キュルケは昼前に目覚めた。今日は虚無の曜日である。
覚悟を決めて化粧をする、キュルケは狩人なのだ。
自分の部屋を出て、ルイズの部屋の部屋の扉をノックした。
サイトが出てきたらキスをする、そして豊満な胸を押し付ける。
ルイズが出てきたら、胸部を強調して意味ありげに流し眼を送ろう。その後ぶらぶらしていれば向こうからアプローチを仕掛けてくるだろう。
そして少し考えた。…この前みたいなことをしていたらどうしよう。その時は逃げよう、きっと日が悪かったのだ。
キュルケは自分の求愛が成功すると信じていた、拒まれるということは現実的じゃないと考えられなかったのだ。
それにしてもノックの返事がない、開けようとしたが鍵がかかっていた。
躊躇せずアンロックを掛ける、本来は学院内では校則違反のはずの呪文も問題としない。
恋の情熱のルールは、全てのルールに優越する、それがツェルプストーの家訓なのだ。
恐る恐る扉を開けたが、部屋はもぬけの殻だった。
取りあえず最悪の事態にはならなかったので安心しつつ、きょろきょろとあたりを見渡すと窓から門を馬に乗っていくルイズとサイトの姿が見えた。
馬を操る姿が妙に様になっていたルイズが前方で横座りになり全てを任せるように胸に頭を預けそれをサイトが包み込むように馬を操っている。
そして、読書の世界に没頭しているタバサに泣きつくのだった。
虚無の曜日をタバサは大切にしていたが、親友の頼みとあらばしかたない。
こうなった時のキュルケはなりふりかまっていないのだから。
話を要約すると
「この馬は二人用なのよ、悪いわねキュルケ」
「ご主人様には逆らえないのさ、その素敵なお胸にはくらくらするけどね、
魅力あふれるきみにも色々教えたいが、そろそろ時間だ残念だがアドュー」
「タバえもーん、サイトが馬に乗って今からじゃ追いつけないの、
追いついてサイトを誘惑しなきゃいけないのよ、たすけてタバえもーん」
「空を自由に飛びたいなっ!はい、シルフィード」
というわけで、語弊が生じ上手く説明出来ていないかもしれないが概ね展開としてはこれであっていると思われる。
「どっち?」
タバサは短くキュルケに尋ねた。キュルケは、あっと声にならない声をあげた。
「わかんない…慌てていたから」
タバサは別に文句を告げるわけでもなく、ウインドドラゴンに命じた。
先ほどでてきたサイトという言葉、ヴァリエールの使い魔のことも珍しく気になってはいたのだ。
「馬1頭。食べちゃだめ」
そういうと、風竜の背びれを背もたれにして本を楽しむ作業に戻った。
トリステイン城下町、ピエモンの秘薬やの近く剣の形をした看板、武器屋に来た。
壁や棚に所狭しと剣や槍が乱雑に並べられ、立派な甲冑が飾ってあった。
「旦那、貴族の旦那。うちは真っ当な商売をしてまさあ。お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」
何も言われてないのに釈明をはじめるなんて怪しいことこの上ないが。
サイトは、ルイズからあずかっていた金貨を200エキュー程置いた。
「投剣をいくつかみせてくれ、それに武器をおさめるベルト、棚の上の短棒もだ」
「貴族が剣を!王宮の衛士隊にでも入隊してらすんですか?
それなら、このような剣はいかかでさあ、宮廷の貴族の方々が従者にもたせるのがこれでございまして、杖を使いながらも扱えるようになってまさあ」
成程細身で手の甲を覆う歪曲した金属片がつき。柄には煌びやかな装飾がなされている貴族に似合いの剣だ。
「そちらの短棒は、いい鉄を使っていて短いのに値ははりまさあ。
偏狭な鍛冶職人が作った武器なんですけどねえ、無骨ですし値段が張るのであまり人気がないんですよ。
それよりも値段が上がりますが、こちらのほうが旦那さまにはお似合いですぜ」
「…突くことに特化したレイピアは、折れたり曲がったりすることが多い。
別に試合や魅せるために使うような目的じゃないから、飾りじゃないなら、華美なものより頑丈なほうがいいんだ」
武器に詳しそうなサイトに、ちっと短く舌打ちし頼まれた品をだす。
今度はターゲットを変えて、物を知らなそうなルイズに矛先を向ける。
「若奥様、これなんかはいかがですか?
