Side,ノエル・K・エーアリヒカイト
私は彼のことを忍様に説明された時、正直耳を疑いました。
先ほど危険人物扱いだった彼が、前当主鈴音様のご友人であり旧軍軍人であるなど、とても信じられません。
鈴音様から聞いていた忍様も最初は半信半疑だったそうで、今の今まで忘れていた位だそうです。
ですがそれは事実だった。
お嬢様には秘密で軽く説明されただけですが、これでようやく彼のハイスペックぶりに説明が付きます。
鈴音様はよく楽しそうに彼のことを話していましたがこれが理由だったのですね。
あいつは生きてる、あの洞爺があんな戦場で死ぬもんですか、いつも最後はそう締めくくって。
鈴音様は、彼との再会を心待ちにしてずっと待っていたのでしょう。本当に、遅すぎです。
恨み事の一つでも言ってやりましょうかと思いましたが、止めておきます。
彼は体感的には一か月前まで第二次世界大戦で戦っていたのです。遅くなりましたが、約束を守ったのですから。
「やっぱり斎賀君は何も関係無かったでしょ。」
「そうね、本当に悪いことしちゃったわ。」
お嬢様には本当に無関係だったという事で話をつけるみたいですね。
それが無難でしょう、鈴音様の親友で第二次世界大戦から来ましたなどと言われては信じられないでしょうし。
しかしそうなると彼は今回の事件に最悪な形で巻き込まれた形になるのですか、私が言うのもなんですが、ご愁傷様です。
「さぁ、お好きなモノをどうぞ?」
彼がドアを開き、広いガレージの明かりをついた途端、私は目を疑いました。
「う~む、行くのならやはり機動力があるジープで行くべきだが、あの化け物相手には戦車砲も捨てがたい。どうする?エーアリヒカイトさん。」
「いえ、私に聞かれましても。」
「あの二人があれでは返答は期待できんのでな。」
横を見ると、忍様やすずかお嬢様も口をあんぐり開けて呆然としています。
なぜなら、彼に案内されたガレージには、映画で見るような古いブローニングM2を搭載したジープと古い戦車があったのですから。
「あの、これは?」
「見ればわかるだろう?ジープと九七式中戦車だ。整備は万全、いつでも行けるぞ。」
すぐに我に返ったすずかお嬢様が彼に問いかけますが、話がかみ合っていません。
というか、ジープはともかくなぜ旧軍の戦車が?
「武器が必要だろう?大丈夫だ、小銃でも機関銃でもバズーカでも何でも揃っているぞ。まぁ全部古いがな。」
忍様の目がまた点になります、それはそうでしょう。
M1ガーランド、ブレン軽機関銃、Stg44、一〇〇式短機関銃、リーエンフィールド、MG42、
PTRD M1941、M1バズーカ、M1カービン、MP40、パンツァーシュレック、マウザーM1918・・・・
ガレージの奥から引っ張り出してきたリアカーにはマニア垂涎の銃火器がゴロゴロと。どこから持ってきたんですか?
「手榴弾ならMK2がお勧めだ。あ、発破用の爆薬もいるか?」
またリアカーかゴロゴロと、中には手榴弾と爆薬がたくさん。もう驚きませんよ、驚きませんとも。
柄付き手榴弾とか赤い悪魔とか初めて見ましたのでちょっと感動ですが。
「火炎放射器もあるぞ、確か対化け物用には必需品なのだろう?」
誰ですかそんな間違った知識を教えた人は!!
「なんでこんなのがここにあるの。」
すずかお嬢様は戦車を指さします。すると、九九式短小銃を弄っていた彼はとても困ったように言いました。
「それは俺も解らん。なにしろ最初からあった。」
「最初からあったの!?」
彼はかなり皮肉げに言いました。これは予想外です。
これから例の魔術師を捕まえに行く、忍様がそうおっしゃられた時はすぐに賛成しましたが・・・まさかの伏兵ですね。
最初から戦車とジープのある家ってなんですかそれ?あの魔術師はそんなものを集める趣味があったのですか?
いえ、ちょっと待つのです私。確か、鈴音様がどこかの私有地で何かしていたと先代メイド長から聞いたような・・・・・
「俺としてはそういう置き土産はちょっと持て余している。」
それはそうでしょう。ジープはまだしも、戦車なんてどこで使うんですか?
「まぁ、あの爺が家に残してくれたモノの中では良い方だ。まだ使い道がある。」
良い方なのですか?日常で戦車を何に使うんですか?戦車で地均しでもする気ですか?捕まりますよ。
「例えば、何があったのでしょうか?」
私がいつもの調子を何とか作って問いかけると、彼は少々うつむいて笑いながら答えました。怒りの笑顔で。
「聞かない方が身のためだ。あぁ、思い出すだけでも戦車に乗りたくなる。」
「乗ってどうするのですか?」
「あの爺探しだして機銃でハチの巣にして榴弾をぶち込んで最後にキャタピラでグチャグチャのひき肉にして戦車の錆にしてやる。」
最後には凄く爽やかな笑顔になりました。なるほど、なんだか親しみが持てますね。
何故でしょう?ほんの少し前まで殺し合っていたのですが、今はとても話しやすいです。
今さらですが、すずかお嬢様が言う通り悪いことしそうな人には見えませんね。
しかもなんだか楽しくなってきます。本当になじみ過ぎです。
「さて、どっちにする?必要なら、迫撃砲や山砲も引っ張り出すが?高射砲もあるぞ。
一応そっち関連の剣や槍、霊装などもある。地下に保管してあるが、案内しようか?」
「軽くとんでもない事言わないでください。」
「いらないのか。」
ガレージに分解した高射砲を置いておく、かなりぶっ飛んだ思考の持ち主のようですが。まぁいいでしょう。
とりあえず、まだ唖然としている忍様を起こさなければ・・・・しかしツンツンして起きませんね。
「あ、恭也様があそこに。」
「恭也!!」
「お姉ちゃん・・・・」
窓にかじりつく忍様にお嬢様は冷ややかな視線を送ります。
やっぱりこれですね。今度は写真でも放り投げてみましょうか。
「はっ!?私は今何を。」
「何でも無いよお姉ちゃん、なんでもないから。」
「え、すずか?どうして距離を取り始めてるの?」
「ソンナコトナイデスヨ?あ、斎賀君手伝おうか?」
「む、ならそこの棚の下から3番目の弾薬箱を全部ジープに運んでくれ。決まらないからジープで行く。」
「解った。」
「重いから気をつけろ。」
彼は彼でマイペースですね。なんでしょう、いつもの私達はこんなだったでしょうか?
