陽光が窓から差し込む。
その光を浴びながら咲夜はややだるい体を起き上がらせた。
寝ているのは咲夜の部屋のベッド。
特に柄がついているわけでもないシンプルなものだ。
部屋には服を入れたタンスとそのベッド以外のものはない。
部屋自体も窓がある以外に特徴もなく、簡素すぎる部屋だった。
元より咲夜は必要ない物を買い込むタイプではないし、剣や本などはリビングへ置いてあった。
今は閃がいるが、屋敷を使うのは咲夜だけだったのだから仕方ない。
着替えと寝るだけの部屋ならば当然なのかもしれない。
いつの間にか寝てしまったらしい。
まだ、ぼんやりとした頭で咲夜は状況を把握していく。
昨日閃に怒鳴り散らし続けた後のことをまるで覚えていない。
服装は寝間着ではなく、昨日のままの服装だった。
おそらく、疲れて眠ってしまった私を閃がここまで運んだのだろう。
閃ならば寝ている私の服を脱がせようとはしまい。
咲夜がベッドから降りて、部屋を出て行く。
向かった先は昨日閃と話をしたリビング。
結構な時間まで寝てしまったのか、すでに閃の姿はなかった。
ただ、テーブルには咲夜の分の朝食と一枚のメモが残されている。
朝食は昨日の残り。
閃とて自分で作ることもできただろうが、勝手に料理して咲夜の機嫌を損ねることを恐れたのだろう。
メモには、『仕事に行って来る』と書いてある。
閃がやったのだろう。
咲夜が割ってしまった皿はすでにゴミ箱に入れられている。
洗い残してしまった食器も洗った上で片付けられていた。
閃の優しい気遣い。
だが、それが昨日の出来事が夢ではなかったことを示してしまう。
テーブルに備え付けのイスを使うこともせずに咲夜はその場に座り込む。
現実から逃れるように膝を抱えてうずくまる。
正直、朝食を食べられる気分ではない。
昨日の出来事が夢ではなかったことは状況で分かる。
でも、夢であったらどれほどよかったか……閃がいなくなる。
その恐怖が、蘇ってくる。
自然と身体が震える。
出会ってから、たった一ヶ月。
それだけなのに、今は閃を失うことを何よりも恐れている。
自分のことを神託者としてではなく、咲夜として扱ってくれる少年を失うことを何よりも恐れている。
何とか、何とかしなくちゃ!!
閃がいなくなったら、私は……私は、また昔の私に戻ることになる。
嫌だ、もう元には戻りたくはない。
閃のそばでだけでも、私は『神託者』じゃくて『咲夜』でいたい。
なにより……『神託者』であり続けることができる自信はもうない。
一度温もりを知ってしまった人間はもう寒さには耐えられない。
一人ぼっちという孤独に耐えることができない。
再び、『神託者』であり続けようすれば……確実に心が壊れる。
咲夜必死に思考を巡らせる。
閃が出て行くのは明日だ。
止めるなら今日しかない。
でも、どうすればいいのか。
苛立ちって髪を掻きむしるがそれで何かが浮かぶはずもない。
かといって、このままというわけにもいかない。
とりあえず、立ち上がる。
それから、少しでも頭に栄養を送ろうと朝食へと手を伸ばし。
視線があるものに止まる。
それは、壁にかけてある刃を潰した訓練用の細剣。
普段、町人たちとの訓練で用いるそれを咲夜はじっと見つめる。
咲夜とて分かっている。
今自分が考えていることは無茶苦茶だ。
閃の都合も理屈も何も考えたものではない。
それでも、もう咲夜にはそれしか思い浮かばなかった。
閃を失うという選択肢は、彼女の中にないのだから。
無言のままに剣に近づき、わずかに躊躇った後に握りしめる。
続けて、さらに一本を準備する。
そこで、咲夜は動きを止めた。
それから迷うを払うように大きく深呼吸。
そして、咲夜は屋敷の外へ、閃が働いているだろう酒場へと足を進めた。
◇ ◇ ◇
「閃ちゃんも、明日には旅に出ちゃうのかい。じゃあ、寂しくなるねぇ。もっとゆっくりしていけばいいのに」
「ありがとうございます、女将さん。でも、一応旅の目的があるんで。今まで本当にお世話になりました」
咲夜が酒場の前に立ったとき、閃と女将さんの会話が聞こえた。
閃が翌日に旅立つことを告げ、女将さんはそれを惜しんでいるようだ。
やはり、昨日の言葉は嘘ではない。
何で……!
