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No.15675の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはThe,JINS『旧題・魔法少女と過去の遺物』{魔法少女リリカルなのはとオリキャラ物}[雷電](2012/12/08 18:27)
[1] プロローグ・改訂版[雷電](2011/06/20 19:29)
[2] 無印 第1話・改訂版[雷電](2011/06/20 19:35)
[3] 無印 第2話・改訂版[雷電](2011/09/14 08:43)
[5] 無印 第3話 改訂版[雷電](2011/05/03 23:14)
[6] 無印 第4話[雷電](2011/05/03 23:17)
[7] 無印 第5話[雷電](2011/09/14 08:44)
[8] 無印 第6話[雷電](2011/06/20 19:53)
[9] 無印 第7話[雷電](2011/07/17 16:19)
[10] 無印 幕間1[雷電](2011/07/17 16:27)
[11] 無印 第8話[雷電](2012/03/10 00:36)
[12] 無印 第8話・2[雷電](2012/03/30 19:37)
[13] 無印 第9話[雷電](2012/03/30 19:39)
[14] 無印 第10話[雷電](2012/11/07 21:53)
[15] 無印 第11話[雷電](2012/11/07 21:55)
[16] 無印 第12話・前編[雷電](2012/12/08 18:49)
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[15675] 無印 第6話
Name: 雷電◆5a73facb ID:b3aea340 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/20 19:53



中国軍の擲弾筒から撃ちだされる擲弾が至近に着弾した。
八九式中戦車の残骸に隠れている俺たちはその爆発音が聞こえる度に首をすくめる。
同時に機関銃の銃撃が辺りの土を跳ね飛ばす。もはや見る影もない林の小高い丘のすぐ手前で、俺達の部隊は足止めをされていた。

「しっかりばれてますな~~」

「ここまで接近で来ただけでも御の字だ。後はどうやって突っ切るかだ、何か案は?」

俺は戦車の陰から作戦目標の対空砲陣地を覗き見る。
あいつらが布陣してからというもの、この上空はこの先の敵要塞になってる山を爆撃する航空隊の悩みの種だ。
たかが陣地一つといっても、配備されている高射砲と対空機銃が多いせいで火力が凄まじい。
ここ上空は敵航空勢力圏の間にあるいわば秘密の抜け道だったのだが、それが塞がれてしまった訳だ。
回り道しようにもこっちには戦闘機不要論をまだ掲げる馬鹿が居たせいで戦闘機が足りず護衛が出来ない。
そいつはどうやら『現場が試行錯誤して抜け道を使っていた』のを『我々の理論が正しかったのだ』と曲解していたようだ。
作戦で疲弊した航空隊では逆に返り討ちにされかねないため、俺たちの部隊が制圧する話になった訳だ。
しかもその作戦を立案したのがその馬鹿、士官学校を出てる分変に頭が回るのが厄介だ。
対空陣地なのだから地上からの攻撃には弱いだろう?その変に回る頭は士官学校の教育を覚えていないのか。
対空陣地といってもここは抜け道をふさぐ戦略的にも重要な陣地だ。迎撃の備えは万全、まさに万全だったな。
陣地の銃座にはチェッコ機銃と狙撃手がしっかり備わっており、その両脇から2門の擲弾筒が交互に次の弾を放っている。
が、その命中率はお世辞にも良いとは言えない。正直言って下手だ、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの理論で撃ちまくっているだけだ。
おそらくやつらの重々承知、擲弾筒の釣瓶撃ちで牽制しつつ軽機関銃と狙撃銃で削る考えなのだろう。
こっちは裏をかいたような形で接近できたが、別方向から攻める部隊はどうなっている事やら。

「このまま突っ切れるんじゃないですか?この程度の火力じゃこちらとは比べ物にならない。
煙幕で視界を遮り、牽制射撃で気を削がせてその隙に一気に吶喊しましょう。」

「侮るな、当たれば死ぬんだぞ。」

だが煙幕か、なるほど。

「木村、擲弾で狙えるか?」

俺が機関銃手を指さすと木村は渋い表情で頷く。

「やりましょう、不良品の煙幕弾で。」

「文句は補給のバカに言ってくれ、期限切れ回したのはそいつだぞ。」

伝令を走らせながら言うと、木村は少し困った顔をした。

「言えませんよ、あんだけヘコヘコ頭下げられちゃ。アレに怒鳴るなんて、キリストさんが怒ります。」

「汝、隣人を愛せ。だったか?お前も大変だな。」

「ほとんどカミサンからの受け売りですがね。」

木村は肩をすくめると、八九式重擲弾筒を持って這いつくばりながら僅かに身を乗り出した。
途端、おそらく歩兵銃改造と思われる狙撃銃の銃撃が木村の周りに着弾する。だが木村は臆さない。
擲弾筒の底部を地面に立てて角度を調節し、安全栓を抜いて九三式発煙弾を砲口に放り込む。
いつものように祈るように首にかけた十字架に口づけし、引き金に手を掛けた。

「行きますよ、煙幕はそう長くありませんからね。神の御加護を。」

「解ってるさ神父様・・・・・・・2番隊、支援射撃用意!!」

砲弾の着弾跡や木の陰、戦車の残骸などに隠れていた兵が擲弾筒や小銃、機関銃の銃口を覗かせる。

「撃て!」

木村は引き金を引いて擲弾筒を放った。次いで、味方の擲弾が放たれる。
同時に十一年式軽機関銃と三八式歩兵銃が6.5ミリ小銃弾の雨を浴びせかける。
すると陣地の方から複数の悲鳴が煙幕の中から響いた、どうやらまぐれ当たりが出たらしい。

「一番隊突撃!!」

俺達は破壊された戦車の陰から抜け出して駆けた。
部下の四里川武雄一等兵、馗玉和馬一等兵、そして木村義孝二等兵が続く。
敵の銃撃がとんでくるが煙幕に邪魔されて狙いが逸れる。
破れかぶれの銃撃など恐れるに足らず、とは言うがそう言う訳でもない。
飛んでくる銃弾の音だけでも精神力を削る、何より当たる時は流れ弾でも当たる。

「がっ!?」

「木村!」

まぐれあたりか、木村が腹に弾丸をもらった。木村はもんどりうって地面に倒れるとそのまま動かなくなった。
他にも一人、また一人と撃たれて倒れていく。俺達は木村達を置いて走り続ける。
やがて煙幕が晴れる、俺は煙幕が晴れる前に目標の高射砲陣地になだれ込んだ。
中国兵が目を剥いてこちらに拳銃や小銃を向けてくる。
だが遅い、馗玉と俺の三八式、四里川のトンプソンM1921短機関銃が銃声と共に中国兵をなぎ倒した。
銃弾が体を抉り、血飛沫はそこらじゅうから噴き出して陣地を赤黒く染めていく。
土煙が晴れてきた、さらに多くの銃弾の雨が地面を抉り始める。
俺たちは陣地に飛びこみ、血まみれになりながら応戦する生き残りと面向かって対峙した。
俺は小銃を突き出し、銃剣を敵に突き刺した。それに馗玉も四里川が、追いついてきた味方が続く。

「「うぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

銃剣が煌めき、罵声と怒声がとどろき、銃声が木霊する。しくじった、どうやら当たりくじは外れくじだったらしい。
スコップが頭上を突き抜ける、気が付けば目の前に中国兵が飛び出してきていた。
俺は左手で地面に落ちていた臓器をそいつの顔面に投げつける。
その時、中国兵が突然の銃声と共に蜂の巣になった。四里川だ。

「良く狙って撃てよ、行け行け行け!!」

「わっかりましたぁぁ!!」

四里川は引き金を引きながらまた乱戦の中に突っ込んで行く。入れ替わるように、中国兵が突っ込んできた。
中国兵が振りかぶる小銃を、俺はそれを拾ったスコップを構えて答える。

「模子!」

「遅い!!」

振り下ろされる小銃を避け、スコップで手首ごと斬り飛ばす。敵兵は絶叫し、うずくまって動かなくなる。
それに代わるように飛び込んでくる砲兵らしき敵の振り回す木材を軽くいなし、返す刀で首を叩き斬る。
千切れた首から血が噴き出し飛沫が服を血に染めた。生温かい、鉄臭い。

「よぉ、なかなかやるじゃねぇか。」

「そいつはどうも。」

俺は真田に軽く返しながらスコップをやり投げのように投げる、スコップは隙を見て真田に襲いかかってきた中国兵の胸に刺さって背中まで貫いた。
反撃など無いと思ったのか好機だと思ったのか、そいつの目は驚愕に満ちていた。
バカが、ここは戦場だ、周囲の警戒を怠る訳ないだろうに。

「ふっ!」

木材で殴りかかってくる中国兵の目に銃剣を突き入れる。
脇から飛びかかってきた奴を引き抜きざまに銃床で殴りつけ、軽く後ろにたたらを踏みながら首の骨を叩き折る。
その時、突然背筋が寒くなるような悪寒を感じた。どこからかブォンブォンドシャドシャと何かを振りまわす音と肉が砕け散る音が近づいてくる。

「ってあぶねぇ!?」

十一年式が後ろから飛んできて敵の頭をぶち抜いた。こんなことする奴は・・・・

「稗田、またお前か!!」

「わりぃわりぃ!っとぉ!!」

「どぁぁぁぁ!!こ、殺す気か!!?」

中国兵をちぎっては投げちぎっては投げするひげ面巨漢の大男、稗田はがははと笑う。
だから周り見て振り回せってんだろが!!頭がパーンって吹っ飛ぶ威力なんてもらいたくねぇぞ!!

