「ありがとうございました。」
翌日の晩。ようやく接客に慣れ、ぎこちないながらも一日の仕事を終えたシグナムとシャマル。最後の一組を送り出し、その姿が見えなくなったところで小さくため息をつく。
「……接客業が、これほどハードだとは思わなかった。」
「お疲れ様。今日はありがとう。」
「いえ。それより、不手際が多くていろいろご迷惑をおかけして、申し訳ない。」
「誰だって最初はそうよ。それに、シグナムさん達が入ってくれたおかげで、ずいぶんと助かったのは事実だし。」
「そう言っていただけると助かります。」
桃子の言葉に、明日はノーミスで仕事を終えて見せる、と、妙なところで気合を入れるシグナムとシャマル。シグナムは慎重に事を運ぼうとするあまり一つ一つの動作がもたつく傾向があり、シャマルはあわただしさに押されて、注文のチェックミスやテーブルの間違いが多かった。
だが、数百年の間戦場に身を置き続け、接客業はおろか飲食店で食事する機会自体少なかったヴォルケンリッターに、接客業をうまくやれと言うのは、間違いなく酷な話だろう。そもそも、彼女達に自覚はないが、ちゃんとした人格が表に出てきたこと自体何年振りか、というレベルだ。それを考えれば、シグナムもシャマルもちゃんとやった方だと言うのは間違いない。
「すぐに着替えて店じまいするから、ちょっと待ってね。」
「はい。」
閉店後の掃除を終え、火の元を確認し終えたところで、桃子が着替えにスタッフルームに入る。シグナム達は地味に臨戦態勢と言う事で、翠屋の制服と同じデザインのバリアジャケットを着ている。ゆえに着替えは必要ない。因みに、シグナムはレヴァンティン本体は亜空間に格納しているが、シャマルは指輪で目立たないのをいいことに、クラールヴィントを展開して常にサーチャーを周辺に飛ばしている。
(シャマル、どうだ?)
(確かに、それらしい魔導師がいるわ。翠屋周辺だと、三人、引っ掛かってるわね。)
(まったく、面倒な話だな。)
いっそ蒐集してしまおうか、などと物騒なことを考えつつ桃子を待つ。もっとも、翠屋の制服と言うやつは、基本的に白のカッターシャツと黒のスラックスもしくはスカートに、ロゴの入ったエプロンをするだけというシンプルなもので、余程派手な服装でない限り、単に私服の上にエプロンをするだけでも許されている。シグナムとシャマルはカッターシャツとスラックスをバリアジャケットにして、エプロンをその上からかけているし、桃子も基本的にエプロンを店に置いて、制服で通勤している。
(それで、魔力量はどんなものだ?)
(一番大きなものでも、せいぜい二ページぐらいかしら。余程の戦闘技能を持っていない限りは、恭也さんや美由希さんを相手取るには不足ね。)
(我々も、と言うかこの世界の人間もなめられたものだな。)
(そうね。一般人なら十分脅威だし、管理局も辺境になれば地上部隊のレベルも格段に低くなるから、出し抜くだけなら十分と言ったところでしょうけど……。)
(甘く見てはいけないが、その程度の魔力量なら、肉体鍛錬をきっちりやった非魔導師なら、制圧する方法はいくらでもある。ましてや、この世界の古流と呼ばれる流派の達人連中は、拳の届く距離なら、普通に鎧の裏側に衝撃を通してくる。)
恭也を筆頭に、彼の知り合いの幾人かの達人にさんざんやられた攻撃を思い出し、微妙な苦さとともにシャマルに告げる。
(私たちも人の事は言えないけど、魔導師は基本的に、魔力を持っていない相手を戦力としては見下す傾向が強いから、多分こちらをそれほど警戒してはいないでしょうね。)
(だな。それに、我ら騎士と違って、ミッドチルダの魔導師は、基礎体力ほど武技の類を評価していない。連中も十中八九ミッド式の魔導師だろうから、懐に入られたが最後、こちらの武術にはいいカモだろう。)
そもそも、射撃魔法や砲撃魔法は、拳銃に比べると弾速が遅く、しかも発射タイミングも割合読みやすい。その上で、相手の魔力量を考えると、一撃で人間を殺せるかどうかは微妙なラインだ。非魔導師相手なら十分と言えば十分だが、ヴォルケンリッター相手となると、装甲を貫けるかどうか自体があやしい。
「お待たせ。」
いろいろ不愉快な話題で話をしていると、桃子がスタッフルームから出てくる。こまごまとした荷物と一緒に、ケーキを入れる箱も持っている。
「それでは、帰りましょうか。」
「ええ。子供達も待ってるし。」
そう言ってから、思い出したように手元の箱をシャマルに差し出す。シグナムでなくシャマルなのは、剣を使うシグナムの手がふさがってはまずいから、という判断らしい。
「ああ、これ。今日のお礼にシュークリームを用意したから、皆で食べてね。」
「そんな、気を使わないでください!」
「いいからいいから。新しく来たバイトの子には、毎回渡してるんだし。」
「でも……。」
「それに、はやてちゃんはうちのお得意様だし、子供達の大切なお友達だから、桃子さんいくらでもサービスしちゃうわよ?」
確かに優喜と縁が出来てから、はやてはよく翠屋にお菓子類を買いに来るようになった。サービス価格とは言え、ちゃんと元が取れる程度には貰っているのだから、桃子的にはこれぐらいは何でもない。因みに、アリサとすずかの飲食代は、向こうの言い分により、特別なケースを除き定価販売だ。請求書を送れば、後で鮫島やノエルが清算しに来てくれる。
所詮小学生のはやてには、そこまでの経済力はない。それに、士郎や桃子の、娘の友達に親らしい事をしたいという気持ちも分かる。なので、そこら辺を酌んで、折衷案としてサービス価格と言う厚意をありがたく受け取っている。
「生ものだから、断られると桃子さん凄く困っちゃうのよ。だから、ね。」
「そこまでおっしゃられるのであれば……。」
「ありがたく頂きます。」
桃子の茶目っ気たっぷりながらの押しの強さに、恐縮しながらお土産を受け取るシャマル。その間もマルチタスクを生かして警戒は怠らない。そんなこんなをしていると、その日は何事もなく高町家に到着する。
「それでは、我々はここで。」
「おやすみなさい、桃子さん。」
「はい、おやすみなさい。明日もよろしくね。」
「こちらこそ、明日もご迷惑をおかけしますが。」
「こっちの都合で手伝ってもらってるんだから、そこは気にしないの。」
それじゃ、と一つ手を振って高町家に入っていく桃子を見送り、帰路につく二人。魔導師はついてきているが、どうやら仕掛けてくるつもりはないらしい。高町家付近にも三人、別口の魔導師がいるが、こいつらもただ見ているだけのようだ。
(シャマル、ヴィータ。バニングスと月村の方はどうだ?)