咲夜は自分に閃を止める権利がないことは分かっている。
これが自分の我儘であることも分かっている。
でも、そう思うのを止められない。
感情が溢れ出すのを堪えるために一回大きく呼吸をする。
閃がいるとはいえ女将さんの前だ、咲夜は神託者であらねばならない。
ゆっくりと咲夜は酒場へ入っていった。
「咲夜さま!?」
「えっ、咲夜?」
入って真っ先に驚愕した声で反応したのは、女将さん。
それを聞いて疑問の声を上げたのが閃。
「咲夜さま、どうなされたのですか?このような汚い店に何か御用でしょうか?」
店の持ち主が汚い店といっていることに、閃は苦笑しているが言いたいことは同じらしい。
咲夜の方を見つめている。
普段なら閃がいても酒場に咲夜が来ることはない。
疑問に思うのも当然だ。
「女将さん、閃を……閃さんをお借りしてもよろしいですか?」
咲夜は普段の調子で閃を呼びそうになるが、町の人の前ではそういうわけにもいかない。
神託者としての口調で言い直しながら願いを告げた。
「閃ちゃんをですか?それは、咲夜さまの頼みならば、もちろん構いませんが……失礼ながら、咲夜さま。このような者と親しくするのはいかがなものかと」
普段は可愛がれているというのに、今回は『このような者』扱い。
閃はさらに苦笑を大きくする。
「親しくするのでは、ありません。今日の訓練の相手を彼に頼みたいのです」
その言葉に納得したように女将さんは頷く。
毎日の戦闘訓練は町人にとって神託者としてあるべき姿だ。
文句はあるまい。
女将さんが閃の背中を押す。
「そういうことでしたら、どうぞ連れて行ってください。ほら、閃ちゃん行ってきな」
「えっ、でも女将さん。まだ、仕事が残って……」
「そんなことはいいから!咲夜さまの訓練の相手をお願いされるなんて、すばらしく光栄なことなんだよ。お相手して、差し上げなさい!」
「はあ、まぁ構わないなら行きますけど」
押されるままに、咲夜へとやって来る閃。
ただ、本当に構わないのかを心配して若干戸惑っていることが咲夜から見ても分かる。
けれど、咲夜にしてみれば今の勢いに乗らない手はない。
「では、閃さん。行きますよ」
「分かったよ、咲夜」
女将さんの「閃ちゃん、咲夜さまと呼びな!」という怒鳴り声を背中に受けて、咲夜と閃は店を出た。
女将さんの手前あのように言ったが、いつもの訓練場では目立ちすぎる。
咲夜は閃を連れたまま、以前に閃が子どもたちと遊んでいた森の中へと入る。
あまり町を離れると町人たちに警戒されるし、今は子どもたちもいないようなので目撃される心配もない。
この場所が一番目的を果たすのにちょうどいいだろう。
咲夜は特に何も言ってないのに、閃は黙ってついてきた。
普段との様子の違いに何かを感じ取っているのだろう。
……あるいは、どういった目的であるのか分かっているのかもしれない。
咲夜は持っていた訓練剣の片方を閃へと差し出す。
特に反抗することもなく、閃は受け取った。
ただ、剣を持つようすはややぎこちなく、どこか物珍しそうに剣を見つめている。
閃は「ふ~ん」と剣を振るっているが……正直、型も何もあったものではなく、 ただ振り回しているだけに見える。
そんな閃の姿を少々意外に思いながらも咲夜は一旦距離を取る。
それから、丁度良い距離を取ったところで向かい合う。
咲夜の真剣な視線が閃を射抜く。
閃は剣を振るのを止めるとため息を吐いた。
「んで、咲夜、どういうつもりだ?様子を見る限り、本気で訓練をするつもりはないだろ」
さすがに気付いていたらしい。
それでも、咲夜は行動を止めるつもりはない。
ゆっくりと空気を吸い込む。
これから行うことの覚悟を決めるために。
「閃、私ね……自分が言っていることが間違っていることも、無茶苦茶なことも分かっている。それでも、頼みたい……この町に残ってくれない?」
剣を抜き放ちながら、閃への思いを込めた言葉を紡ぐ。
閃は少しの間だけ沈黙する。
やがて、
「……ごめんな」
返ってきた答えは昨日と同じだった。
「そっか……閃、ごめんね。私ね、どれだけ自分に言い聞かせても、諦めることができない。間違っていることも分かってるのに……それなのに閃を見送れない」
咲夜が剣を構える。
その姿はどこか悲痛ですらあった。
閃は弱ったように額を掻く。
「力づくってわけか。何を言っても聞いてくれそうにないよなぁ」
それこそ、閃がこの町に残ることを決心しない限り、咲夜は止まりそうになかった。
……これが噂に聞くヤンデレってやつなのか?