「もうあっちいけ!!」

「ぷげっ!?」

俺は暴れる稗田の背中を思い切り蹴飛ばした。すると、背中にドンと誰かの背が当たる。
振り向くとそこにいたのはまた四里川だった。

「隊長!背中をお願いします!!」

「周りに気をつけろ、暴れ牛が大暴れしてるからな!!」

俺は地面に転がっていたホッパー式弾倉のもげた十一年式軽機関銃を拾って適当な奴の頭に投げつけ、拳銃を拾って乱射。

「稗田曹長ですか!?銃壊すの何度目ですあの人!もう銃回してくれませんよ。」

「知るか!!」

代わる代わる敵を撃ち、突き、殴り、斬り殺す。さっきと同じ乱戦だ。
ただ違うのは、大暴れして中国兵をちぎっては投げしてる大男が居ることくらい。
地に伏す屍を踏みつけ、時に壁にして、振り回して敵を血肉へと変えていく。

「最後です!」

軽い一連射と共に中国兵が痙攣してばたりと倒れる。気が付けば、回りは中国兵の死体だらけだった。
乱戦で浴びた血が体を伝っていくのが改めて感じられる。やれやれ、これは買い替えなくちゃだめな。軍服は高いんだが・・・

「パップのエンジンが・・・」

「隊長・・・」

「・・・なんでもない。陣地確保!第4小隊集結!!もたもたするな!!」

弾切れの拳銃を適当に投げ捨てる、俺の言葉に周りで応戦していた味方が周辺に集まって布陣した。
途端、生きて陣地から逃げだした奴らの一斉斉射がやってきた。遮蔽に身をかがめてその射線から逃れる。
土ぼこりがパラパラ振ってくる、それを振り払いながら四里川は毒ついた。

「くそ、第3小隊の奴ら大丈夫かな。なぁ、馗玉。」

「俺は第5小隊の方が心配だぜ。右翼には確か重機関銃が5丁あったはずだ。」

「本当かよ、長谷川死んで無いだろうな?まだ金を返して貰ってねぇ。」

「もしかしてお前もあいつのつけがあるってか?俺もだぜ。」

「ほう、もしや俺たち全員貸しもちか?」

「へ?もしや曹長も?」

「あぁ、あいつにはまだ負け分もらってない。」

「あんにゃろう、ここで死にやがったら地獄の果てまで追い掛けて金を返してもらうぞ!!」

四里川、それだと長谷川死んでるような感じだぞ。
敵の撃つ銃弾が土嚢を叩く。嫌な音だ、いつ抜かれるか解ったもんじゃない。

「・・・・このままじゃ俺たちも仏になっちまいそうですね。」

「め、滅多なこと言うんじゃねぇよ!」

馗玉の言葉に四里川が若干震えた声で答える。恐怖がぶり返したか、無理もない。俺たちはまた戦友を失った。
一つ間違えて撃ち抜かれるか、運が悪くて撃ち抜かれるか、それともあの一発が自分に当たったか、戦場ではいつ死ぬか解らない。
既に隊長も死に、木村も死んで、今も死人があふれている。死体があふれて、俺たちを睨んでいる。
まったくふざけてるな、俺は小さく笑いながら三八式に殺すための弾を補充する。
すると、敵弾をかいくぐって兵士が俺たちの土嚢に飛び込んできた。

「第5小隊、到着しました。これより、曹長の指揮下に入ります!」

んだとぅ!?小隊長はどうした!

「小隊長はどうした?」

「樫葉大尉は戦死なされました。」

まさか重機に餌食になったのか・・・・

「第3小隊到着しました!これより第4小隊の指揮下に入ります!!」

「っていつの間にいた!?隊長はどうした、隊長は!!」

「はっ、先ほど中国軍の別働隊と思われる部隊との戦闘の際、戦死なされました!」

死に過ぎだろ!何やったんだ隊長殿は!!指揮官全滅ってあり得ないだろうが!!
中尉とか少尉は?・・・回ってくる以上死んでんだろうな。もしくはわざと回したか。

「別働隊ってことは、俺たちは袋のねずみか?兵力は?」

「軽機関銃4丁、および機関短銃を装備したおよそ2個分隊、おそらく敗残部隊かと。お願いです、指示を!」

3個小隊なんて部隊指揮したこと無いんだが・・・えぇい、やるしかないな!

「第3小隊は左翼、第5小隊は右翼の壕に展開、防衛線を構築。
小銃分隊は土嚢を盾にして敵の進行を食い止めろ、擲弾筒隊は遠距離の敵を狙い連続射撃。
徹底的に攻撃しろ、絶対に敵を通すな。」

「了解!」

「第2・第3分隊に伝令、背後に敵の別働隊あり。早急にこれを撃滅せよ。お前、行け!」

「了解!」

銃声の量が多くなる、これなら化け物でも手を焼くだろう。少しは持ちこたえられるか。

「伝令!司令部に通達!!
我、目標陣地を確保せるも被害甚大、敵中にて孤立。第3、第4、第5小隊指揮官戦死、至急支援を願いたし。
なお、前方より敵部隊多数接近中、空爆支援を要請する、以上だ!!」

「了解!!」

若い伝令が後方の通信隊に向かって走り去る。しばらくすれば、支援が来るはずだ。航空機ならあっという間だ。

「畜生、敵は相変わらず元気ですね。奴らに限界は無いんでしょうか?」

四里川がトンプソンM1921短機関銃の弾倉を取り替えながら愚痴る。

「蟻みたいにワラワラと出てきやがって、こっちの身にもなれってんだ。」

「しょうがないだろう、奴らも奴らでやるべきことやってんだ。」

「やるべき事がこれですか、まったく軍人は辛いですねぇ!!」

「俺なんて来週除隊だってのについてねぇよ・・・」

馗玉が三八式歩兵銃を抱えてため息をつく。そう言えばこいつ除隊するんだったな。

「確か、実家の雑貨屋継ぐんだっけか?」

「カミサンが煩いんですよ、まともな仕事についてくれって。もう3年兵ですし、良い機会かなって思いましてね。」

馗玉は少々疲れたように微笑む、こいつも同じような口か。・・・・まぁしょうがないけどな。

「まぁ、諦めろ。」

「・・・・曹長、そこって慰める所じゃないですか?」

「はは、生憎慰められる言葉は今持ち合わせてないんでなぁ。
それとも何か?必ず生きて帰らせてやるとでも言ってほしいか?」

「出来ないですか?」

「してもいいが、死んでも恨むなよ。こいつを見てくれ、何だと思う?」

俺は首にかけている飾り気のない銀色の懐中時計と焦げた認識票、近所の神社のお守りを見せる。

「認識票とお守り、ですか?」

「それとこの時計だ。」

「隊長、まさかこれがお守りだとか言うんじゃないでしょうね?」

「文字通り、これを持っていれば必ず帰ってこれるんだが・・・・駄目か?」

見せると馗玉の表情がどんどん消えていった。な、なんだ?

「もう嫌・・・だいたい、あんたはどこでも必ず帰ってくるでしょう!!」

な!?

「嫌と言ったか貴様!それにこいつはなぁ――――」

「大体乗ってた輸送機がおちたその翌日になんでけろっと酒場で酒煽ってて言いますかそれ!!」

「喋ってないで撃ったらどうですか!?曹長も馗玉も!!」

いかんな、忘れてた。俺と馗玉は一端目を合わせてから三八式歩兵銃を撃つ。
遊底を引いて排莢、戻して引き金を引く。また引いて、戻して引く。

「ありゃ、弾切れだ!」

すぐに土嚢の裏に身を隠して弾薬納に手をやる・・・あれ?

「こっちか?」

左に無い、右にも・・ない。後ろのも、無い。

「・・・・まずい撃ち切った。」

「うっそ!?俺のもまずいっ!!」

俺の横に座って馗玉は弾の無い三八式を手に顔を青くして何度も弾薬納を漁って数を確かめている。・・・どっかに落ちてないかな?

「お、モシン・ナガンじゃないか。」

近くに転がっていた中国軍の死体が握っていたのを死体からもぎ取る。
予備は・・・おぉ死体の背嚢と雑納にたっぷり。とりあえずそこらへんのも持ってくか。
おっ!?こいつぁ死体には高すぎるな、貰っとこう。あとこれと、こいつもか、よし戻ろう。

「まずっ、俺も撃ち切った!」

「そんな君にこれ。」

同じように撃ち切った馗玉に拾ったチェッコ機銃{ブルーノZB26軽機関銃}を予備弾倉付きで渡す。
さっきの陣地の奴と同じものだ、死体が握っていた。

「畜生!俺だけ重い軽機かよ!!」

「ズベコベ言わずに撃てっての!俺のも弾が無くなりかけてんだ!!」

「そう言う君にはこれ。」

さっき拾ったトンプソン用20連弾倉が詰まった小型弾薬箱を足元に置く。

「・・・・だぁから曹長、なんでそんなホイホイ弾と武器が出てくるんすか?」

「そこら辺から拾ってきた。」

「あんたって人は・・・・」

トンプソンの弾倉を手に取った四里川に俺は葉巻をぷか~と吹かす。
・・・中国野郎、良いもん吸ってんじゃないか。

「お前達も吸うか?こりゃ高級品だ。」

「いいです、煙草は静かに味わう派なので。」

「温室育ちめ、俺はもらいます。吸える時に吸わなきゃ吸えなくなりますからね、畑ってのは。」

断る四里川を押しのけて馗玉が撃ちまくる俺の胸ポケットから葉巻を一本持っていく。
手早くマッチで火をつけると、大きく吸った。

「ほへ~~、確かに良いもんですね。」

「だろう?妬ましい。」

「妬ましいですね、本当に・・・・」

・・・・・馗玉の目怖い。

「よし撃て、なら撃て、そのやり場のない妬ましさをぶちまけろ。」

「内臓をぶちまけろぉぉぉぉ!!」

馗玉が目に炎を宿して軽機関銃を撃ちまくる。俺と四里川もとにかく撃ちまくった。
数が少ないことに付け込もうとした中国軍がバタバタと将棋倒しのように倒れて行く。どうやらここを取り戻す気らしい。

「まずいですね、こっちはたった3個小隊ですよ。味方は何やってんだ?」

「泥に足取られてるんじゃないか。」

確か足場が悪い所があったはずだ。そこで俺たちは迫撃砲を目いっぱい喰らったから・・・・酷いことになってそうだな。
そうこうしているうちに敵の一波を俺たちはしのいだ。銃撃戦が止んで、しばらく静かな時間になる。
戦車より歩兵の方が早いってか、と毒ついていると味方の一人が死に物狂いで駆け込んできた。

「斎賀曹長、第3小隊のほとんどが弾を撃ち切りました!後退します!!」

「今から逃げても追いつかれるだけだぜ、そこらへんの武器をかき集めて使え。」

「そんな無茶な!」

「無茶は承知の上だ、敵は待ってなんかくれないぞ、今の内に使えるものをかき集めろ!!
四里川、何人か連れて地下確認して来い。もしかしたら地下に武器があるかも知れんぞ。」

言うと伝令はまた突っ走って別の土嚢裏に駆けこむ。
俺も四里川に声をかけてから土嚢の裏から出て近くにある武器弾薬を片端からかき集めた
少しして数人の兵が土嚢を飛び出して落ちている武器弾薬を片端から集め始めた。
殿の敵が撃つ弾丸が散発的に土をはじけさせる。どうやら遠距離射撃をしているようだ。
だが専門の狙撃兵ではなく、普通の歩兵が小銃の照尺を使って撃ってきているのだろう。
これは威嚇にしかならない。弾が風に流され過ぎている。当たることはまずないだろう。
かき集めるだけ集めると俺たちは血まみれの武器を背負って土嚢の裏に戻った。
四里川も武器をめいっぱい担いで戻ってきた、地下には少しばかり武器が残っていたらしい。

「多少はあったか?」

「えぇ、少なくとも半日分は。」

「なるほど、さっさと配分させよう。いつまた来るかわからん・・・って。」

遠くから雄たけびが上がる、それと共に中国兵の突撃が再開された。しかも今度は数が多い。
畜生早い、まだ武器がいきわたってないぞ。

「来たぞ、撃って撃って撃ちまくれ!!あいつらこの陣地の攻め方を良く知ってるぞ。」

「了解!!」

「ヒャッハァァァ!中国兵は蜂の巣だァァァ!!」

短機関銃1丁、軽機関銃1丁、小銃1丁の弾幕射撃に真正面から突っ込んでくる中国兵がバタバタとなぎ倒される。
だが一人のせいでとんでもなく味方の目線が痛い。
・・・この煙草阿片じゃないよな?

