初めに気づいたのは、早朝から朝餉の用意のために薪を取りに行った少年だった。
小鳥の声や、人々が営みを始めていく音が響く中、家から出た少年は少し外れた倉庫にまで薪を取りに行った。
少し外れたとは言っても村から出ているわけでもなく、周囲はそれなりに視界が開けているために特に危ないということもないのだが。
朝霧に包まれたその時もまた、少年はさして危機感を抱いているわけでもなかった。
薪を三本、自分の親から言われた分だけを脇に抱えた少年は、不意に視線を感じて朝霧へと視線を移す。
だがそこに何かが見えるはずもなく――少年はそう思って振り向こうとしてが、ふと視界の端に何かを捉えた。
それは空気の流れだったのかもしれない、一瞬だけ朝霧の中に陽光が差したのかもしれない。
それが何であれ、それに意識を引っ張られた少年は再び朝霧へと視線を移して――朝霧を切り裂いて飛来した矢が少年の額に突き刺さった時には、既にその意識は闇の中であった。
少年が絶命する際に落とした薪は、村中へ賊の襲撃を知らせる鐘の役割を果たしていたのだが、それは事態に間に合うことはなく村には既に黄巾賊が入り込んでいたのだ。
かくして、この村は歴史と人の記憶から消えることとなる――傷を負い、瀕死の重体となりながらも、黄巾賊襲来を知らせるために一人の青年がその命を賭して駆けた安定の街を除いては。
黄巾賊総勢六万。
今まさに、それらが安定に牙を剥こうとしていた。
**
安定の城にある広間。
そこで談義される議題と言えば、もちろん今まさにここを狙い進軍してくる黄巾賊のことである。
それはもちろん大事な議題ではあるし、俺としてもそれをすることには賛成ではあるのだが。
「はぁぁ……」
目の前で現在進行形で起こっている事象について、俺は溜息しか出なかった。
李確と徐栄って凄かったんだな、なんて思いながら。
「ええかげんせえよ、華雄ッ! 相手はこっちの十倍以上おんねんぞ、打って出るだけじゃ勝てんゆうのが分からんのかッ!?」
「ならば城に篭って戦えば勝てるとでも言うのか、文遠!? 今こうしている間にも力無き民が賊徒に襲われているのだ、早急に出陣せねば救えんではないかッ!」
「だからそれを話すっちゅうねんッ! そんなんやから、稚然のおっさんに敵知って自分知って、機に乗じんと勝てん言われたんやないかッ! ええ加減に学べや、ボケェ!」
「ぐぅ……ぐぬぬぬ」
この世界に来て初めて参加したものと同じ展開で始まった軍議だったが、李確と徐栄がいないだけでこうも違うのか、となんとなく感心してしまった。
武官と文官の橋渡し、なんてことを言われて後を任されてみたものだが、武官と武官の橋渡しをしろなんて一言も言われてはいないと声を高くして叫びたい。
出陣を主張する華雄と、策を考えるのが先決と張遼。
どっちがより重要か、というのは何となく分かるものだが、かといってそれが正解という訳でもない。
今こうしている間にも、黄巾賊の進路上にある村が襲われているのかもしれない、という点から考えれば華雄の主張も理解は出来るのだ。
だからといって、どちらにしてもこのままで言い争っているのが正解という訳ではないのだが。
背後ではわはわ慌てる姜維で和んでいるわけにもいかず、俺は視線を賈駆へと向けた。
後を任せられたのだから、いつまでも目を逸らしているわけにはいかないのだ――決して睨み合うあの二人が怖いわけじゃないぞー。
「何か策はあるか詠、公台殿? このままだと堂々巡りだぞ」
「むむむ、恋殿の武とねねの智があれば賊徒など赤子も同然なのですが……。十倍以上とはさすがに多すぎですぞ」
「それに、今回は安定だけを守るわけにはいかないしね。ここでボク達が負ければ、石城、引いては涼州に黄巾賊が流れることになる。……それだけは、なんとしても阻止しないと」
「うん……詠ちゃんの言う通りだよ。それだけは、絶対に防がないと」
賈駆の一言をしっかりと確認するかのように、董卓が深く頷く。
洛陽から涼州へと続く道程において、安定はその入り口といっても過言ではない。
