。それもありますが……今はお話しできません」
「そっか。まあ、もうちょいしたら、俺なりの結論出すよ」
ぽんぽんイオンの頭を叩きながら、俺達はイオンに背を向ける。
イオンとは反対側で、同じように景色を眺めている大佐の姿があった。
大佐はいつものように人の悪い笑みを浮かべると、出会い頭の一撃を放つ。
「やぁ、両手に花ですね、ルーク」
「やーん。大佐ったら」
「わ、私は……そんな……」
大佐の言葉に、アニスが恥ずかしそうに頬を染め、ティアが両手をわたわたさせて動揺する。
だが、俺はなぜに彼女らがそんな態度になるのか、よくわからんかった。
「あん? 両手に花ってどんな意味だよ?」
「……」
つぶやいた瞬間、かつてないほど凍りついたティアの視線が俺に突き刺さった。
うっ、お、俺は、知らず知らずのうちに、何か致命的な間違いを犯してしまったのか?
絶対零度の空間で震える俺に、さすがの大佐も悪いと思ったのか、ティアに向けて落ち着くように諫める。
「まあまあ、落ち着いて下さい、ティアさん。……思いを図るいい機会だったのは確かですが、残念でしたねぇ」
「なっ! た、大佐!! 私は!」
にやにやと笑いかける大佐に、ティアがその頬をこれ以上ないほど紅潮させて怒鳴る。
「それはともかく。ところで……先ほどの誘拐とは何なのですか?」
「別に七年前の話だから、あんま関係ねぇぜ? 理由は知らんが、マルクトの連中が俺を誘拐したんだよ」
俺の答えに大佐はこれまでのふざけた調子を引っ込め、ひどく深刻そうな顔になってつぶやく。
「……少なくとも私は知りません。先帝時代のことでしょうか」
「こっちだって知るかよ。俺は、てめぇらのせいで……ガキの頃の記憶がなくなっちまったんだからな……」
最初の記憶は、古めかしい部屋に座り込む俺を見据える無数の視線だ。
どの視線も俺を見つめているというのに、何故か、暗い感情が込められていることがわかる。彼らは俺によくわからない言葉でぶつぶつとつぶやく。「なぜこんなことに」「あの利発だった子供が見る影もない」「…敗作か」
言葉の意味はわからなかったが、彼らの視線に込められた感情がなんなのかは、俺にもわかった。
ああ、彼らは失望しているのだ。今の『俺』に、かつての俺の姿を重ね見ることで──
「──ちっ。……まあ、今更の話しだがよ」
俺は不意に思い出された暗い記憶を、頭を振って追い払った。
「……。色々帝国に思うこともあるでしょうが、何とか協力の決心をしていただきたいですね」
ジェイドも俺の様子に、なにか思うことがあったのか、特に当たり障りのない言葉で応えると、会話に幕を降ろした。
去り際に聞こえた大佐の台詞の意味は、『今の』俺にはよくわからないものだった。
「記憶喪失……ね。まさか……」
* * *
最初の部屋に戻り、俺はマルコとか呼ばれていた大佐の部下に話しかける。
「そろそろ、大佐達を呼んでくれよ」
承知しましたと一礼すると、マルコは伝令管に手を伸ばし、なにやら呼び掛けている。
「いいの?」
「いいも悪いも、話を聞かなきゃなんともならねーだろ。どうせ今までも軟禁されてたんだしな。それに……」
その先を言いよどむ俺に、ティアは強く問いただすでも無く、いつものような調子で静かに先を促す。
「それに……?」
優しい色を湛える彼女の瞳に、俺はその先を言葉にする決心をした。
「それによ。公爵家の息子だって理由があったとしてもだ。お、俺は他人に必要だって言われたことなかったんだよ。だから、まあ、ちょっとぐれぇなら、て、手を貸してやってもいいかなぁ、とか思っちまったんだよ」
あまりの恥ずかしさに悶死しそうになりながら答えた俺に、やはりティアはいつものごとく、キツイ言葉を投げ掛ける。
「……やっぱり、甘いのね」
「うるせっつーの!」
俺は乱暴に怒鳴り返すが、別に本気で怒っているわけじゃなかった。
ティアもそれがわかるようで、どこか俺をからかう様な仕種でくすりと微笑んだ。
