アッリ・カールステッド(Alli・Carlstedt)
『ネオ・ヴェネチア ミドルスクール』在校生
『Atelier・Alison』
アリソン・エレットと名乗った、語尾にクエッションマークでもつきそうな奇妙なイントネーションで話すその少女。
顔立ちからたぶん年はわたし達と、あまり大して変わらないように見える・・・・・・でも、どこか大人びた雰囲気をまとっていた。
語尾に疑問符がつきそうな独特のイントネーションといい、この雰囲気といい少し不思議な少女はこの工房の主のようだ。
たしかに、このスクエーロとも雑貨屋とも言いがたい不思議な雰囲気の店にはとてもあっているように思えるのです。
でも、わたしにはどうもそうは思えなかった。
わたしと同じぐらいの年―――15,6ぐらいで、小さいとはいえ一端の工房を運営していけるのだろうか。
「その顔は疑っている? それも仕方がない?」
エレットさんはわたしの様子を伺い、思案するそぶりを見せながらそう言った。
しばし考える様子を見せた後、彼女はわたしに口を開いた。
「じゃ、少し訂正。父さんが帰ってくるまではここは私の工房? 本来は父さんの工房なの。」
なんでも彼女はここの工房は自分の物ではなく、臨時に預かっているだけと言う。
しかし、店先に掛かっていた看板には確かに『Atelier・Alison』、『アリソン』と彼女の名前が書かれていたのだが。
自分自身の名を工房名にしている人は結構多いはずだ。
そう思っていたので、ここも彼女のお店だと思ったのですが、違ったのでしょうか。
そもそも工房名が自身の名=その工房の主と言う考え自体が違ったのでしょうか。
「ふふふ、それはうちの父さんの親ばか? 私はネオヴェネチアの学校に行かずに他の都市の学校へ行っていたのだけれど、その間に勝手に私の名前を付けたの?」
「なるほど、娘の名前を工房の名前にしたんですか、たぶんそれは寂しかったからなんでしょうね・・・・・・確かに、少々親ばかですね。」
そういえば、お父様も自分の競技用拳銃になぜか私の名前を彫っていましたが、今考えるとそれもまたずいぶんと親バカだったのですね。
いつも傍にいて応援してくれたお母様とは違う愛し方をしていたんだなぁと・・・・・・。
記憶のページを捲ればどんどこどんどこ溢れて来るそんな思い出。
・・・・・・でも、もうそれは『思い出』にしか過ぎないのだ。
それらはもはや絶対に増えることもない。
あ、しまった、と思う。
昨日アイリーンにあれだけ泣いてから、心配をかけまいと泣かないようにしてきたのに。
できるだけ両親のことは考えないようにしてきたのに。
いつもどおりを心がけてきたつもりだったのに。
また、また涙腺が緩んできた、ホロホロと涙がこぼれそうになってくる。
「えいっ!」
「あ、ひゃうっ!」
だが、涙が零れ落ちる前にアイリーンが後ろからギュッと強く抱きしめてきた。
トクントクンというアイリーンの心音と体温がわたしを落ち着かせる。
抱き疲れた瞬間は正直驚いたが、そのおかげで泣かずにすんだ。
親友ともいえるアイリーンの前ならともかく、初対面の人の前で泣くなんてみっともないし、恥ずかしい。
そうならなくて良かった。
「人前で泣きたくないのは知ってるよ。アッリ、大丈夫?」
小さく笑いながらそう小声で問いかけてくるアイリーンを見やる。
・・・・・・まったく彼女には敵わないのですね。
「はい、大丈夫ですから、離れてくれませんか?」
いつまでもこうして抱きつかれた状態は恥ずかしい。
しかも今は人の目があるのだから、すぐに離れてほしいのですが。
でもちょっとだけ、もう少しだけこうしていたいような・・・・・・。
「ふふっ、仲がいいのね、二人は?」
エレットさんのそんな言葉に、そうだよーと間髪いれず即答するアイリーン。
まあ・・・・・・否定はしませんけどね。
ええい、否定はしませんから強く抱きしめないでください!
