「それにしても、君も物好きだねぇ」
「うっせえな、好きで一緒にいるんじゃねえよ!ってか、お前がどっかいけばいいだけの話なんだよ、鬱陶しい……」
からかうように語り掛ける美夜白に閃は不貞腐れて応じる。
森の中、陽光の降り注ぐ下に木々が少ない開けた箇所があった。
そこには大きめの湖が広がっている。
陽光を反射して光る湖面の下にはところどころ黒い影があり、魚が住んでいることをうかがわせる。
そして、その湖の傍ら木陰に座り込んで釣り糸を垂らしている閃の姿があり、横には微笑みを浮かべて美夜白が寄り添っていた。
別に何か約束をしたわけではない。
閃は食料の調達をするために魚を釣りに来ただけ。
普段は、弓を用いた狩りで生計を立てている閃だが、家計に余裕があるときは気分転換をかねて釣りを行うこともある。
今回も以前に仕留めた獲物の毛皮が思ったよりも高い値段で売れたためにしばらくは余裕がありそうだったからだ。
そんな訳で、すでに糸と針のつけてある釣竿と釣った魚を入れておく桶、それに小さな空箱を一つ持って閃は釣りに来たのだが、そこで偶然にも美夜白に遭遇した。
どうやら、美夜白はこの近くに住み着いているらしい。
思い出してみれば、美夜白……というか、白い幽霊の目撃情報が多かったのもこの近辺だった。
美夜白が鬼を圧倒するような存在であると分かった今ならば、美夜白に会った時点でほとんどの者は逃げ出す。
だが、閃にはそれが何となく癪だった。
それに……
「あそこで泣いても、よけいに辛くなるだけだから」
そう言った美夜白の悲しげな瞳を覚えている閃には、美夜白が恐ろしい存在とは思えなかった。
だから、閃は気にすることもなく釣りの準備を始めた。
そこらの石をひっくり返して出てきた虫から適当に選んで空箱に入れていく、釣りを楽しむだけなら餌はこれで十分だろう。
ついでにせっかくなのでひっくり返した石を適度に組み上げ簡易の竿置きを作っておく。
それから、湖から桶に水を汲み釣れた魚を入れておけるようにする。
あとは、捕まえた餌をつけて湖に釣り糸を垂らすだけだ。
美夜白に構うことなく釣り糸を垂らし始めた閃。
その姿に美夜白は一瞬呆然と立ち尽くすが、やがて楽しそうに笑うと閃の傍へと座り込んだ。
という経緯があり、今に至るのだが……
正直、美夜白の行動は閃の予想外だった。
「暑苦しいだろうが、くっつくなよ!」
「おやおや、照れているのかい?かわいいねぇ」
閃は顔を赤くしながら腕を首に絡めてくる美夜白を振り払う。
だが、美夜白はそんな閃のようすにケタケタと笑いながら今度は背中から抱きつく。
「俺の背中に美夜白の熱が伝わってくる。
だが、それ以上に気になるのは背中へと当たっている豊かで柔らな物体だ。
俺のことを信じきって無邪気に抱きつく彼女に対して、俺は欲望を募らせ……」
「さも、俺が考えているかのように語るな!!」
閃が美夜白へと全力で突っ込むが、美夜白は笑いながら抱きついたままだ。
閃も健全な年頃の少年だ。
美夜白の美しさは理解できるし、二人きりという状況にほんのわずかとはいえ色気のある展開を期待したところもある。
だが、まさかこれだけ弄ろうとしてくるとは……
「それで、実際のところどうなんだい?私としては
『美夜白……あ、あ、当たってるんだけど!?』
『うふふ、当ててるんだよ』
という、幻のやり取りができるかと思っていたんだけど?」
「……いや、気になるほどお前の胸はでかくねえだろ」
再度、閃をからかおうとする美夜白に閃はもはや呆れ気味に応じる。
そして、
空気が凍った。
「あ、あれ、どうした?」
何やら不穏な気配に閃が慌てだす。
特に状況が変わったわけじゃない。
相変わらず美夜白は閃に引っ付いたままだ。
それなのに、美夜白の体温が感じられなくなり、背筋に悪寒が走りぬける。
何故だか身体の震えが止まらない……というか、気のせいか湖の水まで凍り始めて気がする。
そして、閃を抱きしめる力がゆっくりだが、確実に強くなっていく。
「あ、あの、美夜白さん?何だか、力が強くなってきたみたいなんですが。すいませんが、緩めていただけませんか」
何故だか閃の口調が敬語に変化。
きっと閃なりに今のままじゃマズイと判断したのだろう。
それでも、美夜白は黙ったまま……ただ、ひたすらにギチギチと閃を締め上げていき骨がギシギシ。
「ちょっ!?待った、軋んでる、骨が軋んでる!悪かった、謝る!!謝るから力を緩めてくれえぇぇ!!」
骨まで悲鳴をあげる痛みに脂汗を流しながら閃は謝罪を始めるが、美夜白に届いた様子はない。
どうやら、美夜白にとって胸への侮蔑は鬼門だったらしい。
もはや、どうすればいいのか分からない閃はひたすらに謝罪を繰り返す。
「ごめん、ごめんなさい!すいませんでした、俺が悪かったです!!だから、頼むから許してくれ!!」
そこまできて、ようやく美夜白が口を開いた。
「ねぇ、閃……」
ただし、
「誰が全く感触が分からない、あってもなくても同じの女失格のまな板胸だ!貧乳で悪かったねぇぇぇぇぇ!!!!」
「そ、そこまで言ってな、ギャアアァァァァァァァァァッ……!!!」
ただし、それは死刑宣告のようなものだった。
森の中に美夜白の魂の雄叫びと閃の悲鳴がこだました。
その声は、村のはずれまで届き……それ以降、美夜白が貧乳であり、それを指摘したものは地獄の苦しみを与えられた末に殺されるという噂が恐怖と共に伝わったという。
***
はい、というわけで過去編の日常に入りました。
おそらくですが、出会いを読んだ方、あるいは旧プロローグを読んだ方は美夜白のキャラの変化に驚いたのではないかと思います。
ですが、このキャラが彼女の地です。w
指摘を受けて擬音をどうしようかと思ったのですが、ギャグパートになるんで少しだけ入れました。
いや、マズイのかもしれないけど、知り合いと悩んだ箇所だったんで個人的にどうしても入れたい表現だったんですよ。(汗)
指摘された箇所をどんどん直していかないとなんですけど、ちょいと私生活のほうが忙しくなっちゃってきてるんで、まだプロローグだけですね……がんばらないと。
コメントお気軽にお願いします。
それではこのあたりで失礼します。