* * *
「昨今局地的な小競り合いが頻発しています。恐らく近いうちに大規模な戦争が始まるでしょう。ホド戦争が休戦してからまだ十五年しかたっていませんから」
ホド戦争……だいたい、俺の生まれたぐらいの頃のことか。
「そこでピオニー陛下は平和条約締結を提案した親書を送ることにしたのです。僕は中立の立場から使者として協力を要請されました」
大佐の言葉を受けて、イオンが続けて答えた。
マルクトからの和平の提案、か。確かにそんな密命を帯びているなら、大佐達があんなに理由を話すことを躊躇っていたことにも理屈が通る。
しかし、どうしてもある一点が納得いかなかった。
「それが本当なら、どうしてイオン、おまえは行方不明ってことになってんだ? そんな大義名分があるなら、お前の名前はプラスにはなっても、マイナスにはなりようがないように思えるんだけどな?」
むしろ、イオンという中立勢力の介入を印象づけることで、帝国の和平反対派も手を出しづらくなると考えられる。イオンの存在を隠すメリットが見当たらない。それとも教団の象徴たる導師イオンに表立って逆らえるような組織があるのか? 俺には想像できん。
「それはローレライ教団の内部事情が影響しているんです」
イオンがどこか暗い表情になって、話を続ける。
「ローレライ教団はイオン様を中心とする改革的な導師派と、大詠師モースを中心とする保守的な大詠師派とで派閥抗争を繰り広げているのです」
派閥抗争、か。イオンの言葉で、ようやく俺は納得がいった。教団に対抗できるような勢力は、これまた教団内以外に存在しないってことか。
「モースは戦争が起きるのを望んでいるんです。僕はマルクト軍の力を借りてモースの軟禁から逃げ出してきました」
「大詠師派ってのはそこまでするのかよ……エゲツねぇな」
仮にも教団のトップに対して軟禁なんて普通するか? 俺は呆れて頭をかいた。
しかし、ティアがイオンの言葉に過剰な反応を返す。
「導師イオン! 何かの間違いです。大詠師モースがそんなことを望んでいるはずがありません。モース様は預言の成就だけを祈っておられますっ!」
激昂したかのように、ティアは椅子を蹴って立ち上がり、声を荒らげながら反論する。
「ティアさんは大詠師派なんですね。ショックですぅ……」
「私は中立よ。ユリアの預言も大切だけどイオン様の意向も大事だわ」
アニスの言葉にティアは怒りを抑え、淡々と答えた。だが、明らかにそこには無理が見て取れた。
「教団の実情はともかくとして、僕らは親書をキムラスカに運ばなければなりません」
乱れた場を改めるかのようなイオンの言葉に、大佐が深く頷きながら相槌をうつ。
「その通りです。しかし我々は敵国の兵士。イオン様も表立っては動けない。いくら和平の使者といってもすんなり国境を越えるのは難しい。その上、ぐずぐずしていては大詠師派の邪魔が入るでしょう。
そうした問題を解決する為には、あなたの力……いえ地位が必要なのです」
「地位って……あんた、俺もわかっちゃいるけどさ、さすがにそんな言い方はねぇだろ? そこはバカな俺をすかさずおだてて、追従するような場面だろが?」
あまりにもあからさまな言い方に、俺は表面上は呆れたような態度で切り返す。しかし、内心では大佐の自分達にとって必要なものを告げる単刀直入な物言いに、好感を抱いていたりする。
もちろん、口には出さんがな。
「おやおや。そちらがお気に召すようなら、今からでも、そうしてあげますが?」
「それこそ、御免だね」
どこか俺の反応を面白がるような大佐の態度に、俺もにやりと笑って返してやる。
「やれやれ、見かけと違って意外と困った人ですね。しかしそれでは、肝心の答えはどうなのでしょう。御協力は頂けますか、ルーク様?」
一瞬考え込むも、答えは既に決まっているようなものだ。ここまで話を聞かされといて、今更断れるような類の話じゃないしな。
