「ロストロギア・縛めの霧、か……。」
『外見と能力から一致するものは他になかったから、ほぼ間違いないはず。』
なのはとフェイトが目を覚ますより数時間前。ユーノの報告書を見て、眉をひそめるクロノ。
『詳しい事は添付資料を見てもらえば分かるけど、要するに魔導師戦力に対するブービートラップだね。』
「誘いこんで通信・探知を封鎖して孤立させ、AMFで無力化した後に質量兵器で殲滅、か。悪質だが効果的だな。」
概要を見て、うめくようにつぶやくクロノ。縛めの霧そのものに攻撃能力はないが、なのはとフェイトを見れば分かるように、まともな魔導師は事実上無力化される。
『特筆すべき性能は効果範囲の広さかな? AMFは最大出力なら大き目の島一つ覆うレベルだし、通信・探知妨害は最小出力でも惑星一つを覆い尽くし、次元空間まで届くぐらい。しかも、自然現象と見分けが付かない。』
「最大出力だと二十四時間の連続使用で四十八時間の冷却が必要、というのが辛うじて欠点といえる程度か。だが、なのはとフェイトを無力化した出力で八割程度ということを考えると、大して大きな欠点ではないな。」
『後、もう一つ厄介なのが、登録した魔力パターンは妨害されないこと。傀儡兵が出てきてたのも、このシステムだろうね。』
単品では暴走の可能性もなく、次元震を起こしたりするようなものでもないのだが、管理局にとっては悪夢といっていいロストロギアだ。何しろ連中のような、三流としか表現できないような連中ですら、管理局を出し抜いて好き放題出来てしまうのだから。
もっとも、所詮魔導師を普通の人間にするだけのロストロギアなので、地球のように質量兵器が主流の世界では、まったく役に立たないという側面もある。地球上の通信手段が全く死んでいなかったのも、地球の軍事組織に発見されるのを防ぐために、連中がわざとそのままにしていたのだろう。
因みに、連中がこんな厄介なものを手に入れた経緯は、全くの偶然である。地球に来る前に拠点にしていた無人世界で大規模な地震が起こり、遺跡となっていた古代の軍事基地が出てきたのだ。半壊した拠点の代わりに使えないかと調べた結果、無傷の縛めの霧を三つ発見し、適当にいじって使い方を調べた後に持ち出したのだそうだ。
優喜がよほど怖いらしく、大した取調べをするまでもなく連中はぺらぺらと洗いざらい自白した。大量に出てきた前科や余罪は、彼らを最低でも三百年は豚箱にぶち込むのに十分で、生きて娑婆に出てくることはまずありえないだろう。とはいえ、罪状の大きさは件数と手口の荒っぽさが理由で、内容自体はまさしく、ロストロギアを得たことで気が大きくなった三下が、自分の分もわきまえずにやんちゃをしすぎた、としか表現できないものばかりである。取り調べでの態度も、とてもなのは達を追い詰めた連中とは思えないものだった。
「まあ、終わった事件の確保したロストロギアについては、この際もうどうでもいいだろう。」
『そうだね。本来、この手の資料は事が起きる前にこそ役に立つものだしね。』
「問題なのは、連中に対して、優喜が何をやったのかが分からない事だ。当人は想像に任せるとしか言わないし、ブレイブソウルは頑なに答えようとしない。」
『とりあえず、追及しても無駄だし、追求しないほうがいいんじゃない?』
「そうは行くか。報告書をどう書くか、という問題に直結するんだ。」
クロノの言葉に、苦笑が漏れるユーノ。
『わざわざ虎の尾をもう一度踏む必要もないだろうし、そこら辺はもう、リンディさん達に任せておけば?』
「……まったく、あいつは厄介事ばかり持ち込んでくれる。」
『一緒くたに粛清されないだけ、ましだと思おうよ。今回の事って、そうされても文句言えないんだし。』
ユーノの言葉に、渋い顔をするクロノ。どうにも、この問題で真相解明をこだわっているのは、クロノ一人のようだ。非常に旗色が悪い。
「とりあえず、調査はご苦労だった。また何かあったらお願いする。」
『はいはい。とりあえず、僕に頼る前に、まずは発掘整理のためのチームをもっと充実させようね。』
「一応打診はするさ。ただ、その前に、今回の件で起こるであろう嵐を、無事に乗り切ってからだが。」
クロノの疲れ切った言葉に、苦笑しながら通信を切るユーノ。山ほどある外患を前に、組織の老朽化と言う内憂に直面する羽目になったグレアム派は、これからもしばらくは順調には行かないようだ。
「さて、報告書をどうしたものかしら……。」
「リンディも大変ね。」
「全くよ。いくらなんでも、幽霊が憑依して大人の体になった、なんて書けないわよ。」
同時刻、時の庭園のメンテナンスルーム。大破し機能停止寸前になった二機のデバイスのもとで、事のあらましを記録映像で確認したリンディは頭を抱えていた。
「プレシア、何か説得力のある言い訳、ないかしら?」
「そうね。どうせどっちも大破してるんだし、闇の書の暴走対策のために暫定的に搭載した調整中のフルドライブモードを、デバイスが自己判断でプロテクトを解除して起動、調整と補強が甘くて大破した、ってことにしておきましょうか。」
「それでいいの? それだと、貴女も責任を問われかねないわよ?」
「大丈夫よ。せっつかれて時間が無くて、ちゃんと調整できずにプロテクトをかけてあったものを、現場の判断で使わざるを得なかったことにすれば、ね。状況的に、それほど間違った言い訳でもないし。」
プレシアの返事に、渋い顔をするリンディ。今回は、プレシアは被害者の親と言う立場だ。いくら公判停止中の犯罪者とはいえ、それとこれとは別問題だ。そのプレシアに責任をかぶせるのは、ちょっとどころではない抵抗がある。そもそも公判の停止も、闇の書の修復のために、罪の軽減と引き換えに協力をさせていると言う、見た目上に近いとはいえ、管理局の都合が大きく噛んでいる事情だ。
なのはとフェイトにしても、闇の書が暴走した時のスタッフとして、むしろ現地協力者に近いスタンスの扱いである。どちらも、本来交わした契約の範囲外の仕事を、管理局の都合で無理やり押し付けたようなものなのに、その結果の責任を押し付ける羽目になる。まともな神経をしていれば、リンディでなくても渋い顔をするだろう。
「まあ、他人のやったことの責任をかぶるのは慣れてるから、気にしなくていいわよ。それで、むしろこっちが本題なのだけど……。」
「何?」
「ジュエルシードの使用許可、下りないかしら?」
「は?」
プレシアの言葉に、思わず耳を疑うリンディ。確かに、プレシアはジュエルシードの制御について、一定ラインでは成功していると言っていたが……。
「……なにに使うつもりなの?」
「レイジングハートとバルディッシュを強化するのよ。これが仕様書。」
そう言ってプレシアが表示した仕様書を見て、思わず絶句するリンディ。
「……プレシア、正気?」
「さて? 私は一度向こう側に行った人間だから、今もまだ向こう側でもおかしくないわよ?」