せっせとジープに弾薬箱を運ぶお嬢様はすごくいい笑顔で、とても楽しそうです。
彼はジープの給油口を開けてジェリ缶からガソリンを給油しています。
たぶんお嬢様はこの映画のような雰囲気が楽しいのですね。
「とりあえず、燃料はこれだけあれば十分だろう。
月村さんとエーアリヒカイトさん、これでドンパチやってる阿呆の横っ腹に奇襲を掛けるぞ。ただし月村、君は家で留守番だ。」
「いいわよ・・・・」
「解った。」
忍様は戦車の陰で体育座りをしています、妹に引かれたのが堪えたようです。私は・・・
「くぅ~~ん♪」
「よしよし。」
なんだかめまいがしたので、彼の飼い子狐と遊んでいます。モフモフ最高です。妖孤とはいえこれは反則の可愛さです。
「行く気がないらしいから俺だけで行ってくる。何かあったらロフトの窓際の本棚をずらすと無線機があるからそれで頼む。
周波数は調整済みだから、電源を入れておくだけでいい。あとロフトの茶菓子は食ってていいぞ。」
「解った、行ってらっしゃい。」
子狐ちゃんと和んでいるうちに置いて行かれた私たちでした。
第5話『二度あることは三度ある。』
なんで自分は今こんな状況になっているのだろう?ふと高町なのはは自問した。
自分はつい最近ちょっとした出会いがあって、魔法少女となってしまった以外はごく平凡の小学生であった。
父がとある流派の剣術を修めた元ボディガードで、喫茶店のマスターとなってもその腕はベテランであり、
兄と姉はそれを習っていて色々とんでもない動きをし始めているが、母と同様で自分は普通であった。
そんな自分は、今日も今日とてとある裏山にてひぃふぅと汗をかきながら登山にいそしんでいる。
これにはれっきとした理由がある、決してなのはが登山を趣味にしていたりしている訳ではない。
もちろん家族に内緒で剣術の修行なんてもの無い、なのはは運動音痴である。ではなぜか?
「・・・・ねぇ、ユーノ君。ちょっと聞いていいかな?」
「なに?なのは。」
「なんでマラソンの次は山登りしてるのかな?」
「それは、ジュエルシードがここにあるから。」
自分が魔法少女となった原因その一、ジュエルシードがこの付近に存在しているから。
ジュエルシードというのは、簡単に言えば異世界からやってきた超危険な宝石である。
英数字で文字が刻まれている以外外見上は手のひらに収まる位小さい青い菱形の宝石であるが、
その力は絵本にある魔法の道具のようなもので、発動すればどんな願いもかなえてしまうという夢のような力を持っている。
しかしその力は大き過ぎてかつ不安定で、発動すれば大抵は間違った方向に叶えてしまったり災害を起こす。
それが、事故で海鳴市にばら撒かれてしまった。それを収集するのを、なのはは手伝っているのである。
しかし先ほどの言葉、それがかなりナチュラルにウザくなのはには聞こえることにユーノは気づいているのだろうか?
{たぶん解ってないんだろうな~~~}
疲労のせいなのか呆れているのか、表情を曇らせたなのはにユーノは励ましの声を送る。なのはの肩の上から。
「大丈夫だよなのは!」
「本当?」
なのはは頭を小さくかしげながらユーノに問う。その問いに含まれている内心を感じ、ユーノは途端に言葉がつまった。
「・・・・たぶん。」
「帰ろっか。」
「なんで!?なんかいろいろサバサバしてない!!」
だってしょうがないじゃん、という愚痴をなのはは飲み込む。
ユーノは家でのんびりクッキーかじりながら昼寝していたのだろうが、こちとらは色々遊び回って爺臭男4人衆を連れて廃工場に探検に行って疲れていたのだ。
なのに、帰ったらおやつのはずなのに、ジュエルシードが発動してお預け喰らって、その反応を追ってひたすらマラソンして、今は絶賛山登り中{しかも傍目コスプレしながら}である。
正直かなり疲れている、それはもう深刻に。
「レイジングハート、今何時?」
「午後8時38分23秒です。」
女性の機械的な口調で帰ってくる滅茶苦茶正確な返答はなのはの心に深々と突き刺さる。
「門限が・・・お母さんに怒られる・・・・」
「だ、大丈夫だって・・・・」
なのはの言葉にユーノはやや噛みながら答える。
その答えを聞いて首をかしげながらユーノに問いかけた。
「本当に?」
なのはの問いに、以前運悪くなのはの兄と姉が母に怒られている光景をユーノは思い出した。
リビングで正座させられ縮こまる兄妹の前に座る頬笑みを浮かべたなのはの母、高町桃子。
掛ける言葉も優しい、小さな子供に問いかけるような優しさで静かに問いかける。
しかしその微笑みと言葉から発せられる無言のプレッシャーは凄まじかった。
その場に自分が居れば、即座に自分の正体を暴いてペラペラと喋り出してしまいそうなそのプレッシャーに耐えられる人間はまずいないだろう。
それを覗いてしまった時は、ついあそこに居るのが自分じゃなくて良かったと安堵してしまうほどだったのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たぶん。」
「やっぱり帰る、お腹空いた。」
「待って待って!ふらふら方向転換しないで!大丈夫だって!!」
「本当?」
首をかしげるなのはの目は感情の無いガラス玉のようになっている。まるで何か別の人格が乗り移っているかのようだ。
彼女の背後に薄くロングヘアーの少女の姿がにぱー☆と笑っているのが見える。目が全く笑っていない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・帰る。」
「うぉぉぉぉい!だから帰らないで、お願い!!」
「疲れた、お腹空いた、怒られる、怒られるの嫌、みんな心配する、だから帰る。」
「箇条書き!?お願いだから山下りないでーーーー!!」
「だって、魔法って漫画みたいなご都合主義なこと出来る訳じゃないでしょ?」
「―――――うん。」
感情の無い声で痛い所をつかれたユーノは力無く頷く。
「それにもう一つ、ユーノ君を助けた時に病院とその周りを滅茶苦茶にしちゃったんだけど、あれで騒ぎにならなかったのは運が良かったからだよ。
ユーノ君が言う次元世界は魔法使いがたくさんいるって話だけど、地球には居ないんだからね。」
「はい・・・」
頷くしかないユーノに、なのはは腹を決めて再びジュエルシード探しに戻った。
とはいっても手当たり次第草木の根をかき分けて探すのではなく、ユーノの誘導に従って進みながら辺りを捜索するだけである。
しばらく進むと徐々に木々の間隔が狭まってきた。
歩き辛いな、そう思ったなのははふと視線を感じて山の上、というより少し上の方に見えた休憩所に目をやった。
そして、月の光を浴びながらそこのトイレの金の上にたたずむ『ソイツ』を見つけた。否、眼が合った。
「・・・・・・・・・アレ絶対ヤバいよね。」
そこにはこちらを凝視する化け物の姿があったが、その化け物の容貌は尋常なものではなかった。
今までも尋常ではなかったが今回はそれ以上かもしれない。
『凶暴黒マリモ』とか『神社の狛犬{暴走型}』とか、そんな例えでは足りないくらいグロいのだ。
例えるなら、アメリカ某所で出没したネズミ型クリーチャーのリアルバージョンと言うべき化け物で、
簡単に言えば血液とか変な体液とかで色々ドロドロで生の骨肉筋肉剥き出しなかなりグロいクリーチャーである。
