「まったく、誤魔化しのために組み込んだフルドライブモードで、早速ここまで無茶をやらかすとはね……。」
戻ってきた直後の事。なのはとフェイトの検査を終えたプレシアが、あきれたようにため息をつく。
「ユニゾンしてなきゃ、二人ともその年で廃人確定だったわよ?」
「……え?」
「そこまでひどかったの、母さん?」
「大人でも普通やっちゃいけない類のやり方よ。特になのは。必要だったと言っても、カートリッジ三十九発はないわよ。レイジングハートも止めないし、カートリッジシステムを組み込んだの、失敗だったかしら……。」
なお、無茶の代償として二機のデバイスは中破しており、たった一度の実戦でオーバーホールと再強化と言う運びになった。もっとも、あの戦いに参加したデバイスで無事なのは、直接戦闘に関わらなかったクラールヴィントと、相棒の性質的に戦闘では基本役に立たないブレイブソウルのみである。
レヴァンティンもグラーフアイゼンも、そんじょそこらのデバイスとは基礎強度からして段違いの高性能なデバイスだが、さすがにシュツルムファルケンやギガントシュラークを何発も連射することは想定していない。数発程度ならクールタイムを置けば、反動によるひずみは自己修復で治るのだが、さすがに手持ちのカートリッジを使いきる勢いで連発していれば話は別だ。ここ数日の無理もあり、あちらこちらにガタが来た結果、あえなくレイジングハートやバルディッシュと一緒にオーバーホールの憂き目にあっている。
「とりあえず、三日間は訓練の類は禁止。魔法も使っちゃダメよ?」
「えっ!?」
「どうして!?」
「あのね、ユニゾンしてなきゃ廃人確定ってことはね、ユニゾンしてても体に影響が出るってことよ? 二人とも気がついてないとは思うけど、結構体に反動がたまってるわ。本当はゆっくり体を休めた後、整体でちゃんと整えてもらうのが一番だけど、私もリニスもそっち方面は門外漢なのよね……。」
プレシアの言葉に、自分達が自覚なしに相当の無茶をやらかしていたらしいと思い知る二人。ここは素直に従っておいた方がいいだろう。
「あ、でも、学校の体育とかはどうしよう?」
「運動も絶対禁止?」
「……軽いランニングぐらいは許可するわ。具体的には、いつも走る距離とペースの三分の一ぐらい。体育も、絶対全力で動いちゃダメよ。いいわね?」
プレシアの念押しに、コクコク頷くなのはとフェイト。この年で寝たきりとか勘弁してほしいのは事実なので、ここは素直に聞き入れるべきだろう。理性と本能の両面でそう理解する。
「あと、夜天の書がらみの本番まで、カートリッジとフルドライブにはロックをかけておくから。」
「は~い。」
「分かったよ、母さん。」
「いい返事ね。じゃあ、優喜に診察結果を伝えるから、食堂でおやつを食べてきなさい。」
またまた素直に頷く二人を送り出し、もっと頭の痛い状態になっている連中の診察結果を伝えるべく、まず最初に優喜を呼び出す。
「さて、自覚はあるんでしょ?」
「まあね。とりあえず、治らないほどの無理はしてないから、三日ぐらい軽めのランニングに収めておけばいいかな?」
「本当に、あの砲撃を体で逸らしたくせに、よくその程度で済んでるわね。」
「本当なら、あれぐらいでダメージを受けてちゃまずいんだけどね。」
常々、子供の体の不便さを嘆いている優喜。その能力で何を贅沢な、と思っていたが、一年前に出来ていた事が今できない、と言うのは、もどかしい事この上ないのだろう。なのはのように無謀に近い無茶をやらかさない代わりに、自分の現状と昔の感覚とのギャップに、ストレスがたまっている感は否めない。
「それで、シグナムと物騒な話をしていたようだけど、主治医代わりとして、出来るだけ全てを隠さずに教えてくれるかしら?」
「全て、ってどの範囲で? 出来るだけ手札を晒すのは避けたいんだけど?」
「流派の秘伝の性質をシグナムに語っておいて、よく言うわね。」
「あれに関しては、あの程度の事は知られても大して困らないから。」
と言うことは、知られて困る何かを隠している、ということだろう。まあ、触れた相手を跡形もなく消滅させる、などと言う触れられないようにするしか対処方法の無い技の大雑把な概要なんて、知られたからと言って困らないという意見は分からなくもない。何しろ、具体的にどう触られたらまずいのか、予備動作や前兆の類はどうなのか、溜め時間は、と言った、防ぐために必要な情報が何一つない。そして、優喜のスピードと体捌き相手に、触れられないように戦うと言うのはかなり厳しい要求である。
「それで、その秘伝がらみで何か隠してるでしょう?」
「根拠は?」
「使えない技を、貴方が選択肢として提示するとは思えないから。」
「まあ、そこはノーコメントで。」
プレシアの鋭さに苦笑しながら、とりあえず答えないと言う意志表示をする優喜。元々、どうしようもなかった時以外には、なにがあっても使う気の無かった技だ。単に、もしもの時のための保険としてシグナムに伝えたにすぎない。支払う代償を考えたら、人の身でホイホイ使うような技ではない。
「……まあ、いいわ。その代わり、何かおかしいと思ったら、容赦なく吐かせるからそのつもりでね。」
「了解。」
多分、遠くない将来、もう一つの切り札について話さざるを得なくなるんだろうな、と確信しつつ、プレシアから解放されて食堂に移動する優喜。その後、ヴォルケンリッター全員が一週間の戦闘禁止を言い渡され、事後処理は大体終わったのであった。
「しかし、六百六十五ページか……。」
「あれ一体で三百二十四ページとか、強い訳だよな。」
「本当にきわどかったです。対策が完了した訳じゃないのに、危うく書が起動するところでした。」
「まったく、悪夢としか思えん話だな。いくら私が盾の守護獣と言っても、あれの攻撃を防げる気は一切しないぞ。」
事後処理の終わった次の日の放課後。はやてを回収して時の庭園に移り、書の埋まり具合を再度確認してため息をつくヴォルケンリッター。書の砲撃二発で百ページほど消費していたと言うのに、平気で残り一ページまで埋まるあたり、本当に規格外の生き物だ。単品の生き物であれの上となると、最強の真龍以外に思い付かない。
倒せるかどうかギリギリの相手を引いた揚句、ぴったり一ページだけ残すと言うきわどい状況に追い込むあたり、明らかにフェイトの結果オーライ的な引きの悪さが噛んでいるとしか思えない。
