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No.19034の一覧
[0] 主人公はスライムクイーン 書き直し![ビビ](2011/12/26 14:03)
[1] 1.不意打ち侍[ビビ](2011/12/28 20:39)
[2] 2.無茶振り魔王[ビビ](2011/12/28 20:43)
[3] 3.迷宮について[ビビ](2012/01/06 15:16)
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[19034] 2.無茶振り魔王
Name: ビビ◆12746f9b ID:ae695cb9 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/12/28 20:43
 そこを表現するならば、まさに"不吉"という言葉しかないだろう。
 堅牢な石造りの回廊は薄暗く、松明も今は燈されていない。差し込む光はなく、耳障りな雷鳴が轟いたときのみ照らされる。
 窓枠から稲光が差し込んで見えるのは絶対神カイジネルが十字架に磔にされて、胸元には魔槍ザフィエルが突き刺さっている絵画が描かれた大きな扉。
 その先にある部屋はとても大きなものだった。
 成金趣味の高価な調度品ばかりで彩られているわけではなく、品の良い。しかし高級であると一目でわかるものがずらりと並ぶ。
 壁には先祖代々の絵画が並べられており、その先には王が座すための玉座があった。
 妖艶な色気を放つ女性は露出度の高い漆黒のドレスを着ていた。
 美しい曲線を描く足を組み、背凭れに体重を掛けて微笑んでいる。
 彼女の名は鈴木恵子。
 しかし、人は彼女の名前を呼ばない。口を揃えて魔王と呼ぶ。

「ねえ、エビルデイン? 私は薄汚い天人族は皆殺しにしろ、と常日頃言ってるわよね?」

 目線の先にいるエビルデインは額を地面に押し付け黙している。幼竜ハーンも同じく、怯えて地面に座り込んでいる。
 とん、と腕掛けに置いている手を離し、エビルデインの事を指さした。
 すると土下座をしていたエビルデインが機械的な動きで面を上げ、恐怖に満ちた表情が露わになる。

「いや、でもですね。あまり殺し過ぎるとアカシックレコードの連中が文句言ってきますし、それに私は戦闘が専門ではないですし……それにほらっ! ちゃんと撃退はしましたよ! 倭皇陛下もきっとお喜びになられているはずです!」

 だらだらと冷や汗が流れる様はまさに言い訳をしている童女のよう。
 心なしか何時もより早い口調で捲くし立てている。
 そして、はっと思いついたかのようにハーンの方を見た。

「ほ、ほら、これです。前欲しがってたじゃないですか、天人の翼。三対くらい転がってたんで拾ってきました。ほれ、ハーン!」

 ハーンはこくりと頷くと小さな翼をはためかせて部屋から飛び出て行き、三度雷鳴が鳴った後に帰ってきた。
 手には小さな包みだ。
 床に包みを放り投げると、中からごろりと何かが現れる。
 それは黒ずんだ翼だった。
 鼻を衝く刺激臭は耐え難く、恵子がひくりと頬を引き攣らせる。
 私不愉快です、と表情で物語っている恵子を見るにつけ、エビルデインの冷や汗の量は加速度的に増して行く。

「ハーン! ちゃんと冷凍保存するように言っておいたじゃないですか! ただでさえ腐りやすいのに……!」
「言ってなかった! そんな事エビィは言ってなかったよ!」
「もうっ! これだから! すいません。ハーンにはちゃんと言って聞かせるんで……」

 宙に浮かんでハーンは抗議するが、エビルデインに口元を掴まれて地面に叩き付けられた。
 喋ることはできず、むぐうと声にならない声を捻り出している。しかし、主君は決して離すことはなく、幼竜はただ地に伏せるしかなかった。
 その折、恵子は優雅に立ち上がると、かつんと硬質な音を立てて窓へと歩いていく。
 すっと空を見上げると途端に雷雲が消え失せ、青々とした大空が世界に広がった。
 空高く聳え立つ魔王の塔から見下ろす世界は絶景で、日々の生活に勤しむ千窟宮が一望できる。

