「やれやれ……本当に、お兄さんにも困ったものですねー」
そう呟きながら程昱は城壁の下――打って出た董卓軍とそれを迎え撃たんとした連合軍へと視線を向ける。
さすがは董卓軍でも最精鋭と呼ばれる部隊を率いる華雄か、と思えるほどに、打って出た董卓軍二万の軍勢は的確に連合軍へと襲いかかっていた。
後退していく両翼の軍勢に釣られながらも、迎え撃つためにと留まった劉備軍を覆っていくように動いていた董卓軍であったが、しかし、その動きは突如としてぴたりと止まることになる。
彼の軍を率いていた華雄が、劉備軍の将である関羽に一騎打ちの末に敗れたからだ。
汜水関の城壁からでは聞こえることはなかったが、遠目で見ても華雄の戟が鈍ったことから、恐らくは挑発か何かの類をされたのだろう。
怒りのままに戟を振るい、そのままに隙を突かれた華雄は自らの武器を空中へと跳ね上げられていた。
「その割には、いささか嬉しそうに見えるのは気のせいですか、風?」
「おやおやー、稟ちゃんの目は節穴ですかー? 風が嬉しそうに見えると言うのなら、節穴を通り越してただの穴かもしれませんが」
そのままであれば、華雄は関羽に斬られていただろう。
冷静であった華雄ならばその力量も拮抗していたであろうが、頭に血が上り戟が単調になった華雄ではそれもままならない。
ともすれば、戟を跳ね上げられた勢いのままに、華雄の首が地を転がっていてもおかしくはなかったのだ。
そして、将が討ち取られた勢いのまま打って出た董卓軍は蹴散らされることになり、籠城のための兵力の大半を失った汜水関を放棄して虎牢関へと退かなければならない。
程昱は、即座にその案を頭の中へと浮かべ――そして、すぐさまに破却した。
自らの――どれだけ制止したにも関わらず、華雄が打って出たと聞いた途端に目の色を変えて自らも出て行った北郷一刀が、華雄の首を転がしていたであろう関羽の一撃を防いだからであった。
「……やれやれ。あの方は本当に自分が汜水関防御の総大将であるとの自覚があるのですかね? とは言え、あるのでしたら打って出る筈もありませんが」
「あの兄ちゃんにそんな自覚があるかよ。ありゃ、特に何も考え無しなんじゃねえか?」
「でもですよ、稟ちゃんに宝彗? お兄さんが打って出なければあのような事態にもなっていませんでしたよ?」
そうして程昱が北郷達から少し外れた地点を指さしてみれば、郭嘉の視線がそれを追ってその先へと動いていく。
その先では、連合軍が動きの止まった董卓軍を飲み込まんとして口を広げた生き物のように展開していくのが見えていた。
その動きに、郭嘉はなるほど、と頷く。
「……連合軍の注意は一刀殿達が引きつけている、ということですか。ともなると、策の条件としては十分かもしれませんね」
「はいですよー。色々と当初の予定とは違っちゃいますけど、まあ、今は結果を求める時かなと思いますし。旗の方はもう振らせましたんで、今更ですけどねー」
「……動きがやけに速いですが、まさか風、華雄殿が打って出たと聞いた時から既に読んでいましたね?」
「はてさて、何のことやら?」
「黒い女だな、全くよ」
「それが女の嗜みというものですよー、宝彗」
にゅふふ、と口元に笑みを浮かべながら、程昱は北郷から視線を外して連合軍内部へと移す。
北郷が打って出た時から振らせていた彼の場所を示す『十』の旗に、そろそろ連合軍は気づくことだろう。
遠い先祖が使っていたとされる十文字の旗、とは北郷本人から聞いた言ではあるが、それに連合軍が気付くということは、それはその内に潜む者達も気づくということで。
気づかぬままに笑みを深めていた程昱は、隣の郭嘉が発した笑い声に彼女へと視線を移した。
「ふふ……ここまで掌の上で踊ってくれたとあれば、こちらとしても相応の持て成しをせねばいかない、といったところでしょうか……駒を進めますか?」