まるで大型犬のような巨体に、くちばしのように長くなり皮の向けた口、
急激な変貌に追いつかなかったのか皮膚が破けたストッキングのようになっていて、体にはそこかしこにこびりついている血の痕、そしてワイヤーのようにしなる尻尾。
この尻尾が三つに裂けて炎を出したら完璧だ。
「なんだあれ・・・」
「どうしたの?」
いつもと様子の違うユーノに、なのはは首を傾げた。ユーノはいつにも増して困惑しているようだ。
「あれは、普通の生物じゃない。もっと別な何か?」
自分の世界に入って自問自答し始めるユーノに、なのはは問いかける。
「えと、どう意味かな?」
「わからない、僕も初めて見る。」
「■■■■!!」
「しかもジュエルシードも取り込んだみたい。」
ジュエルシード改めネオミトコンドリアクリーチャー{仮}の口から発せられる咆哮に、
なのはは魔法のステッキ、ではなく相棒のインテリジェントデバイス『レイジングハート』構える。
「レイジングハート!」
「all,light.」
素早く狙いをつけるなのはの言葉に応じるかのように彼女の周りに3つの魔力弾を作り出し、なのははレイジングハートを振って撃ち出した。
無誘導の魔力弾を化け物は軽く横にステップしてかわす、2発目、3発目となのはは撃ち出すが化け物は軽々と避けてしまう。
今まで以上に早く俊敏な化け物の機動性になのははあっという間に翻弄されていた。
「このっ!」
なのはは追加でさらに魔力弾を撃ち出すが、化け物は木々の間を縫うように駆け抜け潜り抜ける。
夜闇に紛れ、まるで残像の用に駆ける化け物は瞬く間になのはとの距離を詰める。
距離を詰め切った化け物はなのはに向けて跳躍、真っ赤な口を開いて食いついてきた。
「protection!」
眼前に迫る真っ赤に染まった口と牙を、魔力障壁が食いとめる。
なのはは噛みつかれた衝撃を後ろに下がりながら受け流しつつ、至近距離から魔力弾を放った。
さすがによけきれなかったのか化け物の腹に命中し、化け物を押し返した。
だが化け物は衝撃を受け流すようにして体制を整えると、再び食らいつこうと飛びかかってくる。
「効いてない?」
その様子にユーノは嫌な予感を感じた。
なのはの魔力弾はまだ低初速ながらとても強力だ、だがそれを化け物はそのダメージ一切感じさせない。
ただ憎悪の籠った目でなのはを見つめ、彼女を喰らい尽くそうと牙を剥いて襲いかかってくる。
何度牙が空を切ろうとも、何度体に魔力弾がめり込んでも止まらない。まるで効いていないかのようだ。
「ここじゃ分が悪い、広い所まで移動するんだ。」
ユーノの言葉になのはは頷いて踵を返して走りだした。
ユーノが背後に足止め用の障壁を作り、なのはは下り坂を転ばないように全速力で走り抜ける。
「ねぇユーノ君! なんであんな風になってるの?私それだけじゃあんな風にはならないような気がするんだけど?」
早口のなのはの問いに、ユーノは一言解ったことを告げる
「解らない。」
「なんで!?」
相手はまだよく解らない危険なロストロギアだ。何が起こるかなんてユーノにだって予測が付かなかった。
「でも今までとはなんか違うよ!絶対違う!!」
「そんなこと言われても・・・・・」
だれか専門家呼んできて!と言外に語る表情のなのはにユーノは言葉がつまった。
そんなことは自分にだって解ってる、ユーノは内心愚痴った。だがそれが何かすぐ分かるほど万能ではないのだ。
まるで何かに取りつかれたようになのはを追ってくる化け物を、ユーノはちらりと見る。
そのグロテスクな容貌と、真っ赤に染まった眼が発する憎しみの視線はまるでなのはを恨んでいるかのようだ。
元はかわいいネズミさんなんだろうとはなのはもユーノも解っているが、
「とにかく、まずはあれを封印しなくちゃ!」
「うん!!」
あのあきらかに出る作品を間違えてます的グロテスククリーチャーに優しさが掛けられるほど余裕はない。
なのはは山を降りると、そのまま助走をつけて目の前のフェンスを飛び越えて街灯が明るく照らす道路に出た。
「このまま目の前の高校の校庭におびき寄せよう。」
ユーノの提案に頷いたその時、
「――――!?なのは、後ろだ!」
後ろを確認したユーノが血相を変えて唐突に叫んだ。瞬間、何かに薙ぎ払われたなのはは近くの電信柱にたたきつけられた。
「――――!?」
体中に痺れと激痛が迸り、視界が点滅する。背中に走る激痛と吐き気になのはは呻きながら地面に転がった。
すぐに起きあがろうとしたが、体が動かずピクピク痙攣する。
動けないなのはの前にどさりと何かが着地した、あの化け物だ。ユーノが化け物に向かっていくが、軽く前足で弾き飛ばされる。
化け物は動けないなのはに舌なめずりし、牙をむき出しにしながらゆっくりと近寄ってくる。
「く・・・・?」
点滅する視界の中で、なのはは化け物の奥歯に何かが挟まっているのを見つけた。
「へ?」
それは目玉。丁度人間の物と同じくらいの大きさの、血走った目玉だった。
化け物は大きな口を開き、大きく息をなのはに吹きつける。その物凄く血生臭い臭気になのはは鼻の中が焼けるように感じだ。
{たべ、られる・・・・?}
あまりの恐怖で意識が遠くなり、視界を再び闇が覆っていく。
だが、なぜかいつまでたっても食いちぎられる痛みは襲ってこなかった。
何かが横合いから物凄い勢いで突っ込んできて、化け物を横っ腹から吹っ飛ばしたのだ。
{くるま?}
その何かは車だった。まるで古い映画に出てくるような無骨な四角い車。
まるで軽トラの運転席をオープンカーにしたような形で、荷台には削岩機のような機械がポールのようなものに取り付けられている。
車の運転席の扉が弾けるように開き、中から誰かが飛び出す。
ズドン!と場違いな炸裂音を立てて、跳ね飛ばされて動けなかった化け物のこめかみを何かが突き抜けた。
一回だけではない、連続して五回、何かが貫くたびに化け物の体が震える。
「高町!?くそっ、今日はいったいどうなっているんだ!!」
どこかで聞いたことのある少年の声がぼやけて聞こえる。なのはは起きあがろうとしたが腰が抜けたのか起き上がれない。
返事もできない。なぜか声が出なかった。声を出そうとしても聞こえるのは荒い息づかいだけ。
それどころか、ゆっくりと体の力が抜けていく。少年は目の前で何か言っていたが、瞬きすると少年はいなくなっていた。
{あ、れ?}
ドン!ガシャガシャン、ドン!ガシャガシャン――――
音のする方を見ると、そこには少年が細長いモノを振りまわしながら化け物に向かって突進していた。
細長いモノの先端を突き刺し、またドン!ガシャガシャン、とまるで銃を撃つような仕草をする。
それからの事はあまり良く解らなくなった。ドン!という炸裂音とガシャガシャンという金属音。
そして一際大きな爆発音とくぐもって聞こえる少年の怒声と化け物の咆哮。まるでB級のパニックホラーの効果音のようだ。
その効果音が大きくなったり小さくなったり、視界が暗くなったり明るくなったりを繰り返している。
視界は徐々に安定してくるが、同時に喉に違和感をかんじた。それは時間を追ってどんどん強くなる。
喉の奥が熱い、鼻の奥がひりひりする、これはなんだろうか?それにこの涙を誘う粘っこい感覚は?
