「お前、ふざけてんのか!!」
純粋な笑いを浮かべる美夜白と名乗った少女を閃が怒鳴り散らす。
『―――』など、ふざけているとしか思えない。
いや、あるいはふざけているという表現すら生温い、壊れているや狂っていると表現する方が正しいかもしれない。
「そんなこと言われても本当なんだから、仕方がないだろう?」
怒鳴られながらも、笑顔を崩すことなく優しい目で閃を見つめる美夜白。
「そんなはずが……」
「落ち着きな、落ち着きさえすれば君ならば分かるよ。君ならね」
言いかけたていた閃の言葉を遮った美夜白の言葉は、閃にさらなる驚愕をもたらした。
思わせぶりな言葉があることを示してくる。
コイツ、俺の秘密を知ってんのか?
「何でそのことを知ってやがる?」
閃が美夜白を睨む。
だが、それも長くは続かなかった。
何も言わずに、小さく微笑み続ける美夜白を見ると考えることが馬鹿らしくなってくる。
そのこともあるだろう、徐々に高鳴った鼓動は静まっていき、精神が落ち着きを取り戻してくる。
そして、それによって身体に眠る閃の秘密が目の前に存在のことを告げてくる。
「……マジかよ。どうやら、あんたの言ったこと本当みたいだな」
閃の秘密が本能的に理解させる、目の前の存在を……
驚く閃に美夜白は苦笑を漏らす。
「だから、最初から言っているだろう? 人の言うことは信じるものだよ?」
ちょっとだけ美夜白は呆れた様子で閃に告げる。
それから、すぐに真剣な表情に変わると閃へと質問を投げかけてきた。
「さて、餓鬼に追いかけられてきたってことは……鬼の襲撃かい?」
「あぁ、そうだよ……餓鬼どもが攻めてきた」
「そうか……なら、仕方がない。私が出るかねぇ。餓鬼だけならなんとかなるだろう」
そう言い残すと、ゆっくりと町へと歩みを進めていった。
その信じられない行動に思わず、閃は美夜白についていく。
「おい! 何を企んでいるんだよ!!」
「企み?」
閃の言葉に対して、不思議そうな顔をする美夜白。
「あんたが俺らを助けても得なんて何一つないだろう! ……それとも、鬼の襲撃に乗じて火事場泥棒でもするつもりか?」
そうだとしても、自分には何もできないだろう。
自分には美夜白のような力はない。
彼女を止めることなどできない。
それでも閃は餓鬼の時とは違って、今回は逃げようとは思えなかった。
どうせ利かねぇだろうけど、いざとなったら射ってやる。
強い決意を瞳に滲ませて、閃は逃げ出しながらも必死に持ち続けていた弓を握る。
真剣な表情をした閃を見て美夜白は可笑しそうに笑った。
「安心しな、そんなことはしないよ。ただ、助けるだけ。理由は、ひと言で表わすなら」
言葉と共に消え去る笑顔。
そして、浮かぶのは憎悪の表情。
「鬼という存在が憎いからだよ……」
次の瞬間、地を蹴って爆発的な加速で村へと向かった美夜白の姿は見えなくなった。
着物にあるまじき速度で去った美夜白を、閃はただ唖然とした表情で見つめた。
美夜白の発言を疑うことも信じることもできずに、弓を使う暇もなかった。
それから少しの間だけ立ちつくしていたが、そうしている場合ではないことを思い出し閃は村へ向かって駆け出した。
◇ ◇ ◇
閃が村に戻った時、全ては終ったあとだった。
餓鬼による破壊の跡はあるものの、それは普段と比べれば段違いに少ない。
そして餓鬼どもが襲った村の入り口には優雅な立ち姿の美夜白がいた。
「あいつ、本当に助けてくれたのか?」
知らないうちに言葉が漏れた。
餓鬼はいないようだし、負傷者や死傷者も普段に比べて格段に少ない。
それが示すことは、美夜白が本当に村を助けたということだろう。
鬼という存在が憎いとか言っていたけど……あいつは何を考えているんだ?