「そうですねー。予定通りに事が進めば――おや、早速ですかー」
轟、と。
駒を――策を進めるか。
そう問う郭嘉の言葉に返そうとする矢先、程昱は連合軍内にて動きが起き始めたことを――まるで生き物のように妖しく蠢く紅蓮の炎が、連合軍の中枢付近において立ち昇ったことを確認した。
そして。
それより少し遅れる形で、連合軍の各所から同様の炎が巻き起こるのへと視線を送りながら、程昱は順調に策が進んでいることを顔に出さずに笑った。
まるで連合軍という入れ物を内から食い破らんとするようだ、と口に出さずに、当初の予定通りに――火計と共に合図を兼ねている幾つもの炎から視線を外し、連合軍の後方へと移す。
ちらちら、と。
色の対象物が乏しいことから今いち確認しづらいが、そこには何かが蠢いていた。
徐々に近づいてくると同時にそれが土煙である、と結論を下した郭嘉が口を開く。
「……さて。では、締めといきましょうか」
「そうですねー。このまま放っておいて、お兄さんの首が落ちちゃっても困りますしねー。……ではでは、行きましょうか」
連合軍内で巻き上がった炎。
そして、その後方にて土煙が確認されたことにより、郭嘉とともに程昱は策の完遂を確信した。
まあ、それを表に出すには未だ早く、もし破られるようなことでもあれば将兵の士気精神的な被害も計り知れないこともあって、それを成すことは無いのだが。
策の完遂自体が勝利に直結するわけでもないが、それでもなお、程昱はそれを確信していた。
「先に出撃した同軍と伏兵部隊、奇襲部隊を迎え入れるために全軍打って出るぞッ! 牛輔殿、守りはお任せします!」
「おー」
ならばこそ。
その策を完結させるべくの最後の一手として、駒を進めねばならないだろう。
郭嘉の言うように、先に打って出た華雄率いる軍や北郷を汜水関に再び迎えるため、そして、連合軍内にて炎を巻き起こした楊奉率いる伏兵部隊と、連合軍の後方から食らい付かんとする奇襲部隊を――『張』の旗を風で翻しながら迫る部隊とで行う連合軍二十万の挟撃作戦を完遂せんがために。
もっとも、それもただの前座でしかありませんけどねー。
くすり、と誰にも分からぬように微笑んだ程昱は、城壁から打って出るためにと進む郭嘉の背を追いながら、徐々に露わに成ってきた策の全貌へと思いを馳せていた。
**
「何をしているんですか、あなたはッ!?」
「……やれやれ、見つかっちまったかい……まあいいかい、目的も達したことだしね」
ガシャン、と。
腰元に備えていた拳大の壷を、楊奉は炎によって燃えさかるソレの中へと投げ入れた。
固い音を響かせて割れた壷は、その中身に蓄えていた液体を辺りに撒き散らすのだが、それより何より、その壷が割れたことによって轟々と燃えていた炎がさらに燃えさかることになった。
後方からの奇襲の情報。
そして、連合軍各地から立ち昇った炎によって騒然となる周囲の状況の中において、楊奉は背後からかけられた言葉に応えるように、ゆっくりと振り返った。
「まさか……董卓さんの兵……ッ!?」
「ご名答だよ、おかっぱの少女。楊奉だ、覚えておいておくれ」
深い蒼色の髪を短めにした少女がこちらへと穂先を向けているのにも関わらず、楊奉は力を抜け、と言わんばかりに肩をすくめる。
その細っこい身体のどこにそんな力が、と問いただしたくなるような鎚の先端に備えられている槍の穂先のようなものは、既に幾人かの肉を割いたのか、血で濡れていた。
「顔良です……おかっぱの少女なんていう名前ではありません。……それはそうと、何をしているのか、と私は問うたのですが、それには答えていただけないのですか?」