「今日も綺麗な青空ね。雲一つない。そう、私の送ってきた人生のように完璧に澄み渡っているわ」

 膨大な力を用いて強制的に天候を書き換えた暴君は静かに呟いた。

「――僕は席を外すね。頑張ってね、エビィ」
「あ、逃げないで! 見捨てないでください!」

 エビルデインの押さえ付けから抜け出し、ハーンは危機的状況から逃げ出そうとした。だが、上から何かに押さえつけられたかのように再び地面に叩き付けられてしまった。
 恐る恐る二人が振り返った先には笑みを張り付かせたまま八重歯を覗かせる恵子がいた。
 漆黒の瞳には魔力光が爛々と輝き、ハーンの動きを束縛していることがわかる。

「ハーン? 戻りなさい」
「は、はひっ!」

 命令され、ハーンはエビルデインの頭上に飛び乗った。
 見ていて可哀想になるくらいに怯え切っており、エビルデインの膝元にしがみつき、顔を埋もれさせている。
 哀れに思ったのか、エビルデインをよしよしとハーンの頭を撫でていた。
 その間にも恵子は窓から空を見上げ、朗々と語っている。

「ああでも、そう――今日で私の人生には濁りが出来てしまったわ。私の研究の集大成と思っていた作品がよもや泥を付けられてしまうなんて。完璧な道を歩んできた筈が、何処で踏み外してしまったのだろう。奈落の底へと突き落とされた気分よ。ああ、最悪だわ」

 エビルデインは最悪な気分だけ共感できた。今まさに飼い竜は虐められ、自分も責められ、惨憺たる状況である。

「スライムという種に対して可能性を見出した。鋼の硬さを持つもの。逆にゼリー状に柔らかくなるもの。変幻自在に形を変えるもの。毒を持つもの。はたまた溶岩のような熱さを持ち、永久凍土の冷たさを持つもの……彼らはまさに神秘だった。だから私はそれらをもとに練成し、全てのスライムの能力を持つお前という存在を作り上げたというのに! 何故負けたんだ!」

 しかも何でこんな汚物を私の部屋に撒き散らすんだ! と恵子は痛烈に言葉を放つ。
 汚物云々だけは言い返す事が出来ず、エビルデインは口籠る。
 しかし無言の圧迫が満たされていく室内で沈黙を守ることは難しく、すんすんと涙を零すハーンの気弱さに目を当てられ、エビルデインは渋々口を開いた。

「いやあの、そのですね。皆殺しにするつもりだったんですよ。だけど邪魔が入ったんです。私のせいじゃないんです。本当ですよ? 決して見逃したというわけでは……」
「邪魔? 油断してやられたの?」
「油断というか、何というか、そのですね。相手の能力が全くわからなくて。あ、でも負けたわけじゃないんですよ? ハーンが挑んで殴られてましたけど、別に私は――」
「エビィ! 僕の事売ろうとしてないっ!?」
「勘違いです。私が親友を売る筈無いじゃないですか」

 エビルデインとハーンの遣り取りを見るにつけ、恵子は深々と嘆息する。
 窓際から離れて再び玉座へと座ると、大きな黒瞳を細めて二人を威圧した。
 攻撃的な気に触れて二人は身体を震わせて萎縮すると即座に居住まいを正す。
 つまり、正座した。
 恵子は肩を丸める二人を満足げに見下ろすとハーンに視線を向かわせる。
 視線を感じたハーンの小さな体は一際大きく震わせた。

「愛娘は日々言い訳ばかりが上達して困るわ。ハーン、あなたは正直者よね?」
「え、う、え……?」
「主に背くのは辛いこと。あなたの忠誠心を私は知っている。けれど、本当の忠臣と言うのは時に主の過ちを正すこともあるわ。それは必要なことなの。わかるわね?」

 ハーン……、と媚びた声を出して助けを求めてくる主の声。
 怒らないから言ってみて? 悪いようにはしないわ、とやんわり問いかけてくる主よりも上位の存在に出された問い。
 ハーンは一頻り頭を悩ませてから答えた。

「実は侍に邪魔されて。えっと、不破恭一って名乗ってました」
「へえ? 天人に負けたわけではないの?」

 はい、とハーンは頷き、エビルデインは身体を頽れさせる。

「ん、不破? 不破……不破!? あの護皇三家の不破? なるほど、負けたのね?」
「ですから負けてませんって!」

 立ち上がり、エビルデインは猛烈に抗議した。
 しかし、それがまともに取り合ってもらえるはずもなく、恵子はぶつぶつと思考に没頭している。

「実験したいわね。問題不出の不破一刀流も見てみたいし、是非サンプルが欲しい。即刻捕縛して来てちょうだい」
「無茶言わないで下さい。本当にあの不破家ならそれこそ大問題ですよ!」
「不燃廃棄物か……。本当に役に立たないわね。たまには私のために身を粉にして働いたらどう?」
「別の対象に興味が移った途端にあからさまに冷たい扱いをするのやめて下さい! 慣れてますけど! これでもけっこう凹むんですよ!?」
「あなたの気持ちなんて聞いていないわ。図々しい」

