「フランコ、ピノッキオは?」 シャワーを浴びたのか、髪濡らしたフランカが談話室に入ってきた。彼女はきょろきょろとピノッキオの姿を探している。「買い物に出た」 テーブルの上に置かれたままの銃を見つめながらフランコが答えた。フランカはその様子から何かを察したのかははん、と笑った。「もしかしてあなた達喧嘩でもした?」「何故そう思う」 こちらに振り返ろうともせずにフランコが問い返す。 これはますますビンゴか、とフランカは上からフランコを覗き込んだ。「だってさっきからとても不機嫌そうなんだもの」「…………、ああいう変人と組むのが不安なだけだ」「今更何を言っているのよ。この世界の人間なんて皆どこかしらいかれてるじゃない。私たちも含めてね」 自嘲気味に呟くフランカを見てフランコが眉を潜めた。彼は彼女がそう言う度に否定の言葉を放っていた。「お前は違う」 それは彼女がこの世界――暴力でしか物事を伝えられない、腐りきったテロの世界へ踏み込んでくる事を止められなかったことによる罪悪感によるものだった。 フランカ自身はそれ程気にしていないようだが、フランコは全て自分の責任だと考えていた。「あら、私だけ仲間はずれなのね。じゃああなたは変人なの?」「まあそうだろうな」 椅子に腰掛け微動だにしないフランコに苦笑しながら、フランカが向かいの椅子に同じように腰掛けた。「ならあなたに色々教わった私はそれでも真人間なのかしらね」 フランコがそっとフランカを見上げる。彼女は腕を組んで笑っていた。フランコはふとため息をつき、「からかうのはよせ」とぼやいてこう続けた。「俺は張り合いのない人間だ」 精一杯の皮肉を言ったつもりだったのだが、フランカには効果が無かったようで、「ふふ」と微笑していた。「お前はあの男が気に入ったのか?」 椅子から立ち上がり、談話室から出て行こうとするフランカにフランコは声を掛けた。フランカは少し立ち止まると、指を口元にやって己の答えを考えている。「多分ないわね。まあそれでも気になるのなら私の母性ね」 フランカが去った後、フランコは椅子にもたれ掛って瞳を閉じた。 どうしてかわからないが、今は一時間ほど眠りたい気分だった。 フランカフランコを迎えて二日がたった。 的当ての日課を黙々とこなしていた僕はフランコに呼ばれて、地下の隠し部屋に来ていた。 テーブルの上を見てみると、かのメッシーナ海峡横断橋の完成予想図が置いてあった。「これが君たちの獲物?」 完成予想図を手にとって眺めてみる。このつり橋方の鉄橋はまだ橋脚しか出来ていない。「クリスティアーノ、君のおじさんが頼んできたの。南部の悪党に利権の一部が流れているらしいわ」「これを爆破するの?」 僕の問いにフランカは首を横に振った。「別の仲間が建設責任者を誘拐する計画があるわ。もしこれが成功して政府が建設を断念してくれるなら、私たちの出番はないのだけれどね」「断念されなかったら?」「その時は何らかの示威活動をする必要があるわね」 やるせなさそうに言うフランカを見て、この人は根本的にテロリストに向いていないと思った。原作でピノッキオが言ったとおり彼女の怒りは優しすぎると思う。 それはいざと言う時に足枷でしかない。 フランコも多分それを心配しているのだ。「いろいろ大変そうだね」 僕の気のない台詞にフランカは「大変よ」と答えた。そういう意味じゃないのだけれど、とやかく言っても仕方のないことなので黙っておく。「ピノッキオ、俺に銃を貸してくれないか?」 あてもなく完成図を眺めていたらフランコにそう言われた。そういえば原作で僕はフランコにスコーピオン(サブマシンガン)を貸していた。何気に活躍していたので、ここは原作どおりに貸しておいたほうが良さそうだった。「いいよ、ついてきて」 隠し部屋からもう一つ地下に降りたところが武器庫になっている。