「くっ! 撃ち漏らした!」
「すまん! こっちもフォローに回る余裕が無い!」
前線では、相変わらずやや押され気味の状況が続いていた。なのはもどきとフェイトもどきが現れた影響で、援軍が援軍として機能しきれていないのだ。結果として撃ち漏らしがぽろぽろ発生し、ここ数分で何機かの廃棄区域への侵入を許してしまっている。まだ、両手の指が埋まるほどではなく、撃ち漏らしたのも攻撃力が低い飛行型のガジェットがメインであるため、廃棄区域に侵入しただけでは大きな被害は出ないだろうが、だからと言って見過ごしていい問題でもない。
廃棄区域と言っても、全くの無人と言う訳ではない。スラムとなっている場所もあるし、区画整理と再開発のための解体作業を行っている人もいる。急な出来事だったため、そういった人たちの避難が完全に済んでいるかと言うと微妙なところで、本来なら撃ち漏らしなど許される状況ではないのだ。とは言え、廃棄区域にいる人間の人数は本質的には知れている上、水際防御となってからも結構な時間が経っている。今現在の時点で避難をしていないとなると、そろそろ自己責任と言えなくもないタイミングだ。
「広報部から連絡! 今から結界を張るから、敵の侵入は可能な限り廃棄区域までで抑え込んでくれ、との事だ!」
「ようやく動き出したか!」
「ああ! それと、こっちに一人、来るらしい!」
来るのが一人、と聞いて微妙な顔をする。基本的な技能系統がかけ離れている上にレベル差が大きすぎるため、大人数で来られても連携が取れないとはいえ、この状況でたった一人と言うのは何とも言えないラインだ。
「今は猫の手も借りたい状況だ! 一人でも来るだけありがたいだろう!?」
不安が表情に出ていたらしい一同に、攻撃の手を休めずに隊長がそんな風に言葉をかける。
「それに、一人で来るって事は隊長クラスだ! そのクラスがくれば、あの超大型の相手を任せられるんだ!」
「! それなら、状況をひっくり返せる!」
日頃イロモノと下に見ている相手ではあるが、それでも隊長クラスが化け物ぞろいである事は知っている。平の課員に対してはともかく、いくらなんでも高町なのはやフェイト・テスタロッサ、ヴォルケンリッターなどを、イロモノだからと言って実力を下に見るほど耄碌している人間は、いかに反感を覚え蔑視している地上局員といえども基本的に存在しない。
「だから、ここで踏みとどまるぞ!」
気合の声とともに、手持ちのカートリッジが尽きるまで攻撃を続ける隊長。それに呼応して、正面に展開するレトロタイプを全力で一掃する小隊。流石にこれだけの時間防衛戦を繰り返せば、単調な動きしかしないガジェットやレトロタイプに対しては、大して消耗せずに仕留めるコツのようなものは飲み込んでいる。AMFが無くても根本的な火力が足りない超大型や、やたらと高度なAIを積んでいて対応がやり辛いもどき二種はともかく、それ以外はそろそろ、数以外はそれほどネックではなくなってきている。
とは言え
「ちっ!」
「本気で邪魔だな、あの超大型!」
当れば即死しかねない超大型の攻撃に対処すると、どうしても小物を潰す作業にほころびが出る。もどき二種とは違って、連携などとは口が裂けても言えないような適当なものではあるが、それなりの攻撃精度を持つ大火力攻撃と言うのは、無視できないだけに厄介だ。
今回もその避けると言う選択肢しかない攻撃にフォーメーションを崩され、畳み込むように小型や中型からの攻撃を浴びせられるというパターンで一時後退を強いられる。そのまま前線ラインを押しこまれ、一機か二機かを取りこぼすと言うここ何度かのパターンを繰り返すかと思われたその時、横をすり抜けてすごい勢いで飛び去った飛行型が、部隊の後方で派手に爆発する。複数の爆発音が聞こえてきたところから察するに、どうやら先ほどの取りこぼしも粉砕されたようだ。
「もしかして!」
「来たのか!?」
その音を聞いて、急に表情が明るくなる地上部隊。彼らの声に呼応するように、爆発音が聞こえたあたりから高速で何者かが駆け寄り、大きく跳躍して超大型レトロタイプに突撃する。
「ダイナミック! アバンテ! キィィィィィィィック!!」
気合の入った掛け声とともに、超大型を粉砕する赤い影。その掛け声と今の一撃で、誰が来たのかをはっきり理解する前線部隊。
「待たせたな!」
