もう少しで六月四日から五日に日付が変わろうかという時間帯。八神家において、静かに目覚めの時を迎えようとしているものがあった。
本来なら、もう一日早く、日付が六月三日から四日に変わった瞬間に目覚めるはずだった。少なくとも、それを統括している存在は、流れ込む魔力からそう予想を立てていた。
状況が変わったのはここ半月ほどの事。主から流れ込む魔力の量が、特定の時間帯だけ急激に増えるようになったのだ。そのまま続けば、起動に必要な魔力が一日早くたまる。そのはずであった。
だが、その予想はさらに裏切られる。流れ込んだ魔力が、どういう作用を起こしたのか、長年侵食を受けて歪んでいたシステムを矯正し始めたのだ。目覚める予定の数日前の事である。魔力がシステムの矯正を行うのは、魔力量が増えている時間帯だけで、結果として浸食を押し返す速度は微々たるものに落ち着いている。
問題は、その結果としてシステムに整合性が取れなくなり、起動条件を満たしても、正常に起動しなくなったのだ。正常、と言ってもすでに本来の形で起動しなくなって久しいのだが、そういう意味ではない。
結局、システムの整合性を取るためにデフラグを行った結果、起動条件を満たしてから一日以上かかって、ようやく起動出来る状態になったのだ。何とも幸先の悪い話である。もっとも、目覚めること自体が不幸の始まり、そんな存在になって久しい彼女が、起動の仕方に問題がある事を持って、幸先が悪いというのもおかしな話かもしれない。
(考えても、仕方がないか……。)
出来れば起動したくはなかったが、ここに至っては仕方がない。もはや残り少ない命だが、今度の主は少しぐらい幸せになってほしい。自分のせいで、十年に満たない生涯になってしまうのだ。ならば、せめてもの償いに、最後の最後で必ず主を裏切ってしまう自分と違う、何があっても裏切らない絶対の味方をプレゼントしよう。どうやら、辛うじて誕生日プレゼントは間に合いそうだ。
「起動。」
プロテクトを兼ねた鎖を引きちぎり、眠っている四人の守護騎士を解き放つ。かつて、本来の夜天の王の時代、王とともに戦場を駆け抜け、最後の瞬間まで王の傍を離れず、死した後も夜天の書の騎士としてその身をささげた、古代ベルカにおいて忠誠心の代名詞ともなった、ただ四騎からなる精強なる騎士団。騎士の中の騎士として、その名も高きヴォルケンリッター。
誕生日プレゼントとしては、いささか物騒にすぎるかもしれない。平和な現代日本において、精強な騎士など何の役にも立たない。天涯孤独の身である主にとって、欲しいのは絶対なる忠誠心ではなく、家族としての親愛の情だろう。
だが、たとえプレゼントとしてずれていたとしても、その身に自由は無く、自由になった時は破滅の時である彼女にとって、出来る事などそれだけしかない。四人の騎士を解き放った彼女は、事の推移をただ見守るのであった。
夜十一時半。八神家はすっかり寝静まっていた。何しろ、基本みな小学生なのだ。九時まですさまじいレベルのコンサートを聴いて、感動に気が高ぶっていたとはいえ、それほど遅くまで起きていられるわけがない。早寝早起きの習慣が染みついているなのはとフェイトが十時半ごろにダウンし、それにつられるように連鎖的に全員眠気に抵抗できなくなり、この時間には完全にみんなそろって熟睡中である。
当然、家主であるはやてもきっちり熟睡中だ。本来ならそう簡単に目が覚めるほど浅くは無い眠り、それを無理やり叩き起こす出来事が起こった。
まず最初に、本棚に収められた闇の書が、自力で本棚から抜け出し、はやての傍らまで飛んでくる。その場で空中にとどまると、部屋の外には聞こえず、だがはやての眠りを妨げる程度には派手な音を立て、書を縛っていた鎖を引きちぎってページを開く。
「……ん、……なんやうるさいなあ……。」
はやての寝ぼけた声での抗議に耳をかさず、闇の書は定められた工程を続ける。一通りページを開き終わると同時に、部屋中をまばゆいばかりの青白い光が覆い尽くす。
「……眩しいなあ、もう……、そういうのは間にあってるから、よそでやってんか……。」
まだ意識ははっきりしていないが、その光で完全に眠りを妨げられ、不機嫌そうに身を起こす。もちろん眩しくて直視できないので、目元を腕でかばい、光からは目をそらしている。
そんな不機嫌な主を放置し、闇の書は起動シークエンスの最後の一つを淡々と進める。光の中から四人の人影がひざまずいた状態で現れる。四人が完全に実体化したところで、ようやく光がおさまる。
「なんや……?」
光の中から現れたのは、明らかに日本人ではない、一見した年齢もバラバラな女性三人、男性一人の、明らかに不審人物です、という感じの黒い袖なしの上下のツーピスを着た、怪しい一団であった。少なくとも、男性以外はスカートの丈もやけに短い事もあり、六月とはいえまだまだ朝晩は肌寒く、日によっては日中も薄手の上着が恋しいこの季節に、外を出歩ける服装ではない。