{くる・・・しい・・・・・}
鈍い体を酷使して両手を前に出す、目の前の車に向かって手を伸ばす。
そこには少年の影がある、なのはは少年に向けて力の限り手を伸ばす。でも届かない、少年は気付かない。
息が詰まる、いやどれだけ吸ってもどんどん苦しくなる。吸うたびに喉と鼻の奥が焼けるように痛む。目から涙があふれ出てくる。
意識がまたぼんやりとしてきた。景色が点滅する、幾度かの点滅を迎えた時、なのはは強烈な光に目が眩んだ。
何度かまた瞬きすると、眩んだ視界が戻り始める。
すると、目の前にはいつの間にか少年がなのはの前に片膝をついてライトと水筒らしき物を片手になのはをじっと見つめていた。
不思議なことに、喉や鼻の痛みが引いている。息もできるし、息するとちゃんと『している』感覚がある。
「気が付いたか?大丈夫か?」
くぐもった少年の声が聞こえる。少年はなのはの顔の前で手を何度か振ると、小さく首を横に振った。
小さく何か呟くと、なぜか少年は水筒を傾けてなのはの顔にぶっかけた。主に目と鼻を重点的に。
バリアジャケットが水で湿っているが、この際どうでもいい。その水が、鼻と目にあった異物感を徐々に取り除いてくれたのだ。
まだ少しぼやけるが良くなった視線を前に向けると、目の前の少年の異様さがはっきりと見て取れた。
重たそうなタンクを背負い、長いライフルのようなものを傍らに置いて、ヘルメットを被った少年だった。
しかも何の冗談かガスマスクまで被っているというまるで軍隊のような格好だった。
あぶない、そう思ってなのはは自分の左足に包帯を巻く少年の手を払おうとした。
まだ化け物を封印していない、こんなことをしている場合ではないのだ。
「こら、無理に動くな。まだ処置が終わっていない。」
「で、でぼ!ばだ!!」
「まずは水で口の濯げ、あとうがいもしろ。ほら。」
「ぎい゛で!」
「黙れ、さっさとやれ。喉が潰れるぞ。」
有無言わさぬ声色で水筒を押し付けられ、なのははしぶしぶその水筒を受け取って水を口に含んだ。
「がらがらがらがらがら、ぺっ・・・・あ、喉が楽になっだ。」
「喉の違和感が無くなるまで続けろ。水は飲むな、最悪死ぬかもしれん。」
「ぶーーーーっ!?」
「あぶないな、安心しろ、俺は味方だ。君を助けに来た。」
なのはの霧吹きを避けた少年はその手を優しく包むと微笑んだ・・・・・ような気がした。怖がっていると思ったのだろう。
なのはが首を横に振ると、少年は優しく微笑んだままある方向を顎で指した。
「もう終わった。」
なのはが彼の背後に目を向けると、真っ黒になった化け物が頭に大穴をあけて横たわっていた。
体中に刺し傷や大小さまざまな穴を開けて、ゆっくりと煙を上げている。
いったい何をすればこうなるのだろうか?少々疑問に思うなのはであったが、ジュエルシードの事を思い出して彼に詰め寄った。
「ジュエルシードは!?」
「じゅえるしーど?なんだそれは?」
「あの、あの化け物みたいなのから、青い宝石でなかった!?」
「いや、見てないが・・・・大丈夫だ、あれはもう死んだ。もう襲ってこない。」
首を横に振る彼の後ろで黒焦げの体が動いた。目であった黒い穴がこちらを向き、無理に動いてせいか額が割れる。
その奥に、ジュエルシードの輝きが煌めいたのをなのはは見逃さなかった。
「そんな、馬鹿な。何故動ける!?」
彼は振り向きざまに背負ったタンクの側面から農薬を散布する機械のようなモノを構える。
だがその前に、なのはは傍らに立てかけられていたレイジングハートを手にとって呪文を唱えた。
「リリカルマジカル、ジュエルシードシリアル8!」
レイジングハートを構え、先端をジュエルシードに向ける。ジュエルシードの輝きが増す、その閃光に彼は身構えた。
「封印!」
閃光が集束し、やがて一本の線になってレイジングハートのコアに消えていく。
力を失って再びどさりと倒れる化け物に、彼は驚きを隠せない表情でまじまじと見つめた。
「なんなんだこいつは?火炎放射器で丸焼にしたのに。」
「火炎放射器!?」
「そうだ、ちょっと待っててくれ。念には念を入れよう。」
頷きながら、農薬を散布する機械のようなモノを化け物に向けて引き金を引く。
シュボァァァァ!!とノズルから炎が噴き出して化け物の死体を燃やしつくす光景は圧巻だった。
ちゃんと回りを配慮して燃やしているのか、燃え広がらずピンポイントに死体だけを燃やしている。
その強烈な火力に真っ黒だった死体は瞬く間に形を失っていき、やがて炎以外見えなくなった。
彼が消火器を持ってきて火を消したころには、すで跡形もなく燃え尽きていた。
「立てるか?一緒に来てもらいたい、色々聞きたい事がある。」
なのはは無言で首を横に振る。なぜか体に力が入らないのだ。
「そうか、だがいつまでもここにはおれんな。」
困ったように呟くと、少年は彼女の右腕を取って自分の首に回し、両手をなのはの背中と膝の後ろに回して抱き上げた。
いわゆるお姫様だっこである。眼前までクローズアップされたガスマスクの横顔と、その奥に見える強い眼差しになのはは目を奪われた。
{なんか、怖いんですけど?}
おもに恐怖的な意味で。そんななのはに気付く事無く、少年はまっすぐ車まで連れて行く。
なのはを車の助手席に優しく座らせて、自分も運転席に乗り込むとそのまま車をバックさせた。
どう見ても足が届いていなさそうだが、ちらりと見るとアクセルやブレーキなどの部分に補助機がつけられていて踏めるように延長されている。
座席も少し高くなっているらしい、助手席からも前が良く見える。
これからどこへ連れて行くつもりなのか解らないが、なのははなぜか安心できるような気がした。
化け物の燃え跡が次第に遠くなり、車が曲がり角を使ってUターンすると見えなくなった。
少しの間なのはは黙っていた。意識がはっきりしてきた事もあって、少し色々と考えが整理したかったのだ。
「あ~あ~聞こえたら返事をくれ・・・・なんだと、もう一回・・・・なるほど、了解。」
少年は車を運転しながら愚痴った。マスクは脱いだのか、車が揺れた拍子になのはの足元に落ちてきた。
それを見ると、なぜかなのはは胸がドキッとした。少年に返そうにもなぜか見るのが恥ずかしく、前を向いているしかない。
しばらくの間、車のエンジン音と荷台からするカラカラという金属音だけが聞こえていた。
そういえば、何が後ろでカラカラしているのだろう?疑問に思ってなのはは荷台を覗いた。
「げ・・・・」