「ほう……顔良と言や、袁紹の下で文醜と双璧を成すと言われている将軍様じゃないかね。いやいやそれにしても、中々に慎重深いんだねえ。いっそのこと、一気にかかってきてくれればこっちとしても楽だったのに」
「……懐に何を入れているか分からない方に、わざわざ近づくこともないでしょう。それよりも、いい加減にこちらの問いに――」
「――なに、こういうことさ」
諜報活動をする上で嵩張らずに役に立つ武器は何だ。
そう尋ねた北郷から薦められた先端を尖らせた鉄の棒――彼からは苦無とも言われたが、懐に潜ませるその数と存在を確認していた楊奉であったが、それを察知されたのか、一向にこちらへと攻めかかってこない顔良に焦れてくる。
人間、何かに取りかかろうという時が一番集中するものであり、そして注意力が散漫になるものである。
こちらへ攻めようとするその先を取って投擲してやろうと思っていた楊奉の企みは、既に顔良に露見しているようであった。
そうとなれば、このまま対峙していても埒が明かない。
元々、自らの身に帯びる武器と言えばその苦無か、袁紹の兵に化けんとした装飾過多の剣しかない。
対して、顔良の武器といえば、一体何を砕きたくてあれだけ巨大なのかが理解出来ない大槌であるが、それでも、そんなものとぶつかってしまえばたちまちの内に吹き飛ばされることだろう。
ともすれば、そんなものを軽々と扱う顔良と、いつまでも対峙しておくこともない。
そう思った楊奉は、近くにあった蓋のされた大きな甕へと苦無を放った。
「……一体何を――ッ?!」
突然の楊奉の行動が理解出来なかったのか、頭上に疑問を浮かべながら首を傾げようとしていた顔良であったが、楊奉が放った苦無によって割れた甕と、そこから流れ出た液体――そして、ふわりと舞った火の粉によってその液体が瞬く間に火の川になったことによって、その顔色を変えた。
「まさか……油ッ!?」
「ご明察だよ。まあ、全部が全部油というわけでもないけどさ。それでも、これだけの数をよく集めたと思わないかい? ははっ、本当にあの大将は面白いことをやるよ」
自然に漏れる笑みに口端を歪めながら、楊奉は一つだけ残っていた拳大の壷を手に取る。
ちゃぽん、と僅かな水音を響かせるそれにも、油が満たされている。
本当にどこまでを予想して予測しているのやら。
くっ、と喉を鳴らしながら、楊奉はその壺を燃えさかるソレへと――堆く積まれていた兵糧へと、更に投げつけた。
そうして、さらにその火の手を強める炎に、楊奉はにやりと笑う。
「まさか圧倒的な攻め手に対して兵糧攻めをしようなんて真似、普通なら考えつかないけどねえ。さすがは天の御遣い考えることが違う、って所かね。いやはや、凄いもんだよ」
「くっ! まだ燃えていない分を火の無い所に早く移してくださいッ! 他の人は消火をッ、急げば燃えている分もまだ間に合います!」
「おやおや、頑張るねえ。……まあいいさ、あたしはここいらで退かせてもらうとしよう。後続も来たようだしねえ」
「……え?」
轟々、と。
最早どう手をつけていいのかも分からぬ程に炎に包まれるソレ――袁紹軍の兵糧にちらりと視線をやって、楊奉はこの策を考えついた北郷をふと思う。
奇襲と同時に火計を行うことによって被害を大きくし、各軍の兵糧を損なわせる。
なるほど、火計を行う上でこれ以上の目標は無いだろう。
兵糧を失ってしまえば、軍としての士気や統率、機能は著しく低下するだろうし、もしそうなってしまえば、連合軍という体裁すら整わないことになるかもしれない。
最悪の場合、同じ連合軍内において兵糧の奪い合いをすることにも成りかねないのだ。
状況によってはそれだけで連合軍が瓦解するほどのものである。
随分と雇われがいがあるもんだけど、まあそうじゃないと面白くないしねえ。
そう心の中でだけ――にはならず、自らの口端をもにやりと歪ませた楊奉は、ふと耳に届いた音に反射的にしゃがみ込んで大地へと触れる。