まぁ、ともかくエレットさんには泣きそうになったところは気づかれなかったようだ。
「ところで、自己紹介してくれる? 初対面だから?」
おおっと、そういえば、どたばたしていたせいですっかり忘れてしまっていました。
それでは、ゴホン。
「私は「アッリだよ、アッリ・カールステッド。私が『あの子達』を使わせたいなぁって、いつも言っていた女の子だよ。」、むぅ。」
・・・・・・突然、アイリーンがわたしの自己紹介に割り込んできたのですよ。
あと後ろから抱きついたまま紹介しないでください!
恥ずかしいじゃないですか。
ところで、『あの子』って誰なのでしょうか。
「そう、貴女が・・・・・・話は聞いていたけど。それにしても、アッリちゃんね・・・・・・アッリ、アッリ? あれ、どうしようかしら?」
そう言いながら、エレットさんは頬に指を当てあーでもないこーでもないと呟いている。
何か、考えているんでしょうか。
「あの、どうしたんですか? 何かわたしの名前に気になるところでも?」
「そうじゃないのよ、そうじゃ・・・・・・う~ん?」
「???」
「アリソンはね、アッリの渾名をどうするか悩んでるんだよ。」
アイリーンがそう説明した。
なんでも、エレットさんは人のあだ名を考えることが好きらしく、例えばアイリーンの場合はリーンという風に名前の後ろの部分からつける事が多いらしい。
で、わたしの名前である『アッリ』はそのようにあだ名をつけられないから、彼女は悩んでいるらしい。
なるほど。
「う~ん、だったらAlliを逆に読んでIlaでアイラ・・・・・・それとも、リア? どうしよう・・・・・・?」
「あの、エレットさん。わたしは何と呼ばれても大丈夫ですから、そんなに拘らなくても。」
別にわたしはどう呼ばれようが気にはしないので、そんなに悩む必要は無いんじゃないか、と思って言ってみると。
「私が困るの!?」
なぜか怒鳴られてしまいました。
彼女にとってあだ名を付けるということは、もしかしたら初対面の人に対する彼女の儀式みたいなものかもしれません。
それにしたって、人前でやるのはどうかと思うのですが。
そして、その後数分もうんうん唸っていましたが、ようやく決まったようです。
ところで、その瞬間に彼女の頭の上にティンという音ともに豆電球が光ったように見えたのは気のせいでしょうか。
「うん、決めた? Alli・Caでアリカちゃんで決定? 家系がわかるようにファミリーネームの頭文字を取り入れてみたの?」
「おおう、いつもとはぜんぜん違う命名法則ではないんじゃないですか?」
「う~ん、だってどうもどれもシックリこなかったから? とにかく、これから私はアリカちゃんって呼ぶことにする?」
Alli・Caでアリカ・・・・・・Carlstedt家のCaが入っているのは正直嬉しいのですよ。
もうカールステッドの名を持つ家族はいないのですから。
「アッリ?」
心配そうに顔を覗き込んでくるアイリーンに、笑って大丈夫だと返す。
そっか、と小さくアイリーンも笑う。
大丈夫、だと思うのです。
あなたがいてくれる今は、まだ、誤魔化せられる。
なんとか、いつものように笑っていられるのですよ。
「んーと、それじゃ本題に入ってもいいかな、アリソン?」
アイリーンはいつになく真剣な顔になると、そう切り出した。
・・・・・・でも、シュールですね。アイリーンはまだ抱きついたままなのですよ。
「えっと、その前に一つ質問。なんでリーンがいる? バイトは今日じゃないのに?」
エレットさんは不思議そうにわたしにいまだ抱きついている(エレットさんが悩んでいる間もずっと!)のアイリーンに聞いた。
アイリーンはひとつため息をつくと、こう答えた。
「一つはアッリのため。アッリに紹介したいものがあるから。もう一つは・・・・・・いつもの『アレ』だよ。」
「・・・・・・ええと。もしかしなくても、私、またやっちゃった?」
なんだかエレットさんの声が震えているような気がするのです。
「ふぅ、アリソン。もう10時回っちゃってるよ。私が起こしに来ない時はいつもだね、まったくさ。若いとはいえ立派な社会人なんだから、朝7時までには起きて開店準備ぐらいするべきだよ。」
10時を回っている、アイリーンのその言葉にエレットさんの顔が即座に青くなる。
怯えすらふくんだ声で、エレットさんはしゃべった。
「もう一度確認する? 私、寝坊した?」
「うん。アルフォンソおじさんに知られたら、またかって怒鳴られちゃうよ。」
若干苦笑しながらアイリーンは肯定を返す。
その言葉によって土気色、とでも言うんでしょうか血の気のなくなった顔を手で覆い、体をビクビクと震わすエレットさん。
なんだか、怯える小動物みたいに見えて可愛いと思ったのは秘密です。
そしてエレットさんは自身で時計を確認する。
10時15分ぐらい・・・・・・たしかにとっくに10時は回っている。
「ちょ、ちょ、ちょっと待っててね、二人とも!」
ドタ、バタ、ガシャ、ゴチャ・・・・・・
エレットさんはそう言葉を残して、三角巾をはずしながら何かとぶつかる音ともに奥のほうへ駆け込んでいった。
はて?
