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No.19034の一覧
[0] 主人公はスライムクイーン 書き直し![ビビ](2011/12/26 14:03)
[1] 1.不意打ち侍[ビビ](2011/12/28 20:39)
[2] 2.無茶振り魔王[ビビ](2011/12/28 20:43)
[3] 3.迷宮について[ビビ](2012/01/06 15:16)
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[19034] 3.迷宮について
Name: ビビ◆12746f9b ID:ae695cb9 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/06 15:16
 迷宮とは迷路のような造りのものもあれば、真正面に一本続く回廊のような造りのものもある。
 今回指定されたものは迷路に近いものであり、次の階層に向かう正解の通路だけが舗装されている。道路は荷を運ぶための貨車を走らせるために設置されており、脇には等間隔に細い柱が立ち、その上には光が灯されていた、はずなのだが今は半壊状態で半ば地面が剥き出しになっているところもある。 灯りを点す柱も半ばから折れているものがほとんどで、微かに残る光源は辛うじて周囲を照らしているだけだ。ほとんどの光は高い天井にこびり付いている苔が放つ光だけ。それも極小である。月のない星空よりも弱弱しい。
 そんな中の工事である。本来ならば多くの機材を投入して大掛かりな工事を行う必要がある。しかし、エビルデインは容易に修復を行っていった。
 エビルデインは多くの生態的能力を持ち合わせている。その一つを用いて事に当たっていた。
 半壊状態の道路の素体を溶岩となった手で加熱し、枠組みの中に溶かし込む。あとは自然に固まるのを待つだけだ。
 他国では魔術などという便利極まりない技術が発展しているが、倭皇国ではそちらに関する技術はほとんどといっていいほどに存在しない。極稀に生まれるエビルデインの主――鈴木恵子のような一種天才と呼ばれるものが生まれ持った特殊な技巧として分類される。生来にない場合、習得させる術が確立されていないのだ。
 その中でもエビルデインのような多くの能力を持っているものは重宝される。しかも、建築関係に興味を持っているのだから尚更だ。 
 期待されているなどということを自覚していないエビルデインは修繕の資材が尽き、不満顔で舌打ちをしているが。

「ハーン、資材が足りてません。確かここらにはロックハートがありましたよね? 方法は問いませんから死骸を持って来て下さい」

 幼竜は一呼吸間を置くと方陣に包まれ、身体を人の二倍ほどの大きさに増やし、のっしのっしと迷宮を歩き始めた。
 命令を無言で聞く様は忠犬を思わせる。それを当然のように受け止めるエビルデインは王者の風格――は言い過ぎか。飼い主の風格を漂わせていた。
 長年ハーンという珍獣を扱い続けたせいか、エビルデインは他人の動作にはやや機微なところがある。上司も暴力的であるから、顔色を窺うのは極めて得意だ。
 おかげで背後から迫りくる不和は常に身体で感じている。
 後ろにいるのは刀を二本腰に差している着流しの侍。不破恭一だった。
 恭一は足元にある石ころを爪先で弄んでいる。蹴球が得意なのか、リフティングが止まらない。しかもそれを片手間でやっているのだからかなり凄いことなのだが、苛々とした表情でやっているのだから妙な迫力がある。

「ハーンがいない今、あなたが護衛なんですよ。真面目にやって下さい」
「あのなあ!」

 耳障りな音が消えたと思うと、次に来たのは恭一の不満声だった。

「何か?」
「俺は探索部だぞ。何で補修部の手伝いをやらされているんだ?」
「決闘の罰でしょう? 確かに禁止事項に含まれてましたよね。模擬試合の形式に則って行うべきでした」