「すまん! 助かった!」
予想していたより早く到着したアバンテに、感謝を込めて声をかける隊長。
「大物は全部、俺がやる! あんた達は防衛戦の維持に専念してくれ!」
「了解した! 助かる!」
「こういうのは役割分担だ。そっちの仕事を多少楽にする程度の事しかできなくて申し訳ないが、頑張ってくれ!」
「十分だ!」
アバンテの言葉に吠えるように応え、振られた役割を全力でこなす。隊長の言葉通り、超大型が排除されるだけで、彼らは十分に戦線を押し戻す働きを見せるのであった。
「これで三機目!」
廃ビルの陰から出てきた空戦型ガジェットを、ヴァリアブルバレットで粉砕するティアナ。新人チームは、外周部の廃棄区域を結界に取り込めなかった原因である、撃ち漏らしの駆除に奔走していた。新人チームが撃ち漏らしの始末に回された理由は簡単で、スバルとフリードのおかげで、広報部の中では比較的長距離移動が速いからだ。スバルがティアナを背負い、キャロとエリオでフリードに乗って、全体に加速魔法をかけるという手順で、なのは達に次ぐスタンドオフ能力を得る事が出来るのだ。
また、ティアナのクロスミラージュが指揮官仕様で、広報部のデバイスの中でも索敵範囲が広く設定されている事も理由の一つだ。優喜ほどではないにしても、ティアナ自身とキャロの探知範囲が広い事もあり、二人で組めば大体一区画を大雑把に調べることもできる。
もっとも、チーム全体で見ると、数を相手にする時の手札に不安があるため、積極的に前線に出す事がためらわれる、と言うのも、遊撃に回される一因ではあるが。
「ティア、キャロ、次は?」
「この区画にはいないわね。スバル、エリオ、アンチテレポートと結界装置を設置して。」
「了解。」
システムの設置を終え、ざっとエリアサーチを行って確認を取り、次の区画へ移動しようとしたところで、何かが探知範囲内をこそこそ動きまわっている事に気がつく。
「何かいるわね。」
「何かって、ガジェットの類?」
「ちょっと待って。精密探査をかけるから。」
これが優喜なら、最初の段階で正体など分かってはいるだろうが、残念ながらティアナもキャロも、まだそれほど感覚周りが鋭い訳ではない。分かるのはせいぜい、機械の類ではない事ぐらいだ。
「……生体反応あり。大きさからいって、子供か中型犬ぐらいね。」
ティアナの言葉に顔をしかめるスバル。この状況で廃棄区域に子供だの犬だのが居る、となると、理由は非常に絞られる。
「そう言えば、このあたりを根城にしてるストリートチルドレンのグループが居たはずね。」
「ティア、それって……。」
「スバル、それ以上は考えちゃ駄目よ。その辺の問題は、あくまでミッドチルダ政府の管轄。私達の立場は、あくまで治安維持を委託された第三者機関よ。そのあたりの問題に立ち入るなら、フェイトさん以上のやり方は基本的に出来ないからね。」
ティアナの言葉に、浮かぬ顔で一つ頷くスバル。言われずとも分かっている事ではある。管理局のような組織がこういった統治に絡む問題に首を突っ込むのは、内政干渉になりかねない。治安維持を行う立場から要望を出すぐらいならともかく、たとえ善意から来る問題解決のための行動だとしても、ミッドチルダ政府に無断で何かをすれば、即座に管理局からの侵略行為として扱われてもおかしくないのだ。
「それで、結局何が……。」
話を戻そうとしたところで、生体反応から攻撃的な意志をぶつけられる。反射的に身構えた瞬間に、AMF環境下で撃ったにしてはなかなかの威力の攻撃魔法が、キャロに向かって飛んで行く。
「キャロ!?」
「大丈夫!」
反射的にたたき落としたらしく、全くダメージを受けた様子が無いキャロを見て、思わず安堵のため息をつく。
「このAMF環境下で撃ったにしてはいい威力だったけど、多分直撃してもジャケットは抜けなかったと思います。」
「それもそうね。」
キャロの言葉に、納得するしかないティアナ。ぶっちゃけた話、飛んできた魔法の威力は上で見てもDには届いていなかった。正直、今の彼らなら、バリアジャケットなしで不意打ちで食らっても、怪我をするほどではない攻撃である。
「何にしても、今ので大体分かったわ。」
「そうだね。どうする?」
「相手の出方次第、ってところかしら。正直、わざわざ何かする必要がある相手でもなければ、事を構えたい相手でも無いもの。」