「ヴォルケンリッターが一人、烈火の将・シグナム。」
はやての戸惑いを無視してか、それとも単純にそんな事に気が付いていないのか、ラベンダー色の髪をポニーテールにした、長身の女性が名乗りを上げる。
「同じく鉄槌の騎士・ヴィータ。」
自分たちと大差ないぐらいの年の頃の、赤毛を一本の三つ編みにした少女が、仰々しい名前を告げる。
「湖の騎士・シャマル。」
金髪を首筋でそろえた、女性三人の中では最も年上に見せる女性が、静かに告げる。
「盾の守護獣・ザフィーラ。」
知り合いの誰よりも長身で、全身を鋼のごとき筋肉で守った、犬の耳をはやした男性が重々しく名乗る。
「「「「我らヴォルケンリッター、ここに馳せ参じました。」」」」
最後に怪しい服装以外に統一性の無い一団が、見事に声をそろえて、そんな仰々しい言葉を告げてくる。
「は?」
あまりに現実味の無いその光景に、思わず頬をつねるはやて。痛い。夢ではないらしい。では幻覚か? そんな事を考え、恐る恐る近寄ろうとして……。
「あいた!」
「主!?」
己の足が動かぬ事を忘れ、思いっきりベッドから落ちる。これではっきり目が覚めた。夢ではあり得ない。シグナムと名乗った女性が、あわててはやてのもとに駆け寄り、彼女を助け起こす。
「大丈夫ですか、主!?」
「あ、うん、大丈夫、多分。」
などと、あやふやな返事を返し、差し出された手ではなく、シグナムの体の部位で、はやて的に最も気になった場所に手を伸ばす。
「あ、主?」
「あ~、うん。なるほど、夢でも幻覚でもないみたいやな。さすがに、幻覚でこんな生々しい乳の感触はありえへんか。」
シグナムの豊かな胸を無遠慮にこねくり回しながら、微妙に呆然とした感じでつぶやくはやて。
「いや、あの、主?」
「あ~、ごめんごめん、結構なお手前で。って、そうやなくて。」
よく分からない答えを返した後、気を取り直して本来するべき反応をする事にする。こう書くとすさまじく冷静に対応しているように聞こえるが、実際のところはやてはものすごく混乱している。
「あんたらなんやねん!! どっから出てきてん!! そもそも今何時やと思ってるんや!!」
お前こそ、今何時だと思ってるのかと問い詰めたくなるほどの音量で絶叫する。その声に目を丸くするヴォルケンリッター。ほどなく扉が開き、戦闘態勢のなのはとフェイトが飛び込んでくる。
「はやてちゃん!?」
「はやて、大丈夫!? 何があったの!?」
「魔導師か!?」
飛び込んできた二人の魔導師を見て、表情が硬くなるヴォルケンリッター。彼女達の感性ですら、年端もいかないと分類できる二人の少女。だが、その構えには隙が無く、それなりの修羅場か、かなりのレベルの訓練を経験している事は一目で見てとれる。黒い服の魔導師の傍にいる使い魔も、見た感じではかなりの力量だ。
目の前の二人の素性は分からないが、第一声を聞いた限りでは、主の敵ではなかろう。だが、主の敵ではない事と、自分たちの障害にならない事は必ずしもイコールでは結ばれない。何しろ、彼女達が戦ってきた相手の中でも、上から数えた方が早いほどの魔力量と制御技術を、この二人は持ち合わせている。着ている騎士甲冑の構成や、手にした鎌の魔力刃を見れば、そのぐらいの事は分かる。そんな人間が、フリーで転がっているはずなどあり得ない。下手をすると、自分たちの敵である管理局に所属する魔導師かもしれない。
闇の書が起動したばかりの現状、彼女達の武器は起動出来るが、残念ながら主から騎士甲冑を授かっていない。そうなると、攻撃面はともかく防御面で著しく不利だ。数の利と経験、さらには武器の性能差もあるため、負けるという事はまずあり得ないが、主を巻き込まずに、となるとかなり心もとない。
「主、騎士甲冑と戦闘許可を頂きたい。」
四人そろって臨戦態勢に入り、己のデバイスをいつでも起動出来るよう準備するヴォルケンリッター。将と名乗っていたシグナムが、その四人を代表してはやてに要求を出す。
「ちょっ、なに物騒な事言うてるんや! そもそも、主って私の事かい!?」
「ええ。あなたが、我らヴォルケンリッターの主です。」
「ほな主の命令や。その二人は友達やから、戦闘は絶対禁止!」
「ですが……。」
絶対禁止、などと言われても、相手がその気では戦闘を避けることなど出来ない。シグナムがそう言いたいのだと察したはやてが、なのはとフェイトに向かって一つ頭を下げる。
「なのはちゃん、フェイトちゃん、アルフさん。悪いんやけど、この場はちょっと武器を収めてくれへん?」
「はやてちゃんがそういうのなら。」
「その人たちが、はやてに害を与えないのなら、別に戦う理由は無いよ。」
「アタシはフェイトに従うよ。」
思ったよりあっさりと武装解除に応じるなのはとフェイト。その場で戦闘態勢を解くアルフ。その頃になって、ようやく他のメンバーが、はやての部屋にやってきた。