洛陽側には古くは帝都として栄えた長安があるが、それを抜けてしまえばあとは涼州までは大きな都市は無いのだ。
故に、ここで黄巾賊に敗れるということは、長安、涼州問わずにその侵入を許してしまうということになるのだ。
だからこそ、ここは絶対に負けられる筈がないのだ――歴戦の将ならすぐに思い立つぐらいに、それはすごく単純なことなのだ。
その覚悟を改めて認識した俺は、兵から報告を受けていた牛輔へと視線を移した。
元々安定にいた牛輔はその上に董卓軍が入った今、その地の利を生かして斥候部隊を率いてもらっている。
これは元々俺が就く予定であった役職ではあったが、色々な思惑から俺が将見習いになるに当たって牛輔へと譲渡されたらしい。
かくして、主に騎馬によって編成された斥候部隊の隊長である牛輔は、その報告を口にした。
「斥候からの報告によれば、賊は手近にある村を襲いながらこちらをまっすぐに目指しているとのことだ。その数は初めの通りに六万。これまでの賊とは違い明確な指揮官がいるらしく、指揮系統とその装備も統一されているらしい。生半可な策では、太刀打ちすら出来んだろうな」
ちらり、と睨み合う張遼と華雄へと視線を向けた牛輔だったが、その視線の意図に気づく二人ではなく、今なお言い争い睨み合いが続いていた。
こういうことをしている場合じゃない、って言わなきゃ分かんないだろうな、あの二人は。
牛輔も同じ考えに至ったのか、同じタイミングで溜息をつけば、それも容易に推測できた。
こういった殺伐とし始めた空気を破るのは李粛の十八番なのだが、生憎と彼女はその名家の名を活かして民心の安定にために街へと入ってもらっている。
あの朗らかな笑顔は安心感を与え、あの豊潤な身体は恐怖以外のものを思い描か――ゲフンゲフン、恐怖を払ってくれることだろう。
彼女こそが適役なのだ。
そしてこういった馬鹿をする人間に平気で冷気を帯びた言葉を浴びせる――時には冷水を本当に浴びせる――のは王方であるが、残念ながら彼もまたこの場にはいなかった。
どんな策を取るにしろ出陣は絶対であり、いざその時のために必要な物資や武器防具を揃えるために走り回っているのだ。
牛輔と同じで彼もまた暗愚な太守の元で政務に励んでいたお陰か、王方は平均的な文官より遥かに仕事の効率が良いのだ。
時に飴で、時に鞭で、時に冷水で、はたまた最後に冷水で。
こんなことは王方の前では言えないのだが、彼に睨まれてしまえばそれだけで机に向かわなければと俺だって思ってしまうものだ――勿論、冷水をかけられたくない、というのもあることは否定しない。
そんなこんなで、その場を強引にでも収める人物は此処にはおらず、俺はただただ頭を痛めるばかりであった。
なんでこの歳で中間管理職ばりに悩んでるんだ、と涙しながら。
**
同時刻、安定の城の一角にて数人の人物がその廊下を歩いていた。
「母様、いくらなんでも兵をぶっ飛ばすのはやり過ぎじゃあ……」
「別に気にする必要はないさ、死なない程度にしておいたしね。そもそも、こっちを見ればやれ黄巾賊の刺客だ密偵だ、と騒ぎ立てる向こうが悪いのさ」
「そうだよ、お姉様。おば様の言うとおりだと蒲公英は思うな」
「そりゃ、わたしだってそう思うけどさ……。なぁ、二人だってやり過ぎだと――って、あれ?」
先頭を歩く人物――引き締まっていながらも、その粛々に主張する胸部から女性ということが分かるが、その後ろに二人の人物が続く。
先頭の女性とは違い、こちらの二人はその服装と豊満な胸部、雰囲気から女性――と言うよりも少女と呼べた。
その少女の一人、短めの腰布を纏い、栗色の長い髪を後頭部で一つにまとめている少女が辺りを見渡した。
何かを探すようなその動きに残りの二人もその意図に気づいたのか、少女と同じように辺りを見渡した。
「……やれやれ、またあの二人は逸れたのかい。まったく、いったい誰に似たんだろうね」
その女性の言葉に、二人の少女は一様に女性へと視線を向けるのだが。