そう言って、相手を挑発するためにこの区画から出て行こうとすると、今度はティアナに向かって魔力弾が飛んでくる。仮に直撃を食らったところでダメージにならない攻撃とはいえ、来ると分かっている物をそのまま受けるのはなんとなく間抜けな気がする。そんな理由で、とりあえず飛んできた魔力弾をクロスミラージュのグリップで叩き落とす。
これを撃ってきたのがなのはを筆頭とする広報部の皆様なら、間違ってもこんな迂闊な真似は出来ない。だが、明らかに持って生れた資質だけを頼りに魔法を発動させている事がありありと分かる、とてつもなく構成が雑な魔力弾相手に、そこまで大げさに警戒するのもなんとなく間抜けな気がしてしまう。それに、廃棄区域の建物はどれも脆い。こんな魔力弾でも、流れ弾でビルの崩壊を誘発しないとは限らない。
そう言ったもろもろの理由で、とりあえず手抜きそのものの対応で魔力弾を叩き落とした訳だが、流石に接触した瞬間に閃光弾に化けたり、いきなりこちらの魔力を吸収したりと言った罠全開の反応を示す事は無かった。予想はしていたとはいえ、素直に叩き落とされてくれて、内心でほっとするティアナ。一応罠だった時のための対処も準備していたとはいえ、単なる予想だけでそう言う真似をして引っ掛かるのは、それはそれで恥ずかしい。
「どうやら、どうしても次の場所に行かせたくはないみたいね。」
「全く、管理局も嫌われてるよね。」
「仕方ないわよ。こういう場所にいる人たちと治安維持組織って、お互いに天敵みたいなものだし。」
しかも、一部とはいえ上層部と犯罪者の癒着が暴かれたばかりだ。はっきり言って、好かれる理由が無い。
「失った信頼は、これからの行動で地道に取り戻すしかないですよ。」
「そうね。そのためにまずは……。」
辺りをぐるりと見渡し、自分達を囲んでいる人間の数と位置を大まかに確定する。気配の大きさは全部子供ぐらい。探知範囲内にいる数は、ざっと二十人程度。力づくで突破しようと思えば容易い範囲だが、どうにも放置するのはまずいのではないか、と言う感じがする。
正直なところ、子供がこの状況下で自分達に攻撃を仕掛けてくる、と言うのが腑に落ちない。ぶっちゃけた話、ガジェットとの戦闘を見ていれば、勝負にもならないことなど子供ですら分かるだろうし、最初にその判断ができなかったとしても、一発撃って通じないとなれば、普通はやり過ごそうとする。その程度の判断ができなければ、こんなところで暮らしてはいけない。そもそも、管理局に対して思うところがあろうが、スラムの子供は絡まれでもしない限りは、普通はわざわざ自分から関わろうとはしない。
そんな彼らが、こちらに攻撃を仕掛けてきたのだ。捕まえるかどうかは別にして、何を思ってこんな無謀な真似をするのかは聞きだしておいた方がいいだろうし、いくら結界を張ったとはいえ、このあたりはまだ、危険地帯だ。避難させるに越した事は無い。
「この人数だから、絶対にリーダー格が居るはずよ。その子とちょっと、話をつけましょうか。」
「……素直に話し合いに応じてくれるかなあ……?」
キャロの懸念に、苦い笑みを浮かべるしかないティアナ。理性ではなく感情で行動するのが、子供と言う生き物だ。正しいかどうかなど関係ない。しかも、勝てないと分かっていても喧嘩を売って来るほど思い詰めている。そこまで腹をくくっている相手に対話を持ちかけたところで、聞き入れてくれる確率は低いだろう。
「何にしてもまずは、どうやって引っ張り出すか、ですよね。」
とりあえず通信で状況報告を入れていたエリオが、行動指針の確認を兼ねてティアナに振る。
「そうね。物陰に隠れて攻撃してくるぐらいの知恵と慎重さはあるみたいだから、そう簡単に出てきてはくれないでしょうね。」
「あまり乱暴な真似はしたくないよね。」
「でも、最悪の場合は選択肢の一つです。」
ティアナとスバルのやり取りに、妙にやる気満々のキャロが右の拳を左の掌に叩きつけながら言う。その言葉が聞こえたのか、慌てた様子で大量の魔力弾が飛んでくる。多分、一人当たり二発か三発かは発射したのだろう。ぱっと見に百近い数が放たれている。どうやら、こちらの会話は筒抜けらしい。
