『くっはっはっはっは! こいつはすごいぞ、シロウ。
今現在生きてる凶悪犯罪者、すべての名前を書いたのか!
ノートが20ページもぎっしり埋まったぞ!
ここまでやった人間は、お前が初めてだ……!』
声を荒げ、楽しそうなリュークとは反対に、俺は何も言わなかった。
ただ、下を向く。
やってしまった……。
もう、後戻りはできない。
じいさん……おれは……。
『おいおい、すごい目のクマだな、シロウ。
眠れなかったか?』
「……」
俺は……。
でも……。
……。
いや……俺しか……いない。
そうだ、俺しかいないんだ。
他のやつにノートを渡したとして……たとえば警察の手に渡ったとして、どうなる?
絶対悪用される。
最初は犯罪者相手に有用に使われるだろうが……いつか悪用する奴がでてくるにきまってる。
それに、善人面したやつは、何も言わずに燃やすかもしれない。
こんな、使い方次第では、とてつもなく有用なものを。
そんな……そんな風なことになるなら……俺が……。
俺が、これを、デスノートを―――しっかり、運用するしかない。
私利私欲ではなく、この世の悪を根絶するため、それだけのために。
「はぁ、はぁ」
息が荒くなる。
頭が熱い。
それはそうだ。
正義のためとはいえ、大勢の人間をこの手で殺した。
あの火事のときの、数倍は殺した。
その意味。
そのやり方が、エミヤシロウの基本骨子をゆがませるものであることは、分かっている。
けれど、他に誰がやる。
この世界で、初めにノートを手にしたものの、使命ではないのか。
今までの俺は、大勢の人間を―――すべての人間を救おうとしてきた。
けど、そんなことは不可能だ。
不可能だけど、それでもあがいていこうと、それが罪滅ぼしなんだ、と何も考えずにやってきた。
でも、本当に。
本当の意味で、“最小限”で、済ませられるかもしれない。
最小限の犠牲で、おさめられるかもしれない。
この、デスノートがあれば!
そうだ、俺しかいないんだ。
俺が、正義の味方として、こいつを管理してみせる。
見ていろ、じいさん。
形は違えど、これも一つの正義だ。
◆
死神リュークは笑う。
『クククククくくくくくククククク。
やっぱり、人間って面白―――!』
◆
エミノート
◆
『最近、魔術の修行してないな、シロウ』
「あんなものは時間の無駄だよ、リューク。
そんなことをしているくらいなら、ノートに名前を書くさ」
俺がノートを手に入れてから、3年の月日がたった。
この三年、俺が凶悪犯罪者の名前を書くことで、犯罪数は激減している。
世界が、悪人を心臓麻痺で殺すものがいる、という事実を認知し切っているのだ。
人はそれを―――キラ、と呼ぶ。
正義の味方の存在を知ることで、自ら犯罪に乗り出すものはいなくなった。
要人を殺すことで、戦争さえも止めることができた。
デスノートの効果はすさまじい。
「流石だ、デスノート……これさえあれば、俺の思い描く世界が作れる」
悪人のいない世界。
恒久的な世界平和。
誰かが涙することのない世界が、作れる。
「警察も、そろそろキラを追うことを諦めるだろう」
当初は、やはりキラの存在を認めず、キラを逮捕するべくして世界の国家機関が動いてたという話も聞く。
しかし、最近はキラを認めると表明した国も現れ、そういった動きが収まりつつある。
『お前、ハナっから警察関係は無視してたもんな』
「俺を捕まえようとする意志は、別に悪じゃない。
むしろ、正義漢の表れともとれる。
そういうのは、嫌いじゃない」
どっちみち、そういうのは一時的なものだ。
時間がたてば薄れていくと、俺は悟っていた。
それに、デスノートだ。
デスノートなんだよ!
俺を、逮捕できるはずがない。
◆
しかし、問題もある。
傍目から見て、治安はよくなったと言える。
表面上は、確かに良くなったのだ。
だが、この世界の裏には魔術師たちの世界がある。
そういった意味で、表に出てこない犯罪は、あまり抑止できてはいない。
ネットを使い、情報提供してもらうことで、何人かの名前を書くことはできたが、少ない。
基本的に秘匿主義である彼らは、顔を出すこともなければ名前さえも偽る。
デスノートには顔と名前が必要。
そういった意味で、魔術師たちによる被害を抑えることは、あまりうまくいってはいない。
「くそ、死ね! 魔術師ども……!」
『どんどん口が悪くなっていくな、シロウ。
最近寝てるのか? どんどんクマがひどくなっているぞ』
「死神に心配される覚えはないよ」
俺の部屋には、一昨年に導入したパソコンが、和室に不釣り合いに居座っている。
今ではすっかり愛用していて、一日の大半はパソコンの前にいる。
『しかし、魔術師か。
シロウは嫌ってるみたいだが、そいつらってそんなに悪い奴らなのか?
表沙汰になってないってことは、たいして悪いことはしてないんじゃないのか?』
「甘いぞリューク。
表沙汰にならない分、よけい性質が悪い。
あいつらは非道で陰気で、人の命なんざ何とも思っちゃいない。
そもそも、表に出ないのは情報操作のせいさ。
実際、どっかの国では島一つが吹き飛んだらしい」
『そ、それはひどいな……。
っていうか、そういう情報はどこから手に入れてるんだ?