それを全く気にする風でもなく、溜息混じりに女性は言葉を発した。
「翠、蒲公英、二人を探しておいで。私は先に行ってるよ」
「ちょ、ちょっと母様!」
端的に用件だけを伝えた女性は、後は任せたと言わんばかりに手を振ったかと思うと、困惑する二人の少女を置いて先へと歩き出した。
少女がそれを止めようとするもそれを気にすることはなく歩いていく女性に、そんな女性をよく知っているのか、少女は肩を落としながら息を吐いた。
「あはは、こんな状況にあってもおば様はおば様らしいね。仕方ないよお姉様、右瑠ちゃんと左璃ちゃんを探しに行こう?」
「うぅぅ……分かったよ、蒲公英の言うとおりだな。よし、とりあえずは来た道を戻ってみるか」
「蒲公英も賛成!」
仕方ない、とだけ呟いた少女は、ニコニコと笑うもう一人の少女に促されて、来た道を戻り始めた。
その少女を追うように、もう一人の少女も後を付いていくのだが、ふと足を止めた少女は天を仰いだ。
「……何か面白そうなことが起こりそうな予感」
「おーい、蒲公英! さっさと行こうぜ!」
「あっ、待ってよお姉様!」
その呟きが誰に聞こえるわけでもなく、ただ風に乗って散ったそれはどこへ吹いていくのか。
何の確信もない予感である己のそれがよほど楽しみなのか、少女はくすり、とだけ笑うと自分を呼ぶ少女の元へと駆けていった。
**
「はぁ……一体全体どうしたものやら。改めて稚然殿と玄菟殿の凄さが身にしみるなぁ」
一向に進もうとはしない軍議から姜維を伴って抜け出した俺は、彼女にお茶の手配を任せると少しぶらつきたくなって、廊下を歩いていた。
董卓軍が本拠を安定に移して結構な時間が経ったが、その間書類やら竹簡によって部屋を出ることが出来なかった俺にとって、その廊下の光景でさえ見覚えのあるものではなかった。
その見覚えのない新鮮な光景を眩しく見ながら、とりあえず手持ちぶたなのもあれなので、トイレ――厠へと行こうとしたところで、ふと人声が聞こえた。
「はぁ……どうする左璃? 私達、迷子だよ?」
「ええ、迷子ですね。ちなみに、その要因として十三の行動が挙がりますが、そのうちの十二が右瑠が主なものとなります」
片や明るく、片や静かに。
その対照的な声はどことなく幼い感じがするもので、黄巾賊襲撃を控えピリピリとした雰囲気のこの安定の中で、声の持ち主である二人――少女達という存在は、どこか異質に思えた。
否、異質に見えた、と言ったほうが正しいのか。
服で言えば、明るい少女はこの世界に来て俺が始めて見たであろう、お洒落を意識したものであるのに対して、静かな少女といえば文官調の大人しめな服であった。
それだけであればどうと言うことはないのだが、ただ一つだけ、それらを異質たらしめる要因があったのだ――すなわち、その顔が全くの同じということに。
一卵性双生児。
詳しいことは知らないが、古来よりそれなりの確立で生まれる双生児において、まったくの偶然として生まれると聞いたことがある。
双生児自体見たことがなかった俺にとって、それがどれだけそっくりなのか想像の中でしかなかったのだが、なるほど、いざ目の前にしてみればその類似性はまるで鏡で映しているかのようであった。
栗色の髪は両者共に肩までで切り揃えられており、髪留めらしき布の色がそれぞれ赤と青であるということぐらいか。
その白く陶磁のような肌も、滑らかな曲線の先にある薄く咲く桃色の唇までもが同じであった。
唯一、それぞれの性格を現すかのように少しだけ垂れた目と釣り上がった目だけが、彼女達を彼女達本人として分けているようであった。
それでも、遠くから見ればそれも判別することは能わず、普通であれば彼女達が誰であれ、判別が可能な距離にまで近づくことは無かったのであろうが――と、そこまで自分で考えて、はて、と首を傾げる。
俺としては、彼女達が誰か、それこそ黄巾賊の刺客か密偵かも分からぬ状況で安易に近づくことはしなかった。
ただ、迷子になっているとはいえ、城の入り口に立つ兵士が入れたのであれば、城の関係者の子供か、あるいは陳情を持ってきた子供のお遣いか。