「なによ……、こんな時間に……。」
「はやてちゃん……、もうちょっと静かに騒げないかな……?」
二人が武装解除するより、ふた呼吸ほど早く顔を出すアリサとすずか。構えこそ解いたものの、武装を解除するタイミングを逸するなのはとフェイト。もっと静かに騒げ、などという無茶な要求に、それはどうすればいいのかと冷静になった頭でこっそり突っ込みを入れるはやて。
「なのは、フェイト……。あんた達真っ先に寝てたくせに、何でバリアジャケット着て遊んでるのよ……。」
「あ、遊んでたわけじゃ……。」
「はやての身に何かあったんじゃないかって思って、もしもの時に備えて……。」
「黙りなさい。」
寝起きだからか、妙に不機嫌なアリサの迫力に押され、反射的にバリアジャケットを解除してしまうなのはとフェイト。花柄とペンギン模様の可愛らしいパジャマが、一気に戦闘前の緊張感をそぎ落とす。
「それで、騒ぎの元凶は、そっちの勘違いした服装でそろえた、正体不明の不審な一団のせいかしら?」
「か、勘違い……。」
「不審……、だと……?」
小学生にあっさり不審人物と断じられ、思わず絶句するシグナムとザフィーラ。
「テメエ! アタシ達に喧嘩売ってんのか!?」
「そういうのは明日にしなさい。」
あまりの言い草に、思わず頭に血が上ったヴィータに、不機嫌そうにそう言い捨てるアリサ。
「テメエから喧嘩売ってきて、その言い草はなんだよ!!」
「だから、そういうのは明日にしなさい。今何時だと思ってるのよ。」
「あのなあ!!」
「あ・し・た・に・し・な・さ・い!!」
本気で切れかけたヴィータを、正体不明の迫力で抑え込むアリサ。美容と健康と健全なる成長のために、睡眠時間はとても大事なのだ。こんな現代日本に放り出せば道化にしかなり得ない連中のために、その大事な睡眠時間を削るなんてもってのほかなのだ。
「優喜……。」
ようやく上がってきた優喜に、八つ当たり気味に声をかけるアリサ。
「なに?」
「こういうのは、あんたの担当でしょ。私達を巻き込まない。」
「無茶言わないでよ。」
「いいから、あんたの責任で、何とかしなさい!」
あまりの無茶ぶりに苦笑するしかない優喜。こういう時アリサを窘める役目のすずかは、眠気が限界に達したのか、立ったまま眠っている。今にも前につんのめって転びそうな彼女を見て、さすがにとっとと話を終わらせるべきだと判断する。
「まあ、とりあえず僕たちは明日も学校があるし、細かい話は学校から帰ってきてから、ってことでお願いしたいんだけど。」
「……なぜ、と言いたいところだが、不作法なのはこちらなのだろうな。」
「シグナム、今回の主はまだ子供だし、こんな時間なのにいつまでも起こしておくのは、医者としてもどうかと思うわ。」
「……分かった、今はそちらの申し出を飲もう。」
「ありがとう。」
日付が変わって、ようやく話がすべて終わる。今回のヴォルケンリッターの顕現は、いまいちしまらない形で始まったのであった。
翌朝。染み付いた習慣に逆らえず、結局誰よりも早くおきてランニングに向かうチーム高町家。起こさないようにそっと抜け出すとか、何気に熟練の技になっていたりする。なお、言うまでもないが、優喜が先に起きて本来走るべき距離を稼ぎ、そのあとなのは達と合流して、整理運動も兼ねてのんびり走っている。
適当にコースを見繕って、普段走る程度の距離を走った三人。ちなみに、最近のなのははフェイトと大差ないぐらいのペースで走るようになってきているため、そろそろ一般的な小学生としてはかなり足が速いほうに分類される。
「おかえり。」
「ただいまって、みんな結構早起きしたんだ。もしかして、起こしちゃった?」
「大丈夫よ。起きたのはさっきだし。それにすずかはまだ寝ぼけてるしね。」
「まあ、昨日の晩はあんな事があったしね。」
昨日の晩、という優喜の台詞に、思わず苦笑する一同。普通に考えて、唐突に見知らぬ一団が部屋の中に現れれば、パニックを起こして当然である。あの程度で済んだのは、はやてが部屋にある闇の書がデバイスである事を知っており、魔法というものに対する予備知識がある程度あったからにすぎない。
もっとも、彼らが何時か出てくる事を知っていた優喜かユーノが、前もってはやてに教えておけば、昨日の晩の間抜けな状況は避けられたのかもしれないが、監視を含めたいろいろな事情から、詳しい話が出来なかったのだ。それで、間抜けなドタバタを起こしていれば世話は無いのだが。
因みに、昨晩最後まで上がってこなかったユーノは、人数が増えすぎると収拾がつかなくなるから、という理由で、優喜に待機するよう頼まれたのだ。どうせヴォルケンリッターが出てきたのだろう、とあたりをつけていたため、ユーノもその指示に素直に従い、ドタバタが収拾したあたりでさっくり二度寝に入っていた。
「それで、あの人たちは?」
「もう起きてきてるわよ。今、はやてが朝ごはんの支度してるのを、はらはらしながら見守ってるわ。」