(月村家には五人かしら。やっぱり一番大きい魔力で二ページ程度。翠屋を見張っていた連中と、大した違いはないわね。)
(アリサんちにも同じぐらいだな。後、うちの周りに三人。現状仕掛けてくる様子はねえ。)
(三人、か。本気でなめられているようだな。)
(どーせ、はやてが車椅子で、アタシ達が十分に戦えねえと思ってんだろうよ。)
ヴィータの指摘に、内心で一つ頷くシグナム。ぶっちゃけた話、ヴィータもザフィーラも、この程度の連中にはやてを人質に取られるような無様は、決して晒さないだろう。ただ、たかが密輸組織としてはやけに戦力が整っているのは事実だ。全部、管理局基準でせいぜいDランクぐらいの、シグナム達から見れば単なる雑魚だが、単なる監視に二十人近く魔導師を裂けるのだ。
(なあ、シグナム。面倒だから全員ブッ飛ばしちまっていいんじゃねーか?)
(それは、高町とテスタロッサの仕事が終わってからだ。むやみに刺激して、わざわざ連中を警戒させる必要もなかろう。)
(それはそーだけど、あいつらがこの程度の連中にやられるようなタマか?)
(ヴィータ、俺はシグナムに賛成だ。)
ザフィーラの言葉に、一気に不機嫌になるヴィータ。
(どうにもいろいろ腑に落ちん。たかが密輸組織のくせに、妙に魔導師戦力が整っている。そのくせ、管理局の網を完全にかいくぐっているし、第一あの小僧の感覚は無視できない。)
(そうだな。私も嫌な感じがしてならない。誰か一人、いざという時にあの二人を助けに入れるように、準備だけはしておいた方が良さそうだな。)
(そこに異存はないけど、そこまでするのには、さすがに手が足りないわよ?)
(なに、高町家と月村家は、あの程度の戦力なら無視してもかまわないだろう。バニングス家が少々戦力が読めないからフォローは必要かもしれないが、あの鮫島という老人、何気に結構やるぞ。)
(なら、アタシかシグナムがなのは達のフォロー要員になるつもりでいればいいわけか。)
(だな。優喜の不安が移っただけかもしれないが、どうにも無事に終わる気がしない。)
シグナムの不気味な予言に押し黙るヴォルケンリッター。他の事ならまだしも、このミッションだけは今のあの二人では駄目だ。そんなシグナムの考えが伝わったらしい。
(なあ、シグナム。)
(どうした?)
(翠屋とバニングス家、両方フォローできっか?)
(バニングス家が数分程度持てば、問題無くフォローできる。)
(だったら、当日アタシがばれねーように近くで待機する。構わねえよな?)
ヴィータの言葉に、迷うことなく許可を出すシグナム。こうして、当日の布陣が確定する。自分達の本領発揮であるはずなのに、折角の平和で平穏な暮らしに水を差されたことに、どうにも不愉快さが消えないヴォルケンリッターであった。
「優喜、なにしてるの?」
「なのは達の初仕事のために、いろいろ準備してるんだ。」
「それはいいんだけど、そういう怪しげな真似を朝っぱらから教室でやらないの。」
何やら白紙の紙に魔法陣らしきものを書き込み、ごちゃごちゃやっている優喜に、呆れた顔で突っ込みを入れるアリサ。
「僕としても、ぜひともこういう事は引きこもってやりたいところだけど、とにかく時間が足りない。」
「……そんなに厄介なの?」
「はっきりとは分からないけど、準備に手を抜いたら冗談抜きで命にかかわる確信がある。」
「……嫌な話ね。」
などと会話をしているうちに、魔法陣が突如燃え上がり、中心に置かれたビー玉に吸い込まれる。
「それで、なに作ってるのよ。」
「使い捨ての隠れ身。三時間ぐらいしか持たない簡易版だから、二人分として最低でも十個ぐらい作っとかないとね。」
「そんなにいるの?」
「一か所じゃないし。」
それだけ答えて、黙々と作業を続ける優喜。その真剣な様子に、なにも言えなくなるアリサ。そこに、先生に用事を頼まれていたすずかが戻ってきて、優喜に声をかける。
「ゆうくん。」
「何?」
「エリザおばさんが、優君の頼んでたものを作り終わったから、家の方に送っておく、だって。あと、今回は代償は無しでいい、っていってたよ。」
「それはありがたい。これで、死ぬことだけは無くなった。」
死ぬ、という物騒な言葉に、思わず顔をしかめるアリサとすずか。
「管理局って組織は、なにを考えてるのよ……。」
「ぶっちゃけ、次元世界の、魔導師を欲しがってる組織はどこも似たようなもんだって。管理局や聖王教会よりそこら辺がまともな保護機関は無かったよ。まあ、グレアムさん達が頑張ってるから、ここさえ凌げば、当分は危ないことはしなくて済むはずだし。」
「ゆうくん、それ、信用していいの?」
「信用するしかないよ。組織がらみについては、僕は何も出来ないんだから。」
「そっか……。」
派閥闘争に本来保護対象であるはずの子供すら巻き込んでしまうのが組織の限界なら、そういった組織から身内を守り通せず、またその組織の状況にこれと言って手を打てないのが、外部の個人の限界であろう。
「どうしたの? みんな、なんかすごく暗い顔してるよ?」
教室に入ってすぐ、他のグループの子に呼ばれて、何やらメモを取りながら話をしていたなのはが、不思議そうな顔で輪に混ざってくる。
「アンタの初仕事の話。そっちは何の用だったのよ?」
「ケーキとシュークリーム、予約できないかって聞かれたから、種類と数をメモしてたの。」
「そんなの、直接店に電話でもかければ済む話じゃない。」
「まあまあ、アリサちゃん。私たちだって、たまに似たような事やってるから、人の事言えないんだし、ね?」
もっとも、そこは親しさの差、みたいなものだ。まあ、親密度ではアリサ達ほどではないにせよ、それなり以上には親しい相手だし、優喜が来る前は放課後遊ぶ機会もあったし、こういう頼みをしてきてもおかしくはないだろう。
「とりあえず、このメモ、忘れないうちに翠屋に送っておくか。」
「うん、お願い。」
「てな訳だからブレイブソウル、ちょっと持って行ってくれないかな?」
「それは構わないが友よ、細工はいいのか?」
「学校では、細工が必要な付与はやらないよ。」
優喜の回答に納得したのか、ブレイブソウルは転移魔法を起動して翠屋に移動する。その様子を最後まで見届けた後、アリサが呆れたように言う。