荷台でカラカラいっていたのは映画で見たような銃弾の空薬莢だった。他にもライフルや小さな箱などいろいろと置かれている。
その中でも目立つのはその荷台に立てられたポールに取り付けられている削岩機のような銃だ。
長方形の鉄箱から細い鉄パイプが伸びたような無骨なそれとそれに伸びる無駄に大きい銃弾の帯が凄まじい威圧感を醸し出している。
どう見ても本物なそれになのははごくりと唾を飲んだ。
「ねぇ?君が、一人であれを?それともユーノ君と一緒?」
なのはは勇気を出して問いかけた。少年は運転しながら答える。
「いや俺一人だが。ゆーのとは、このフェレットか。」
少年はぐったりしているユーノをなのはの眼前に摘み出した。
なのははコクコクと頷くと、少年はユーノをなのはの太腿の上に下ろす。
「どうやって?」
「聞かん方が良いぞ。君たち風に言えば、その、なんていうか、ん~~・・・・ぐろい?」
「なんで疑問形?」
「若・・・・近頃の言葉は解らん。」
いったいどんな方法ですかそれは?となのはは内心首をかしげる。丸焦げと穴だらけで解りそうな物である。
その様子をどう見たのか少年は、はははと少し笑った。
とにかく、言わないといけない事がある。なのはは気を取り直して、少年に言う。
「ありがとう、えっと・・・・」
「礼はいらんよ。俺はやることをやったまでだ。」
「いやそうじゃなくてね、名前。私、高町なのはって言うの。君の名前は?」
「はい?いや、あぁ、そうか。こっちを見な。」
少年は何を思ったのか小さく笑うと、なのはの肩をちょいちょいと突いた。
なのはは少しドギマギしながら少年の方に顔を向け、大きく目を見開いて固まった。
そこには、とても見慣れた少年の素顔があったのだ。
「きみは・・・・」
「こういうことだよ、高町なのはちゃん。」
少年、斎賀洞爺は少し照れくさそうにして少しアクセルを踏み込んだ。
「少々急ぐ、警察に御厄介はごめんなのでな。」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ほれ、どうぞ。」
「あ・・・ありがとう・・・」
なのはを家に連れ帰ってきた洞爺は、見当たらない月村一家に大きなため息をつきながらも彼女を居間に案内した。
襖を背にするようにして私服姿に戻った彼女を座らせ、洞爺は冷蔵庫から麦茶を取り出す。
外から僅かにサイレンの音が聞こえる中、洞爺が差し出すコップに入った麦茶を受け取るとなのはは一口飲んでそのまま一気に飲み干した。
冷たく冷えた麦茶は、今の彼女にとってまさに天の救いだったようだ。
「ぷっは~、生き返る~」
「ははははは、そうかそうか。それにしてもあいつどこに・・・?」
「あいつ?」
「いや、なんでもないよ。」
洞爺は肩をすくませる。その様子になのはは笑った。その時突然ぐ~、と鳴るお腹。なのはは赤面し、洞爺は苦笑した。
「落ち着いたか。ほら、せんべい。」
「ありがとう。いいの?」
「かまわんさ。」
なのははせんべいの袋を貰うとポリポリとせんべいを食べ始めた。
向かいに座ってそれを眺めながら微笑む洞爺。そんな中で、なにやらタイミングを計ったかのようにフェレットが口を開いた。
「ねぇ、君は何者なんだ?なのはと君はどんな関係なんだ?」
「うぉ!喋った!?化け物はともかくとうとう小動物まで喋るようになったのか!?」
「あぁ、まだ自己紹介がまだだったね。僕はユーノ・スクライア。それで、君は?」
ちゃぶ台の上で変った形のフェレット、ユーノが洞爺に疑問を投げかける。
「なんて世界だ・・・あ~~、俺は――――」
洞爺が返答しようとすると、それよりも早くなのはが返答した。
「斎賀洞爺君。斎賀君は、学校に転校してきた新しい友達なの。」
「転校生?君がか?」
ユーノは目の前に居る白髪交じりの黒髪を持つ少年に疑問を投げかけた。どうやら洞爺がただの転校生とは思えないらしい。
当然だ、ユーノは洞爺の戦いを少し見ていたのだ。
やはりやり過ぎたかな~と洞爺は少々後悔したが仕方がない、正直手加減などに気を割いてはいられなかったのだ。
「何か不都合でもあるか?」
「ある。君の戦い方は変だ。」
「我流なのでな、他から見れば歪だろう。」
ユーノの疑問げな言葉に洞爺は少し不愛想に言う。こうもあからさまに変に思われると気分が悪い。
洞爺は話を切りあげ、なのはに向きなおった。
「俺の方も、あの化け物の説明をしてほしいのだが?」
「え、とあれは・・・というか斎賀君?なんかいつもと感じが違う気がするんだけど~~?」
「これは俺の地なのでね。それよりあの化け物は何なんだ?あの再生力は普通じゃない。
ただの化け物などではなさそうだ。それに君たちはなぜあいつと戦っていた?」
洞爺がなのはに問いかける。ユーノはすぐに察しがついた。それを説明するのは自分の役目だ、ユーノはなのはを制止した。
そんなユーノを見た洞爺の目を細くしてまじまじと見つめる。
「それは、僕が説明するよ。えと・・・」
「斎賀だ、斎賀洞爺。なんというか、まぁちょっとこっち関連の経験がある兵士と言ったところか。」
「兵士・・・それ本当?」
洞爺は軽く首を縦に振る。マジもんの兵隊ですか、ある意味納得してしまったなのはは笑うしかなかった。
「まぁ、つまりそういう事だ。君たちのような魔術師などじゃない。」
「魔術?あぁ、ここではそう呼ぶのか。わかった、サイガ良く聞いてほしいんだけど・・・」
ちょっと言い方が引っかかったがそういうものだろうと納得したユーノは、なのはの友達ということに信用を置いて話すことにした。
あの怪物はジュエルシードの暴走によるものということ。
ジュエルシードは発掘して輸送中に事故でこの町に散らばったこと。その過程でなのはに手伝ってもらうことになったこと。
それらを聞いた洞爺はしばらく目を白黒させていたが、少し考えた後自分なりに考えをまとめた。
「なるほど、つまり異世界人である君がある世界でジュエルシードを発掘し、それが危険なものだと解って管理局とやらに輸送する途中事故にあった。
その事故でこの町に拡散したジュエルシード集めるために君はこの世界にきた。しかしこの世界の環境が予想以上に自分に合わず瞬く間に体調を崩した。
なのに無理して負傷し、近くにいた高町に救いを求め、あんなことこんなことあった結果今に至ると言う訳か。」
「まったくもってその通りでございます。」
なのはが見せるジュエルシードと説明に、徐々に無表情になって厳しい表情になっていく洞爺にユーノはコクコクと頷く。