「そもそも、ちゃんと出来るの?」
「問題ないわ。ジュエルシードは制御と出力は正確だし、入力にノイズが乗らなければ暴走することはない。」
「だけど、あの二機をブレイブソウルと同型のデバイスにする、なんて……。」
プレシアの無茶ともいえる計画に、眉をひそめるリンディ。まかり間違って暴走させた日には、デバイスが原因で次元震が起こる、などと言う笑えない結果が待っている。
「大丈夫よ。ブレイブソウルから、ハードの設計図とソースプログラムはかっぱいであるし、ユニゾン用リンカーコア生成周りの技術に関しても、ブレイブソウルの設計周りにちゃんと残っていたし、ね。」
「でも、なのはさんとフェイトさんにユニゾン適性が無かったら……。」
「そっちも問題ないわ。あの子たちに、ユニゾンした時のリンカーコアのデータが残っていたから、それにあわせてコアを生成して、後は現場でその都度微調整させればいいのよ。」
逃げ道はふさがれているようだ。どういう言い訳でジュエルシードを組み込むことを了解させるのか、という問題もあるが、どうせそれも闇の書の暴走対策と言い訳すれば通ってしまうだろう。まさに、毒を以て毒を制するやり方そのものなのが頭が痛い。
「それに、今更元通りに修復したところで、本人たちがエラーとかほざいて、結局まともには使えないわ。それとも、官用デバイスであの子たちが使えるようなものが支給できるの?」
「……無理ね。二人とも、成長速度がこちらの予想を超えているわ。普通の官用デバイスなんて、一年もたたないうちに自前の出力だけで破損させるようになるでしょうね。」
「そういうことよ。断言してもいい。この子たちを強化しても無理なら、現状フェイト達の一年後に耐えられるデバイスは作れない。優喜の鍛え方だったら、最終的に官用デバイスなんてない方が強いかもしれないわね。」
「そこは否定しないけど……。でも、それなら、単に出力に耐えられるようにするだけでいいんじゃないの?」
「同じやるなら徹底的に、よ。ただカートリッジシステムを積んで補強するだけ、なんていう手抜きをしたら、フェイトはともかくなのはは必ず体を壊すわ。だったら、負荷軽減についても、今のうちから段取りをしておいたほうが、効率はいいもの。」
言い出したら引かないなのはと、最後の最後では主を煽るだけ煽って一緒に突貫するレイジングハート。その主従の性質をよく理解したプレシアの言葉に、思わず深くため息をつくリンディ。反論の余地が見つからなかったのだ。
「そのためのユニゾン、か。無茶を考えるわね……。」
「これぐらい、いつもの事でしょう?」
「その結果、頭を痛めるのが私たちなのも、いつもの事と言うわけね……。」
「そういう事。後、暴走の心配についてはいらないわ。ジュエルシードに特殊な封印をかけて、出力リミッター代わりにするから、リンカーコアを生成する以上の出力は出せないわよ。その程度じゃ、よほど効率よくやらない限りは、いえ、よほど効率よくやっても、小規模な次元震を起こせるかどうか、と言うところね。」
「……この短時間で、そこまで計算したの?」
「まさか。設計自体は、この子たちがカートリッジシステムを要求して来た時点で、強化案の一つとして準備してたのよ。実行するかどうかは決めかねていたのだけどね。」
これを実行する、と決めたプレシアの心境を考えて、再びため息を漏らす。ため息をつくと幸せが逃げていく、と言うが、そうだとしたら優喜と知り合いになってから、どれほど幸せが逃げていったのだろうか?
「プレシア、それがあなたなりの仕返し、ってこと?」
このプランが実行された場合、管理局は二人を手放すことも、無理を強いることも出来なくなる。何しろ、離れられたらロストロギアが野放しになり、無理を強いて命にかかわる事故でも起こったら、そのまま次元震に直結しかねなくなる。取り押さえようにも、現状ですら広い場所ではAAA+以上が三人でも返り討ちにあう可能性が高いと言うのに、それ以上にパワーアップをするのだ。二人を丁重に扱って飼い殺す、以外の選択肢が無くなってしまう。
「ご想像にお任せするわ。私自身の公的な立ち位置としては、今回の件での表立っての八つ当たりや仕返しは、すべて優喜に任せることにした、というものだから。」
「あれは怖かったわね……。」
「たとえ私や士郎さん達でも、今の優喜からその仕事を取り上げたら多分、無事では済まないわ。全く、本来は喜怒哀楽が激しいタイプとはよく言ったものね。あれだけ頭に血を上らせて、それでも冷静に一番効果的な仕返しを考えるんだから、たまったものじゃないわ。」
連中のアジトを壊滅させて帰ってきた優喜だが、まだいまいち怒りが収まりきっていない様子だった。今のところ、辛うじてそれで手打ちにしようとする意思は感じられるが、目が覚めたなのは達の様子次第では、どこに矛先が向かうか分からない。さすがにグレアム派の人間に向くことはないだろうが、余波を被る可能性は高く、全く安心できない。
組織の都合で身内がひどい目にあうのを止められない、と言うのが組織外の個人の限界なら、その結果被った被害に対して、組織の都合を無視して報復に走れるのが個人の強みだろう。大体は組織が持つ権力、人脈、資金力などに阻まれて大したことは出来ないが、相手は優喜だ。組織と言っても所詮は人の集団である以上、ああいうタイプに付け入られる隙はどこにでもある。
「リンディ、覚悟をしておきなさい。今のところ、管理局は優喜に対して、信用されるようなことは何一つしていないわ。最悪の場合、あの子がやらかしたことで、管理局自体が瓦解する可能性も視野に入れる必要がある。」
「最低でも、内部に粛清の嵐が吹き荒れかねないぐらいの覚悟はしておくわ。」
「まあ、そうは言っても、管理局の末端、人員の大部分を占める現場で活動している人間が、真面目に真剣に職務に取り組んでいる事は理解しているみたいだし、優喜の最終目的を考えたら管理局が瓦解したら困るだろうから、そこまで極端な真似はしないでしょうけどね。」
「だといいけど……。」
このプレシアとリンディの読みは実に正しく、優喜は管理局を瓦解させたり信用を落としたりしない程度に揺さぶり、綱紀粛正の名の下、ある程度管理局内部の膿を出すことに成功するのだが、それはまだ先の話である。
「お姉さん、ちょっといいかな?」
なのは達が目覚めた翌日の聖王教会。二人をカウンセリングにつれていった待ち時間。優喜は聖王教会に出入りしている人たちの中に、目的の人物を見つけた。
「何かご用かしら、お嬢ちゃん?」
優喜に声をかけられた修道服の女性が、小さく笑みを浮かべながら寄ってくる。
「うん。ちょっとここだと話しにくいことだから、ついてきてほしいけど、いい?」
「ここじゃ駄目なの?」
(貴方の体内から、機械音が聞こえるって話だけど、ここで堂々と話してもいいの?)