 倭皇国迷宮探索学校では決闘行為そのものが禁じられている。
 曲りなりにも武芸を嗜んだ生徒たちの五体はまさに凶器。更には人を殺めるための技術を研鑽しているのだから、一歩間違えれば容易に死者が出る。
 死者が出ることに不都合はない。武芸探索所に志願する為に学校に入学してきているのだから、当然修業過程で死ぬことはある。確率で言えば二人に一人は死ぬのだ。故に死亡率などに関しては学校側もあまり関心はないが、決闘行為での死傷となると話は変わってくる。要するにいろいろと面倒臭いのだ。
 光物を用いての戦いとなると殊更処罰は重くなる。だが、今回ばかりは問題を引き起こした二人の身分が邪魔し、手軽な罰――つまりは課題を与えることとなった。
 一昨日襲撃されて半壊した迷宮内部の修復。及び前線基地の残存物資の確認。
 つまりは雑用を押し付けられたのだ。
 しかし、さすがにすぐに迷宮に潜るわけにもいかない。
 エビルデインとハーン、恭一が指定された迷宮に潜ったのは十分に睡眠時間を取った翌日となった。つまりは今日のことである。

「そうじゃなくて!」

 だが、恭一が言いたいのはそんなことではないらしい。

「何であんたはそんなにマイペースなんだ。前に迷宮で会った時はもっと傍若無人だったろう……? 卑怯な手を使って天人を襲ってた」
「アカシックレコードのモグラは私の故郷に敵対行動を取りました。私の愛する倭に嘗めた行動をしてくれました。どんな手段を使ってでも身の程を教え込まねばなりません。そうではないですか?」
「侍とは! 例え相手が寝ていたとしても枕を蹴って起こしてから斬るものだ!」
「私は侍ではありません」
「男なら!」
「私が男に見えますか?」

 恭一は頭を抱えるが、エビルデインは舗装作業に没頭したままである。恭一にすれば肩透かしもいいところだろう。全く相手にされていないのだから。
 地面に転がる瓦礫を掬い上げ、溶かし、冷却する。その作業を淡々と繰り返している。時折光が少ないおかげで手元が見づらく作業が滞り、面倒臭げに手に炎を灯して光を確保していた。小さな身体を精一杯折り曲げ、地道な作業をする。例え罰とは言え、その後ろ姿は誠実な人柄を他者に与えることだろう。
 そこまで計算してから実行するのがエビルデインの性格だが、これは単細胞な人間にほどよく効く。
 何か言いたそうにむずむずと口を動かし、嘆息し、頭を掻き毟り、最後には肺の中の息を全て吐き出したのかと思えるほどの深い吐息をすると、恭一はエビルデインの正面にどっかと座りこんだ。
 瓦礫の上で胡坐をかき、頬杖をついている男がいる。
 胡乱な視線を恭一に向ける。作業の邪魔だからどけ、と視線で訴えるが無駄だった。退かない。

「――調子が狂う。何なんだあんたは……」
「自己紹介はしましたよね。エビルデインです」
「そうじゃなくてだなあ……で、何してるんだ。それ」

 頬杖をついたまま顎をしゃくって示したのはエビルデインの手元にある水晶玉だった。
 ふむ、とエビルデインは細い顎に手をやって考え込むと、修復の終わった道路にぺたんと座り込んだ。
 水晶玉を目線の高さまで持ち上げると、にこりと笑って中を指さす。恭一はまじまじとそれを見てしきりと首を傾げているが、理解は追いついていないようだ。中には丸まった何かが収まっているようで、どうやら恭一の知識にはないことのようだ。

「ロックハートは知っていますよね?」
「岩石から作られた魔導生命体だろう? この階層ではよく見かける――あー、見かけた魔物だ」

 迷宮に道路を建設するとき、大まかな魔物は処理される。ロックハートと呼ばれる魔物も討伐対象の一つだ。岩石で出来た人形。巨人と言っていい大きな身体で岩の拳を振り回してくるのだから、常人が受ければ一撃で肉片になれる。ほとんど全て狩られ終わっているが。
 時間が経てば不思議と何処からか現れて再び跋扈するようにはなるが、その都度討伐隊が組まれ、殲滅される。
 故に恭一は見かけたと言ったのだ。
 今はほとんど見ないのだから。

「その通りです。要するにですね。岩石を溶かして枠組みの中に流し込み、急速に冷まして道にしているんですよ」
「何でそんな事してんだ? というよりどうやってんだ? 魔術か?」

 エビルデインは一瞬能力について言うとすれば自分がどうやって生まれたか、何を意図して造られたかも同時に説明しなければならなくなる。それは極めて面倒である。
 それに加え、恭一は自分の能力について明かしていないのだ。自分だけ教えるのは馬鹿みたいではないか。

