夕暮れになりつつある空の下、サッカーのとある試合の帰りだったその男の子と女の子の二人はただ信号待ちをしていた。
言葉を交わさず、ただ静かな時間、だがどこかもどかしいような雰囲気だった。
当然だ、その男の子は隣の女の子に恋をしていた。そして女の子もまた同様なのだ。
だが二人は双方の想いに気付く事は無く、仲は良いがいつもどこかですれ違ったままだった。
「今日もすごかったね。」
「いや、そんなことないよ。ほら、うちはディフェンスがいいからね。」
「でも、かっこよかったぁ。」
それを聞いた男の子は顔を朱に染まらせる。その時、考えてみれば絶好の機会じゃないか?と男の子は思いついた。
周りには誰もいない、車も走っていない、二人をはやし立てる悪友や友人の姿もない、この子と二人きり。
自分の想いを伝える絶好のチャンス、いまやらんとしていつやると?
「あ!そうだ。」
何かないか?と男の子は内心焦りながらポケットを探る。そして取り出したのは菱形の青い石だった。
今日試合に向かう途中、偶然道端に落ちていた物だ。どこか心惹かれる美しさに拾ってしまったのだ。
「わぁ・・綺麗・・・」
「ただの石だとは思うんだけど、綺麗だったから・・」
彼女がとても嬉しそうに微笑むのを見て、男の子は気恥ずかしくて頬を掻く。
彼は知らなかった、これがどんな物であるか。だから思わず願ってしまった、彼女とずっと二人きりでいられればいいな、と。
そして彼女もうれしくて願ってしまった、こんな風にずっといられればいいな、と。
幸せでいっぱいになった二人は笑顔でその石を見つめる。女の子がその石を手に取った瞬間、二人を巻き込んで光が発生した。
光は増大して柱になり、そして数秒後『それ』が姿を現した。二人の思いを混ぜ合わせたモノの、具現化した姿を。
第7話
俺はなんでこんなところに居るんだっけ?斎賀洞爺はぼやける視界を当たりに這わしながら自問した。
今自分が居るのはタクシーの後部座席だ。なぜか上下が逆転していて、自分はシートベルトに引っかかってぶら下がっている。
車内も酷いものだ、ドアは全てひしゃげたり変に折れ曲がって壊れており、小奇麗だった車内は砂やガラスの破片やらでドロドロぐちゃぐちゃだ。
{そうだ、俺は高町の家に行って・・・・}
喫茶店で一息ついた後、なのはの父親である士郎と久遠にほとんど強引に高町家へと連れて行かれて、否応なしに試合をさせられたのだ。
とんでもない相手だった、士郎は人間とは思えない動きでとんでもない太刀筋で小太刀の木刀二刀流を操る古武術の達人だったのだ。
砲弾のごとく突っ込んで一瞬で距離を詰めてくるし、二刀流の達筋は木刀といえど叩き切られてしまうそうなほど鋭く、
時折混ぜ込んでくる大技は明らかに木刀が出せる性能を超越した威力とスピードのある一撃だった。
貰えばまずタダでは済まない、自分は経験こそ劣らないと自負しているが所詮はただの軍人だ。
三八式歩兵銃の訓練用木銃だけ、負ける気はさらさらなかったがかなり苦戦した。
そして最後はその木銃も防御した際に砕かれ、額に強烈な殴打を喰らって空中で一回転し、床に叩きつけられてノックアウト。
ある意味反則である、木銃を砕くとは何ぞや?
{あの後しばらく気絶してたっけ。それで、目が覚めて・・・あぁ、俺はこの頃の高町の門限破りの原因だと思われてたのだ。
しかも戦場帰りで妙な性癖を持った極度の変態と認識されていたのは、かなり辛かったな。
あの金髪娘が、なんで表の設定を知ってるんだ?おかげで妙な先入観を持たれてしまった・・・・
って、今は違うだろう、バニングスの事は後だ。えっと、それで俺たちは、家に帰って――――}
あぁそうだ、一度帰宅して荷物を置いた後また二人で夕食の買い物に出かけたのだ。
ただ今日はいつものスーパーは臨時休業で、少し遠くのスーパーまで行かなくてはならなくなり、バスも無かったからタクシーに乗ったのだ。
金はかかるが、これでいかなければ帰ることには夜になってしまうからだ。背に腹は代えられない。
ただそのタクシー運転手の中年男性と妙に馬が合って、先ほどまで彼と喋りながらとある信号待ちをしていたはずだ。
今日は帰りに娘の誕生日プレゼントを買いに行くんだとか、ゲームショップに娘の友達がいたとか、他愛のない話で盛り上がった。
目の前で血を流し、脳みそをさらけ出して運転席のシートベルトにぶら下がって息絶えた運転手と。
「な、あ・・・!?」
直前の出来事が脳裏に蘇る。突然盛り上がるアスファルト、浮き上がるタクシー、そして悲鳴と爆音。
横転し、ゴロゴロと転がるタクシーと、運転手の断末魔、胸の中の久遠の悲鳴、フロントガラスの向こうに僅かに見えた異常な光景。
「くおん、久遠!?どこだ、久遠!」
先ほどまで一緒に居たはずの子狐妖怪姿が見えない。どこかに飛ばされたのか、それとも助けを求めようとして出て行ったのか。
どちらにしても嫌な想像が頭に浮かぶ。タクシーがこうまでなる状況だ、外はもっと悪くなっているかもしれない。
咄嗟にシートベルトの留め金を外し、受け身も取れずに天井へと落下した。体の自由が利かないのだ。
当然だろう、車がこのあり様だ。無傷とは言えない、骨折こそしてはいないが体は軋み、側頭部から結構な量の出血している。
打撲や裂傷を数えればきりがないだろう、服も所々切れて血が滲んでいる。軽傷以上重症未満と言ったところだ。
≪しす――――きょう―――スキャン開始―――本日のゲス―――――――プ―――――――≫
ラジオが耳障りな雑音と共に流れる断片的な音声と音楽が嫌に耳につく。
ピーピーザーザーとけたたましい大音量の砂嵐だけでも今は頭に響くというのに、言葉となると余計に響いた。
反応が鈍い上に痛む体を引きづり、ガラスが割れてひしゃげたフロントガラスの枠から這い出る。
そして外の光景に目を奪われて絶句した。外は自分が想像していた光景よりもはるかに斜め上を行き過ぎていた。
「これは・・・」
あたりは黒煙に包まれていた、車が燃えているのだ。ほんの数分前まで車道を走っていた一般乗用車だ。
何十台という車がエンジンから黒煙を吹き、横転し、炎上し、グシャグシャにひしゃげて面影すらない車両まである。
それだけではない、辺りのビルに飛び火して燃え広がっている。爆撃されたような惨状に、心が凍りついた。
肌を舐める熱風、踊る炎、鼻をつく刺激臭、車両の隙間から垂れる赤い液体。いつかの光景と重なる、忘れられない光景だ。
ガタルカナル、アメリカ海兵隊の奇襲を受け、あらゆるものが燃えた中継基地。トラックが、戦車が、人が、全てが燃えた。
流れ弾で燃料が引火し、その爆発が別の燃料に引火し、瞬く間に燃え広がって敵味方問わず巻き込んだ。
沖縄、アメリカ軍の爆撃によって市街が丸ごと炎上した。家も車も何もかも、すべて燃えてしまった。
それだけならばまだ耐えられただろう、相手が爆撃機などの見知った兵器であれば。
だが、目の前で大破壊を繰り返すソレはあまりにも歪で非常識だった。
「ぁ・・・」
質量の法則を無視したドデカイにもほどがある大木が町を蹂躙している。
ビルよりも高く、太くそびえたつそれがまるで映画の早送りのように見る見る根を伸ばし、枝を伸ばし、家を押しつぶし、ビルを崩して成長し続ける。
家族がだんらんを過ごす家を押しつぶし、多くの人間が買い物と仕事に勤しむデパートを押し崩していく。
なぜだ?なぜこんなことになっている、もう戦争は終わったはずだ。この国の戦争は終わっているはずだろう?