飛んできた魔力弾を冷静に迎撃するティアナ。アサルトコンバットの訓練課程で出来るようになった曲撃ちのやり方で、百近い弾を全て正確に撃ち落とす。これがなのはの弾幕だったら、たとえ数が半分以下でも絶対不可能な作業ではあるが、所詮は制御が未熟な子供がAMFを出力だけで無理やり突き抜けて飛ばす魔力弾だ。その気になれば一発で三発ぐらいは余裕で撃墜できる以上、格好つけて防ぐのもそれほど難しくは無い。
「それで、まだやるのかしら?」
構えを解かずに次がこない事を確認し、とりあえず声をかけてみるティアナ。その言葉に対し、何かごそごそやっている気配はあるが、少なくとも姿を見せる様子は無い。反応らしい反応が無い事を確認したティアナは、次の行動に出る事にする。
「みんな、次に行くわよ。」
自分達をこの場に縛り付けるのが目的ならば、これでなにがしかの反応があるはず。その目論見通り、ごそごそやっていた気配が一気に近づいてくる。
「いかせるかあ!」
「わるいかんりきょくをやっつけるんだ!」
ティアナの言葉に反応したらしい子供達が、物陰からわらわらと出てきて新人チームに殺到する。上はエリオぐらいから下はヴィヴィオと同じぐらいまでの、本来なら親元で生活をしていなければおかしい年の子供ばかりだ。一番多いのはトーマと同年代だろうか。そんな彼らに「わるいかんりきょく」と言われてしまった事に、そこはかとないショックを受けるスバルとティアナ。
そんな、傍から見れば状況に似つかわしくない、ある種ほのぼのとした雰囲気を持ち合わせた総攻撃ではあるが、その印象とは裏腹に、殺傷能力は一人前である。何しろ、全員がAMFが無ければ最低でもBランクはあるであろう出力を、一切妥協も手加減も無しで振り絞って攻撃してきているのだ。減衰があったところでD以上の威力が普通に出ている。
さらに厄介な事に、子供達はバリアジャケットの類を纏っていない。それはすなわち、防御面ではただの子供と変わらない、ということである。実際のところ、ちゃんとデバイスで設定しておかないと、子供がバリアジャケットを纏うのは難しい。そして、彼らが手に持っているのは、ジャンク品に近い最低ラインの性能のストレージデバイス。つまり、AMFとかそういったものは関係なく、バリアジャケットの展開など不可能だと言う事だ。そんな子供たちに下手に反撃をすると、非殺傷でもどんな障害を残すか、分かったものではない。優喜ほどの技量があればともかく、ティアナ達の腕での気脈崩しなど、もってのほかだ。
つまるところ、ティアナ達に与えられた選択肢は、出来るだけ反撃をせずに、相手の魔力と体力が尽きるまで粘る、というものしかない。普段なら、ある程度容赦なく反撃もできるが、今それをやると、この後落ち着いてからの世間の目が厳しい。
「スバル、後ろ!」
「わわっ!」
「キャロ、その子に隠れて二人ほど、魔法をチャージしてる!」
「フリード、迎撃!」
とにかくひたすら避けて防ぐ四人。ほとんどの攻撃は当たったところで大したことは無いのだが、時折ノーダメージでは済まないものが混ざっているから油断できない。そもそも、いくら当たってもダメージを受けないレベルだと言っても、当ればそれなりに痛いし衝撃もある。
動きにフェイントを混ぜ、流れ弾を叩き落とし、時にはウィングロードやワイヤーアクションまで駆使して弾幕をやり過ごすティアナ達。正直なところ、なのはの地獄の弾幕訓練に比べればぬるく、身を守るだけなら容易い。だが、なのはの訓練は反撃も許可されているが、今回はこちらからは一切手を出せない。自分達で釣りあげておいて何だが、非常にめんどうくさい状況である。しかも、傍目に見れば、実戦を経験した局員が、子供が無作為に放つ弾幕から死に物狂いで逃げ回っているという、実に情けない光景に写るのである。容赦なく反撃するよりはマシとはいえ、確実に彼女達の評価は落ちるだろう。
そんな膠着状態がそこそこの時間続き、いい加減子供達の何人かの魔力か体力が切れたころに、アクシデントが起こった。
「あっ!」
子供の一人が撃った魔力弾がコントロールを失い、別の子供、それも一番年下であろうヴィヴィオよりも幼い感じの少女に向かって飛んで行ったのだ。子供達の攻撃は言うまでも無く物理破壊設定で、バリアジャケットなしで当ればタダでは済まない。今までの攻撃は流れ弾が子供達の方に飛ばないように注意して防いでいたが、流石に自滅の類まで完璧に対応できる訳ではない。