「ただの生態的な能力ですよ」

 それにしても、だ。
 迷宮内の修繕補修を一手に引き受ける迷宮補修部の存在はあまり知られていない。
 巷で話題になると言えば花形の探索部となる。
 魔物と戦う。書庫を発見する。財宝を確保する。華々しい戦果はすべては命懸けで戦ってると称賛される彼らに行くのだ。
 裏方となる補修部など目を向けられることすらなく、能力的には優れているものも多いのに何時だって割を喰らう。

「感謝して欲しいとまでは言いませんが、せめて補修部の存在意義くらいは把握していて欲しいです……」
「そんな目で見るなよ。わかんないものはわかんないんだからさ」

 銀色の髪を指に巻き付けて弄ぶあからさまにげんなりとした様子のエビルデインに対し、恭一はやや引き気味だ。
 幾ばくかの沈黙は妙な重圧があった。
 乳白色の迷宮の壁。舗装されている地面以外はほとんど土が剥き出しで、もしくはちょっとした草花が生えていたりもする。
 時折雑草生い茂るところには風が吹かないのに物音がし、小さな影が横切ることもある。何処かから入ってきた小動物だろう。
 ききっ、と何かが鳴く音がした。
 先ほどまで俯いていたエビルデインは頭を振ると立ち上がり、恭一の襟首を持ち上げて脇に放り投げる。されるがままに飛ばされた恭一は猫のような身軽な動きで柔軟に地面に着地すると、何を言うでもなく作業を再開するエビルデインの隣に佇んだ。
 エビルデインが再び口を開いたのは作業を始めてから程なくしてだ。
 鈴を鳴らす耳心地良い音色が響く。

「――探索部は迷宮内に建設した前線基地の周辺探索が仕事ですよね?」
「ああ、あまり前に行かせてもらえないけどな。学生で深層部へ行けるのは特待上級生くらいだろう」

 倭皇国迷宮探索学校は六年制である。
 ここには特待制度というものがあり、特別成績が良いものは普通科の凡人たちとは違うカリキュラムが組まれる事となる。
 能力に合わせた危険地域への派遣、時には軍属の探索隊に同行することもしばしばである。まさにエリートと呼ばれる存在だ。
 普通科ならば既に魔物を討伐し終え、残党しか残っていない迷宮にしか潜れない。しかし、特待生で卒業間際の生徒ともなると前線基地よりも先に潜ることが出来る。
 つまり、未開の地へ足を踏み入れることが出来るのだ。
 ちなみに特待生は死亡率が高いことから入る前に遺書を書かされたりする。死ぬ可能性が極めて高いからだ。

「補修部はそもそも前線基地から前に進むことはありません。前線基地を維持するための補給部隊。彼らが通るための道を補修するのが多くの仕事です。花形はやはり建設部ですが、彼らのほとんどはドワーフ族や器用な真人で埋められていますからね」
「やりたいのか?」
「当然っ! 前線基地を造るのは補修部出身の夢ですよ! 敵陣深くで探索部と共闘し、補修部からの資材を受けて命懸けで前線基地を組み立てる! まさにロマンですよ!!」
「そ、そうか……」

 ぐっと握った拳を掲げて叫ぶ恭一はやや醒めた双眸だ。
 それを見て我に返ったエビルデインは柄にもなく興奮した自分を戒めるために咳払いをする。
 手元の作業も滞っていることが気付き、顔を茹で蛸のように真っ赤にしてから中腰になり、瓦礫を掴み始めた。

