「だりぃ……」
寝起きでボサボサになった長髪を俺は乱暴にかきむしる。ぼりぼり。
欠伸をかみ殺しながらふらふらとした足どりで廊下を歩いていると、一人のメイドとすれ違う。
すれ違いざまに、メイドが目を見開いて俺を見るのがわかる。その反応から察するに、どうも屋敷に入りたての新人メイドのようだ。貴族のボンボンにしてはあまりにだらし無い俺の様子に、よっぽど驚いたと見える。普通ならここで自分の格好を恥じいるところなんだろうが、俺にはそんな感性なんかカケラ程も残っちゃいねぇ。
「ゴクローさん」
へらへら笑って、適当にねぎらいの言葉をかけながら、俺はメイドの視線も気にせずさらに頭を掻きむしる。ぼりぼり。
メイドは会釈だけ返すと、足早に去っていった。舐めた態度だとは思うが、呼び止めようとは思わない。強烈な寝癖のおかげで地獄の針山のようになった髪形の持ち主と、一緒の空間に居たくないっていう気持ちはよくわかる。ってか、俺ならいやだね。
正直、俺はこの髪がうざったらしくてしょうがない。オヤジに何度も「切らせろやハゲ」って訴えてるのに、奴は冷たい視線で俺を睨み付け「黙れバカ息子。その服装許してるだけでも感謝しろ」と俺様コーディネェィトの特服を貶すばかりで、一向に俺の意見を聞き入れようとしやがらない。
一度、木刀握ってオヤジの寝室に殴り込んだこともあったが、そんときゃまいったね。鼻血だらだら噴き出しながら木刀と拳で応酬しあう俺とオヤジのバイオレンス活劇に、その場に居合わせたおふくろは卒倒しちまった。
さすがの俺とくそオヤジも殴り合いを止めて「てめぇの強面のせいだハゲちゃびん」「お前の汗臭さが原因だ。腹筋ぐらい仕舞え、ろくでなし」「うっせえハゲ!」「この腹筋割れが!」などと、おふくろを介抱しながら、手は出さずに罵り合った。
その後、無事に意識を取り戻したおふくろは、涙ながらに暴力の虚しさを訴えると、なぜに俺が長髪でいなければならんのか、長々と説明してくれた。
おふくろの説明を要約すると、なんでも王族足るもの長髪たれ、とかわけわからん法律があるのが一番の理由らしい。そんなルールは正直知ったこっちゃなかったが、おふくろに泣かれたのはさすがに堪えた。俺は女子供の涙に弱いのだ。なし崩し的に、もう髪に関して文句は言わないと約束させられていた。
なんだか自分でもよくわからないものに対する敗北感に、うなだれる俺をオヤジは小憎らしい表情で嘲笑っていたが、やつも「息子に暴力を奮うとは何事です」とおふくろから三日間無視の刑に処せられていたりする。泣きながらおふくろに謝るオヤジを見て、我が家の最強が誰であるかを再認識させられた一件だった。
なにはともあれ、もはや俺が髪を切ることはできなくなった。どんなにうざったくてもこの髪型を維持せにゃならん。文句を言いたくても、おふくろとの約束の手前、愚痴でさえも言い難い。だから好きでもない長髪してる頭を掻きむしり、ふけを振りまくぐらいは許してほしい。
「ほんと……だりぃわ」
今日も今日とて、首都バチカルの代わり映えのしない一日の幕が開く。
窓から差し込む陽光をその身に受けながら、惚けっと突っ立ち、俺──ルーク・フォン・ファブレはうざい頭を掻きむしるのであった。ぼりぼり。