人が走る音とは違う音――そして振動を大地から読み取りつつ、そういえば、とした楊奉は、呆気に取られる顔良を置いて炎の中へと飛び込だ。
「駆け駆けえッ! 連合軍の奴ら、この火計で慌てとるッ、この隙突いて一気に攻めかかれやッ! 神速の名、ここで連合軍に見せつけえッ!」
「応ッ」
その背後。
周辺の視界が炎によって赤く染まる中、その壁の向こうから聞こえてきた声に覚えがあった楊奉は、策の順調な進み具合にニヤリと笑いつつ、他に潜伏していた忍と合流するために炎の中を駆け出した。
神速将軍とも呼ばれる張文遠が率いる董卓軍奇襲部隊五千。
それらが今まさに、火計によって混乱し無事な兵糧を確保しようと右往左往する連合軍へと襲いかかっていた。
**
「なんだというのだ……一体?」
ふるふる、と。
茫然自失といったふうに肩を振るわせながら炎に巻かれていく連合軍を見やる関羽に、俺はほっと息をつく。
関羽の注意がそちらに向いたために生き延びたということ――若干の時間だけかもしれないが、それでも、そうして迎えた時間と目の前で起こる現状に、脱力せずにはいられなかった。
「はは……風も奉孝殿も上手くしてくれたみたいだな。……霞にも、後で礼を言っておかなきゃ」
未だ怒声と剣戟の音が入り交じる騒々しさが戦場を包んではいるが、感じるだけでもそこら中から感じるあたり、どうやら策は上手くいったみたいである。
一手、忍を伏兵として連合軍の兵糧を確認、これを焼失させる。
二手、忍が上げた炎を合図として連合軍を後方から奇襲、これを混乱させる。
まあ、この後にも三手四手と策は進んでいくのだが、この段階までくれば概ね成功と言えるだろう。
ちらり、と汜水関へと視線を送ってみれば、程昱達もそう思っているのか、彼の堅城から残りの董卓軍が打って出ているのが確認出来た。
「まさか……これは、貴様らが……ッ?!」
「さて、それはどうでしょうかね? 連合軍内においての仲間割れ、という線もあると思いますが?」
「そのようなこと……洛陽の民を救わんとした我らが――」
「……では一つお聞きしますが、洛陽の街が悪逆と暴政に苦しめられているとは一体誰が言った言葉ですか? 兵か、民か、それとも国か? そもそも、関羽殿はその現状を自らの瞳で確認したり、自らの耳でその報告を受けたのですか?」
「――ッ!?」
ここまで来れば、策の第一段階は過ぎたと言っても過言ではないだろう。
程昱達が動き出していることがその証であるし、実際に俺としても、それは間違いないと思う。
ならば。
そろそろ策を次の段階へと――連合軍を瓦解させるための段階へと進めることにしようか、と俺は口を開いた。
「言うまでもなく、俺の瞳にも耳にもそのような現状も報告も入ったことはありませんよ。洛陽の街は平穏無事……民も、先だっての大火からの復興に活気づいております。……さて、ではもう一度聞くとしましょう――誰が、洛陽の街が悪逆と暴政に苦しめられていると言ったのか、を」
「う……あ、それは……」
まあ概ねは袁紹とか袁術とか、俺の知る歴史の中でも散々に権力とかを求めた人物の辺だろうけどな。
そんなことを思いつつ、俺は口を開きかけたり閉じたりする関羽へと視線を滑らせた。
ぶっちゃけて言うと、何も関羽に誰が言ったかをわざわざ言わせたいわけではない。
視線をきょろきょろと頼り気なく彷徨わせ、少しばかり上目遣いでこちらを伺う関羽に少しだけ申し訳なさを感じながら――少しだけ、本当に少しだけで迷子みたいで少しだけ可愛いとか思ったわけでもないことでもないのだが、俺はしばしの間、口を閉じながら視線を周囲へと回していた。
では、何故、ということになるのだが。
要は、である。
関羽が――そして連合軍が、自らの行いに疑問を持ってくれればいい、と思ってのことであった。
