「優喜か?」
「あれ、レジアスさん?」
七月上旬の日曜、本局の転送ポート。なのはを引き連れ、ユーノやフェイト、アルフと合流した優喜は、珍しい人物と顔を合わせる。
「本局で会うなんて、珍しいね。」
「そちらこそ、午前中にこちらにいるとは珍しい。学校は休みか?」
「うん。とはいっても、当面はいろいろバタバタしてるから、友達と遊ぶ余裕はあんまりないかな?」
「ふむ。それで、今日はどういう用事だ?」
「これから聖王教会に顔見せ。この子たちを紹介しにね。」
強面のレジアスが優喜の後ろにいるなのは達を見ると、それだけでフェイトが隠れようとする。
「む、すまん。怖がらせたか。」
「ごめんね、フェイトは人見知りが激しいから。」
申し訳なさそうにするレジアスに思わず噴き出しながら、優喜が代わりに謝る。ついでにざっと四人を紹介する。
「それで優喜、このおじさんは誰だい?」
「地上本部のトップ、レジアス・ゲイズ中将。いわゆる偉いさん、らしい。」
「……そういう人にそういう口のきき方が出来る優喜の精神構造を、一度専門家に詳しく解析してもらいたいかな。」
「ユーノと言ったか? こいつの言葉づかいは、儂が言ってそうさせておってな。優喜やお前さんぐらいの小僧が丁寧な言葉遣いで敬った態度をとるのなぞ、見ているこっちが気持ち悪くてしょうがない。お前さん達も、儂の部下と言うわけではないのだから、わざわざへりくだった態度をとる必要はないぞ。」
レジアスの言葉に、どうしようかという感じで顔を見合わせるなのは達。少しばかり補足事項が必要な事に気がつき、その話をするべく口を開く優喜。
「それがね、レジアスさん。なのはとフェイトは、嘱託試験に受かってるから、一応局員なんだ。まだ通信教育での研修中だから、正式な雇用関係も発生してないし、それが終わってからも当面は、多分レジアスさんも知ってるあるプロジェクトの戦闘要員として、どこの部署とも独立して行動するけどね。」
「……もしかして、ギル・グレアムが旗振り役の、あのプロジェクトか?」
「そ。だからその関係で、この子たちを紹介しにこれから聖王教会に行くんだ。っと、そうだ。レジアスさん、今晩は時間空いてる?」
「空けようと思えば空けられなくはないが、何の用だ?」
「そのプロジェクトについて、地上本部にも噛んでほしいんだ。いくら元々が本局の案件だとはいえ、聖王教会が全面的に噛んでて、ミッドチルダにある教会本部がいろいろ動いてるし、地上本部を無視してって言うのはいろいろまずいんじゃないかなって思って。」
優喜の言葉に、ぎょっとした顔を向けるユーノとアルフ。なのはとフェイトはピンと来ていないが、管理局の本局と地上は、仲が悪いなんて言う単語でかたがつくレベルではないほど、お互いに反発しあっている。例外は、いくつかの教育施設と首都防衛隊の一部、それから陸も海も関係なく戦技を開発、教導する戦技教導隊ぐらいのものである。
その仲が悪い二つの組織の、かたや本局の最大派閥の長、かたや地上本部のトップを直接合わせて協力させようと言うのだから、ユーノとアルフが、なんてことを言うんだこの女顔は、と思うのも仕方がないだろう。
「……薄々予想はしていたが、やはりあの話の実質的なトップは貴様か?」
「まあ、最初に管理局に持ちかけたのは僕だし、その前からいろいろ動いてはいたけどね。今はせいぜい、トップの人たちの間の細かい調整役としてしか動いてないよ。」
「ふん。どうせ貴様の事だ。詭弁と正論とぺてんを混ぜて、否と言えん状況で無理やり巻き込んだのだろう?」
「よくお分かりで。」
「分からいでか。」
優喜とレジアスの会話に、うすら寒いものを感じる傍観者一同。毎度毎度、この手の会話で話を飲ませてきたというのなら、そんな二十歳は正直嫌だ。
「そもそも、今日わざわざ本局に来たのも、その話があったからだ。ギル・グレアムがわざわざ地上本部に来る、とか言いだしたがな。傲慢な本局に、重鎮をわざわざ呼びつける傲慢な人間と思われるのも癪に障るから、こちらから出向いた。」
「なるほど、ね。まあとりあえず、本局に地上の窮状やら怒りやらをぶつけるにも、本局の状況を知るにもちょうどいい機会だし、出来たら時間を作ってほしい。」
「……ふん、いいだろう。どちらにしても、こんな短時間では実りのある話なんぞ出来ん。文句を言いつけるにしても、腰を据えて話さねば意味がないからな。」
「ありがとう。あ、そうそう。出来たらオーリスさんも、外してほしいんだ。」
優喜の言葉に、後ろに控えていたオーリスが、不愉快そうに眉を一つ跳ね上げる。レジアスの娘であり、彼の腹心でもあるオーリスにとって、自分の預かり知らぬところで父が関わり物事が動く、というのは愉快なことではない。
「何故だ?」
「なにしろ、いろんな組織のトップが集まって話をするからね。出来るだけ場所を知っている人間は少なくしたいんだ。」
「……オーリスまで外すとなると、相当だな。」
「うん。相当なんだ。」
本来はプレシアの私物であるはずの時の庭園。それがだんだん、悪巧みと暗躍の場だけでなく、重大な話し合いの舞台にもなりつつある。
「僕が迎えに来るから、お願い。」
「……分かった。」
「中将!」
「オーリス、こいつがここまで言うのだ。何かあるのだろう。」
「ですが……。」
「ごめん、オーリスさん。終わったら必ず理由は話すから、ここは引いて。」
優喜の真剣な態度にしばし黙考し、この少年の今までの言動などを考えて、申し出を受け入れることにする。
「分かりました。ただし、話し合いの内容は、全てレポートにまとめていただきますから。」
「分かってる。それについては、ちゃんとそこの持ち主に中立の立場で議事録を取ってもらってるから、それと添付資料をセットで持って帰ってもらう、ってことでいいかな?」
「いいでしょう。」
「ありがとう。」
もう一度頭を下げる優喜に一つため息をつくと、そろそろ時間だからと父親を促して立ち去る。妙な緊張感が解けて、思わずため息を漏らす一同。
(友よ。)
(なにさ?)