「おっと。」

モシン・ナガンで狙ってきた狙撃兵を逆に撃ち倒す。

「やっふぅぅぅぅ!!」

「あ~馗玉が物凄い興奮してるとこ悪いんですけど曹長、なんかまずい事になってる・・・」

「ああ、解ってるよ。お~い、新しい煙管買ってやるから落ち着け~~」

「うぉぉぉぉぉ!来いよォォ!!曹長がくれた機関銃に撃たれたい奴は前に出ろォォォ!!」

「・・・・駄目だこりゃ、もうほっとけ。」

匙を投げた俺は少し土嚢から頭を出して双眼鏡でのぞき見る。そこには居るわ居るわ、中国兵の大群だ。

「中国軍の野郎、やっぱり人海戦術で押しつぶす気だ。」

「こりゃいくら撃ちまくっても勝ち目ないですね。」

物量は無尽蔵だからな。

「そこの高射砲を使えないか?水平射撃でなぎ倒せるぞ。」

「無茶言わないでくださいよ。俺は使った事ありませんし、さっきの戦闘でどこかいかれちまったみたいです。」

「そんなの関係ねぇ!」

「関係大有りだ馬鹿野郎!」

おお痛い、鉄帽越しに思いっきり銃床でぶん殴られたぞ。
・・・これホントに阿片じゃないよな?吸ってる俺は問題ないんだが。

「弾さえあれば曹長が使ってくれるんだよ!」

・・・使えるけどさ~

「どちらにしろもう作戦甲はダメですね、もう前には進めそうにありません。作戦乙で行きましょう。曹長、作戦乙は?」

「あ?ねぇよんなもん。」

「ないんですか・・・」

元より作戦成功が前提の戦いだ、あの馬鹿の所為でな。出来ればさっさと逃げたい、この戦いは不利だ。
だがこの高射砲陣地は落とさなけりゃ面倒な位置にあるのも確か、まったく辛いね。

「ああ、物凄い量の足音が聞こえてきますよ。」

「こっちはしっかり見えてるよ。」

「見ろ!人がゴミのようだ!!」

馗玉の言う通り、まるで人がゴミのようだ。違うのはこいつらがみんな生きてるってことだけ。

「どうするんです、逃げ場ないっぽいですよ。後ろは開けましたが進撃が早い。」

これ以上は正直厳しい、ここで引いても戦略的撤退だ。しかし、引けん。
なぜなら今、司令部から連絡が来たからだ。もっとも、無視して引いても追いつかれるだろうが。

「そんなお前に良い知らせだ、増援と空爆が来るぞ。」

「本当ですか!?」

「ただし、それまで持ちこたえろとのご命令付きだがな。」

喜びの一杯の四里川の表情が一転して渋くなる。正直それも勘弁願いたいんだろう。
だがここで逃げたら後でどんな処分が来るかわからない。
こっちはともかく、あの陸軍から来たあの参謀様は勝ち負けのうるさいらしいからな。きっと頭の中は出世の事でいっぱいだろう。
ここで撤退したら絶対に抗議してくる。下手すれば陸軍との溝が余計深まっちまうな。

「どうするんです?」

どうするって・・・・

「ここを死守するぞ。敵の攻撃をなんとしてでも凌ぐんだ。」

「やっぱそうなりますよね、あいつらの命を無駄にしたくないですし。」

俺たちは撃ちまくった。突撃してくる敵を撃ちまくった。ただひたすらに撃ちまくった。
引き金を引き続けて、弾が切れたら弾倉を取り替え、ただひたすらに引き金を引き続けた。
叫びながら、俺たちは迫ってくる敵をなぎ倒し続けた。
味方も撃ち、敵も撃つ、敵を殺す、味方がやられる、敵が怒る、味方が怒る。
俺たちは撃ち続けた、引き金を引き続けた、敵を殺し続けた。
バタバタと死体が山積みになっていく、その上を中国兵や戦車が乗り越える。
土嚢の上に味方が突っ伏す、内臓を、脳みそを、血液を雨のように降らせ陣地を作る土嚢が赤く染まっていく。
その上にまた中国兵、日本兵が折り重なって死んでいく。陣地の周りはいつの間にか血の泥沼に変わっていった。

「陸攻だ!空爆が来たぞ!!」

味方も多くやられたころ、上空に九六式陸攻と戦闘機の編隊が現れて爆弾をばら撒いた。
中国軍のド真ん中に陸攻が積んできた60キロ爆弾が雨あられと降り注ぐ。
連続する爆発と中国兵の悲鳴、爆発するたびに敵は木っ端みじんに吹っ飛ばされた。
さらに僅かな護衛の九六式艦上戦闘機が降下してきて、残りの敵に機銃掃射を掛けて行く。
俺たちと対峙していた中国兵は色めきたった、空爆で部隊がやられたことに動揺したのだ。

「良いぞ!もっとやっちまえ!!」

味方がなぎ倒されて行く中国兵を見ながらはしゃぐように雄たけびを上げる。
これで終わる、そう思って爆撃を終えた航空隊に手を振った。これほどの痛撃を受けてはここの奪還は不可能のはず。
だが、現実はそう簡単にはいかなかった。いつものことだが。

「曹長!前方に敵戦車1!!」

中国兵の死体を掻きわけるようにして空爆で破壊されたはずのBT戦車が迫ってきた。
見るだけでも痛々しい、キャタピラは外れかけ、装甲も焦げて凹んでいて前部機銃座の所は穴があいてめくれあがっている。
歩兵も随伴していない、もはや動いているだけで精一杯のように見えた。
だが戦車は戦車としての機能を果たしていた。凹んで変形した砲塔から延びる主砲が唸り、榴弾が味方を跡形もなく吹っ飛ばした。
・・・・あぁ、今度は味方が血肉の雨になる。

「バカな、撃てるのか!あんな状態で!?」

「対戦車砲はどうした!?九七式でぶち抜け!早くッ!!」

「だめだ!さっきの戦闘でどこかイカレたんだ、うごかねぇ!!」

「火炎瓶!火炎瓶で燃やしちまえ!!」

「もうねぇよ!」

周りから狼狽の声が上がる。まずい、さっさと破壊しなければこちらがやられてしまう。

「慌てるな!それでは奴らの思うつぼだぞ。ヤツは手負いだ、近接すればこちらのモノだ!!」

俺は叫んだ。奴に機銃はない、拳銃口もあらかた潰れているだろう。
砲塔もアレだけ歪んでしまえば基盤も歪んで旋回できない、ハッチすらも開かないはずだ。
・・・ははっ、考えれば考えるほど中の人間がどうなってるのか想像したくないな。

「馗玉、手榴弾をくれ!!」

俺は手を差し出す。手持ちの手榴弾は使い切った。戦車が迫る、キャタピラの音が聞こえる。

「手榴弾を!!」

俺は手を突き出した。何も無い天井に向かって。




第6話『平和な日々。』




「・・・あれ?」

斎賀洞爺は何もない空中に手を差し出しながら気の抜けた声を出した。ここはどこだろうか?
さっきまで戦場に居たはずで、部下に手榴弾を要求していたはずだったのだが、
縁側でなぜか何も無い天井に左手を突き出し、右手に九九式を抱いていると言う実に奇妙な格好になっていた。
朝日に目がくらむ、おかげで思考が冴えてくる。目を軽くこすりながら上半身を起こした。

{しまった、居眠りか。}

昨晩の不審者への警戒のために歩哨に立っていたつもりだったが、座っていた時にいつの間にか眠ってしまったらしい。
戦場から帰ってきてたった1月とはいえ、少々の戦闘の後の不寝番で居眠りするとは体が鈍っているようだ。
体はあまり異常無くいつも通り無駄に良い反応をするが、胸の奥がなぜか熱っぽく少々頭痛がする。

「鈍ったな。しかし、居眠りとはいえ懐かしい夢を見たな・・・」

あの戦いは最後に助けにきてくれた稗田が戦車を吹っ飛ばして終わったのだ、歓声とそれを上回る驚愕は今でも忘れられない。
くぁ~~と呑気に欠伸し、洞爺は大きくため息をついた。やはりというべきか体が小さい、九九式が無駄にデカい。
昔の身体ならば・・と考えて、なおさらげっそりした洞爺は緩慢に立ち上がって軽く背伸びをしながら縁側へ歩く。
すると温もりと共に朝日が柔らかい日差しを当ててくる。朝日は変わらない、今も昔も変わらない。
そう、まるで『いつもの日常』がこれから始まるかのように。

「あ~~・・・夢じゃねぇ。」

洞爺は自嘲気味に笑う。何も聞こえないからだ、今まで聞き慣れた物が何もかも、彼の周りから消え去っていた。
訓練場から響く銃声も、野戦砲が叩きだす砲撃音も、上空を行く零戦や隼のエンジン音も、
戦車のキャタピラも、海の駆逐艦も、トラックのエンジンも、戦友の喋り声も・・・聞き慣れたものが何もかも。
耳慣れた喧騒はもう聞こえない、あるのは朝日と朝の静かで平和な世界の朝。
だが、自分の生きる世界の象徴である音は無い。

「本当に、俺はまだ生きてるんだな。」

洞爺はやや自嘲気味に呟いてゆっくりと立ち上がった。朝と言えばやることはただ一つだ。

「飯を作るか。」

腹が減っては戦は出来ぬ、その言葉はそのまんまの意味で取って構わない。実際それで何回死にかけたことか。
しかも今回の相手は非常識の存在を相手に取った戦争だ、万全の備えをしておかなければならない。

{二人もいるから粗末なもんは作れんな。}

朝食を待つ家族がもう一人と客人が一人いる。飯の前に二人の様子を見に行く。
最初に客間を覗くと、枕元に魔術書を置いたままジャージ姿のすずかはまだ眠っていた。
良い夢でも見ているのだろう、寝返りをうつ彼女の表情は子供らしくとても純粋で幸せそうだ。
いくら普段とても子供とは思えない言動をしているとはいえ、やはりまだ子供という事だろう。