「――まあ探索部の脳筋達にはわからないでしょうけどね。迷宮探索は戦闘だけではないのですよ」

 照れ隠しのつもりか、やや攻撃的な台詞になっているが、恭一はふっと遠くを見るような目になり、小さく呟く。
 聞き取れなかったエビルデインが恭一を見上げた時にはその表情は掻き消えていた。
 自嘲気味なか細い声。エビルデインの聞き違いでなければ確かにこう言っていた。
 俺は戦うしかできん、と。
 それからは話題が尽きたのか、質問ばかりしていた恭一が黙り込んだ。
 居心地悪そうに腕を組み、指で腕をとんとんと叩いている。
 見るからに暇そうである。主人が相手をしてくれず、懇願の目を向けてくる犬によく似ていた。
 とは言っても、犬にしては可愛げはないが。
 作業をしている傍らにエビルデインは恭一の態度を横目で窺ってはいたのだが、ずっとこの調子である。
 よほど沈黙が苦手なのか、口を開こうとしては噤み、目を閉じては明後日の方向を見たりと実に落ち着かない男である。
 エビルデインは恭一に気付かれない程度に小さく溜め息を零すと、放っておいたら退屈に殺されそうな人の相手をしてやることに決めた。

「そうですね。では、この迷宮の由来は知っていますか?」

 恭一の変化は目に見えるほどだった。
 ぱあっと目を輝かせる。だが返答は、勉強は苦手でなあ、という分り易いものだった。
 当然のように知らないらしい。
 この男は学校の座学をまともに受けているのだろうか、とエビルデインは心底呆れる。

「この迷宮は【天刀眠る】と呼ばれています。人暦五十五年に見つかってから現在に至るまでかれこれ八年経っていますが、未だに全貌が見えていません。現在では第十階層まで踏破されていますが、最前線にしてようやくこの迷宮の資料室が見つかったそうです」

 ふむふむ、と恭一は素直に聞いている。
 存外知らないことを知ることに抵抗はないようだ。
 まともに聞いてくれるとなれば薀蓄を披露するのは楽しい事である。
 エビルデインが作業を中断して語り出すのも生来の気質か。もともとはお喋りなのだ。

「誰が何の為に作ったかわからない。急に隆起するものもあれば、太古からあるだろう遺跡が迷宮化することもあります。それについては全くの謎なのですが、共通して言える事は大量の文献が保存された資料室があることと、最深部には必ず強力な王がいることです。彼らは総じて財宝を守っています」
「そんなこともあるのか。知らなかった。」
「授業で習っていないのですか?」
「教師の声っていうのは子守唄よりも効果的だよなあ」

 座学はをまともに聞いていないらしい。
 エビルデインの中での恭一の株は下がりっぱなしだ。

「で、此処で見つかった文献によるとですね。最深部に封印されている財宝の一つに【天叢雲剣】があるかもしれないということです」
「倭の神話に出てくる剣か!?」

 天叢雲剣――倭皇帝の祖先が打倒した八岐大蛇と呼ばれる竜。彼らの身体の内部から出てきたと謳われる神剣である。
 数多の戦乱によって所在が不明になり、現在は模造品が新宮に奉られている。

「さすがに知っていますか。まさしくそれです。だから倭皇陛下から必ず【天刀眠る】を制覇するようにとのお達しが出ました。蛮族どもに我らの神話が侵されるわけにはいきませんからね」

 天刀とは天叢雲剣という意味である。
 天叢雲剣が眠っている迷宮、という単純極まりないネーミングセンスだ。
 ちなみに名づけたのは現代の倭皇帝である。

「余談ですが、資料室が見つかるまではこの迷宮はA-08と呼ばれていたんですよ。固有名詞すら付けてもらえなかったのに随分と出世しましたよね。今では前線基地を設置するほどです」
「物知りだな、あんた」
「不破さんが知らなさ過ぎるだけだと思いますけどね」

 エビルデインの辛辣な言葉に恭一は黙りこくる。
 話はこれで終わりと言わんばかりにエビルデインは再び舗装を開始しようとするが、僅かな資材も切れたようだ。
 そんなとき、空から巨大な何かが暴風を伴って降りてくる。
 巨竜の姿のハーンだった。
 大きな腕には一抱えほどのロックハートがおり、仕事を終えて帰って来たらしい。

「エビィ! これくらいでいい!?」
「十分です。後は不破さんと二人で私の護衛に当たって下さい」

 それから前線基地に着くまで三人は無言で作業を行っていた。
 結局、魔物に襲われることは一度もなく、十階層に渡る長路を僅かな人数で補修し終える。
 作業を完了した先には其処に在るのが当然と言わんばかりに聳え立つ前線基地だ。
 迷宮は基本的に竜が空を飛べるくらいに広大なものばかりだが、その中でも十階層は特別広い。
 ドーム状の石造りの建築物は威容を誇っており、市内にある家屋なら二十は入るだろうというほどに広大だった。
 穴が開くというほどではないが、前線基地にも傷が目立つ。自然についた傷跡ではなく、何者かに襲われただろう強烈な爪痕が刻み込まれている。

