「いやぁ……何だか、恥ずかしいところを見せちゃったね」
「着物を脱いで俺に襲い掛かってきた奴の発言とは思えんな」
目を赤く腫らした美夜白へと閃は呆れ気味に告げる。
今まで堪えたきたものを全て吐き出すように泣き明かした美夜白は照れくさいのか頬を赤らめている。
「閃、だって……私は初めてだったんだよ?」
「会話の流れがおかしいと思うのは俺だけなのか?」
「いやいや、おかしくなんてないさ。本当に私は初めてだからね……嬉し泣きするのは」
「最後の言葉がなきゃ、確実に誤解を招く発言だな」
こういった軽口のやり取りも、あるいは美夜白が照れくさいのを誤魔化すためなのかもしれない。
といっても、閃がそれに気が付いたようすはないし、単純に素の美夜白に戻っただけの気もするが。
「それにしても、不意打ちだったとはいえ嬉し泣きなんて油断したなぁ……決め事破っちゃったよ。もう、閃のせいだからね!」
言葉とは裏腹に美夜白は笑っている。
本当は別に怒っているわけではなく、むしろ嬉しいのだろう。
そのことに閃は苦笑を浮かべる。
「俺のせいかよ。ってか、何だよ決め事って?」
「ん~、大したことじゃないんだけどね。私が決めた生き方のことさ。半分は君に話したよ?」
一旦、言葉を止めてから、美夜白はゆっくりと続きを紡ぐ。
「楽しいときには笑って、悲しいときには泣けばいい……だけど、悲しくても笑わないといけないときもある。だからこそ、そうじゃないときには笑って、泣いて、感情のままに生きる」
静かに告げられたそれは美夜白の信念とも言えるものだろう。
人に拒絶され続きけてきた美夜白。
最後に拒絶されたとはいえ、力を見せるまでは一緒に過してくれた人がいた。
笑いながらじゃれあったときがあった。
だけど、力を見せたら全ての人に拒絶された。
苦しくて絶望して、悲しくて……でも、それがあったからこそ喜びの大切さを知った。
人に拒絶されながら……否、拒絶されたからこそ選び取った美夜白の生き方。
美夜白の壊れかけていた心が掴み取った生き方だった。
「といっても、さっきは嬉しいのに泣いちゃったんだけどね。嬉し泣きは例外としようかな?」
美夜白は照れくさそうに笑うが、閃はその質問に答えなかった。
ただ、閃には不思議なくらいに美夜白の信念の言葉が心に響いた。
俺は美夜白のような生き方ができているだろうか?
一瞬、そんな考えがよぎり閃は思わず苦笑を漏らした。
答えなんて考えるまでもなかったから。
できているはずがない。
あるいは、できていないからこそ閃の心に響いたのかもしれない。
村では一人で過してばかり、たまに冬哉のような人の良い奴が声をかけてきても適当にあしらうだけ。
いくら秘密を隠すという理由があるとはいえ、美夜白のような生き方ができているはずがない。
いってみるならば、本当の自分を偽り続けているようなものなのだから。
「どうかしたのかい?」
急に黙り込んだ閃に美夜白は不思議そうに首を傾げる。
ただ、閃が自分という存在を受け入れてくれたことおが嬉しいのだろう。
その表情は笑顔だった。
それこそ、閃には眩しいくらい純真な笑顔。
彼女の……美夜白のように生きてみたい。
美夜白の笑顔を見て、閃は唐突にそう思った。
そうすれば、自分もいつかきっと美夜白のように心から笑える気がしたから。
「……美夜白」
「なんだい?」
そのためには、
「……今度は俺の秘密を聞いてくれるか?」
静かに紡がれた言葉。
長年隠し続けてきた真実を明かそうと決意した言葉だった。
閃はもう美夜白にもう隠し事はしたくなかったから……彼女のように生きるためには、自分の秘密を彼女に伝えるべきだと思ったから。
美夜白の身体が強張る。
閃とて自分が隠し続けてきた真実を伝えることに身体が震えそうだ。
閃の秘密。
それは、先ほどの美夜白の秘密を打ち明けたときと同様に拒絶されても仕方がないほどの内容なのだ。
だからこそ、ひたすらに……それこそ、閃は養父にさえ明かすことがなかった真実。
それを、今明かそうとしていた。
「閃の秘密を?」
「……あぁ」
深刻な表情をする閃に美夜白は真剣な表情で応じる。
そして、
「それって閃が童貞ってことかい?」
美夜白の発言に閃はずっこけた。
「そんな訳がないだろうが!!」
「えっ、閃は童貞じゃないのかい!?」
「あっ、いや、童貞だけど。そうじゃなくて秘密の内容がそんなもののはずがないってことで……って、何を言わせんだ!」
全力で突っ込む閃に美夜白はイタズラが成功した子どものような笑みを浮かべる。
「ほうほう、やはり経験はないのかい。それじゃ、閃の初めては私が……」
「ちょっ!?にじり寄って来るな、何か怖いから!」
じりじりと近寄ってくる美夜白に閃は後ずさる。
「大丈夫、痛いのは最初だけ。だんだん気持ちが良くなってくるから」
「それは、男が女に迫っている時に言うセリフじゃないのか!?」
「うん?君に言ったんじゃなくて自己暗示だから、間違いじゃないよ?」
「自己暗示かよ!というか、最初って……」
「いや、私も初めてだし」
「初めてでその態度って間違ってねえ!?」
美夜白のボケに閃は怒涛の突っ込みを入れてばかり。
美夜白はそんな閃のようすを見て笑っている。
もう、完全にシリアスな雰囲気は霧散していた。