相手に聞こえるぎりぎりぐらいの小声でつぶやいて見せる優喜に、表情こそ変わらないものの、じわりと殺気をにじませる女性。
「ここだと、落ち着いて話が出来ないから、ね。」
先ほどのつぶやきが無かったように振舞う優喜に、内心で舌打ちしつつ表面上はにこやかに応じる。人目が無ければすぐさま殺してやるのに、と言う意志と、始末するにしても、それなりに時間をおいてからでないと足がつきかねないと言う冷静な判断とのせめぎ合いを続けているうちに、教会の敷地から結構離れた、まったく人気のない路地裏の袋小路につれてこられる。
「あら、不用心ね。こんなところにつれてくるなんて、殺してくださいと言っているようなものよ?」
「不用心なのはどっちなのやら。お姉さん、目の前の相手がどういう生き物かも識別できてないでしょ?」
口の減らない小娘に、ほとぼりが冷めたら八つ裂きにしてやることを決定、不敵な感じがする笑みを浮かべて向き合うことにする。
「さて、取り合えずまずは変身を解かせてもらうよ。」
「出来るものなら……。」
女性は、最後まで言葉を継ぐことは出来なかった。優喜が何をしたわけでもないのに、あっさり変身が解けてしまったのだから。
「やっぱり、こっちの魔法系統は全体的に、中和系に対する抵抗が弱い。もう少し構造を複雑にして、最低でも中和点を三つ以上作らないと、うちの同門には全く通用しないよ?」
清楚な印象のショートカットの修道女から、タイトなボディスーツを着た、ロングのブルネットの髪の、きつめの面差しの女性に化けた目の前の相手に、はっきり言って無駄以外の何物でもない助言をする優喜。
「……なにをしたの!?」
「だから、貴女の使ってる術を中和したんだって。この程度で取り乱さないでほしいなあ。」
余計な事をさえずる優喜に、思わず手が出そうになる女性。辛うじて自制心を取り戻し、どうにか手を出さずに済んだが、下手に手を出していれば、なにをされていたか分からない。その事に気がついてしまう。
「それで、私に何の用かしら?」
「なに、ちょっとばかり、貴女の背後関係を教えてもらいたくてね。最初は管理局の仕事で僕の出る幕じゃないと思ってたから、手を出さずに泳がせておくつもりだったけど、状況が変わった。」
「簡単に話すと思ったの?」
「いんや。ついでに言えば、まっとうな拷問の類や色事の類でも、話すとは思ってないよ。」
「なのに、私に吐かせる、と?」
女性の言葉に、優喜がにやりと獰猛な笑みを浮かべる。
「心配しなくても、貴方みたいな目の前の子供の性別も見抜けないような人間に対して、物理的暴力も性的暴力も使わずに、抵抗できないぐらい骨抜きにする手段は結構あったりするんだ。」
可愛い顔に似合わない獰猛な笑みで、じりじりと女性に近寄りながら、何とも物騒な言葉を平然と言い放つ優喜。
「……私が言うのもなんだけど、その年でその手の手段を知っているのかの方が非常に気になるんだけど。」
優喜の言葉と雰囲気に、遅まきながら身の危険を感じて後ずさりながら突っ込みを入れる。
「大丈夫。傍目に見て人の道に外れるような手段じゃないから。それに、運が良ければ天国が見れるし。」
「う、運が悪かったら……?」
「軽く三回ぐらい地獄を見ることになるかな? まあ、安心してよ。どっちに転んでも、死んだり発狂したりすることだけはないから。」
「そ、その方がはるかに嫌なんじゃないか、って心の底から思うな、私。」
ようやく、目の前の生き物のやばさを理解した女性は、心なしか幼い口調になりながらじりじりと後ずさる。
「そ、そうだ。取引しましょう。ね?」
「最初に言っておくと、僕は見た目の年齢通り性欲の類はないし、お金は自分で稼げるから必要ない。名誉だなんだに興味はないし、そもそも今の状況で聞いた情報や約束を信用するほど純粋じゃない。」
「えっと、あ、そうだ! この事を、一緒に来てた子たちに話してもいいの?」
「どうぞどうぞ。それで嫌われたり拒絶されたりしたら、それはそれで好都合だ。今言われるのはあの子達のためによろしくないけど、立ち直ってからなら全然問題ない。元の世界から迎えが来るまでどこかでサバイバルでもしながら、ゆっくり目的を達成するよ。」
最悪な事を平気で言う優喜に、今度こそ二の句が継げずに硬直する女性。いつの間にか、壁際まで追い詰められていた。戦闘機人としての身体能力なら、この程度の壁は余裕で飛び越えられるのだが、どうしてもそれで逃げられる気がしない。
「さてと、とりあえず名前ぐらいは教えてもらってもいいかな? どうせそっちは、僕の名前ぐらい知ってるだろうし、こっちだけ知らないのは不公平だ。」
「……ドゥーエよ。」
「ふーん、二番ねえ。名付け親はセンスが無いか、手抜きをしたかのどっちかだな。」
「……。」
生みの親の事を悪く言われてむっとしたのもつかの間、自分が実に絶体絶命のピンチに立たされている事を思い出し、いつの間にか手の届く距離まで寄ってきていた優喜に、思わず悲鳴をあげそうになる。
ドゥーエは、非常に運が悪かった。普段の優喜なら、ここまで直接的な手段を取らずに、口八丁手八丁で、平和的に彼女を籠絡したであろう。だが、今の優喜は虫の居所が非常に悪い。その上、自分がどう思われるかなんてことを気にするような、自己防衛に基づく繊細さは最初から持ちあわせていない。それに、最終的にドゥーエにどう思われようが、それが広まって他の人間からどう見られようが、優喜本人は全く困らないのだ。
怒りのハードルをあげることには成功していても、本気で怒っても穏やかな手段で済ませられるほどには、優喜の精神は成熟していない。こんなところで実年齢は所詮二十歳だと言うことが露呈しているが、こんなところだけ実年齢相応でも嬉しくもなんともない。
「さて、天国が見えるか地獄に落ちるか、審判の時間だ。」
すっと優喜がドゥーエの手を取る。何をやられたのかも分からないまま、ドゥーエは未知の世界へと旅立たされた。幸か不幸か、ドゥーエが最初に見たのは天国だったようだ。そのまま、天国と地獄を行ったり来たりする。
「さてと。まだ時間的にも体力的にも余裕ありそうだし、とりあえずもう一回いっとくか。」
「やめて!! さすがに二度目はいろんな意味で持たない!!」
彼女にとっては何時間にも感じられた天国と地獄は、実際の時間に直すと五分程度だったらしい。二度目をやられそうになったドゥーエは、涙ながらに全てを洗いざらい吐き出し、さらに優喜の目的のために協力する事、この事を生みの親のスカリエッティには黙っている事、そのための記憶プロテクトと約束を破った時の報復措置まで施される。性的な事は何一つされていないと言うのに、お嫁にいけない体で解放されるのであった。
「なのは、フェイト、優喜、いらっしゃい。」
夏休み初日。前もって取ってあったパスポートを手に、クリステラソングスクール、通称CSSの敷地に足を踏み入れる優喜達。因みにフェイトの移住申請はあの事件の後すぐに通り、イタリア系アメリカ人として日本に永住権を持つ形で国籍を取得し、高町家に下宿する運びとなった。プレシアの方は、さすがにまだ公判中なので、戸籍と永住権の取得はフェイトにあわせて済ませては居ても、実際の移住の許可は下りていない。
「フィアッセさん、お世話になります。」
「来てくれてうれしいよ。特に優喜は、あまり乗り気じゃなさそうだったから。」
「まあ、約束は約束なので。」