ナイフと一緒に閉まっておいた鍵を懐から取り出し、戸棚を閉じていた南京錠を開錠した。 鎖をするすると外して中からスコーピオンを取り出す。「ほら、拳銃も使うならスコーピオンがいいだろ。サブレッサーもあるよ」 僕からサブマシンガンを受け取りフランコは動作を確認していた。僕も護身用に拳銃を一丁だけ抜き出して後ろのホルスターに納めておいた。 着々とトリエラ襲撃イベントが近づいてきていることを実感しながらも、僕はいつものように原作どおり振舞うことしか出来なかった。 アウローラはピーノの家を見上げている。手にはパイの入ったバスケットを握っていた。 フロントで調べた電話番号の家を監視し始めて二日。ヒルシャーさんの携帯電話が鳴ったのは丁度昼食時だった。 どうせアルフォドさんだろうと思っていた私は、ヒルシャーさんが買ってきたかぼちゃのパイをのんびりと頬張っていた。 だからこそ、電話口から聞こえてきた猫のような少女の声に思わず咳き込んでしまった。「もしもしー、トリエラ? 元気にしてる?」 任務中に何をしているのか、と怒鳴りそうになった。それでもヒルシャーさんの手前なのでぐっとこらえる。「何、ブリジット。用でもあるの?」 私の静かな怒りを感じ取ったのか電話の向こうでブリジットが息を呑んだ。怖がるくらいなら最初から電話してくるなと、と思う。「えーと特に用という用はないんだけれども一つだけ伝えたいことがー」「何?」 ひっ、と今度は声を上げて怖がった。私の声はそこまで威圧感があったのだろうか。 しかし電話の向こうのブリジットは少し間を置くと、至極真面目な調子でこう言った。「トリエラ、もし危ないと思ったら一歩体を引いて」 何のこと? という前にブリジットが謝罪を始めた。 彼女曰く任務中に電話してゴメンだとか、訳の分からないことを言ってゴメンだとか、お仕事頑張ってだとか……「でもさ、ちょっと胸騒ぎしたからアルフォドさんに電話させてもらったの」 そう言って彼女は電話を切った。 私はよくわからないままヒルシャーさんに電話を返す。そして再び昼食をとり始め、彼女が言ったことの意味を考えてみた。「心配、してくれてるのかな」 そう考えると自然と笑みが零れてくる。 なんとなく、早く帰って彼女の髪を梳いてやろうと思った。 電話を切って、危ない賭けだと思った。 アルフォドは俺の行動に疑問を持っているわけではないだろうけど、向こうのトリエラとヒルシャーがどう思っているのかわからない。 それでも。 この胸騒ぎを沈めるためにはこうするしか無かった。「こんな感覚は初めてだ」 自室で毛布に包まって、俺は自身に渦巻く違和感と戦っていた。 事の起こりは射撃訓練を終えてピノッキオのことを纏めていた時だった。 奴のことを考えると、頭に砂嵐がかかったような頭痛がした。最初は疲れているのかと思ったけれど、健康診断でいつも血液検査されていたからそれはありえないと思った。 なら、と数ある可能性を潰すためにまずは、当面の懸念事項であったトリエラの安全を確保しようと思ったのだ。 もしも、もしもピノッキオが原作とは違った何らかのイレギュラーを抱えていた場合、トリエラのリベンジイベントどころかこのままゲームオーバーになりかねない。 ここに着て、バタフライ効果(俺が起こした原作改変が別のところにいる登場キャラクターに変化をもたらすこと)に怯えることが情けなくて仕方ない。 それでも何とかして無事にこのイベントを切り抜けようと画策する。 今出来ることは取り合えず全てやった。 トリエラに注意も促したし、間接的にヒルシャーにも警告が出来たかもしれない。 足元にじゃれ付いてくるヒルダを抱え上げ、俺はもう一度ピノッキオのことを考えた。 相変わらず訳の分からない頭痛が頭を支配していた。