(機密保持や安全性の確保が理由なのは分かるが、オーリス女史をハブる理由としては弱いぞ?)
(ああ、まあ、普通に考えてそうだよね。)
優喜とブレイブソウルのやり取りに興味をそそられたなのはとフェイトが、優喜に対して声をかける。
(あの言い方だと、私たちが時の庭園の場所を知ってること自体、結構まずいと思うんだけど?)
(あれはどっちかって言うと口実。実際の理由は別だし、なのは達から漏れる可能性はないに等しいから大丈夫。)
(それで優喜、その実際の理由って何? 私たちも気をつけなきゃいけない類の事?)
(なのは達は大丈夫。だって、理由ってのが、たまにオーリスさんとか他の秘書官の人とかが、中身が別人になってる事があるからだし。)
優喜の言葉に、ぎょっとした顔で彼を見る一同。
(優喜、それってもしかして……。)
(多分、ユーノが想像してる通りでいいと思う。正直、こういう時、気の流れを読めないのって、不便だよね。)
(友よ、気の流れだけが根拠なのか?)
(いんや。姿を借りた別人の時は、その人の体内から機械音がする。普段しない音だから結構目立つんだ。)
優喜の言う決定的な違いに、反論の余地を見つけられずに黙る一同。普通なら、体内の機械音なんか聞き取れるわけがない、と一蹴される話だが、優喜は家の外から八神家の内部に仕掛けられた盗聴器や監視カメラの音を聞き分けた実績がある。聞こえてもおかしくない。
「さて、そろそろ僕たちの番だし、この話はこれでおしまい。さっさと転送してもらおう。」
その後、聖王教会に別ルートで来ていたシグナム達と模擬戦の流れになる。カートリッジシステムの性能とデバイス自身の強度の差、そこに経験値の差と相性の問題も加わり、なのは達は普通に負けるのだが、それはまた別の話だ。
「すまない、よく来てくれた。」
「ふん。昼に会ったばかりだろうが。」
「それも含めて感謝しているよ。地上のトップや幹部と腹を割って話す時間や機会を作るのは、なかなか難しいのだから。」
「それもこれも、基本的に全部貴様らが悪いという事を忘れるな。」
睨みつけながらのレジアスの言葉に、深く頷くグレアム。
「だが、言い訳をさせていただくなら、本局とて、決して地上を軽視して貴重な戦力を横取りしてきたわけではない。あれだけ吸い上げてまだ足りない、というのが現実なのだ。」
苦い顔でレジアスに告げ、先月の本局の対応した事件を表示する。第一級災害指定のロストロギアだけで三件、S級の犯罪者の捕縛が五件、大規模な広域指定犯罪組織の摘発、壊滅も二件ある。その他こまごまとした事件ともなると五桁に届こうかという勢いだし、未解決事件になると、大小あわせると桁が一つ違う。
しかも、この件数はあくまでルール上、本局が対応することになっている事件のみである。グレーゾーンと言うべき案件はすべて、この報告書には含まれていない。
「……やけに負傷者が多いな。」
「ああ。第一級災害指定のロストロギアともなると、発動するだけで被害がしゃれにならない。それに、S級の犯罪者ともなると、無傷でとはなかなか行かなくてね。」
これでも、死者が出なかった分、被害が少ないほうだ、というグレアムの言葉に、なんともいえない沈黙が漂う。
「つまりこう言いたいのか? 人手が足りんから一人頭の負担が増え、その分負傷者が続出する。負傷者や死者が出るたびに一人頭の負担が増え、さらに負傷者や死者が出やすくなる。」
「ああ。もっとも、そんな話は地上も同じだと言う事も、言われるまでもなく分かっては居るよ。」
「その通りだ。貴様らが優秀な人材を強引に徴収する理由にはならんぞ。」
「地上が疲弊すれば本局の仕事量が増える。だが、本局が役割を果たさねば、結局そのしわ寄せは地上に行く。全く、頭の痛い話だよ。」
グレアムの発言に、表情を変えずに内心認識を改めるレジアス。グレアムは、彼が思っているよりかなり正確に、地上の窮状を理解していた。結局のところ、どこまで行っても問題は人材難なのだ。むしろ、本局がややもすると、地上より逼迫した状況にあるとは想像もしていなかった。
どんな犯罪も、出発点は地上だ。ゆえに、本来なら地上に戦力を配備するべきなのだろうが、管理世界の数を絞っているとはいえ、地上が担当する世界の数は広い。たとえ、高ランク魔導師をすべて地上に配備したところで、完全な水際防御などできはしない。必ずどこかで漏れが出る。それに、ロストロギアがらみの事件や次元震などの次元災害は、必ずしも地上で起こるわけではない。