 恵子は虫を追いやるかのように手を払う。
 エビルデインの表情が翳ったことなど関係なしだ。

「可及的速やかにね? 私は気が長い方ではないの、知っているでしょ?」
「が、頑張ります」
「結果で応えてね?」
「はい……」

 失礼しました、と二人は重々しく扉を開けると外へ出る。
 部屋の中と同じく石造りであり、回廊が繋がっている。
 壁には魔物を討伐する絵画が飾られていて、古代神の一説が書かれていた。
 既に見慣れた光景で、いつもここを通る時はそこまで緊張はしないのだが、失敗した日ばかりは気が重い。
 さらに無理難題を押し付けられたとあっては自然と足取りも重くなる。

「で、どうするのさ?」

 頭の上に乗ったハーンが問う。
 答えることはなくエビルデインは長く続く回廊を黙々と歩く。
 窓から見える人工的な青空が妙に鬱陶しかった。
 雲すら浮かんでおらず、ぎらぎらと太陽が輝いている。

「まあ博士絡みは碌な事が無いからね。本当に予想の斜め上を行くよ。実験したいってね……」

 回廊が終わり、螺旋階段となる。
 エビルデインは階段の前で立ち止まると、恵子の座す部屋を振り返った。

「とりあえず彼について調べなければなりませんね。不破恭一――護皇三家ならば迂闊に手を出せません。というより、そもそもこんな民間学校に在籍している事自体が有り得ません。彼らは何処かに籠って常に武を磨いていると聞きますし」
「事実としていたんだから仕方ないよ。まずは生徒の在籍名簿を調べよう。それでわかる筈だよ」

 階段を降り始めたとき、背後から差す陽光のせいで表情はわからない。

「そう簡単に教えてもらえますかね……」

 が、毀れた言葉はやけに沈んでいて、陽気な太陽とはまるで正反対だった。


 
 ◆◇◆



 普通都市というのは国が主導して造られるものだが、此処は元々どの国も興味を示すことのない不毛の大地だった。
 せいぜいが観光の時に訪れる程度の田舎町。
 しかし、突如現れた多くの迷宮のせいであらゆる国が手を出し始め、今や多種多様の種族が入り混じる群雄割拠の土地となってしまった。
 誰が呼び始めたのか、此処は千窟宮と呼ばれている。
 千の洞窟を持つ神の宮、というのが由来らしいが、過去の話なのでそれが正しいかどうかはわからない。

 とにかく言えることは、ここは迷宮探索をするために出来上がった一大都市であり、色々な国が手を出している領域だと言う事だ。
 国――と言えども多くあるが、その中でも有力な部類に入るのは倭だろうか。
 現人神が統治する神の国――倭皇国。
 千窟宮に"武芸探索所/ぶげいたんさくどころ"を設置し、後続を育てる為に倭皇国迷宮探索学校なるものも設置した。
 迷宮都市の東部の殆どを確保し、新人たちの育成も万端である。
 校舎の造りも倭特有の木造建築であり、屋根は瓦で覆われている。
 木目張りの床は土足厳禁で、多くの人は足袋を履いて歩いていた。
 エビルデインも例に漏れず足袋を吐き、愛用している鞣革のジャケットに白色のカットソー、膝ほどまでしかない袴に帯を巻き、校舎の受付の程近くで腕を組んで天井のシミを数えていた。
 人事部のカウンターに小さな身体を乗せているハーンをちらちらと横目で様子を窺っている。
 カウンターの先には小さな小窓があり、そこから受付の若い女が顔を覗かせていた。
 笑顔でハーンの言葉に逐一頷き、妙に甘ったるい声で反応している。

「不破恭一君……? ちょっと待ってね――あ、いるわ。四年の迷宮探索部真人課に所属しているわね。顔写真はこれだけ、合ってる?」

 赤く塗られた爪に挟まれて見せられたのは学生名簿の内の一枚だ。
 いくら学生と言えども個人情報をそう簡単に見せていいものではないのだが、何故か受付の女はハーンの言いなりだった。