「それで、管理人格の起動って、ページは使うの?」
「五十ページほど消費するわね。だから、普通は管理人格は書の完成まで外に出てこないの。」
「なるほど。まあ、五十ページぐらいだったら、あそこで狩らなくてもすぐに埋まるね。」
「ええ。」
優喜の質問にシャマルが答える。
「そういえば、管理人格さんの名前、皆思い出せた?」
「それが……。」
「一向に思い出せねえんだよ……。」
はやての問いかけに、沈んだ顔で答えを返すヴォルケンリッター。その様子に、ふと思いついて、優喜の首にぶら下がっているブレイブソウルに声をかける。
「ブレイブソウルは、管理人格さんの名前、知らへんの?」
「すまんな、はやて。管理人格の名前は、初代の書の主が決めることになっていたのだが、最初の主が決まったのが、私が最初の友のもとに預けられた後のことでな。結局、そのあと今まで、夜天の書と直接かかわる機会が無かった。」
「そっか。残念や。」
心底残念そうにするはやてに、もう一度すまんと声をかけるブレイブソウル。
「まあ、本人が覚えててくれたら、直接聞いたらええんやけど……。」
「残念ながら、それも望み薄だ。無限書庫を調べて見つけられなかったぐらいだから、もはや初代の主がつけた名は失われていると考えていいだろう。」
「そっか。でも、管理人格さんとか夜天の書さんとか呼ぶんも変やしなあ。」
「ならば、主である君が決めればいい。」
ブレイブソウルの言葉に驚くはやて。
「驚くことでもない。元々、管理人格の命名は、夜天の書の最初の主にのみ与えられた、神聖なる権利だ。ならば、新生した夜天の書の最初の主であるはやてが、管理人格に再び名をつけることに、何の不思議がある?」
「……私がつけてええん?」
「もちろんだ。だが、君自身の名誉のためにも、そして彼女のためにも、あまり妙な名をつけるのはやめておいた方がいいだろうな。」
「そっか。ほな今から考えるわ。」
ブレイブソウルの言葉にうきうきした声色で応え、あーでもないこーでもないと楽しそうにプランを練るはやて。
(それで、友よ。)
(何?)
(昨日メンテナンスツールで書の状態を確認したが、ウィルスの書に対する浸食が加速している。友が押し戻した分は、大部分が食いつぶされていた。その上、友の体を考えると、明後日ぐらいまでは気功で押し返すのはまずい。)
(つまりは?)
(タイムリミットは、意外と残されていない可能性が高い。)
ブレイブソウルの言葉に、少しばかり考え込む。
(はやてに対しては?)
(現状それほど変化はない。が、加速している気配はある。)
(となると、はやての体との兼ね合いになってくるかな? ただ、その話だと、今のプランで進めるのは厳しそうだね。)
(ああ。ここから先は人海戦術だ。デバッグ完了が先か、書やはやてが食いつぶされるのが先か、そういう勝負になる。)
ブレイブソウルの言葉に、はやてに気がつかれないように小さくため息を漏らす。やはり、どう考えても蒐集が遅れたのが致命的になりそうな感じだ。ヴォルケンリッターも限界まで頑張ってはいたが、法に触れない範囲でとなると、今以上のペースでは厳しかったのも事実だろう。
結局、いろんな意味で密輸組織のアジト攻略が、足を引っ張っているのだ。蒐集にしても、なのは達が最初から関わっていれば、もっと早くに終わっていた可能性が高い。今回は、グレアム派の対抗派閥に、最後の最後まで足を引っ張られる形になりそうだ。
「それはそうと、なのはちゃんとフェイトちゃんは?」
「海鳴中央病院にいる高町家の主治医のところで、整体を受けてる最中。終わったらアルフが回収しに行く予定。」
「へえ、そんな人居るんや。」
「フィリス・矢沢先生だそうな。見た目の年齢は、上で見積もって中学一年生ぐらい。見る人によっては、僕達と同年代扱いしそうな感じ。」
「あ~、その先生、見たことあるわ。銀髪の、フェイトちゃんとは違う方向でものすごく可愛い人やんな?」
はやての言葉に頷く優喜。なお、日常生活ではところどころポンコツなところなどは、方向性は違えどフェイトの同類かもしれない。
「それで、優喜君も結構な怪我しとったみたいやけど、診察受けんでええん?」
「受けてきたよ。あの二人ほどダメージの蓄積も骨格のゆがみもなかったから、今日は整体もマッサージも無しでいいって。」
「ふ~ん、やっぱり優喜君は頑丈なんや。」
「ある程度は、自分でバランスを取り直してるからね。さすがに限度はあるけど。」
とはいえど、ある面では元の世界にいたころよりハードな生活を送っているため、関節に地味に疲労がたまっているかもしれない自覚はある。さすがに、一件一件のハードさは元の世界にいたころに遭遇した事件を超えてはいないが、日常生活まで含めたハードさは多分、こちらでの生活の方が上だ。
「まあ、近いうちに、ちゃんとじっくり見てもらうつもり。」
「そやね。その方がええわ。うちの子らも石田先生に頼んで、その矢沢先生に見てもろた方がよさそうな気がするわ。」
「その方がいいんじゃないかな? プレシアさんいわく、ヴォルケンリッターも相当ダメージがたまってるらしいし。」
「そっか。それやったら、明日にでもお願いしてみるわ。」
などとお茶を飲みながら話をしているうちに、リニスがなのはとフェイト、アースラ組とユーノ、さらにはグレアムとリーゼ姉妹が到着したことを告げてくる。
「お疲れ様。」
「そちらこそお疲れ様。記録を見たが、よくあんなものを倒せたものだ。」
「いろんな意味で、かなりぎりぎりだったよ。あれ二体で、大方夜天の書のページが埋まるレベルだったし。」
「……世界は広いものだな。」
「まったくだ。そもそも、あのサイズの古龍が、何でわざわざ人間みたいな小物を襲いに来たんだろうね?」
優喜の疑問に、そこが今検討中の課題だ、との返事が返ってくる。食性によってはプランクトンを大量に食べるノリで食べに来る可能性はあるが、三百メートルだの千五百メートルだのと言った規模の生き物が、わざわざ攻撃を仕掛けてまでと言うのはピンとこない。
「とりあえず、スクライアの見解だと、彼らはリンカーコアを捕食する性質があるんじゃないか、って説が出てる。」
「でも、現状一番容量の大きいなのはとフェイトでも、五十メートル級の平均にちょっと届かないぐらいだよ? わざわざ攻撃を仕掛けてまで食べるほどのものじゃないと思うんだけど。」
