「呂布様ーッ!」
「華雄将軍様ーッ!」
「御遣い様ッ、よくやってくれたーありがとうーッ!」
「わー、しょうぐんさまたちだー!」
「文遠の姐御、ありがとさんよー、今度酒奢りますぜー!」
驚喜と歓声。
ただそれだけが、洛陽の街を支配していた。
虎牢関の和議。
後に董卓軍と反董卓連合軍の間で行われた戦闘の終結と呼ばれることになるその後、俺達は虎牢関と返還された汜水関に幾ばくかの兵を置いて洛陽へと帰還した。
反董卓連合軍が和議を反故する可能性は低いだろうが念のため、と虎牢関と返還された汜水関の防御を洛陽でも名の知られた牛輔に任せてのことであった。
洛陽への道中、先んじて忍による使者を送っていた徐栄と徐晃、騎馬隊を率いてもらっていた張遼達と合流した俺達は、開け放たれた洛陽の城門を潜り抜け、そこを歓声が出迎えたのであった。
「ふわー、大きい声ですねー」
「うむ、これも我らが打ち立てた功績の証。存分に受け取るべきだろう」
「ゆーて、華雄は汜水関で関羽にぼろぼろに負けただけやないか」
「うぐッ……た、確かにそうだが……」
「簡単に騙されて一刀殿を押し倒したりもしてましたなあ」
「ぐぐぐっ……」
「それは星殿が煽っただけでしょうに……」
だと言うのに――いやまあ最早慣れたものであるが。
歓声と笑顔に答えつつ全然驚いているふうでもなく手を振るう程昱――何故か俺の前に乗っているし、手を振っているのは宝譿だったりするが――に、それらに応えんと厳格であろうとする華雄に、ひらひらと巧みに馬を操りながらそれをおちょくる張遼に、それを追撃する趙雲に、呆れる郭嘉、と。
いつぞやの黄巾賊討伐の時みたいだとふと思った――まあ、あの時とは色々と顔ぶれが違うけれども。
しかし、李粛には事前に洛陽への帰還の先発隊として離れて貰っていたのだが、この街の様子だと、彼女が兵を率いて帰った時も凄かったのではないかと思う。
けどまあ、李粛のことだ。
これだけの大歓声にさらされながらも物怖じすることなく手を振って応えていたに違いなかろうと思うことにする。
その度に揺れたであろう胸部に目を奪われたのではないか、そう思える幾ばくかの頬を赤くした男性とその隣でその男性を睨む女性を見つけてしまえば、俺としては苦笑するしかなかったのであった。
「皆さん、お疲れ様でした」
洛陽の城中。
さすがに洛陽の城内に董卓軍のほぼ全軍にあたる七万近い兵を入れる訳にもいかず、数カ所ある練兵場に分割するための指示を徐栄に任せた――年寄りの仕事じゃ、と徐栄が勧んでのことだったが――俺達は、その城内にて董卓と賈駆、そして洛陽を守備するための軍備を進めていた面々と再会することとなった。
といっても、漢王朝の文官やら董卓軍で留守を任されていた文官武官やらを交えた軍議は既に終了している――というか、半ば強制的に終了されたと言っていい、賈駆によって。
指揮権を任された俺を先頭にした諸将が広間に入った時、広間もまた驚喜と歓声に包まれたのであれば、冷静に話など出来やしない。
ともかくとして。
お互いの無事を喜ぶ武官達や、喜びながらもこれからの動きやらをどうするか話し合っている文官達に一度解散を言い渡した俺達は、主要な人物だけで報告する形となったのだが。
その始まりが、董卓からの労いの言葉であった。
「負けないように、とは思ってたけど、まさか勝っちゃうなんてね……報告には聞いていたけど、いざ実感してみれば中々凄いことをしたのよ、あんた達は」
「みんながそれぞれ動いてくれたおかげだよ。俺なんて、指揮官のくせにあまり働いてないしな」
「……二回も敵軍の前に姿を出した人の言葉とは思えませんね」
「駄目ですよー、稟ちゃん。お兄さんはどうも天然無自覚みたいですしー、ここはあまり触れないであげたほうが後々に好感度あっぷですよ」
「風の言うとおり、無自覚は放っておいたほうがよろしかろうて」
あまり出しゃばるのもなあれかな、なんて思っての言葉だったのだが、おい誰が天然無自覚だ誰が。
程昱と趙雲の言葉に頬をひくつかせていれば、その事に対して何かしらを思っていたのか、不意に董卓と賈駆から睨まれる――賈駆はともかく、董卓のそれはむーという言葉付のどこか可愛らしいものであったが。