{しかし本当に一泊してしまったな。あいつの孫だし、一日二日泊めることなど別に何でもないのだが。}

今さらながら、本当に一泊してしまって大丈夫なのだろうか?学校で変なうわさをたてられたりしたら目にも当てられない。
そんなアホなと笑い飛ばせる程度ならいいが、子供というのは良い意味でも悪い意味でも純粋であり排他的でもあるのだ。
周りの子供は子供らしくありつつも無駄に精神年齢が高いのが多い、しかもかなりノリのいい連中ばかりである。

{もし立てられたら・・・・最悪、責任を取れ?}

脳裏に浮かぶ結婚式、成長したクラスメートにはやし立てられながら教会の前に立つ自分と彼女、思い浮かんだ瞬間寒気がした。
なんという恐ろしい想像だ、29歳年下の女性と結婚などおぞましいことこの上ない。
それこそショットガンウェディングでも絶対にしたくない。それなら自分から背中の銃口を口に含もう、俺はロリコンではない。
大体この身の上で結婚という事自体がタブーのようなものである。しかも相手は友人の孫娘だ。

{朝から恐ろしい想像をしてしまった。}

悪夢の光景を脳内から何とか叩きだしながら、次は自室へと足を向ける。
覗きこむと、布団の中でうつ伏せになって眠る久遠の姿があった。
寝かせるときは仰向けにしたのだが、どうやら寝返りをしてうつ伏せになったようだ。
すぴ~すぴ~という可愛らしい寝息に時たまジュルジュルと唾を啜る音が混じる、枕はきっと唾で湿っているだろう。

{あぁ、モフモフもいいがこっちもいい。後で月村に戸籍の用意を頼もう、あと幼稚園を探さんとな。}

まだぐっすりと眠っている久遠になごみながら台所に行って朝食の準備に取り掛かった。
冷蔵庫にはぎっしりとは言わないまでも食いぶちが一人や二人増えてもまったく平気な量の食材が、

「あれ?」

詰まって無かった。あるにはあるが、記憶にある量の半分しかない。
それでも全く問題は無いのだが何故半分しかないのだろう、記憶違いだろうか?

「あれ、あれぇ~~?もしや食品が神隠し?」

俺じゃなくて良かった、などと笑いとばしつつ一つジュース缶を取り出すと冷凍庫を閉めた。きっと記憶違いだろう、そうに違いない。

「あ~さ~~だ~夜明けだ~~♪潮の息吹~~♪・・・・うめぇなこれ。」

鼻歌を歌いながら、冷蔵庫から取り出したグレープフルーツジュースを飲みつつフライパンを手に取る。
変に開きかけていた戸棚を思いっきり蹴って閉めると、洞爺はフライパンをコンロに乗せた。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




狐の妖怪、妖狐の久遠は雀の鳴き声と朝日の日差しそしてどこからか漂ういいにおいに目が覚ました。
それは嗅いだ事のあるいい匂いで、朝の空腹をいつも刺激してくれる匂い。
朝ごはんだ、そう思うと残っていた眠気が急に冷めて気分が一気に明るくなる。
こうしてはいられない、早く居間に行かないと家族である彼に怒られてしまう。
久遠は自分に掛けられた布団を押しのけて立ち上がった。その時、自分の目線が高いことに気がついた。

{あ・・・きのう、とうやにばれちゃったんだ・・・}

体を見れば、いつもの狐の姿ではなく人型で普通の人と違うのは狐耳としっぽ。
その時、昨日の記憶が脳内にフラッシュバックした。
突然ばれてしまった自分の正体、一人の生活がまた始まるのではないかと思った恐怖。
それを否定してくれた彼と、その時のどこか曖昧だが暖かく優しい微笑み。
その笑みに我慢できなくなって泣きついてしまった自分、おそらく泣きついたときに元に戻ってしまったのだろう。
彼は、自分を恐れたりしないだろうか?久遠は緊張しながらいつもの通りに居間に向かった。

「とうやぁ・・・」

居間を覗くと、そこには誰もいなかった。だが人の気配はした。台所に視線を向けると、そこに洞爺の背中はあった。
いつもの服にエプロンをつけ、傍らに料理の手順が書かれた本を置きやや手なれた感じで料理をしている背中。
味噌汁の匂いや焼き魚の香ばしい匂い、まな板を包丁が叩くトントントンという音。

「―――火のような錬摩~~♪行くぞ~~、日の丸~♪日本~の~船だ~~、海~の男は艦隊勤務♪」

そして小さな鼻歌。変な歌だが、洞爺はよく歌っている。
自分もあの歌は好きだ。聞いていると気分が乗ってくるし、うたっていると洞爺も楽しそうだから。
歌う洞爺は鍋をかきまぜつつフライパンに気を配り小鉢に漬物を載せていく。
そのいつもの光景に、久遠は見入ってしまった。

「月月火水木金金♪・・・ん?」

洞爺はこちらの目線に気づくと台所の手前でおずおずと覗き見る久遠に手招きした。
その手招きに、久遠は内心怯えながら台所に入った。

「おはよう久遠、よく眠れたか?」

洞爺はいつもの笑顔で言った。いつもの、優しい温もりに満ちた表情で。

「待ってろよ。もう少しでできるからな。」

「あ・・・」

いつもと変わらない反応、温かい洞爺の言葉。洞爺の笑顔。昨日と変わらぬ洞爺がここにいた。
久遠はその感動に身を震わせる。なにも変わらない温かい空間。自分がどれだけ待ち望んでいたか、どれだけ渇望していたか。
夢なのではないだろうか?ただの優しい夢で、目が覚めたらまたあの洞窟で寝ているだけなのではないだろうか。
そう考えると途端に怖くなる、これが夢であってほしくない。

「どうしたんだ久遠、腹でも痛いのか?」

心配そうに問いかけられてやっと我に帰った。これは現実だ、まちがいない。なぜなら、こんなにも暖かいのだ。

「とうや~~~~」

「うぉ・・・いきなり抱きつくな。」

久遠は洞爺に走り寄って抱きつき頬ずりした。この温もりが欲しかった、この優しさが欲しかった。
そしていつものように頬をぺろぺろと舐めようとして洞爺に待ったをかけられた。

「もう少し待っていなさい、朝ごはんもう少しでできるから。」

「わかった。くおん待ってる!」

元気に返事をした久遠に洞爺は笑顔で頭を撫でた。

「くぅ~~~~~~」

なでられる気持ち良さのあまりそのまま唸る。
洞爺はほほえましく笑って久遠を居間のちゃぶ台の前の座布団に座らせ、台所に戻っていく。
久遠は洞爺が台所に戻るのを見送った。いつもとは違う朝見たいでなんか新鮮だ。
数分後、久遠の前にはいつもの容器では無く洞爺と同じ純和風の朝食がしっかり並んでいた。

「すずかおねーちゃんは?」

「月村はまだ起きそうにない、待っていても冷めるし先に食べてしまおう。スプーンとフォークは使えるか?」

「うん!」

「よし。」

いつもとは違う朝食に目をキラキラさせながら首を横に振る久遠に洞爺はスプーンとフォークを差し出す。

「いただきま~~す。」

「いただきます。」

はむぅ、とスプーンで白米を頬張る。程よく炊けた白米は歯ごたえも良くとても美味しかった。
もぐもぐと良く噛んで飲み込み、今度はフォークに持ちかえて久遠はたくあんを頬張る。
米糠と塩に良い具合に漬かって甘みのあるたくあん漬けが口の中でコリコリと心地いい音を立てる。

「うまいか?」

「うん、おいしい!」

「そうか、それはよかった。」

もう一枚たくあんを頬張りながら久遠は元気に答えた。
朝食中、二人はいろいろな話をした。久遠について分かったところは人間の形態が本当の姿であるということ。
友達じゃないけどこのへんの妖怪や妖精なら少しは知ってると言う事。洞爺は全て聞くと納得したような表情をした。

「久遠、その妖怪の親玉みたいなやつは知ってるかい?」

「わかんない。ねぇとうやは、ほんとーにくおんのことこわくないの?」

「怖かったら一緒に朝食は食わんよ。一緒に暮らさんよ。それよりも怖い物がある。」

「なぁに?」

「榴弾砲と空爆。」

「りゅーだんほー?くーばく?」

たびたび同じことを洞爺に問いかける久遠に彼は普通に答える。
当然だろう?と返すと久遠は嬉しそうに笑う。

「じゃ~さ、とうやはふつーのにんげんなの?」

「ん、ああ、どうだろうな?おれは人間のつもりだが?」

洞爺は新聞を畳みつつ、久遠の疑問に少し考えながら返した。
体は人造の肉体だが基本的に『人間』なので間違ってはいないだろう。と、洞爺はみそ汁を飲みながら考えた。
なにしろ元は自分自身の細胞で、この身体はそれを元にして作ったらしいのだから。
だが久遠はどこか納得のいかないと言った感じで首をかしげる。

「く~~?でも、なんかへんだよ?なんかちがうようなきがする。」

「さりげなくひどいな・・・」

久遠が身を分けた鯵の開きの身を口に運びながら言った言葉に洞爺は顔をひきつらせた。
幼いとはいえ妖怪にお前人外だよ発言は案外きつかった。

「じゃあ、くおんはとうやとおなじまじゅつとかつかえるかな?」

「どうかな・・・・俺には分からん。」

「え~~?だってとうやってまほーつかいなんでしょ?すいっちひとつでドカーンって。」

「いや違うと言っとるだろうが。だいたいあれはただの爆破だ。」

「じゃぁ、じうは?あのバンバン!って言うの!!」

おそらく銃の事だ、重巡洋艦の倉庫に作った簡易射撃場で射撃訓練したときに覚えたのだろう。
洞爺はまるで新しいおもちゃを見つけたようなキラキラと輝く瞳の久遠の問いにあいまいに笑ってしまう。
その笑みを了承と取ったのか久遠はなおさら心を高鳴らせてしまった。

「あれならだれにでも使えるでしょ!くおんね、ましんがんうってみたい!!ずだだだだーーーーって。」

「無理だ。」

「え~~~~なんで~~~とうやできるでしょ~~~」

これはまずいと洞爺は久遠の言葉を一刀両断、久遠は不満そうな表情をして頬を膨らませる。
無理なものは無理だ、小型拳銃なら大丈夫かもしれないがいきなり機関銃と来た。
大方自分が九九式軽機関銃を弄ってた時に覚えたのだろうが、はっきり言って無理である。
自分でも最初は勝手の違いに苦労したのだ。第一そんなモノを四歳児に撃たせる訳がない。