「うん、合ってる。これだよ」
「そ、良かった。また何時でも来てね。ハーンちゃん」
「うん、ありがとう。メリッサは何時だって僕の為に動いてくれるから好きだよ?」
「やだ、もう……またそんな調子の良い事言って!」

 小さな女の子のように身体を丸め、女は心底喜んでいた。

「これを僕だと思って受け取って」

 ハーンは自分の身体から鱗を剥がす。

「竜鱗……いいの?」
「構わないさ!」
「好きィ!」

 女は喜色満面に鱗を手に取り、ハーンに抱きついた。
 何度も頬にキスをされてようやく解放されたとき、ハーンは口紅の跡が残るままエビルデインの方へと飛んでいく。
 背後では女が童女のように勢いよく手を振っており、ハーンもそれに応えて尻尾を振っていた。
 見送りが終わってハーンが定位置の頭上に止まろうとすると、エビルデインに手で振り払われる。
 眉間に皺を寄せ、見るからに不機嫌そうだ。

「――メリッサって娘は竜鱗目当てだと思いますよ? 本気なら止めたほうがいいかと」

 ハーンは暫し顎に手を遣り、考え込んだ。
 まさかとは思うが、首を傾げつつも冗談交じりに言ってみる。

「嫉妬?」

 エビルデインがくぐもった声で破顔し、醒めた目でハーンのことを見つめてくる。
 背筋を流れる汗は間違いなく冷え切っていて、ハーンは今すぐ逃げ出したい衝動に駆られる。
 だが、凍てついた双眸に囚われて身動き取れず、首元をがっしと鷲掴みにされても尚金縛りは解けなかった。 

「ふふーふ! 面白いことを言いますね。下僕の分際で随分と嘗めた口を……」
「冗談! 冗談だよ! 彼女が竜鱗目当てなのはわかってる。けど、僕からしたらまた生えてくるものだからね。どうでもいいことだよ!」

 途端に場を満たす怒気が解けた。
 首を押さえつけていた物理的な握力からも解き放たれ、エビルデインの頭上へと運ばれる。
 ハーンはほっと胸を撫で下ろした。

「竜鱗、私にも頂戴」
「良いけど、使うの?」
「ん、防具くらいなら作ってもいいかもしれませんね。ジャケットやら欲しいと思っていましたし」
「なら生え変わりの時期に一気に渡すよ。防具を作るとなると量的に嵩むだろうしね」
「それもそうですね。――では参りますか」
「何処に?」

 狙い澄ましたかの如き正確無比な指先がハーンの額を撃ち抜く。
 デコピンだ。
 竜鱗を貫通する衝撃を与えられ、ハーンは苦痛で蹲る。

「不破さんのクラスですよ。確か迷宮探索部真人所でしょう?」
「――あ、そうだったね。行こう行こう」

 涙声で返答し、そのまま二人は校舎の中を歩き出した。

 倭皇国迷宮探索学校には多くの学部が存在するが、簡単に分けるなら二つある。
 戦闘員か、非戦闘員かだ。
 戦闘員は迷宮に生息する魔物たちの生態を学び、倭国独特の武術を身体に刻み込まれる。
 武術とはまずは体術だ。身体の運用法を学ぶためには武器在りきのものではなく、身体一つで戦う術をまずは教えられる。
 その後に武器を選ばせられる。
 刀か、槍か、弓か、主にこの三つの内のどれかだが、稀にどれにも属さないものを学ぶものもいる。本当に極僅かだが。
 非戦闘員は医療や鍛冶、新しい素材の研究などに従事するものたちだ。主に運動神経の乏しいものたちの為にある進路である。
 広大な校舎はこの二つの戦闘を本懐とするものは穴熊と呼ばれる西棟を使い、非戦闘の研究職たちは炬燵と呼ばれる東棟を使っている。
 エビルデインとハーンの二人は西棟の穴熊をぼんやりと歩いていた。
 倭皇国の校舎だからだろうか。真人と呼ばれる何ら特徴のない人間ばかりが廊下を行き交っている。
 制服は羽織に袴といったオーソドックスなものだ。
 倭国建築の木目の床に扉は障子で、不思議な趣がある。
 生徒たちは指定された制服を着ているもの、改造しているもの、または完全に私服を着ているものなど実に様々だ。
 しかし、倭皇国特有の漆黒の髪と瞳は共通であり、茶に染めているものもいるが、大まかには黒か茶だけだ。そんな中、エビルデインの銀色の髪と蒼色の瞳は酷く目立つ。