どちらにしても、もし泣き出すようなら連れて行こうか、などと考えていたのだが。
その容姿が確認出来て、あまつさえその見分け方まで気づくなんてどうしてだろう、と思った俺は、無意識に思考の海に沈んでいた意識を表へ引っ張り出した。
「道が分からなければ、この覗き見をしていたお兄さんに聞けばいいと思うの。これで私のせいだ、っていうのは無しだからね」
「右瑠のせいも何も、この方に気づいたのは私の方が早かったと思いますが? そもそも、この方に道を聞いたからと言って、正たる道が分かるかどうかは現時点では予測不明でしょう。もしそうだった場合はどうしますか?」
「うぅぅ……お兄さん、左璃がいじめるよぅ」
「……………………はい?」
そしたらね、いたんですよ――目の前に。
意識を引っ張り挙げた俺の視界目の前に、涙を目に浮かばせながら何故か俺へと手を広げている少女と、その首根っこを無表情で押さえてそれを引っ張る少女がいた。
同じ顔でそれをするものだから何か一人でコントをしているみたいだ、とは心の中だが、それが表へ出てしまったのか、幾分か気の抜けた返事を右瑠と呼ばれた少女に返してしまっていた。
「ほらみなさい、この方も困惑しているではないですか。そもそも、右瑠はむやみやたらと人に抱きつかないように、と翠姉様に言われたばかりではないですか。……すみません、ご迷惑をお掛けして」
「い、いや……別に何かあった訳でもないし。えーと、道に迷ってる……でいいんだよね?」
ぶーぶー、と悪態をつく少女を置いて、左璃と呼ばれた少女が静かにこくり、と頷く。
双生児は双生児だけど、こうやって近くで相対すれば、その性格の違いに驚いてしまう。
董卓軍で言えば性格的に李粛と呂布みたいなものか、とも思ったのだが、その中身は全然違うか、とそれを振り払った。
頭を振ったその動きは、途中で止まることとなる。
「恥ずかしながら、母と姉達に連れられて来たのは良いのですが、途中で逸れてしまいまして。途方に暮れていたところにあなた様が通りかかったので、お声を掛けさせていただきました。申し遅れました、私は西涼太守馬騰が娘、姓は馬、名は休、字は草元と申します」
「あっ、左璃だけずるいよ! 私は姓は馬、名は鉄、字は元遷って言います。よろしくね、お兄さん」
馬休、そして馬鉄と言えば、馬騰の息子としてよく父を補佐し、正史、三国志演義、どちらを問わずとも、父と共に曹操に討たれた人物でもある。
そして、かの猛将の弟達でもあるのだが。
「あ、こちらこそ。ええと、俺の名前は――」
「――そこの男ッ! 私の妹達に、手を出すなぁぁぁぁぁ!」
「北郷か――って、ええええぇぇぇぇぇぇ!?」
自分の名を名乗ると同時にその猛将の名前を頭に思い浮かべたとき、聞こえてきたのは俺が名乗った自分の名――ではなく、馬休と馬鉄を妹達と呼ぶ声であった。
そして声の方を見てみれば、まるでその距離など元から零であったかのように一足で駆ける少女がいて、嫌な予感が脳裏を駆けた時には、それが正解だと言うかのように少女は名乗りを上げた。
「この馬孟起の銀閃は悪を貫く白銀の槍! 悪人らしく大人しくくらいやがれ、このやろぉぉぉぉぉ!」
「だ、誰が悪人かッ!? って、うわぁぁぁぁぁぁ!」
ふと、両親がまだ生きていたころのことを思い出した。
テレビを見ていた時、画面では逃げる犯人と追いかける刑事という構図では必ずと言っていいほどよく聞く台詞があった。
大人しくしろ、待て、諦めろ、などなど。
幼い頃にはそれらの台詞を守ろうとしない犯人に憤っていたのもだったが、今の俺ならその犯人達に謝罪しつつその気持ちに同情出来る。
自分がどうなるかって時に、その言葉に従う理由などないのだと。
だから俺も、目の前で槍を振りかざす少女の言葉に頷く必要などはなく、それに抗ってもいいのだと――両親のことを思い出したのが、決して走馬灯ではないのだと願いつつ、懐に潜ませていた鉄棒を取り出した。