訳が解らない、ありえない・・・ぐちゃぐちゃになっていく思考に、洞爺は乾いた笑いを漏らした。
「これは、夢なのか?夢なら、俺は、俺は、俺は・・・?」
俺はどこで目を覚ますんだ?洞爺は自分はなんでここにいるのかを思い出した。
そして昨日のことを思い出して、すぐにこの現象の原因が思い浮かんだ。
自分は『魔術』という不可思議であり得ない力によって助けられて、未来に送られた。
世界には魔術や、妖怪などという存在は実在していて、世界の裏に潜んでいた。
そしてこの町には『異世界』なんてふざけた場所からやってきたジュエルシードという『危険で極悪な魔法の宝石』が散らばった。
それを収拾するためにあの子達は戦いに足を踏み込んでいる。そして俺は、昨日それに首を突っ込んだんじゃなかったか?
あの子達が危険なことに首を突っ込んでいるのが放っておけなかったのではないか?
{夢なら、本当に笑い話だよな。くそが、笑えないぞ。}
これは『夢』ではなく『現実』なのだ。笑い話には到底ならない。なのにこみ上げてくる笑いはなんだろうか?
簡単だ、信じられない、この一点に尽きる。信じられない、理性では理解しても、感情が納得しない。
その溜まったソレが振り切った、激情はあまりにも行き過ぎるとそれこそ何もかもを通り越して笑いになるようだ。
{ジュエルシード、まさか・・・・こんなことも可能だというのか?ふざけてる、ふざけ過ぎだろう?}
あり得な過ぎる、だが現実だ。こんな現実があっていいのか?ふざけ過ぎだ。
自分の知っている世界はこんな世界ではなかった、こんなバカげた世界ではなかったはずだ。
例え脅威の身体能力を持ち、代わりに先天的な障害を持った人間が居ても。
どれだけ世界は残酷で時折非常識でも、ここまで非常識ではなかったはずだ。
だが現実問題、今まさに化け物巨大樹が町を蹂躙し、破壊の限りを尽くしている。どれだけ悩もうが、今はそれが現実だ。
なら戦わなくてはならない。自分はこの国の軍人であり、護るための盾であり矛なのだ。
「くそ・・・・が・・・」
しかし現実は無情だった。やっと平和になったのに、この笑顔で満ちた景色が壊されてしまうのに、体が全く動かない。
限界に達したのか、奇妙な気だるさが襲いかかってきたのだ。どれだけ力を入れても、もう指一本動かせない。
どれだけ動けと命じても全く反応せず、体の力がどんどんと抜けて、全てが無くなっていくように感じる。
鼓動が消える、血流が消える、体温が消える、体の感覚があやふやになっていく。なのに意識ははっきりしている。
あまりの急激な虚脱感とは逆にはっきりしている意識に洞爺は困惑した。こんな感覚は初めてだ、まるで自分の体ではないようだ。
まるで実感が無い、死人の中に乗り移っているような感覚とでも言うのだろうか。いや、これはまるで―――
{・・・テレビゲーム、か?}
そうだ、実感が無く、自分は無傷という所がそれらしい。確か栗林の家に立ち寄った際に少しだけやらせてもらった事がある。
瞬く間にゲームオーバーになったが、その時の画面が倒されたキャラの視点だった。それに似ている。
最悪だ。瞼すら閉じることができず、このまま動けないでずっと町が破壊されるのを眺めることしかできないのか。
{動け!動けってんだよ!!}
「衛生兵、衛生兵!」
だみ声になりながら叫ぶ。だが治療器具を携えた見慣れた兵の姿は見えてこない。
「えいぜいへい!だれがぁ・・だれか・・・ぁ・・・・」
そうだった、心の中で毒つく。ここに友軍はいないのだ。
ただ悲しく、苦しく、そして虚しい。こうしているだけでよく解る。酷く寂しいのだ。
今の自分には助けてくれる友軍も、上官も、部下も、衛生兵も、戦友も居ない。たった一人ここに取り残されている。
誰も助け起こしてはくれない、誰も手を差し伸べてはくれない。銃声も、砲声も、聞き慣れた声も聞こえない。
無線機に呼びかけても誰も増援に来てくれないし、補給も届かない。誰も答えてくれないのだ。
正真正銘の孤立無縁、自覚すると無性に笑いたくなった。自分はもう一人なのだ。本当の意味で。
雑音に混じって断片的に聞こえるラジオを音が鮮明に聞こえる。それが余計に頭に響く、うるさい。
{くそ、くそ!くそくそくそ!!}
目の前で町がどんどん破壊されて行くのを見せつけられ、洞爺は悲鳴を上げた。
町が、60年で復興し、戦前の町並みをはるかに超えた日本人の努力の結晶がむざむざと破壊されて行くのだ。
それも魔術だのなんだのという非常識極まりない存在によってだ。
この町がここまで発展するのにどれだけの時間と人々の努力があるのかあの化け物は考えない。
視界が揺らぐ、思考が混乱し始める、何かが壊れそうだ。
いつまで眺めさせられていただろうか、願いは聞き入れてもらえたのか、突然視界がごろりと動いて反対側のタクシーに向けられた。
誰かの小さな手が自分の体を転がしてあおむけにしたのだ。