「アンタ、わざわざ学校にまであのファンキーデバイス持ってきてるの?」
「忘れ物した時とか便利だし、プレシアさんに預けてたりしてない時にほったらかしにすると、後がうるさいしね。」
「なるほど、ね。納得したわ。」
「うるさいって言うのは、すごくよく分かるよね。」
ため息交じりの言葉に、こちらも苦笑がちにすずかが同意する。そこで表情を切り替えて、なのはに顔を向ける二人。
「なのは、絶対無事に戻ってきなさいよ。」
「大怪我とかしたら、絶対許さないから、ね。」
「……うん。」
「それで優喜、私たちの作業は一体何?」
「この人形が壊れたら、すぐに別の人形に髪の毛とかを張り付けてほしいんだ。」
作戦決行当日。嫌な予感がぬぐいきれないまま集まった大人組は、なのは達を送り出した後、高町家の道場でエリザから送りつけられた段ボールの中身を囲んでスタンバイしていた。
「この人形は?」
「スケープドールって言ってね。壊れるまでダメージを肩代わりしてくれるんだ。」
「便利ね。ただ、疑問なんだけど、壊れかけの時に残ってる耐久力以上のダメージをあの子たちが受けた場合、どうなるの?」
「その一撃をチャラにして壊れる。完全に壊れるまでは、一切のダメージを受けることはない。」
「あり得ないほど便利だけど、状況から言ってそれぐらいのずるは必要ね。」
状況の悪さに、そんな毒のこもった一言を漏らすリンディ。段ボールの中には、五十個程度の人形が入っている。優喜の言葉が正しければ、最大で合計五十回までは即死ダメージをチャラに出来るのだ。それでもなお、不安がぬぐえない当たり、今回はここまでの経過が悪い。
偵察に行った人間が一人、ギリギリになって瀕死の重傷を負って帰ってきた。その時の様子から分かっているのは、相手は魔法ではなく拳銃や機関銃などの質量兵器がメインである事のみ。潜入し生還することに長けた局員が数人、魔法も使わない連中に敗れた事。その上、せっかく生還した人間も、情報を伝える前に意識を失い、デバイスは完全に機能停止をしているために、アジトの内部情報はゼロ。
こんな状況だから、いったん準備をやり直すべきだという主張は、数の暴力に流された。こちらの作戦が向こうに予測されているのだから、逃げられる前に強行突入で捕縛しろと押し切られ、結局十分な準備や情報もないまま作戦を開始せざるを得なかった。ならば、せめて増員を認めろという主張に対しては、そういう状況で生還出来るからこその高ランク魔導師だろうと突っぱねられた。逃げられては元も子もない以上、倫理的な問題を横に置けば、必ずしも間違った言い分ではない事が頭の痛い話である。
辛うじて現場の判断で、現地での協力者が直接・間接的に手を貸すことは認めさせたものの、開始直後からの増員は認めさせることができなかった。これでは、どうあってもなのはとフェイトに死んでほしいようにしか見えない。時間が無かったとはいえ、そこまで反感を買ってしまった自分達の落ち度を幼い二人に押し付ける形になったグレアム派と、それを止めることができなかった良識派の派閥は、全て苦い顔を抑えられなかった。
無論、敵対派閥も全員そうだと言うわけではない。まっとうな情報も与えずにゴリ押しで事を行わせて、二人にもしものことがあれば、自分達にも責任が降りかかってくる。それに、本来成功する状況で失敗し、それでも生還すると言うのがベストであり、高ランクでも普通に失敗する全く情報なしでの作戦決行など、どう転んでも自分達にいいことなどない。第一、九歳の子供が死んでもいい、と考えるほど倫理面で壊れている人間は、失敗を望む派閥ですら一握りだけだ。
結局、その一握りの発言力が大きかったことと、伝説の三提督を飛び越えたさらに上からの指示があり、反対意見はすべて押し潰されてしまったのだ。結果がどうであれ、終わった後の幹部会議は大荒れになるのは間違いないだろう。何しろ、この時の無改竄の署名付きの議事録と会議の映像は、中立的立場である無限書庫経由で、グレアム派と協力体制にある聖王教会にも流れているのだから。
「最初から、全部にくくりつけておくのはいけないの?」
「残念ながら、全部同時に同じように壊れるから意味が無い。」
「さすがに、そこまで便利ではないわけね?」
「当たり前だよ。どんなものだって、限界ってものはあるんだから。」
プレシアの質問に、ため息交じりに答える優喜。
「とりあえず、壊れたら二つ以上かぶってもいいからすぐに貼り付ける事。完全に壊れたかどうかは色で分かるから。五個壊れたら、僕は向こうに行くからね。」
「了解。」
「分かったわ。」
「言うまでもないけど、優喜君も気をつけるんだよ。」
「ん。」
エイミィの言葉に気の無い返事を返し、デフォルメしたなのはとフェイトの姿をした人形を真剣な顔で見つめる優喜であった。
(こいつはやばいな……。)
リンディ達に内緒で先に現地に来たヴィータは、偵察が失敗した理由を即座に悟った。
(AMF、それもかなり高濃度な奴だな。)
アンチマギリングフィールド、通称AMFは、その名の通り魔法の発動を阻害するフィールドだ。フィールド系魔法の一種としてミッドチルダ式にも存在する代物だが、その魔法ランクはAAA、しかも阻害できるのはせいぜいランクAぐらいまでの出力と言う、費用対効果のあまりよろしくない魔法ではある。
言うまでもないことだが、この程度の規模の密輸組織が、そんな魔法を使える魔導師を抱えているケースなど皆無だ。第一、それが出来るなら、監視にあんなお粗末な連中を派遣してくるわけがない。それに、ミッドチルダ式にあるAMFは、余程の使い手でなければここまでの濃度に出来なかったはずだ。
(内部に近付くほど濃度が上がりやがるか。これだと、アジトの中はへたすりゃ騎士甲冑の維持も厳しそうだな。)
ごく普通のミッドチルダ式のAMFなら、なのはとフェイトの出力ならそれほどの問題にはならない。だが、このAMFは確実に別系統のそれだ。ベルカ戦争やそれ以前の紛争で使われた、一部の兵器やロストロギアが、これぐらいのえげつないAMFを発生させたはずだ。
(こいつはさっさと連絡して、作戦を中止させねーと。)