洞爺は内心複雑な気持ちになって、半開きになっている襖の方にちらりと目をやった。
襖の向こうの廊下には、隠れていた忍とノエルが聞き耳を立てているのだ。
こんな状況なのだからなにも隠れなくてもいいと思うが、あっちはあっちで何か考えがあるらしい。
なのは達は気付いていないようだが、襖からは視線と言い表せないような驚愕の気配が二人分伝わってくる。
妹の方は別の部屋で待機しているようだ、まぁ無難な所だろう。子供に変なことを聞かせる必要はない。
{にしても、異世界だと?こんな与太話、普通なら信じられん。だが、実際それと符合することがあるのも事実。
不可思議な現象、町に落ちたらしい魔力の塊、確認されたことのない化け物、そしてあのジュエルシード。
あれは月村が持っていた宝石と同じだ。くそ、ここまで来るとほぼ確定的だな。}
「斎賀君。私はちゃんと納得して手伝ってるよ。それに、ユーノ君は・・・・」
その厳しい表情になのははフォローを入れるが、洞爺はそれを手で制してやめさせる。
「それはいいんだ。ただこれはその環境が合わないだとかそういう問題じゃない事だ。
ユーノ、君はなぜすぐにその『時空管理局』に助けを求めなかった?日本にだってそれなりの組織はある。
黙って変に事を起こせば、下手をすれば殺されるぞ。」
「え!?あるの!!」
「なにを驚いている高町。といっても、君が想像しているようなものではないだろうがね。それで、ユーノとやら?」
今日殺されかけた事実を少々皮肉げに混じらせた洞爺の問いにユーノは毅然とした態度で答える。
「これは僕が起こしたことだからだ。だから僕が始末をつけるべきなんだ。」
「その心意気は立派だが、その為に君は無関係の高町を巻き込んでいるんだぞ。自分が起こした不始末のためにな。」
洞爺の切り返しにユーノは押し黙る。だが洞爺とて鬼ではない、それ以上追及せず話を続ける。
「君たちの仲間は?増援は?」
「僕はひとりでこの世界にきた、増援はない。さっきも言った通り、輸送船に乗ってたのは僕だけだったから。」
「他の乗員は?まさかその宇宙船ともいえる船が無人機とは言うまい。」
「・・・・・」
「・・・・なるほど、話を変えよう。そのデバイスとやらは元から高町が持っていたものか?それとも君の?」
「レイジングハートは僕がなのはにあげた物だ。レイジングハートもずいぶんなのはを気に入ってるみたい。」
「高性能、いや自我を持った人工知能を有した魔術杖ねぇ。まさに魔法じゃないか。」
ユーノの答えに洞爺は科学なんだか魔術なんだかわからんなと笑いながら言う。
その時、なのはは足元に転がる細い金属性の何かに気づいた。それを拾い上げるなのはに気付かず洞爺はユーノに問いかける。
「ユーノ、ジュエルシードは何個あるんだ?幾つ散らばった。」
「21個だ。今まで集めたのは5つで、残りは16。」
「この町に散らばったのか?全て?」
「ああ、途中までは捕捉していたんだけど・・・・」
「今は感無し、か。なるほど、町を騒がしているのはそいつか。」
「気づいてたの?」
「今回の騒動は知ってる人間にはそれなりに知られた話になってきている。
気をつけろ、こっち関連はともかく、そろそろ普通の警察も本腰を入れてくるぞ。
これで被害が出たら今度は自衛隊の出番だろうな、その次は米軍、その次は国連だな。」
「それじゃぁ、犠牲が出る一方だ。」
「その前に自分の心配をしてほしいんだが・・・・」
洞爺の言葉にユーノは無念そうにうつむく。姿はとても愛らしいのだが状況が状況だ、洞爺は厳しい表情を浮かべる。
「そうなる前に手を打つよりほかあるまい。とはいっても、発動した所を早急に叩く以外なさそうだな。
ちなみに、そのとんでも宝石が一斉に発動した場合いったいどうなる?被害はどれくらいになるんだ?」
「・・・・良くてこの街が壊滅、悪くて次元断層が発生して世界もろとも次元の塵になる。」
時間が止まった。洞爺の表情がきょとん、とどこか間抜けな表情になる。
さきほどまで引き締まっていた洞爺の表情がそんな顔になったことにユーノもまたキョトンとした。
そんなキョトンとした空間になのはもまたキョトンとなった。
「ちり、塵?え?」
「え、これが?え?」
「あれ、忍さんの声?ノエルさんも?」
襖の向こうから盛大に聞こえた二人の呆け声になのはの腰が浮きかける。
それを洞爺は瞬間移動もかくやという速さで回り込み、彼女の肩を押さえて座り直させた。
無理やり座らせたなのはの前に自分も座り、真顔で顔を合わせてじっと見つめ合う。
「それは気のせいだ。」
「え、でも・・・」
「気のせいだ、何も問題は無い。」
真顔で、なのはの目を見つめながら言い直す。ただ瞳だけを見つめて、頭に擦り込ませるように。
「気のせいだ。」
「・・・・うん、そうだね。そうだよね、忍さんの声がするはず無いもんね。」
「そうだ。高町、きっと君は疲れているんだ。ついでに俺も疲れているようだ。今とんでもないことが聞こえた気がした。」
「いや、本当のことなんだけど?」
「・・・・・・本当に?」
ユーノはコクコク頷く。オーマイゴット、神はソドムとゴモラよりも刺激的なモノを求めているのか。
またかとばかりに肩を落とす洞爺は、神様に鉛玉をぶちまけたくなった。神様万歳である、おかげでヤツあたりには困らない。
「確率は高いよ。」
「なんというものを・・・・」
廊下から聞こえてくるドタバタを久遠の所為だと誤魔化しつつ洞爺は左手で顔を覆う。
常識という砦の土台が風化してボロボロと崩れ去っていく。虚しい最後である。
なんてものをばら撒いてくれたんだ、と洞爺は大きくため息をついた。
簡単に言えば、ジュエルシードは手のひらサイズの地球破壊爆弾という訳だ。
それが町中に散らばって安全装置が壊れた爆弾のようにいつ発動するか解らない不安定な状態で転がっている。
そんなモノに囲まれて、とてもではないが安心して暮らせる状況ではない。
やっぱり厄介なことになってるじゃないか、洞爺は内心そう吐き捨て、気持ちを切り替えてなのはに言う。
「高町、君は手を引け。」
「ふぇ?」
なのはは、何かをポケットに突っ込んで洞爺に向き直った。
彼の視線はいつもの数倍厳しい、そんな視線をなのはに向けながら言った。
「手を引け、君は一般人だ。まだ引き返せる。元の日常に戻ることは難しくない。」
「なんでそんな事聞くの?」
「こんな核爆弾モドキに関わってたら碌なことにならんという事だ。俺はともかく、君はこういう事には慣れておらんだろう?