旦那様は剣にお詳しいようで、このような大剣もお似合いですよ、店一番の技物でさ
なんとかの有名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿の作品で。魔法がかかっているから鉄だって一刀両断でさ。
ごらんなさい、ここにその名が刻まれているでしょう?エキュー金貨で二千。新金貨なら三千。おやすかあ、ありませんぜ」
武器の事は良く分からないが若奥様なんていわれて嬉しくおもったし、ルイズは店のおやじが1番といったことも気に入った。
確かに魔力を感じるし所々に宝石が散りばめられ、鏡のように刀身が光っている。見るからに切れそうな頑丈そうな大剣だった。
「サイト、これにしましょうよ。お金ならあるもの、わたしの使い魔にふさわしい立派な剣をもってほしいわ」
くいくいと裾を引っ張りながら、提案してみる。
怪我もしていないので、水の秘薬にお金に使っていないためある程度はお金がある。
懐が寂しくなるが、魅力あふれるサイトには似合いの剣を持ってほしい。
「ルイズ、それは装飾剣だ。魔法は最低限の固定化しか掛ってない。
それに戦闘になれば磨かれた刀身だって曇るし宝石だって削れるぞ、何より武器としては二流もいいとこ、すぐ折れるぞ」
そうなの…と残念そうに肩を落とすルイズ。サイト結末を知ってるだけに豪語出来ているが最初は魅せられていたくせに。
悲惨なのは店主である。大枚を叩いて店の格をあげるために買った品が役に立たないと言われたのだ。
とぼとぼと短棒を棚の上から下ろして、準備したものと一緒に用意した。
短棒は全体が一体化していて棒の手元に剣を受けとめるためのガードが付いている。十手のような形状と言えば分かりやすいだろう。
「ただ、装飾剣としてはかなりのものだと思うよ、その刻名も本物のようだし、
装飾剣として売るか、宝石商に売れば良い値で売れるんじゃないかな」
意気消沈していた店主は、光明をみたとばかりにふっかつした。
「こりゃ、おでれえた。随分武器にくわしい貴族もいたもんだ。
棒っきれがお似合いだとおもってたら、本当に棒っきれを買いやがるんだからなあ」
乱雑に積み上げられた剣の中から、声がした。低い、男の声だった。
店主は頭を抱えてうなだれた。
「やい!デル公、お客様に失礼な事を言うんじゃねえ」
いつまでたってもデルフは変わらないなっと思った。デルフと同い年になったといったら、おでれえた、おでれえたと言いながら騒ぐだろうか。
「それってインテリジェンスソード?」
「そうでさ、若奥様。意志を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。インテリジェンスソードといえば一つは特殊な能力をもってるんですが、
こいつときたら錆ついてるわ、口が悪いわ客に喧嘩は売るわで閉口してまして、きっと特殊な力で口が悪いでしょうさね。
やい!デル公!これ以上失礼があったら、貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな」
「おもしれ!やれるもんなら、やってみな!どうせこの世にゃ飽き飽きしているんだ。溶かしてくれるなら上等だ。」
サイトは薄く羨望のまなざしを向ける。そうだ同い年といってもデルフは溶ければ終わることが出来るし
年齢を重ねても六千とちょっとだ。これからも繰り返す可能性が高い自分とは違うのだ。
「店主これは、いくらだ?」
「旦那様、本気ですかい?旦那様にならおまけでつけまさあ。さっきの大剣のお礼ですぜ」
「サイト、本当にそれにするの?もっと綺麗でしゃべらないのにしましょうよ」
サイトが掴んだそれは薄手の長剣で表面がさびて、見栄えが悪い。
ルイズは眉をしかめ嫌そうな声をあげた。サイトは間違ったことはしないとは分かっていても、サイトには合わない言葉使いと見た目なのだ。
「おでれーた、見損なってた。てめ、「使い手」か」
おでれえた、おでれえたと繰り返す剣を鞘に納めると店主は準備した武器を全てサイトに手渡した。
「どうしても、煩いと思いましたらこうして鞘に入れれば大人しくなりまさあ」
武器屋を出ると、つかつかと路地の陰に歩いていく。
キュルケは慌てて隠れたが、無駄だった。サイトとしては、ここで無駄なお金を使わせる気はない。
「あら、キュルケじゃない、こんな所でどうしたの?」
ルイズはサイトに寄り添い勝者の余裕の笑みを浮かべている。
タバサは我関せずと本を読んでいる、どうも気になるのかあまりページは進んでないようだが。
キュルケは、ルイズのくせにプレゼント攻撃なんて生意気よ。と憤慨している。
ずずいとサイトに近づくと胸元を強調し、空いてるほうの手を握りしめた。
「ダーリンってば、剣の扱いが凄かったのに自分の剣をもっていないじゃない?