連中のアジトから十分に距離を取った、太平洋のど真ん中の海上で、忍特製の探知・妨害されにくい非魔法技術による通信機を取り出す。アジトに近付いた途端に、プレシアの通信機ですら機能しないほどの通信障害が発生したのだ。どうやら、リンディ達が考えていたように、この近辺の通信障害はこいつらが関わっている可能性が高い。
「艦長か? ヴィータだ。勝手なことして悪いとは思ったけど、先回りして連中のアジトを軽く調べたんだ。作戦は中止した方がいい。かなり高濃度のAMFが現場周辺に発生してる。確実にロストロギアかベルカ時代の兵器が噛んでんぞ。」
『……そういう事、か。ヴィータさん、ありがとう! エイミィ、本局に連絡! 作戦の中止の許可を取って!』
リンディの言葉に、通信機の向こう側であわただしく動く音がする。しばらくして不吉な言葉のやり取りと、リンディの怒声が漏れ聞こえ、さらに少ししてから通信機からヴィータを呼ぶ声が聞こえる。
「どうなった?」
『中止の許可が下りなかったわ。ごめんなさい、厳しいかもしれないけど、フォローのためにもう少しそこにいて……。』
「分かった。もとよりそのつもりだしな。」
『本当にごめんなさい……。』
リンディの謝罪に答えを返さず、通信機を切る。管理局の腐った判断に怒りを覚えかけ、だが自分達の時代はおろか、少し前までは次元世界全体がそうだった事を思い出し、舌うち一つで感情を整理する。
今回問題なのは、平和な世界で育った経験の乏しい九歳児を、才能だけを頼りにフォローなしで予備兵力も用意せずに投入した事のみ。そんな事、ベルカ戦争が終わりベルカ世界が消滅してからこっち、かなり最近になるまで普通に行われていたことだ。その結果が今の慢性的な人材難だとはいえ、それほどまでに次元世界には余裕が無かったのだ。
結局、ようやく狂った常識について、腐ってると言いきれる余裕ができただけだ。社会にも組織にも、少年兵の問題について理解しない人間が一定数いるのはしょうがない事で、それがトップにいるのもどうにもならない話だ。あくまでも、先ほどまでのヴィータの感覚は、日本と言う次元世界でも屈指の平和で安全で豊かな国の発想にすぎない。
(しゃーねえ。気合入れてあいつらのフォローすっか。)
再びアジトの島に戻り、息をひそめて二人の突入を待つ。後にヴィータは、辛うじて無事に脱出してきた二人の様子を見て、最初から大人の配慮など無視して暴れればよかったと後悔することになるのであった。
「フェイトちゃん、AMFって何?」
「魔法の発動を邪魔するフィールド。なのは、今回のお仕事、かなり厄介なことになると思う。」
「……そっか。ディバインバスター、ちゃんと撃てるのかな?」
「分からない。ただ、普通のAMFは、さすがになのはのバスターをつぶせるほどの効果はないはず。」
その回答を聞いても、いまいち安心できないなのは。何しろ、なのははフェイトと違って、魔法なしだとただのドンくさい子供だ。最近の走り込みその他で、辛うじて体力だけは平均以上を保っているのだが、それとて大人を相手にどうにかできるほどではない。
もっとも、フェイトにしたところで、一人二人なら体の小ささを生かした立ち回りでどうにかは出来るかもしれないが、それ以上になると体格と腕力の差で確実に負ける。ぶっちゃけ、魔法も気功も無しの単純な打撃で、普通に大の大人をノックアウト出来る優喜がおかしいのだ。
「……結局、簡単なお仕事なんてない、ってことだよね。」
「……多分、そういう事なんだと思う。」
このミッションが、簡単じゃない仕事なんて言うレベルをはるかにぶっちぎっていることなど、経験が乏しい上に偏っている二人には分かるはずもない。ただ、前提条件からして、自分達とはとことん相性が悪い仕事だと言う事だけは知っている。
(そろそろ、話は念話でやろう。)
(うん。それで、どこから入る?)
(どこからでも同じだと思う。そもそも、全員倒すのが目的だから、下手に奇をてらって撃ち漏らすと厄介。)
(じゃあ、正面から行こっか。)
方針を決め、念のために隠れ身の効果が続いていることを確認して、そっと扉の両側に張り付く。
(マスター、AMFの影響で、出力が四十五%低下しています。)
(サー、内部のAMF濃度はもっと濃いと予想されます。おびき出して空戦で殲滅することを提案します。)
(それが一番いいんだけど、魔法を使ってるところをあまり管理外世界の住民に見られるとまずい。)
(それにね、おびき出すと言っても、反応されずに隠し通路とかから逃げられたら元も子もないし、そもそも、わざわざ不利な外に出てくるとは思えないの。)
結局のところ、なのはの言葉が止めとなって、突入以外の選択肢が無いという結論になる。
(なのは、私が扉を斬るから、バスターお願い。)
(うん、分かった。)
集束技能も使った高密度のディバインバスターを練り上げ、フェイトが鎌の魔力刃で扉を切り裂いた直後に問答無用で叩き込む。
(ターン!)
最初の曲がり角で一度曲げ、結果を見る前にもう一発。奥の通路にも曲げて撃ちこみ、反応を見る。
(やっぱり、大分威力が落ちるよ。フェイトちゃんも気をつけて。)
(分かってる。)
普段の威力なら、曲げた後にこのアジトを横に貫くぐらいの事は余裕で出来るのだが、今回は大した距離を飛んでいないのが感覚で分かる。
数分間待って、特に反応が無いのを確認して突入しようとしたその時、奥から人型をした何かがわらわらと現れる。その姿を見たフェイトが、信じられない物を見た、という表情を浮かべる。
(傀儡兵!? この高濃度AMF下でどうして!?)
(フェイトちゃん、私たちが影響を受けるからって、相手も同じ条件だとは限らないんじゃないかな?)
(……そうだね。……多分、あれならまだ、今のなのはのバスターで制圧できる。もう一発、今度は物理破壊設定でお願い。)
(了解。)
フェイトの指示に従い、物理破壊設定でバスターを叩きこむ。あっという間に傀儡兵をスクラップにし、廊下の突き当たりの壁を多少抉って消える。傀儡兵の残骸を確認し、一気に突入する。
突入前と同じ要領で、非殺傷のバスターを通路に撃ちこみ、反応を見て奥へ進む、を繰り返す二人。途中何度か出てきた傀儡兵をすべて破壊し、予想される広さから見て、半分ぐらいまで侵入する。徐々にバスターの射程距離が短くなり、バリアジャケットの維持が難しくなっていく。
(傀儡兵は多分これで全部かな?)