「傷だらけですね」
「何かあったんだろうね」

 近づいたら見えるのは入口だ。観音開きの大きな扉である。
 ノックをすれば人の目線ほどの高さに設置された覗き穴から人の眼が見える。

「補修部のエビルデインです。作業終了の報告をしに参りました」

 地面と扉が擦れる重低音が鳴り響く。
 鈍重な動きで開かれた扉の中からは巨大な男が出てきた。
 短く刈り揃えられた黒に近い灰色の髪に四角く大きな顔、顎にはびっしりと無精髭が生え、大きく太い身体は如何にも戦士といった風体だ。
 軍属の施設だからだろう。着ている服は軍から支給された制服で、全体的に濃緑色のジャケットにズボンである。
 腰に差すのは大振りの太刀。かつての戦乱で相手を馬ごと叩き斬ることを目的に造られた斬馬刀だった。
 そんな男が両腕を精一杯広げ、訪問してきたエビルデインをがっしと抱きしめるのである。
 しかも避けようと動いたエビルデインの動きを読み切り、行く手を塞ぐように動き、神速の踏み込みで抱きしめるのである。
 高水準の技術の無駄遣いだ。
 ハーンはいつものことだと慣れているが、恭一は呆気に取られて口をあんぐりと開いていた。

「話は聞いてるぞぉ? アステカ遺跡で一悶着あったそうじゃないか、暴走娘」
「喧嘩を売られたから買っただけです。天人のモグラ風情が倭皇国に喧嘩を売るなど実に度し難い事ですよ。てか、宅間さん! 離して下さい。臭い。煙草臭いです!」

 胸の中でもがき苦しむエビルデインを十分に堪能し、顎を思い切り銀色の頭に擦りまくり、その後にようやく解放した。
 解き放たれたエビルデインは胸でぜえぜえと息をすると乱れた衣服を正し、クソ髭変態野郎、とぼそりと呟く。
 子供みたいな悪口を聞くにつけ、修三は周蔵は男臭く豪快に笑うと、不意に真面目な顔になった。

「愛国心は大切だがな。その排他的な考えを直さない限りお前は苦労すると思うぞ」

 警告にも似た忠告にエビルデインは眉を潜める。

「そっちもいつか捕まりますよ。破廉恥極まりない。だから嫁に逃げられるんですよ」
「そこを突くか! そこを突くのか!?」
「知りません」

 喚く大男の隣をするりと抜け、苦笑するハーンと硬直している恭一に中に入ることを促すと、前線基地へと入った。
 ところどころに亀裂の走った内装は何かに破壊された跡なのだろう。
 広いロビーにたむろしている大柄の男たち――軍人だろう。彼らは総出で前線基地の補修作業を行っている。工具を持ち、材料を持って、本当に応急処置といった体である。
 ここに来るまでの道路があれだけ破壊されていたのだから補給部隊が来るのも遅れていたのだろう。彼らの服は総じて薄汚れている。
 よくよく見れば周蔵の来ている制服も其処彼処が解れていた。
 だが、活気がないわけではない。
 雑談をしながらの仕事振りには精力が漲っており、決して絶望しているような雰囲気ではない。
 きっと負け戦ではないのだろう。

「おっ、エビちゃんじゃんか。相変わらずちっこいねえ」
「前線基地には女子が少なすぎだよなあ? 目の保養もできやしねえ」

 こちらに気付いた軍人たちは作業を放り出すとぞろぞろとエビルデインの周囲に集まってくる。
 ハーンは人だかりが出来る前にエビルデインの頭上に飛び乗り、恭一と言えば大男たちにもみくちゃにされ、エビルデインの近くに来ることに四苦八苦していた。
 ようやく辿り着いた時にはエビルデインは色々な方向から話しかけられ、それに受け答えにている。
 随分と慣れているようだ。
 そんなとき、何時の間にか復帰していた周蔵からある意味当然の質問が来る。