しかも間が悪い事に、ティアナが迎撃しようにも間に二人いる子供に射線を防がれ、スバルは反対方向に逃げて大量の魔力弾を誘導し終えたところで、ターンして全速移動をしても間に合う距離ではない。キャロはまとわりついてきた子供を引きはがすのに必死でフォローに回る余裕は無く、むしろフォローが必要なぐらいだ。衝撃波を飛ばしたばかりのエリオは、溜めが必要である事を考えると飛び道具による迎撃は難しい。
こうなったら体で止める、と、子供二人を強引に押しのけようと動くティアナ。だが、それよりも早く、エリオがソニックムーブで割り込んだ。
「っ!」
予想より大きなダメージが抜けて来て、思わず息を止める。その様子を見たかばわれた子供が、とっさに魔力を練り上げて、エリオの鳩尾にゼロ距離で魔力弾を叩き込む。予想していたものの防御が間に合わず、まともに食らってしまうエリオ。ダメージそのものは大したことは無いが、今の一撃で完全に呼吸が乱れる。
「いまだ!」
「そうこうげき!」
その様子を見ていた子供達が、容赦なくエリオに攻撃を集中させる。かばわれている仲間に当たる可能性など微塵も考えない、徹底した嵐のような攻撃である。
「があ!」
大量に叩き込まれる魔力弾に、悲鳴を押さえきれないエリオ。元々防御力が高い訳ではない彼の場合、呼吸を乱され防御力が落ちている状態では、子供達の魔力弾でもノーダメージにはならない。防御力向上の指輪の効果も、これだけの数がまとまって当れば、完全に防ぎきることは難しい。何より、かばっている子供の至近距離からの攻撃がきつい。流石に死ぬような事は無いが、この後を考えると少々まずい程度にはダメージが残りそうだ。
「エリオ!」
「エリオ君!」
これはまずい。流石にまずい。滅多打ちにされているエリオもまずいが、集中攻撃をかけている子供達の方もまずい。自分達の行動に興奮し、だんだん歯止めが利かなくなってきている。このまま放置しておくと、勢い余って仲間を撃ち殺しかねない。撃ち落とそうにも手数が多いし、第一、かばっている子供からの攻撃はどうにもならない。
こうなっては、管理局の評判に配慮などしていられない。子供達に攻撃を入れようとクロスミラージュを構え、引き金を引こうとした瞬間、エリオと子供達の間に何かが飛び込み、魔力弾を全て食いつくす。
「あなた達、いい加減にしなさい!」
魔力弾が消えると同時に、予想外の声が子供達に雷を落とす。見ると、エリオと子供たちとの間に、大量の虫の死骸が。
「えっ?」
「メガーヌさん、……じゃなくて、マドレさん!?」
「遅くなってごめんなさい。他のところで子供を使って余計な事をしようとしていた馬鹿を始末するのに、予想外に手間取ったのよ。」
現れたのは、スカリエッティ一味の一人であるはずの、マドレであった。
「どうにも、我ながらずいぶんと後手に回ったみたいだな。」
マドレの杖から送られてきた情報に、思わず苦い顔をするハーヴェイ。ミッドチルダ以外の場所にいる連中の動きはどうにか抑え込めたのだが、流石にクラナガンの孤児院は最初から間に合わなかった。そのしわ寄せが、マドレに行ってしまったらしい。
「どうしてあいつらはよくて、俺達は駄目なんだよ!?」
「あいつらは、単に間に合わなかっただけだ。」
「だけど、ハーヴェイ! 管理局は、自分の罪を棚に上げてドクターを捕まえようとしてるんだぞ!?」
「そうだ! 自分たちこそ悪の組織のくせに、父さんを犯罪者扱いするのをどうして許すんだ!」
「犯罪者扱いも何も、やっている事は普通に犯罪だからな。」
「なんだと!?」
管理局に対して思うところがないではないが、それとこれとは別問題だ。そもそも、管理局と言う組織全体が犯罪を犯した訳ではないし、第一、真正面から一般市民を巻き込もうとしているスカリエッティの、もっと正確に言うならクアットロの方が、何倍も悪質である。
それに、ここにいる、いや、スカリエッティが出資し、管理局の違法研究の成果を押し付けた孤児院にいる孤児のうち、少なくない割合の子供が、スカリエッティが量産し売り歩いたガジェットをはじめとした兵器によって親を殺されているか、犯罪組織がプロジェクトFの成果を利用してテロを起こしたり、そのまま失敗作として不法投棄したのが原因でここにいる。管理局が違法研究の成果をたらい回しにした結果、と言う子供は実際のところは少数派だ。