破壊したばかりの十体ほどの残骸を見て、なのはがフェイトの意見を聞く。破壊した数はトータルで三十体。普通この程度の規模としては多い方ではなかろうか。
(だと思う。でも、肝心の犯罪者が一人もいない。それに、ここまで拳銃を持ってる相手もいなかった。)
フェイトの言葉に、精神を研ぎ澄まし、少しだけ気の流れを読むなのは。
(駄目、わかんない。)
(私もだよ。というか、なのは。まだ私達じゃ、優喜や恭也さん見たいには行かない。)
(どうしようか?)
(見敵必殺で行くしかない。)
そう覚悟を決めなおした瞬間、レイジングハートとバルディッシュが警告を発する。
(AMF濃度上昇。通常のディバインシューターの発動が不可能になりました。)
(サー、フォトンランサー以下の魔法が完全に使用不能です。注意してください。)
デバイスの警告とほぼ同じタイミングで、隠れ身の効果が切れる。
「っ! フェイトちゃん!!」
とっさにフェイトの頭を下げさせ、念のためにラウンドシールドを展開する。次の瞬間、ラウンドシールドに結構しゃれにならない衝撃が走り、ウェストポーチの中で何かが砕け散る。
「このAMF下でマグナム弾を防ぐか。ガキの癖に末恐ろしい奴だな。」
奥の通路の影から、ごついとしか表現できない大型の拳銃を手にした男が、あきれたようにぼやきながらでてくる。なのはとフェイトは知らないが、この男が持っている銃はデザートイーグルと呼ばれる、ハンドキャノンの異名を持つ、拳銃としては地球上で屈指の破壊力を持つ代物だ。AMFなどなくても、低ランクの魔導師のバリアジャケットでは無傷ですまない類の代物である。
多分、AMFなしでも、物影から撃たれた場合、ジャケットが薄いフェイトでは、優喜の護符なしではノーダメージにはならない。当たり所によっては、衝撃で一撃で意識を刈り取られかねない。
(なのは、大丈夫!?)
(うん。でも、防御増幅を一個、使わされちゃった。)
(隔壁が降りはじめてる! 降り切る前に逃げないと!)
防御に優れるなのはのラウンドシールドを貫かれるぐらいだ。装弾数が何発かは分からないが、こちらの持っている防御増幅よりトータルの手数は多いはずだ。
二人とも即断で隠れ身と速度増加を使い、全速力でその場から離れる。隠れ身の効果で足音も消えるが、直前の場所は割れているのだ。あれだけの威力だから、よほど体を鍛えていない限りそれほど連射は出来まいが、流れ弾ですら普通に危険だ。
「ちっ! ガキの癖に多芸だな!」
三発ほど連射し、当たりを確認できずに舌打ちしていると、別の男がロケット砲・RPG-7を担いで現れる。狙いを察して即座に通路に隠れると、後ろに仲間がいないことを確認したRPG-7持ちが、容赦なくぶっ放す。
榴弾砲が、隔壁の手前で炸裂する。二つの魔力光が発生し、煙の向こうからなのはとフェイトの姿が現れる。強い衝撃により、隠れ身の効果が消えてしまったのだ。残念ながら、体勢を立て直すのにかかったタイムロスで、隔壁が下りる前に脱出できなかったようだ。
「これでも無傷か。もうちょっと濃度あげろ。」
銃弾を防ごうとしているなのはと、魔力刃で隔壁を切り裂こうとしているフェイトを見て、トランシーバーでどこかに連絡を入れる男。数秒後、ラウンドシールドと魔力刃が消える。通路の奥から、ぞろぞろと男の仲間が現れる。
「これでまだバリアジャケットが残ってやがるのか。本当に厄介なガキどもだな。まあいい。」
逃げられないようになのはの足を撃ち抜こうとする男。ラウンドシールドとお守り、それに防御増幅の効果で、辛うじてマグナム弾を防ぎきる。その様子を見て、下種な笑みを浮かべる男たち。
「頑張るじゃねえか。」
「どこまで粘るか、試してやろうぜ。」
男たちは、ニヤニヤと笑いながら、一斉に引き金を引いた。
最初の人形が二つ、同時に壊れたのを見て、優喜以外の顔がこわばる。なのは達が、RPG-7の直撃を受けた時だ。
「壊れたら、十五秒以内に次の人形に貼り付けて。」
誰よりも早く、なのはとフェイトの髪の毛を新しい人形に張り付けた優喜が、淡々とその場の人間に告げる。
「十五秒? どうして?」
「壊れた人形の効果で、十五秒は無敵時間なんだ。」
ただし、死なない、ダメージを受けない、と言うだけで、痛みは普通にある。効果が切れたら、痛みによりショック死する可能性がある。その説明を聞いたリンディ達は、真剣な顔で人形を見つめる。五分後、再びなのはの人形が壊れる。即座に反応して髪の毛を張り付けるリンディ。もう一度なのは。エイミィが反応する。フェイト。プレシアがすばらしい反射神経で貼り付ける。
「僕は現地に行くよ。」
「お願い。」
「頼んだわよ。」
大人たちの言葉に返事を返さず、優喜はブレイブソウルに転移魔法を発動させるのであった。
「不味いな、これは……。」
AMFの濃度が急激に濃くなったのを感じ取り、ヴィータが舌打ちする。カートリッジシステムを完全に潰すほどではないが、そろそろ単独では攻撃はおろか、バリアジャケットの維持も厳しくなってくる濃度だ。建物の壁ぎりぎりでこれだ。内部だと、ヴィータの出力では、カートリッジなしではジャケットの展開もおぼつかない可能性が高い。さすがに、守護騎士システムをキャンセルするほどではないから、体を維持することが出来ない訳ではないが、あまりよろしくない状況なのは間違いない。
「どうする? 突入するか?」
中で派手な爆発音が聞こえたあたりで、嫌な予感が最高潮に達する。このAMF濃度では、いかになのはといえども、これほどの衝撃と振動を起こすような砲撃は不可能だ。だが、突入したところで、犯人を仕留めることは出来ても、二人を無事に救出できる自信はない。
「……悩むのはやめだ。とっとと突入するぞ!」
中から派手な銃声が連続して聞こえてきたあたりで、覚悟を決めるヴィータ。
「ヴィータ、悪いけど中には僕がいく。」
「ユーキか。勝算は?」
「歩兵が使える程度の火器が、僕に効くとでも?」
優喜の言葉に、えらく納得してしまうヴィータ。そもそも、近代兵器といえど、歩兵が屋内に持ち込めるような火器に、ディバインバスターを超えるほどの威力があろうはずがない。そして、優喜がディバインバスターの直撃でもノーダメージに出来ることは、ヴィータですら実際に見て確認している。