表に出てこないんだろ?』
「だから二、三人、情報提供者がいるんだよ、魔術協会とかいうところから。
このキラとしての力を見込まれてね」
『……。
それ、大丈夫なのか?
逆探知とかされたら、お前がやばいんじゃないのか?』
「大丈夫だ、リューク。
この俺のパソコンは、あらゆるネットワークを経由し、プロテクトも馬鹿みたいにしかけてある。
機械音痴の多いらしい、魔術師にハッキングが可能なはずがない」
『へー。
なんだか不安が残るが、さすがに、ずっとパソコンの前に座ってるだけのことはあるな。』
「ああ。
パソコンの知識はついたが、おかげで学校の成績はぼろぼろだ。
でも、これさえあれば、大抵の犯罪者は殺せる。
まったく便利な世の中だよ。」
◆
“キラすげー!”
“キラは闇の救世主だよ”
“でもキラって殺人者だよ”
“ばっか、そんなこと言ってると、キラに殺されるぞ!”
キラ。
キラ、か。
数年前から、魔術協会、教会で急激に知名度の上がった存在、キラ。
数多もの凶悪犯罪者を、心臓麻痺で殺している殺人鬼。
世間では義賊に近い扱いを受けているが、私たち魔術師からしてみれば、たまったものではない。
この、キラの力は、明らかに呪術とか、その辺が関与している。
沈黙にして神秘、隠匿を筋とする協会としては、これが表沙汰になってうれしいはずがない。
すぐに、キラには抹殺命令が、各部署にくだった。
しかし、捕まらない。
キラは、ぜんぜん捕まらない。
痕跡さえも見当たらない。
普通、魔術であれ呪術であれ、使われれば絶対に跡は残るはずなのだ。
魔力の残り香、それをたどることは、難しいわけではない。
効果が遠距離に及ぶのなら、それはさらに簡単になる。
しかし、捕まらない。
まったく、見当もつかない。
あげくの果てには、私たち魔術師の間でも、心臓麻痺で倒れる人間が現れだしたらしい。
最近では、これが魔術呪術によるものかどうかも疑問視され始めていた。
「キラ……キラ、か」
「どうした凛、何を思いつめている」
「別に。聖杯戦争とは関係のない話よ。」
◆
『しかしシロウ。お前と会ってしばらくたつが、あのころと比べてお前、随分と変わったなあ。
あの頃のお前ときたら……すぐに泣きだすわ、鼻水たれながすわ、手首切るわ……壮絶だったなあ』
「昔の話だよ、リューク。
俺はもう、腹をくくった。
キラとして、最期まで悪人を殺していく。
この力のおかげで、救われた人たちもいるんだ……それは、間違いなんかじゃない」
『立派……立派かどうかは微妙だが、まあ、成長したと判断するぜ。
なんというか、感無量だな』
「どうしたんだ、リューク。
らしくないよ。」
『いや、お前も17になったからな。
そろそろ話しとこうと思う。
目の契約のことだ。』
「目?」
『そうだ。
この契約をすると―――視界に映る人間の、名前が見える』
「なに!?
なんだ、それ、無茶苦茶便利じゃないか!
何で今まで言わなかった、ふざけるな!」
『いや……忘れてたというか、そんな暇がなかったというか……』
「馬鹿!
名前が分からなくて、顔がわかってても殺せなかった奴らもいるんだぞ!
魔術師とか……魔術師とかな!」
『(どんだけ魔術師嫌いなんだよ……お前も魔術師見習いだろ……)
まあ、落ち着け。この契約には代償がある。魔術師の等価交換と同じだな』
「代償? なんだ?」
『お前の―――残り寿命の半分だ』
◆
「キラ……だと。そんなものが存在するのか」
「ええ、おかげで魔術協会は最近、てんやわんやよ」
「……そのような存在、私は知らんぞ」
「アーチャーが知ってるわけないでしょ?
何で英雄が現代のこと知ってんのよ。」
「……」
「何を考え込んでるのか知らないけど、別に私たちには関係ないわよ。
こんな片田舎の聖杯戦争に、キラが出張るわけがないんだから」
◆
俺はリュークに言った。
「ファッキン」
リュークは、即答かよ、と笑う。
目の契約。
それはとてつもなく魅力的な提案だ。
名前を知らなかったがゆえに、防げなかった事件というのは多い。
その能力は、キラにとってとてつもない武器になる。
けれど。
俺は、この世界の正義の味方として、長い間存在し続けなければならない。
俺の代わりはいないのだ。
俺ほどに、このノートを正義のためだけに使えるものはいない。
見つけるにしても、相当の時間がかかるだろう。
それまでの間を伸ばすのなら分かるが、短くするのは論外だった。
『まあ、そういう話もあるんだぞ、っていうことさ。
覚えておいて損はないだろ?』
◆
(ま、また独り言を喋っている……)
衛宮士郎とリュークの会話を、障子ごしに盗み聞きしているものがいた。
間桐桜だ。
(最近、学校も休んでずっとパソコンの前に……。
これは―――世に言う廃人化現象。
ど、どうすれば)
考え込む桜。
しかし扉を開ける勇気は、彼女にない。
◆
「じゃあ、俺からもいいことを教えてやるよ、リューク。
退屈が嫌いなお前に、朗報だ」
『なんだ?
お前そう言って俺にこないだ、りんごと偽ってイチジクを食わせたな。口がかぶれたぞ』
「あれは冗談だ。
まあ聞け。
―――もうすぐ、聖杯戦争というものがはじまる。」