そうした諸々に加え、管理外世界の中には管理局と対立している世界もないわけではない。そういった世界の軍が、海賊を装って管理世界の船舶にちょっかいをかけるケースもある。そういった、地上をどれほど強化したところで対応しようがない事件などの対処を考えると、最初から本局を強化し、一定以上のレベルの犯罪者は本局がまとめて対応するのが、一番人員配置として効率がいい、という話になってしまう。そこらへんが、ねじれの本質的な問題だ。
「我々本局が、優秀な人材を餌で釣って根こそぎ持って行っていることは認める。だが本質的には、CやDぐらいのランクの魔導師すら、絶対数が圧倒的に足りない事が問題だ。なにしろ、地上の問題の九割は、一人のランクAより十人のランクDのほうが解決に向いている類のものだからね。」
「……だったらせめて、予算をよこせ。地上の機動力をそいでいる事情の半分は、そこが原因だぞ?」
「こちらとしてもそうしたいところだが、寄付金をはじめとしてあちらこちらに出資は募っているが、なかなか、ね。」
地上と本局、どちらの設備がより金がかかるかと言えば、これまた圧倒的に本局だ。次元航行艦の一隻分の維持費だけで、小規模な部隊を結構な数養える。だが、この次元航行艦が、本局の任務の命綱である以上、ここにかかるコストは省けない。本局も地上も、事務費用などは極力節約しているが、それで浮くコストなど焼け石に水である。
「そこで、今回の話につながるのだが、聞いてくれるか?」
「……さっさと話せ。」
「夜天の書を復活させることができれば、ユニゾンデバイスの製造方法を復元できる可能性が高い。ユニゾン適性さえあれば、低ランクの魔導師でも高ランク相手に渡り合えるようになる。それ以外にも、ベルカ戦争で失われた魔導師技術を大量に復元できるだろう。そして、地上本部が関われば、それらの復元にかかる時間も短縮できる。」
「……夢のような話だな。その話が飛び出したのが本局のトップの口からでなければ、思わず飛びついていただろうな。」
レジアスの言い分に、小さく苦笑を浮かべるグレアム。今までの本局と地上の関係を考えるなら、レジアスが裏があるのではと勘繰るのも当然だろう。同じ組織だと言うのに、互いに、少しでも譲歩すればとことんまで踏み込まれる、などと考えている間柄なのだ。
「私も、地上本部のトップに、直接こういう話をする日が来るとは思わなかったよ。」
「どういう風の吹きまわしだ?」
「いろいろと思うところが出来てね。設立の経緯やこれまでの流れから、互いが仲が悪くなるのはどうしようもない。それに人間、自分の見える範囲でしか判断できないし、都合のいい情報しか耳に入れようとしないものだ。たとえ、反感を持つにいたった行為にどれほど正当性があろうと、ね。」
「……地上にも、もめる原因があると言うつもりか?」
「人間関係や組織関係の問題は、一方だけが原因の全て、という事は少ないよ。一番大きな原因が本局にあることは間違いないがね。まあ、これ以上この話をしても、こじれるだけで誰にも益はない。それに、子供たちに、こんなくだらない言い争いで負担をかけるのも、馬鹿馬鹿しいだろう?」
グレアムの言い分に、不承不承頷くレジアス。そこら辺は、管理局的には比較的第三者の優喜に、さんざん指摘された話でもある。彼の場合、本局の肩を持つと言うより、友人が管理局に入る以上、内部分裂を起こしかねないような状況はありがたくない、と言う態度を一貫して取っている。その上で、聞き流すべき愚痴と、釘を刺しておくべき内容をふるいにかけて反応を返してくるので、レジアスがいかに本局が嫌いでも、いい加減少しは方向転換せざるを得なくなってきている。
「……ふん、いいだろう。こちだとて、大人げない態度を取った、と反省せねばいかん部分があることぐらいは、さんざん指摘されて思い知っているしな。だが、グレアムよ。貴様のその思考、あの小僧に相当入れ知恵されているのではないか?」
「地上の窮状に関しては、いろいろほのめかされはしたよ。もっとも、言われるまでもなく、陸が切迫した状況にあることぐらい、想像はついていたがね。魔導師だけでなく、事務方まで優秀な人材を引き抜きに走って、地上の治安が悪化しているも何もなかろうとは、何年も言い続けていることではあるんだが、なかなかね。」
「どうやら、儂も認識を改めねばならんようだな。本局のトップが、ここまで状況を正確に把握しているとは思わなかったぞ。だが、いくら状況を把握していたところで、手綱を引き締められんようでは意味がないぞ?」