閃の脳内に一瞬妙な思考が過ぎるが即座に否定する。
それなら咲夜は自分に惚れていることになってしまう。
咲夜のような美少女が自分に惚れているなどと自惚れるほど自意識過剰ではない。
やれやれといった動作で閃が首を振る。
他に方法がないわけではない。
時間をかけて説得すればどうにかなるかもしれないし、嘘をついたって構わない(まぁ、嘘つくのは性に合わないが)。
外道の手段とするなら町人たちに事情を話してしまえば勝手に引き離してくれるだろう。
だが、最後はもちろんどれも正直やる気にならない。
ならば……
「分かったよ。相手はするし、負けるたなら俺はこの町に残る。その代わり、お前が負けたら諦めてくれ」
ならば勝てばいい。
静かに咲夜は頷く。
そもそも、咲夜にしてみればそんな条件をつけてくれるとも思っていなかったのだ。
閃が残ると誓うまで、戦い続けるつもりだったが、これならば勝ちさえすれば確実に閃が残ってくれる。
「それじゃ、始めるよ」
「あいよ、いつでも来な」
咲夜の真剣な声と閃の面倒そうな声によって戦闘の火蓋が切って落とされた。
咲夜は剣を構えて閃の出方を覗う。
だが、閃はこちらを見ているだけで攻めてこない。
それどころか構えすらしていない。
先ほどの剣を振りまわす閃の姿が思い浮かぶ。
旅に出ているから、自衛の技術くらいあると思っていたけど……もしかして、素人?
狩人をしていたらしいし弓やナイフならば扱えるのかもしれない。
だが、剣に関してはどう見ても慣れているようには見えなかった。
そうだとすれば、正直躊躇いが生まれるが勝つことは容易い。
こちらは毎日のように訓練をしている身だ。
師こそおらず本頼りの我流剣術となってしまってはいるが、素人に負けるほどではない。
あるいは、あえて素人の不利をしてこちらの油断を誘っているのか?
どちらにしても、確かめるには攻めるしかない!
決断と同時に踏み込み、咲夜は閃との間合いを一気に詰める。
閃が距離を取ろうとする暇を与えずに、剣を振り下ろす。
閃はかわそうと後ろに飛び退く。
しかし、それも予想の内だ。
咲夜予剣の軌道を、途中で停止させる。
それと同時に動作を凪ぎから突きへと変化させる。
一直線に伸びる刃の切っ先は、一筋の斬光を残し閃へと向かう。
刃を潰している訓練用とはいえ突きは危険だ。
勢いによっては訓練用であろうと相手に突き刺さるし、当たり所によっては命に関わる。
無論、咲夜に閃を殺す気はない。
剣は直前で止めるつもりだ。
そう、止めるつもりだった……
「あぁ~、やっぱ人を相手にすんのは勝手が違うな」
だが、その必要すらなかった。
「えっ!?」
咲夜の細剣は閃の左手の人差し指と中指の間に挟んで止められていた。
剣の腹の部分を指二本で挟み込むように止めている。
白刃取り……だが、それだけも珍しいのに突きを、それも指二本だけで止めるなどどれほど規格外だというのだ。
咲夜が必死に引き抜こうとするがピクリとも動かない。
咲夜とて女だと自覚している。
技術はともかく力の差はあるだろうと思っていた。
しかし、いったいどれ程の力を持っていればこんなことが可能なのだ。
「ごめんな、咲夜」
言葉と共に、剣が凄まじい力で引き寄せられる。
あるいはこの段階で剣を離してしまえばよかったのかもしれないが、予想外のことが起こったせいで咲夜の判断が鈍っている。
閃の足が動く。
体勢を崩しかける咲夜の足が払われて完全に転倒する。
そして、気付いたとき……咲夜の眼前にあったのは、閃に渡した剣の切っ先だった。
申し訳がなさそうな顔の閃。
咲夜は歯を噛み締める。
誰がどう見ても私の負け。
でも、それを認めることは閃が去っていくということ。
嫌だ……嫌だ!