「今までの成分解析から、あの世界の生き物は、どうやら魔力であのサイズと能力を維持しているらしいんだ。だから、体格やリンカーコアの容量の割に、魔力攻撃の威力は小さかったみたい。」
それで大体納得する。要するに、あの世界の生き物基準で言うと、なのは達の攻撃は百メートル超級の威力があったらしい。そのサイズに合わせれば、古代龍といえども攻撃なしでは捕食出来ないと言う事になるのだろう。ラストのスターライトブレイカーやジェットザンバーに至っては、古代龍でも出せない威力だった模様だ。
「あと、あの龍のテリトリー内で暴れすぎたんじゃないか? って説も出ていたな。」
「むしろそっちかもね。食べるつもりにしては、先制攻撃の威力が大きすぎるし。」
まあ何にせよ、最強クラスの古代龍のテリトリーを引き当てる引きの悪さは、明らかにフェイトの特徴だ。
「それで、体の方は大丈夫か? かなり派手に負傷していたようだが。」
「僕は大丈夫。ただ、他の皆様がたはなかなか難儀なことになってるみたいで。」
と言ってちらっと視線を向けると、ちょっとぐったりしているなのはとフェイトの姿が。
「それで、そっちの二人は、診察はどうだったの?」
「ものすごく怒られたよ……。」
「事情を話してないのに、無茶な事をしたのがばれてたんだ……。」
「まあ、僕が説明した訓練内容じゃ、今のなのは達の体の出来上がり方だと、そこまで悲惨なことには絶対にならないからね。プロフェッショナルにはその手のごまかしはきかないって。」
「そういうものなの?」
「そういうもんだ。」
なのは達の様子と主の言葉から、明日の我が身に起こる事を考えて欝が入るヴォルケンリッター。彼らにとっても、実は医者が一番手ごわい相手なのかもしれない。
「さて、積もる話もいろいろあるでしょうけど、こちらの準備が整ったから、管理人格の呼び出しをお願いしていいかしら?」
「あ、済まない。」
プレシアが呼びに来たのを見て、思わずあわてて席を立つクロノ。別に焦る必要もないのに、と苦笑しながら後に続く優喜。二人につられるように、一同がぞろぞろと用意されている実験室に移動したのであった。
とうとう外に呼び出される。外の会話を拾った彼女は、その瞬間が近付いている事を悟り、書の中で身を固くする。
昨日の蒐集は、シャマル達が思っている以上にきわどかった。単に記載内容が足りないから一ページ空いているように見えるだけで、実際には後数文字と言うところまで埋まっていたのだ。
その数文字分をはやてのコアを侵食して埋めようとする夜天の書の闇に抵抗した結果、大幅にプログラムを書き換えられてしまったが、そこで一旦、どうにかあきらめてくれたようだ。だが、結果としてタイムリミットは却って短くなったかもしれない。
「それで、どうやって呼び出すんだ?」
「我らが起動の手順を踏んだ後、主はやてが呼び掛ければ、管理人格のアウトフレームが起動する。その際、書とのリンクを維持したり、システムのモードを切り替えたり、リンカーコアとアウトフレームを生成したりと言った作業でページを使う。」
「それが五十ページってことか。」
「そういうことだ。一度起動してしまえば、後は自前のリンカーコアでまかなえるから、必要なのは最初だけだ。」
シグナムが説明をし、起動準備に入る。とは言っても、ヴォルケンリッターが担当する起動準備は、大した作業ではない。単純に、魔力認証式のスイッチを押すだけだ。それだけとはいえ、ページが埋まると問答無用で起動する夜天の書本体と違って、いちいち面倒な話ではある。
ヴォルケンリッターがスイッチを押し終え、いよいよはやてが呼びかける段になる。とうとう逃れられなくなった管理人格は、怯えに似た気持ちで、その瞬間を待つ。
「管理人格さん、出てきてください。」
割と気の抜けるフレーズではやてに声をかけられ、否応なく反応する夜天の書。クロノやリンディ、グレアムもいる場に顔を出すことに怯えながら、夜天の書の管理人格は十一年ぶりの現界を果たす。
「……。」
「はじめまして、でええんかな? 私は八神はやて。名前、教えてくれへんかな?」
「……。」
「そんなに怖がらんでも、誰も噛みついたりせえへんよ。」
はやての言葉にうつむくしかない管理人格。答えようにも己の名前など、もう百年以上前にバグに食いつくされて、完全に消えている。
「やっぱり、名前は覚えてないん?」
「……はい。」
「それやったら、私がつけたげる。ええよね?」
「……。」
「私がつけるのは、不満?」
はやての問いかけに、黙って首を左右に振る。そんな管理人格を、不思議そうに見つめるはやて。
「それやったら、なにがあかんの?」
「……私は、……大量虐殺犯だから……。」
「別に、やりたくてやったわけやないんやろ?」
はやての言葉に、一つ頷く。
「……でも、……それは言い訳にもならない……。」
己の名前も覚えていないと言うのに、データベースとしての機能が、蒐集という特性が、己が手にかけた歴代の主の、蒐集過程で食らい尽くした人たちの、そして暴走して殺してしまった人たちの情報を、いちいち記録する。無論、暴走時に食らい尽くした人たちの事など、断片的にしか覚えていないが、少なくとも自分がどれだけの命を手にかけたのか、それだけははっきり覚えているのだ。
「……止められなかった。……前の時も……、……やっちゃダメだって分かってたのに……、……食いつぶした主の最後の望みに逆らえなくて……、……バグに負けて……。」
「もうええ、もうええって、リィンフォース。」
「……リィンフォース?」
「うん。貴女の名前。強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール。もう誰にも、リィンフォースを闇の書と呼ばせたりせえへん。」
「……そんな立派な名前、受け取れない……。……私は呪われた闇の書だから……、……どう償えばいいか分からないほど、たくさんの命を……。」
ぽつぽつと言葉を紡ぐと、いやいやをするように首を左右にふる。そんなリィンフォースの傍によると、腕を軽く引っ張るはやて。
「……?」
涙のにじんだ瞳を向け、不思議そうに見つめ返すと、はやては一つ微笑んで手招きをする。目線を合わせるようにかがみこむと、いきなり抱き寄せられた。