それが俺の勝手な行動に対してのものだと考えて少しばかり身を引けば、さらに険しくなる視線にどうにも違うらしい。
では何事か、と首を傾げるより早く、拗ねたような口調で賈駆が口を開いた。
「……何よ、ボクが心配するのはおかしいとでも言うつもり?」
「い、いや、そういう訳じゃないけど……心配、してくれてたんだ?」
「べ、別にあ、あんたのことを心配した訳じゃなくて……そう、兵の士気を心配していたのッ! 兵の士気は戦の勝敗も分けるんだから、その辺わかってないあんたの指揮に従う兵の心配をっ!」
「もう、詠ちゃんたら……一刀さん、私も詠ちゃんもとっても心配したんですよ? ……だから、その、無事で帰ってきてくれてとても嬉しいんです」
「ゆ、月~」
「それは……うん、分かってるよ。ありがとう、心配してくれて。詠も、心配させてごめんな」
「ッ……ふん、分かってればいいのよ」
だがしかし。
心配をかけたことに対して謝ってはみたものの、一瞬だけ硬直したかと思えばすぐさま顔を背けられてしまえば、何か気に障るようなことを言っただろうかと疑問符を掲げてみる。
もっとも、私も詠ちゃんと一緒で本当に心配したんですよ、という董卓の言葉に顔を赤くしながら反論する賈駆を見てみれば、ただ照れただけなのかと納得はしたが。
何に照れたのかまでは理解出来なかったりする。
「さて……まあ、雑談はこの辺りにしておきましょうか」
わいわいがやがや、と。
汜水関ではこうした、虎牢関ではこうなった、ああしたこうした、とそれぞれの話が一段落を迎えようかという頃に、手を二度叩いた賈駆によってそれが中断される。
何事か、などと問いかける者はいない。
賈駆の真摯なその瞳が、これから行われるであろう話の内容を物語っているように見えた。
「反董卓連合軍に勝利することが出来た、これはいいわ……けど、差し迫る状況が好転していないということ、これは不味い」
「何で好転してへんのや? 反董卓連合軍に勝った、それを洛陽の民だけやなく大陸の街々に広めるちゅう一刀の策は成っとんやろ?」
「それは詠殿だけでなく、このねねも確認したから間違いないのですぞ、霞殿。ただ、問題は策が成ったからといって終わりという訳ではないのです」
「反董卓連合軍に勝つことが出来たとはいえ、その勝利はあくまでも洛陽防衛に関してのこと。そのことによって多くの諸侯が動き出すとはいえ、結局のところ、殆どの情勢は変わっていないのですよ、張遼殿」
「あー……つまりや、簡単に言や、また攻められるかもしれんちゅうことか?」
郭嘉の言葉に応える張遼の言葉に、返事は無い――否、むしろそれこそが正解であるとその場の雰囲気が物語っていた。
確かに、俺達董卓軍は反董卓連合軍に勝利を収めることが出来た。
大きな損害も無く、この先のために色々と布石を打つことが出来、董卓軍の強さを見せつけるという、完全勝利とも言えるものである。
だが、それは即ち董卓軍を警戒させることにも繋がるものであり。
結果として、その武威を恐れた諸侯によって何時また第二第三の反董卓連合軍が結成されるのか分からない状況となってしまったのである。
無論、悪いことばかりではないだろう。
警戒されるほどに強さを見せつけたとはいえ、敵対の行動を取る諸侯が現れるのであれば、こちらと結びつき生き残ろうと動く諸侯も出てくる訳で。
戦うことが嫌い、と言う董卓からしてみればそういった勢力が出てくるのは喜ばしいことである。
反董卓連合軍に勝利したという武威によって出来るだけ戦わずに勢力を大きくし、最終的にはそれによって戦が収まれば最良であるが、しかして事はそう簡単に進むものではない。
無論、抵抗する勢力も出てくるだろうし、今回みたいに同盟を結んで対抗せんとする勢力も出てくることだろう。
その度に今回のような総力戦をしなければならないのか。
そうして沈みそうな雰囲気を破ったのは董卓の声であった。