「ところで、後ろの奴は誰だ?」
「不破さんです。護皇三家の」

 護皇三家の不破と聞いた途端、全員が瞬時に踵をつけピンと背筋を伸ばし、最敬礼をした。
 失礼致しましたぁ! と豪快に謝罪している。凄まじい変わり身の早さだ。

「おい、さっさと茶でも出せ!!」
「は、はい!」

 一人が椅子を取りに行き、違う人は茶菓子を取りに行き、また残りの人は恭一の肩を揉もうとする始末である。
 恭一は全力で首を振った。

「いえ、結構です。私はまだ若輩の身ですし、先輩方にそこまで気を遣われると困ります……」

 すると駆け足で接待をしようとしていた彼らは瞬時に鈍い動きへと変わり、恭一と肩を組んで再び笑う。それをしたのは周蔵だ。
 恭一は困り顔で畏まったままだ。たまにエビルデインに助けを求めるように視線を送ってくるが、エビルデインは華麗に無視をしている。

「礼儀正しい子じゃあないか! エビちゃんとは大違いだぜ!」
「どういう意味ですか?」
「慇懃無礼ってことなんじゃないの?」

 無礼を言う飼い竜に電気を流して懲罰を与えると、エビルデインは気になっていることを周蔵に聞くことにした。

「何故補修部が駆り出されたんですか? 先月にも来た覚えがあるのですが、一月にしては傷みすぎてましたよ」

 前線基地が痛み過ぎている。
 周りにいる人々は元気ではあるが、負傷しているものも多い。片腕を包帯で吊るして働いているものもいる。つまりは怪我人を動員しなければならないほどの危機的状況ということだ。
 それに何より、女性の姿が全くない。ほとんどの人員が男で埋められるのは戦闘を旨とする武芸探索所にはよくあることだが、それでも片手で数えられるくらいに少ないと言うのは不自然だ。
 顔を顰めて言い辛そうに口をもごもごと動かす周蔵だが、隠しても仕方ないか、と呟く。

「あー、それがな。最近深層から魔物が急襲してくることが多くてな。おかげで前線基地もこの有様だ」
「通りで怪我人が多いわけですね。基地自体も随分と傷ついていますし」

 ははっ、と周蔵は顎髭をごつい手で撫でる。
 魔物が急襲してくるなど異常事態である。そんなこと頻繁に起こるはずもない。
 しかし、頻繁に起こるからこそここまで荒れ果てているのだろう。

「危険だからって女は粗方逃がしたよ。おかげで男しかいやしねえ。こんな時にお前さんみたいな娘が来ると士気が高まるってもんだ」
「複雑ですね。実力で評価して欲しいものです」
「容姿も実力の内さ。これでも俺はお前さんの事、評価してんだぜ?」
「じゃあ建設部への推薦下さいよ。基地の建設に携わりたいんです」
「それはなあ。種族による縄張意識もあるし――」
「そんなこと言ってるから進歩がないんですよ。同じ皇国民同士技術は共有するべきです」

 エビルデインが持論を展開しようとした時、何故か周囲には人がいなくなっていた。
 探してはみたものの、恭一の姿もなくなっている。
 ハーンの方を見てみれば、蹲ってエビルデインの髪の感触を楽しんでいるようだ。
 小さな身体を鷲掴みにして揺らしてみれば、実に面倒臭そうに答えてくれた。

「先輩たちに連れられて訓練室へ向かったみたいだよ」
「これだから脳筋達は!」

 エビルデインは急ぎ訓練室へと走っていく。
 罅の入った通路をいくつも曲がったところに訓練室はある。幾度も来たことのある前線基地だ。迷うことなどあるはずもない。
 エビルデインが其処に辿り着いた時には透明の壁に男たちがぴったりと引っ付き、中で始められている模擬試合を見守っている。いや、煽っている。
 訓練室は四方をガラス張りにされている、さながら動物園の檻のようなものだ。地面を掘って造られている訓練室は一階よりもやや低いところにあり、周囲の人たちに見下ろされる形になる。
 エビルデインは平均よりも著しく身長が低いのに対し、ここらにいる男たちは平均値を上げるのに役立つほどに身長が高い。大柄な男たちばかりだ。
 背伸びしても見れるはずがなく、必然的に男たちの隙間に身体を捻じ込みながら前へと出るしかなかった。
 やっと前に出たと思えば止める前に既に戦闘は始まっていた。

