意識を失っていられたのもわずかの間だけだった。
「ひぶっ、へぶっ、ぶほっ!!?」
スパパパパーンッ!!
咲夜の制裁は一撃では終わらない。
嵐のように襲い来る往復ビンタの痛みに途切れた意識はすぐに呼び戻される。
それでも攻める手が止まることはなく、また意識を失いそうになり痛みによって再び意識を戻らされるという無限ループ。
いっそ殺してくれと言いたくなるような痛みは、咲夜が正気に戻るまで十分近く続いた。
それから、
「今回は閃が悪いんだからね!私は謝らないからね!」
「すいません、すいません、本当にその通りです。全て俺が悪うございました、申し開きのしようもありません!」
相変わらず顔を赤く染めたままの咲夜。
そんな彼女を前に閃は額を地面に擦りつける。
まぁ、要するに全力で土下座していた。
何やら、どこかで見たことがあるような光景……というよりも、閃と咲夜が出会ったばかりに合ったものと同じ光景だ。
ただ、あの時とは違い今回は咲夜もさすがにすぐに許す様子はい。
また閃の方も前回のように頬だけではすんでおらず顔全体が腫れあがっている。
ただ、本人もそれくらいはされて当然と感じているようだ。
「本当にごめん……」
心底申し訳がなさそうな閃。
咲夜はしばらくの間、何も言わずに閃を見つめる。
咲夜とて閃が自分をどうこうしようと襲い掛かったとは思っていない。
それならば、何もこんな森の中で襲い掛か必要なんてない。
自宅で夜這いでもかける方がずっと楽なのだから。
そもそも、「食料~~!!!!」などと叫んでくるわけがないだろう。
だから、また事故の類であることは分かる、分かるのだが……
なんか素直に許すのが悔しいし、恥ずかしい!!
咲夜自身、自分の感情が良く分からなかった。
もし、他の誰かに同じようなことをされてもこうはならないだろう。
当然、行為に及ぼうとしてきたら抵抗するし引っぱたくが、それでもそれで終わりだ。
そんな相手に羞恥や悔しいなどという感情を抱いたりはしない、軽蔑するだけだ。
それなのに……何故、閃にだけはこんな感情を抱いているのだろう。
なおも土下座真っ最中で謝り続ける閃を咲夜はしばし見つめていたが、やがて一回だけため息を吐いた。
「閃、もういいから……顔を上げてよ」
そこは、閃に優しく甘い咲夜。
自分の感情の正体も分からないままに、結局許すことにしたらしい。
咲夜の言葉を受けて閃は顔を上げておずおずと立ち上がるが、若干気まずそうであった。
「それにして、どうしていきなり飛びかかってきたりなんかしたの?」
「あっ、いや、その……鬼ごっこの影響が、狩人で、食料だったから! ヒモは嫌だったんだ!!!」
わたわたと手を振って閃は必死に事情を説明しようとするが、いまだにパニックの真っ最中である閃の言葉は訳の分からないものになっている。
変わらずパニックを続ける閃、そんな閃の様子を苦笑を漏らして見つめる咲夜の視線が交差して見つめ合い。
「プフッ、」
「ククッ、」
「「アハハハハハ……!!」」
何となくおかしくなった二人は同時に笑い声を上げた。
自分の感情の正体は分からなかったが……何となくこうやって過ごす時間が、咲夜には心地がよかった。
◇ ◇ ◇
「いやぁ、モグモグ……わざわざ、ムシャムシャ……ありがとうな、パクパク……」
「お礼を言うか、食べるか、どっちかにしようよ……」
閃に対してあきれたような声で咲夜が注意を入れる。
先ほどの草むらから少し離れた木陰、閃と咲夜はそこにシートを広げて弁当を食していた。
弁当の中身はシンプルなサンドイッチ。
サンドイッチの具は、ジャムを塗ったもの、トマトとレタスを挟んだもの、揚げた肉を挟んだもの、他にも多種多様であり食欲をそそる。
そもそも、咲夜がこんなところまでやってきたのは、閃へ弁当を届けるためだったらしい。
もっとも、実は咲夜はとうの昔に到着していたのだが、閃と子どもたちが遊んでいたので、出ていくに出ていけなかったとのことだ。
そして、子どもたちが去って、いざ閃の元へと出て行こうとしたところ先ほどの騒動になった。
咲夜もまさか襲い掛かられるとは思わなかったので、すぐに反応できなかったらしい。
「でも、気にしないで入ってくりゃよかったのに、何なら一緒に遊ぼうぜ?アイツ等も遊び相手が増えれば喜ぶからさ」
ゴクリッ、と口に含んでいた食べ物を飲みこんでから、何ともなしに提案した閃の言葉。
だが、その言葉に咲夜は硬直する。
「何だ、咲夜って子どもが苦手なのか?」
咲夜の変化に閃が首を傾げる。
「そういうわけじゃないけど……」
咲夜は曖昧に否定する。
別に子どもは嫌いじゃないし、好きだけど。
私の場合は……
「それじゃ、決まりだな。アイツ等が戻ってきたら、咲夜も一緒に遊ぼうぜ!」
戸惑う咲夜をよそに閃はニカリッ、と笑って決定を告げる。
咲夜はまだ何かを言おうとしていたが、閃が再び弁当を平らげにかかったので思わず口を閉じる。
閃とて咲夜が町でどのように扱われているのか知っているし、咲夜がそれを望んでいないということも分かっている。
だが、
正直なとこ、気の遣い過ぎだと思うけどね……
それが、咲夜の日常の振る舞いに対する閃の感想だ。
確かに、町の長老のように頭が固く、咲夜が何を言ったとしても今の対応を止めないような奴もいるだろう。
しかし、大抵の奴らはきちんと己の石を言葉にすれば、普通の少女に対するように接してくれるはずだ。
閃はそう考えた。
だからこそ、半ば無理やりにでも子どもたちとの遊びに付き合わせようとしたのだ。
咲夜はそれからも何度か閃の提案を断ろうとしていたが、その度に話題を変えられたり、食事に集中されたりして話をはぐらかされる。
そして、
「うしっ、ごちそうさま! 今日もうまかったぞ、咲夜!!」
「閃兄ちゃん、続きやろうよ~!」
閃が弁当を平らげるのと、昼食のために町へと帰っていた男の子が戻ってきたのは完全に同時であった。
普段ならば町の人間が来た時点で信託者として振る舞う咲夜だが、ちょうど食べ終えた閃へと話しかけるところであったらしい。
素の姿から咄嗟に切り替えられずにあたふたしている。
慌てふためく咲夜の姿に閃は苦笑を漏らし、男の子は訝しげ。
そんな間にも、一人、また一人と町で昼食を取ってきた子どもたちが戻ってくる。
子どもたちが戻ってきたのを見計らい、閃は声をかけた。
「よ~し、喜べ、おまえ等! 午後からは咲夜も遊んでくれるってよ!」
森の中に閃の誓言が響き渡った。
この時の閃は自分の提案がどんなことを引き起こすのか……想像もしていなかった。
***
はい、というわけで第3話でした。
今回はラビコメのノリからシリアスへ変わる中間みたいなもんですかね?
コメント気軽にお願いします。
それでは、短いですが今回はこの辺で失礼します。
6/6 火輪さんの指摘を受けて、改行等の形式を変更しました。