「勝つとか負けるとか、勝敗は兵家の常ではありますが、私としては皆さんが無事に帰ってきたことが一番嬉しいです。結果として勝利を収めることが出来ましたが、皆さんに大きな怪我も無く、兵の人達も出来るだけ多くの人達が帰ってこれたことを、私は喜ぶことだと思います……もう一度になりますけど、皆さん、無事で帰ってきてくれて本当にありがとうございます」
「そう、ね……月の言うとおり、みんなが無事に帰ってきたっていうのが一番かもね。これだけ大規模な戦闘だったのに将に怪我人がいないってのも凄いことなんだし」
「私は汜水関虎牢関の戦闘には参加していませんが、詠様の言うとおりかと」
「……まあ、そうだな」
「華雄は首獲られる一歩前やったけどな」
「うぐぅ……わ、わざわざここで蒸し返さなくてもいいだろう、張遼」
「あー……はいはい、じゃれるのもいいけどとりあえず今は本題に入りましょう。まあ、簡単に言えばこれからどうするかってことなんだけど……」
「ふむ……勝利の武威と漢王朝の権威を用いて諸侯を抑える、は除外でしょうね……」
二度手を叩いて再びずれかけた話を戻した賈駆に応えた徐晃の言葉に、俺はふむうとばかりに腕を組む。
勝利の武威を用いることに異論は無い。
それは無用な戦を減らしてくれるものでもあるし、こちらの味方を見極める上でも重要なものだからだ。
だが、漢王朝の権威を用いることはしてはならないことであった。
「まあ、琴音の言うことも分かるんだけど、それをしちゃうといよいよ反董卓連合軍の檄文の通りになっちゃうからね……民に負担をかけないまでも、今それをしちゃえば今度こそ敗北を視野に入れなくちゃいけないし」
「ふむう……確かに、詠様の言うとおりですな。しかし、そうなるとやはり……」
「まあ、地力を固めるのが正当でしょうね」
人というのは、存外に単純であると以前曹操に言ったことがある。
あの時は人が人に従うというその理由に対して言ったものだが、もちろん、それは他のことにも当てはまるのだが。
先ほどの賈駆の言葉などがまさしくそれに当てはまる。
と言っても、特段難しい話でもない。
二つの物事を信じろと言われた時、両方とも信じることが出来るか、或いは片方しか信じることが出来ないか、その違いである。
今回の反董卓連合軍に変えて言えば、漢王朝の専横による権威の乱用と洛陽の民への圧政暴虐が上げられる。
そういった趣旨の檄文こそ袁紹は立ち上げたが、事実としてそういったことが確認されていないのであれば、それは大した意味を成さない。
それどころか、俺が関羽や劉備にしたように離反や相反の元となる可能性だってあるし、結局のところはそれらの事実が嘘であり、そういったものに賭ける必要性も無いと判断したから多くの諸侯が離脱したのだから、その重要性はよく分かるものである。
だが、もしその二つの文句の内、どちらかが信じられるものであれば――今ここで話に出たように、漢王朝の権威の乱用が事実であったならばどうだろうか。
洛陽の民には暴虐を強いず、しかして漢王朝の権威を乱用するのであれば、それはきっと未だなお漢王朝に忠を尽くさんとする諸侯は目の色を変えることだろう。
そして、権威を乱用するという事実さえあれば、暴虐を強いていないという事実は疑われることとなり、結果としてその真相は如何にせよ反董卓連合軍は離脱相反などせずに洛陽へと迫っていたはずである。
反董卓連合軍で無いにせよ、そういったことをしてしまえばそれに準ずる勢力が洛陽に迫るのが容易に想像出来るものであるのだ。
ゆえに。
誰もがその考えに至っている――かどうかは怪しい人物がいることはいるが――からこそ、俺達は地力を固めるべきだろうという郭嘉の言葉に自然と頷いていた。
「となると、東はやっぱり汜水関の守りを固めるべきかな」
「それが妥当でしょうね。それ以上東に行くと陳留に近くなるし、あんたの報告からみれば出来る限り張莫と曹操には関わりたくないし。南は……宛の袁術か」
「風は連合軍の動きを見た感じではそこまで警戒するようなことは無いと思うのですよー。まあ、一応忍者さんの目を入れておいた方がいいとは思いますけどー」
「風さんがそう言うなら私もそれがいいと思うけど……どう思う、詠ちゃん?」
「うーん……それはどれぐらい信用出来る、風?」