それに、破壊力と言う観点でみれば、現状彼らの中の戦闘要員としては、御神流一門を除けば最低ラインだが、致傷力と言う観点では誰よりも強い。こういった屋内での戦闘に置いては、破壊力より致傷力の方が重要である。つまり、今回に関しては、メンバーの中では最も強力な駒は彼なのだ。
「ヴィータはここで待機。逃がすかもしれないから、取りこぼしたのをつぶして。」
「わーった。ぬかるなよ。」
「もちろん。」
突入のため、優喜が入り口の隔壁を破壊したところで、基地を桜色の砲撃が貫く。
「ディバインバスター? でも、ちょっと感じが違う。」
「ちょっと待て! この状況であの威力のバスターを撃つのは、いくらなのはの出力が凄まじくても無理なはずだ!」
二人してそんな風に戸惑っていると、風穴の開いた基地の中から、十代半ばか、上で見積もっても二十歳にはとどいていないであろう童顔の、背中に三対六枚の翼を生やし、なのはのものと同じバリアジャケットをまとった桃子によく似た女性が、大破したバルディッシュを手にしたフェイトを抱えて飛び出してきた。手に持っているレイジングハートらしきデバイスも、バルディッシュ同様大破している。
「なのは、フェイト!」
「え!? あれ、なのはなのか!?」
「うん! ……もしかして、アリシア?」
「誰だよ、アリシアって!?」
「帰ってから説明するよ! アリシア、もう大丈夫だから! そのままだと消滅する!!」
優喜の言葉が聞こえたからか、二人の前に着陸したなのはと思われる女性は、フェイトを地面に下ろすと急激に縮み、見覚えのある高町なのはに変わる。優喜の目には、なのはの体から消滅寸前のアリシアの霊体が出てくるのがはっきりと見えていた。安定しているから消えることはないだろうが、優喜や那美の目から見れば、自殺行為もいいところである。
「……優喜、君?」
「うん。もう大丈夫だよ。」
「優喜……。」
なのはとフェイトの手から、相棒が滑り落ちる。気力だけでかろうじて立っていた二人が、優喜にすがりついて崩れ落ちる。緊張の糸が切れてか、優喜が二人を抱きとめたと同時に、なのは達の意識は闇に沈んだ。
「……友よ。中で何があったのか、そこの二機に確認した。反吐が出るような状況だが、一応見せておこう。時間がもったいないから、脳に直接転写する。」
「了解。」
普通に聞くと危険極まりない事を、互いに平然と言ってのける。そんな主従に思わず引いていると、状況確認が終わったらしい優喜が、やたらと真剣な声でヴィータに告げる。
「……ヴィータ、転送するから、二人を連れて先に戻ってて。」
「ちょっと待て、いきなり何を言い出すんだ? それに、おめーはどうすんだよ。」
「連中を徹底的に潰さなきゃ、気が済まなくなった。大丈夫、全部合わせても二時間もあればいけるから。」
「いや、そうじゃなくて!」
優喜の腕をつかんだヴィータは、振り返った彼の表情に、思わず固まる。優喜は、笑っていたのだ。それも、獰猛としか表現できない笑みで。思わず、本能的に危険を感じて一歩下がるヴィータ。
「……ユーキ、早まるなよ?」
顔こそ笑っているが、目は全然笑っていない。しかも、雰囲気からしてかなり頭に血が上っているようだと言うのに、こういう状況でいきなり突入しようとしない程度の冷静さは残している。嫌な切れ方だ。何より怖いのは、明らかに怒っているのに、口調や対応が普段と同じなのだ。それなりに親しいヴィータだから獰猛と言う印象を受ける笑顔だが、初対面の人間だと分からないかもしれない。それがまた怖い。
「大丈夫、死なせはしないよ。こんな屑どもの命なんて、絶対に背負いたくないから。」
「いや、そういうことじゃなくて、さ。」
「あきらめろ、紅の鉄騎。言葉で止まるほど、友の怒りは軽くない。せいぜい下種どもの末路が少しでもましになるように、祈ってやってくれ。もっとも、個人的にはその必要も一切ないと思うが。」
ブレイブソウルの言葉に、優喜の説得をあきらめるヴィータ。そもそも冷静に考えれば、こいつらを優喜がつぶした結果、グレアム派が抱えるであろう面倒事など、彼女が心配する筋合いは一切ないのだ。それに、そもそもなのはが管理局に入局する以外の選択肢を奪われたのも、根本的にはこいつらの責任が大きい。
「もう止めねーよ。だけど、絶対やりすぎるなよ?」
「大丈夫。ちゃんと五体満足のまま、生まれてきたことを後悔させてあげるつもりだから。」
「友よ、八つ当たりでそこまで徹底的にやろうとする君の本性に、さすがの私も少々引き気味なのだが。」
「もう手遅れ。くだらない作業はさっさと済まそう。それじゃあヴィータ、後お願い。」
おう、と気が進まない感じで返事を返し、レイジングハートとバルディッシュを回収して、ブレイブソウルの転移魔法で海鳴に送ってもらうヴィータ。いろんな意味で、最初から自分がギガントか何かでつぶしておけばよかったと後悔するが後の祭りだ。二時間後、戻ってきた優喜に言われて捕縛に向かったアースラのメンバーは、三か所のアジト全てにおいて、完全に破壊しつくされた火器の残骸に囲まれて、ほぼ無傷のまま発狂寸前の状態で縛られ放置されている構成員を発見することになるのであった。
少しだけ、時間はさかのぼる。
「これだけのマグナム弾を受けて無傷か。お前らも、ロストロギアを持ってるのか?」
この場にいる連中の中ではリーダー格だと思われる男が、当たらずとも遠からず、と言うレベルの推測を口にし、ニヤニヤ笑いながら二人のもとに近寄る。
「だがよ。どうやら攻撃能力はないみたいだな。あったら、当の昔に反撃してるはずだしな。」
そう言って、大量のマグナム弾を受けた衝撃で膝をついていたなのはを蹴り上げる。
「っ!」
「なのは!」
無理やりラウンドシールドを使い続けた疲労で、自動防御すら使えず、腹を思いっきり蹴り上げられるなのは。次の一撃を入れようとした男は、フェイトの振るった大振りの一撃を、反射的に頭を下げてかわす。次の一撃を入れる前に、別の男に取り押さえられるフェイト。
「あぶねえなあ。そういうしつけのなってねえガキは、とことん痛めつけねえとな。」
あとはリンチだ。その場にいた男たちが、ニヤニヤ笑いながら二人を好き放題蹴りまわす。その程度の打撃では、そもそも優喜の作った防御用の護符を抜くことすらできないが、それでも当たったことが分かる程度のいくばくかの衝撃は伝わる。第一、大人の男の集団に取り囲まれ、好き放題踏みつけられ蹴り飛ばされる、という状況は、たとえ痛みが無かろうとも、先ほどまでのマグナム弾の嵐で消耗した二人の精神を確実に削り取っていく。