「それはすまないと思っている。だが、最大派閥のトップ、などと言われていても、影響力はたかが知れているものでね。実働部隊からの叩き上げ連中には話が通じても、事務方上りの現場を知らぬ将官は、数字とランクでしかものを判断しない連中が多い。ロウラン部長がそのあたりをまっとうに判断しているのが、奇跡と言いたくなるレベルだよ。」
「……残念だな。貴様が十一年前の事件で失脚していなければ、地上ももう少しましになっていたかもしれん。」
「……今の私は、己の妄執に取り憑かれ時間を空費し、仇敵に筋を通され教え子に諭された愚かなおいぼれだよ。せいぜいその償いに、次の世代のための盾となって、少しでも風通しを良く出来ればそれでいい。その程度の事しか出来ぬ老兵だ。ゲイズ中将が望むような世界は、たとえ失脚していなくても作れなかっただろうね。」
グレアムの韜晦に、その場を沈黙が覆う。案外、彼が地上のトップからすれば、気味が悪いほどもの分かりが良くなったのも、そこら辺が原因なのではないかと察するレジアス。
「……まずはプロジェクトの資料をよこせ。それを持って本部で検討する。さすがにこの場では返事は出来ん。」
「ああ、分かっているよ。そちらについては、返事は急がない。それに、仮に協力を得られなくとも、書の復元によって得た技術の提供は、惜しむつもりはない。」
グレアムの、それについては、という言葉に、不審げな視線を向けるレジアス。
「ほかに、何かあるのか?」
「一つ、頭の痛い話がね。ゲイズ中将、高町なのはとフェイト・テスタロッサには会ったかね?」
「ああ。可愛らしい女の子達だったな。うちのヴェルファイア一尉とブリット一尉をかなり痛めつけてくれたらしいが、それほどの能力を持っているような雰囲気はなかった。」
「まあ、見た目や性格と実力がかみ合っていない例など腐るほどある。その最たるケースを、君も一人知っているだろう?」
「確かにな。あれに比べれば、子供がAAA+の武装局員を叩きのめすぐらい、おかしな話でもない。出力と容量の大きなリンカーコアを持っていれば、単に運用の仕方を鍛えて初見殺しの戦い方に徹すればどうとでもなる。」
「そういうことだ。まあ、彼女たちは初見殺しに徹する、というレベルではなかったが。」
そこまで言って、一つため息を漏らす。
「彼女達が、平均的な武装局員と比べて、圧倒的といってもいい実力を備えているのは間違いない。だが、それはどんな状況でも戦える、というのとは違う。第一、基本的に安全が保障されている訓練や模擬戦でいくら強くても、生死のかかった戦いでその実力を十全に発揮できる、ということにはつながらない。」
「何が言いたい?」
「君も知っていると思うが、最近我々が追いかけている事件の一つに、管理外世界に拠点を置く組織の、麻薬の密輸事件がある。」
「ああ。儂が優喜と知り合うきっかけとなったフリーマーケットの事件、あれの犯人からも、その成分が検出されたからな。」
「密輸組織のアジトを複数発見し、今偵察中なのだが……。」
「まさか、あの子達にアジトを落とさせようとしているんじゃなかろうな?」
レジアスの疑問に、渋い顔で一つ頷くグレアム。
「本局トップの制服組が何人か、結託しているようでね。」
「跳ね除けられんのか?」
「ここまでに色々無理を通しすぎた。無論拒否はしているが、今回は厳しい。しかも、恐ろしいことに、二人だけですべてのアジトを攻略するように突きつけてきた。使い魔であるアルフ君すら、同行を禁止する徹底ぶりだ。」
「……そいつらは正気か?」
あまりの非常識さに、眉を潜めながら不快感を隠そうともせずに吐き捨てるレジアス。苦い顔のままのグレアムが、心底疲れたように言葉を続ける。
「倫理や現場の常識を知らないだけで、少なくとも理性という面では正気だろう。事務方出身の佐官や将官の中には、あの年であれだけの実力を持つ二人を、新たな英雄として広告塔に仕立てたい勢力がいる。それ以外にも、単に引きのよさだけで認定ランクAAA、推定ランクは最低でもS以上の、下手を打たなければこの先何十年も使いつぶせる魔導師を二人も自派に引き入れ、しかも保護者の意向という錦の御旗を持って、自身の戦力をほとんど減らさずに手元に置く事に成功したハラオウン艦長を、よく思わない人間も多い。」
「そこに加え、一級災害指定ロストロギア・闇の書の修復という大事業を、成功の目処を立ててからとはいえごり押しでグレアム派が実行することになったとあっては、面白く思わない勢力が足を引っ張るために、何をしでかしてもおかしくない、か。」