「そういえば、なのはもフェイトもちょっと元気ないみたいだけど、どうしたの?」
フィアッセの言葉に、少し身を固くする二人。まだ、事件から半月も経たないため、完全にどころか、ほとんど立ち直っていないのだ。事のあらましを大体知っているアリサとすずかが、ソングスクールで歌を聞けば、少しは立ち直れるのではないかと期待するぐらいには重症である。
「ちょっと、いろいろなことがありまして。フィアッセさん、ちょっとお願いが。」
「何?」
「最初別室でって言ってたけど、しばらく三人一部屋にしてもらえないかな?」
優喜は、毎夜毎夜うなされては飛び起きる二人を宥めて再び眠らせる、という重要な役割を続けている。あまり酷いときは桃子が添い寝しているが、それ以外のときでも飛び起きた後寝付けずに、美由希や優喜が宥めるために一緒に眠ることがある。桃子に対して遠慮があるフェイトに、なのはがつられる形で、というのがそういうときの流れだ。
なお、恭也はお互いにそういうことをすることに抵抗があるため、士郎はダメージがぶり返すのを心配したため、うなされていても手を出せないでいる。
「いいよ。今から連絡する。」
そう言って、内線で寮の方に連絡を取るフィアッセ。本来なら、年齢に関係なく男女は分けるべきなのだろうが、優喜は中身はともかく体はまだ子供だ。基本的に、まだ一緒に風呂に入ることすら問題ない肉体年齢なので、何か問題が起こる可能性はまずない。
なにしろ、日本では、男女が同じ教室で着替えるお年頃だ。
「手配しておいたから、荷物はここに置いて、ちょっと校舎を案内するよ。」
校長兼現役の一流歌手として多忙であろうはずのフィアッセが、自ら案内すると申し出てくる。どうやら、よほど彼らが来るのが楽しみだったらしい。
「それで、皆、時差ボケの方は大丈夫?」
「ちゃんと、それにあわせて機内で眠ったから、それほど問題はないかな?」
「私も大丈夫。」
「……今のところは、問題ない、と思う」
いまいち頼りないフェイトの返事に苦笑する優喜となのは。まあ、見た感じ問題なさそうだと言うことで、普通に案内を始めるフィアッセ。さすがと言うかなんというか、出来る事なら六畳間をもう一つ、と言うのが大それた野望である日本と違って、たかが音楽の学校とは思えないほど広大な敷地に、ゆったりとした設備がたくさんそろっていた。
「三人は基本的に短期の声楽コースだけど、余裕がありそうだったら、ピアノの弾き語りとかも勉強しようか?」
「あ、それも楽しそう。」
「なのは、やってみる?」
「うん。一緒に覚えようね、フェイトちゃん。」
因みに、オペラ系が主流のCSSだが、ミュージカルなどのために、ダンスなども教えている。その教えをある種尖った形で完成させたのが、ロック歌手のアイリーン・ノアだ。ほかにも、民族音楽やジャズなどもある程度はやっている。
「とりあえず、今日は移動で疲れたと思うから、この後はご飯食べてお風呂に入って、ゆっくり休んでね。」
「「「はい!」」」
フィアッセの言葉に、割と元気よく返事を返す子供たち。そこで、ふと思い出して一つ付け加えるフィアッセ。
「そうそう、ご飯だけどね。」
「はい?」
「日本から知り合いのコックさんに来てもらってるから、イギリスだからって不味いご飯が出てくることはないよ。そこは安心してね。」
フィアッセの茶目っ気たっぷりの言葉に、どう反応していいのか分からず戸惑う優喜となのは。
「ねえ、なのは。」
「なに、フェイトちゃん?」
「イギリスって、ご飯不味いの?」
フェイトの素朴な疑問に、どう答えるべきか悩むなのは。その問いに答えたのは、何と当のイギリス人であるフィアッセだった。
「そうだね。他の国の料理とティーフードの類は、そんなに不味い訳じゃないかな? ただ、イギリスの伝統料理って、どれも雑って言うかなんというか……。」
「要するに、美味しくはない、と。」
「まあ、日本と比べたら、大体の国のご飯は美味しくないよ? ただ、その中でも、自国の食文化だけはお世辞にも上の方だと言えないのが悲しいと言うか……。」
「僕はフィアッセさんの中身は、英語ができる日本人だと思ってたんだけど……。」
「あはは、そうかも。」
優喜の突っ込みに、妙にうれしそうに答えるフィアッセ。このやり取りで、ご飯に関する微妙な空気は払拭されたのだが、フィアッセが言いたかったことは、週末に観光に案内された時に理解することになるのであった。
「優喜、ちょっといいかな?」
「どうしたの、フィアッセさん?」
夕食後、なのはたちが風呂に行っている最中。フィアッセが優喜に声をかける。
「なのはたちのこと、教えてほしいんだ。」
「守秘義務が関わることもあるから、全部話せないけどいい?」
「話せることだけでいいよ。」
フィアッセの返事に頷き、話せることだけをさっくり話す。
「そうなった経過は話せないけど、少し前に複数の大人の男に、集団で暴行を加えられた上、ちょっと女の人には言いにくいんだけど……。」
「もしかして……。」
「間一髪ってところ。犯人達には僕が制裁をしておいたし、今警察の世話になってるから二度と直接手を出しにはこれないだろうけど、残党がいないとも限らない。」
「……そっか。」
想像以上の状況に、何もコメントを返せないフィアッセ。
「とりあえず、カウンセリングとかは受けてるけど、やっぱり二人とも男の人が怖いみたい。フェイトなんて、前にも増して人見知りが激しくなったし、なのははなのはで、クラスメイトでも男子と話すときはちょっと固くなってる。」
「……気が付いてはいたけど、やっぱり重症だね。」
「もっとも、僕はこの外見だから大丈夫みたい。今回ばかりは、女に見られるこの顔に感謝だ。」
「まあ、優喜は普通に男の子の外見でも大丈夫だったとは思うよ?」
「かな? だといいけど。」
優喜の言葉に、ため息が漏れるフィアッセ。
「優喜、もう少しあの二人に対する自分の立ち位置に、自覚と自信を持った方がいいよ。」
「そうかな?」
「うん。好意の種類はともかく、なのはにもフェイトにも、優喜はもう特別な人なんだよ?」
「僕の本来の立ち位置的には、あまりありがたい話じゃない。」
「そういうところ、何気に恭也とか昔の士郎に近いよね。」
フィアッセの言葉に、微妙に納得するものが無くもない優喜。恭也も現役だったころの士郎も、本質的には社会の裏側にいるタイプの人間だ。そこらへんを理解して踏み込んでくる相手を忌避することはないが、自分からわざわざ近寄ることはしないのが、この手の人間の特徴だ。
「士郎と恭也は大丈夫なの?」
「今はほぼ大丈夫。ちょっとフェイトが克服しきれてないかな、って部分はあるけどね。むしろ、関わる機会は多いけど、接点は少ないって相手が問題なんだ。」
具体的にはクロノとザフィーラ、グレアム、レジアス、アースラの男性職員などがこのケースに当てはまる。フェイトは、クロノに対する人見知りを再発させるし、なのははもともとそれほどクロノと親しいわけではない。同じぐらい接点の少ないはずのユーノがこの問題に引っ掛からなかったことは、ユーノとクロノ双方を、それぞれ別方向でへこませていたりする。
とりあえず、ザフィーラについては、二人の前では基本狼形態で過ごすことで解決を図っているが、他のメンバーのうち会う機会が比較的多いクロノについては、時間が解決してくれるのを待つしかない、という厄介な状況になっている。