「ぶーぶー、やらせてよーやらせてくれないとゆうかいとふほうにゅうこくとじんけんしんがいとこうむしっこうぼうがいでたいほしてもらうぞー」

「喚くな、意味解って言ってるのか、途中からいろいろ滅茶苦茶だぞこの子狐娘。
銃ってのは危ないものなんだからお前にはまだ早い、跡形もなく吹っ飛びたいのか?
あれだけ言ったのに結局九七式勝手に弄ってピン抜いて大騒ぎしたよなお前?あの威力知ってるよな、見たことあるよな?
信管を叩かなかったからよかったものの咥えて振り回してた時は心臓止まるかと思ったぞ。」

うっ、と久遠はギクリと身を引く。

「とにかくお前に銃は一〇〇年早い。まぁ魔術は出来るかも知れんがな・・・・そういや、あれって誰にでもあるのか?」

洞爺はふと疑問に思った事がつい口に出た。久遠が頭をかしげる。

「まぁいい、妖怪には妖術ってのもあるし。それなら練習してよし、ただしやる時は必ず俺に言う事。勝手にやるなよ。」

「やった~~!」

「・・・・・本当はこれだって駄目なんだからな~~」

久遠が喜ぶのを洞爺は白米を食いながら見つめた。久遠の口元に納豆が付いているのを発見。
洞爺はティッシュで納豆を取ってやる。久遠は幼い顔で笑ったのを見て洞爺にも笑みが浮かぶ。
洞爺はたくあんに再び手を伸ばした。

「む・・・」

「あ・・・」

最後の一個を前に箸とフォークが交わる。双方の目線が合った。
久遠は再びたくあんをちらりと見る。

「食べていいぞ久遠。」

「やった!」

洞爺は箸を引き久遠にたくあんを譲った。即刻、久遠がたくあんを口に運ぶ。
それをおいしそうに食べる久遠に洞爺は顔がほころんだ。

「今日は買い物に行かないとな。」

「お買い物行くの!!」

「ああ、お前の服とかも用意せねばいかんし、女の子は少しおめかししないとな。」

「うん、行く行く!」

やったーー!と大喜びする久遠に、洞爺は優しく微笑みながら笑った。

「食べ終わったら準備して来い、ちゃんと耳としっぽは隠す事。」

「うん。とうや!とうや!」

「なんだ?」

「ありがと!」

その時の久遠の笑顔に、洞爺は嬉しそうに笑って頷いた。
そんな和やかな時間が再び過ぎ、やがて二人のおかずが半分ほどになった頃、襖ががらりと開いてすずかが居間に入ってきた。
どうやら朝に弱いらしい、しきりに欠伸をしてうつらうつらとしている。

「斎賀君、久遠ちゃん、おはよう。」

「あ、おはよ!すずかおねーちゃん!」

「おはよう月村、朝ごはん出来てるぞ。」

「ん、いただきま~す。」

さらに寝起きの一人を加えて、和やかな朝食にもう一つ花が咲いた。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





そんな斎賀家が清々しい?朝を迎えていたのと同じころ。
朝日の光は、あたり前のように高町なのはの自室も明るく照らし出していた。
その朝日の中で、一匹のフェレット改め異世界産フェレットが目を覚ます。
そのフェレットの名はユーノ・スクライア、人間のような一丁前な名前を持った異世界産フェレットであった。

「なのは・・なのは!」

目が覚めたユーノがいまだに眠るなのはを起こすためにベットに上った。
小さな体をめいいっぱい使ってなのはを起こそうと悪戦苦闘するが、当のなのははそうとう寝起きが悪いのである。

「なのは、朝だよ。そろそろ起きなきゃ。」

「む~・・・今日は日曜日だし、もうちょっとお寝坊させて~~~・・・」

ユーノの催促になのははそう答えて起きようとしない。後五分と言って一時間寝ちゃうタイプなのだ。
しかしここで引いては男、いや雄がすたるというもの、ユーノはなのはをさらに揺する。

「なのは・・・ねぇ、なのは!起きなきゃ・・ねぇ~~・・なのうぉわ!?」

うるさいユーノを押しのけながらなのはは寝返りを打って仰向けになる。
ユーノは哀れにも布団の下敷きになってしまった。もがもがともがくユーノはやがてひっそりと動かなくなる。
そんなことは気にせず、なのはは何かを思い出したように首に掛けてあるインテリジェントデバイス『レイジングハート』を取り出した。

「cofirmation」

レイジングハートの声とともに今まで集めたジュエルシードが映し出された。
ジュエルシードの数は5つ、円をえがいて回転する。
それを見て満足するのだが、ため息が出てしまう。まだこれだけなのだ。
すると、蘇生したユーノが布団からようやく抜け出してなのはに話しかけた。

「なのは、今日はとりあえずゆっくり休んだ方がいいよ。」

「でも・・・」

なのはが口淀むと、ユーノはその口を小さな手でふさいで言った。

「今日はお休み。もう五つも集めてもらったんだから少しは休まないと持たないよ。それに今日は約束があるんでしょ?」

「うん・・・そうだね。」

「だから今日はお休み。僕も少し頭を整理したいし。」

そう言うとなのははベットの上で起き上がる、今日は友人であるすずかやアリサと約束があるのだ。
なのはの父が監督兼オーナーをやっている『翠屋JFC』というサッカーチームの試合の応援に行くという約束だ。
しっかりと準備しなければ笑われてしまう。

「じゃあ、今日はちょっとだけ、ジュエルシード探しは休憩ってことで・・」

「うん。」

なのははそう言うとベットから降りようとした。
すると、なのはのお尻を何かとがったものが突っついた。

「痛っ・・・」

自分のお尻の下をまさぐると細長い鉄の塊を取り出した。
昨日、洞爺から極秘裏に手に入れた銃弾だ。弾の先端がお尻をつっついていたのだ。

{斎賀君って・・・どういう子なんだろう?}

なのはの脳裏にレイジングハートが記録した戦闘を繰り広げる洞爺の姿が思い出される。
本物のライフルを持っているは、手榴弾は持っているは、装備が充実しているようだった。
どこでそんなものを手に入れたのだろうか?それに自分よりも戦い慣れているようだった。
ジュエルシードを相手にしても一歩も引かずに対等に戦い、ライフルをまるで体の一部のように操り、躊躇せず引き金を引いて戦う彼の姿。
攻撃をたやすくかわし、化け物の吐き出す猛毒ガスにも慌てず対処してなのはにすら気を配る彼。
どこでそれらを手にし、どこでそんな戦闘術を会得したのか?解らない、彼の事は全く知らないのだ。
アリサからは元少年兵だったと聞いているが、それ以外はかなり大人っぽくてどこか変な口調の男友達。それだけでしかない。

{そうだ、怪我してたんだ。}

洞爺の首元についていた傷跡を思い出してなのははふと思う。
あれはもしかして刀傷ではないだろうか?彼のことを考えつつ銃弾を机に置き、出かける準備をし始めた。

{あ、斎賀君も誘おうかな。}

すずかとアリサには後で言えばすぐ了承してくれるだろう。その時にさりげなく聞いてみるといいかもしれない。
なのはは携帯電話を手にとって電話を掛けた、初めての電話番号に内心心が躍る。

≪おかけになった電話は、ただいま通話中です。≫

しかし現実は残酷な物である。ピーという音がなる前になのはは落胆しながら電話を切った。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





時は回って既に午後、高町なのはは、友人の月村すずかとアリサ・バニングスと3人で父が監督兼オーナーを務めるサッカーチーム『翠屋JFC』の試合を見終わった後、翠屋のカフェテラスで3人でお茶を楽しんでいた。
試合?接戦だったものの、翠屋JFCの勝利であった。テンションはもう最高潮である。
何事も無く平和にかつ興奮の内に終わったサッカーの話で盛り上がるかしましい少女たちの中心で、なぜかユーノがテーブルの上に置かれている。
何故に僕はこげな所に居るんでしょ?と謎に思うユーノだが、それは世界の心理のようなものだろう。
ただそこに居る、ただそれだけであることを意識し始めたユーノをみてアリサはふと思ったことを呟いた。

「それにしても、改めてみると・・・この子、ちょっとフェレットと違がわない?」

なのはは少しビクリとする。当然だ、このフェレットはフェレットだがこの世界のフェレットではないのである。
まずい何とかしなくては、下手すると新種のフェレットとしてユーノは国際研究所とかに送られてしまう。
なのはが内心焦るがそんな事お構いなしにすずかが賛同した。

「そういえばそうかな?動物病院の院長さんも『変わった子だね。』っていってたし・・・でも、きっとそんな子もいるんだよきっと。」

と思ったらなんかフォローっぽかったですはい。
ユーノをガン見するアリサになのはは少し焦りながらさらにフォローを入れる。

「まぁちょっと変わったフェレットってことで。」

「それでいいのかなぁ~~?」

「いいんだよ、うん。」

すずかも納得して頷くが、アリサの疑問の視線は揺るがない。しかたない、となのはは奥の手を使った。
きっと、ユーノの尊厳に激しいダメージを与えるであろう奥の手を。

「ほらユーノ君、お手!」

「キュ!」

なのはが出した手にユーノは自分の左手を乗せる。その小動物の愛らしい行動に、アリサの疑念が吹き飛んだ。
そのかわり、目はユーノに向かって素晴らしいほど輝きだす。

「お~~~!」

「かわいい~~」

「う~ん、賢い賢い。」

アリサが驚き、すずかは顔をほころばせて見入る。さらに二人はユーノの頭を撫でる。撫でる撫でる撫でる・・・
むちゃくちゃもみくちゃにするように撫でる。その光景になのはは苦笑いした。

≪ごめんねユーノ君・・・≫

≪だ、大丈夫。≫

念話でなのはが謝罪するとユーノが答える。だが、ユーノの尊厳は著しく傷付いたのは事実だった。
ユーノの新たな一面を垣間見てご満悦なアリサはジュースを啜りながらふと道路の向こう側に目をやる。
普通の乗用車やバス、74式小型トラックが通り過ぎる道路の向こう側の歩道に見慣れた白髪野郎を見つけた。

「ねぇ、あれって斎賀じゃないの?」

指さしたところには洞爺が4歳位の小さな和服少女を連れて歩いていた。
しかも、大きめの黒い竹刀入れを担いでばあさんが使うような引きずる為の車輪のついた買い物籠と多くの紙袋を持っている。

「あ、ホントだ。」

どこか白々しくすずかも気がついたように驚く。なのはもその方向を見る。

「お~い!!斎賀~~~~~~!!」

彼とは一番友好関係にあるアリサが大声で呼びかける。この頃は彼と一緒に居る回数が目に見えて多い。
すると洞爺は気づいたらしくこちらを向いて手を振り返した。

「ちょっとこっちに来なさいよ~~~!!」

アリサが大声を出して呼び掛けると洞爺は会釈して少し先指さす。『あそこから渡る。』と示しているのだろう。
次いで、口を示して何か抑えるようなゼスチャーを返す。大声を出すなと言っているらしい。
それを察知したアリサは、お構いなしに叫ぶ。

