……何が、起こっているんだ?
ようやく、まともに思考が働いてくる。
それでも、餓鬼の一撃をやすやすと受け止めている謎の少女を信じることができない。
「ガアァァァァァッ……!!」
同じく、信じらない出来事を前にして硬直していた餓鬼が咆哮を上げる。
攻撃に思わぬ邪魔が入ったことに怒り、再び拳を振りかぶる。
だが、
「止めておきな。私は餓鬼を殺せないけど……餓鬼では、私には対抗できない。それくらいは、餓鬼でも分かるだろう?」
大人でも逃げ出すだろう餓鬼の様子を前に少女はつまらなそうにそんなことを告げる。
しかし、言葉では餓鬼の攻撃は止まらない。
雄叫びのままに、餓鬼が拳を振り下ろす。
そして……
「餓鬼風情が誰に向かって、牙を向けている! 私は、今すぐこの場より立ち去れと言っているのだ!!」
直後、見かけからは信じられないほどに圧倒的な威圧感と共に紡がれた少女言葉は直前で餓鬼の攻撃を強制的に止めさせた。
『コノ存在ハ危険ダ』
餓鬼だけではなく、今守られているはずの閃までそんな認識を少女に抱く。
餓鬼が恐怖に震えて後ずさる。
それはつまり、少女への恐怖が破壊衝動を上回っているということを意味している。
震える餓鬼へと一瞥をくれると少女は底冷えするような声で鬼へと、ただ一言だけ告げる。
「……消えろ」
少女が言い終わるや否や、餓鬼は震えたままに逃げていった。
信じられない光景を、閃はただ見つめていることしか出来なかった。
少女がゆっくりと閃へと振り返る。
湧き上がる恐怖の感情。
この少女は閃を助けた。
だが訳の分からない存在に対して恐怖が湧いてくるのは理屈ではない。
思わず逃げようとするが、さきほどまでの餓鬼と少女に対する恐怖で身体がまともに言うことをきかない。
だが、
「やれやれ、災難だったね。怪我はないかい?」
ニッコリと微笑んで声をかけてきた少女の声は先ほどとはまるで違う。
とても同じ奴が出したとは思えないほどに、暖かなとても優しい声をしていた。
恐怖自体はまだ残っている。
でも、不思議と閃の身体から震えはなくなっていた。
大きく息を吸って呼吸を整えると、少女を正面から見据える。
そこで、ようやく見ることができた少女は信じられないほどに美しかった。
改めた近くで見ることができた白く長い髪は絹のように滑らかで、不思議なことにそれは着物という珍しい格好にマッチしていた。
少女の顔立ちは整っており、かわいいというよりも綺麗という方が正しいだろう。
ただ、今見せている笑顔は子どものようにひどくあどけなく純粋な笑顔だった。
まるで、この世の者とは思えないほどの幻想的な美しさ。
「ひょっとして……森の幽霊?」
ポツリと言葉が零れた。
村の連中が言っていた幽霊とは、おそらく彼女のことだろう。
馬鹿らしいと思っていたけど……なるほどな。
存在を確認できた今となっては、閃とて納得してしまう。
この少女を見たならば、誰もが美しいと形容する。
遠目からでも漂う神秘的な雰囲気はこの世の者とは感じられないだろう。
閃すらそう思うほどに、それほどまでに少女は美しかった。
「幽霊って……いくらなんでも、ひどくないかい?」
少女は閃のつぶやきに対して苦笑を浮かべる。
ただ、どこまでも人間くさい少女の動作が彼女がこの世の者であると証明している。
「あんたは、一体……?」
閃から知らず知らずのうちに声が漏れる。
「私か?私は、美夜白……通りすがりの『―――』だよ」
彼女の、美夜白の言葉が閃には信じられなかった。
それが、二人の異端児の……閃と美夜白の出会いだった。
***
ということで、過去編第三話でした。
今回は話の区切りがいいとこで終わらせたのでちょいと短いです。
『―――』が何なのかは閃の秘密と併せて後々明らかになります。
それでは、今回はこの辺で失礼します!
6/6 火輪さんの指摘を受けて、改行等の形式を変更しました。