「あんな可愛い子うちにいたっけ?」
「銀髪だ。綺麗だなあ。外国人か? でも、翼とか生えてないよなあ? 染めてんのか?」
「それよりもあの子、竜連れてるぞ。魔獣使いか?」

 まずはエビルデインの容姿についてざわめいていた学生たちだが、ハーンを見た途端に興奮し始める。
 竜というのは極めて希少種だ。
 本来なら竜というのはその強大な力と高い知能故に人とは敵対関係にあることが多い。というより殆どだ。
 倭皇国では竜神と呼ばれる人と共存する竜がいるが、民間人が会える事などまずもってない。
 そんな中、校舎で普通に竜が闊歩しているのである。しかも女の子の頭の上に乗って。
 自然と奇異の視線は集まるというものだが、ある一人の言葉によって場が一気にどよめいた。

「あ、あいつってハーンじゃ? 仲良くなれば竜鱗くれるラッキーキャラ!」

 竜鱗とは世界一硬くて柔軟な素材である。
 学生レベルでは決して手に入らない最高級の素材である。
 それを身体中にびっしり生やし、なおかつ仲良くなるだけでくれるのである。
 普通に考えれば奇跡だろう。

「え、まじで!? 絶対仲良くなんなきゃ!」
「お友達になって下さい!」

 次の瞬間、歩くのも困難なほどな人だかりに囲まれてしまった。
 群衆の瞳には竜鱗が浮かんでいる。

「ハーン、あなたは実に有名なんですね」
「そんな非難するような目を向けないでよ! 校内では自由行動って言ってたじゃないか。だから、ちょっとね。僕だっていろいろあるのさ」

 ハーンは抗議しつつエビルデインの銀髪に捕まっている。地獄から這い出る手にあらゆる所を掴まれ、今にも引っ張られそうなのを防ぐためだ。
 しかし、主は竜を裏切った。
 あらゆるスライムの特性を持っているエビルデインはいろいろな能力を持っている。
 その中の一つである電気を髪を伝ってハーンの身体に流したのだ。
 ハーンの身体が一際大きく震え、何かが焼け焦げた鼻に衝く匂いが漏れ出す。

「自由行動ですよね。どうぞ御勝手に」

 亡者の手に渡ったハーンを置き去りにし、エビルデインは人ごみの間を縫うように歩き、そそくさとその場を立ち去った。

「――見捨てないでぇ!!」

 背後から聞こえる悲鳴は無視し、進路はそのままに突き当りの部屋まで辿り着く。
 障子の前に立て看板がしてあり、達筆で『真人所』と書かれている。
 活気がある場所なのだろう。中からは騒々しいくらいに元気のある声が満ちていて、エビルデインは苦笑を零して障子をそっと開けた。
 小さく開いた障子から一歩踏み入り、お辞儀をする。

「失礼します。不破恭一さんはいらっしゃいますか?」

 畳張りの部屋だった。
 等間隔に座布団が敷かれ、前には机が置かれている。
 今は休憩時間なのだろう。さきほどまで騒いでいたのだが、エビルデインが入室した途端にしんと静まり、突然の乱入者に不躾な視線を送ってくる。
 中にいるのは凡そ三十人といったところだろうか。
 全員もれなく鍛え抜いた身体をしており、脂肪で弛んだものはいない。
 男女同数とは言えず、男が二十で女が十ほど。やはり女の戦闘員は少ないのだろう。 

「不破? あいつなら道場にいるんじゃねえかな。てか、君誰? すっげえ可愛いね。探索部の子?」

 制服の羽織に色々な館バッジをつけた青年が一歩前に出てきてエビルデインを出迎えた。
 頭二つほどエビルデインより背は高く、それでいて軟派な雰囲気を纏う青年だ。エビルデインの肩にさりげなく手を置いている。即座に一歩退いて手を退けさせたが。

「あー、私は補修部でして。探索部とは関わりはあまりないですね」
「ふうん。そんな子が不破にどういった用で?」
「秘密です」

 愛想笑いを浮かべて誤魔化した。

「気になるなあ。まあ不破にも友達がいたんだな。良かったよ。あいつ全然誰とも話そうとしないからさ」
「話そうとしない?」
「ん、御堅い奴なんだよ。家の事もあるし、俺等じゃ軽々しく話しかけられなくてさ。でもこんな可愛い子と不破がなあ」
「何か勘違いしてませんか?」
「つまりはそういう関係なんだろ?」