「おっ、釣竿が引いているよ。せっかくだから、お昼を調達しよう」
色々あったせいで、竿置きに放っておかれていた釣竿に当たりが出る。
美夜白は己の秘密を話そうとしたのに何故か突っ込みすぎて息を荒げている閃に構うことなく釣竿へ駆け寄る。
それから、一気に引っ張り上げるとそこには針にかかった一匹の魚。
かかっていたのはクイと呼ばれる食卓にも並ぶ一般的な淡水魚だ。
白身魚であり、味も際立って珍しいものではない。
全長は十五センチ程度であり、クイとしては標準的な大きさだろう。
特に魚が苦手ということはないらしく、美夜白は躊躇うこともなくクイを針から外すと、桶の中へと放り投げる。
だが、美夜白はどこか物足りなそうだ。
「う~ん、お昼が一匹だけじゃ、少し寂しいよね。ちょっと待ってて」
そう言い残し、美夜白は足が濡れるギリギリまで湖面に近づく。
それから、着物の袖を捲り、美夜白の手が動いた。
その瞬間、水中より弾き飛ばされた一匹のクイが宙に弧を描いて桶へと落ちる。
「どうだい、見事なものだろう?もう少し取ったらお昼にしよう!」
「いや、確かに大したもんだけどさ……お前、空気を読めるようにしようぜ。さっきまですげえ真剣な雰囲気だっただろ。シリアスムードだっただろ?」
一匹、二匹とさらに桶に魚を弾いた美夜白は閃へと向き直り、小さな胸を張った。
「何を言っているんだい。空気は読めたけど、あえて無視したに決まっているじゃないか!」
「分かった上でやってたのかよ、最悪じゃねえか!?」
楽しげな美夜白とは反対に閃は疲れたように肩を落とす。
閃のことを気にすることもなく美夜白は捲っていた袖を戻してからごそごそと袖を漁る。
それからゆっくりと手を引き抜くと、そこには包丁と串が握られていた。
あんなところに仕舞えるはずがないのだが、一体どういう仕組みなのだろう。
美夜白の袖の中には四次元空間でも広がっているのだろうか?
ありえない光景を見て閃の表情に驚きと呆れが混じる。
美夜白のほうは鼻歌混じりで魚を包丁にて処理して串に刺していく。
その手つきは慣れたもの。案外料理が得意なのかもしれない。
だが、完全に閃が秘密を打ち明けようとしていたことは忘れさられていた。
自分の決意は何だったのだろう。
閃は大きくため息を吐いた。
「ねぇ、閃」
「ん、何だよ?」
美夜白が手を止めることなく話かける。
もはや秘密に関しては諦め気味になっている閃。
次はどんなボケが来るかと構えている。
なんか、閃が突っ込み気質になりつつあった。
そんな閃のようすを見て美夜白は苦笑を浮かべた。
「余計な力は抜けたみたいだし。これでちょっとは気楽に話せるんじゃないかい?」
美夜白の言葉に閃は目を見開く。
美夜白は笑顔を浮かべながら、火を起こすために必要な木の枝を集めている。
「言ったでしょ、空気は読めたけど、あえて無視したって。あんな雰囲気で話出すのは、君がつらくなるよ?」
「……お前なりに気を遣ってくれていたわけか。ありがたいけど、分かりにくいって」
美夜白は木の枝を集め終えて串に刺した魚を並べてから火を起こし始める。
閃は手を止めることもなく、それでも気を遣っている美夜白に苦笑を浮かべた。
普通なら深刻な話をするような雰囲気ではない。
だが、それはきっと美夜白なりの気遣いだと今なら分かる。
「まだ、不安するなら安心できるようなことを言って上げようか?」
「なんだそりゃ?」
火種がゆっくりと大きくなっていき、枝へと移って火がつく。
それを見届けてから、美夜白は閃の瞳を見据えた。
「どんな秘密だったとしても、私が閃を嫌いになることはないよ。私を拒絶しないでくれたのは君だけからね」
それは、美夜白の笑顔と同様にまぶしいくらいに純真な言葉。
正直、あんだけふざけた後にこれは反則だよなぁ……
閃は美夜白の言葉に自然と笑顔が浮かんでくる。
もう、不安はなかった。
そして……閃は己が隠し続けてきた秘密を話し始めた。
◇ ◇ ◇
「なるほどねぇ……何というか、酷く使い勝手が悪い能力だね」
「使い勝手が悪いっていうより、前提条件が間違ってんだよ。正直いらねえって、こんな能力」
焚き火を囲うようにして、閃と美夜白は座り込んでいる。
二人の手にはそれぞれ焼けたクイの刺さった串が握られており、食事中らしい。
焚き火の近辺には、まだ食されていないクイの串が二本ほど地面に刺さっている。
間違っても、秘密を打ち明けるような雰囲気ではなかったのだが、どうやら食事しながら閃の秘密を打ち明けたらしい。
「まぁね、普通に過ごしていたら……いや、戦うことを決意してさえも使い所がない能力だよね」
「おまけに知られたら忌避されるようなもんだし……最悪だよ」
もぐもぐと焼き魚に齧り付く二人だが、それでも会話は続いている。
特に二人の関係に変化はないように見える。
「その分、一回発動できたら強力なんだろうけどさぁ……んで、お前は逃げないのか?」
閃はそんな言葉とともに口から魚を離して改めて美夜白を見る。
早くも一匹目を食し終わり、二匹目に手を伸ばす美夜白。
「ん、何で逃げなきゃいけないんだい?忌避されるような能力だろと別に怖くはないよ」
美夜白は不思議そうに閃を見返す。
といっても、魚を食すのは止めていないが。
……何故、食べながらなのにこれだけ発音がはっきりしているんだろう?