「まあ、月さんと詠さんがお兄さんを信用するぐらいには」
董卓と賈駆が俺を信用するぐらいとなると、まあ補佐付きながらも防衛の総大将に任命するぐらいってことか……って、いまいちよく分からないな。
総大将任命なんてしたことが無い俺からすればそれがどれほどに信用が必要なのかも分からずに首を傾げるのだが。
一刀殿が董卓殿と賈駆殿を信頼しているぐらいだ、と趙雲から耳打ちされればああなるほど、と一人納得していた。
「そう……なら南はそれでいきましょう」
「となると、あとは西ちゅうことやけど……どないな、そこら辺は?」
東は汜水関、南は様子見、北は黄河によって遮られているし何より忍の根拠地であるから情報の入りも早く心配は無い。
となると、残る懸念は西ということになるのだが。
洛陽以西――西涼のことに話が及ぶと、周囲の視線は俺へと集められた。
なんたって――それが無理矢理にでも仕組まれたものとはいえ――西涼連合は馬騰、その娘である馬超のご主人様に一時なっていたのだからそれも仕方のないことである。
そもそも、もし董卓軍が反董卓連合軍に敗北した時に西涼にまでその手が及ぶことは避けねばならぬとして馬超を西涼に返したのは俺であるのだから、その反応は分かるのだが。
俺は少しばかり考える素振りをした後に、まあ隠すことはないだろうと堂々と言い放った。
「うーん、と……特には何も考えてないな」
「……堂々と言い張ることやないやろ、一刀」
「うぐっ……で、でもなあ、こればっかりは何とも」
「はぁ……まあ、こいつの言う通り、こればかりは向こうの出方次第ていうのもあるかもね。長安に詰めてる李確の方が近くでよく分かると思うから、こっちから確認してみるわね」
「うん、お願い、詠ちゃん」
黄巾賊襲来の折に同盟を結び、そして反董卓連合軍結成の際にそれを解消した西涼の馬騰。
裏切りである、と言うのは簡単であるし言えばそこまでなのだが、こちらとしては影響が及ばないようと同盟を解消したのだからそんなことを言うはずも無い。
そもそも、馬騰の軍勢がいなければ安定の街を救うことは出来ず、黄巾賊はその勢いをもって石城を攻めていたのであろうから、こちらの立場からしてみれば恩を感じこそすれど裏切りなどという感情を持つ者はいないのだ――いたとしても、洛陽以降の新参な将兵ぐらいであろう。
だが、結局のところ、それはこちらの言い分である。
実際に馬騰がそう考えているかは分かるはずもないし、西涼連合の雄を務めているだけあって、簡単にことを進めるような人物ではないだろう。
まあ、ここ洛陽にて出会った時に抱いた印象だけでいけばその限りではないのだが。
というか、完全にノリで進めそうで怖いとふと思った。
何というかあれだ、趙雲とか孫策とか、その辺に通じそうなものがありそうである。
「さて……ちゅうことは、大体決まったわけやな」
「現状で言えば南は警戒、東と西は守りを固める。反董卓連合軍に所属していた諸侯の動きが分からない以上、しばらくの間は守りを固めながら地力を溜める……そういうことでしょうね」
「こっちの被害も決して小さくはないですしー。しばらくはその方が良いかとー」
「新たな敵に備えるためにも更なる兵の調練も必要だな」
「長安との連携、石城安定の防備の強化、朝廷への対応に街の警護と活性化……はあ、連合軍に勝ったとはいえ、まだまだ問題は山積みね」
「まあ良いではないですか、詠殿。勝てたことによって今こうして先を見据えることが出来るのですから」
「ふふ……そうですね、琴音さんの言うとおりだと思います」
いかんいかん、とズレ始めていた思考を前へと戻す。
はっきり言って、馬騰のことは今から考えていたところで――否、今どう考えたところで向こうの出方次第であると先ほど賈駆が言ったばかりなのだから、こちらとしてはどうしようも無い。
何をされようとも動じないように備える、それだけしか取りようが無いのだから。
そう思考を纏めた俺は、目の前で繰り広げられる諸将の話を耳から取り入れながら思考を働かせていく。
さて、と。
取るべき指針が決まったのなら話は早い。