「辛かったんやな。みんな、それこそヴォルケンリッターまで、あったこともほんまの姿も忘れていって、毎回外に出てきた時には一人ぼっちで、恨みも憎しみも全部一人で受け止めて後始末せなあかんで……。」
「……。」
「もう、我慢せんでもええ。もう、一人で抱え込まんでもええ。一人で償われへんのやったら、私も一緒に償う。文句言うてくる人からは、私が守ったる。だから、だから、寂しいの我慢して、一人で罪をかぶろうとする必要はあらへん。そうやろ、おじさん?」
「……ああ。君一人に罪を背負わせたのは、我々管理局の責任だ。そもそも、直接血縁が被害にあったわけでもなく、そのくせ個人的な感情で九年を無駄にした私が、君を責める資格などない。」
「それに、今回に関しては、君達は何一つ罪を犯してはいない。そもそも、夜天の書の履歴や故障状況から、君達に刑事的な罪を問うことは出来ないと言うのは、管理局の司法部門共通の見解だ。僕も母さんも、罪を問うべきでない相手に恨みをぶつけるつもりもない。さすがに民事の方はどうにもならないが、それでも君達が罪人として裁かれることだけはない、と言うのは約束しよう。」
被害者の遺族であるクロノの言葉、それを聞いたリィンフォースの瞳から、とうとう涙があふれ出す。
「……ごめんなさい……、……巻き込んで、苦労をかけて……、……大切な人を奪って……、……ごめんなさい……。」
「ええよええよ。その代わり、もうどこにも行ったらあかんで。」
はやてが、リィンフォースの髪を優しくなでてなだめる。しばらく、リィンフォースのすすり泣く音のみがあたりに流れるのであった。
「無粋な話になって申し訳ないのだけど、そろそろいいかしら?」
リィンフォースが落ち着いたのを見計らって、プレシアが話を切り出す。
「あ、そうやね。リィンフォース、早速で悪いんやけど、本体プログラムのコピー許可、出してくれへんかな?」
「……分かった。」
はやてに促され、ブレイブソウルと書を接続し、彼女を経由してバックアップ用の大型ストレージに本体プログラムをコピーする。メンテナンスツールを経由してブレイブソウルまで浸食しようとするバグだが、さすがに百戦錬磨の堅牢なAIを持つ彼女は、直接人の手で書き換えられでもしない限りはそうそう侵食されたりはしない。
「無事に、と言っていいかは分からないが、とりあえずコピーは終わった。」
「お疲れ様。それで、どうかしら?」
「見てもらえば分かるだろう。」
ブレイブソウルの言葉に苦笑しながら、使い捨て十九号をバックアップを取った大型ストレージに接続する。ざっと、自作のチェッカープログラムを走らせ、あっさり方針を決めるプレシア。
「現行の方針は破棄、分割補修プランに移行、ね。」
「技術畑じゃない私たちにも、分かるように説明してもらえるかしら?」
「そうね。簡単に言うと、最初のプラン通り、優喜の気功でバグの進行を抑えながら、本体プログラムを現在のハードに合わせて修正するのは、バグの範囲と深刻さからタイムリミットに間に合わないの。」
リンディの問いかけに、思うところを正直に答えるプレシア。いかなマッドサイエンティストでも、出来ることと出来ない事がある。たとえ、同等以上の天才であるジェイル・スカリエッティが関わったところで、この場では同じ結論を出すだろう。
「そんなに深刻なのかね?」
「かなりね。まず、八月頭にチェックした状況から、一気に侵食が進んだの。優喜が押しかえした分はほぼ食いつぶされたとみていいわね。その上、はやてに対しても浸食が加速している気配があるから、予想以上にタイムリミットが短い。」
「予想されるタイムリミットは?」
「日本時間で十二月二十四日。残り三カ月程度よ。ハードウェア周りの改修もあるから、どれだけの人員を動員しても、まず間に合わないわね。」
プレシアの言葉に、渋い顔をする一同。
「それで、具体的にはどうするのかね?」
「そうね。基本的に、現場のやることは変わらないわ。起動後、優喜が一撃入れてハッキングする事、はやてがどうにかしてマスター権限をもぎ取る事は同じね。違うのは、修復済みのプログラムを書き込むんじゃなくて、書の内部から壊れた九十九パーセントのプログラムを切り離して最低限の機能を残した軽量版と書き換え、切り離したプログラムを、魔力バッテリーの存在しない単純な超大型ストレージに移し替えるプランよ。」
「つまり、時間稼ぎかね?」
「そうよ。時間稼ぎよ。」
グレアムの身も蓋もない言葉に、あっさり答えるプレシア。
「プレシアさん、一ついいかな?」
「どうぞ。」
「僕が気功を流した感じ、多分単純にバグったプログラムを切り離しただけじゃ、問題は解決しないと思う。」
「霊障の事を言っているのかしら?」
「うん。そっちを引きずりだすための除霊プログラムと、切り離したそいつを駆除するための浄化プログラムも、並行で準備してほしい。」
優喜の言葉に、少し難しい顔をして考え込むプレシア。
「さすがの私も霊がらみは専門外だから、とっかかりも無しでは厳しいわよ。」
「それについては、ブレイブソウルがどうにかするって。」
「友と一緒に巫女殿のところで修行して来た。気功と霊力周りの仕組みは大体分かったから、基礎変換プログラムは作れると思う。ただ、私では応用力にかけるのでな。そこら辺を魔女殿にお願いしたい。」
「となると、まずはミッドチルダ式への応用からスタートね。まあ、基礎理論が確立しているのなら、二週間もあれば問題ないわね。」
プレシア・テスタロッサは、紛れもなく天才の一人だ。バグ取りのような人海戦術が噛む要素では才能を生かしきれないが、とっかかりさえあれば、この手の新技術の開発は恐ろしく早い。ジュエルシードを使ったとはいえ、わずか一カ月でブレイブソウルのようなロストロギア級のデバイスを複製してのけるところからも、その事はよく分かる。
「ユーノ、悪いけど古代ベルカ式とミッド式の浄化系の資料、漁れるだけ漁っておいて。手持ちの資料だけでは不安が残るわ。」
「了解。人手は借りても?」
「ええ。リニス、アルフ、出来るだけユーノを手伝って。」
「分かったよ、任せな。」
「悪巧み以外で本局に行くのは久しぶりなので、ずいぶん心が躍ります。」
やる気がたぎっているアルフとリニスに仕事を振り、やるべきことは確定する。
「神咲の方で霊障払いができれば話は早かったんだが……。」