よくわかりませんが、一連のことから彼女にとってなにか恐ろしいことがおきたようですね。
たぶん、『寝坊』したから・・・・・・これはいったい全体どういうことなのでしょうね?
なんだか私にとって良くない予感がするのですよ。
「あの、アイリーン。これはどういうことですか?」
「う~んとね。ここでバイトしていたこともある・・・・・・っていうか今もしているんだけど。で、私は彼女に『自分はお寝坊さんだから起こしてくれ』って頼まれていたから、起こしてあげようと思ったんだけど。」
むむむ、これはどうしましょうか。
お店が開いていないのに勝手に店内に入るのは、ご法度です。
ですが、アイリーンはここのバイトです、店員さんです。なら、始業時間までに起きずに寝坊してしまった店長を起こすのは、たぶん大して問題は無いはずだ。
ましてや、頼まれたこととあっては・・・・・・つまりですね、さっきのことは。
「アッリの取り越し苦労だね!」
そうにこやかに言葉を返すアイリーンにわたしは青筋を浮かべたはずだ。
そして、黙って腕まくりをする。
「アイリーン、もう一回叩かれておきますか? そういうことは先に言っておいてください。」
「うっ、叩かれるのは嫌だね・・・・・・いやさ、どうなるかなーって思ってやっちゃたんだ。ごめん。」
「いつも言ってますが、いい加減に懲りてください。」
そう言えば、わたしが落ち込んでいる時、彼女はいつもこんな感じに茶目っ気を発揮していましたね。
落ち込んでいるときのわたしは、そんな彼女に時々イラついていたのですが。
・・・・・・ああ、そうか。
それは彼女なりの元気付けの仕方だったのだろう・・・・・・いつもは他人に対して、こういう悪戯っ気は全く出していなかったから、たぶんそうだろう。
やっと、気づいた。
「アイリーンの言うとおり、『宝物』はただ単に見えないだけなのかもしれませんね。」
しかし、そんな元気のつけ方はどうかと思うのですよ。人によっては、むしろ逆効果のときもあるのですからね。
でも、いままでありがとう、なのですよアイリーン。
「ん? アッリ、なにか言った?」
「いいえ、なんでもありませんよ。ところで、なのですが。」
話を変えて、感謝の気持ちを隠すことにする・・・・・・恥ずかしいから。
「いつまで抱きついているつもりですか。」
エレットさんが戻ってきても抱きついていそうな雰囲気なので、話を変えるついでにそう言っておく。
というか、最初からいままで―――時間にして10数分―――ずっと抱きついていたのです、アイリーンは。
いくらなんでも長すぎでしょう。
それにさっきから『あたって』いるのですよ、柔らかなアレが。
自分でいつも薄いだなんだ言っていますが、密着しているとソレとわかるぐらいにはあるのですよ。
同性といえども朝から大好きだなんだと言われている状態で、それに長年の行為に対する感謝を(内心でとはいえ)したばかりで、このシチュエーションにドギマギするのは・・・・・・健全ですよね、ね。
おかしくなんか、ないですよね、そうですよね。
とりあえず、脳内の誰かさんに尋ねてみた。
「ありゃりゃ、そう言われるといつまでも抱きついていたいなぁ、なんて。」
「いやですね、わたしはエレットさんに誤解はされたくないのですよ。」
「う~ん、アッリが嫌がるならやめようかな。私はアッリが嫌なことは、あまりしたくないし。」
ヒョイっ
そう言って、アイリーンはようやく離れてくれた。
離れた体温に名残惜しそうに、声を漏らしそうに成ってしまいましたが、ぎりぎりのところで踏ん張ることが出来たのです、ホッ。
そしてちょうどそこへエレットさんが戻ってくる。
「えー、もう抱きつくのやめちゃったの? せっかく写真に残しておこうと思ったのに。」
戻ってきたエレットさん―――作業着らしいツナギ姿からどこか民族衣装のような雰囲気を持った服装に変わっていた―――は、口を尖らせてそう言った。