フェイトの問いかけに、あきれたように肩をすくめながら答えるアリサ。彼女の見立てでは、刃物の扱いはともかく、料理というカテゴリーになれば、全員確実にはやてより危なっかしいはずだ。
「フェイトちゃん、私たちも手伝わなきゃ。」
「やめといた方がいいんじゃないかしら。」
「え?」
アリサの言い分にきょとんとしてしまうなのはとフェイト。二度ほどとはいえ、はやてと一緒に料理をした事のある二人は、少なくとも彼女の足を引っ張る事は無い。はやての側もそれを承知しているため、手伝うという申し出を断るとは思えない。
「別に、アンタ達の腕がどうって問題じゃなくてね。余計な手出しをすると、あの連中が暴発しそうなのよね。」
「「ああ、なるほど……。」」
「だから、今日は大人しくしておきなさい。」
アリサの言葉に素直に頷き、とりあえずシャワーを借りるために風呂場へ。一番髪を乾かすのに時間がかかるフェイトが、女の子とは思えないほど手早く済ませ、入れ違いでなのはが、これまた普段の長風呂からは想像もつかないほどあっさり済ませる。普段はシャワーでももう少し長いのだが、さすがに人の家のシャワーを借りているため、遠慮しているのだろう。
「おはよう、なのはちゃん、フェイトちゃん。」
「あ、おはよう、すずかちゃん。」
「もう、シャワー終わったんだ。」
「うん。」
朝に弱いすずかには、起きてすぐシャワーを浴びる習慣は無い。手持無沙汰だったので、いつぞやの温泉の時のように手間のかかるフェイトのドライヤーを手伝う事にしたようだ。因みにアリサは、優喜達が帰ってくる前にシャワーを済ませ、髪もすでに乾かし終えている。
「やっぱり、朝のうちに詳しい話が出来る状況じゃないわね。」
「だね。」
制服に着替え終わった優喜とアリサが、まだまだバタバタしているなのは達を見て苦笑する。幸いにして、洗面台の取り合いはそれほどひどくは無かったが、この感じでは朝食の準備を手伝うどころではないだろう。
「それで、優喜。」
「ん?」
「どうせ、あの人たちの事も、何か知ってるんでしょう?」
「まあ、大体のところは。ただ、何者かは知ってても、どういう人かは知らない。それに、何者かって言うのも、僕よりむしろユーノの方が詳しいし。」
優喜の台詞に苦笑するアリサ。いつぞやはこの秘密主義に大いにキレたが、いろいろあってそういうものだと理解した今は、下手に首を突っ込まない方が丸く収まる事もよく分かっている。それに、優喜の口ぶりからは、彼らがどういう集団かと、何故ここにいるか、後せいぜいどれぐらい強いか、ぐらいしか知らないのであろうことがうかがえる。質問したところで、本当に必要な答えは、彼自身にも返せない可能性が高い。
「まあ、アンタが秘密主義なのは今に始まったことじゃないし、こっちにこれと言って実害はないんでしょ?」
「少なくとも、アリサとすずかは、余計な喧嘩を吹っかけない限りは実害はないと思うよ。はやては彼らの主だから、彼らから攻撃される事はないし。」
「その言い方だと、アンタやなのは達には実害が及ぶように聞こえるけど、どうなの?」
「今後の展開次第。理由は察して。」
優喜の言葉に、小さくため息をつくアリサ。本当に、新学年になってから、面倒事が続くものだ。優喜が来たせいだ、と言いたいところだが、ジュエルシードについては、なのはは優喜が来る前から巻き込まれていたようだし、今回の件も早いか遅いかの違いに過ぎないのだろう、という事もなんとなく分かってしまう。
正直、魔法だの管理局だのという要素は、自分達には全く必要がない。前に塾の帰りにそれとなく聞いたことがあるが、なのはも実際のところ、空を飛べること以外に、それほど魔法という力に魅力を感じているわけではなさそうだ。ただ、せっかくできる事があるのだから、いろいろ試してみたい、という程度らしい。
その程度のものにこうまで振り回されるのはしゃくだが、幸いにして優喜が大半の面倒事は背負ってくれるようだ。ならば、一般人のアリサとすずかは、可能な限りそれをサポートするしか無かろう。
「まったく、本当に面倒な話ね。」
「ごめんね、巻き込むだけ巻き込んで、詳しい話も出来なくて。」
「いいわよ。今回は前と違って完全に蚊帳の外ってわけじゃなさそうだし。せいぜい出来る範囲でサポートしてあげるから、絶対うまくやりなさいよ。そうじゃなきゃただじゃおかないからね。」
「出来る限りは頑張るよ。もっとも、とっくの昔に僕一人でどうこうできる範囲を超えてるから、他の人の頑張りにも期待しなきゃね。」
予想通りというかなんというか、すでに優喜は裏でいろいろやらかしているらしい。ジュエルシード事件が終わってからまだ半月。この時点ですでに個人の手に余る状況になっているあたり、どれだけ効率的に周りを巻き込んだのかが非常に気になる。
「よくもまあ、この短期間でそこまで周りを巻き込めるわね。」