「そういうことだ。悪いことに、我々の足を引っ張りたい勢力と、なのは君たちを新たな英雄にしたい一派とは、望む結果は反対でも、そこに至るまでの利害は一致している。いかに最大派閥といったところで、相手のほうが勢力としては大きいし、この状態に持ってくるために無理を通しすぎた。書類上も不可能とは言い切れないこともあって、とても突っぱねきれない。」
なのはとフェイト、二人の実力が高すぎたが故の問題だ。多分、優喜が絡まず、時間の流れるに任せていたところで、AAAランク未満になるとは考え辛かった以上、同じ状況になっていただろうとは思われる。だが、それでもあそこまで極端な能力を持つことはなかったはずで、その分、こういったごり押しも断りやすかったはずだ。そう考えると、能力が高すぎるのも考え物だ。
「ふむ。だが、それと儂に対する用件と、何のつながりがある?」
「陸の君に海の事情に首を突っ込んでもらうのもおかしな話だが、書類の数値だけで子供を使いつぶそうとする愚か者の牽制を、手伝ってほしいのだ。」
「……それは筋違いもいいところだぞ?」
「分かっているさ。だが、恥ずかしい話だが、もはや本局内部だけで、連中を抑え切れんのだ。今回の件は最終的に飲まざるを得ないにしても、たびたび同じことを繰り返されては、鬱陶しくてかなわない。第一、いくら人的資源に余裕がないとは言え、我々が入局したころに比べればずいぶんマシになっている。昔と違って、未来ある子供を、こんな形で使いつぶす必要など一切ない。あの子達のためにも、今後入局する若者達のためにも、あの連中を封じ込め、場合によっては掃除してしまう必要がある。」
グレアムの言葉にため息が漏れるレジアス。海も陸もぎりぎりのバランスだが、だからこそ子供を使いつぶすわけには行かない。確かに台所事情は厳しいが、海も陸も、今の台所事情が厳しいがゆえに、若手や新人を温存し、きっちり育てて経験を積ませ、ちゃんとした戦力にしなければいけない。ようやく、そう言った先を見据えた運用に意識を向けられるようになってきたのだ。
海の人間の思惑に乗るのは癪だが、グレアム派に横槍を入れている連中の思惑を通し、行動を増長させればこれまでの苦労が水の泡だ。人材不足の一因は、有望な新人や若手をフォローも無しに厳しい任務に投入し、再起不能にし続けてきたツケもあるのだから。
「それに、本局が抱えている問題を、地上が全く抱えていないとは思えない。違うかね?」
「……痛いところをついてくるな。」
「あくまで小耳にはさんだ噂だが、地上の一部で、陸士学校の卒業と入局を前倒しにしようという動きがあるそうだ。心当たりは?」
「ありすぎて困るぐらいだな。」
「だったら、利害は一致すると思うのだが、どうかね?」
グレアムの言葉に、どう答えるか悩むレジアス。なけなしの良心が、グレアムの言葉にしたがえと囁く。だが、不足した戦力のやりくりで疲弊した心は、応と答えてしまうと、戦力不足の解決のために、己の魂を売ってまで進めてきた計画まで否定されかねない、と訴える。
「……確か、明日は陸海の合同会議だったな。」
「ああ。」
「ならば、その席で低年齢の新人の保護と、消耗の少ない若手の育成システムについて打診する事にしよう。」
「助かる。」
結局は、レジアスは己の良心に従う道を選んだ。伝説の三提督の同期はほぼ全て戦死か再起不能、レジアスやグレアムの世代も数えるほどしか残っておらず、何世代か下のゲンヤやゼストの同期ですら組織の規模からすれば少ない歪な人員構成。いい加減何とかしなければ、いずれじり貧だ。
「だが、この程度では牽制にもならんぞ。それに、先を見据えれば今踏みとどまらねばならんとしても、だ。その結果、今が破綻しては本末転倒だ。それについての対策は考えているのか?」
「優喜君の協力次第、というところだろうな。彼は非魔導師だが、それだけに我々とは全く違う技能系統を修めている。彼自身の修めている武術を覚えるだけで、非魔導師でも低級の犯罪者を取り押さえることぐらいは出来るだろうし、付与魔術と言うらしいが、あれで作れる道具類は魔導師にとっても役に立つ。」
「……あの防御の腕輪か。ナカジマの娘に頭を下げて借り受けていろいろ実験したが、低レベルのバリアジャケットと勝負できる程度の性能はあったな。バリアジャケットと違って耐環境性が無いのが問題だが、その代わり魔力切れを起こしても防御力の低下が起こらない利点がある。」
「他にも、入れ替わりの指輪なんて言うものも作っていたね。現状、それほどたくさんは作れないらしいことと、彼自身がまだ修行中で、他人に教えられるレベルに達していないらしい事が問題だが、我々の支援で解決できる問題なら支援を惜しむつもりはない。」
