中規模都市である海鳴市の中央部は昼夜で全く別の姿を持っている。
昼は学校帰りの学生や若い青年が街を歩くような繁華街、夜は立ち並ぶビルから人間の存在を教える蛍光灯の光で埋め尽くされた眠らないオフィス街。
その眠らない街を一際大きいビルの屋上から眺める少女が一人。
姿は日本であるはずの海鳴市では珍しく、金髪蒼目と誰が何と言おうとモンゴロイドのそれではなかった。
「状況確認。領域内に2体の魔道師。内1名はウォッチャー。」
少女は淡々と状況を自分に言い聞かせるが如く唱え、確認する。
それはまるで命令を復唱する機械のようで、高所故の強風に眉一つ動かさない彼女は差し詰めアンドロイドと言った所か。
「いくよ、バルディッシュ。」
[Yes,Sir! Barrier jacket, set up.]
確認し終えると、少女は自身の武装に声をかけ、黒を基調にした服を黒いマントとまた黒いスーツに変換して夜の街へと飛び立った。
少女が狙うは翠の少年が探すジュエルシード。
機械人形のような少女が振るうはバルディッシュと呼ばれたポールアーム。
今、新たな敵がなのは達へと迫ろうとしていた。
無誘導魔力弾を撒き散らしながら高速移動するスフィアに対し、複数の桃色の光球が曲がりながら追尾する。
スフィアは光球を打ち消さんと魔力を散らすが、一つの光球がそれを掻い潜る。
そして、スフィアに突き刺さる桃色の光。
崩れ落ちるスフィア。それを見届けるユーノ。
[Check the kill target. Training is completed.](目標の撃墜を確認。訓練終了です。)
「よしっ!」
訓練開始より一週間。なのはの成長は著しく、一時的ではあるがユーノ相手に十分立ち回れる程度まで砲撃魔道師として進歩していた。
その成長と共にジュエルシード収集も順調を極めたものの、なのはにとって急がなければならない理由が浮上した。
そう、それはこの海鳴町への被害だ。
二日前の翠屋FCの練習後に発生した事件、街中でジュエルシードが暴走したことにより道路は引き裂かれ、
ビルは倒壊した………かのように思われたがユーノやルーカスの結界で幸いにも無かったことにされていた。
確かに被害は結界によって修復されたのだが、その結界とていつも使える訳ではない。
ともなれば事態を早期終結させなければ誰かが不幸に遭う。
そのことは誰も目からも明らかだった。
『ご近所様には迷惑かけちゃ駄目だもんね。』
とはなのはの言だ。何か理由があるルーカスもそれに賛同し、彼は自身が製作した調査ビーコンを増量して警戒に当たっている。
仕組みは不明ではあるが、ルーカス曰くかつて管理局で使われていたものと同じようなものらしい。
ユーノはますますルーカスの経歴に対して不信感が募るばかりである。
彼は調査員で観測者だとは言ったが、そこまでの装備をどうして彼がポンと出せるのだろうか。
彼にはなのは達には言えない目的がある。そうユーノは直感的に感じていた。
早朝の訓練も終わり、なのはは着替えながら日曜日である今日の予定を思い出していた。
なのはは兄と共に月村家へと招待されている。なのははいつもの友人とお茶会を、兄はすずかの姉である忍さんの元へ。
本来ならなのはは一刻も早く事態を収束させたいのだが、ユーノの「たまには休まないと体を壊す」と言う発言から友人の下へ行く事となった。
『なのは、準備はできてるかい?』
机の上のバスケットからユーノが身を起こし、なのはの状態を確認する。
今回はすずかからユーノも同伴するように言われているのでユーノも毛づくろいなどを行っていた。
尤も、そう言った行動は必要ないのだが。
『うん!いつでもいけるよ。』
いつもの普段着に着替えたなのはは、肩にユーノを乗せ、朝食へと急いだ。
少女はある種長い長い一日を過ごすこととなる。
そして少女はルーカスが追うものの片鱗を目撃する事になるのだった………。
月村家でユーノが猫達に熱烈な歓迎を受けている間、ルーカスは自宅でビーコンの感度を調節し、複数の要素を探査していた。
一つはジュエルシードの反応。
一つはなのは達以外の魔道師の反応。
そして度々見られる歪みの波動の発信源だ。
歪み、それはハンスが住まう世界での概念で、ハンス達で言う所の魔法使いであるサイキッカー達の魔法の源である。
それは魔力とは違い有害極まりない要素であり、既にこの海鳴市を侵食しつつある。
ハンスは確信している。この都市のどこかに同じコデックス使いが存在し、それが使用しているのは禁じられた混沌の書。
混沌と因縁がある守護者であるハンスを従えるルーカスにとって、混沌使いとはそれだけで宿敵なのだ。
コーヒーを飲みながら作業を繰り返していたルーカスだが、山間部に怪しげな反応を感知し、ビーコン越しに周囲の映像を確認する。
そこには高速で駆ける黒衣の少女の姿が映っており、その付近にはなのは達の反応も映し出されていた。
それを確認したルーカスはホルスターに備えていた彼の杖を持ち、瞬時にバリアジャケットを展開すると現場へと文字道理飛び出していった。
座標は山奥の洋館付近の森林。人目につかないだけあって大規模な戦闘になるだろう。
大規模戦闘を予想した少年はとっておきの手札を切る事にする。
それはかつてハンスから「鋼鉄の雨」と呼ばれたものだった。
『ロスターチェンジ。パワー1750、ネームイズ"スティールレイン"。』
[OK,Roster change to Steel Rain.]
少年は鋼鉄の雨を携えて戦場へ向かう。
その姿は正に戦闘に向かう熟練された兵卒のようで、空高くを下から見られぬように、されどこちらからは見渡せるように滑空していた。