「まだまだ。最低限、後二組は巻き込むつもりだし、その過程で手を借りれそうなところが増えたら、そこもどんどん巻き込んで行くつもりだし。」
「……そんなに大変な話なの?」
「リンディさんやユーノの話だと、上手くいけば少なくとも歴史に名が残るレベルの事業だってさ。」
「……本当に面倒な話ね。」
ため息交じりのアリサの台詞に苦笑すると、朝食の配膳を手伝いに行く優喜であった。
「朝がこんなにあわただしかったん、久しぶりやわ。」
「ごめんね、はやて。」
「ええって。足が治って学校行くようになったら、毎朝こんな感じになるんやし。」
聖祥組が登校するのを見送った後。食後の片付けも済ませて一息つく自宅警備員組。いつも朝はダラダラしている事が多いはやてとしては、これぐらいメリハリがある方が、自分が健全な生活をしているという自覚ができてうれしいわけだが。
因みに、現在食堂のテーブルにはユーノ、フェイト、はやてと、ヴォルケンリッターの代表としてシグナムが座っている。ヴィータとシャマルはリビングのソファに大人しく座っており、アルフとザフィーラは狼の姿で、一見仲よく窓際で寝そべっている。
「それにしても、はやてはすごいね。」
「ん? なにが?」
「あの人数の朝ごはんを作ってるのに、ちゃんとお弁当も一緒に準備できるんだし。」
「慣れたら大したことないって。今日作った朝ごはんなんか、人数増えてもあんまり関係ないメニューやったし、お弁当もよっぽどの人数分で無かったら、それほど手間は変わらへんし。」
ようやく火加減の難しい、手の込んだ料理が出来るようになったレベルのフェイトからすれば、三つあるガスコンロを同時に使って手際よくあれだけのメニューを用意できるはやては、雲の上の存在だ。
「それはそうとフェイトちゃん、ユーノ君、今日はこっちにどれぐらいまでおるん?」
「晩御飯食べたら戻るつもり。」
「僕もそのぐらいかな。」
とりあえず、今日の予定を確認するはやてに、素直に答える二人。明日から、二人とも何気に地獄のように忙しくなるのだが、今日はのんびりしてもばちは当たらないだろう。
「それはそれとして、えっと、ぼるけんりったー、だっけ?」
緊張の面持ちで、おずおずとシグナムに声をかけるフェイト。がんばれ、自分! と内心で声をかけ続け、なけなしの勇気を振り絞って話を切り出す。その様子に、思わず見えないところで拳を握り締め、心の中で、がんばれ! などと応援してしまうユーノとはやて。
「ヴォルケンリッター、だ。」
「あ、ごめんなさい。あなた達とはやての関係を、聞かせてもらってもいいかな?」
フェイトの問いかけに、少しばかり沈黙するシグナム。主との仲睦まじい様子を見せられては、無下に扱う訳には行かない。だが、この少女は手練の魔導師だ。一対一で武器の差がなければ、六四か、下手をすれば五分五分の可能性すらある、そんな相手だ。
戦って勝てない相手ではない。それどころか、現状十回やれば十の勝利を収められる相手だ。が、この年でこれだけの実力を持っているとなると、絶対に鍛えた人間がいる。そして、目の前の少女にしろ、それを鍛えた人物にしろ、どこにも所属していないフリーの存在、ということはありえない。
フェイトをじっと見つめながら、そんな現実的には半分正解で半分外れ、ぐらいの内容を思案していると、きょとんとした表情で小首をかしげながら見つめ返してきた。
「……そうだな。その前にまず、こちらから質問してもいいか?」
「? あっ、そうか、そうだよね。」
シグナムの返事に、いきなり何かを思い出した様子を見せるフェイト。その様子にいぶかしげな視線を向けると、フェイトが状況を考えると頓珍漢としか言いようがない事を言い出す。
「人にものを尋ねる時は、まず自己紹介からしないといけないよね。」
「はあ?」
「私は、フェイト・テスタロッサ。……えっと、んと……。」
真剣な顔で唸りながら何やら考え込み、心の底から困りました、という顔ではやてとユーノに助けを求める。
「ねえ、はやて、ユーノ。自己紹介って、なにを言えばいいんだっけ?」
「……悩んでたのって、そこなんだ。」
「せやなあ。普通は、年と通ってる学校と趣味・特技、言うところやけどなあ。」
「えっと、年は推定九歳でいいとして、学校は通ってないし、趣味とか特技と言えるほどのものは無いし……、どうしよう……。」
「あ~、フェイトちゃん。難しく考えんでも、もう今の時点で、大体の人となりは伝わってると思うで。」
はやてが苦笑がちに指摘すると、フェイトがそうなの? という顔で見詰め返してくる。こう、同性でもいじりたくなるような妙な可愛らしさに、思わず一瞬くらっとするはやて。実際のところ、はやての指摘した通り、ヴォルケンリッター側もフェイトの人となりを理解して、緊張感を維持しにくくなっていた。
(なあ、シグナム……。)
(どうした、ヴィータ?)
(こいつ相手に、そんなに警戒する必要無いんじゃね?)