プロジェクトFが流出したのは管理局が原因でも、それをよろしくない事に利用するのは犯罪組織が悪いのだし、そもそも、技術はあくまで技術だ。ガジェットのように最初から戦闘目的で作ってあるものはともかく、クローン技術など使いようで善悪どちらにでも転ぶものである。その全ての責任を管理局に押し付けるのは、明らかに不当であろう。
「もう一度言っておく。ドクター・スカリエッティは、お前達が手を汚すことを望んでいない。」
「どういう意味だよ!」
「元々、あの男は管理局を潰すつもりなどない。今回の件、単にクアットロが余計な事をした結果、引くに引けなくなったから、ついでにやりたい事をやってしまおう、と言う程度にすぎない。」
問答を続けるのが面倒になったハーヴェイが、裏を全てぶちまける。そのあまりに適当で泥縄的な理由に、激昂していたのも忘れて、唖然とする孤児たち。
「流石に、そんな詰まらん理由で始めた事に、お前達が巻き込まれるのは不本意だと言っていたよ。」
「……それは本当か……?」
「ああ。」
「……だとしても、俺達だけがこんなところでくすぶっているのは、納得できない。」
「納得できなくても、納得するんだ。」
またしても、押し問答が始まる。あくまでもハーヴェイの言い分に納得がいかないリーダー格と、何が何でも孤児たちを関わらせる訳にはいかないハーヴェイ。感情論で動こうとする相手を説得するのは、実に骨が折れる仕事である。しかも、相手は世間一般では、ようやく一人前扱いされる年になるかならないかの子供だ。いかに就業年齢が若いミッドチルダといえども、クロノではあるまいし、十三や四で感情に流されずに行動できる人間はそうはいない。
「もう一度言う。ドクターが違法研究に手を染めている事も、研究のために多数の人間を殺している事も、無許可で兵器を量産して違法組織に売りさばいている事も、全部事実だ。管理局が腐っているかいないかに関係なく、犯罪者として逮捕されるには十分な理由だ。」
「だったら、父さんだけを犯罪者にしたくない!」
「その行動が、下手をすればドクターの評価をさらに下げる事になるかもしれないのに、か?」
ハーヴェイの言葉に、意味が分からないと言う表情を浮かべるリーダー格の少年。その様子を見て、ため息交じりに言葉を続ける。
「こう言っちゃなんだが、お前達はガジェットと戦った経験は、いや、そもそも大人の魔導師と戦った経験はあるか?」
「……ある訳無い。」
「ならば、向こうに行っても的になるだけだ。それも、ガジェットのな。」
「何でだよ!」
ガジェットの的になる、などと言う意味不明な言葉に、ついつい思いっきり噛みついてしまうリーダー。他の子供達も、理解不能だと言う顔をしている。
「あのな。ガジェットに、お前達を登録してあると思うか?」
ハーヴェイの言いたい事を察したらしいリーダーが、反論できなくなって言葉に詰まる。ざっと様子を見て、この問答の意味を理解していない様子の子供を何人か確認したハーヴェイが、解説を兼ねて言葉を続ける。
「所詮、ガジェットは機械だからな。事前に登録した人間以外を攻撃するとか、その程度の設定しかできない。仮にドクターがお前達の除外設定を生産段階で組み込んであったとしても、管理局がレトロタイプと呼んでいる機種には関係ない。だから、どう転んだところで、結局的になるだけだ。それも、味方しようとした相手からのな。」
ハーヴェイの言葉で、ようやく全員が彼の言いたい事を理解する。
「そもそも、クラナガンの外周部を囲んでいる軍勢の中に、人間が存在していないのも同じ理由だ。基本的に、あの数を用意出来たのは複数の組織が手を組んだからだが、それほど横のつながりがある訳じゃない。それに、管理局は共通の敵だが、敵の敵だから味方という単純な話でもない。」
「もしかして、あいつら手を組んでるくせに、お互いのメンバーを登録してないのか!?」
「ああ。運よく流れ弾でも食らって死んでくれれば、この後相手の勢力が弱くなってありがたいからな。だから、ガジェット各種とレトロタイプ各種ぐらいしか、全機共通で除外設定登録されている物は無いだろうな。」