「書のプログラムと一体化してるって言われたら、どうしようもないって。」
神咲家での調査結果は、芳しいものではなかった。祟りと化した対象にダメージを与えずに払うのは、いかな神咲をもってしても至難の業だ。規模や強さで書の霊障に勝る久遠を鎮め、祟りから大霊狐に戻した経験のある那美といえど、その分濃さと深さが段違いで、しかも久遠相手のようなとっかかりの無い夜天の書には、大きな破損を伴わない浄化方法は持ち合わせていなかった。そして、力量では那美を上回っていても、基本的に対象を力技で払ってきた他の神咲には、そもそもこの規模の霊障を、書の消滅や破損を伴わずに払うすべはない。
むしろ、プログラムと一体化していると言うのは不幸中の幸いだったと言える。何しろ、切り離しプログラムにより、霊障のみを切り離す目処が立てられたのだから。本来は、切り離した霊障を神咲一族に払ってもらうのが一番手っ取り早いのだが、さすがに数代前に神隠し事件で一度関わりがあったとはいえ、直接接点のあるわけではない彼らを、無人世界にまで連れてくるわけにもいかない。
「祟りの方はそれでいいとして、決行はいつにする?」
「トラブルで延期になる可能性を考えて、十一月の末に設定しておくわ。そこまでに、こちらの準備は意地でも整えるから、安心して。」
「分かった。こちらも根回しはしておこう。今回は前回と違って、十分に時間もあるからね。」
グレアムが気負いのない態度で請け負い、この日に必要な話し合いは終わる。
「なあ、プレシアさん。」
「なに、はやて?」
「リィンフォース、見捨てたりはせえへん?」
「安心しなさい。方針変更は、単に時間が足りないからよ。そもそも、ここまで深刻な壊れ方をした古代の英知を、半年やそこらでどうにかしようとしたこと自体が認識が甘かったわ。」
そこまで言って一つ大きく息を吐き出すと、曲者全開の笑みを浮かべてはやてに
「完全な修理はともかく、ちゃんと全員でクリスマスパーティが出来るようにするから、期待して待ってなさい。」
胸を張ってそう請け負うプレシアであった。
そして十一月末。運動会でフェイトとすずかが活躍しすぎたり、学芸会の合唱でなのはとフェイトがソロパートを割り振られたりとこまごまとしたイベントがあって、あわただしく二カ月が過ぎる。
「それで、起動手順は?」
起動予定の無人世界で、ウォーミングアップをしながらプレシアに確認を取る優喜。因みにはやては半月前から、この殺風景な世界で過ごしている。石田先生に、診察を二回休ませてもらうために、非常に言い訳に苦労したのはいい思い出だ。
「普通に最後のコアを蒐集して終わりよ。今回は、アースラの非戦闘員から志願者を募ったから、起動直後に彼を回収して離脱するのがスタートね。」
「起動してから戦闘モードに入るまで、いくらか時間はあるんでしょ?」
「ああ。これまでの記録から、三十秒前後ある事は分かっている。ただし、その間はこちらからも手出しは出来ないが。」
「まあ、起動中のプログラムに余計なちょっかいを出した日には、どういう不具合を起こすか分かったもんじゃないしね。」
優喜の言葉に苦笑する技術者チーム。どれほど技術レベルが進んでも、デバッグ以外で動いているプログラムにちょっかいを出すと、碌な事にならないのは共通の常識だ。
「もう一度確認しておくけど、まず蒐集が終わったら提供者を回収。結界を張って起動完了を待って、優喜がブレイブソウルでハッキング。技術者チームで霊障に浸食された部分を切り離すから、そのあと使い魔勢とバックアップ組で霊障をあぶり出して、後は総攻撃で浄化すれば完了よ。」
「優喜には申し訳ないが、ハッキングが終わった後、切り離しの最中の抵抗を抑える役を引き続きやってもらうことになる。本来部外者なのに、リスクばかりを押し付けて悪いが……。」
「前衛って言うのは、そういうもんだからね。」
ウォーミングアップを済ませ、ブレイブソウルをセットアップしながら、特に気追うことなく答える優喜。今回ばかりは、ブレイブソウルの趣味が多分に反映されたバリアジャケットを着るのも我慢するしかないとあきらめているらしく、外を歩けるような服装でない事については何も言わない。
「こっちは準備完了。みんなは?」
「技術者チームは、いつでも行けるわ。」
「バックアップチーム、準備できてます。」
「アタッカー、配置完了。」
全員の準備が整ったことを確認し、リンディに視線を送る。一つ頷くと、夜天の書修復プロジェクト、そのひと区切るとなるミッションにGOをかけるべく、通信を開く。今回はグレアムが志願してバックアップ組へ入っているため、自然と全体の指揮はリンディにゆだねられることになったのだ。
「それでは、ミッションスタート!」
リンディの掛け声と同時に、アタッカーから一時的に前衛側に来ているシグナムがコアを蒐集する。フェイトとヴィータ、そしてシグナムは遊撃として、暫定的にアタッカーに配置されているが、以前の古代龍ほどではないにしろ最大火力を連打することになるだろうという予想から、最終的に前衛となるのは優喜一人になる予定だ。
「夜天の書、起動確認! はやてちゃんが内部に取り込まれました!」
「ここまでは予定どおりね。」
エイミィの報告に、遠隔モニターで書の状態を確認していたプレシアがつぶやく。この日のために忍と必死こいて作ったデバッグツールの一つだ。
コアを蒐集された志願者を、シグナムが回収して離脱する。速度だけならフェイトが適任なのだが、彼女は蒐集作業が出来ない。なので、ヴォルケンリッターの中でも速度が速く、体格的にも人一人抱えて離脱しやすいシグナムがこの役割を振られたのだ。
「夜天の書、システムエラー確認!」
「やっぱり来たか……。」
はやてがリィンフォース相手に認証を取った直後、書がシステムエラーを起こし暴走を開始する。それと同時に遠隔モニター用の端子が破壊されるが、元々今回については、端子の役割は暴走開始のタイミングを確認するためだけだ。この後のモニタリングは、ブレイブソウルの仕事である。
「優喜! ハッキング開始!」
「了解!」
リィンフォースの姿をした夜天の書の闇を捕まえ、発勁で動きを封じて関節を極める。密着する形になるが、ブレイブソウルがハッキングを完了するまでの時間稼ぎとしては、これが一番確実なのだ。
「魔女殿、割り込みに成功した!」