(かもな。)
ヴィータのあきれたような言葉に、シグナムも内心苦笑しながら答えを返す。
「それで、シグナムさんやっけ。質問したい事って何?」
「主はやて、私の事はどうぞシグナムと呼び捨ててください。」
「呼び方なんかどうでもええやん。今大事なんは、お互いの疑問をはっきりさせることやで。」
「まあ、あんまり先走っても、優喜達が戻ってきた時に同じ話を繰り返すことになるから、ほどほどにした方がいいとは思うよ。」
ユーノに窘められ、それもそうやな、と、とりあえず自重する事にするはやて。
「まあ、とりあえず、さっき質問しようとしとったことぐらいは、済ませてもうてもええんちゃう?」
「だね。」
「そういうわけやから、質問お願い。」
どうにも微妙なペースで会話が進むため、はやてサイドもヴォルケンリッターサイドも、いまいち戸惑いが抜けきらない。先ほどのフェイトのものすごい勢いの天然ボケで、ずいぶん空気が柔らかくなったのが救いと言えば救いだ。
「そうですね。テスタロッサ、まずはっきりさせておきたい。」
「何?」
「聞くまでもない事だが、一応確認しておく。お前とスクライア、それに先ほど学校に行った、確かなのはと言ったか? あの少女は魔導師だな?」
「うん。一応、ミッドチルダ式の魔導師、という事になるんだっけ?」
魔導師の分類としては、現在大雑把に二種類、ミッドチルダ式とベルカ式が存在する。ただし、ベルカ式の本流は夜天の書が成立して少し後に勃発したベルカ戦争において、ベルカ世界の崩壊・消滅と一緒にほぼ途絶えている。今ベルカ式と呼ばれているのは、ミッドチルダ式を下敷きにして復刻した、亜流とでもいうべきものである。
「ほう、そう自己紹介する、という事は、ベルカ式についても少しは知っているという事か。」
「うん。確か、カートリッジシステム、だったかな? それを使う、近距離寄りの系統だってことだけ、教えてもらったことがあるよ。」
ミッドチルダ式は、なのはやフェイトが使う系統だ。なのはの集束砲などの例外を除き、基本的に己の魔力のみをエネルギー源として現象を起こす系統で、汎用性が高い半面、出力が術者の才能にもろに依存するという欠点を抱えている。ただし、あくまで使うのが自身の魔力のみなので、先のなのはのような例外を除き、基本的に身の丈に合わない魔法の発動は出来ず、儀式魔法の統率でもしない限りは、命にかかわるほど負荷の大きい魔法というのはほとんどない。
一方のベルカ式は、中から近距離での斬り合い、殴り合いに特化した系統であり、現存する術式のほとんどは身体強化や物理攻撃の威力増幅という、むしろ肉体言語と呼んだ方が近い系統だ。逆に飛び道具、特に誘導系の魔法は数少ない。現時点でベルカ式の最大の特徴になっているのは、カートリッジシステムと呼ばれる、使い捨ての魔力増幅弾を使った一時的な出力強化を行うシステムだろう。
当人の出力が低くても大魔力を扱えることが特徴のカートリッジシステムだが、基本的に身の丈に合わない力を振り回すわけだから、当然かかる負荷は馬鹿にならない。また、自身の魔力ではないため、あまり複雑な事には使いづらい。負荷に耐えるための強靭な肉体が必要な上に、あまり複雑な事には使えないその特性が、ベルカ式が全般的に近接戦闘に特化しがちになった原因ともいわれる。
シグナムが武器の差を強調していたのは、このカートリッジシステムの存在を指している。カートリッジを撃発した直後だけとはいえ、なのはやフェイトの最大出力をあっさり超える事が出来るうえ、それを使いこなす程度の技量は持ち合わせていることも考えると、シグナム達が考える通り、現状なのはやフェイトには勝ち目がないだろう。
「さて、それを知っているという事は、フリーの魔導師という事はあり得ないな。テスタロッサ、スクライア。お前たちは、どこの組織に所属している?」
「僕は、名前の通り、スクライア一族だよ。考古学と遺跡の発掘を生業とした一族だ。」
「私は、今のところ、これと言ってどこかに所属してる訳じゃないんだけど……。」
「……無所属だと? 貴様のような実力のある魔導師が?」
「実力のある魔導師?」
シグナムの言葉に、きょとんとした表情で首をかしげるフェイト。そのまま、隣にいるユーノに、ストレートに疑問をぶつける。
「ユーノ、私って実力のある魔導師だったの?」
「推定ランクAAA以上の君に実力がないんだったら、実力のある魔導師は五パーセントを切るよ……。」
実際のところ、ずっと相性の悪い相手や状況が多かったために実感しにくいが、フェイトは間違いなく、魔導師としては一流に分類できる。経験不足による判断ミスも多いので、どうにも実績面でぱっとしないのは確かだが、八割型の状況は十分に単独で解決できるだけの能力を持ち合わせている。
「……ねえ。」
「なに?」
「どうした?」
「AAAの魔導師って、すごいの?」
フェイトの素朴な疑問に、思わず絶句するユーノとヴォルケンリッター。どうにも、いろいろ認識の違いが出てきたらしいとみて、今後の展開をわくわくしながら見守るはやて。
「全力で戦えば、都市の一つや二つは余裕で廃墟に変えられる存在がすごいのかと聞くとは、なかなか剛毅ね、テスタロッサちゃん。」
「だって、私よりランクの低い魔導師を見たことがないし、第一、私、優喜に手も足も出ないし。」
フェイトの言い分は正確ではない。リンディは魔力炉のバックアップを受けなければ、ランクそのものはAA+でフェイトより低いし、直接魔導師として働いているところを見ていないだけで、アースラにはB+からA+ぐらいの魔導師が十数人いる。