「そっか。だったら、優喜が頑張らないとね。」
「え?」
「これは私の勘だけど、その問題を解決できるのは、最終的には優喜だけなんじゃないかな、って思うんだ。」
「それはまたどうして……。」
勘に対して根拠を聞いても無駄だと知りつつ、思わず聞き返してしまう優喜。
「それは自分で考えて、ね。」
優喜の問いにどこか楽しそうに答えを返すフィアッセ。フィアッセの言葉に苦笑しながら、結局できることをやるしかないと結論付けるしかない優喜であった。
「さて、ゲイズ中将。」
「ふん。全く面倒なことになったな。」
再び時間はさかのぼる。優喜達がCSSへ出発する前日の事。リニス経由で優喜から渡された膨大な資料。それを見ながら渋面を作る海と陸のトップクラス。
「彼が、この短期間でここまでやってのけるとは、な。」
「捕まった連中の様子を考えると、一体どんなやり口を使ったのか、想像する気も失せる。」
詳細までは見ていないが、上層部すべての人間のありとあらゆる脛の傷をすべて網羅していると言ってもいいボリュームだ。当然、その中にはグレアムとレジアスのものも含まれている。
グレアムはまだいい。致命傷になりうるのは闇の書周りの対応ぐらいで、それとて、明確に管理局法を踏みにじったとは言い難い。それに、もはや闇の書事件は誰も考えなかった状況にあり、今更グレアムの対応をつついて足を引っ張って、結果として進捗を遅らせて時間切れにしてしまっては元も子もない状態だ。だが、レジアスはそうはいかない。
戦力不足に端を発した行動とはいえ、戦闘機人計画に深く関与し、その結果として犯罪者と裏でつながっているのだから。
「事ここに至っては、君と私は運命共同体だ。互いに己の正義を踏みにじった身の上、その償いは組織を正すことでしか出来まい。」
「ふん。貴様らがせっかく育て、鍛え上げた戦力を紙切れ一枚と多少の手切れ金で奪わなければ、儂とてこんな事に手を出すつもりはなかったのだぞ。」
「何を言ったところで、言い訳にもならないよ。現場の人間が、犯罪者を芋づる式に引きずり出すために、あえて手を組んで泳がせていたと言うのならまだしも、トップがこんなことをしていては、どんな理由があっても言い訳は効かない。私にしても同じことだがね。」
「それで、どうしろと言うのだ?」
レジアスの言葉に、深く深くため息をつくグレアム。夜天の書の修復事業と並行で進めるには、少々荷が勝ちすぎると言うのが本音だが、それこそ言い訳にもならない。
「正直なところ、管理局の規模で考えれば、この程度の量で済んでいるのは奇跡にひとしい。それでも一つ二つならともかく、全てが一度に外に漏れると致命傷だろう。管理局が瓦解することは避けられない。我々にこの資料を押し付けたということは、優喜にしても管理局と言う組織が無くなっては困るのではないかと思う。」
「つまり、派閥闘争のレベルでとっととけりをつけろ、というわけか……。」
「だろうね。幸いにして、この資料を渡される程度には、我々は彼に信頼されているらしい。今更私の地位や名誉がどうなろうがどうでもいいが、末端の真面目にやっている、汚職や派閥闘争とは一切かかわりの無い局員たちの未来が失われるのはよくない。」
「まったく、陸も海も目先の戦力不足に目を奪われ続けたつけを、こんな形で払うはめになるとはな。」
とにかく、この資料が表に漏れてはまずい。幸いにして、この時の庭園は、今や情報セキュリティも物理的なセキュリティも、次元世界で最強と言って差し支えないレベルに達している。ここに保管しておき、手をつけやすいところから切り崩していけば問題なさそうだ。
「さて、君に問おう。」
「何だ?」
「君も私も、互いに己の正義を己が手で地に引きずり落とし踏みにじった身だ。その踏みにじった正義にわびるために、少しでも次の世代が輝ける組織にするために、その身を捨てる覚悟はあるか?」
「……いいだろう。いい加減儂も、犯罪者どものいいなりになるのには、少々嫌気がさしてきたところだ。この機にこんな仕事を押し付けてきた最高評議会と手を切り、この身も含めた老害どもに引導を渡す事にしようか。」
「ならば、まずは今紛糾している例のアジトの件について、愚か者どもを黙らせるところからスタートだ。」
グレアムの言葉に、力強く頷くレジアス。何度も拒否した案件をゴリ押しで押し付けた揚句、準備も碌にさせずに強行させ、現場が不可能と判断したミッションの中止も認めないような連中は、もはや害にしかならない。しかも、その責任をすべて現場に押し付けるようでは話にもならない。
「それと、君にとっては遺憾かもしれないが、戦闘機人計画もアインヘリアルも凍結させてもらう。」
「……仕方がないな。だが、その埋め合わせはしてもらうぞ。」
「もちろん。」
この日、後に管理局始まって以来の大改革と呼ばれることになる、大規模な人身の入れ替えは、そのスタートを切ったのであった。
「……ん、よし。二人とも、だいぶ立ち直ったみたいね。」
「よかった、本当によかったよ。」
八月中旬。夏休み終了まであと二週間、CSSを去るまであと一週間に迫ったある日の事。アリサとすずかが、様子見を兼ねて遊びに来たのだ。
「アリサとすずかも、元気そうでなにより。」
「私達は、あんた達みたいにヘビーな事件には巻き込まれたりしないもの。」
「誘拐とか強迫とか、そんなに再々あるわけじゃないしね。」
いつも通りのアリサとすずかに、嬉しそうに微笑むフェイト。
「それで、歌の方はどんな感じ?」
「自惚れていいんだったら、多分クラスで一番上手になった自信はあるよ。」
なのはの大きく出た言葉に、ちらっと優喜を見るすずか。苦笑しながら頷く優喜を見て、まあ天下のCSSだし、それぐらいは当然かと結論を出す。
「優喜はどうなの?」
「僕の方は変わらず。テクニックは上達したけど、それだけ。情感を込めて歌う、ってやつがどうにも苦手でね。」
「それはそれで聞いてみたいかも。」
アリサの言葉に、苦笑しか出ない優喜。正直、優喜の実力だったら、歌を歌わせられるプログラムの方が、まだ情感と言う面では上かもしれない。
「だったら、二人に披露してみる?」
「え?」
唐突に表れたフィアッセの言葉に、反応を決めかねる優喜達。
「そうね。フィアッセさんもこう言ってるんだし、一曲歌いなさいよ。」
「嫌じゃなかったら、聞かせてほしいな。あ、フェイトちゃんは、出来れば演歌以外で。」
親友二人にこう言われて、どうにも引くに引けなくなったなのはとフェイト。どうあっても避けられないと踏んだ優喜が、先に予防線を張っておく。
「なのはとフェイトはともかく、僕は期待しないでよ。下手すると、アリサ達の方がトータルじゃうまいぐらいなんだから。」
「優喜、そういう言い訳は男らしくないわよ。覚悟を決めて、ババンと私たちを感動させて見せなさい。」
「ゆうくん、がんばって。」
なのはとフェイトのハードルをあげつつ張った予防線は、見事に粉砕される。どうにもならないと見た優喜が、小さくため息をつく。
「それで、どこで歌うの?」
「今の時間だと、小ホールがあいてるから、そこにしよっか。曲は丁度いいから、課題曲で。」
聞かせる人数と音響の兼ね合いで、そう場所を提示してくるフィアッセ。因みに課題曲はなのは達と優喜では別のものだ。優喜の方がレベルが低いので、当然と言えば当然である。
「本当は生演奏の方がいいんだけど、今日は録音で勘弁してね。」