そんな短期間で魔術をものにした君の才能は素晴らしいが、はっきり言って経験不足だ。」
「でも・・・」
痛い所を突かれてなのはは口ごもる。
「これはとても危険な事だ。悪い事は言わん、魔術を捨てろとも言わん、だがこの件からは手を引け。そのほうが身のためだ。」
洞爺の言葉になのはは少しの間考え込んで、固い決意の表情で首を横に振った。
その表情に、洞爺は息をのむ。それは子供がしてはいけない表情だ。
「ジュエルシードを集めるのはやめない。だって放っておけないもん。」
「本気か?戦いの世界は君の考えているような甘いものではないぞ。話だけでも厄介なことになる予感がする。
もし一度踏み入れたら最後、生きて帰るには最後まで行くしかないぞ。最悪人の死を見ることにもなるやもしれぬ。それでもか?」
洞爺のその言葉は、まさに空気を震わすような威厳と貫禄が伴っていた。
それでもなのはは言い返そうとしたが、彼の鋭い眼光と反芻される言葉に口をつぐむ。
故に深く考えさせられる。本当にいいのか?と、もう一度考え直すべきではないかと?
だが、ここで決めたらもう後戻りはできない。するんじゃない、彼の目はそう語りかけている。
これは彼の優しさから出た脅しであり、自分を試すため試練だ。安易に手を出すモノではない、そう言っているのだ。
だから、もし行くと決めるなら、最後の最後までやりとおすのだと。
「そんなの、集めるって決めた時から決めてるよ。」
だから、屈することなくなのははしっかりと頷く。その表情に、洞爺は懐かしさを覚えた。
その表情は昔の友人と同じ表情をしていた、何を言っても聞かない頑固な表情だ。
こりゃなに言っても無駄か、と洞爺は少し自嘲し、真顔になってユーノに目を向けた。
何が彼女をそんなに突き動かすのかは解らない、だがそれはきっと大切なことなのだろう。
それを止める権利など自分には無いのだ。
「ユーノ、これは危険なもので放っておけるものではない。そうだな?」
「ああそうだ。だからどうするって言うんだ?」
「俺も手伝おう。二人より三人の方がいいはずだ。」
そう言った瞬間、二人の顔が驚愕で固まった。
「君は正気か!こんな事件にかかわるなんて!」
「正気じゃないのはどっちかね?こんな危険なものをたった二人で集めようという方がどうかしている。
それに君たちがどう言おうと俺は勝手に回収する、そんなものを道端になど放っておけない。
・・・・というかなんだ、話の流れで予想はつかなかったのか?」
洞爺はケロリと返した、ユーノは返答に詰まる。
「だけど・・・無関係じゃないか。君は!!」
「高町がやるのに男の俺が手を引けと?冗談はやめてくれ。心配いらない、自分のことは自分でやる。
足手まといにならないことは確約するよ、お喋りイタチ。なったらなったで見捨ててくれても構わんしな。
一応、この世界の組織につてがある。話はつけられるし、それなりの支援もつけられよう。」
ちらりと襖に目をやると、襖が少し開いて親指を立てた手が出てくる。もちろんなのは達には見えない。
「だが、相手はロストロギアだ。ライフルなんか対抗できるものじゃない!!」
「どうだかね、どんな化け物でも対処法は必ずある。それに武器はこれだけじゃないぞ。
必要な物はなんだ?手榴弾か?余ってるから箱ごとやろう。それとも重機関銃か?それならいくらでも用意できるぞ。
対戦車兵器か?必要な機種は対戦車ライフルか?バズーカか?速射砲ならラインメタル製の良いのがあるぞ。
対空機銃はボフォースの40ミリなんかお勧めだ。大口径だがベルトリンク式で連射性を保っている。
野戦砲や榴弾砲をお求めなら15センチ級の野戦榴弾砲なんかどうだ?喰らえば重戦車も粉々だ。
それとも輸送手段をお求めか?結構、悪路に強い半軌道装甲車から小回りが利く自転車まで用意して見せよう。ま、運転手が居ればの話だがね。」
「・・・・・あるのか?」
「あるね。それに、誰かが絶対にやらなくちゃいけない事なんだろう?どうだ、悪い話じゃないと思うぞ。
利害も一致している事だ、敵を増やす事もあるまい。」
洞爺の提案に、ユーノは押し黙る。
「・・・だんまりか、まぁいいさ。別に今すぐに答えをもらわんでも。
だが覚えておいてくれ、もしまたそいつが現れたりしたら、俺は独自に動く。
そんなモノを放置しておくことなどできんからな。もし子供が飲み込んだりしたら大変だ。」
少しばかり皮肉げに言う彼がやる気なのはユーノにもよくわかった。
確かに味方が増えるのは好ましい事だ。たかが銃とはいえ、味方が増えればなのはの負担も減る。
見た所戦闘には慣れているようだし、銃火器の扱いにも長けているようだ。
ならば正面切って戦うのではなく後方支援として動かせば良いパートナーになってくれそうだ。
何より、こいつはそういう事件になのはよりも慣れていそうだ。
「・・・・解った、よろしく頼むよ。」
「返事が聞けて助かるよ。とりあえず今日はどうする?なにしろもうこんな時間だ。泊っていくか?」
時計を指さす。時計の針はとっくに高町家の門限を4時間ほど過ぎた位置にあった。
それを見た瞬間、なのはとユーノの時間は止まった。その間約三秒。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「わあああああああああ!!」
なのはがムンクのごとき叫びをしてユーノがそれに毛を逆立てて驚く。洞爺は、その光景にくすくす笑った。
「あ・・ちょ・・もうこんな時間!!斎賀君。また明日ね!」
「帰るか。明日は休日だぞ。」
「あーーー!!忘れてた!!じゃあね!!」
血相欠いて出て行こうとするなのはとユーノに洞爺はやれやれと肩をすくめる。
「サイガ、この事はくれぐれも内密に頼むよ。」
「うむ、できる限りな。帰るときはなるべく表通りの人通りの多い道を行くといい・・・・そうだ高町、ちょっと待ってくれ。」
「なに?」
なのはがあわてた様子で振り向くと、そこには凛々しく引き締まった表情の洞爺が居た。
洞爺はポンとなのはに向けて紙片を投げる。なのはがキャッチするとそれを指さして言った。
「家の電話番号だ、何かあったら遠慮せず頼れよ。あと、そのポケットにある弾丸は置いて行こうな。」
「ふぁ!?はい!」