「なッ?! 私の一撃を受け止めた……ッ! 右瑠、左璃、その男から離れるんだッ! こいつ、只者じゃないぞ……」
「痛っつ……なんて力――って、て、鉄の棒が曲がってらっしゃるぅぅぅ! 鉄を曲げるとか、どんな馬鹿力してんだよッ!?」
ガギンッ、と。
先日の兵士より明らかに重たそうな一撃を受けるために両手で構えた鉄棒へ、少女――馬超はその武を振るった。
まるで腕を直接殴られたかのような衝撃を受け鉄棒を握る両手が痺れるが、それをなんとか耐えて見せると、それに驚いたのか馬超が後ろへと飛びのいた。
俺としては、その戟の鋭さと馬鹿力加減に驚くほかしかないのだが。
上に振りかぶっていたから頭に落としてくるだろう、と半ば博打的に構えた鉄棒だったが、その勘が当たってくれて本当に良かったと、心の底から安堵できる。
これがきっと横薙ぎだったり、頭ではなく肩などへ落としていれば、今ここにいる俺が五体満足でいられるとは到底思えなかった。
それこそ、首がそこら辺に転がっていた可能性もあったのかもしれない――そう思うと、首筋がヒヤリとした。
「その武、見たことの無い服……あんたが兵が言っていた黄巾賊の刺客だなッ! その首取って、共闘の手土産にしてやるッ!」
そう言って槍を鳴らして構えた馬超は、有難くもなく俺の武を認めたのか、今度こそ本気とでも言うように俺へと殺気を放つ。
纏わり付くようで、心臓を摑まれたと錯覚しそうなほど濃厚な死の予感に、俺は知らず鉄棒を硬く握り締めていた。
黄巾賊の刺客、というのはいくらなんでも誤解ではあるが、そう言って聞いてくれそうなほど穏やかな雰囲気でもない。
ならば、取れる道は一つしかなかった。
覚悟を決める。
鉄棒を、使いやすい形に持ち直す。
おそらく、保ってあと数撃ほどか。
一撃で止めて、馬超を無力化するしか、道はない。
どれだけ無謀なことか、考えなくても分かる。
これは呂布や張遼達とやるような仕合じゃあない。
勝たなければ殺される、将同士の一騎打ちなのだ。
三国志を代表するような豪傑の本気の一撃が俺に止められるかどうかも怪しいものだが、成せねば死ぬのだと、自分に言い聞かせた。
一つ深呼吸をして、その中にある意識を迎撃へと切り替える。
それを馬超も感じ取ったのか、殺気がさらに濃厚になるのを感じ取りながら、その一挙一足を凝視した。
「いっくぜぇぇぇぇぇぇ――」
そして、馬超が一気に駆け出した――
「いい加減にしないか、馬鹿娘が」
「――あいだァッ?!」
――直前、その頭を叩いた人物によって、その殺気は霧散した。
否、その殺伐とした空気はぶち壊された。
「……こんな忙しい時に軍議を放り出して、何やってんのあんたは?」
「……あれ? 何で詠がここに……月と霞までいるし」
「一刀さん……」
「一刀……どんだけやねん」
俺といえば、先ほどまでの覚悟は何だったのか、と思えるぐらいに拍子抜けしてしまい、不意に叩かれた後頭部の痛みもそこそこに、どうしてこの場に董卓達がいるのかと疑問だった。
いや、いること自体はさしたる問題ではない。
ここは安定の城で、俺も先ほどまでその一室にて軍議に参加していたのだし、騒ぎを聞きつけてここに来た、ということでも別に不思議ではない。
ただ唯一、馬超を止めた人物と一緒だった、ということだけが理解出来ないでいたのだが。
その人物が放った、娘、という単語に、冷静になり始めていた思考は、その正体を大まかに予想していた。
そして、その予想は当たることとなる。
何やら荒ぶる馬超へともう一発拳骨を落としたその人物は、俺へ視線を向けると共に、こちらへと歩いてきた。
そして、その口から予想通りの言葉が出るのを若干期待して――
「馬鹿娘達が迷惑を掛けたみたいだね、私は西涼太守にして、西涼連合が盟主、馬騰、字は寿成と言うもんだ。お初にお目に掛かれて光栄だよ、天の御遣い、北郷一刀殿――いや、最近では天将殿、と呼んだほうがよろしいのかな?」
――全く想像だにしていなかった言葉に、大きく裏切られることとなった。
天の御遣い?
天将?
何それ、である。