なので、正確に言うなら、AA+未満の魔導師が魔法を使っているところを見たことがない、だ。ただ、そもそも、アースラで面識のある人間のうち、明確に魔導師であるという事を知っているのはリンディとクロノだけで、リンディの魔導師ランクなんぞ知らないため、フェイトの中ではこの言葉が真実なのだ。
「優喜? ああ、一人だけ違う制服を着ていた娘か。」
いきなり出てきた固有名詞に、少し考え込んで聞き返す。
「まあ、優喜君はその子で正しいんやけど、やっぱりシグナムも勘違いしとったか。」
「優喜は、男の子だよ。」
はやてとフェイトの言葉に、思いっきり固まるヴォルケンリッター。どうやら全員、優喜の事を、シグナムやヴィータのように性別意識を捨てたタイプの少女だと思っていたらしい。
「ついでに言うと、優喜は全力のなのはとフェイトを同時に相手にして、余裕で勝てる人間だし。」
「……見た目通りでは無いとは思っていたが、そこまでの魔導師か。」
「もう一つ訂正。優喜にはリンカーコアは無いよ。」
「……非魔導師が、AAAランクの魔導師二人を相手取って勝つ? 状況次第では不可能だとは言わないが、それをするにはあの小僧は幼すぎる。第一、あの体で放つ攻撃が、相対的には薄い方に分類されるとは言え、テスタロッサの騎士甲冑を撃ち抜けるはずがない。」
シグナムの意見は、魔導師ならずとも常識と言っていいだろう。どれほど鍛えたところで、普通九歳十歳の子供の放てる打撃など、しっかり防具を着込んだ大人にダメージを通すには足りない。少なくとも、一般的な武道や格闘技の類では、盾を構えた機動隊の隊員を吹きとばしたり、盾をぶち抜いて本体にダメージを与えたりはまず不可能だと考えて問題無いだろう。鍛錬に回せる時間、経験、威力を出すための体格、全てが圧倒的に足りないのが普通だ。
「まあ、いろいろと規格外だから、ね。」
「多分、腹割って話したら、いろいろ驚くと思うで。」
ユーノとはやての言葉の裏には、この話はここで終わり、という意思表示がにじんでいる。どうやら、主たちの一団は、その優喜という小僧が主導権を握っているらしいと判断し、全てをとりあえず保留にする。結局フェイトに所属の事をはぐらかされた事に気がついたが、そこはもう、そんな腹芸は出来ないと勝手に思い込んでいた自分たちのミスだ。
シグナムは知らない。フェイトは所属については、全て正直に話していた事を。管理局とつながりがあるのか、もしくは、今後管理局に所属するつもりがあるのか、と聞けば、素直にYESと答えていたという事を。時に腹の探り合いにおいては、天然ボケは古狸より厄介なことがある、という典型例であった。
「……フェイト、なにやってるの?」
半日の授業を終え、送ってきてくれたノエルの車から降りた優喜。その第一声がそれだった。
「待ってる間暇だったから、皆ではやての家の大掃除をしてたんだ。」
二階の窓を、飛行魔法を使って外から拭いていたフェイトが、振り向いて優喜に答えを返す。因みに、高いところを掃除するから、という理由で、はやてに言いつけられてジャージ姿になっている。
「どう言う話をしたらそうなったのか、非常に興味深い状況なんだけど?」
「ハウスキーパーさんが定期的に掃除に来てくれるって言っても、この大きな家をはやて一人で維持するのは大変だよね、って話から、なんとなくこうなった。」
と、実に充実しきった顔で汗をぬぐいながら答えるフェイト。どうやら、関係者一同、フェイトの天然ボケに引っ張られて、なかなか愉快な事になっているようだ。どれだけの熱意で窓を拭いたのだろうか。ものすごくぴかぴかになっている。
「ご飯の前に、僕達も手伝おうか?」
「もうそろそろ終わるから、大丈夫だよ。」
「そっか。」
フェイトの言葉に一つ頷き、八神家に入っていく。仲良く庭でせっせと草引きをしているアルフとザフィーラの姿に、どうしても苦笑が浮かぶのが止められない。天然ボケの恐ろしさ、ここに極まれりだ。
「なんだか、私たちが学校に行っている間に、すっかりみんな仲良くなってるの。」
「フェイトちゃんのペースに巻き込まれちゃったんだろうね。」
「というか、フェイトがよく初対面の強面相手に打ち解けられたわね。」
八神家の様子に、言いたい放題の三人。実際のところ、昨日の晩の険悪さを考えれば、なにがあったのかと疑いたくなるのもしょうがない。
「まあ、とりあえずご飯にしようか。なにするにしても、それからだと思うし。」
「そうね。とはいっても、お昼を済ませたら、やることは決まってるんだけどね。」
「一応確認したいんだけど、やっぱり僕も行かなきゃ駄目?」
「ゆうくん、男の子の意見も、結構大事なんだよ?」
すずかの一言に、気が重そうにため息をつく優喜。正直、自分やユーノの出番や役割はそこじゃないと思うのだが、お姫さま方はそれでは納得してくれないらしい。
「まあ、男手が必要なものもあるだろうから、そっちで役に立てるように頑張るよ……。」
あきらめたように了解の意を伝え、リビングに入っていく。そこには、昨日と変わらぬ服装のまま、無心に床にモップ掛けをしているヴィータと、同じく昨日の服装のままソファーを持ち上げているシグナムの姿が。
「……戻ったか。」
「ん。お昼用意してきてるから、適当なところで切り上げて、ご飯にしよう。」
「ああ、分かった。こちらはこのソファーの下を磨き終えれば終わりだ。それほど待たせずに終わるはずだ。」