 激しく思い違いをされている気がしたが、訂正するのも面倒なので頭を振るだけで済ませた。
 頭の奥にする鈍痛もおそらくは勘違いなのだろう。
 眉間に指をやってエビルデインは俯くと、小さく溜め息を零した。

「――とりあえず不破さんは道場にいるんですね?」
「ああ、その筈だ」

 エビルデインは後ろ足で障子から出ると、再びお辞儀をした。

「ありがとうございました」

 そうして障子を閉め、来た道を振り返った。
 どうやらハーンはまだ弄られているようで、いろいろな学生の手に身体を弄ばれているようだ。
 回収する気も失せ、エビルデインは道場のある方角を見た。
 穴熊の廊下をしばらく歩き、校舎から渡り廊下を経て繋がっている。
 そこは身体を鍛える場所だった。



 ◆◇◆



 ここだけ空間が切り離されているのかと感じるほどに道場は澄み切った空気で満たされていた。
 窓は殆ど閉められ、隙間から差す僅かな光源では暗がりが多い。
 陰の中、圧倒的な存在感を放つ青年がいた。
 大振りの木刀を肩に提げ、大上段に構えて振り下ろす。
 その動作にかかる時間、およそ五分。
 緩やかと言うのも愚かしいゆっくりとした速度で、腕の筋力を酷使して重りのような木刀を振るのは凄まじい苦行だろう。
 二の腕が破裂せんばかりに膨らみ、体幹は体勢を維持する為に硬直している。足は微かに震え、顔からは濁流のように汗が落ちていた。
 それを何度も繰り返しているのか、軋みを上げる軸足は木目の床を陥没させている。そこからして凄まじい踏み込みを想像させた。
 流れ落ちる水滴で床には水たまりが出来ている。
 よく見れば口元には猿轡のようなものを噛み締め、歯が砕けないように処置をしていた。
 どれほどの時間を掛けてこの作業をしているのか。
 そんな時、道場の観音開きの扉が無遠慮に開かれる。
 入ってきたのは銀髪の少女であるエビルデインだ。
 陽光を背に煌めく髪は白銀の輝きを放ち、鮮烈な光を纏っている。
 やはりエビルデインは躊躇することなく、恭一が汗まみれになっている理由もわかりつつも道場に足を踏み入れた。

「こんにちは。お邪魔でしたか?」

 光に目を細め、青年――不破恭一は稽古を中断した。

「いや……あんたか。何の用だ」
「――実はお願いしたいこともありまして」
「貸の話か? 構わない」

 木刀の切っ先を地面に置き、やや体重を掛けて恭一は答える。
 するとエビルデインは満面の笑みを浮かべ、なら話は早い、と自分の掌に拳をぽんと置いた。

「実験動物になってもらえませんか?」
「――断るっ!」

 恭一は全力で拒絶した。
 それこそ木刀を青眼で構えるくらいに警戒心を剥き出しにして。

「そんな全力で断らなくても……悪いようにはしませんから」
「悪い響きしか感じられんぞ!」

 怯えの混じらせて後ろ足に体重を掛けて構える恭一は武士らしくなく何時でも逃げ出しそうだ。
 エビルデインは嘆息すると、嗤う。それも挑発的に。

「仕方ないですね。では一戦お願いできませんか?」
「何故?」
「色々と理由はありますが、ほら、力尽くなら言う事聞く気になりますよね?」
「――わかった」
「行きますよ」
「来い」

 ここで目線を合わせ、足元が爆ぜた。
 相手の攻撃を待って反撃するのではなく、お互いに切り込む。
 エビルデインは素手のまま、恭一は木刀を振り被って。
 避けるために身体を屈ませ、左右どちらにでも踏み込めるように姿勢を取ったのだが、突然足を掬われた。
 両足ともに不可視の衝撃に跳ね上げられ、宙に投げ出される。
 飛来する木の剣。
 空気を切り裂く速度で肉薄する木刀を持ち前の反射神経と怪力だけで殴り飛ばした。