だからプレゼントしようと思ったのだけれど…」
「結構よ、使い魔の使う道具は間に合ってるわ」
「そうね、ねぇ、剣以外にも、お役にたてることがあるとおもうのだけれど…どうかしら?」
しなだれかかり、上目づかいのキュルケ、流石に凄い色気だ。
鼻の下が伸びそうになるのを我慢しつつ、悪戯そうな眼差しを向ける。
「そうだな、そしたら夜にでも頼みたいことがあるんだ」
ルイズは、そんなっ!と驚いた顔をしているし、それを見たキュルケは勝った!と思った次の一言を聞くまでは。
「ルイズと一緒にだけどね」
びくっとキュルケは離れる、この前の夜の事を思い出してしまったのだ、ルイズは持ち直したのかにやりと笑みを浮かべる。
「しかも外で」
びくびくっとキュルケは後ずさる。変態よお、変態がここにいるわあと心の中でパニックを起こしている。
「ルイズの魔法の実験があるからね、ついでに買った剣に固定化を掛けてほしいんだ」
そういって笑いながら、ルイズと馬のほうに戻っていく。
どこまでも遊ばれてしまったキュルケであった。
学院に戻ると、既に月が出るほど暗くなっていた。
先に戻っていたキュルケと何故かタバサがルイズの部屋にやってきた。
タバサはゼロのルイズの実験が気になるのかサイトが気になるのか
「私も見に行きたい」と許可を求めに来たのだ。
サイトとしては、固定化を掛けてくれるなら多いほうがいいしせっかくの接点なので受け入れた。
中庭に全員で現れるとさっそく装備に固定化を掛けてもらう。デルフは煩いので置いてきた。
皆を集めるとサイトは説明を始める。
「ルイズの魔法は失敗魔法と言われている。普通のメイジが魔法に失敗した場合何も起こらないが、ルイズの場合は爆発する。ここまではいい?」
「そうね、ルイズはどの系統魔法をつかっても失敗するわ」
キュルケがからかうように言うと、ルイズは悔しそうにうつむく。
キュルケを咎めることもなくサイトは先を続ける。
「ところがこの失敗魔法、初歩の魔法でもかなりの威力がある。
同じような威力の魔法を使おうとしたら、火のトライアングルでも中々難しいと思う」
キュルケはハッとしたように頷く。
タバサも興味がわいてきたようで静かに聞いている。
「しかも驚くことに、系統によって現れる効果が違ってくる。
さて、この場合ルイズの魔法で一番凶悪な系統は何だと思う?」
「火かしら?爆発と相性がよさそうだわ」
ルイズが自信なさげにいう。
他の二人も同じ意見なようである。
「強力なのは火になるけれど、命中させるコントロールは難しいって点もあるね。
それに強力じゃなくて、凶悪。答えは水なんだよ」
皆一斉に頭の上にはてなを浮かべている。
水といえば、攻撃には向いていないスペルだ。
「水魔法の中には、ヒーリングという魔法があるね。本来は人体の病気や怪我を治す魔法だけどルイズが使うとどうなると思う?」
血の気が一斉に引いて行くのが分かる、凶悪なんてものじゃない。
治癒魔法なので防御もできないし、人体に直接かかって内部から爆発するのだ掛けられた場所は、どんなに小さな魔力でも致命傷になりえる。
「だから、ルイズは間違っても治癒の魔法は使わないでね。
それじゃあ、一番やっかいな系統は何だと思う?」
こくこくとルイズが頷いている。タバサが少し考えて答えた。
「土?」
「正解。一番一般的な土の基本魔法に錬金という魔法がある。ほとんど全ての物質に効果を及ぼす。
小石を投げたら爆発した。壁がいきなり爆発したなんて怖いだろ?
錬金した所で爆発するわけだけど。これは魔法を流す時間を調節することでさらに厄介になる。
遅延魔法と俺は考えているけれど、これによってタイミングを図ることで、攻撃にも防御にも使えるし罠にもなるわけ」
一呼吸おいて、サイトは話を進める。
「風の初歩、ウインドを使うと爆風になる。範囲が広く素早いので乱戦向きだね。
こんな感じで失敗とないがしろにされてるけれど、応用と発想の転換で武器となるんだ。
貴族としては魔法を成功させることじゃなく、正しく使うことが必要なんじゃないかな。貴族<魔法じゃないんだからさ」
ルイズの目は今やキラキラと輝いている。
失敗だ失敗だと下げずまれていた魔法がこんなにも素晴らしいものだったなんて
「あくまで、ちゃんと魔法が使えるようになるまでの代用だけどね。
魔法は使えるようになるから心配すんな」
そういうとルイズの頭をくしゃくしゃと撫でる。
キュルケは、ダーリンったら博識なのねと感心している。
逆にタバサは警戒心を少しあらわにした。
「何者?」
「ただのルイズを導く使い魔だよ」
そういうと、さっそく練習しようかと、タバサとキュルケにはシールドを張ってもらう。
土の魔法は、調整が難しく手元を離れてすぐ爆発した。風の魔法は上手くいった。
そして火の魔法は宝物庫の壁がある本塔を爆発させひびをいれさせた。
人が来たために、隠れていたフーケはほくそ笑みながらゴーレムを錬金した。
ローブを着ているので周りに人がいようが多少は問題ない、これは千載一遇のチャンスだ。
鮮やかに破壊の杖を盗んだフーケはメッセージを残しつつもゴーレムをおとりに消えていった。
ルイズ達は奮闘むなしく、取り逃がしてしまうのだった。