悪戯をしようとして失敗した子供のような顔の彼女の手には一台のカメラが。
さっきまでの大人びた雰囲気にかわり見た目どおりの子供っぽさが感じられた。
やはり、よくわからない人だ。
「可愛い女の子が仲良くしている姿を見ると、微笑ましいじゃない? ああ、もう少し早く頭が覚醒していれば、ほえほえすることが出来たのに・・・・・・悪かった?」
「悪いです。肖像権の侵害です、訴えますよ?」
「あら、それは嫌ね。分かった?」
そう言うとエレットさんはカメラをポケットに収めた。
ほえほえとはどういう意味なのか分かりませんが、もしかしてそっちの趣味の人なんでしょうか。
まぁ、趣味は人それぞれなのでかまいませんが、その趣味に巻き込まれたくはありません。
「ふふ、誤解してるでしょ、今? ちゃんと私には好きな人がいるわ、もちろん男性のね?」
「ほっ、それはよかったのですよ。」
「でね、その人なんだけど・・・・・・「あ、アリソン。いい加減本題に入ってもいいかな?」あら、そういえばそうね。」
またしてもアイリーンは人の話をさえぎって・・・・・・たとえ、『本題』とやらが重要でも、失礼とは思わないのですかね。
ここは一つ言っておかなくては。
「あのですね、アイリーン。そうやって人の話を遮るのはよくないですよ。その『本題』だってそんなに急ぐ必要があるんですか?」
「ごめん。アリソンはその人の話になると、全然止まらないんだ・・・・・・私が前聞かされたときは半日つぶしたんだよ? 他人の惚気話をそんなに長く聞いていられる?」
うっ、ソレはきついものがあります。
「二人で何を話しているの?」
「ま、まぁ色々と。そ、それでアイリーン。本題って何ですか?」
「そうね、私も気になる? まぁ、予想はつくけどね?」
先ほどとは違い、抱きついてないのでちゃんと真剣に見えるのです。
そしてこう切り出した。
「アリソン。例の子達、オートフラップ付オールとその管制用AI『リップル』をアッリのリハビリのために使わせて欲しい・・・・・・もしかしたら、それがアッリにとって希望になるかもしれないから。」
アンネリーゼ・アンテロイネン(Anneliese・Anteroinen)
『AQUA Coast Guard』中尉 第7管区所属
ネオヴェネチア中央総合病院
「だめだ。やはり、もう退院したらしい。昨日の夕方に退院し、そのまま局員のエアバイクでオレンジプラネット本社前へ移動。そのまま自宅へ帰って、現在はある店内にいるらしいな。」
「やっぱりか~・・・・・・でも、どうして現在位置まで分かるの?」
「たしか生体義肢装着者は術後数週間の間、患者の生体データや位置情報を逐一送るデータリンク機能を搭載したリストバンドを巻くよう定められていたはずだ、たぶんそれでだろう。」
「そっか、でも大丈夫かな・・・・・・。」
私ことアンネリーゼと我が隊の誇る軍曹殿は日も高く上ってきたのに出てこないアッリに痺れを切らして(主に私が)病院に勤めている軍曹の知り合いに聞いてみると、『もう退院した』ということだった。
入院期間中は極めて落ち着いていたらしいが、大丈夫だろうか。
「データリンクで送られてくるデータは極めて正常だ。少なくとも、お前の予想している最悪のケースじゃないぞ。」
「そう。良かったぁ。」
「ふぅ、全く・・・・・・病院側も患者が置かれた状況のことは知っているんだ。そういうところのサポートぐらいしてる、そう心配することは無いと言っただろうが。」
知り合いに連絡を取って、頼み込んだらずいぶん御執心なんですねとからかわれちまったぞ、全く・・・・・・そう言って、彼は頭を掻いた。
いや、まぁ・・・・・・心配してのことなんだから、いいじゃない。
とにかく、自宅に帰っても『最悪のケース』にはなっていないから、安心していいかもしれない。
流石はあのアレクシス大佐とアルマ教官の子供だ、きっと心が強いのだろう。
「ところで、あるお店って?」
ふと疑問に思ったことを口にしてみる。
