空を見上げる。空は眩しい。天とは眩い物であり、そして暗くもなり、荒れ、静まり、泣き、怒る。感情の全てが天にある。
人に掴める物でなく、人に操れる物ではない。
それでも人は天と一体となりたかったのかもしれない。神話の時代。天には絶対の人が住んでいたと信じていたのだから。
「まぁ、天意を纏って生まれたとか思っててもそうじゃなかったと言う事かな」
言葉が風に乗る。寝台から空を仰ぎ見、頭ではいろいろと考えつつ。
―――とりあえず第一声は「おめでとう」かな。なんて、思ってみるんだ。
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三国志で有名な霊帝の名を知っている者は、恐らくそう多くはない。実際、俺もすぐに自らがそうだと気付いたわけじゃない。
何となく、頭に残っていた情報を繋ぎ合わせただけ。繋ぎ合わせて、暇な時に推理したりして、グルグルと日々を過ごしていた時に何となく理解出来ただけだ。
あぁ、俺は将来、霊帝と呼ばれる存在になるのだ。暗愚で、酒色に溺れ、後漢の終幕を早めた男。霊帝……名を劉宏と言う。
そしてこの俺が誰あろう劉宏である。そして俺は将来、馬鹿をやりまくって、幸せに馬鹿やって、国を省みないで……そのまま幸せなまま死ぬはずだったのだ。
「それが転生て……運悪いなぁ、遊べないぜ」
ポリポリと頬をかく。そこから首をかく。ついでに頭をかく。色々と書いたが、なんとも全身が粟立つようだ。
人の命を顧みないとは、恐ろしい事なのだと理解してしまう。否応なしに。王たる者は礼節を知らなきゃいけないとか、まぁ、色々と考えてしまうのだ。
例えば人の将来がレールで決まっており、その行為の全てが後世に語り継がれ、人々の笑いの種になるとしたら……貴方はそのレール通りに走れるだろうかと言う話だ。
もしくは、笑いではなく嘆き、怨嗟、憤怒の対象であったら、果たして人はレール通りに走れるのだろうか。
少なくとも俺には無理だったのだ。だからと言って勉強を凄く頑張ったわけではない。そもそも、ぶっちゃけて言えば政治は俺が取る必要はあんまり無いのだ。
世界は変に改革するのではなく、上手に保てば良いのだ。変革は動乱にのみ許される。それ以外は健やかに過ごさせれば良い。漢は民の国であり、民の目線で行えば事足りる。民をいかに食わすか、いかに民を治めるか。率直に言えば求められるのはそれだけである。
何も自らを凄い人物にしようとか、そういう出世欲とは俺は無縁だ。一度死んだ身なのでわかるが、死んで全て失うとそういうのは馬鹿らしく思える。名も、身も、全て前とは違う。俺と言う人は借り物なのだと奥底から実感させられる。
人は借りを作ってを生き、借り物を引き継ぎ、時に戻し、何かを返して生きていく生物なのだと理解した。それは決して馬鹿らしくは無い事だ。欲は死んだが人を生かしたいと言う気持ちは生まれた。
これは、もしかしたら天意なのかも知れぬなどと、馬鹿な事を考えていたのだ。この頃は。
現皇帝に子が出来るまでは。
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そもそも劉宏が帝位につけたのは、なんて事は無い。桓帝劉志に子供がいなかったからだ。では、子供が出来たらどうなるか?決まっている、その子供が時代の天子だ。そして―――再び外戚と宦官の戦い。
この時に思ったのだ。あぁ、俺に天意など無い。恐らく、ここはまったく違う世界で、俺はたまたまこうして生まれただけなのだ。天子となって生きる決意など、意味は無い。後漢はどうしても終わるのだ。
どうやっても、どうしても、きっと終わるのだ。時代の流れとして、終わる命。消える蝋燭。そして……俺は光武帝のようにはなれない。曹操、劉備、孫家三代。この全てを相手に、勝とうなど、とてもとても。
あぁ、だから俺は頑張るのはやめた。自由に生き、自由に人を推し、時代を進めよう。
俺の天意とは、それだろう。だから。
生まれてくる命と、宿命と言う自らが作った鎖から解き放たれた俺。
「おめでとう」