「早く来なさいよ~~~!」

向こうの道で洞爺がため息をついた。そして女の子に話しかけてから小走りで横断歩道に向かう。

「斎賀君の邪魔しちゃったんじゃないのかな?」

二人に秘密であるが、彼が久遠の買い物帰りであるという事を知っているすずかはさりげなく注意した。

「いいのよ。どうせただ街をぶらついてただけでしょ。あいつは名前に『爺』があるように行動も爺臭いからね。」

「にゃははは・・・」

洞爺を捕まえて爺臭いというようになるとはどこまで進んでいるのだアリサよ・・・・と思うなのはだったが、相手が相手であり無理もないと納得した。
なんせ、今どきのゲームやカードなどには興味を持たずもっぱら将棋や囲碁が得意な奴なのだ。
それを聞いた用務員の中年オヤジと教員を相手にしばしば休み時間に打ってたりするし、めっちゃ強いのだ。
しかも、アナログ派である。パソコンはいまいち使いこなせずせいぜいネット巡回ができる程度、まったくその他の機能が使えない。
その代わり昔に強く懐かしいものばかり作れる。高い命中精度を持つパチンコやよく飛ぶ紙飛行機、竹トンボなど生えている竹を切って一から作る。
その上ものすごく飛びやがるときた。歌の趣味なんてもっぱら軍歌か演歌で最近の歌を知らないという偏りっぷり。
だがそれをも魅力に帰る昔堅気であり、やるときにはやるため今頃の若い先生よりも熟練した中年教師に人気のある生徒なのである。
中年男性教師いわく『これが本当の日本男児です。今の子供は軟弱すぎる。親が甘やかすし裕福だから我慢ができない。
あの子を見てください。昔の子のように力強く元気じゃないですか。男子の鏡です』
女性教師いわく『昔の男友達はみんなこうだったわ。頼りになる子ばかりで『心が優しく、力持ち』を絵にかいたような
子がたくさんいたもんです。いじめをうければ助けに出てくれて、どんなに体格が大きくても絶対にひるまない。
これこそ本来あるべき男の子の姿そのものなんですよ。』
とにかく好評である。時にはそれが災いする事もあったが、どんな逆境にも負けないのがツボに来たようだ。
実際アリサにとってもかなりツボであったらしい、奇人変人堅物の名に恥じぬそれが気に入ったそうだ。

「いったいなんだ?いきなり大声で呼んで、周りの目が痛かったぞ。」

「・・・・へ?」

「へ?ではない、だいたい君は女性であるという自覚が少々足りないのではないか?毎日毎日―――」

ガミガミガミガミガミガミガミガミ、やってきた洞爺のいつもは違う大人びた口調にアリサが奇妙な声を上げた。
まずい、となのはは思った。どうやら洞爺はスイッチが入っているらしく気づいていないらしい。
すずかも止めようと思ったが、ここで出れば二人に何故知ってるのかと突っ込まれる事に気が付いて止められなかった。
ガミガミガミと怒る洞爺とポカンとするアリサは今が周りの雰囲気に気付かない。
それを見かねたのか、久遠が洞爺の裾をちょいちょいと引っ張った。

「なんだ?」

「とうや、くちちゃっく。」

「ん?・・・・あ゛。」

しまった、と洞爺は焦りの表情をありありと浮かべたが、復活したアリサは小さくため息をついただけだった。

「知ってるわよ、あれがあんたの地じゃないくらい。」

「・・・・・・いつから気付いていた?」

じろり、と洞爺はすずかとなのはを一瞬睨むが二人はフルフル首を横に振る。

「最初の時に疑問、少しして仮定、今に聞いて確定。」

「なぜだ!?俺の芝居は完璧だったはずだが。」

「いや、あんたの雰囲気とあの喋り方絶対不自然だから。無理してんの解るから。」

じと~っとした目で洞爺はアリサを睨む、結構気にしていたらしい。
実際はなぜそこまで鋭いんだ?という怪訝の視線だったのだが、アリサは気付かずジュースを飲んで言う。

「喋り方なんて別に気にしない方がいいわよ、そんなちっちゃい事。
今度からそれで喋んなさい、どうせみんな気にしないから。」

「・・・・了解した。」

「そうしなさい。で?その子誰よ。あんたの妹?」

アリサが問いかけると洞爺は唸る。竹刀入れを下ろしてテーブルに立てかけると、やや言いずらそうにしながら頷いた。

「なんというかな・・・・そんなとこだな?」

「でも全然顔、似てないじゃない。」

「血、つながってないし。」

「あ・・・ごめん・・・」

どうやら聞いてはいけない事を聞いてしまったようだ。
洞爺があっけらかんと言うとアリサが少し顔をバツが悪そうにゆがめる。

「気にするな、俺は別に気にしていない。」

少しバツが悪そうにするアリサに洞爺は明るい声をかける。聞くには彼女も孤児だそうだ。
昔海外にいた時に親が引き取ったらしい。

「でもあんた、少し前まで家に一人じゃなかった?」

「しょうがなかったんだ。こっちで住むためにいろいろしなきゃならなくて下地が整うまで昔の友人に預けてたんだから。」

洞爺は苦笑いしながらそう言うとその子を前に出す。
瓶の口に布をかぶせて紐で縛ったのをそのまま被ったような大きめの帽子を被った少女はかなり緊張しているようだった。
髪は狐色で美しく、純粋な黒い瞳は吸い込まれそうな感覚に陥りそうだ。
来ている服は和服、日常的に着る浴衣のような単衣の着物で髪色と同じ狐色。

「く、くおん!さいがくおんっていいます。」

かなりドギマギしながらその子は自己紹介した。

「「「は・・・はぅ~~~」」」

三人の顔はかわいらしいその表情にふぬけた笑顔になり、目をきらきら輝かせる。
その眼の光は、まだ子供である久遠を怯えさせるのには十分だった。

「とうや、こわい・・・」

その眼に怖気づいて洞爺の後ろに久遠は隠れてしまった。
目をうるませて洞爺に縋りつく。途端、洞爺は三人を冷たい視線で見つめた。

「久遠が怖がっているのだが?」

「「「ごめんなさい・・・」」」

洞爺の冷たい目に3人はシュンとうなだれる。その様子に小さく洞爺はやれやれとため息をつく。

「それで、何のようで呼んだんだ?」

「あんたこそ久遠ちゃん連れて何やってんのよ?しかも、そんなぶっとい竹刀入れ抱えてさ?」

「ただの買い物さ。まぁ目当てはあるんだが・・・っておい!!」

洞爺が説明しているとアリサがその竹刀入れを手繰り寄せた。
竹刀入れは黒色で袋ではなく筒のようなタイプ、かなり太めで普通の竹刀であれば4本は楽に入りそうだ。
しかも竹刀入れには別の何かの包みが一緒にくくりつけられている。

「重・・・・何入ってんのよ?」

「・・・・・・・・・竹刀だが。」

「目を逸らすな・・・じゃこれは?」

彼女が包みを解いて中から取り出したのは紛れもない、ただの折り畳みスコップ。

「何故にスコップ!?しかもまだ何か重いわよこれ!!」

「勝手に漁るな、出すな!」

洞爺はアリサの手からスコップと竹刀入れを取り戻す。アリサはもぎ取られた事に声を荒げた。

「見せてもらったっていいじゃない!」

「順序があるだろうがこの金髪娘!!勝手に取り出すアホがどこに居る!!」

「ここに居るわよ!!」

「自らアホを名乗るな!」

洞爺はため息をつくと、スコップを再び包みにくるむ。その時、翠屋のドアががらりと開いた。

『ごちそうさまでした~~!』

『ありがとございました~~!』

中からジャージを着た男子が流れ出てくる。サッカーの選手たちだ。
すると、中から店長風な男性が出てくる。

「みんな、今日はすっげ~いい出来だったぞ。来週からまたしっかり練習がんばって、次の大会もまたこの調子で勝とうな!」

『はい!』

「じゃあ、みんな解散。気を付けて帰るんだぞ。」

『はい!ありがとうございました~~!』

男子の集団はそう言って別れていく。それを見て怪訝そうな洞爺が一歩路肩に下がりながら、すずかに聞いた。

「あれはなんだ?」

「あれは、なのはちゃんのお父さんがコーチ兼オーナーをやってるサッカーチームの子たちだよ。」

「サッカーねぇ。」

洞爺が彼らを見送る中で一人の男の子がきらりと光る石を取り出したが生憎、彼の影になってなのはには見えなかった。
洞爺も去っていく男子をみていて、なのはは洞爺の向こう側なので見えるはずもない。
そのままその男の子は歩き出す。すると、後ろから長髪の女の子が走って追いかけてきた。

「おつかれさま~。」

「おつかれさま。」

二人は向きあって言うとそのまま歩いて行った。それを見た洞爺がにやりと笑う。
その親父臭漂う顔に、思わずなのはは苦笑いした。

「ほほぅ・・・お盛んだねぇ~~~~。」

「何言ってんのよこの白髪爺。」

アリサがまるっきり親父な洞爺にチョップを加える。
すると、店長風の男性がなのは達と一緒に居る洞爺に目をつけた。

「見かけない子だね。なのはのお友達かい?」

「そうだよお父さん。最近転校してきた斎賀君。」

「どうも、はじめまして。斎賀洞爺と言います。こいつは妹の久遠です。」

いつもの爺臭さに大人びた口調と丁寧な口調を重ねて礼儀正しくお辞儀する洞爺と真似をする久遠。
その二人に士郎は微笑んで同じようにお辞儀した。

「はじめまして、なのはの父の高町士朗です。斎賀君、その手にあるのは・・・スコップかい?」

やはり、即刻スコップに興味が言ったようだ。なのはが苦笑いする。
こんな町中で使い込んだ感のあるスコップを持っているなんて普通は無い。

「そうですよ。」

洞爺はにこりと笑うと今さっきくるんだばかりの布をもう一度解いた。
スコップはよく磨かれていて、日光に当たるとまるで刃物のようにキラキラと反射した。

「少し見せてもらっていいかな?」

「いいですよ。」

士朗の問いかけに快く応じる洞爺は士朗にスコップを差し出す。
それを受け取ると何やら吟味するような目で見まわす。真剣な目の士郎になのはは少し驚いた。

「すごく手入れされてるね。まるで刃物みたいだ。手入れはだれがしているんだい?」

「自分ですが?」

「君が!?」

「えぇ、鈍ると掘り辛くなりますので。」

洞爺の答えに士朗は少し驚いたようだった。どうやら相当手入れが行きとどいているらしい。
もしかしてそのスコップは何か思い出でもあるのかもしれない、となのはは思った。
だが、次に士郎が質問したのはなのはの想像とはかけ離れたものだった。