「とうや、とうや!」
久遠だった。彼女は仰向けにした洞爺の胸を小さな両手で揺すりながら、必死に問いかけてくる。
彼女も酷い恰好だった。上質な仕立てだった和服は血と土で汚れていてボロボロ、帽子を無くした頭には狐耳がぴょこんと立っている。
「とうや、とうや!おきて、おきて!!」
彼女に揺すられ、体の感覚が徐々に蘇ってきた。
彼女の揺する両手が少しだけ心地よい、無意識になにか治療魔術か何かを使っているのかもしれない。
そう言う類の魔術は不安定で未熟なものが使うと危険だと資料には書いてあったが、この際はとてもありがたい。
感覚が戻ってきた体を無理やり起こすと、頭を振って何度か自分の頬をはたいた。
パンパンといういい音と適度な痛みで、混沌とした思考が次第に蘇ってくる。
「久遠、いったいどこに行ってたんだ。心配したぞ、勝手にいなくなっては駄目だろう。」
「だって、うんてんしゅさんがまっかになっちゃって、とうやもおきなくて、くおん、きゅーきゅーしゃよぼうとしたの・・・」
「救急車?」
「くおんしってるよ、あのがらすのはこのなかのみどりのおでんわのあかいぼたんをおすと、ただできゅーきゅーしゃよべるの。
くおん、まえにどうろでたおれてるひとからおそわったの。
なのにでないの、まえはおねーさんとか、おにーさんとかがでてくれたのに、だれもでてくれないの!」
久遠は涙声になりながらガラスの砕け散った電話ボックスを指さす。
電話が通じていないのだ、おそらくあの大木の所為で電話線がどこかで切れたのだ。
被害が予想以上に広がっている、時間が無い。くらつく頭を何度か横に振ってから立ち上がった。
「とうや、だいじょーぶ?」
久遠の言葉に改めで自分の体を見下ろす。元に戻った、という訳ではない。だが先ほどよりも症状が軽い。
倦怠感や虚脱感はまだ残るが、それ以上に胸やけのような胸の奥を焼く熱と頭痛、体の節々の悲鳴の方が深刻だ。
「・・・問題は無い。久遠、手伝ってくれ。」
ふらつきながらも立ち上がり、ひっくり返ったタクシーのトランクをこじ開けて中の荷物を次々と取り出す。
子供用の地味なグレーのリュックサックを開き、中からガスマスクを取り出す。
この虚脱感の原因は毒ガスなのではないかと疑ったのだ。
「これを被ってみてくれ。」
久遠にイギリス軍のガスマスクを子供用に繕ったものをかぶせ、自分も使い慣れたガスマスクを被り、吸収缶にしっかり繋がっているかを確認する。
これは案外重要だ、吸収缶は毒ガスを吸い込んだ空気から有毒ガスを除去するフィルターだ。
しっかり取り付けられていなかったり使用期限切れだったりすれば、ガスマスクをしても意味が無い。
これで毒ガスなら何とかしのげるはずだが、症状はあまり変わらなかった。
「とうや~~、ごわごわするからや~~」
「まだ取るな。それよりどこか変わったところはないか?呼吸がしやすくなったとか。」
「ないよぅ、もうや~~」
久遠はガスマスクを引きはがすように無理やり外すと、洞爺に押しつける。それを受け取りながら、首を傾げた。
{ガスではない、か。}
とりあえずガスでない以上、ガスマスクは必要ない。視界の狭まるガスマスクは戦闘で不利になる。
マスクを外してリュックサックに戻し、赤十字の入った小袋を取り出して中から医療品を取り出した。
中身を手早く取り出すと、出血している箇所を消毒し、止血して包帯を巻く。
ジャケットの袖をまくってゴム管で上腕をきつく縛り、消毒用アルコールで消毒した腕に軽い鎮痛剤の入った注射器を刺す。
だが、外傷は何とかなっても問題は山積みだ。正直に言って、焼け石に水である。
体調はすこぶる悪い、先ほどのような激痛や圧迫感はないが、胸の奥は熱く火照って、体は寒気が止まらない。
頭痛も酷く、気合を入れなければ射撃にも影響が出かねないほど深刻だ。地響きが酷く頭痛を刺激する。
{次だ。}
キャスター付きの買い物籠中を開け、隠していた擲弾筒『八九式重擲弾筒』やその榴弾を取り出し、異常はないか一通り確かめる。
凹みの見える竹刀入れを開け、中の九九式短小銃を取り出してボルトを引き、引き金を引いて異常が無いか聞き分ける。
異常は無しだ。かなり派手に転がったが、タクシーの対衝撃性能は思いのほか高かったようだ。
無線機はさすがに使いものにならなくなっていたが、それ以外は特に異常は無い。
どこも異常の見られない武器弾薬を一度見渡して、ふと思う。
{こんな小火器で、いったい何ができるんだ?}
九九式短小銃、一〇〇式機関短銃、八九式重擲弾筒、九七式手榴弾、TNT爆薬、信号拳銃、スコップ、その他弾薬などなど。
どれもこれも全てが小火器や爆薬ばかり、とてもあの巨大な気に立ち向かえる武装とは思えない。
あんな化け物と戦うには、圧倒的に火力が足りないのだ。
いや、元よりたった一人であんな化け物に立ち向かう方がおかしいのではないだろうか?
