『どうしたんだ、シロウ。
学校に行くなんて、お前らしくないぞ』
「たかが一週間学校を休んだだけで、随分ないいようだな、リューク」
『いや、だってお前、完全に引きこもり状態だったから。
もう学校辞めるのかと思ってた』
「辞めないよ。
この一週間は、聖杯戦争の情報を集めていただけさ。
見てくれよリューク、この右手。
既に令呪の兆しが出ている」
◆
エミノート
◆
教室に入ると、クラスメイトの大半が、ぎょっとした目で俺を見た。
さすがに一週間も休むと、みんな驚くか。
『しかし何だってまた学校に?
聖杯戦争はじまるなら、もういっそ一カ月くらい休んじまえばよかったんじゃないのか』
「まあ、そういうなよ、リューク。
俺だって学校にくらい行きたいさ。
それに、最近藤ねえの俺を見る目つきに、引きこもりに対しての憐みが見え隠れする」
席につく。
隣に座っていた、間桐慎二とかいう馬鹿が話しかけてきた。
「へい、衛宮。
随分と休んでたけど、どうしたんだ?
停学でもくらったの?」
「まさか、違うよ。
おたふく風邪だ」
「へ、へえ……」
こんなやつでも、ちゃんとコミュニケーションをとっとかないと。
あらぬ噂を立てられかねない。
「桜のやつに移してないだろうな?
まったく、なんだって高校生にもなってそんなもんにかかるんだよ。
そのまま死ねばよかったのに」
ぐだぐだ言ってくる慎二を適当にあしらい、授業の準備をした。
◆
昼休み。
生徒会室に行く途中、この学校のマドンナ、遠坂凛とすれ違う。
「ごきげんよう、衛宮君」
「!」
突然挨拶されて、面食らう。
この女と言葉を交わすのは、これが初めてだからだ。
何か、こいつと接点があっただろうか。
いや……ないはず。
「あ、ああ、よお遠坂」
「目にすごいクマができてるわよ。睡眠は貴重よ」
そう言って、遠坂凛は去って行った。
なんだ、俺のクマが気になっただけか。
よかった。
俺に憑いているリュークが、見えたのかと一瞬思った。
相手はこの土地の管理者。
十分に注意しなければならない。
『……』
◆
生徒会室に入る。
しかし、いつもはいるはずの一成は、そこにはいなかった。
「仕事か?」
まあ、いい。
さっさと食おう。
『学園生活を満喫しているじゃないか、シロウ』
「そうか?
普通に過ごしてるだけだ」
『ああ……とても、戦争が起こるとは思えない雰囲気だな』
「……」
戦争。
聖杯戦争か。
「リュークとしてはどうなんだ?
数多の神話、武勇伝から排出される英雄同士の戦争。
興味はあるか」
『ぶっちゃけないな。
神話とか、俺、知らないし。
ただ、お前がそんな中、どう動くのか、ただそれだけが気になる』
「そうか……リュークは俺の味方でも敵でもない。
俺は、この戦争でリュークには何も期待してないよ」
『当然だな』
「ただ―――これだけは教えてくれ、リューク。
このデスノート……英雄に効くのか?」
◆
「仮にこのキラというのが出てきたら、どうする、凛」
「いやだから出てこないって。
何でそんなのがわざわざ、冬木にまで出張ってくるのよ」
「分からんぞ。
万が一、そいつがマスターとして参加してきたら、非常に厄介な存在にならないか」
「いや、なるけど……。
けど、ねえ。
キラは心臓麻痺で人を殺すんでしょ?
そういうのって、どうなの?
サーヴァントに効くのかしら」
「効くさ。
サーヴァントの急所というのは霊核―――頭、首、そして心臓だ。
そこを麻痺させられれば、それは霊体の維持に致命的な打撃を与える。」
「本当なの?