「あー、響か。こりゃ相手が悪いなあ」

 隣にいる周蔵はにやにやと下品に笑いながらそんなことを言う。手元には麦酒があり、業務中に関わらず飲酒行為を嗜んでいる。
 完全に野次馬と化していた。
 ここで気付く。
 そもそもエビルデインが恭一の模擬試合を止める理由など露ほどもない。
 男など殴り殴られ強くなるものだ。
 ハーンなどは頭の上でのんびりと言う竜は尻尾を振って楽しそうに試合を見下ろしている。
 竜とは戦闘種族である。
 血筋的にはハーンは高貴な部類に入るのだが、結局は戦うことが好きなのだ。

「面倒事に自ら突っ込んでいく必要もありませんでしたね。静観しますか」
「エビィはそれくらいの方が似合ってるよ」

 エビルデインはふんと鼻息を鳴らすと訓練室の中で繰り広げられる戦闘を見下ろした。
 散切り頭の黒髪に、前線基地では目立つ小柄な体躯の少年。
 決して恵まれているとは言えないその身体は極めて俊敏である。
 遠目から見ても年齢は恭一よりも若く見えるのだが、既に前線基地に逗留できる実力を持ち合わせていることからして、俗に言う天才という輩なのだろう。
 恭一と徒手空拳での格闘術を競っているが、戦況は明らかであった。
 拳を振っていないのに伝わる衝撃。蹴り飛ばされる軸足。触れることすらなく攻撃できるという圧倒的アドバンテージ。
 不可解な能力を駆使して戦う恭一だが、それでもなお少年に押されていた。
 どちらもクリーンヒットはしていないが、取っ組み合うように近距離で拳を振るっていた両者の立ち位置がだんだんと変わっていく。
 恭一がずるずると後退しているのだ。
 少年がそれを逃す事なく、退いた分だけ押している。故に距離は常に均衡していて、恭一はやりづらそうに歯を食い縛っていた。
 常に懐に入られ、下から抉るように放たれる攻撃は至極避けづらい。
 だが、それも見えない攻撃で軌道をずらして透かし、少年の斜め前へと踏み込んで米神を狙う大振りの拳を振るう。その攻撃は違うことなく少年が喰らったように見えたが吹っ飛んだのは恭一の方だった。
 攻撃に集中する恭一への奇襲攻撃。それはフック気味の攻撃よりもさらに外角からの強烈な上段蹴りだった。
「変な能力使うなァ、あんた。けど使えない時もあるんだ。よくわからねーけど、凄えや」

 強者の余裕か。地面を転がるほどに吹き飛び、急いで跳ね起きた恭一に俊也は気軽に声を掛けた。
 恭一は答えることなく、緊張の張りつめた獰猛な顔で少年の事を睨み付けている。
 まるで野獣のようだ。

「抜いていいよ。俺、強ぇから」

 恭一は一瞬迷い、刀に手を掛ける。
 しかし、刀は抜かなかった。いや、抜けなかったのか。

「このままで行かせてもらう」

 興ざめしたと言わんばかりに少年は頭を振る。

「やらねーの? 侍だろ、あんた。俺は今あんたに“戦/けんか”売ってんだぜ?」
「お前は敵ではないらしい」
「変な信念持ってんなァ。いいけどさ。そういうの嫌いじゃないし……」

 そう言って少年は前に倒れ込むが、ぎりぎり地面に当たらない程度になったところ、爆ぜた。
 爆発的な速度での直進は文字通り地面が爆ぜるほどの脚力から生み出されるものだろう。
 恭一は反応する事すら出来ず、そのまま体当たりを喰らって壁まで持って行かれた。
 壁からずるずると落ち、がくりと肩を落として恭一は地面に倒れそうになるが、つっかえ棒のように出した足でぎりぎり立っている。
 しかし、目だけは死んでおらず、じっと少年の事を睨み付けたままだった。