しばらくして、やはりなのはもフェイトもダメージは受けていない事を確認したリーダー格は、腰に下げていた大振りのナイフを取り出し、フェイトの髪をつかんで無理やり引きずり起こした。
「さて、お前らの持つロストロギアが、どの程度までお前らを守ってくれるか実験だな。」
そう言って、躊躇なく思いっきりフェイトの顔面を切りつける。当然のごとく傷などつかないが、思わずとっさに目をそらしてしまうなのは。
「なるほどな。中々高性能だな。」
「そうなると、後試すのはあれしかねえよな?」
「待て待て、お前の馬並ぶち込んだら、壊れて二度と使い物になんねえよ。」
「何言ってんだよ。どうせこの人数でマワすんだから、どっち道おんなじだって。」
「それもそうだな。」
男たちの下卑た笑みに、言葉の意味が分からないながらも、幼いなりに女としての本能で身の危険を感じて、体を強張らせるなのはとフェイト。ふらつく体を奮い立たせ、隙をついて逃げようとするが……。
「おっと、どこ行くんだいお嬢ちゃん?」
「どうせそっちに逃げたところで俺らの仲間がいるから、マワす人数が増えるだけだぜ?」
「そうそう。せっかく同級生より一足先に女になれるんだし、諦めてお前も楽しみな。」
この状況で逃げられるはずもない。勝手なことを口々に言い放ち、二人がかりで押さえつけたなのはのバリアジャケットを、持っていたナイフで容赦なく切り裂いた。元々、AMFの影響で辛うじて革製の服以上防弾チョッキ未満の防御力を維持していただけのそれは、せいぜい普通の服より切りにくい、程度の抵抗しかしなかった。
「なのは!」
「次はお前の番なんだからよ、友達が一足先に女になるのを黙って見てな!」
男の勝手な言葉に、我を忘れて暴れまわる。男の力で抑え込まれた関節が悲鳴をあげるが、そんなことなどどうでもいい。このままでは、たとえ命が助かっても、なのはの心は致命傷を負う。それを理解しているからこそ、己の身を捨てても助け出そうともがくのだが……。
「何だ、一人だけ置き去りってのはやっぱり嫌か。」
「じゃあ、お前も一緒にマワしてやるよ!」
そう言って、なのはのものよりはるかに薄いバリアジャケットの胸元を、容赦なく切り裂いた。年齢的に当然ながら、第二次性徴の兆しすら現れていない胸。それが見知らぬ男たちの前で露わになった事に、羞恥心とは違う、本能的な意味での深刻な衝撃を受ける。
肌をさらすことにそれほど抵抗の無い自分でこれだ。これ以上の事をされてしまえば、なのはは確実に壊れる。駄目だ。それだけは絶対駄目だ。
(駄目! 誰か、誰かなのはを!)
どうにもできない無力に涙しながら、心の中で必死に助けを求めるフェイト。その一部始終を唇をかみしめながら見つめていた存在が、ついに意を決して行動を起こした。
──── お姉ちゃんが、守ってあげる! ────
この期に及んでまだ親友の身を案じる妹。その望みをかなえるために、アリシアはフェイトの魂に己を重ねた。優喜に教わりフェイトが身に付けた気功を、己の存在を削って一時的に極意にまで昇華させ、体をこれから行う行為に耐えられるように、全盛期のそれに変化させる。
身長が急激に伸び、全身が女性らしい丸みを帯びる。大人になるとここまで変わるのか、と言うほど胸が膨らみ、腰から尻にかけての見事なラインが、女としてのある種の美の極致を表現する。バリアジャケットの基本的なデザインは何も変わらないが、マントの変わりに背中に三対六枚の翼が生えており、髪型もポニーテールに変わっている。
(……もしかして、アリシア?)
唐突に聞こえた声と、そこから始まった自分の体の変化に戸惑いながら、心の中に問いかける。肯定の意思とともに、今何が起こっているのか、どうやって魔法を発動させているのかを、フェイトの意識に伝えてくる。明らかに、今の自分の力量を超えているが、確かにそのやり方なら問題ないだろう。
「フェ、フェイト……ちゃん……?」
唐突に変わったフェイトの姿に、抵抗することすら忘れて呆然とするなのは。
「へえ? わざわざ俺達好みの格好になってくれるとは、気が利いてるじゃねえか。」
少しの間あ然としていた男がそう言いながら我に帰る。後ろから捕まえていた体勢をいいことに、そのまま乳房を揉みしだこうとした男を、背負い投げで地面に叩きつける。電光石火の動きでバルディッシュを拾い上げ、瞬く間になのはを押さえ込んでいた男達を叩きのめす。普段よりかなり大ぶりな刃が出ているせいか、ただ魔力刃を出しているだけでバルディッシュが軋み、破損を始める。
「テメェ!」
「体がでかくなったぐらいで、調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
まだ弾薬を残していたらしい男達が、なのはを回収したフェイトに向かってマグナム弾を叩き込む。よけると気絶している男達に当たりかねないため、念のためにラウンドシールドではじく。ただそれだけの行為で、バルディッシュの破損がどんどん進む。
「サンダーレイジ!」
あまり長く持たないと判断し、手持ちで一番早く発動する範囲攻撃を叩き込む。流れ弾で死なれても目覚めが悪いので、これ以上銃を撃たせるのも面倒だ。大量の落雷により、一瞬で制圧される男達。バルディッシュの破損が一気に進む。
(奥にまだ十五人。全部制圧して脱出する余力は……、さすがにないか。)
サーチャーを飛ばして状況を確認し、即座に方針を固める。残念だが、自分達だけでは、このミッションを完遂することは出来ない。第一、自分もなのはも、もはやこのミッションを続ける精神力は残っていない。一刻も早く逃げ出したくてたまらない。それは、この力を得た今でも変わらない。
「バルディッシュ、サンダースマッシャーで天井まで抜ける?」
『それだけの出力に、サーの体が持ちません。』
フェイト自身が感じていた事を、バルディッシュが断言する。サンダースマッシャーは構造物の破壊にはやや相性が悪い。荷電粒子なら出力をあげれば破壊速度も上がるが、放電の場合はそうでもない。それに、フェイトの体もだが、そもそもバルディッシュが最後まで持つまい。
電撃への変換資質の欠点が、見事に露わになった形である。
(アリシア、隔壁を全部斬るまで融合が持ちそう?)