刹那、体をずらしながら突きつけられた剣を掴む。
決着がすでについているという油断、そこを突いた行為だった。
「ッ!?」
咲夜は驚く閃の反応する暇を与えずに、立ち上がりながら閃の剣を蹴り飛ばす。
先ほどの力を見る限り、本来ならその程度で剣を弾くことなどできない。
だが、完全に力を緩めているだろう隙を突いた。
それならば、何とか弾くことができるだろう。
弾かれた剣はクルクルと回転し、離れた箇所の地面へと突き刺さる。
状況を立て直すために閃は飛び退いて距離を取る。
ちょうど戦闘の始まりの時と同じような状況だ。
ただ、始まりのときと違うのはもう閃の手には武器がないということ。
「……形勢逆転だね」
我ながら酷いことをしていると思う。
私がやった行為はついはずの決着を終わってないと言い張ったのと同じだ。
子どもの我侭のようなもの……それでも、譲れないものがあった。
咲夜の言葉を聞いて閃はため息を吐いた。
だが、それだけだった。
文句を言うこともなく、この状況を悲観している様子はない。
閃は特に警戒する様子すら見せずに無造作に咲夜の方へ歩いていく。
ただ、そこで攻め込めば先程の二の舞になることは目に見えている。
武器がなくなったとはいっても、閃のあの力は脅威だ。
防御が薄くなる攻撃の時、カウンターを狙うしかない。
変わらずに閃は歩いてくる。
そして、閃が咲夜の剣の範囲へと入る。
本来ならば、この瞬間に切りつける。
だが、この場合は切りつけても無理だろう。
かといって、あまり接近されるわけにもいかない。
間合いを詰められ過ぎないように、構えながら後ろへと下がる。
その時、閃が小さく笑ったような気がした。
瞬間、地面が爆ぜる。
無造作な歩きが一転し、爆発的な踏み込みに変化する。
閃の体が急速に加速する。
刹那で間合いが詰まる。
咲夜は必死に対応し間合いを詰めすぎないようにするが、閃の動きの変化が激しすぎて足が追いつかない。
それでも、何とか剣だけは振るう。
攻撃の寸前だろうし、カウンターとしてのタイミングも合っている。
だが、それも閃には通用しない。
剣が閃に届くより先に剣を握る右腕を押さえられる。
攻撃が完全に読まれていた。
悪あがきにしかならないと分かっているが、左手で殴りつけようとするがそれもあっさり捌かれる。
「悪いな、俺の戦い方って本来は素手なんだよ」
言葉の後に鈍い衝撃が走りぬけた。
負けた。私……閃は、いなく……なるの?
意識が遠のいていく中で、咲夜はぼんやりとそんなことを思った。
そして、咲夜は気を失った。
◇ ◇ ◇
ゆっくりと目を開く。
そこに移るのは、見慣れた天井。
朝と同じでベッドの上だった。
窓から外を見れば日が沈んでいる。
結構長い間気絶していたようだ。
そのまま眠る気にもなれなかったのでリビングの方へと歩いていく。
そこには台所で湯気の噴く鍋の前に立つ閃の姿があった。
閃はしばらく鍋の様子を見ていたが視線に気付いたらしい。
こちらを振り返る。
「おっ、気付いたか」
「閃……」
「身体は大丈夫か?どこか痛むとこはあるか?」
そんなことを言われてようやく咲夜は身体の状況を考える。
攻撃の時も気を使ってくれたのだろう。
特に痛むところはない。
傷もついてないし、ダメージも身体には残っていない。
もっとも、残っていたところで自分の「再生」には無意味だろうが。
「あのさ、閃」
「夕飯作ったから一緒に食おう。昨日の残りは俺が昼に食っちまったから、俺が作った料理で勘弁してくれな」
「えっ、あぁ、うん」
戸惑い気味の咲夜を見て閃は何を感じ取ったのだろう。
「あぁ~、やっぱ勝手にキッチン使われるの嫌だったか?悪かったな」
「それは……まぁ、嫌といえば嫌だけど仕方ないよ」
正しく言うなら、咲夜はキッチンを使われるのが嫌なのではない。
自分が閃の世話をしたいのであり、閃に世話をされるのが嫌なのだ。
「咲夜の料理には負けるけど、不味くはないと思うぞ。それとも、まだ食べる気分になれないか?」