{だが増援は呼べない。無線は使えないし、月村もすぐには期待出来ない・・・上等じゃないか。}
装備を素早く身につけ始める。ウェストポーチを腰に巻き、弾薬が並んだストリッパークリップと手榴弾を詰め込む。
リュックサックに擲弾筒とスコップを無造作に突っ込んでいつでも抜けるようにする。
いつも通りに銃器を点検し、いつも通りに装備を身につけ、いつも通りに思考し、いつも通りに行動する。
{上等だ、敵が強大?化け物?魔術?そんなものどう関係がある。同じだ、変わらん。
俺には銃がある、弾もある、擲弾筒も、砲弾も、手榴弾も、戦車だってある。
強大な相手?ここのところいつもそうだっただろうが、変わらん、むしろ良くなったか。
上等じゃないか、ガタルカナルよりも良い状況だ。まったくもって、文句など無いだろう。}
拳銃納を左肩からたすき掛けにし、安全装置を外した十四年式拳銃のスライドを引いて拳銃納に戻す。
{図体がでかくても所詮は単体、有象無象の相手ではない。勝機はある、問題はない。
どんなものにだって欠点や隙がある、問題ない、問題ない、問題ない。}
九九式短小銃に銃弾を装填して、先端の着剣装置に三十年式銃剣を取り付ける。
最後に懐中時計で時刻を確認し、すべての準備が整った。
「久遠、危ないからお前は先に家に帰ってなさい。道は覚えてるよな?ほら、鍵だ。」
家の鍵を久遠に投げ渡して帽子を被って背を向ける。今ならまだ家まで帰る事はたやすいはずだ。
「たたかうの?にげようよ、かてないよ!あんなの、かてるわけないよ!」
久遠は洞爺の袖を引っ張り、無理やり連れ帰ろう行こうとした。きっと彼女の妖怪としての本能が感じ取っているのだろう。
当然だ、洞爺からしてみてもあれは普通ではない。もし普通の人生を送っていれば逃げているだろう。
だが自分は一般人ではない、この国を護るために戦う兵士であり軍人だ。
例え未来に目覚めても、相手が非常識の存在でも、それは絶対に変わらない。
震えているその手を空いている手でそっと包み、ゆっくりとほぐした。
「ごめんな。俺は軍人だから、この国の平和を護るために戦わなくちゃいけないんだ。」
「でも、あんなの!!」
「問題はない。どんな化け物みたいな相手でも、それが人の作ったものならば何かしらの欠点があるし、隙もある。案外どうにかなるものだよ。」
戦車は真上や後ろからの攻撃に弱い事や、どんな爆撃機にも死角がある事、欠点があることは知っている。
ジュエルシードとて同じだ、本体さえ見つけてどうにかしてしまえばあの大木など一撃でカタを付けられるのだ。
今回も同じだ、ただいつもは戦車や装甲車なのが巨大な木の化け物に変わっただけの話なのだ。
大丈夫だ、と太鼓判を押すと久遠は俯きながらうーうーと唸る。
「じゃぁ、くおんもいっしょにいく!」
突然の言葉に思わず耳を疑った。久遠は引っ張るのを辞めたが、洞爺の袖をつかんで離さない。
キッと洞爺を見上げる久遠の瞳には、恐怖を押し殺した決意が浮かんでいる。酷く幼く、純粋すぎる決意だ。
「心配するな。帰ってくる、必ずな。」
「やだ!くおんもいっしょにいくの!!」
「だめだ、危険すぎる。これは本物なんだ、遊びじゃない。」
「やだ!やだやだやだ!!ほんものならもっとやだ!!」
まるで駄々っ子のように袖をつかんで離さない久遠に、洞爺は焦りを感じた。
あまり時間は掛けられない、速く行動しなければ本当の意味で手遅れになる。
ここで久遠の説得に手間取れば、きっとそうなってしまうだろう。それは避けなければならない。
だがしかたない、もう遅すぎる。久遠を一人にするのは危険だ。
「久遠!俺の言う事をちゃんと聞け、絶対に勝手な行動はとるな、いいな!!」
コクコクと頷き返す久遠にもやもやとした感覚を胸の内に感じながら周囲の状況を再確認する。
「荷物を持て、突破するぞ。」
ある程度の荷物を久遠に背負わせ、洞爺は九九式短小銃に三十年式銃剣を装着して久遠の前に仁王立ちした。
鋭利な視線で自分達を包囲する異形の怪物を見渡し、小説の光景がそのまま飛び出して来たような光景に内心で愚痴る。
{いつのまに現れたのだ?}
その化け物はまるで子供の絵本で出てくる喋る木をリアルにして人型にしたような姿だった。
藁人形のように蔦が二メートルはある長身の体を形作り、四肢はあるが手や足があるべき場所は蔦が触手のようにうねり、鼻や目はただの穴、髪の毛に相当する部分には葉っぱが青々と茂っている。
デフォルメされていない、魔物の森にうじゃうじゃいそうなそんな化け物だ。
見渡す限りざっと六体、二人を取り囲みゾンビのように身を揺らせて立っていた。
まるでいつか読んだアメリカの作家が書いた創作神話小説のようだ。
違う点と言えば、これが虚構の産物で無く本物であり自分に今まさに襲いかかろうとしている所だろう。
襲われれば自分達がどうなるかは考えるまでもない。故に、洞爺はトリガーガードに掛けていた人差し指を引き金に掛けた。
まるで人間になり損ねた木が自我を持ったような化け物に、洞爺は銃口を向け、引き金を引く。
それに呼応するように『化け物』は金切り声をあげて突進し、その蔦の触手を振りあげた。頭に大穴を穿たれた姿で。
{突破は無理だな。}
「下がれ!」
素早くボルトを引いて発砲しながら下がる洞爺に、素直に従って久遠も洞爺の歩調に合わせて下がる。
怖かった、銃弾を頭に貰ったのに死んでない。その異様さは、幼い久遠にも理解できた。
誰でも頭に銃弾を貰えば死ぬものだというくらい幼くても解る。顔面に大穴を開けながら歩きだすなどあり得ないのだ。
さすがは化け物、と洞爺は悪態をつくと九九式をスリングで肩にかけて一〇〇式機関短銃を取り出す。
三〇連発バナナマガジンを右側面の給弾口に押し込み、コッキングレーバーを素早く引いて腰だめで引き金を引く。
体中に八ミリ拳銃弾を受け止めながらも歩みを止めず、全弾撃ち尽くしたころに同時にようやく倒れた。
だが動かなくなった化け物を踏みつけて、他の化け物がバラバラに襲いかかってきた。
「と、とうや!!」
瞬く間に眼前まで走りより、化け物は触手の右腕を振りかぶる。死ぬ、久遠は本能的に悟った。
だが、触手が二人の体を叩くことは無かった。洞爺が化け物の腕を一〇〇式で受け止めたのだ。
ばきばきと嫌な音を立てた一〇〇式に洞爺は目を見開いた。
「なんて力だ・・・っ!」
左手首の関節に鈍い痛みが走る、洞爺は化け物の腕を押しのけ、化け物の頭に折れ曲がった一〇〇式を投げつけた。
衝撃でひるむ化け物を蹴り飛ばし、リュックサックからスコップを引き抜く。