「まだ、生演奏をバックに歌えるほどのレベルじゃ……。」
フィアッセの恐ろしい言葉に、かなり引きながら突っ込みを入れるなのは。
「なのはとフェイトは大丈夫だよ。優喜は……、テクニックと声量は十分だし、無理ってほどでもないかな?」
「そこはもう、素直にそのレベルじゃないって言ってくれた方がうれしい。」
優喜の苦情をさらっと聞き流し、課題曲の入ったCDをプレイヤーにセットする。言うまでもないが、CDラジカセのようなちゃちな機材ではない。
「じゃあ、まずは優喜から。」
「はーい。」
ここまで来て、無駄に抵抗するような見苦しい真似はしない。マイクの前で大きく息を吸い込み、課題曲を朗々と歌い上げる。
「……なるほど。」
「……ゆうくんが何を言ってたのか、よく分かった気がする。」
声量は十分だし、音程も発音も完璧。ビブラートのようなテクニックも破綻なくこなし、歌詞の盛り上がりなどに合わせて声の強弱もきっちり付けているのだが、どうにも心に響かない。単に、用意された楽譜をなぞっているだけ、という印象が強く、これだけテクニック面では高度なのに、どうにも棒読みに聞こえるのだ。
「あまり、上手くはなってないでしょ?」
「そうでもないわよ。温泉の時と比べたら、ものすごく上達してるわ、テクニック面は。」
「テクニックは、よっぽど音感に問題でもない限り、ちゃんとした指導者のところで死ぬ気で練習すれば、誰でもある程度のレベルには達するからね。僕なんかは、師匠から練習で身につく類のものを効率よく短期間で習得する方法を教わってるから、こういう事を身につけるだけなら、それほど難しくはないんだよ。」
「それはそれでうらやましいけど、要するに上達が早い分、頭打ちも早くて壁を超えるのも難しい、ってわけ?」
「そそ。それに、場合によっては、そんなずるみたいなやり方で即席で覚えるよりも、じっくり時間をかけて一歩一歩磨き上げた方が、簡単に高みに昇れることもあるし。急がば回れってのは、学習の分野でも割と当てはまる。」
だったらその効率の良い習得方法とやらをやらなければいいのでは、と思うのだが、多分骨身にしみついているのだろう。
「まあ、この話の意味は、次を聞けば分かるから。」
そう言って、舞台の上を見る。すでになのはが準備を済ませ、演奏が始まるのを待っている。その様子に気がついて、おしゃべりを止めるアリサとすずか。
雑談が終わったのを見て、フィアッセがなのはの課題曲を流す。大きく息を吸い込み、優喜とは比較にならないほど情感豊かに、朗々と楽しそうに歌いあげる。
さすがに、フィアッセやゆうひに比べれば稚拙な面はいっぱいある。テクニカルな面では、部分的に優喜の方が上達している場所もあるかもしれない。第一、まだ子供で声質そのものが安定していない。だが、優喜とどちらが上と聞かれれば、誰もが迷わずなのはが上だと答えるだろう。
なのはが歌い終わり、フェイトが壇上に上がる。なのはの歌の余韻が程よく抜けたあたりで、フェイトの課題曲が始まる。これまた楽しそうに、嬉しそうに朗々と歌い上げるフェイト。こちらは、元々の引っ込み思案の性質が影響してか、やや声量が安定していない面があり、なのは同様声質も不安定だが、テクニックは三人の中で頭一つ抜けているイメージだ。トータルでなのはとどちらが、と言われると素人のアリサとすずかには甲乙つけがたいが、コンクールなどではフェイトが紙一重で上回るイメージである。
正直なところ、なのはとフェイトが合唱するのが、一番いいものが聴けるだろうと言うのが、この場にいる一同の確信である。それほど、二人のレベルは高く、拮抗している。しかも、なのはの弱い部分がフェイトの得意なところで、フェイトが苦手そうな部分がなのはの得意分野であり、魔法や料理に続いて、こんなところまで互いに補い合うあたり、どれだけラブラブなのかと問い詰めたくなる話だ。
「ね、言ったでしょ?」
「……そうね。一切嘘は言ってなかったわね。」
「ゆうくん、そんなに音楽って苦手?」
「苦手と言うか、歌に情感を込めるって部分が、どうにもよく分からなくて。これでもやってるつもりなんだよ?」
結局のところ、優喜には音楽の一番大事な部分で致命的に才能がないらしい。本当の意味で無才という訳ではないあたりがかえって残酷ではなかろうか。
「せっかくだから、なのはとフェイトは、練習してたデュエットをやろうか。」
「はーい。」
「うん。」
素直に返事を返し、再び舞台の上に上がる。優喜が気を利かせてマイクスタンドをどけ、二人に一つずつ手持ちのマイクを渡す。優喜が舞台から降りたのを確認したところで、なのはとフェイトが最初の立ち位置に移動する。
全ての準備が整ったあたりで、フィアッセがCDを再生する。再生された曲は、どこで仕入れてきたのか、八十年代を代表する伝説のアイドルデュオのヒット曲、それも比較的後期の曲だ。日本に置いて、ある意味アイドルのイメージを確立したデュオでもあり、いまだにあちらこちらでネタにされてもいる。なお、某ピンクの淑女は七十年代を代表する方なので、今回は違う。
言うまでもなく、アリサもすずかも元ネタなど知るわけがない、と言うか、フィアッセすら日本にいたころに名前を聞いたことがあるレベルの古いネタだが、それでもなのはとフェイトが一定以上の年代の日本人にとっては懐かしいという方向性で受けを取れる事をやっている、と言うのは理解できている。ちなみに、大本のネタを振ったのははやてだ。彼女がどこでそんなネタを拾ってきたのかは、聞かないほうが身のためなのかもしれない。
「……一カ月やそこらで、よくもまあ、あのなのはにここまで完璧にダンスを仕込んだものね……。」
「私たちもここで勉強すれば、あれぐらいできるようになるのかな……?」
「ここでなくても、普通にできるようになるんじゃない? 出来るようになってどうするのかは置いておくとして。」
アリサとすずかのコメントに、苦笑しながら突っ込みを入れる優喜。それほどまでに二人の歌とダンスは完璧だった。衣装がジャージなのが残念でしょうがない。
「ここまでやるんだったら、バリアジャケットで衣装も用意すればよかったんじゃない?」
「フィアッセさんは、その辺の事を知らないから無理。」
「そういえばそうだっけ。」
などと無駄話をしながら、いろんな意味で完璧な二人のステージに、惜しみなく拍手を送る一同であった。
「それで、あの子たち、今魔法は使えるの?」
小さなステージが終わり、フィアッセがなのはとフェイトを連れてどこかへ行ってしまった後。その場に取り残された優喜達は、二人の前では話しにくい現状報告を行っていた。
「その系統の練習は、今一切やってないから、なんとも言えない。とりあえず、基礎体力のための走り込みと、感覚作りの聴頸、あと怪我した時のための軟気功の練習ぐらいはやってるけどね。」
「気功はやってるんだ。」
「基礎体力も聴頸も、管理局にかかわらなくても役に立つからね。結局、なにをするにしても最後は体が資本だし。」
二人が今回、十分な声量を稼げていたのも、ずっと続けていたランニングの成果が大きい。そもそも、成長期の小学生は、この手の事を毎日続けていれば、二カ月ぐらいでもずいぶん変わってくる。さすがにいかにスパルタ式とはいえ、まだ本格的にスポーツをやっている子供と比べれば幾分劣るが、単に運動が得意、と言うレベルの子供に比べれば、なのはですら基礎体力だけはかなり上回っている。