閃は笑いながら語りかけてくる。
何かを言うことが躊躇われる。
私は椅子を引くとゆっくりと夕飯の席についた。
どちらともなく、食事が始まる。
閃が作ったのは、野菜を煮込んだシチューだ。
単品がちゃんとおかわりを作ってあるらしく足りないということはあるまい。
長時間煮込んだらしい野菜は柔らかくなっており胃にやさしく、栄養が取りやすいようにしてある。
おそらく、咲夜の体調が悪かった場合を考えて作ったのだろう。
咲夜がシチューを口に運ぶ。
温かく、まろやかな味が口の中に広がる。
美味しかった。
でも、何故だろう。
涙が溢れて止まらなかった。
何度手で拭っても、涙があふれ出てくる。
どうしても止まってくれない。
閃は何も言わずにその様子を見守っている。
どれほどの時間が流れただろう。
温かいシチューはもう冷めてしまった。
その頃になってようやく閃が口を開く。
「さすがにシチューが不味いから泣いているわけでもなさそうだし……涙の理由は、俺か?」
コクリと頷く咲夜。
それから、小さな声で言葉を発する。
「負けた私が言えることじゃないのは分かっている。でも、私のことを神託者じゃなくて、咲夜と見てくれるのは……閃しかいないんだよ」
咲夜を見る。
閃の瞳はひどく澄んでいた。
閃はそれからゆっくりと、言葉を紡いでいく。
「咲夜、お前は世界を知らないんだよ」
「?」
不思議そうな顔する咲夜を余所に言葉を続けていく。
「俺は今までに色々な国や町を見てきた。神託者のいる町も行ったこともあるし、神託者自身にも会ったことがある」
「……」
咲夜は他の神託者に出会ったことはない。
私のように同じ悩みを抱えているのだろうか。
それとも、こんな悩みを抱えているのは私だけなんだろうか。
町人の言うように『神託者』としてあり続けることが、やはり正しいんだろうか。
「だから、はっきり言える。神託者を人として扱う町は確かに存在する」
その言葉は咲夜にとって衝撃だった。
咲夜が知っている世界は祖母と暮らしていた時の山、そしてこの町だけだ。
だから、この町での扱いがこの町の外でも広がっているのだと思っていた。
「咲夜、お前は世界を知っていくべきだよ。この町での扱いが嫌なら、なおさらだ。世界は広いよ、広くて信じられないものがいたるところに散らばっている。だからこそ、自分の探しているものも見つかる……『神託者』ではないお前自信を見てくれる相手とかな」
閃の言葉の一つ、一つが心の奥深くへと響く。
咲夜にとって大きな意味のある言葉。
でも、でも私は……
「無理だよ……」
その言葉は意識していないのに震えていた。
「咲夜?」
「無理だよ……どれほど望んでも、無理なんだよ!!」
感情の爆発する叫びと共に咲夜は立ち上がる。
閃は突然の豹変に何も言えない。
叫びの後の沈黙の中、咲夜の座っていたイスの倒れる音だけが響いた。
「私は、この町の『神託者』……この町のための生贄なんだから」
泣きそうな子どもの表情で、涙を必死に堪えながらつぶやかれたひと言。
それを最後に咲夜は、自分の部屋へと駆け込んだ。
冷めた食べかけの夕食と、閃だけが部屋へと残される。
長い沈黙が流れる。
「生贄ねぇ。何か事情があるってことか……でも、咲夜。お前は世界に一歩を踏み出しさえすれば望むものを手に入れることができる。誰かに、自分を認めてもらえるんだぜ……」
今はもういなくなった、咲夜のための言葉。
「……俺とは違ってな」
その言葉は、ただ暗闇へと溶けていった。
***
はい、というわけで第三話でした。
なんか、最近更新の時間が遅くなっちゃって来てますね。(汗)
すいません。
今回は閃のヤンデレ思考以外(笑)は完全シリアスだったと思います。
とりあえず、主人公無双の片鱗を出したつもりなんですがいかがでしょうか?
ひさびさの戦闘シーンだったんで作者は書いてて楽しかったんですがw
それでは、今回はこの辺りで失礼します。
コメントお気軽にお願いします。