「君、護身術か何かを習っているのかい?」

何故にここで護身術なのだろう、スコップと護身術に何かつながりがあるのだろうか。

「ないですね。スコップ術ならありますが。」

「なるほど・・・」

思い当たったように士朗唸ると、洞爺にスコップを返した。
彼はそれを受け取るとすぐに包んで竹刀入れにくくりつける。
何気真剣な目つきで結び目を確認する洞爺にアリサは問いかけた。

「ねえ、スコップ術ってなんなのよ?」

「ふふふ、聞きたいかね?」

アリサの問いに洞爺は少し誇らしげに鼻を鳴らす。

「聞きたいわ。」

「ならば教えてやろう。スコップ術とは、古今東西あらゆる国のスコップを自在に操り様々な土木作業をこなす奥義の一つだ。
これを会得すれば、スコップを握ると土木作業がたちまち進むぞ。
ちなみに、他にもツルハシの舞や発破神拳などという他流も存在する。」

「つまり穴掘り名人ってわけ?モグラかあんたは。」

「世の中技術はあって困らない。土木建築の基礎は世界的にも通用することが多いしな。」

どこか誇らしげにほほ笑む洞爺にアリサはついてけないわと首を振る。だが、彼女の表情はむしろ面白そうだ。
彼のこういう良い意味で変わり物な所を、アリサはとても気に入っているのだ。

「じゃあ、私たちも解散しよっか?」

「そっか、今日はみんな午後から用があるんだよね。」

そう提案したすずかになのはは思い出したように言う。すずかはにっこり笑った。

「お姉ちゃんとお出かけ。」

「パパとお買いもの!」

すずかの次にアリサがにっこりしながら言った。二人ともとても楽しみなようで、とてもいい笑顔をしていた。

「いいねぇ。月曜日にお話聞かせてね。」

「そうだな。聞かせてもらいたいものだ。」

「なんだ、もう解散か?」

士朗がそこに入る。すずかとアリサはコクリと頷く。

「今日はお誘いいただきましてありがとうございました。」

「試合、かっこよかったです。」

「すずかちゃんもアリサちゃんもありがとな~。応援してくれて。帰るんなら送ってこうか?」

士朗の誘いに二人は丁寧に断った。

「いえ、迎えに来てもらいますので」

「おなじくです!」

「そっか。君はどうするんだい?」

先ほどから喋らない洞爺と久遠に士朗が聞く。久遠はにっこりと笑い、無邪気に腕を振りまわしながら元気に言う。

「これからね、ゆーめいなきっしゃてんにいくの。おいしーけーきがあるんだって!」

久遠がかわいい笑顔で言った。洞爺も笑顔でうなずく。

「この近くにうまい店があると聞きましてね、買い物がてら行ってみようかと。たしか『翠屋』だったでしょうか。」

「あ、それうちだ。」

なに?となのはの呟きを聞いた洞爺が目の前の店の看板を見る、そこにはその有名喫茶店の店名が。
なのはの父である高町士郎はその店のエプロンをしていて、その胸の名札にオーナーという文字が見て取れる。
それが示す事柄に洞爺はほぉ~と目を丸くした。

「驚いたな、高町の実家だったのか。ふむ、確かに良い店だ。」

「家は別だけど・・・」

それで評判通りうまいのか?もちろんよ、と洞爺の問いにアリサが答える。
その内会話に花が咲いたのかすずかも混ざってお喋りし始めた。
それをバックに聞きながら、士郎はなのはに問いかけた。

「それで、なのははどうするだい?」

聞かれたなのはは少し考えた。士朗はそんななのはをじっくりと見る。

「う~ん・・・お家に帰ってのんびりする。」

「そうか、父さんはまだお仕事だな~~」

「あ~~間が悪ければ出直しますが。」

話を切りあげたのか、遠慮気味になって言う洞爺に士郎は別に何でもないと首を振る。

「構わないよ、中へどうぞ。」

士郎の招きに洞爺は少し頭を下げてから店内に入っていく。
それを見送るとアリサとすずかの二人も店から去っていった。

「ばいば~い。」

「また明日~~」

去っていく二人に手を振るなのは、その微笑ましい姿を見て士朗はふと思いなのはに問いかけた。

「なのは、また背が伸びたか?」

「お父さん、こないだも同じこと聞いたよ~。そんなに早く伸びないよ~~」

二人は向かい合って笑い合い、なのはは家に、士郎は再び店内に戻っていった。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




店に入った洞爺は士郎に案内された窓際の席に座り、サービスで出されたホットブラックコーヒーを啜っていた。
ジュースが出てくると思っていた洞爺は思わず面喰ったが、本人曰く好みが勘で解るらしい。
ミルクとガムシロップが付いていたが、洞爺はそれを使わない。この澄んだ味がいいのだ。
団体が抜けた直後の所為か客が少なく静かな店内で静かにコーヒーを啜る、まさに至福の一時だ。

{芳醇な香り、余分な渋みや苦みの無い味。これはとても簡単に出せる味ではない。たかがコーヒーにここまで手間をかけるとは!!}

「ふぅ・・・うまい。」

砂糖もミルクも入れていない生粋のブラックコーヒーの交じりっ気のない苦みと甘みを味わいながら、一息つく。
有名な喫茶店と言うからどんなものかと思って来てみたが、予想以上に有意義な午後になった。
こんな午後を過ごしたのは、呉の行き付けの喫茶店が最後だ。しかもその店よりもコーヒーが段違いにうまい。
どこにでもあるような熱湯で入れたコーヒーだけでなく、水出しコーヒーも出す店などなかなかないだろう。
自分は美食家などではないが、こうやって美味しいモノと出会うとやはり心が震えて感動する物だ。

「むぅ~~~」

向かいでコーラを飲みながら買ったばかりの携帯ゲーム機をカチャカチャ弄る久遠が唸る。
コーラに夢中になっていた久遠も良かったがこのダンマリ久遠もなかなかだ。

「むぅ~~~、ん~~~」

「唸っても機械は答えんぞ。」

洞爺が苦笑交じりに言うと久遠はやはり唸りながら返答する。

「だってむずかし~~」

そりゃ汗臭い男たちの駆け巡るアクションゲームなんぞやっているからだ。
4歳時にはやや大きめのPSPを小さな手を目一杯使って操作する久遠に洞爺は内心突っ込む。
その手のゲームはこんな4歳児に出来る代物ではない、それ位洞爺にだってわかる。
本当ならままごとセットや人形を買ってやりたかったのだ。
それでも買ってやったのは久遠の買ってほしいオーラ+キラキラ眼力レーザーに負けたからだ。

「なら止めればよかろう。まだ他にもあるだろう?」

「だっておもしろくないもん。かわいいけど。」

「やれやれ。」

女の子らしい可愛らしいキャラのゲームではなく、男だらけのゲームで遊ぶ妖怪って一体・・・・
時代の変わりように持っていたイメージを大破壊される洞爺を尻目に久遠は楽しそうに唸り続ける。

「むぅ~~~またやられた。」

「目が悪くなるからあまりやり過ぎるなよ。1時間やったらちゃんと休憩を入れる事、目を近づけ過ぎない。」

は~いと頷く久遠はこっちを見ないが洞爺の頬が思わず緩む。可愛いは正義だ、異論は認めない。
しかしまぁ、よくそんなちっぽけな携帯端末でそんな娯楽ができるようになったものだ。
昔と言ったらやはりカルタやトランプ、大人なら花札をやった物だが、今となってはこんなピコピコまで普及している。
やはり時代の流れとは凄まじい物だ。

{それを言うなら、あっち関連もだが。やれやれ、時代の流れは無情だ。}

洞爺はスパッと意識を切り替える。

{見られているな、昨日の奴か。}

店内のどこからかかすかに視線を感じる。視線から感じる気配の薄さからしてどうやらプロのようだ。

{男女の二人組、派手な中年男、高町父、高町母、それと従業員、か。さてどいつだ?何の目的で?}

コーヒーを飲み、新聞を流し読みしつつ辺りを見回す。怪しい人物はいない。
赤ジャケットの中年男は周りの目そっちのけになってイチゴパフェに食いついているし、男女のカップルは談笑、
高町夫妻はそれぞれ勘定とケーキ配りに勤しんでいるし、従業員は言わずもがなで忙しそうだ。
だがしかし、こちらを監視している人物はこの中にいる。

{かなりの手だれのようだが、視線に粘りがある。}

普段通りの仕草をしながら、密林での狙撃戦のように気配を殺し切った視線であたりを探る。
ふむん、と新聞の株価をみて唸るかのように洞爺は首を傾げた。

「んみゅ?どしたのとうや?」

「レミントンの株価が落ちた。」

「かぶ?かぶがおちたの?」

「・・・いや、食べ物の株じゃないんだが。」

コーヒーを飲みほし、ちらりと他愛のない?会話をしながら視線の方向にあからさまに顔を向ける。
奇妙な動きはない、カップルは男性がケータイを弄っているし中年男はパフェで誰も妙なことをしている人間はいない。
高町夫妻は勘定を従業員に任せて一度厨房に引っ込んでおり、従業員も忙しそうだ。
もう気付いているような仕草なのに、まったくそれを無視しているかのようだ。

{この分だと、きっと月村の方にも監視が張り付いているやもしれぬなぁ。}

なにやら知り合いを連れて来るとか言う話だったが、もしかしたら向こうも向こうで愉快なことになっているかもしれない。
生半可なことではあの孫が囚われたり殺されたりする場面が思い浮かばないが、最悪摩訶不思議な魔術戦とかになっているだろう。
正直やめてほしい、そういうのは小説だけにしてほしいものだ。

{心苦しいものだな、手が出せないというものは。いや、この監視は月村が付けたものかもしれんのだが。}

もしそうだとしたらそれはそれで構わない。むしろその慎重な姿勢は褒めるべきだ。実際、嬉しい限りである。
これから先、正直なだけでは行けない世界を渡り歩いて行くのだ。それ位の強かさや腹黒さが無ければ生きてはいけない。
まだまだ不完全で未熟とはいえ、こうやって行動に移す事が出来るのならもう言う事は無い。
それに監視といっても自分には後ろ暗いことなど何もありはしないのだ、普通に暮らしてやるべきことをやればいい。
風呂だろうがトイレだろうが裸だろうが存分に覗けというものだ。
自慢ではないが、鍛え上げた元の肉体の縮小版と言える肉体には自信がある。
存分に覗き、肉体美を堪能してくれて構わないのである。もちろんそっちの気は一切ない、自分はノーマルだ。