大火に襲われた洛陽の本格的な復興も進めねばならないし、皇帝となった献帝の皇位継承における諸々の祭事の段取りも必要である。
此度の戦における死傷者への保障も考えねばならないし、西の長安、東に汜水関、とそれらの守りや戦力を固める戦略も進めねばならない。
さらには、戦火から逃れる難民の対処もあるし、増える民の食糧事情のことも考えねばならない、と。
「はは……こりゃまた、忙しそうだなあ」
「さて、それが一刀殿の仕事であったと存じておりますが?」
「趙雲の言う通りよ。こっちはこっちで色々と忙しいんだから、そっちはそっちであんたが動かないと事が始まらないの。そのことはちゃんと覚えておいてよね」
「へう……私と詠ちゃんが朝廷のことで忙しいとはいえ、一刀さんにご迷惑をかけてしまって……本当にすみません」
「ああ、別に気にしなくていいって。朝廷もいきなり皇帝が変わって大変だろうし、何進と宦官の政争の後始末でぼろぼろだろうし、さ。俺に出来ることがあれば、どんどん任せてくれていいから。それに、これから忙しくなるのは月達も同じだろう? 体調に気を付けて、無理だけはしないようにな」
洛陽に駐屯し始めてから、董卓と賈駆は朝廷につきっきりである。
元の歴史であれば董卓が朝廷を専横して権威を牛耳っている、というところであろうが、この世界においては、現皇帝である献帝を救ったことと宦官がほぼ全て袁紹と曹操に斬られたことによっての人材不足、そして漢王朝としての兵力不足という理由もあってか、朝廷が董卓――そしてその勢力を頼りにしている節がある。
もともと漢王朝の兵力として数えられるはずであった大将軍何進と宦官の残党兵力を吸収したがために兵力が増大した董卓軍にあって、その兵力が漢王朝のものであると考えることは致し方のないことなのかもしれないが。
もっとも、あの献帝――劉協様に頼られでもしたら俺個人として断ることは出来ないだろうと、断言だけしておこう。
俺に幼――げふんげふん――女を愛でる性癖は無いはずだが、うん、彼女の上目使いに加えた涙だけは理性が外れてもおかしくないと、本気でそう思った。
本当に、幼――げほげほ――女を愛でる趣味など無いと思うのだが。
それはさておき。
俺達が汜水関虎牢関に詰めていた間も忙しかったのだろう、微かにやつれ隈を残す董卓の頭を撫でながら、朝廷のこともどうにかしなければならないかなとふと思う。
洛陽を擁して一大勢力を築いた董卓とその軍師の賈駆とはいえ、その実は何処からどう見ても少女である。
大人、ことさら男からしてみれば体力にも限界があるし、精神的につらいこともあるだろう――何より、俺自身、彼女達がそんなことで疲弊するのが嫌なのだと言える。
見知らぬ世界と土地で救ってもらい、過去の傷を拭ってもらった恩ということもあるが、それよりも何よりも、今この瞬間を精一杯生きるために少女達が輝くのを曇らせてはならない。
その輝きこそが後世において時代を紡ぎだし、多くの人達がそれを歴史として学んでいく上であって、彼女達を輝かせたいと。
命がけの戦場を駆け抜け、英傑とも呼ばれるであろう人物達と邂逅し、時代の転換点とその末の新たな結末を見たことによって、ことさらにそう思う。
「じゃあ、大体の指針はこれで決まったわね。それと、何かしらで事を進めるときは朝廷に関することや政の関係はボクに、内治や軍政、それらに関することは北郷に……それでいい、月?」
「そう、だね……一刀さんがそれで良ければ」
「俺はそれで構わないよ」
「ならば良し。そういう訳だから、色々と忙しいとは思うけど、各々、頑張ってちょうだい」
だからこそ。
新しい可能性の歴史――正しい歴史から外れた外史を、みんなと共に駆け抜けるために、そして生きるためにと俺はみんなと同じように応、と答えていた。
なお、余談ではあるが。
董卓を撫でた後に物欲しそうな視線をちらちらと投げかけてきていた賈駆の頭――その上にある帽子ごと撫でていると、何故だか向けられた呂布の羨ましそうな視線に負けてその頭を撫で、そしてまた張遼やら華雄やら徐晃の頭を撫でた挙句、趙雲と程昱、そして郭嘉までもの頭を撫でることになるのだが。
それはまあ、別の話ということにしておこう。