問題は、優喜がそれを受け入れるかどうかだろう。彼の性格からして、知り合いの頼みなら大抵のことはしてくれるだろうが、不特定多数の局員のため、となると怪しい。それに、付与魔術で作れるものは、どれもこれも効果が大きすぎる。キャスリングなどはロストロギアと大差ないものだし、そこまでいかなくても、いろいろやばいものはたくさんある。それを、頼まれたからと言って量産するような迂闊な真似をするのかどうかも難しい。
頼むとなると、何らかの形で管理局内でシステム化し、それなり以上の費用を彼に支払う事で仕事という形にして、さらに持ち主を固定する手段も考える必要がある。犯罪者に奪われたりしたら目も当てられないものもあるのだから、そこらへんの整備の目途をつけてから、優喜に話を持ちかけるしかない。
「結局、子供に頼らねば状況の改善が出来ない事には変わりない、という事か……。」
「残念ながら、ね。だが、死亡・高度障害の確率を減らすことができれば、それだけでも状況は好転するはずだ。それに、道具作りを頼む分には、前線に送り込んで命の危険にさらすよりはずっとましだ、という事にするしかない。」
「ふん、因果な話だな。それで、そちらの方はそれでいいとして、肝心の二人の方はどうするつもりだ?」
「今回はどうしようもない。なにしろ、フェイト君の移住許可申請まで盾に取っているぐらいだ。断ることは事実上不可能だ。だからせめて、出来るだけ準備の時間を稼いで、どうにか無事にこの件を終わらせるしかない。」
「全く持って、不細工な話だな。」
「まったくだ。」
レジアスの言葉に、ため息しか出ないグレアム。結局この後大して実りのある話も無く、地上と海のトップは、限定的な協力を約束するだけで終わった。
「さて、どうしたものかな……。」
珍しく頭を抱えている優喜に、どうにも不安が募るリンディとプレシア。記録を見る限りでは、このぐらいの任務はどうにかなりそうな気がしなくもない。
「そんなに厄介なの?」
「厄介だよ。だってさ、拠点制圧って、今のなのは達に一番相性の悪い仕事だよ?」
「どうして?」
「閉鎖空間での戦闘って、ほとんど手つかずなんだよ。せいぜい、恭也さん達と道場でやり合ってる程度で、さ。」
二人がシグナムとヴィータに負けた原因の一つが、戦闘フィールドが比較的狭かった事である。特になのはは懐に入られると弱い。普通のAランクぐらいの魔導師ならまだしも、クロノやヴィータ相手には何も出来ないに等しい。キャスリングの指輪も、今のなのはでは連続使用が出来ないし、三秒程度のクールダウンが必要と言う指輪自体の性能限界もある。そもそも、入れ替わるものが無くなれば逃げられない。
フェイトも、現状あまり狭いフィールドだとマニューバをこなしきれない。そして、マニューバが出来ないフェイトは戦闘能力ががた落ちする。嘱託試験にしても、試験フィールドが三分の一の広さだったら、なのは達が負けていた可能性の方が高いぐらいだ。優喜が試験結果を見てまずまずだと言ったのは、二人にとって一番有利なフィールドでも、割とぎりぎりまで追い詰められていたことを指しての言葉だ。
「それにね、普通の人間相手に魔法を撃てないのも変わってない。」
「……そうだったわね。」
「それ以外にも、こう、ね。どうにも嫌な予感がするんだ。今の二人だと、絶対対応できない何かがある、って。」
優喜のように、ある程度以上荒事に慣れ親しんだ人間のこの手の勘と言うやつは、決して軽く見てはいけない物だ。実際、リンディにもありすぎるぐらい覚えがある。クロノはまだまだこの手の感覚は甘いと言わざるを得ないが、いずれそれに助けられるようになるだろう。
「それで、そのミッションはいつ?」
「最大限まで引っ張っても、日本時間で次の日曜の午前中かしら。偵察に行った人間がまだ帰ってこないから、どんなに早くなっても三日以内と言う事はないけど、もし三日以内に偵察が帰ってこなくて、MIA扱いで強行突入、となった場合は、最短で四日後ね。」
「……最短で準備しておいた方がいいかもね。とりあえず、気休めだけど二人には閉鎖空間での戦闘訓練について、いろいろメニューを組んでおくよ。四日で身につくものじゃないけど、いずれやる必要があることだし、ね。」
「こちらも出来るだけ引っ張るわ。」
それだけを告げて、ため息を一つ洩らす。内容が内容だけに、優喜が直接出向く方がいいのかもしれないが、彼は現状部外者だ。夜天の王の代理人という肩書は有効だが、この手のミッションに介入できる種類のものではない。