斬!流れるようにスコップを振り下ろして右腕を切り落とし、バランスを崩した両足を払って転倒させる。
その化け物を掬いあげるように蹴り飛ばして遠くに転がすと、洞爺は左手で信号拳銃を抜いて引き金を引いた。
ボシュッ!と鈍い発射音が響いて、白煙を引いて銃弾が飛ぶのが見える。それは化け物の胸に突き刺さると、鮮やかな炎を上げた。
「ギィィィィィガァァァァァァ!!!」
{・・・駄目元とはいえ試すモノだな、随分と良く燃える。可燃性の樹液でもながれてるのか?よくこんなところに来たものだ。}
耳を塞ぎたくなるような金切り声の悲鳴が、この場の全員の足をピタリと止めた。
洞爺は歯を食いしばり、強引に一歩退いて体をこわばらせて固まる久遠を引っ張る。
噴き出した炎は瞬く間に悶える化け物を飲みこみ悲鳴が消える、それから目を離して拳銃の銃身を折り開けて大きな弾を一発押し込んだ。
一斉に襲いかかってくる化け物を一瞥し、洞爺は風切り音を立てて振われる触手を避け、返す刀でスコップを振って両足を薙ぎ飛ばす。
姿勢を崩す化け物に再装填した拳銃を至近距離で胸に撃ちこみ、ヤクザキックで押し返した。
ごろりと仰向けに転がった化け物がまた炎に包まれ、暴れる触手が脇を走り抜けようとした化け物の右腕を切り飛ばした。
「ついてこい!突破するぞ!!」
「う、うん!」
「もたもたするな、走れ!!全速力で走るんだ!!」
「い、いくぞーーーー!!」
洞爺の叱咤に久遠はやけっぱちな奇声を叫びながら、短い足をこれでもかとばたつかせて走り抜ける。
その前方をまたも化け物が塞いだ。車の残骸で狭い隙間に3体、壁のように並んで道を塞いでいる。
さらに1体、横転したトラックの陰から躍り出て突撃してくる。
必死で走る久遠は急には止まれない、洞爺は彼女の前に走り出るとスコップを振りかぶった。
「らぁッ!!」
スコップで首を薙ぎ払い、九七式手榴弾を取り出すと安全ピンを引き抜いて信管を叩いて壁を作る化け物に投げつける。
爆風と破片が化け物たちの体を切り刻んで転倒させた。手榴弾によって空いた隙間を、二人は一気に走り抜ける。
化け物の封鎖線を越えた先も酷い状況だった、道路は時が止まったように車が射線に停止している。
それだけなら映画のセットに見えなくもない、いたるところに市民の新鮮な惨殺死体が転がっていなければだ。
あまり子供に見せられたものではない。久遠は必死で走っていて周りが見えていないのが幸いだ。
しばらく行くと、道路の車はまばらになり死体が見当たらなくなった。しかし人気のない道路は昼間でも不気味だ。
{ん?昼間?・・・そうだ、もしかしたら。}
突然のひらめきに前方に敵がいないことを確認して、信号拳銃とスコップを無造作にリュックにしまい、九九式短小銃に切り替える。
空の弾倉にクリップでは無くバラの弾薬を素早く込め、五発込めた所で走りながらボルトを押しつつ器用に振り向き、腰だめで九九式を発砲した。
通常弾と違い銃口から昼間でも目立つ火線が伸びる。火線はまっすぐ追いかけてくる化け物の胴体に食い込むと、弾痕から小さな炎を上げた。
その炎は瞬く間に燃え広がり、あっという間に化け物の体を包みこんで、化け物は体が燃える苦痛に化け物はもがき苦しみながら地面に倒れて動かなくなった。
信号弾を撃ちこんだだけであれほど派手に燃え上がるのならば、曳光弾でも燃えるのでは?と踏んだのだ。
有効であるのを確信した洞爺は、素早くボルトを引いて別の化け物も撃ち倒す。だが、多勢に無勢だ。
一体倒しても、いつの間にかその一帯の穴を埋めるように別の化け物がどこからともなくやってくる。
こちらは一人の上に相手の数は不明、その上予備弾薬の量も有限だ。いくら持ってきても調子よく撃ちまくればすぐに無くなってしまうだろう。
特に今使用している弾薬は曳光弾だ、機関銃はともかく小銃での通常戦闘の場合出番は少ない。
そのため持ち合わせは通常弾の三分の一程度しかないのだ。
{兵力差はいつものことだが、弾薬はもう少し持ってくるべきだったか。}
ポーチの中から少なくなってきた曳光弾を込め直し、隙を見ては向かってくる化け物に素早く撃ち込む。
普通の戦場ならば同僚からわけてもらえるが、ここは普通の戦場ではないし隣に同僚もいないのだ。
{あと25発、この調子だと長くて10分が限度。何とか奴らを撒かなければ、だがどうする?}
あんな化け物相手に完璧な自信のある策など思いつかない。思いつくのはどれも人間相手に使うものだ。
ともあれ、思いつくだけでもまだマシだろう。本当に切羽詰まった時など考えても焦りやその他諸々で良い策など浮かばないのだ。
{くそ、密林なら話は速いんだが・・・どうす―――}
「とうや、後ろ!!」
思考に没頭していた意識が久遠の叫びに呼び戻される。そして背筋に冷たいものが走った。
洞爺は咄嗟に後ろを振り向き、背後で両腕を振りあげる化け物に向けて九九式を突き出した。
突きだされた銃剣が眼前まで迫った化け物の胸を抉り、銃剣の刺突の衝撃で勢いを殺されて化け物は一瞬立ちすくむ。
その化け物の体から垂れる赤黒い液体が九九式の銃身に垂れた。ふと周りを見れば、地面の血痕がどこかへと続いている。
おそらく化け物の体から垂れたものだ、この化け物はほんの少し前に『一仕事』終えたばかりなのだ。
「この野郎が!」
血みどろの化け物の胸に発砲して反動を利用して銃剣を引き抜き、左足で蹴り飛ばす。
体が一気に燃え上がってもがき苦しみながら倒れる化け物は、電柱にぶつかってぐったりと動かなくなった。
左手でポーチの中から再び手榴弾を取り出すと、ピンを口で抜いてゆっくりと道路を歩いてくる化け物に放ってその手で久遠の手を掴んだ。
手榴弾はコロコロとアスファルトの上を転がると、物凄い勢いで白煙をまき散らして当たりを白で埋めつくした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
高町なのはは町の異変を感じ取った瞬間、いても立ってもいられず部屋を飛び出した。
風呂から呼びかける父の声に生返事を返して魔力が流れる方向に走る。
寝起きでまだ本調子でない足が棒になるのを構わず走っていると、遠くから銃声らしい炸裂音と何かが崩れる轟音が響いてくるのが聞こえた。
タン、タン、タン、と僅かに間の開いた銃声に、なのはの肩にしがみ付いていたユーノが首をもたげた。
轟音の正体が何かは高層ビルが邪魔で確認できないが、この銃声には聞き覚えがあったのだ。
「ライフルだ。サイガが先行してる。」
「解るの?」
「こんな町中でライフルを撃ちまくる奴がほかに居るかい?」