「しかしまあ、まだまだ不安が残る状態ね。」
優喜から一通りの現状を聞いたアリサが、微妙に顔をゆがめながらこぼす。うなされて起きることは減ったようだが、ほぼ女子校と言っていいCSSでは、男性に対する感情がどのぐらい改善されているかは、いまいち分かり辛い。日本に帰ったとたん、よくなったものがぶり返すようでは困る。
「そういえば、フェイトちゃんは予定では、新学期から転校してくるんだよね?」
「うん。試験に落ちなければその予定。」
「フェイトちゃん、大丈夫そう?」
「それは試験について? それとも、学校に溶け込めるかどうかの方?」
「両方、かな?」
すずかの心配に、それなりに真剣な顔で答えを考える優喜。
「まず、試験の方は大丈夫。名前を間違えたとか、回答欄が一つずれてたとか、そういうミスをしでかさない限りは落ちないはず。」
「フェイトの場合、普通に勘違いでやりそうなのが問題なのよね……。」
「そこは心配したところでどうにもならない。」
「まあ、そうだけど……。」
「それで、溶け込めるかどうかは、それこそ僕達がどれだけフォローするか、だと思うよ。」
それを言われてしまえば反論のしようがまったくない。今回の問題があろうがなかろうが、フェイトが普通の男子に対してまったく免疫がなく、周囲のフォローが必要なことに変わりはない。結局は昔に戻っただけだ。
「結局、私達の仕事が増えるわけね。」
「うん。悪いけど、色々頼むよ。」
と、そこまで言ったあたりで、顔つきが微妙に変わる。
「まったく持って、往生際の悪い連中だ。」
「何?」
「今回の元凶、その生き残り。ちょっとお仕置きしてくる。」
優喜が獰猛な感じの笑みを浮かべて席をはずす。その様子を見て、思わずため息が漏れるアリサ。
「君達も大変だな。」
「何だ、居たの。」
「さすがに、友も戦闘能力が高いわけではない君達を、この状況で無防備に置き去りにしたりはしないさ。」
ブレイブソウルの言葉に、苦笑をもらすアリサとすずか。とりあえず、優喜が用事を済ませるまで、このファンキーデバイス相手に駄弁って過ごす二人であった。
「あの、フィアッセさん?」
「分かってるよ。二人を呼んだ理由は、すぐ分かるから。」
そう言って、なのはとフェイトを引きつれてフィアッセが向かったのは、レコーディングスタジオであった。
「フィアッセさん、ここで何を?」
「二人はただの見学。今から、新曲のレコーディングなんだ。」
「え……?」
なのはとフェイトの反応に気を良くしたフィアッセは、悪戯っぽい笑みを浮かべてスタジオに入っていく。どうやら、さっきの三十分ほどは、準備を待つついでに気分転換をしに来たらしい。
「今回は特別だから、ね。」
収録室に入る前にそう言い置いて、何やらスタッフと打ち合わせに入る。
「あの……、イリアさん……。」
「とりあえず、話はレコーディングの後です。」
今は亡きフィアッセの母でCSSの創設者・ティオレの秘書であり、今はフィアッセの秘書をやっているイリアが、彼女にしては柔らかい表情で二人の疑問を黙殺する。
内部でいろいろ打ち合わせを行った後、フィアッセが歌い始める。レコーディングスタジオと言う狭い場所だと言うのに、いつもと同じようにのびのびと、力強くおおらかに歌いあげる彼女を、なのはとフェイトは食い入るように見つめる。
明るく穏やかな曲調の一曲目が終わり、暗い曲調の、刃のように鋭く、だがほんの少しだけ暖かいイメージの二曲目を歌い始める。どちらも日本で発表する予定の歌らしく、日本語の歌だ。
「……この歌……。」
「……うん。多分、お父さんとお兄ちゃんだ。」
フレーズ一つ一つが、世の中の裏側に生き続けた一族の、黒衣を纏う静かな青年とその父親を思わせる。だが、なのはとフェイトにとっては、もう一人、この歌のフレーズが該当する人物がいる。
特に、癒えぬ傷を抱え、帰らぬ日々を思いながら、それでも譲れぬもののために立ち上がるというフレーズは、父にも、兄にも、そして彼にも、驚くほど重なる。
「……フィアッセさん。」
「この歌……。」
「なのはとフェイトがそう思ったのなら、二人にとってはそれが正解。歌の解釈なんて、これが絶対の正解、なんてものはないんだから。」
フィアッセの言葉に、小さく一つ頷く。
「さ、アリサ達のところにもどろっか。イリア、後お願いね。」
「分かっています。」
スタッフに後の事を任せ、なのはとフェイトを連れてスタジオを後にする。さっきの歌について、あれこれ楽しそうに話しながら、来た道を戻って行く三人であった。
しばらく歩き、アリサ達の居る小ホールがある建物が見えてきたあたりで、唐突にフィアッセが二人を抱え込んで地面に伏せる。
「ちっ! 勘のいい女だ!」
「まあいい。正面からやるぞ。」
人相の悪い男が二人、空中から攻撃を仕掛けてきたのだ。手にデバイスを持っていることから、明らかに魔導師だ。
「貴方達! こんな小さな女の子に暴力をふるって、恥ずかしくないの!?」
腕の中で震えるなのはとフェイトを守りながら、明らかにせこい小悪党と分かるチンピラ風味の魔導師に非難をぶつける。
「うるさい! 俺たちはな、そのガキどものせいで惨めな思いをしたんだよ!」
フィアッセの言葉に、怒りにまかせて魔力弾を撃ちこんでくる。とっさにシールドを展開し、魔力弾を弾くフィアッセ。なのは達は知らぬことだが、フィアッセは変異性遺伝子障害と呼ばれる遺伝子病の、それも極めて珍しい症例を抱えている。Pケースと呼ばれるその症例は、副作用と引き換えに超能力を使う事が出来るのだ。
その中でもフィアッセは、かつては最も効率の悪い形でしか力を使えなかったのだが、今はいろいろあって、誰かを守るためのシールドなど、特定条件では誰よりも効率よく力を使えるようになっている。
「貴方達が惨めな思いをするのは、当たり前のことだよ。」
高機能性の証である、フィンと呼ばれる翼を背中に広げながら、フィアッセが悲しそうに答える。かつては堕天使を思わせる黒い翼だったそれは、今では純白の神々しい光を放っており、傍目にも分かりやすいぐらい善悪がはっきり分かれている。
「だって、何故悪い事をしちゃいけないのか、貴方達は本当の理由を理解してないんだから。」
「うるせえ!」
フィアッセの言葉に、先ほどから喚いていた男がさらに激高し、後先考えずにどんどん魔力弾をばらまき始める。言うまでもないが、全て殺傷設定だ。
「おい! 落ち着け!」
「テメエも攻撃しろ! あの化け物娘がおびき寄せられてるうちに蹴りつけねえと、俺たちは今度こそ終わりだ!!」
相方の台詞に舌打ちを一つし、砲撃魔法の準備をする。思うところがあるのか、こっちはあえて非殺傷設定だ。
「なのは、フェイト。優喜が来るまで持たせるから、絶対にここから動いちゃダメだよ。」
フィアッセの言葉に、素直にうなずけないなのはとフェイト。多分、連中の狙いは自分たちだ。そして、比較的冷静な方は結構な威力の砲撃魔法をチャージしている。無論、なのはの使うそれと比較すれば、デリンジャーとデザートイーグルぐらいの差があるが、曲がりなりにも砲撃は砲撃だ。フィアッセのシールドが完全にはじき切れる保証はない。それに、フィアッセのシールドは強固だが、いったい何をコストとして支払っているのかが分からない。そんなものを長く使わせたくない。
恐怖に折れそうな心を叱咤し、フェイトに念話で声をかける。
(フェイトちゃん!)