また、同じ理由でヴォルケンリッターの投入も厳しい。今必死になって、現地協力者と言う扱いで予備戦力にするための調整を続けているが、二人がよほどのピンチにならない限りは、投入する口実を得るのは難しいだろう。
「それで、レイジングハートとバルディッシュの調子は?」
「カートリッジシステムに負けたのがよほどショックだったようね。自分達にもカートリッジシステムをよこせの一点張りよ。聞いてみる?」
そう言って、二機のデバイスとのやり取りを再生するプレシア。
『地に堕ちた我々の誇りを取り戻すために!』
『マスターの安全と栄光のために!』
『『我々は、カートリッジシステムを要求する!!』』
「これの繰り返しよ。全く、こんな芸風をどこで仕入れてきたのかしら……。」
プレシアのぼやきに、思わず苦笑が漏れる優喜とリンディ。現実問題、優喜もプレシアも、現時点でのカートリッジシステムの組み込みには反対だ。実際に使ってみた感じ、子供が使うもんじゃないと言う結論が出る程度には負荷が大きい。鍛えている優喜がそう感じたぐらいだから、まだまだ基礎鍛錬の足りない二人に、下手に使わせるのは危険だ。一戦二戦ならいいが、何度も使い続ければ、どこにどんな故障を抱えるか分かったものではない。
「それで、結局どうするの?」
「どうするもこうするも、部品があったところで、四日やそこらで組み込んでフレームを強化して調整して、なんて突貫工事でやったら、どこにどんな不具合が出るか分からないから、今回は我慢しなさいって言い含めておいたわ。それこそ調整が甘かったら最悪、カートリッジをロードした時に暴発して自壊する可能性すらあるんだから。」
「だよね。となると、デバイス側からはその場しのぎも厳しい、か。」
「申し訳ないけど、出来るのはせいぜいフレームの補強ぐらいね。」
とにもかくにも時間が無さ過ぎる。他の装備を用意するとしても、プレシアが用意できるものなど知れている。むしろ、この場合は優喜の方が出来ることは多いだろう。
「優喜君、貴方の方では何か用意できないの?」
「それについては、考えてる事がある。後が怖いからやりたくないけど、エリザさんにも頼んでダース単位で用意する予定。」
「ダース単位って、そんなにいっぱい何を用意するつもり?」
「消耗品。今回の目的は二人を生きて帰らせることだから、そのための道具を大量に用意して物量勝負で押し切ろう。準備はするから、本番になったら、二人にも手伝ってもらうよ。」
優喜の言葉に首をかしげるプレシアとリンディ。手伝うのは構わないが、今回は直接手出しする事は出来ない。
「とりあえず、変なお願いをするけど、フェイトの髪の毛とか爪とか、出来るだけたくさん集めておいて。」
「……優喜君、一体そんなもの、なにに使うつもりなのよ。」
「ある種の呪術にね。詳しい話は段取りが間にあったらするよ。なにしろ、そもそもエリザさんが頼まれてくれなきゃ、道具がそろわないからどうにもならない。」
「……まあ、詳しい話はその時に聞くわ。フェイトの髪の毛でいいのね?」
「うん。まあ、髪の毛でなくても体の一部なら何でもいいんだけど、一番集めるのに抵抗が少ないのは髪の毛かな、って。」
体の一部とはまた、本格的に呪いっぽい話だ。一体何をするのか、聞くのが怖くなってくる。
「それはそれとして、最近どうも、翠屋近辺に魔導師と思われる気配がうろうろしてる。どうにも物騒だから、シグナムとシャマルに、アルバイトって口実で翠屋に詰めてもらおうかと思うんだ。」
「やっぱり、連中に捕捉されていたみたいね。」
「うん。どうもヴォルケンリッターの顕現がとどめになったみたい。あれも結構な魔力をばらまいたみたいだし。」
「それで、力量はどれぐらいだと思う?」
「こっちを窺ってる連中は、正面からやり合う分には、それこそ閉鎖空間でもなのは一人で十分片付くぐらいだ。ぶっちゃけ飛ばれない限りは、恭也さんに勝てるような力量は無いよ。いや、最近だったら、飛んだところで飛針で普通に撃ち落とせるぐらいかもしれない。」
優喜の言葉に、だったらなぜそこまで過剰に準備しようとするのか、と疑問がわくプレシア。逆にリンディは、その程度の力量の連中が、あれだけ荒っぽい事をしていると言うのに、今まで管理局に捕捉されなかったことをいぶかしむ。むしろ、優喜の嫌な予感と言うやつは、そこに起因しているのではなかろうか。
「それで、その事は士郎さんや恭也さんは?」
「もちろん、僕が言うまでもなく気がついてるよ。リーゼ達と言い、魔導師って連中は、どうにも気配を殺そうという意識を持ってない気がする。」
「大部分が気配を察知できないんだから、気配を殺す方も技が廃れるのはしょうがないわ。」