どういうことなのか、訳が分からない。
『―――』であるなら、奴は十分な力を持っているだろう。
だが、依頼を受けたわけでもないようだし、そんなことをしても彼女には何の得もないというのに……
そのとき、閃の視線に気付いたのだろう。
美夜白が顔を上げ、閃の方へと視線を向ける。
美夜白は微笑を浮かべていた。
でも、何故だろうか?
その笑顔は、ひどく悲しそうに見えた。
そして、その理由をすぐに理解することになった。
森に帰ろうとしたのか、それとも閃へと近づこうとしたのかは分からない。
だが、美夜白がちょうど閃のいる方向へと一歩を踏み出したときだった。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
美夜白の動きで悲鳴が上がる。
続けて、次々と彼女を化け物と呼ぶ声と悲鳴が響き渡る。
彼女は何も言わなかった、変わらない微笑を浮かべ続けていた。
ほとんどの奴は気づかないような悲しみを秘めた笑顔を浮かべていた。
悲鳴に対して何も言わず、聞こえないかのように振る舞いながらゆっくりと彼女は歩み続けた。
おそらく、彼女が行った行為は閃が餓鬼に襲われたときの行動と同じだろう。
威圧しただけ。
村の男たちが必死になって、命さえ賭けてもまともに食い止めることさえできなかった餓鬼を彼女は威圧だけで追い払った。
そのことは、十分恐怖の対象となるものだ。
実際、初めて彼女を見たときは閃にも恐怖の感情が湧き上がった。
でも、何故だろう……今はそんな感情がまるで起こらなかった。
ゆったりと歩き続ける彼女の姿をどれほど見つめていただろうか。
美夜白は悲鳴を上げる者を責めるわけでも、自分という存在を説明するわけでもなく、何も言わずに歩き続けた。
そんな彼女を見つめているうちに、いつの間にか彼女はすでに閃のすぐそばにまで来ていた。
他の者のように悲鳴をあげるわけでもなく、ただ美夜白を見つめ続ける閃に美夜白は微笑を浮かべたまま首を傾げる。
「少年、どうかしたかい?」
「何で……アンタは笑っているんだよ? 悲しければ泣けばいいじゃねえか、何が悲しいのを我慢して笑っているんだよ」
相変わらずの悲しみを秘めた笑いを浮かべながら美夜白が閃へと投げかけた問いに対して、閃は自然とつぶやきが漏れた。
その言葉に美夜白が少し驚いた様子を見せる。
それから、浮かべていた笑顔を消すと悲しげな表情で新たな言葉を紡いだ。
「楽しいときには笑って、悲しいときには泣けばいい……でも、悲しくても笑わないといけないときもあるんだよ?」
そう言葉を残してから、美夜白は閃の質問に答えた。
「あそこで泣いても、よけいに辛くなるだけだから」
瞳を潤ませて、泣きそうになりながら美夜白は答えた。
森へと歩いていく美夜白の姿はひどく儚げ。
そんな美夜白を追いかけることは閃にも躊躇われた。
そこで、思い出したように振り返ると美夜白は閃に言葉を投げかけた。
「君が羨ましいよ、できるのなら私も君のような存在として生まれたかった……」
再び悲しみを秘めた笑いを浮かべながら、自分のことが羨ましいと言った少女。
そんな彼女から、閃は目を離すことができなかった。
***
というわけでも、過去編4話です。
今回で過去編の出会イは終了です。
一応、神秘的な雰囲気を少しでも書けるといいなと思ったんですが、微妙ですねぇw
美夜白が語った『―――』とは何なのか、閃の秘密とは……みたいなのが読者の皆さんが気になってくださるといいんですけどね。w
まぁ、予想がつく人には予想がついちゃうかもしれません。
閲覧者の方はちょっとずつ増えていっているんですが、感想はまだお一人しか書かれてません……お気軽にコメントください!!(割と切実に)
それでは、次回の更新では現在編に戻ったものをお送りします!
6/6 火輪さんの指摘を受けて、改行等の形式を変更しました。