「わかったぜ。あの親馬……もとい、伯父さんに取りなせばいいんだよな。結果までは保証できねぇが、まあこの俺様に任せとけって」
胸を叩きながら盛大に請け負う俺に対して、大佐は型通りの態度で返す。
「御協力を感謝します。それでは、私は仕事があるので失礼しますが、ルーク様はご自由にどうぞ」
協力を取り付ければ用はないと言わんばかりに、ジェイドは一礼するや即座に立ち去ろうとする。
む、むかつくぜ。俺はどう仕返ししたものか考え、いい案が思い浮かんだ。
「ちょっと待てよ、大佐」
俺は意地悪く笑いながら、大佐に少しばかりの口撃を仕掛ける。
「俺のことは呼び捨てでいいぜ、『カーティス』大佐」
「わかりました。ルーク『様』」
一瞬、互いに視線だけで牽制し合う。大佐は最後ににやりと笑うと、踵を返してこの部屋から出て行った。
か、かなわん。本当に大した奴だぜ。
半ば呆れながら、俺は大佐の背中を見送った。あそこまで食えない男は初めて見たと言っても過言じゃないぜ。帝国はあんなんばっかりなのかね。
城下に立ち並ぶ眼鏡をかけたロンゲの集団。彼らは全員が軍服を着込み、一斉に皮肉めいた笑みを浮かべながら敬礼を捧げる。
一瞬空恐ろしい想像が思い浮かんだが、即座に頭を振って振り払う。
考えを切り換える意味も込めて、改めて室内に視線を戻す。
今ここに居るのはイオンと、アニス、ティア、そして大佐の部下の一人しか居ない。つまり、周囲に余計な口出しして来るような連中は居ないってことだ。
イオンと直接話すいい機会かも知れないな。俺はイオンに話しかけることにした。
「なぁイオン、こんな大変な役目があったのによ、何だってエンゲーブの騒ぎなんかに首をつっこんだんだ?」
かねてからの疑問を尋ねると、イオンは大したことではないといった様子で口を開く。
「チーグル族は教団にとって聖獣ですから。見過ごせません。それに、エンゲーブで受け取るはずだった新書も届くのが遅れていたし、僕の手は空いていましたから」
にこにこ笑いながら答えたイオンに、正直言って俺は呆れたね。そんな理由でわざわざ出向いた森で魔物に襲われ、身体壊して倒れるような術を使うはめになったのかよ。普通、笑って言えるようなことか?
これまで他人に感じたことのない、たぶん敬意とかいうものを覚えながら、俺はまだ小さいガキに過ぎない、ローレライ教団導師のにこにこ笑いを見据えた。
「おまえって……お人好しなんだな」
感心してつぶやく俺に、ティアが顔を向ける。
「……あなたと同じね」
「なっ、なにを言いやがるかな、お前はっ!?」
ティアがぼそりとつぶやいた言葉に、俺は顔を真っ赤に染め上げて反論する。
ティアは俺の反論に答えず、チラリと俺の頭で眠る仔ライガに視線を向けた。
「うっ……だ、だったら、放っておいてもよかった俺を、わざわざ屋敷まで連れて行こうとしてるお前だって、十分お人好しだろがっ!」
「そっ……それは。引き取らなくても誰も責めないのに、わざわざライガの子供を引き取ったあなたに、そっくりそのままお返しするわ!」
「お、俺はだな──」
「わ、私だって──」
ヒートアップする俺達二人を余所に、イオンが不思議そうな様子で、ふくれっ面のアニスに尋ねる。
「アニス、二人は仲が良いのでしょうか? それとも悪いのでしょうか?」
「ぶーぶー。知りませんよ。……やっぱり、ティアは強敵だね。早いうちに、私も攻勢に出ないと。さっきのルーク様の反応を見る限り……やっぱり上目づかいで決まりだね」
マルクト・キムラスカという二国間の戦争を阻止すべく行動する者達にしては、その部屋に展開される光景は、どんなに良く言い繕ったとしても、あんまりな光景と言えた。
そんな俺達の間の抜けたやり取りに、仔ライガはただ退屈そうに欠伸を上げると、ゆっくりとその背を伸ばした。
あとがき
ようやくルークに好意を抱いてもおかしくない状況になったので、いっぱい詰め込みました。そして力つきました……。次回はタルタロス襲撃。子ライガ参入で状況に変化?