結構もろいのね、サーヴァント」
「君は心臓麻痺というものを舐めているな。
心臓麻痺で死んだ英雄というのも存在するんだぞ。
そもそも心臓麻痺というのはだな、心臓の血液供給機能が消失し―――」
「はいはい、分かったわよ。
そんな仮定の話より、紅茶入れてよ」
◆
『まあ、分からんけど―――効くんじゃないか?』
「曖昧な返事だな」
『そうは言ってもなあ。
死神は霊体なんて相手にしないし。
でも名前がある相手なら、基本効くんじゃないのか』
「心臓麻痺も?」
『うーん、わかんね。
けどまあ、デスノートは心臓麻痺だけじゃないだろ、殺し方は多彩だ』
「……」
要領を得ない答えに、イライラする。
これでサーヴァントにデスノートが通じなかったら……。
まあ、別にかまわない。
それだったらそれで、マスター殺しに専念すればいい。
聖杯戦争の基本は、マスター殺しと聞く。
聞いた話によれば、うちのじいさんも、そればっかりやってたらしいじゃないか。
別に恥ずべき話じゃない。
まあ、名前を知る、ということが一番厄介なわけだが。
◆
「それともう一つ。」
『なんだ、要求多いな』
「リュークの存在は―――誰にも、俺以外の誰にも見えない。
これは真実か?」
『まあ、そうだろ。
でないととっくにお前、魔術師に見つかってるだろ。』
「そうだな。
しかし、すごい魔術師が出てきた場合はどうだ」
『(すごい魔術師って……)
いや、それでも大丈夫だろ。
基本、霊だの何だのよりも、俺たち死神は上位の存在だ。
なんつーか、そう次元が違うっていうの。
一応神様だぜ、俺ら』
「そうか。
頼もしいな、リューク」
『俺は何もしないけどな。
まあ、今までその英雄たちの寿命さえも食ってきた俺たちだ。
そこんとこの心配はしなくていいと思うぜ』
「ああ。
この前提がないと、俺は戦えない」
『まあ、ノートに触れられた場合は、その限りじゃないけどな。
あの間桐桜とか、危ないんじゃないのか』
「桜はそんなことしないよ。
あいつが俺の机をいじるはずがない」
『(けっこう危ないと思うが……こいつ、妙なところで素直だな)』
◆
「じゃあ、今日から聖杯戦争を始めるぞ、リューク」
『そう言いつつ、なぜまだ教室にいるんだ?
もうクラスのやつら、みんな帰ったぜ』
「一週間も休んだからな。
随分と課題を与えられたよ」
藤ねえめ。
覚えていろ、今日、お前のおかずにマカビンビンを混入してやる。
『いきなり出鼻をくじかれたんじゃないのか?』
「まあな。
今日は取り寄せてもらった召喚陣で、サーヴァントを召喚するつもりだったんだが」
あてが外れてしまった。
『っていうか、取り寄せてもらったとか……大丈夫なのか?
それ、キラとしての立場を使って、だろ。
住所とかバレバレじゃん』
「大丈夫だよ、リューク。
一応、いろいろと経由させたし、ごまかしも入れたからね。
それに、取引相手はキラ信奉者だ。
心配はいらない」
リュークが、こいつ……大丈夫なのか、という顔をする。
心配性な死神だ。
さて、そろそろ課題も終わる。
後はこれを職員室に届けるだけだ。
もう時刻は六時。
外は暗くなり始めていた。
◆
職員室で、藤ねえと罵倒しあった後、帰路につく。
ふと、弓道場が目に入った。
ここでも色々あった。
桜と会ったり、慎二を影ではぶったり、美綴と勝負したり。
色々なことがあったが、まあ、辞めた身だ。
もうかかわることはないだろう。
でも、足は勝手に弓道場に向かう。
しばらくは学校に来なくなる。
最後くらい、いいだろう。
◆
しかし、その一瞬の気の迷いが。
俺を、とんでもないことに巻き込んだ。
弓道場の、前。
グラウンド。
金網越しの世界で―――二体の人外が、剣を交わしていた。
「(ああああああぁぁぁあああああああ!!!)」
声にならない叫びが、僕の胸を圧迫する。
『どうしたんだ、シロウ。
とうとう、気が狂ったのか?』
しかしリュークには聞こえていたようだ。
違う!
やばいぞ!
あの二体、あれは明らかにサーヴァントだ!
この、サーヴァントもまだ召喚してない時点で、やつらに遭遇してどうする!?
デスノートは、現時点では無力だ。
そしてご丁寧に、この空間には誰もいない……たぶん、人払いの結界がはられてたんだろう。
そんな慎重な相手が、目撃者の存在を許すと思うか?
殺されるわ!
『に、逃げればいいじゃないか』
そうだ!
逃げるぞ!
と、俺は振り返る。
しかし、運の悪いことに、足元には小枝が。
パキリ、という音がした。
遠くで、声が聞こえる。
「誰だ!?」
◆
『お前って、まじめだから分かりにくいけど、本当はすげえ馬鹿なんじゃないか?』
終わった……。
俺は逃げる気も起きず、その場にうずくまった。
俺は、デスノート以外ではろくな魔術も使えない一般人だ。
なすすべもない。
「悪く思うなよ、小僧」
そう言って、青い男は、赤い槍を振りかぶる。
『つまんねえなあ、シロウ。
俺がノートに書く前に、殺されるなんてな』
そう言ったリュークの顔は、本当につまらなそうだった。
最期に見る顔がお前だなんて、本当につまらないな、リューク。