アリシアの返事は否。これも、フェイトの実感と同じだ。となると、融合を維持しておく意味もない。悩んでいる間にも、バルディッシュが壊れ、アリシアの何かがすり減り、フェイトの体から力が抜けていく。ゆえに、フェイトは思い切って、アリシアに無茶を頼む事にした。
(アリシア、なのはと融合できる?)
フェイトの言葉で全てを悟ったアリシアが、肯定の意思を伝え、フェイトの体から抜け出す。瞬く間に子供の姿に戻るフェイト。もっとも、バリアジャケットはちゃんと修復されているが。
「なのは、今からアリシアがなのはの中に入っていくから、受け入れてあげて。」
「え?」
「一時的に、だけど、多分それで魔法が使えるようになると思う。」
「……うん、分かった。」
幽霊に取り憑かれる。そう考えると背筋に寒いものが走るが、さっきの男たちの下卑た笑みより怖いものはない、と思い直して頷く。正直、こんな場所には一秒たりとも居たくはない。
それに何より、自分を助けるためにそんな無茶をして、疲労で動けなくなっている親友のために、たかが幽霊に憑依されるぐらいでビビっていては女が廃る。レイジングハートのマスターとして、この程度の事に屈してたまるものか。
「アリシアちゃん、お願い。」
なのはの言葉に、アリシアが彼女の体に入っていくことで答える。アリシアから見れば家族ではあっても、血縁的には完全に他人のなのはは、フェイトとは違って双方に抵抗が大きい。あまりのおぞましさに身震いし、崩れ落ちて膝をつくなのは。
「なのは!」
「……フェイトちゃん、……あのね……。」
だが、それがどうした。自分がおぞましさを感じていると言う事は、アリシアが拒絶され、苦しんでいると言う事だ。自分達を助けるために、死んだ身でありながら力を貸してくれているのに、この程度の感触に屈してなるものか。
そんな理屈にもなっていないような理屈でおぞましさをねじ伏せ、アリシアを完全に受け入れるなのは。全身の隅々までエネルギーがいきわたり、フェイトと同じく気功の極意を持って最全盛の姿に変わる。
「……魔法少女だって……、……最後に物を言うのは……。」
手足が伸び、フェイトに比べてやや背丈が足りない程度の身長になる。急激に膨らんだ乳房は、トップでこそフェイトに劣るものの、ブラのカップサイズでは互角と言ったところか。腰から尻、太ももにかけてのラインは、これまたフェイト同様、実に見事なものだ。バリアジャケットもフェイト同様デザインは変わっておらず、同じように背中に三対六枚の天使の翼が現れ、今よりさらに延びた髪は、髪止めもなにも着けず、ストレートヘアとして後ろに流される。
「根性なんだよ!!」
そんな、今の見た目にそぐわない言葉とともに、即座にディバインバスターをチャージする。魔力の気功変換、及び気功による魔法の発動。本来、今のなのはやフェイトには不可能な高等技術を、霊としては比較的高位に位置するアリシアの手助けを受け、無理やり行っているのだ。レイジングハートとアリシアが負荷を大幅に軽減していなければ、なのはもフェイトも一度の魔法行使で、廃人同然の体になっていただろう。
その代償として、なのはの圧倒的な出力のディバインバスターは、ただ一発天井に向けてはなっただけで、レイジングハートを大破させる。だが、相棒を気遣っている暇はない。アリシアと一緒に無理をした代償で、立つのもやっとというほど消耗したフェイトを抱え込み、空けた風穴から一気に脱出する。
こうして、なのはとフェイトの初陣は、まごう事なき敗北で終わりを告げたのであった。
ミッション完了から丸一日たった翌日の夕方。
「……あれ……?」
「……私たち……、……確か……。」
「よかった、目が覚めた。」
ようやく目を覚ましたなのはとフェイトを、心の底から安心した、という表情で見守る優喜。
「……ゆうき?」
「……ゆうき、くん?」
「うん。」
夢うつつのまま、優喜の腕に触れると、唐突に昨日の記憶がよみがえる。そのフラッシュバックに、恐怖がぶり返す。いや、その場にいた時より、むしろ激しくなっている。
当然だ。ロケットランチャーだのマグナム弾だので何発も撃たれ、大の大人に囲まれて容赦なくリンチにかけられ、止めに強姦未遂だ。まだまだ心身ともに未熟な小学生が、恐怖を覚えない方がおかしいのだ。
まだ、事態に直面していた時はいい。作戦中という高揚感やら傀儡兵との戦闘やらでアドレナリンが出ており、恐怖心やら何やらと言ったものがかなりマヒしていたし、ピンチ自体はアリシアの手助けにより、圧倒的な力でねじ伏せる形で脱していたのだから。
だが、それらの恐怖心を抑える要素が無くなったとたん、反動で何倍も怖くなってしまった。元々、二人とも本質的には荒事向きの性格ではない。ぶり返した恐怖に、二人は体の震えを止める事が出来なかった。
「……大丈夫、もう大丈夫だから。」
なのはとフェイトをそっと抱き寄せ、優しく背中をさする。震える手で優喜にしがみつき、口から洩れようとする意味をなさない言葉を、どうにか押しとどめようとする二人。
「大丈夫だから。我慢しなくていいから。今は、なにがあっても僕が守るから。」
少し力を込めて抱き寄せると、ようやく素直に声を出す。意味をなさない言葉が嗚咽に変わり、号泣に変わるまでそれほど時間はかからなかった。
(……やっぱり、あの程度じゃ甘かったかな?)
(友よ、あれ以上はそれこそ人格を疑われかねんぞ。)
正直、怒りのぶつけどころは他にもあるのだ。そっち方面はグレアムとレジアスに丸投げになっているが、ぶっちゃけ優喜自身が動いてもいいのではないか、と思うところもある。そのための人材として、心当たりがなくもない。
「なのは、フェイト。これ以上、大人の都合で怖い事を無理やりさせられないように、僕が何とかする。だから、もう心配しないで。」
優喜の言葉を聞いてか聞かずか、二人はまだまだ泣き続けるのであった。