「弾かれ……!?」

 木刀は恭一の手を離れ、道場の床に乾いた音を立てて落ちる。
 間を置かず、腰に差した太刀へと視線を向け、手を翳す。だが、首を振って何かを断念した。
 それを隙と判断し、エビルデインは宙に浮いたまま身体を捻る勢いを使い、顔面を狙って回転蹴りを放つ。
 その蹴りも不可視の衝撃を受けて軌道を逸らされ、床に叩き付けられたが。
 硬い床を破砕する蹴りを見て驚愕したのか。恭一は一足飛びで距離を取り、噴出した汗を拭っている。

「――チィッ! 拳で木刀を弾くか!? どれほど硬い拳骨なんだ……」
「術? ただの生態的な能力ですよ」

 ふん、とエビルデインは鼻息を鳴らす。
 メタルスライムの鋼の硬さを用いただけだが、これは本当に生態的な能力だ。
 同時にエビルデインも不可思議に思っていることがあった。
 先ほどから二度受けた攻撃。
 足を浮かされ、攻撃をずらされる。
 奇怪だ。

「やはりわかりません。どういった能力なんですか?」
「さてな……」
「力点移動? 空間歪曲? 違いますよね……じゃあただの遠当てですか? それとも侍が得意とする気功運用術の極みですか?」

 ふふん、と恭一は顔を歪ませた。
 そんなものがあれば良かったんだがな、と皮肉気に。

「全部違うな。それに、気功なんてものはまやかしだ。そんなものは存在しない」

 武術の中には身体を動かす概念を気として表すことはあるが、それを飛び道具として用いる技術は確立されていない。
 気とは体内でしか作用しないものだからだ。
 使いこなせるのは達人と呼ばれる業を究めたものたちだけだが。
 エビルデインは達人ではなく、そもそも武術を会得すらしていない。身体能力と見様見真似だけで戦っている生粋の素人だ。
 頭を悩ませても答えは出ない。

「わかりませんね……」
「わからないように使っている」
「――それもそうですね。ならば」

 エビルデインは右手を突き出した。
 掌から薄ら蒼いゼリー状のものが生えてきて、だんだんと形を成していく。
 捻じれた切っ先に細身の棒。
 それは槍と呼ばれる代物だった。

「召喚術か!?」
「ただの生態的な能力ですよ」

 掌から伸びた槍を頭上で回し、暴風を巻き起こす。
 稲光が白熱し、道場の中は雷雲の如き様相を呈している。
 恭一は指で地面に杭を打ち、どっしりと構えている。それでも動揺は隠しきれていなかった。
 そして。

「エビィ! まずいって!」

 エビルデインの横っ腹に幼竜が突撃し、もんどりうって転がり、道場の壁へ叩き付けられた。
 恭一はあんぐりと口を開け、先ほどまで雷雲で覆われていた道場を見まわしている。
 いつもの澄み切った清涼な空気の道場である。 
 
「何ですか?」

 むくりとエビルデインは起き上がり、腹にぶつかってきた下僕を持ち上げた。
 ぱくぱくと口を開閉するばかりで、焦り過ぎてまともに喋れていない。
 さて何なのか、と思考するが、間もなく理由が判明する。
 かつん、とヒールが床を叩く硬質な音が響いた。
 音の方へと見てみれば、そこにいるのは倭風の羽織や袴を着ているものではなく、天族が好むぴったりとしたブラウスとスカートと呼ばれる代物を着込んだ切れ長の瞳が印象的な女性がいた。
 生徒指導部部長の教師である。
 私怒ってます、と震える肩が明確に示している。さらに赤縁の眼鏡をしきりと中指で持ち上げていることも機嫌の悪さの証である。
 眼鏡くいくいっと止め面を上げると、彼女はすうと息を吸い込み、控えめな胸を膨らませた。

「エビルデインさん、不破さん、あなたたちは道場で何をやっているのですか! 決闘行為は校則で禁止されていますよ!?」

 怒号である。
 校則で教師の許しなき私闘は禁止されている。
 破ったものは例外なく処罰の対象である。
 はあ、とエビルデインは深く嘆息すると、ハーンを頭に乗せて硬直したままの恭一の方へ近づいて行った。

「やっぱり抜かないんですね?」

 視線は太刀を指していて。

「二人とも!! 生徒指導室へいらっしゃい!」

 教師の逆鱗を受け、エビルデインは愛想笑いを浮かべて小走りで向かう。
 恭一もエビルデインに続き、重い足取りで歩いて行った。



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