確かにとなのはは頷く、自分の知る人物の中でそんなことをする人間は一人しかいない。
銃声を追って二人が大通りに出ると、時が突然止まったかのように車が停車している辺りが薄い白煙に包まれていた。
その大通りの歩道に、真っ黒焦げの人のような何かと空薬莢が転がり、真新しい血が滴っていた。
血痕はまるで道しるべのように伸びて、少し先の曲がり角を曲がって続いている。
まるで映画のセットのような光景に、なのはは一瞬それが何か理解できなかった。
「これ、なに・・・?」
「血だ。まだ新しい、それにこの薬莢は・・・・なのは、あの弾を貸して。」
なのはは言われた通り、ポケットに入れてきた小銃弾を取り出してユーノに渡す。
ユーノはそれを魔法で浮かせて、落ちていた空薬莢と並べてなのはに見せた。
「おんなじ薬莢だ、あいつのライフルのだよ。」
「それじゃ、この血は斎賀君の・・・怪我してるんだ。急がないと!」
頷くユーノを肩に乗せて、なのははその血痕を追って曲がり角を曲がる。
すると、その通りのとある廃ビルの正面玄関に血痕が続いているのが見えた
なのはは廃ビルの正面玄関へと走る。だが半分もいかないうちに、正面玄関のシャッターが下りているのが見えた。
錆が所々浮き出た古いシャッターだが、表からは開かないようになっている。
「入口を封鎖したんだ。裏に回って、非常階段から行こう!」
ユーノの言葉に頷き、なのははビルの裏に回ると非常階段を一段飛ばしで駆けあがった。
踊り場にあるドアのノブを片っ端から回しながら、開いているドアを探して屋上へと登っていく。
運動音痴とは思えない速さで最上階まで駆け上がると、屋内へ続くドアのノブを回すが、開かない。
鍵がかかっていると見るや、なのははレイジングハートを取り出すと頭上に掲げた。手段を選んでいる余裕が無くなったのだ。
「レイジングハート・・お願い!!」
「standbyready,,,,set up!」
レイジングハートの応答とともになのはには白を基調としたバリアジャケットが装着される。
学校の制服をモチーフにして作り出されたバリアジャケット、魔法少女の象徴ともいえる魔法の杖が彼女の手に握られる。
それを纏うと同時に、鍵がかかっていたはずの屋内に続く扉が内側から蹴り開けられ、後頭部に冷たい物を押し付けられた。
とある友人が構えた小銃の銃口だ。
「斎賀君!」
「高町か、心臓に悪い登場の仕方せんでくれ。」
お前が言うな、銃を下げる彼にユーノは内心愚痴った。
膨れたリュックサックやキャスター付き買い物籠などの大荷物を背負った洞爺の方がインパクト満載である。
身につけている装備といい、銃火器といい、魔法の匂いが全くしない物ばかりだ。
化け物相手に鍛え上げられた肉体と黒光りする銃火器で応戦する昨日の姿は、明らかに魔法のそれではない。
魔法なんてのとは無関係だ、と言われれば納得してしまいそうなほど清々しい実弾系フル装備である。
一戦交えたせいか、体の所々には血が滲み、包帯が巻かれており息も少し上がっている。
ふくらはぎに巻かれた真新しい包帯に滲む血を見て、なのはは心配そうに問いかけた。
「どうしてここに来たの?寝てないと駄目なんじゃ?」
「夕食の材料を買いに行く途中に巻き込まれてな。大丈夫だ、心配いらんよ。」
なぜなら彼は、なぜか変態と勘違いした士郎と試合をして敗北し、額を強打されたあげく倒れた際に後頭部を強く打ったのだ。
自分は昼寝をしていたので見ていないが、ユーノによればしばらく気絶するほどだったそうだ。
当然である、実の娘でも引いてしまうくらい人間離れした超機動を生身でかます人間の一撃を喰らったのだ。
気絶だけでも御の字であるし、むしろそれなりに拮抗したという事実が驚きだ。恭也曰く、最後まで勝敗が見抜けなかったらしい。
本人は大丈夫だと言っているが、今も彼の体調は絶好調とは思えない。
頭や体の各所に包帯を巻き、顔色は少々青く、息もかなり浅い、とても戦える体調には見えなかった。
「サイガ、無理しない方がいい。下手すると本当に病院行きだ。」
「問題無い、こんな程度でどうにかなるほど柔な体ではないからな。」
「そういう問題じゃないだろう。傷だらけじゃないか。」
「大丈夫だ、それより今はそんな議論をしている場合じゃなかろう、久遠!急げ!!」
「ま、まってよ~~~」
彼の後に続いて、ひぃひぃと息を上げた久遠が追いつく。彼女も相当大荷物だ。
なのはが目を丸くするのに苦笑しながら、洞爺は屋上の端に立って辺りを見回して目を見開いた。
「・・・・本当にここは、いつからシェイクスピアの世界になったんだ。いや、これはクトゥルフか。」
久遠もつられて洞爺の視線の先に目をやり、小さく悲鳴を上げて泣きそうな表情になって洞爺にすがりつく。
「どうしたの?」
「見たほうが早い。」
なのはの問いに、洞爺は久遠の頭を優しくなでながら顎で示す。
「!?」
顎の先に目をやって、なのはも言葉を失った。そこには、歪な形をした大木が生えていた。
大木の根はアスファルトを引っぺがし、電信柱をなぎ倒し、ビルを侵食し、民家を押しつぶしていく。
四方に伸びる幹のようなモノが住宅を押しつぶし、薙ぎ払う。車が爆発し、家が燃える。
まるで大昔の怪獣映画のような光景は、あまりにも現実離れしていた。
「酷い・・・これ、ジュエルシードなの?」
「たぶん、人間が発動させちゃったんだ・・・」
「人というだけでここまで違うものか、もはや何でもありか?」
「ジュエルシードはロストロギア、こっちで言うオーパーツだ。何もかもが未知数なんだよ。」
ユーノの話によれば、強い思いや願いを込めて発動させた時、ジュエルシードは一番強い力を発動するらしい。
なのはは表情を辛そうに歪め、洞爺は左手で額を抑えて天を仰ぐ。
「ユーノ、いったいどうするんだ?手持ちの武器では良くて精々浸食を少しだけ遅らせる程度しかできそうにないぞ。」
「君はいったいそんなモノをどこから出してるんだ!?」
「背負ってきたんだ。」
ユーノの言葉に、下ろしたリュックや買い物籠からぶっとい鉄の筒を取り出して洞爺は軽く返す。
その鉄の筒はなんだ?疑問が付きそうにないというか今にも迫って来そうなユーノに洞爺は先手を打つ。
「で、いったいどうすればいい?このままじゃ町は滅茶苦茶だ。くそっ、だから言わんこっちゃないんだ。」
洞爺はここに居ない誰かに悪態を付く。その声に籠る濃い怒りに、ユーノは少し怖いものを感じながら答えた。
「えと、封印するにはまず接近しないとだめだ。あと元になっている部分を見つけないとならない。