「了解。じゃあ、悪いけど先に着替えてくるよ。」
と、ここでも特にもめること無く話が終わり、キッチンにノエルが用意してくれた昼食を置いた後、いつものようにジャージに着替えるためにリビングを出ていこうとしたその時。
「あ、そうだ。えっと……。」
同じく冷蔵庫にデザートのシュークリームを仕舞ったなのはが、思い出したようにシグナム達に声をかける。
「シグナムだ。」
「ヴィータだ。人の名前ぐらい覚えろ。」
「あ、うん、ごめんなさい。シグナムさん、ヴィータちゃん、とりあえず間に合わせだけど、服を用意してきたから、ご飯食べ終わったら、着替えてほしいの。」
「着替え? 何故だ?」
「ご飯の後、皆で買い出しに行くんだけど、その服だとちょっと。」
実際のところ、服がどうであれ確実に目立つのだが、少なくとも目立つの意味が変わる。
「んだよ。アタシ達の格好が変だっていうのか!?」
「少なくとも、この国のこの季節には一般的じゃないわね。」
「アリサ、もう着替えたんだ。早いね。」
優喜の言葉をさらっと流し、シグナムとヴィータの方に向き直るアリサ。
「別に似合わないともおかしいとも言わないけど、この国じゃ、そういう服は一部の職業の人間が、舞台で仕事着として着てたりとか、そういう感じだから。」
「部隊? この国にも、やはり騎士がいるのか?」
「いないわよ。そもそも、この日本は、戦後の憲法とかいろいろあって、まともな軍隊すらないんだからね。」
「……なんだと?」
信じられない話を聞いた、という顔をするシグナムとヴィータ。
「ちょっと待てよ、おい! この国の連中は正気か!?」
「それで外部から攻められたら、どうするつもりだ?」
「まあ、建前はそうならないように外交で蹴りをつける、ということになってるけど、実際には世界最強の軍事力を持ってる国が睨みを聞かせてるから、誰もわざわざちょっかいを出さない、という感じかな。」
「あと、最近の兵器がコスト、破壊力共に上がりすぎてる上に、勝っても負けても賠償金が取れないし植民地にも出来ないから、メリットがほとんどないんだって。」
優喜の言葉に、地味にミリタリーに詳しいすずかが補足を入れる。
「で、軍隊はないけど、治安そのものは世界一いいから、基本的に個人に武力は必要ないのよ。」
「……それは、私達が必要ないってことかしら?」
アリサの言葉にとっさに答えを返せず、沈黙してしまったシグナムとヴィータに代わり、自分の割り当てを終え、リビングに入ってきたシャマルが問いかける。見れば、いつの間にかザフィーラもリビングにいた。
「あなた達が必要かどうかは、はやてが決めることよ。私達に分かっていることは、日本で普通に暮らす限りは、本来は魔法も武術も一切いらない、ってことだけ。」
「……それは、暗に我々は邪魔だといっているようなものだぞ?」
「違うわよ。必要ないのは武力であってあなた達じゃないの。」
「武力が不要ならば、騎士に居場所など無い!」
己の存在意義を根底から否定されたような言葉を、頑なに認めようとしないシグナム。
「そもそも、ここがお前らが言うほど安全だってんなら、あの魔導師二人は何なんだよ! そっちの小僧だって、武力がいらねえって言うには物騒すぎるじゃねえか!!」
「第一、本当に軍が無いのであれば、それこそ何かあったときのために私達が必要なはずよ。」
「大体、どれほど安全だといったところで、まったく危険が無いことなどありえない。防備を固めておくに越したことは無かろう。」
ヴィータの、シャマルの、ザフィーラの言葉に、どう説明したものかと頭を抱えるアリサ。
「そうね。まず最初に言っておくけど、ザフィーラだったかしら? あなたが言うことはまったく間違いではないわ。最低限の危機管理は絶対に必要よ。」
「ならば……。」
「単純に、あなた達の考える最低限と、この国で本当に必要な最低限の間には、かなりの差があるって事。」
「お前達が勝手にそう思っているだけじゃないのか?」
どこまで行っても平行線、という感じの会話に、疲れたようにため息をつくアリサ。
「そうね、百聞は一見にしかず、ね。」
「どういう意味だ?」
「どうせ、あなた達がここで暮らすための最低限の準備をしなきゃいけないんだし、そのためにもともと昼から買い物に行くつもりだったの。当然あなた達のことなんだから、ちゃんと付いてきてもらうわよ。」
「ふむ。護衛をしろ、ということか?」
「もう、そういうことでいいわ。それで、今の服装だと不審者扱いされてもおかしくないから、用意した服装に着替えなさい。いいわね?」
不審者、という言葉に色めき立ちそうになるシグナムたちを半眼で睨むと、アリサが重ねて言葉をぶつける。
「い・い・わ・ね!?」
「あ、ああ……。」
「郷に入りては郷に従え、っちゅうことで堪忍な、シグナム。」
「主はやてがそうおっしゃるなら……。」
その様子を見て、深く深くため息をついたアリサが、はやての肩をぽんと叩く。
「はやて、アンタ一人じゃ大変だろうから、私もこの時代錯誤どもの面倒見るの、手伝うわ。」
「私も協力するから、困ったことがあったら、遠慮なく言ってね。」
「あはは、ありがとうな、アリサちゃん、すずかちゃん。」
その後手早く昼食を済ませ、服や食器、最低限の家具などを総出で買い出しに。その中で散々頓珍漢なことをやらかしてはアリサに突っ込みを入れられ、買い出しが終わるころには、はやてに対してとは別の意味でなんとなくアリサに頭が上がらなくなったヴォルケンリッターであった。