今回の連合軍――とは言っても、俺が知る三国志での連合なんて反董卓連合か、孫権と劉備が対曹操で結び赤壁で彼の者を破った連合しか知らないわけだが、それにしても、その参加した諸侯は結構な数になる。
そして、それらの多くが総大将であり連合の発起人である袁紹の悪逆討つべしという檄文によって参加しているのは、当然のことである。
ならば、その当然のことを揺らがせてやればどうなるのか。
それが、今回俺達が――俺の奇襲という言葉から賈駆や陳宮、郭嘉と程昱によって考え詰められた策の肝であるのだが。
その全貌が全ての姿を見せるには、まだ少し早い。
だが、初めの楔を打ち込んでおくことは肝心だ。
そう思って関羽を意地も悪く問い詰めてみたのだが、思いの外効果的であったらしい。
連合軍に対して疑問を持ってくれれば程度に思っていたのだが、存外に真面目であったみたいだ。
大儀を掲げた人物を答えるのは容易だが、しかし、その人物が本当に民のことを思って大儀を掲げたのか。
俺が言わずとも、関羽にとってはそれが既に疑問として脳裏にこびり付いてしまったようであった。
「さて、と……これからどうするか――」
「――愛沙ちゃんッ!?」
関羽が疑問を抱えたとあれば、これ以上ここにいる必要は特にないだろう。
この後に彼女がどう動くかは特に気にすることでもない。
その自らの混乱を連合軍全体に伝染させてくれれば儲けものであるし、もしそうしなかったとしても、まだまだ打つ手はあるのだ。
程昱達ももうそろそろこちらへと近づく頃だろうし、何より、華雄に怪我が無いかも確認したい。
そう考えた俺は、背後に守っていた華雄の方へと振り向き――唐突に聞こえた言葉に再び振り返っていた。
桃色の髪の少女。
帽子を被った背の低い少女。
自らの倍以上はあろうかという槍をこちらへと構えながら、関羽の前に立つ幼げな少女。
「ッゥ?!」
それらの少女を――関羽を含めたその四人を視界に収めた時、曹操や孫策の時に感じた以上の痛みが、俺の頭を駆け抜けた。
*
『消えないで……っ! 帰ってきて……っ!』
そう聞こえた声は、確かに目の前の少女から伝えられた筈なのに。
酷く遠くから聞こえたように擦れていて、その声は酷く悲しんでいて。
徐々に薄れていく意識が――存在が、それを遠くのように思わせているのだろうか。
『私を……私を一人にしないで……』
その声を求めるように腕を伸ばしても――最早手なのかどうかさえ分からない自らの存在を伸ばしても、その声には中々届くことは無く。
ともすれば、そのまま腕を伸ばした状態のままに消えていくかもしれないのだ。
……だと言うのに。
何故こんなにも悲しいのか。
何故こんなにも苦しいのか。
何故こんなにも――声の主が、愛しいのか。
『やだやだやだやだ! お兄ちゃーーーんっ!』
消えていく。
失われていく。
薄れていく。
俺という存在が。
俺という個人が。
声の主――彼女達への想いが、思い出が。
そしてこの願いが。
――離れたくない、別れたくない。
俺を支え、時には励ましてくれた大切な半身、ずっと傍に居てくれた心優しき少女。
俺を支え、時には導いてくれた大切な半身、ずっと傍にいてくれたお淑やかな少女。
俺を支え、時には励ましてくれた大切な半身、ずっと傍に居てくれた元気一杯な少女。
彼女達と――俺を支え、慕ってくれたみんなと離れたくない、と。
俺は、自らの存在があやふやでありながらも、力の限りに腕を伸ばして――白光にと飲み込まれていた。
その直前、確かに掴み、握り合った手を離すことは無い。
『我ら四人っ!』
『姓は違えども、姉妹の契りを結びしからは!』
『心を同じくして助け合い、みんなで力無き人々を救うのだ!』