でも、こんなに広がっちゃったら、どうやって探したらいいか・・・・」
「あの木を中心に半径五〇〇メートル圏内には化け物の随伴兵がうようよしてる。
地上から接近するのは自殺行為だ、配置こそ素人だが数が多すぎる。見てみろ。」
洞爺は双眼鏡をユーノの眼前にかざす。その奥に見える通りを占拠する化け物の群れにユーノは息を飲んだ。
「うじゃうじゃいる。」
「奴らは単純な力は脅威だが個々の技量はお粗末だ。一戦交えたが、苦労はするが倒せる。
だが、あの数を相手にするのは無謀だ。燃えやすいのが弱点だが、あの数では瞬く間に袋叩きだな。」
ユーノもこればかりは対処に困った。単純に木が大きすぎて捜査しきれない、敵の数も多すぎる、単純も極めれば究極だ。
かといってやみくもに探しても見つけられる可能性は低いし致死率が高すぎる。なのはと洞爺を死なせる訳にはいかない。
「偵察機でも飛ばすか?腕のいい偵察員が居ればいけるかもしれん。対空兵器が無ければな。」
「どこにあるのさそんなもの。」
「・・・もとを見つければいいんだね?」
なのはの言葉に洞爺とユーノの視線が彼女に集中した。なのはは決意した目で木を眺め、レイジングハートを握り構えた。
魔法陣を構築し、呪文を唱え、レイジングハートを真上に掲げる。
「area,search」
レイジングハートの声とともに足元に円形の魔方陣が発生し光を放つ。その中心でなのはは呪文を紡いだ。
「リリカル・マジカル・探して、災厄の根源を!!」
魔方陣の光が増していき、光はまるで散弾の様に拡散する。
広域探査系の魔法であることを見抜いたユーノは希望を見出した。
「なのはが探してる!サイガ、サーチャーが破壊されないように奴らの気を引いてくれ!」
「なるほどね、探査系とか言う奴か。・・・よし、久遠!砲弾を出せ!!」
「ほーだん!え~と、これ、これ!」
洞爺は八九式重擲弾筒を軽く小突き、久遠が重そうに取り出した八九式高性能榴弾を受け取って砲身に落とす。
ポン!と少々気の抜ける発射音とともに砲弾が空にはじき出され、曲射弾道を描いて大木から伸びる根っこに直撃した。
ドン!!という大きな爆音を伴う爆発に、大木の根は大きくその幹を抉り取られる。その爆発に取り巻きの化け物たちがあわただしく動き始めた。
「・・・・ねぇ、ホントに背負ってきたの?それ。」
「炸薬と装薬を倍増して威力と射程距離を伸ばしてある。蚊に刺された程度にしか効いていないようだがな。」
構える八九式銃擲弾筒に唖然とするユーノに向けて洞爺は憮然としながら頷く。
魔術とはとことん現実離れした代物だ、と内心愚痴っていた。
「君の方が法則を無視してるんじゃないのか?」
「とうやはさいきょうだからできるの!」
「喋るフェレットに言われてはおしまいだな。あとお前は威張るな。」
えっへんと胸を張る久遠の頭に軽く拳骨を落としつつ、洞爺は砲身の角度を微調整する。
これでも戦地を抜けてきた身だ。こういうのには自信がある。次々に砲弾を撃ち出しながら、爆炎を上げる大木に舌打ちした。
「下っ端は燃えやすかったんだが親玉はそうじゃないようだ。
あんなのが相手じゃ、対戦車ライフルやバズーカ程度の火力も歯が立たん。」
「つまり?」
「榴弾砲が欲しい所だ。それも一門ではなく、十門以上は欲しいな・・・・・・ちっ、風が強くなった。誤差修正、左に3。
さらに航空支援に爆撃部隊と、火炎放射器装備の歩兵も山ほど欲しい。」
「要は火力も兵力も足りないと。」
洞爺は頷くと砲身を横にずらし、再び砲弾を砲身に放り込む、撃ちだされたらすぐに次の砲弾を放り込む。
何度も砲撃するが少々成長を遅らせる程度にしかなっていないらしく、大木が崩れる気配は無い。
着弾で発火したらしくかすかに火が見えるが、生きている木というものはよほどの火力でなければ燃えない。
逆に地面が派手に揺れる。大木の浸食で地面が振動しているのだ。
水道管が破裂し、ビルが倒壊し、ガス管が破裂して大きな爆発をまき散らして炎が上がった。
「頼むぞ・・・」
無意識に首にかけた認識票と懐の懐中時計に願を掛けて、砲弾を大木に向けて撃ち込む。
「誤差修正、左に1。久遠、弾!」
「うん!」
その砲声を聞きながら、なのはは焦りを感じていた。
{見つけなきゃ、見つけなきゃ。}
町がどんどん破壊されて行く光景と洞爺の真実味の籠る話しに焦らずには居られなかったのだ。
榴弾砲と迫撃砲の違いならなのはにだって解る、テレビで陸自の訓練映像で見た事は何度もある。
榴弾砲と言うのはいわば現代の大砲で、歩兵が持ち運べる迫撃砲などとはケタが違う。
そんな兵器が10機以上も必要だと判断される目の前の暴走体、早く止めなければ町が壊滅してしまう。
「――――――」
脳裏にいろいろな光景が浮かび上がる。飛ばしたサーチャーから送られてくる視界の映像だ。
{違う、違う、違う、違う、違う、違う・・・}
「サイガ!デパートの方に撃って!浸食が早い!!」
「無理だ、射程外だ。」
集中するなのはの耳に、ユーノと洞爺の焦りに満ちた声と冷静だが荒々しい声が響く。
ここではない、ここではない、ここではない。焦りがなのはを蝕む。
探す、探す、探す、探す、探す、探す・・・・探し当てた。
「見つけた!!」
「よし!!」
なのはが目を開きその方向を指さす。洞爺は買い物籠から双眼鏡出して大木を舐めるように見て見つけた。
そこは大木のほぼ中心、自分と同じくらいの年齢の少年と少女が互いに抱き合って気を失っていた。
その中心で輝くのはひし形の宝石、ジュエルシードだ。
「ダメだ、遠すぎる。狙えない・・・」
洞爺が悔しそうに顔をゆがめた。いくら八九式の射程は長いと言っても、結局は届く範囲など限られている。
ここからではジュエルシードの所までは届かない。
{無い物ねだりだな、くそ・・・やはりこれが限界か。}
隊で行動できれば、と悔む。だが、今はそんなこと出来ないのだ。自分にはもう指揮する隊も部下もいない。
何もできなくて感じる悔しさはもう慣れているが、やはり悔しい物は悔しい。
「まってて、すぐ封印するから!」
なのはがとんでもないことを言い出した。洞爺とユーノは目を剥く。
「ここからじゃ無理だよ。もっと近づかないと!」
「できるよ!!大丈夫!!!」
なのはは首を横に振ってレイジングハートを構える。
なんの根拠があってそんなことを言うのか?洞爺は根拠のない自信に満ちた言葉に少々驚いた。
「そうだよね?レイジングハート。」
「shootingmode,set up」
なのはの願いを聞き届けたようにレイジングハートは形を変えてさすまた状に変形した。
