拳を握った。
叩きつけた。
屍が一つできあがった。
拳を握った。
また叩きつけた。
さらに屍ができあがった。
それだけ、その繰り返しだけ。
少年は笑っていた。
純真な笑顔とも狂人の笑顔とも異なるひどく闘争的な笑顔。
そんな笑顔を貼り付けたままに屍の山を造りあげていく。
とある村に広がっていく地獄絵図。
造り出されていく屍は異形。
人間ではないもの。
人間の恐怖の対象。
鬼と呼ばれる種族。
少年は拳を鬼の血で濡らし続ける。
鬼は人を襲う。
そんなことは、この世界に生きるものなら誰しもが知っている。
少年はこの村の者ではなく旅人。
旅の途中でこの村に立ち寄っただけ。
しかし少年が訪れたとき、村は鬼に襲われていた。
放っておけば村が全滅することが目に見えていた。
少年が騒ぐことはなかった。
ただ、笑顔を顔に貼り付けて鬼たちの殺戮を始めた。
あのままでは人々にもたらされたであろう殺戮を防ぎ、鬼たちへともたらした。
そういう意味では少年は村を守ったともいえた。
だが、少年の行為を見つめる村人たちの目に宿るのは感謝でも畏怖でもなく恐怖の念だけだった。
やがて、少年の行為が終わる。
もはや、鬼は一匹たりとも残っていなかった。
少年を中心に散らばる鬼の血肉。
村人たちの恐怖の視線が少年に集まる。
少年は何も言わなかった。
だが、次にどうなるのか……全てを理解しているようだった。
どこか悲しげに笑顔を浮かべて少年は村の外へと歩を進める。
そして、
「いやあぁぁぁぁぁぁ……!!!」
「出てけ!出て行け、化け物が!」
「早く村を出ろ!」
すでに立ち去ろうとしている少年へとぶつけられる悲鳴と非難。
その全てが恐怖からきていることを少年は分かっている。
自分という存在は異端。
自分のようなわけの分からない存在を説明しても理解してもらえないことも知っている。
だから、少年は何も言わないままに助けたはずの村人たちの悲鳴を受けて村を立ち去った。
ただ、村を出て悲鳴が聞こえなくなったころ。
「そういや、食料買い込めなかったけど……まぁ、きっとどうにかなるよな」
何とけなしに呟いていた独り言。
それが、どこか寂しそうだったのは気のせいではないかもしれない。
◇ ◇ ◇
身体が血の海に沈んでいた。
別の村の近辺、ちょうど森と村の入り口の中間地点に位置するだろう。
そこには、別の地獄絵図が広がっていた。
地面がすぐに吸い込みきることができないのだろう。
ゆっくりと広がり続ける血溜まり。
その量は明らかに一人や二人の犠牲では生み出せないほどのもの。
だが、不思議なことに犠牲者の姿は良くも悪くも一人だけだった。
血溜まりの中央には華奢な肢体が荒い息を吐きながら横たわる。
肢体の持ち主は美しい少女。
少女が一糸纏わぬ姿で横たわっていた。
かろうじて細剣を手に握っているが、もはや余力は残っていないのだろう。
身体にはもはや力がない。
服の残骸とおぼしきものが辺りには散らばっている。
それらは欲望にまかせて奪い取られたというよりも、単純に圧倒的な暴力によって破られたよう。
そして何より不思議なことがあった。
これだけの血溜まりを作りだしながら少女は無傷であった。
別の者の血であると考えることもできるだろう。
しかし、少女は疲弊しきっており周りに少女以外の人間はいない。
犠牲者は少女であると考えるのが妥当。
だが、少女は激しい疲労こそ感じさせても、その柔肌には傷一つついてはいなかった。
どこか矛盾している光景。
力尽きた少女の手から零れ落ちる細剣が血の湖面に波紋を描く。
その波紋を感じ取るのは少女を囲うように存在する鬼たち。
少女が横たわる血溜まりを囲い四匹の鬼が少女へと殺気をぶつけている。
鬼による蹂躙があったことなど疑いようもない。
元より生殖機能の存在しない鬼族だ。
性欲が存在していないことは少女にとって良かったのか悪かったのかも分からない。
鬼には性欲は存在しない。
ゆえに……次の瞬間には、鬼たちの食事が繰り広げられる。
手足が引きちぎられる。
内臓が抉り取られる。
頭部が噛み砕かれる。
少女の悲鳴を音楽に鬼たちが肉を食すどこか水っぽい音が響いた。
やがて、鬼たちが立ち去る。
後に残されたのは……さらに大きくなった血溜まりと、今までの光景を無視するように未だに無傷のままの少女の姿だった。
よろよろと少女は立ち上がった。
裸体を隠すことすらせずに、少女はただぼんやりと立ち尽くす。
鬼が消えていった方向を見ていることを考えれば鬼たちが戻ってこないかを確認しているのだろう。
だが、少女の雰囲気にはそんな闘争心など存在していない。
少女の表情からは何も感じられない。
喜び、怒り、悲しみ、憎しみ……数多あるはずの感情のどれも感じられない。
人形を思わせる無表情。
「……鬼はもういないですね」
初めて言葉を零した少女の口調は、どこか事務的。
言葉に感情は一切篭っていなかった。
そして、少女は血溜まりに落ちた細剣を拾いあげるとゆっくりと村の方へと向かっていった。
***
どうも、初めまして。
霧雨夢春と申します。
初投稿させていただきます。
こちらのサイトへの初めて挑戦ということで若干緊張しております。(汗)
まだまだ、未熟な点も多いと思いますのでご指導をお願いします。
それでは、少しでも自分の作品が皆様に楽しんでいただけることを祈りつつ、今回はこれにて失礼します。
6/6 火輪さんの指摘を受けて、改行等の形式を変更しました。
6/7 なばばさん、ビビさんの指摘を受けてプロローグ変更。たぶんもうちょい加えるけど、プロローグがないままもまずそうだから一旦これだけで上げる。
6/10 新プロローグはとりあえずこれで完成!