光を抜けた向こう――戦乱の世の中であっても暖かみを持つ陽光に照らされながら、そう掲げられた言葉は自分達を包み込む桃園に負けぬほどに美しくて。
自らがその場にいるということに現実を感じさせぬほどであった。
絹のように美しい黒髪を靡かせる少女と。
桃園に負けぬ劣らぬの美しい桃色の髪を持つ少女と。
桃園の美しさに負けぬほどの命の輝きに満ちた少女と。
……そのような少女達に不釣り合いと思わないでもない自分に苦笑しながら、それでも、彼女達と共に歩んでいける先を美しいと思えていた。
『同年、同月、同日に生まれることは得ずとも!』
『願わくば同年、同月、同日に死せんことを!』
であるからこそ。
さらに高く掲げられた杯へと、俺も杯を合わせていく。
友であろうと、親であろうと、子であろうともその命を奪い合う時代において、血は繋がらずとも共にいようというその心は桃園に負けぬほどに美しくて。
その光景にふと混ざりたいと思ってしまった俺は、乾杯、とその契りを締めていた。
*
「愛沙さんッ?!」
「愛沙、大丈夫なのかッ!?」
「あ、ああ……大丈夫です、桃香様」
「ッ!?」
そして、そんな幻覚にも似た感覚は三度唐突に断ち切られることとなる。
ガクン、と。
唐突に電源を入れたかのように意識が覚醒したためか、まるで何かに叩かれているほどに痛む頭を抑えながら、俺は声の発せられた方へと視線を飛ばす。
桃色の髪の少女と帽子を被った少女が関羽を労るように身体を支え、その前に、彼女達を守るように槍を突きつける幼い少女がいた。
桃色の髪の少女と帽子を被った少女は俺を警戒する視線を向けていたが、槍を突きつけている少女は俺を敵と断定しているのか、敵意を込めた視線を飛ばしていた。
もっとも、先ほどに関羽から向けられた殺気の比ではないし、その意識自体は後ろに守る関羽へと向けられているためか、それほど堪えるわけでもなかったが。
それでも、その力量差は十分に理解出来る。
俺如きでは太刀打ちできそうもないことを即座に理解すれば、少女の意識がこちらから逸れていることを確認しつつ、それから逃れるためにと俺は関羽達に注意しながら俺は華雄へと近づいた。
「白ッ! ……少々失礼しますよ、葉由殿」
「え……何を北郷――ひゃっ?!」
未だ現状が掴み切れていないのか、或いは放心したままなのかは知れないが、あれだけ大きな武器を振り回せるほどの膂力があるのも関わらずに意外と軽い華雄を、俺は抱き上げる。
本当、何処にそれだけの筋肉とかあるんだろうというほどに柔らかい感触にどきどきと――いやいや、この状況でそれ以上考えるのは不味いかもしれないので自重しておこう。
それまで、こちらに巻き込まれない位置で待機してくれていた愛馬である白を呼び出した後に、華雄を抱きかかえたまま白に乗った俺は、こちらへと近づいてくる汜水関からの董卓軍に合流せんと、手綱を――
「ま、待ってください、御遣い様ッ!」
――引こうかというところ、ふとかけられた言葉に留まることになった。
今この場にいるのは――俺に声をかける人物といえば、俺の腕の中から馬に跨ることになった華雄か、或いは関羽やその周囲にいる人物達ぐらいであろう。
だが、華雄は俺のことを御遣いなどと呼ばないし呼ぶことはないと思う。
さらには、その華雄といえば未だ放心しているのか、落ちないようにと俺が後ろから片手で胴を抑えていることを気にするふうでもなく黙ったままである。
となると、関羽か、或いはその周囲にいる人物達ということになるのだが。
そんな人物達が一体俺に何用なのか。
そう怪訝そうに眉をひそめた俺に対して、俺に声をかけた人物は――関羽の義姉である劉備は、口を開いた。
その言葉に、俺は更に眉をひそめることとなる。
「わ、私は劉備、字は玄徳と言います……ええと、その……御遣い様ッ、私達と共に戦ってくれませんかッ!?」