閃は呆れたようにため息を吐きながらも理由を告げた。
自分とて忌避されるような内容というだけならば、美夜白に告げることを躊躇ったりはしない。
だが、
「お前は、この能力の条件に当てはまる例外中の例外だろうが。俺が能力発動したら、お前は死ぬことになるぞ?」
美夜白の動きが止まった。
それから、美夜白は静かに顔を俯ける。
そして、顔を上げた美夜白は―――ニヤニヤとした笑顔を浮かべていた。
「ほぅほぅ、君の条件に当てはまるねぇ。嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
「茶化すなよ。それで、どうすんだ?危険度でいうなら、相当危険だろ?」
閃は照れたように顔をそらすが告げるべきことは告げておく。
そう、閃の能力の条件に美夜白は当てはまってしまうし、その威力は恐ろしいまでに高い。
それこそ、美夜白にとって天敵といって良いような能力であった。
それでも、
「答える必要があるのかい?言っただろう、どんな秘密でも私は閃を嫌いにならないって」
美夜白に躊躇いはなかった。
彼女にとって閃はたった一人の人。
自分を恐れず拒絶しないでくれた、たった一人の人だ。
あるいは、閃にならば殺されても構わないとさえ思っているのかもしれない。
彼を拒絶するなどという選択は彼女の中には最初からなかった。
美夜白の答えに閃は苦笑を浮かべる。
それでも、その苦笑はやけに嬉しそうだった。
「さて、お互いに秘密を打ち明けてすっきりしたし、食事を続けようじゃないか!」
「んっ、あぁ。いいけど……ってか、味つけようぜ。調味料丸っきり使ってねえだろ、これ?」
「自分で言うのもなんだけど、私の味付けは絶望的だよ?いつぞや挑戦した結果三日間味覚がなくなったから」
「どんな味付けしたらそんなのができるんだよ!?」
照れたような美夜白に、呆れた様子の閃。
どうやら包丁捌きとは裏腹に味付けが下手らしい。
「君がやってくれるならいいけど、でも面倒だし素材のままの味でいいじゃないか。というわけで、もう一匹」
「って、ちょっと待て、それは俺の分だろ!」
二匹目を食べ終えた実夜白が三匹目に手を伸ばす。
一匹目をようやく食べ終えようとしていた閃は慌ててそれを阻止しようとするが、時すでに遅く魚はすでに美夜白の手の中だった。
「お前はすでに二匹食っただろうが」
「ふっ、早いもの勝ちに決まっているだろうが。戦場で気を抜いた君が悪いんだよ!」
「戦場じゃねえだろう。いいからそれをこっちに寄越せ!」
「食卓は戦場なのさ、悔しければ奪ってみせな!」
「おのれ、俺の魚を返せ!」
「キャアアアア、閃に襲われるぅぅぅぅ!!」
「誤解を招く叫びを上げるな!」
秘密を打ち明け、ギャイギャイと騒ぐ二人の姿はひどく楽しげで……お互いが自分らしくいられる相手を見つけたようであった。
***
というわけで、過去 日常編の最後でした。
閃がシリアスなことを語ったはずなのに雰囲気はほのぼのというよく分からない話ですかねw
閃の能力に関してはこの時点では明かしません。
ただ、いくつかヒントになるようなことは残しましたかね。
次回は現在に戻ってお送りします。
美夜白に人気が出てしまったので咲夜にも頑張ってもらわないとですね。
コメントお気軽にお願いします。
それでは、今回はこの辺りで失礼します。