仲間内でもそうなのだから、一般人を除外設定する理由は無い。そもそも、ガジェットやレトロタイプに、一般市民かどうかなど識別する能力などつけようがない。ゆえに、父さんのために、などとのこのこ前線に出ていけば、機械兵器に盾にされた揚句、管理局員と一緒にハチの巣にされるだけだ。
「ここまで言えば、却ってドクターの評価を下げる事になる、という言葉の意味も分かるだろう?」
「……俺達が出ていけば、自分で育てた子供を盾にした揚句のはてに、敵味方まとめて始末する血も涙もない外道扱いされる、ってことか?」
「そう言う事だ。」
ようやく、ハーヴェイが何故止めていたのかを理解し、唇をかみしめる子供たち。その様子に、今度は安堵のため息をつく。
「何かをするにしても、終わった後の事だ。その時点でお前達が手を汚していると、進むものも進まなくなる。」
「……分かった。悔しいけど、我慢する。」
「ああ。我慢してくれ。」
一番反応が過激だった連中をどうにか納得させ、ひと仕事終えた気分になるハーヴェイ。他の孤児院からミッドチルダに行くにはかなり時間がかかるため、仮に考えを翻して出て行っても、つく頃には全てが終わっているだろう。クラナガンで暴発したちびどもに関しては、マドレに任せておけば上手くやってくれるはずだ。
全てが終わった後に行動を起こすかどうかはともかく、今ここで動かれてしまっては、スカリエッティが画策した事がすべて無駄になってしまう。何のために、勝ち目が無いと分かっていながらこれだけの数の犯罪組織を煽って動員したのか、多分この子たちは理解していないだろう。
「後は、広報部に任せるしかないか。」
すでにできる事をすべて終えたハーヴェイは、終わってからの事を考えて、憂鬱そうにため息をつくのであった。
「あなた達、そんな事しちゃ駄目だって言わなかったかしら?」
「マ、マドレ……。」
「返事は?」
「ご、ごめんなさい!」
「でも、こいつら、パパを捕まえようとしてるんだよ!?」
子供達の予想通りの動機に、深々とため息をつくマドレ。彼らの言うパパのためを考えるのであれば、一番やっちゃいけない類の行動だ。
「あの、マドレさん……。」
「この子たち、一体何?」
「ん? ああ。」
状況についていけなくなっていた新人チームの問いかけに、苦笑交じりに一つ頷いて見せる。
「この子たちはね、ドクター・スカリエッティが資金を出している孤児院の子供よ。」
「は?」
マドレの予想外の回答に、思わず間抜け面を晒しながら絶句するティアナ。広域指定犯罪者と孤児院。これほど微妙な組み合わせも無いだろう。しかも、自分の遺伝子を仕込んだサイボーグを作るとか、いろんな意味でアウトくさい種類の技術型犯罪者だ。ろくな単語を連想しない。
「もしかして……、人体実験と資金洗浄……?」
「その意図が全くないとは言えないけど、根本的には別の理由よ。」
「別の理由、って……。」
「まあ、今はその話は横に置いておきましょう。どうせ、このまま事態が進んで、フェイトお嬢様あたりがドクターを逮捕しに行けば、大体の理由ははっきりするはずだし。」
マドレの言葉に、一つ頷く。とは言え、そのマドレ自身に関しても、どうにも違和感がぬぐえない。声一つとっても、前回初めて遭遇した時から比べて、妙に艶が無くなっている。それに、前回すでに顔を晒していると言うのに、今日はフードを深くかぶって、その表情を見せようとはしない。
「それで、この子たちは、ジェイル・スカリエッティが捕まらないように、管理局の行動を妨害しようとした、ということでいいの?」
「まあ、そんなところね。誰がそそのかしたか、なんて、いう必要は無いわよね?」
「なんとなく分かるわ。」
「まあ、当人には、そそのかしたという意識すらないかもしれないけど。」
やりそうなメガネの顔を思い浮かべ、思わず深く納得してしまう。
「それで、エリオ君は大丈夫かしら?」
「え、えっと、さすがに鳩尾に何発かもらってるので、ノーダメージではありませんけど……。」
「そう。ごめんなさいね。ポロ、ありがとうは?」
マドレにそう促されて、ポロと呼ばれた少女があからさまに不服そうな顔をする。
「どうして、こんなやつらにおれいをいわなきゃいけないの?」
「命を助けてもらったんだから、お礼を言うのは当たり前でしょ?」
「たすけてもらってなんかいない!」
強情な少女にため息を漏らし、諭すように言葉をかける。