そしてその先端に魔力が集中する、まるでどこかで見たレーザー砲のチャージのようだ。
いわば封印砲撃、今はこれにかけるしかない。
「頼んだ。」
洞爺の言葉になのはは頷いた。
幼い顔を真剣さで固め、レイジングハートの照準を異変の元凶に定める。
だがそれでも遠い、少しでも力が入ればすぐに手ぶれで網膜に投影される照準がずれてしまう。
{集中、集中!}
息を大きく吸い、止める。手ブレが自然と消え、十字線が僅かに見える青い宝石に、十字線が重なった。
「行って!!捕まえて!!」
レイジングハートの先端に溜まった桜色の魔力は輝きを増し、砲撃となって大木に突き進む。
砲撃は大木の中核をなすジュエルシードを直撃し、ジュエルシードの暴走を抑制する。
これを好機と見て、レイジングハートがいつもの管制音で宣言した。
「standbyready,」
「リリカルマジカル!ジュエルシード、シリアル10!!」
魔力の輝きが増す。ジュエルシードごと少年と少女を包みこむ。
「封印!!!!」
その瞬間、もう一度魔力砲撃が放たれた。威力は先ほどよりもさらに上をいく、長距離砲撃。
そしてそれはジュエルシードを正確に、かつド派手に撃ち抜いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ジュエルシードは暴走を止めレイジングハートに封印された。だがなのはの顔は暗い。その眼は傷ついた町に向いていた。
夕焼けの町、あの封印劇からすでに三〇分が経過していた。
既に騒動があった一角は警察が封鎖し、駆け付けた警官隊や自衛隊が市民を荒れ果てた町から避難させている。
誰もかれもが突然降りかかった災難に驚愕していた。当然だ、先ほどまで平和だった町がいつの間にか荒廃しているのだ。
それも地震などと言った災害ではない、ほんの一瞬の出来事だ。瞬きをした瞬間、町が荒廃していて、死で溢れ返っていたのだから。
誰もが呟く、どうしてこうなった?いったい何が起こったんだ?と。
だがそれを問われる警官も、駆けつけた消防士や救急救命士、自衛官らは答えることは出来ない。誰も知らないのだ。
原因を知る人間は、現場から離れたビルの屋上に居た。
「いろんな人に迷惑かけちゃったね・・・」
悲しそうな声でなのはは呟く。自分の不覚で町がこうなってしまったと攻めているのだろう。
その表情を見て、大荷物を背負った洞爺は彼女の頭に拳骨を見舞った。
「何言ってるんだ?君は最善を尽くした。」
「でも・・・」
なのはは口ごもる。その様子に洞爺は頭を掻いた。新兵にも良くあることだ、こういうときはしっかり言うに限る。
「高町、君は犠牲もなしに人が救えるとでも?」
「でも、私は・・・」
「君がなんであろうと、こんなことに犠牲は付き物だ。」
洞爺は引きずり用車輪付きの買い物籠の蓋を閉めながら言う。
「どれだけ努力しても救えるものは限られる。どれだけ強大な力をもってしてもだ。
昨日言ったはずだ、原因が何であれ、この先かならず人の死を見ることになると。」
洞爺は傷ついた町を照らす夕日を見ながら煙草『ハイライト・メンソール』を取り出して、一本口にくわえる。
マッチを擦って先端に火をつけると、据え置きの錆びた灰皿にマッチを捨てて紫煙を吐いた。
「失われるものは失われる、それが人命でも例外ではない。全てを犠牲無しで守れるのは、おとぎ話の英雄と神様だけだ。」
その言葉になのはは顔をゆがませる。その言葉はきっと幼い心には辛い。
全てが幸せになれる事はない、10を救う事は決してできない。それを出来るのは、おとぎ話の物語と神様位しか居ないのだから。
彼女は本来、そのおとぎ話を信じていても良い年齢だ。まだ現実の非情さを知るには早すぎる。
語る洞爺は沸き上がる嫌悪感を押さえ、まるで見てきたかのように淡々と言い切って煙草の紫煙を吐きだした。
「俺たちは英雄じゃない、神様じゃない、この世に生きる一人の人間だ。
俺たちは犠牲を抑える力があるが、それは所詮一人の力だ。出来ることは限られる。
君の魔法だってそうだ。それがどれだけ強大な力であっても、創作のような便利なものではない。
だが、たとえ全てを救えなくとも、俺たちが持っている力は人を救える大きな力だ。そういう事だと言う事を忘れるな。」
「・・・・」
「・・・少し休め。」
かつては自分が言われた言葉を思い出し、洞爺は何となくうずくまるなのはに目をやった。
うずくまって久遠に頭を撫でられて慰められる彼女の姿が、昔の自分にダブって見えた。
「休んだら帰ろう、晩飯が待ってる。ただし、非常階段を使うんだ。」
「どうして?」
ユーノが疑問気に首を傾げる。当然だろう、こいつは中の状況を知らない。だが、言う事は出来ない。
「中は通らない方がいい。」
有無言わさぬ声色を絞り出し、ユーノを睨みつける。ユーノは身を震わせ、弱弱しく肯定した。
それでいい、今の彼女にはあのロビーの光景は絶対に見せてはならない。
化け物に追い詰められた数人の警官と50人を超える市民たちの惨殺死体が転がっているなど、見せられる訳が無かった。
あとがき
どうも雷電です。うん、あんまり変わって無いんだ。ちなみに副題は『イカレタ世界にようこそ。』
これも書いたり消したりを繰り返して結局これに落ち着いたんですよね、勢いが無くなると難しいですはい。
それに地震の事もあって、市街地が問答無用に破壊されるこれは使っていいモノかとまた悩みまして・・・・時間切れで、はははは。
まぁそんな話は置いといて、今回は主人公の限界と立ち位置。普通の人から見た魔法という存在の異常性。
主人公的役割はなんだかんだ言っても普通の人、経験がありますが役に立たない時は役に立たない。
今回だって戦闘では歩兵クラスには勝って派手に砲撃かましてる割に効果は全く無い。
何もかもが足りな過ぎて本丸攻略ができんのです、出番だ原作主人公。
しかしアニメを改めてみると、よくあの規模の被害がそこまで話題にならなかったですね。
まぁ細かいことは良いんだよ、なのでしょうが。というより、アニメ基準で書いてる自分が変なのか。
本作では月村のバックアップがあるのでそれなりに隠蔽できます。あくまでそれなりに。
そして主人公的役割視点は割とハードモードなので人が死ぬ。
特に序盤なんざ、普通に人が生活してる市街地戦な訳ですし、死なない方が変だと思うのです。
さて、今回はこれ位にしておいて、遅れてしまってすみませんでした!!
これからもこの未熟で拙い自分の作品をどうかよろしくお願いします!by作者
追伸・この頃PEのBGMが頭から離れない、なぜ?