{孤立無縁、か。}

やることは山積みだな、とひとりごちる。

「すいません、水出しコーヒーを追加で。」

「はい、かしこまりました。」

通りがかった従業員を呼びとめてコーヒーのお替わりを頼む。視線は相変わらず動かず、僅かに粘っこい。

{しかし、これはなかなか手強いな。}

怪しい動きをしている人間はいない、カップルは男のケータイを二人で覗きこんで笑っているし、
中年男はパフェを食べ終えてご満悦の表情でアイスコーヒーを飲んでいるし、高町夫妻はまだ厨房、従業員は業務に勤しむ。
何の変哲のない平和な光景、だがその光景の中にしっかりと溶け込んで監視するその技量に称賛を贈る。

{・・・・・放っておくか。}

下手に動いてもおそらく煙に巻かれるだけだろう。ここでは知らないふりをして、別の機会に探りを入れよう。
敵ならば捕まえて吐かせればいい、月村家の者ならばまだまだ未熟だと指導してやるのもいい。
主に銃刀法違反とか諸々な意味で派手なことはできないが、武器弾薬は腐るほどある。

「お待たせしました。」

そう自己完結していると店長の士郎が注文したケーキとパフェ、追加のコーヒーをトレイに乗せて持ってきた。
洞爺にはシンプルなチーズケーキ、久遠にはイチゴが綺麗にクリームに乗せられたイチゴパフェがそれぞれ置かれる。
やってきたイチゴパフェに久遠は目をキラキラと輝かせた。

「いただきはむ!」

「言いながら食うな。」

パクパクパフェに喰いつき始める久遠に洞爺はまったくと苦笑いしながら自分もチーズケーキを一口。

{・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まずい、言葉が見つからん。言葉が出ないとはこのことか。}

頬が緩むなんてものではない、口に広がるチーズのちょっとした酸味とケーキの甘みのハーモニーのあまりの鮮烈さに本当に思考が停止した。
これは問題だ、金は有限なのにもっと食べたくなってしまうではないか。

「どうだい?」

「凄いです、この水出しコーヒーにも驚きましたが、このケーキ、本当に褒める言葉が出てこないほど美味しい。」

「それは良かった。所で斎賀君、ちょっと聞きたい事があるんだけど、良いかい?」

「はい、構いませんよ。なんでしょうか?」

気楽に考えながら洞爺が返答する。大方近頃の学校でも娘の事でも聞きたいのだろうと思っていた。
だが、士郎の瞳の色が良い意味で嫌な感じがする色に変わったのを見て後悔した。

「君はさっき何か武術をやっていると言ったね。」

「スコップ術ですか?あれは話の流れですよ。」

「そうかい?それにしては体はかなり鍛えているようだし、スコップもかなり念入りに研がれていたよ。」

「鈍ると掘り辛くなりますからね。」

「斬り辛く、ではないかい?」

隠しても無駄だとばかりに言う士郎。その瞳は、獲物は逃がさんと洞爺をしっかりととらえている。
どこかで悪手を打った。久遠の前で渋い表情をする訳にも行かず静かに微笑み、内心大きくため息。

「凄いですね、見ただけで見抜けるなんて。ですが、食事中にする話題ではない。」

「そうだね、すまなかった。実は私はちょっと剣術をやっていてね。なんというかな、雰囲気で解るんだよ。それで気になってしまってね。」

その言葉に洞爺は驚いた。今まで彼が剣術をやっているなどという雰囲気は微塵も感じなかったのだ。
何かしら格闘技や何かをやっている人間は、行動に何かしら癖や雰囲気というものが何かしら付くものだ。
軍人だった人間が娑婆に戻ってもキビキビ歩いたりするのもそれと同じ、歩き方から違ってくる。
逆に相手の雰囲気でそれを感じ取れるのはもはやちょっとした程度ではない、立派な剣士である。
そして熟練した雰囲気を微塵も感じさせない彼の技量は未知数と言っていい。現状、殺り合いたくない相手筆頭だ。

「それでね――――」

これはどこかで見た流れである。洞爺はもう何十年と前の記憶を掘り出して呟いた。

「ちょっと手合わせしないか、と?」

「おや、良く解ったね?」

{そこは遊び来ないかって言ってくれ。}

我が意を得たとばかりに微笑む士郎に、洞爺は眩暈を感じた。
剣術に良い思い出はほとんど無いのだ、思い出されるのはとある忍者の末裔にボコボコにされた過去ばかり。
途中からいい勝負にこそなったが、最初は本当に連敗であった。地獄であった。

「子供相手にですか?」

「なのはの友達に戦場帰りの子がいるって聞いてね。気になってたんだ。」

「誰ですか、んな事言った馬鹿は?」

「えっと?アリサちゃんって話だけど。」

どうやって調べた金髪娘。表向きとはいえ、知らべ上げるとはなかなか凄い情報網である。

「とうや~~やって~~~」

「無理。」

「え~~~」

パフェを食べながらゲームをするという4歳児らしからぬ芸当をやって見せていた久遠はさも意外そうな驚きの表情をした。
なぜなら洞爺はゲームが大の苦手である。
何度か友人たちに交じってやったことはあるが、その戦績たるやそれはもう凄惨なものだった。
いちばんやさしい設定で頑張って惨敗して、イージーモード?キモーイと言われるどころが優しく慰められる位。
ゲーム機数種とソフトを買い込んで練習しているが、まったく上達しないのが困ったものだ。

『まぁ、人には得手不得手があるさ。気にすんな!』

・・・・嫌なことを思い出してしまった。あの時はついつい我を忘れて水戸を落としてしまった、意識的に。
それ位ショックだった、息子と父親並みに離れたガキにあんな目と笑顔で慰められるのは。

「買ったばかりなんだからお前がやれ。あとしながら食うな。」

「は~~い。」

一端ゲームを中止して久遠は再びパフェにスプーンを突き入れる。
やはりというべきか、たちまち久遠の口元はクリームまみれになった。
それでも決して服にこぼさないあたりさすがなのだろうか?洞爺はクリームの付いた久遠の口元を見ながら苦笑した。

「ん?なにわらってるの?」

「いや、お子様ランチの後にそれ食って食いきれるかな?って思うてな。」

「むぅ~~、ちゃんとたべられるもん。」

「解った解った。」

ぷく~と頬を膨らませる久遠の頬を、洞爺は微笑みながら紙ナプキンで拭ってやった。
彼女はおそらく何も気づいていないのだろう、洞爺は当然だと思う反面とても安心した。
この子にはまだこのような空気は早すぎる、例えこれがまだまだ序の口だとしてもだ。

「ね~、なんのおはなししてるの?」

「暇なら、おじさんのおうちに遊びに来ないかって誘ってるんだよ?」

「なのはおねーちゃんのおうち?とうや、いこいこ!!」

{外堀を埋めに来やがった!!}

「こら、後でスーパーに行くと言っただろう。すみません、まだ予定があるもので、またの機会に。」

「まぁまぁ、まだ昼下がりだしいいじゃないか。久遠ちゃんも来たいって言ってるしね。」

「うん、いきたい!とうや、いこ!」

久遠は遊び盛りである。そんな彼女が洞爺の友人であるなのはの父に誘われたら乗らないはずが無い。
士郎も様子が少しおかしい、初めて会ったのに失礼だと思うが絶対に何か企んでいる。
そうでなければなのはから聞いた士郎像からここまでかけ離れるか?さらに言えば、彼の瞳は完全に『ヤル気』モード全開である。
にっこり笑う士郎、キラキラと目を輝かせる久遠、その現実に洞爺は絶望した。

{絶対に何か勘違いされてるぞ・・・・}

前例があるだけに、洞爺も降伏の意志を持ってコーヒーを啜るしかなかった。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





高町なのはは家の自分の部屋に辿り着くとすぐにベットによじ登った。
そしてそのまま服を脱ぎ、いつもの寝巻へと着替える。無論、それはユーノの目にも入っちゃうわけで・・・

「はぁ!?」

ユーノはそれを見て赤くなりあわてて後ろを向いて震えだした。
彼の雄だ、雄としてやってはいけないことや自重すべきことくらい知っている。
なのはは着替えながら眠そうに言った。

「ユーノ君も一休みしておいた方がいいよ~。なのはは、晩御飯までお休みなさ~い・・・」

服を着るとそのままうつぶせに倒れこみ、死んだように眠りこむ。
少ししてユーノはなのはの方に振り向いた。死んだように眠るなのはを見て少し顔を悔しそうに表情をゆがめる。

{やっぱり、なれない魔法を使うのって相当の疲労なんだろうな。}

何度もした後悔をした。もし自分が怪我などせずに収集をしていたら、きっとこんなことにはならなかったに違いない。
だが、現実はそうはいかなかったのだ。なのはを巻き込み、昨日に至っては死なせかけ、友人の斎賀洞爺でさえも巻き込んだ。
彼は自分から首を突っ込んでいるのだが、それも自分が秘密裏に回収し終えなかったのが原因だ。

{僕がもっとしっかりしていれば・・・}

それでも思わずには居られなかった。自分は今とても無力だ、疲れ果てたなのはを見ることしかできない。
ゆっくり休ませてあげよう、ユーノはそう思うと浮遊魔法で薄い毛布を浮かべてなのはの体に掛けた。
次いで、少ない魔力をやりくりして僅かばかりに治療魔法を掛ける。
軽いマッサージ程度の疲労回復効果しかないが、これでもやらないよりはマシのはずだ。

「あれ、サイガ?」

処置を終えて窓の外を覗いた時、なのはの父である士郎とウキウキとした久遠に引っ張られる洞爺が高町家の道場に入る所が見えた。
士郎に招かれて、久遠と洞爺が中に入っていく。それが何故だか気に掛って、ユーノは静かに部屋を出て道場へと向かった。






あとがき

どうも作者です。前後編ですよ、分ける必要があるのか解らんがな。
今回はほのぼの日常、そして受難。洞爺は出てきたタイミングが本当に悪い、そして勘違いされまくりです。
タイミング一つでここまで悪くなるのか?実際なる時はなるんですよね、笑える位。しかもどっちにも非が無いのがまたwww
ほのぼの日常は高町家と主人公的役割の会話やアリサとの漫才、何気まったく裏の無いアリサが一番仲がいい。すずかなのはは次点。
ここでの問題は高町家での出来事、物語上ほとんど関係ないし入れるとキレが悪い。
簡単に言えばまたもや勘違いで洞爺が士郎さん{設定では最強の一人}にぼこられる話なので・・・・どうしよう?
ちなみに基本リリカルなのでとらは設定はなるべく過去に使う予定、バランスブレイカーが多すぎるし。でも予定だよ?
設定の大筋は決まってるけど話の具合によっては調整も必要ですし、場合によってはカットするかもだしね。
それと・・・・やっぱり各話タイトルをつけるのは難しい、今度から幕間とかだけにしようと思います。
これからもこの未熟な作品をよろしくお願いします。by作者




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