「切り離し開始! 技術チームはここが正念場よ!」
プレシアの号令と同時に、今回のミッションで最も人数を集めた技術チームが、一斉に相手の書き換えを開始する。切り離し用の超大型ストレージに、どんどん霊障に浸食されたプログラムが隔離されていく。それと同時に浄化プログラムが書き込まれ、再度の侵食をブロックする。
数分間の攻防の末、ついに侵食された部分が自分からストレージの方に移り始める。いかな浸食速度を持っていようと、三桁に届く人数の、優秀な技術者たちの手による人海戦術には抗しきれなかったらしい。防衛プログラムをはじめとした一番厄介な破損部分が全て超大型ストレージに移動したのを確認し、ワクチンプログラムと動作保証用のダミーを書き込み始める。
「第一段階切り離し成功!」
「管理人格およびデータ領域の保護完了!」
「優喜君、リィンフォースさんを解放して! グレアム提督! シャマルさん! 除霊魔法発動!」
リンディの指示に従い、ストレージに入った本体と、リィンフォースの中にわずかに残った霊障を、除霊魔法を使ってあぶり出す。
巨大な魔法陣がストレージとリィンフォースを中心にとらえる。黒い影がたちのぼり、上空でひとまとまりになって名状しがたい姿を取る。黒い煙がすべて出切ったあたりで、リィンフォースの姿が、髪の色だけを残しはやてのそれに代わる。
「! プレシアさん! 夜天の書のバッテリーとアースラの魔力炉に異変が! 魔力が吸収されています!」
「アースラの動力を、魔力炉から通常の電力に切り替えて! バッテリーの方は何とかするわ!」
「了解! ……予備の発電機に切り替えました!」
「バッテリーの保護完了! 持っていかれた魔力量を教えて!」
「データ転送します!」
エイミィから送られたデータを見て、表情を険しくする。防衛プログラムが本格的に暴走を開始するしきい値、それを上回ったのだ。
「前線部隊に通達! 魔力を盗まれたわ! 防衛プログラムが暴走する可能性が高い! 注意して!」
プレシアの警告と同時に、防衛プログラムが実体化する。リィンフォースそっくりの女性をコアとし、辺りの物を片っ端から吸収して巨大化する。岩の肌を持つ大木、と言った姿に化けた防衛プログラムを見たシグナムが、不敵に笑いながら言葉を吐き捨てる。
「ふん。確かに化け物じみた力は持っているが、大きさも威圧感も、先日の古代龍の方が圧倒的に上だ。」
「ただ暴走して無目的に暴れてるだけの相手に、私達が負けるわけがない。」
シグナムの言葉を引き継ぎ、フェイトが力強く言い切る。
「バリアの解析完了! 相手のバリアは四層構成です! 外側から順に、物理、魔力、物理と魔力の混合、魔力の順番で撃ち抜けます!」
「分かった! なのは! チャージ開始だ! あれを撃ち抜けば霊障を丸裸に出来る!」
「うん! レイジングハート!」
クロノの言葉にしたがい、馬鹿の一つ覚えのごとくスターライトブレイカーをチャージするなのは。たとえ夜天の書が正常に復活したところで、単体相手に彼女の火力を上回る手段などそうそうありはしないだろう。
「なのは! 相手にリミッターをかけてあるから、使うカートリッジは六発までにしなさい! いいわね!」
「分かりました!」
釘をさしてくるプレシアに元気よく返事を返し、例によってオーバーキル目指してチャージを進めていく。六発までならOKと言う言葉にしたがい、がっこんがっこん景気よくあっという間に六発カートリッジを撃発するあたり、将来トリガーハッピーになるのではないかと心配になる光景だ。
他のメンバーが準備を続ける間、余計なことをする防衛プログラムを優喜が牽制し、シャマルとユーノ、ザフィーラからのバインドが潰す。
「優喜君!」
「この程度の豆鉄砲、今更通じると思わないで!」
防衛プログラムからの、ノーマルのディバインバスターの倍はあろうかという威力の砲撃を、その身で受け止めてはじき返す。その様子を見たはやてが、クロノに詰め寄る。
「クロノ君、私にできる事って何かあらへん!?」
「そうだな……。だったら、四層目のバリアを抜いてくれ。折角のなのはの大技を、バリアで減衰させられるのはもったいないからな。」
「了解や!」
クロノの言葉が終わると同時に、ギガントを展開し終えたヴィータが突っ込む。
「物理ってことは、一番手はアタシだな!」
全力で振りおろしたハンマーがあっさり表層のバリアを粉砕し、二層目に大きな負荷をかけて止まる。
「続いていきます!」
ヴィータが離脱した直後に、六発撃発済みのザンバーを振り下ろすフェイト。二層目のバリアを豆腐のように切り裂き、物理と魔力の混合攻撃以外通じないはずの三層目に、大きな傷跡を残して魔力刃が消滅する。もう一発撃発していれば、間違いなく三層目も一緒くたに切り裂いていただろう。
「撃ち抜け、ファルケン!」
レヴァンティンの刀身の一部を核に撃ち出すシュツルムファルケンは、最もバリアを撃ち抜く能力の高い混合攻撃だ。余裕で三層目をぶち抜き、四層目を半ば貫通しかかったところで押し戻される。そして
「本邦初公開、古代ベルカ式最強の範囲攻撃や!」
はやてが終焉の笛を吹きならし、最後の一層と本体の三割を消滅させたところで、グレアムが動く。
「さて、これ以上ここで手間取るつもりはないのでね。大人しくしてもらうよ。エターナルコフィン!」
封印用の永久凍結魔法。ここまでもしもの時のために温存していた札を平気で切るグレアムに対して、驚愕の視線を向ける一同。
「状況がここまで進んだ以上、もはや用済みの魔法だからね。完全に非実体である霊障にはどうせ効果はないだろうし、再生を止めるぐらいの役には立つと思って使わせてもらったよ。」
グレアムの指摘の通り、しつこくしつこく再生していた防衛プログラムが、動きを止めている。
「さて、奴の悪あがきをこれ以上続けさせないために、あれを砕いてくれないか、なのは君。」
「はい! 行きます!」
グレアムの言葉にしたがい、スターライトブレイカーを解き放つ。防衛プログラムのコアを撃ち抜き、完全に消滅させた上で大気圏外まで飛んでいくスターライトブレイカー。本来は拡散が早く、地上から飛行機を撃ち落とすほどの射程距離はないはずの魔法なのだが、撃ったなのは本人が驚いているあたり、どうやらレイジングハートがこっそり改良していたらしい。彼女は、なのはをどこにつれていく気なのだろうか?