「俺の名前、覚えておいてよ。響俊也ってんだ。まあもう基地から帰って本部に戻るけどさ。今度会ったらまたやろうぜ。次は刀でな」

 そして恭一は倒れた。

 ◆◇◆

 これは夢だ。
 何度も何度も見せられる焼き写しの映像だ。
 昼と夜の境界を示す夕空。そこに浮かぶ歪んだ朧月。
 照らされる世界は真っ赤で、俺の持つ剣にはどろりとした赤い液体が粘りつき、地面に滴り落ちている。
 ぽとり、ぽとり。
 見下ろした先には懺悔をしている親友。その首無しの胴体と、赤い地面に転がる頭だ。
 見開かれた目はぎょろりとしている。魚のようだ。
 俺が斬った。
 斬れと親父に言われたから、斬ったんだ。
 当の親父は俺の背後にいて、監視していた。
 本当に斬れるかどうかを見届ける為に。
 殺人を強要されるのは、斬首を強制されるのは、あまり居心地のいいものではない。

「不破は竜殺の家系だ」

 だが、不破家に生まれたからにはそれは当然の事なんだろう。

「我らの祖先は太古の昔真の竜を狩って生計を立てていたそうだ。領地を奪おうとする竜。彼らは常に災厄を齎した」

 知っている。
 先人たちは倭皇陛下を守る為に命を懸けた。
 誇り高い生き様に死に様だ。
 心から羨ましいと思える。

「今は意味が変わり、領地に災厄を齎すものを竜と呼ぶ。つまりは反逆者だ」

 だけど、今はただの殺人だ。
 誉れある仕事などあるはずもない。

「この刀は竜を殺す時にだけ力を貸してくれる。お前が本当に力を求めた時にだけ、な」

 この刀はあっさりと力を貸してくれた。
 物言わぬ死骸となったこいつを殺すために絶大な切れ味を発揮してくれた。

「それ以外ではただの鉄の塊でしかない」

 白昼夢は終わりがわかっているから良い。
 このあと誰かに睨み付けられて、罵られて、そうして尻尾を巻いて逃げ出したんだ。
 俺はもう自由の筈だ。
 少なくとも殺人を強要されるようなことは――
 だが、この日ばかりは夢は遮られた。
 けたたましい音が耳に劈き、急ぎ起きてみれば視界は真っ赤になっている。
 血が出ているわけではない。単純に施設全体が赤いランプで照らされているのだ。
「何だ。この音は!?」

「警報ですね。それも第一種警戒態勢のものです。迷宮からの侵攻でもあったんでしょうか?」

 誰かに問うたわけではないのだが、それでも返事はあった。
 エビルデインだ。
 いつも連れている竜はいなくて、場所も訓練室から変わってる。
 俺が寝ている場所は診察台のようなところ。たぶんは医療室かそこらだろう。
 だって模擬試合で失神させられたのだから。
 しかし、そこは今気にしている状況ではない。
 第一種警戒態勢なんてどんな馬鹿でも知ってる。

「魔物の到来。たまにあるんですよね。こういうの」

 こういうことだ。
 診察台の脇に置かれていた愛刀を無意識に掴むと、腰に差す。
 親父からもらった愛刀は憎々しさもあるが、何故か手放すことができない。
 何故か、できない。

「行くんですか? あなたは弱いんですから、ここでゆるりと休息を取ることをお勧めしますよ」
「お前はどうなんだ!?」
「弱いから待機します。そもそも戦闘は専門ではありませんし」

 しれっと言うエビルデインに絶望に似た感覚を覚えた。
 ここまで同行してみれば暴力的な奴ではなかったし、無礼なところもあるが何事にも真摯に立ち向かう奴だと勝手に思っていた。

「お前は職務には真っ当な奴だと思って見直してたのに、自分の仕事しかやらないんだな」
「何か問題でも?」

 けど違ったみたいだ。

「つまんねえ奴」

 そうして部屋を出ていったら、通路を駆け抜ける男たちを見掛けた。
 俺も迷わずついていくことにするが、背後から何か聞こえた気がする。

「――ムカっときますね」

 たぶん気のせいだ。




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