彼が『あるお店』と言ったとき、少し笑ったからだ。
「俺達の知っている店、あの工房だ。『Atelier・Alison』。」
「ああ、あの! ジノの彼女さんがいるところじゃないの。」
『Atelier・Alison』は私達の古い知り合いが経営している小さなスクエーロだ。
最近、なぜか雑貨屋さんの方が有名になりだしているいるが、それはその知り合いの娘が関係している。
その娘―――親友のジノの彼女さん―――は、大学を出た後すぐにスクエーロとしての勉強を始め、いまでは大学で得た知識をゴンドラ造りに生かそうとしているらしい。
で、その片手間にいろいろな雑貨のデザインや製作をしてそれを店においていったのだが、それが予想以上に反響を呼んでしまい今の状況になったらしい。
しかし片手間でこの人気ならば、本気でデザイナーをやりだしたらどうなるのだろうか。
「でも、なんでそんな所にアッリさんがいるのかな?」
「さあな。で、行くのか? 場所は分かった以上、お前のしたかったこと―――養子縁組を持ちかけること―――も、すぐに実行可能だが。」
「んー・・・・・・やめとく。」
私が養子縁組を持ちかけたかったのは、すぐそばに誰か支えてくれる人が必要だと思ったからなのだが、病院から送られてきた身体情報のデータを見ると昨日の夕方と朝に少し心拍数が上がっただけで、極めて安定しているらしいし、なにより入院中見舞いにしょっちゅう来ていた少女がいるらしい。
その少女は退院日だけでなく、またアッリさんと一緒に生活するから自宅で注意すべきことは何かということまで、アッリさんの担当医に聞いていたらしい。
私達のような見ず知らずの大人から養子縁組を持ちかけられるより、その少女と一緒に生活したほうがずっといいはずだと思う。
なにより、たとえ養子縁組を組んだとしても私や夫は大抵家にいないから大して意味が無いんじゃないかと思ったのもある。
また、あの遺品も彼女が新しい生活に落ち着くまで渡さないほうがいいはずだ。
軍曹も私と同じ結論に達したようで、私の言葉にこう答えた。
「そうか・・・・・・まぁな、同世代の友人の方が俺もいいと思う。」
「うん。」
「でだ、どうするんだ。これから。」
そう、これで午後の予定が開いてしまった。
挨拶に行くのはマルコ・ポーロ国際宇宙港が静まった深夜だから、まだまだ随分と先の話だ。
「んー、そうだね。どうしよっか。」
「どうするったって、そりゃ・・・・・・。」
しかし、幸運なことに今日はちょうどあることが行われる日なのだ。
私と軍曹の目線は一通のメールに注がれる。
その文面は・・・・・・
『大先輩方!
久しぶりに私達の海へ潜りに来ませんか!
後輩ズも全員集合ですヨ!
あ、こらバカピカリ、何、先に勝手に音声入力してんの!
ああ、もう!
先輩方、忙しくなかったらで構いませんから久しぶりに一緒に潜りに行きませんか?
姉ちゃん、先輩達誘うのもいいけれど、そろそろ原稿上げてくれないか?
うっさい!
〆切はまだ一週間も先でしょ、いつも間に合わせてるからいいじゃない! ゲシッ!!
あぐっ!
また無理かもしれませんけど、私達はいつもあの海で待っています。
追伸:あ、あのまだあの味に及びませんけれど、トン汁も作ります!
集合場所 喫茶『夢ヶ丘』
byネオヴェネチアハイスクール ダイビング部OB・OG一同。』
お互いに顔を見合う。
軍曹の顔は私達が少年少女だったころいつもしていた顔、つまりは弾けるような笑顔をしていた。
きっと私も同じ顔をしているだろう。
「あいつらもかわらないんだな。」
「ふふっ、全くね。」
彼らのこのやり取り・・・・・・ハイスクールを卒業して、それぞれが自分の道を進んでいても何一つ変わらないことが可笑しかった。
「しかし、ちょうど良いときに送ってきたもんだな。で、どうする?」
「行くしかないよ、せっかく誘ってくれたんだしね。」
「そうだな、行くしかないな。」
足取りも軽く、私達は病院の前から歩き出した。