リンディの言葉に苦笑する優喜とプレシア。サーチャーと言う便利な探知システムとそれに対する対抗策が、人間のそっち方面の限界を大幅に落としている感が否めない。いやそもそも、魔法と言うやつが全体的に便利すぎて、肉体鍛錬ですら、ずいぶん限界が落ちている気がする。
「それで、シグナムさんたちにその話は伝わっているの?」
「今日の昼に、模擬戦やる前に話したよ。はやてのほうを手薄にするわけにいかないから、バイトって言う口実を使いにくいヴィータとザフィーラを残すことになった。」
「妥当なところね。」
「むしろ問題なのは、二人ともバイトに一抹の不安があることのほうかも。口実とはいっても、実際に働いてもらうことには変わりないし。」
優喜の言葉に、思わず沈黙するプレシアとリンディ。良くも悪くも騎士の思考のシグナムと、なんでもそつなくこなしているように見えて、ところどころでフェイトもかくやという天然ボケをやらかすシャマル。戦力としてはこの上なく強力でも、それ以外の仕事をさせるのは微妙に不安がある。
何より不安なのが、ヴォルケンリッターはいまだに戦争ボケの傾向があることだ。さすがに客商売でむやみやたらとレヴァンティンを抜くことはしなかろうが、本当の役割が護衛である以上、過剰に反応する可能性を誰にも否定できない。
「そればかりは、やってもらってみて、周りがフォローするしかないわね。はやてがどれぐらいうまく言い含めるかが勝負、というところかしら。」
「多分、書が成立してから初めての経験でしょうし、多少やらかしても大目に見てもらうしかないわね。」
「だね。後、言っておくことは……、あっとそうだ。」
「何か、問題があるの?」
リンディの嫌そうな顔に苦笑しつつ、管理局の屋台骨を揺るがしかねないことを言い放つ。
「実はね、たまに外見と中身が一致してない人がいるんだ。基本的にはレジアスさんの周りの人なんだけど、たまに本局の人も中身が入れ替わってるね。」
「……根拠は?」
「気配や気の流れが全然違う。それに、体内から機械音がするんだ。オーリスさんとか、普段はそういう音は全然しないから、ものすごく目立つよ。」
「……スパイが入り込んでいるわけね。でも、直接入れ替わるなんて、これだけあからさまなのも珍しいわね。」
ものすごく嫌そうに吐き捨てるリンディ。体内から機械音、という言葉になにやら思案するプレシア。
「戦闘機人計画か……。まだそんなものが生き残っていたのね。」
「プレシア、何か知ってるの?」
「リンディは聞いたことはない? 魔導師不足を補うための、生命倫理を踏みにじる研究のことを。」
「……噂だけは、ね。」
「そのうちの一つが私が完成させたプロジェクトFで、平行で進んでいたものの一つが、戦闘機人計画よ。内容は、名前から察して。」
ちなみにプロジェクトFは、アリシアとフェイトの例でも分かるとおり、リンカーコアを持って生まれる確率が普通の出産となんら変わらない。つまるところ、余程倫理観を捨てない限りは、目先の魔導師不足に対する処方箋には、基本的に使い物にならない。
「ほかのプロジェクトについてはおいておきましょう。ここで話すことではないわ。」
「そうね。それでプレシア、その戦闘機人計画について、何か知っていることはある?」
「詳細は知らないわ。係わり合いになっている人間については、何人か心当たりはあるけど、まだ現役となるとひとりだけね。」
「それは?」
「ジェイル・スカリエッティ。広域指定犯罪者だから、名前ぐらいは聞いたことがあるでしょ?」
「……ええ。」
一気に余計な方向できな臭くなってきた話に、軽い頭痛を覚える二人。別に優喜のせいではないと知りつつも、どうしてこいつはこういうややこしい話を引き寄せるのだろうか、と思わざるを得ない。
「それで、優喜君。その機人は全部同一人物?」
「ほぼ確実に同一人物だね。他にもいるのかもしれないけど、それを調べるのは僕の仕事じゃない。そもそも、僕は目の前の人間が普通の人かどうかは分かっても、それがおかしなことかどうかは分からない。」
「……この件が終わったら、本格的に大掃除が必要そうね。」
「グレアムさんも、同じことを言ってたよ。」
本当に、色々こき使ってくれるおガキ様だ。動かざるを得ないところが妙に腹立たしい。
「中将はこのことは?」
「ここにきたときに話した。この件では利害が一致するはずだから、多分協力してくれるんじゃない?」
「分かったわ。あまり聞きたくないけど、また何か分かったら教えて頂戴。」
「了解。」
こうして、嵐の前の静けさともいえる一連の打ち合わせは終わった。