「さて、本命の登場だ。」
大気圏を撃ち抜いたスターライトブレイカーに唖然として居る一同を放置し、この後に対処するために気を練り上げる優喜。これだけ壮大にいろいろやって、ようやく最終工程のための下準備が終わったにすぎないのであった。
「シグナム?」
呆けている間に動いていた事態に、一番最初に気がついたのはフェイトだった。
「油断したな……。」
勝手に上がりそうになる腕を必死に抑え、脂汗を浮かべながらうめくシグナム。よく見ると、他のヴォルケンリッターも同じらしい。唯一問題がないのは、ユニゾン中であることに加え、さんざん除霊魔法だの浄化プログラムだのをぶつけられたリィンフォースのみのようだ。
「どうやら、アタシ達の体の中に、霊障のかけらが残ってたらしい……。」
「すまんがテスタロッサ……、浄化術式を組み込んだ奴で、一度我らを切ってくれないか?」
「え……?」
「残念ながら、私たちは今回はここでリタイアね……。」
脂汗をにじませながら、苦笑がちに言うシャマル。彼女の言葉に不承不承と言った感じで頷く他のヴォルケンリッター。
「まだ霊障を相手にする以上、優喜の手を煩わせるわけにはいかん。なのははあれの反動ですぐに動けんし、クロノの魔力はまだ温存しておくべきだろう。主に浄化術式がない以上、すぐ動ける人間で頼めるのはフェイトしかいないのでな……。」
「頼む……。この土壇場で、足を引っ張りたくない……。」
「……分かった。ごめんなさい。」
「フェイトが謝ることじゃねーよ……。」
ヴィータの返事に泣き笑いのような表情を浮かべることで答え、ハーケンフォームに戻していたバルディッシュで、シグナム達の意識を刈り取る。嫌な手ごたえとともに、誰のものでもない声をあげて黒い影がたちのぼり、霞のように消える。
「さて、ここからは私も戦力外通知やな。優喜君、クロノ君、後は任すわ。」
「年寄りの冷や水も、ここで終了だね。アリア、ロッテ、君たちは引き続き、補助を頼むよ。」
「分かってます、父様!」
「あいつらは正真正銘クライド君の敵だ! 絶対に撃ち漏らしたりなんかするもんか!」
二人の言葉に小さく笑みを浮かべると、ユニゾンを解いたはやてを伴って、ユーノとリィンフォースの手によって回収されたヴォルケンリッターの傍まで退避する。
「ユーノ君、浄化結界の方はどないな感じ?」
「シャマルさんが抜けたのは確かに痛いけど、どうにかなるよ。それよりはやてこそ大丈夫?」
「今は大丈夫やけど、何で?」
「いやさ、ヴォルケンリッターは霊障対策で、今は君の使い魔に近い状態になってるから、多少はダメージのノックバックはあるはずだよ? それに、今まで機能不全だったリンカーコアを使って、いきなりあんな大技使ったらただではすまないとおもうんだけど……。」
「そういうもんなん?」
はやての疑問に頷いて答えると、どうにも腑に落ちない、という表情が帰ってくる。その様子に、どうやら大丈夫らしいと浄化結界の方に意識を戻すユーノ。はやてが彼の言葉の意味を知るのは、ミッションが終わってすぐの事になるのだが、それは後の話である。
「さて、とっととけりをつけるよ!」
とうとう丸裸になった霊障を睨みつけ、優喜が一気に懐に飛び込む。
<クルシイ! クルシイ!>
<ナゼダ! ナゼワレワレガコンナメニ!>
<ヒモジイ、モットクワセロ!>
口々に勝手なことを言いながら、巨大なひと固まりを維持する霊障。ここまで固まっていると、まっとうな霊能者では浄化などできはしない。神咲一門でも、十指に入る力量の持ち主でなければ相手にもならないレベルだ。なので、優喜のすることはただ一つである。
「解放してやるから、しばらく黙ってて!」
相手の気脈、その中心に高密度の闘気を叩きこんで崩す。一歩間違えれば自身が取り込まれかねない危険な行為だが、それだけに効果は抜群だった。
「優喜!」
「大丈夫! 今ので細かいのは大分消えたはずだ!」
優喜の言葉通り、核の引力でつながっていただけの弱い霊障は、砕かれ離れた拍子に浄化されていた。元々、単体では霊障であること自体を維持できないような代物だったため、当然と言えば当然の結果だ。
「まだ残ってるでかいのは!?」
「あれが諸悪の根源、言うなれば夜天の書の闇だ!」
「あれが……。」
いくつかの大きな霊障の塊を睨みつけ、S2Uを構えるクロノ。
<ナゼワレラヲウケイレヌ!>
<ワレラヲウケイレレバ、ドンナノゾミモカナウトイウノニ!>
「それは、夢の中での話やろ?」
<ユメノナカデナニガワルイ?>
<ドウセイツカハシニユクミダロウ?>
「残念ながら、都合のええ夢に溺れて死ぬなんて、お父さん達に顔向けできひん真似するぐらいやったら、今すぐ首吊った方が百倍ましや。」
「同じ自己満足だったら、生きてる間に自分でするよ。それに、母さんからまだ来るなって言われてるしね。」
はやてと優喜の台詞に、夜天の書の闇、その元締めともいえる存在が自分勝手なことを言いだす。
<キサマゴトキコムスメダケガ、ワレラノウンメイカラノガレヨウトイウノカ!>
<リフジンダ! ナゼキサマダケ!>
<ワレラガイッタイナニヲシタ!?>
<リフジンナシガウンメイデアルイジョウ、セメテサイゴダケハシアワセナユメヲミセテヤロウトイウシンセツシンヲ、ナゼリカイシナイ!?>
「勝手なことばかりさえずってくれるな。」
好き放題しゃべる夜天の書の闇を睨みつけ、低い声でつぶやくクロノ。
「世界は、いつだって……こんなはずじゃないことばっかりだよ!! ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ!! こんなはずじゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは、個人の自由だ! だけど、自分の勝手な悲しみに、その苦しみに無関係な人間を巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしない!!」