(分かってる! でも、今の私たちに、出来るかな……。)
(出来るかどうかじゃない! やるんだよ! 私たちの事情にフィアッセさんを巻き込んで、また優喜君に尻拭いをさせて! このままじゃ私たち、いつまでたっても惨めなままだよ!)
なのはの喝に心を決めるフェイト。震える体をねじ伏せて、丁寧に迅速に、目当ての魔法を構築する。あのミッションの時にはAMFに阻まれて中々発動しなかったそれが、今回はデバイスなしだと言うのに、いつもよりもあっけなく発動する。
「デバイスなしの魔法で、砲撃を防げるつもりか!?」
二人がかりで二重にラウンドシールドを展開したのを見て、あざけるように男が言う。その言葉に返事を返さず、込められるだけの魔力を込める。
「せいぜい無力を悔やみな!」
チャージを終えた砲撃魔法を、容赦なく叩きつける男。ラウンドシールドとぶつかりあった衝撃で、あたりに砂煙が巻き上がる。
「いくら高ランク魔導師でも、デバイスなしでこの一撃は……。」
男の言葉が終わるより早く、砂煙の向こう側に桜色の魔力弾と、金色の光の槍が浮かび上がる。
「な、なんだと!?」
「生身の魔導師、それもコントロールもろくにできねえ年のガキが、デバイスなしで砲撃魔法を防いで攻撃魔法を起動する、だと!?」
「もう、これぐらいのことで、いちいち驚かないで。」
「そんな相手に負けた私達が、すごく惨めになるから。」
淡々と言い返し、作り出した攻撃魔法を、相手に向かって撃ち出そうとする。
「ま、待て!」
「それを撃ったら、非殺傷でも俺たちが死ぬぞ! いいのか、管理局!?」
あわててそんなことをほざきながら、落ちたら確実に死ぬであろう高さまで飛び上がる男達。その様子を見ているうちに、彼らに対する恐怖心が、急速に消えていく。なんだか、おびえていた自分達が馬鹿みたいだ。
「……子供相手に、格好悪い……。」
「でも、どうしよう、フェイトちゃん……。」
「撃ち落して、死ぬのを見るのは嫌だよね?」
フェイトの問いかけに、困った顔で頷くなのは。高度な空中戦が出来るようなレベルではないが、空中から攻撃が出来る程度の能力はある辺り、鬱陶しいことこの上ない。
「へっ! やっぱり甘いな管理局は!」
「殺す覚悟もなしに、前線にしゃしゃり出てくるな、ガキが!」
それこそ殺される覚悟もしていないくせに、言いたい放題さえずる三下共。なのはたちが対応に困っているのをいいことに、好き放題一方的に攻撃をばら撒いてくる。
「なのは、フェイト。」
「フィアッセさん?」
「大丈夫だよ。私が、二人を人殺しにはさせないから。」
なのはとフェイトの不安そうな視線に、一つ力強く頷くフィアッセ。哀れむような視線を男達に向けると、なのはたちにはっぱをかける。
「だから、あの人たちにお仕置きしちゃって。」
「うん!」
「分かった!」
フィアッセの力強い言葉に勇気をもらい、既に準備が終わっている攻撃魔法を解き放つ。すさまじいスピードで鋭く相手をえぐりこむフォトンランサーと、巧妙な動きで防御を行わせないディバインシューター。二つの攻撃魔法が容赦なく男達を打ちのめし、魔力と意識を奪い取る。
「がっ……!!」
「げへっ……!!」
意識を失い、地面に向けてまっさかさまに落ちていく男達。フィアッセが念動力で落下速度を抑えようとするより早く、小さな影が男達を回収する。
「ごめん、遅くなった!」
「優喜君!」
「優喜、大丈夫だった!?」
「大丈夫。出て来たの全部チンピラだったし。ただ、数が多い上に、本命がちょろちょろ逃げ回っては現地調達らしいチンピラを足止めに出してきたもんだから、始末に手間取った。」
とりあえず、数の多いほうを片付けにいった優喜は、余計な知恵を働かせた連中に無駄に時間を稼がれてしまったらしい。制圧するのにかかった時間は移動時間も含めてせいぜい五分だが、数だけは多かったため後始末に手間取ったのだ。
「本当にごめん!」
「優喜君が謝る事じゃないよ。」
「もともと、こんな人たちに負けておびえていた私達が悪いんだ。」
なのはとフェイトの言葉に、そこはおびえるのが普通なんじゃないかな、と、自分のことを割りと棚にあげて考えてしまう優喜とフィアッセ。
「あ、そうだ。フィアッセさんに、私たちのことをちゃんと説明しておかないとね。」
「フィアッセさん、黙っててごめんなさい。そのせいで、危ないことに巻き込んだ。」
「いいよ、別に。私だって、この羽根のこと、隠してたしね。お互いに、秘密を交換しておしまい、ね?」
フィアッセの言葉に、涙を浮かべながら破顔するなのはとフェイト。いつまでたっても戻ってこないのを見かねて様子を見に来たアリサとすずかにも事情を話し、また一つ共有すべき秘密を増やす。
「まったく、優喜が来てから、世界の見え方がすっかり変わったわ。どうせアンタ、初対面のときから分かってたんでしょ?」
「ゆうくん、こういう事例を引き寄せる才能があるのかもね。」
あきれながら妙に嬉しそうに言うアリサとすずかに、苦笑を返すしかない優喜であった。