「あのね。このお兄ちゃんがポロを守ってくれなかったら、どうなってたか分かってる?」
「こいつがかってにやったことだもん! それに、どうせポロたちのことをかいじゅうしようとしたにきまってるよ、マドレ!」
「理由がどうであれ、このお兄ちゃんが居なかったらポロが死んでたかもしれないのは事実よ?」
「でもでも!」
「そもそも、あなた達のやり方は、悪い人たちそのものよ。自分の仲間をかばってくれてる相手に、あんな風に攻撃するなんて卑怯だし、このお兄ちゃんがポロをかばうのをやめてたら、どうなってたと思う?」
マドレに諭されて、反論できずに口ごもる子供達。
「大体、あなた達があんな風にこのお姉ちゃん達に攻撃をしちゃうと、パパが今より悪者になっちゃうのよ?」
「え~!?」
「そうなの!?」
「自分はこそこそ隠れて、子供をけしかける悪い大人だ、って、既に思われちゃってるかな、多分。」
「そんなあ!」
本当にそうなのか、と、憎き管理局の方を見ると、微妙に苦笑を浮かべながら頷かれてしまう。その様子に、愕然とした表情で固まってしまう子供達。子供をけしかけて、の部分は、十年近く前に年齢規定が入るまでの管理局は人の事は言えなかったのだが、それでも子供だけをけしかけるような真似はしていなかった。五十歩百歩かもしれないが、大人が居るか居ないかと言うのは、いろんな面で大違いだ。
「これ以上パパを悪者にしないために、さっさと帰りなさい。」
「「「「「は~い。」」」」」
「後、お兄ちゃん達にごめんなさいとありがとう!」
「「「「「ごめんなさい、あと、ポロを守ってくれてありがとう。」」」」」
「ありがとう……。」
不承不承という感じで、それでも素直に謝罪と感謝の言葉を告げる子供たち。マドレの言う事には、比較的素直に従うらしい。
「それじゃあ、私はこの子たちを送り届けてくるから。」
「はい。ありがとうございます、助かりました。」
「こっちこそ、最後まで自重してくれてありがとう。」
そんな感じで和やかに挨拶を交わし、そのまま互いに自分達の目的地に移動を開始しようとしたところで、ティアナが殺気を感じ取って、とっさに抜き撃ちで砲撃を発射する。
「があ!」
子供たちの頭上を越えた砲撃が、いつの間にか廃ビルの屋上にいた男を打ちのめす。どうやら、子供達の相手に気を取られているうちに、廃棄区域への侵入を許したらしい。設置したアンチテレポートや結界がちゃんと発動しているところを見ると、発動前の隙間を縫って侵入したのだろう。
「スバル!」
「了解!」
「まだいるかもしれないから、マドレさんは早く子供達を!」
「了解! 嫌な予感がするから、出来れば誰かついてきてくれないかしら?」
「私が行きます!」
にわかにあわただしくなった新人たちをあざ笑うように、新たな砲撃が飛んでくる。子供達と違い、広域AMFの除外設定の恩恵を受けているその一撃は、当れば怪我では済まない程度の威力がある。
「マドレさん、この子たちの孤児院って、どのあたりですか!?」
「廃棄区域をちょっと抜けたぐらいのところ! 一応結界の範囲内だけど、この分じゃ、安全とは言い切れないわね……。」
マドレの返事に顔をしかめる新人チーム。正直、嫌な予感しかしない。
「エリオ! こっちはあたしとスバルで何とかするから、あんたはキャロと一緒に子供達の護衛!」
「了解です!」
このまま分断される事に対する不安を頭の片隅に抱えながら、それでも管理局員としての役割を第一に考える。自分達が不利になるとしても、子供が巻き込まれて死ぬよりは余程いい。
「スバル! ここが踏ん張りどころよ!」
「分かってる!」
数人仕留めて退路を確保し、そのまま相手の足止め、と言うより殲滅に入る。相手の数は、仕留めた分も含めて二十人程度。やり合った感じでは、一番上でもAAぐらい。なのはやフェイト、フォルク、カリーナにアバンテ、果ては三十メートルクラスの恐竜型魔法生物ともやり合う特別研修、通称・地獄のフルコースをくぐりぬけてきたスバルとティアナからすれば、不利ではあるが勝てない相手ではない。
「スバル! まずはフォーメーションA! 優先順位はすり抜けようとしてる奴、射程の長い奴、突破能力の高い奴!」
「了解!」
残りはたかが十人強。気合を入れて制圧に入る。新人チームにとっての修羅場は、こうして幕を開けたのであった。