<ダガ、ソノコムスメハワレラトオナジソンザイダ!>
<ムカンケイナドデハナイ!>
<ソイツトテ、ワレラトオナジク、ショノチカラヲツカッテイルデハナイカ!>
「言っただろう! 与えられた現実に立ち向かうのは、個人の自由だと! お前達の嫉妬に、これ以上他人を巻き込むな!」
大きくほえると、すべてを一度にしとめるために、手持ちの最大の技を起動する。スティンガーブレイド・エクスキューションシフト。多数に分裂した夜天の書の闇、それをすべて同時に撃ち抜くのに最適の技だ。なのはの魔力弾では火力が足りず、優喜やフェイトでは手数が足りない。第一、なのははようやくスターライトブレイカーのノックバックが消えたところだ。
<サセルカ!>
「僕を無視して、邪魔を出来ると思わないでね!」
「クロノの邪魔はさせない!」
拡散しながら突撃してくる夜天の書の闇を、優喜とフェイトが迎撃する。ほとんどの闇を叩き落し弾き飛ばし、場合によっては浄化して邪魔をするが、物量差は厳しい。一体、すり抜けられてしまう。
<ワレラノジャマハサセン!>
「それは……、こちらの台詞だ!!」
足元からすり抜けた一体を、拘束条が貫く。そのまま、数十メートル程度までの高さにいる連中を、まとめて貫いて固定する。
「ザフィーラ!?」
「動けたの!?」
「フェイトの手加減が絶妙だったからな。盾の守護獣の名は伊達ではないつもりだ。」
もっとも、さすがにそちらに行けるほどではないがな、という言葉に、ザフィーラがどれほどぎりぎりなのかを理解する。
「クロノ! 浄化結界の準備が出来た!」
「分かった! 夜天の書のすべての悲しみを、ここで終わらせる!!」
ユーノの報告に、再び気合を入れなおし、事件の幕を下ろすための一撃を振り下ろす。
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」
クロノの引き金に従い飛び出したスティンガーブレイドは、すべて正確に夜天の書の闇を貫き、浄化しきったのであった。
「……あれ?」
「あ、はやてちゃん、起きたんだ。」
「なのはちゃん?」
「うん。はやてちゃん、あの後魔力の使いすぎで倒れちゃったんだ。弱ってたリンカーコアを酷使しすぎたんだって。」
「あ~、そういえばユーノ君も言うとったなあ。」
なのはの言葉に、少し納得するはやて。
「それで、他の人は?」
「優喜君はプレシアさんたちとこれからのことを話し合ってる。フェイトちゃんたちは、お祝いの準備をしてるよ。」
「これからのことって?」
「今回のは応急修理だから、どういう形で修理するのか、同じ事を二度と起こさないために、どういう対策を取るか、そんなことを話し合うんだって。」
その言葉を聴いたはやてが、顔に不安をにじませる。
「リィンフォースは、どうなったん?」
「今はプレシアさんたちのところにいるよ。」
なのはの言葉を聞くや否や、あわてて体を起こし、車椅子に飛び乗ろうとする。
「そんなにあわてなくても、リィンフォースさんはどこにも行かないよ。」
「あの子のネガティブさを考えたら、全然安心できへんよ!」
「どっちかって言うと、僕達を信用してほしいところかな、そこは。」
はやての叫びに答えたのは、プレシアのところにいるはずの優喜だった。
「優喜君! リィンは、リィンはどうなるん!?」
「まず、はやての考えてるような状況にはならないことは保障するよ。ただ、はやての心配は半分だけ当たってるかな。」
「半分って?」
「完全修復に三年。」
優喜の言葉の意味を、なのはもはやてもすぐに理解できなかった。
「ヴォルケンリッターと同じように動けるようになるのに、三年かかるんだ。」
「三年も……。」
「その間、今のアウトフレームは一旦解除しなきゃいけないし、夜天の書も分割しなきゃいけないから、ヴォルケンリッターもその間致命傷を負うと、二度と復活できない。」
「そんな……。」
「ただ、今すぐじゃないよ。一月一杯までは、応急処置で今の体を維持しておくから。」
優喜の言葉にうつむくはやて。たった二ヶ月。たった二ヶ月しか、リィンフォースの孤独を癒してあげられないのだ。
「それに、会えなくなる訳じゃない。基本的に軟気功で修理するから彼女の仮ボディは僕が預かるし、月に一度ぐらいはバッテリーを使ってアウトフレームを作るから。」
「……どうにもならへんかったん?」
「うん。色々検討したけど、これが一番いいって結論になった。大見得切った割には情けない結果でごめん。」
「……優喜君が謝ることやあらへん。皆無事で、リィンも治る見込みが出来た。多分これ以上を望むんは贅沢なんやろうなあ。」
「……。」
「でも、でもな。私はええ。私は皆が居るからさみしない。でも、リィンは?」
はやての言葉に、答える言葉を持たずに沈黙するしかない優喜となのは。はやてに対する答えは、意外なところからかけられた。
「……ありがとう。」
「リィン?」
「……心配しないで。……帰る場所があるし、……優喜たちもいる。」
「リィン……。」
「……主の元にいられないのは、寂しいし悔しいけど……。」
初めて顕現したときとは逆に、はやてを抱きしめる。
「……大丈夫……、……私は絶対、主はやての元に戻ってくるから……。」
「……リィン、フォース……。」
リィンフォースの温もりにつられてか、はやての声が涙声になる。
「……リハビリと私の修理、競争だね。」
「……うん。先に歩けるようになって、リィンフォースの事待ってるからな……! 早く帰ってくるんやで!」
はやてとリィンフォースの約束、それが最後の闇の書事件を締めくくる、終わりの言葉であった。