「いい返事だ。それと・・・地獄へようこそ。」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
なのはが家に辿り着くと待っていたのはやはりお説教だった。
家の玄関を開ければ父母兄姉勢揃い、こっちにおいでと手招きされてリビングへ連行である。
逃げれば良い?何か言い訳?口裏合わせて切り抜ける?そんなもの罪を重ねるだけである。
あまり長くは叱られなかったが、おそらく次はない。
今回はやけに心配して騒いでいた兄の恭也の鎮圧が先だと思ったのだろう。
なにやらやけに大騒ぎしていたが、今ごろフルボッコになっているに違いない。
なのはは自分の部屋に戻ると緩慢な動作で着替えを済ませてベットにダイブした。
リビングからモゴモゴ話し声が聞こえてくる中、小さくため息をつく。
「なのは、大丈夫?」
「大丈夫だけど・・・・少し疲れた・・・」
体を弛緩させて力なく答えるなのははふと何かを思い出すと脱ぎ捨てた服のポケットを探る。
そして、お目当ての物を引っ張り出した。
「なのは、何して―――それは!?」
なのはが取り出したのは細長い鉄の物体、7,7ミリ小銃弾がなのはの手に握られていた。
だが、それは先ほど洞爺に返したはずの物だ。ユーノは思わずなのはに問いかける。
「なのは、さっきサイガに返したんじゃ?」
「うん、一つはね。」
あのときなのはは二つこれを拾っていたのだ。一つはすぐさまポケットにしまいもう一つを眺めていたにすぎない。
そして洞爺に返したのは、その一つだ。なのははテレビでしか見たことがなかった実弾を眺めた。
「これ、本物だよね?」
「ああ、まぎれもない弾丸だね。」
実はあの時、すっかり空気になったなのはは洞爺のわきに立てかけられている物に目を付けていたことをユーノは知らない。
{あれ、本物のライフル銃だったよね。}
鈍く光るハンドル、遊底の上につけられた遊底覆い、銃身の上に付いた菊紋、木製のストック、備えつけられた照準器、まぎれもない実銃だろう。
本物そっくりのエアソフトガンとは違う重量感と質感がよく見てとれたし、
銃の鉄の本体?に『110948』と彫られたシリアルナンバーがやけにリアルだった。
本物の拳銃とライフルを見たのは初めてだったが、それでも本物か偽物かは一目瞭然だった。
手の中で光る7,7ミリの実弾を眺め、なのはは何故彼がそんなものを持っているのか疑問に思った。
普通に暮らしていたのなら外国でもそんなものを触る機会は限られる。なら、その暮らしが『普通』ではなかったのなら?
なのはの脳裏に嫌な想像がよぎる、おそらく間違ってはいないだろう、彼もそう言っていたのだ。
だがさっきの彼の表情には優しさがあった。それに何より、今まで見てきた彼の姿が全部演技だとは思えなかった。
{斎賀君は、助けてくれるって言った。}
銃弾と一緒に取り出した電話番号の書かれた紙を広げる。電話すれば、いやまた事件が起きればきっと洞爺は駆けつけてくる。
なぜか魔法を使う姿ではなく映画で見たような銃で武装した洞爺が思い浮かんだがそれでもとても心強い。
「なのは、これ見て。」
無言で考えているとユーノが何かを見つけたようだ。ユーノが示す先には何か彫ってある。いや、正確には刻まれている。
その小さな文字になのはは目を細める。
「7,7・・・九九式普通実包?」
「これの名前みたいだね。しかも日本語で・・」
そこでまたなのはとユーノには疑問ができる。なぜこの銃弾には日本語が刻まれているのか?
「なのは、日本って銃弾とか作ってるっけ?」
「たぶん・・・でも、確かこういうのには英語が書かれてる気が・・・」
なにぶん銃器に対しては映画などで見た記憶しかない。ましてや銃弾の底部などを写すなどあまりない。
しかし、この銃弾に刻まれているのは紛れもない日本語だ。
「なんでだろう?」
「う~ん?」
二人はベットの上で頭をかしげた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その銃弾の持ち主である洞爺と言えば、居間で魔術書をめくりながら首を傾げた後一つため息をついていた。
「ない、か・・・」
探していた『ジュエルシード』の項目は手持ちの魔術書には無かった。すでに彼の周りには引っ張り出した魔術書が山になっている。
調べきれていないという可能性も否定できないが、あんなモノが資料の片隅に追いやられている訳がない。
そもそもジュエルシードの危険性は基準で考えれば危険物、そんなモノが古いとはいえこの手の資料に載っていないのはおかしい。
{となると、やはりあいつの言っていることは本当か。}
次元世界、時空管理局、そんな摩訶不思議大冒険な世界からやってきた異世界産フェレット。
いくらなんでも話が飛躍しすぎやしないか?そう最初は疑っていたのだが、どうにも雲行きが怪しいのは確かだ。
なぜならこの事を説明するユーノの言葉には、事実を話している特有の説得力が感じられた。
この手の説得力は生半可な経験では出せない、そしてユーノはその経験を積んでいるようにも見えない。
奴の言葉には経験不足が如実に表れていたのだから嘘でも無いことは疑いようもないのだ。
だがユーノがかなり不審な相手であることは変わりなく、故に裏付けを取ろうと思ったのだが、
「くそ・・・」
結果はこれだ、洞爺は雑に本に放る。今家に有る資料にはジュエルシードやそれに関連するものは一切存在しなかった。
この世界に無いものなのだから当然、そんな仮定の裏付けになってしまった。
{するべきことは一つ。日本、いや海鳴からそのジュエルシードを一つ残らず破壊もしくは回収する、か。
言葉にするのは簡単だし、目的も単純、だがそれは難しい問題か。}
自分は軍人であり戦闘の事は誰にも負ける気はしないが、魔術関連は門外漢なのだ。
昔ひと悶着あっただけに、少し理解できる分自身に出来ないことも明確に解ってしまう。
洞爺はいらつく精神をなだめるべく煙草を口にくわえた。
「ここはいつからウェルズの世界になったんだ。」
「そうだね。」
「そういう君はここに居ることに違和感を感じないのかね月村君。」
「あはははは・・・」
一緒に資料をめくっていた{読めてない、独逸語である。}月村すずかは笑ってごまかそうとするが、声色が暗くてごまかせていない。
彼女は衝撃の情報でごたごたすることを見越した姉の配慮で彼女は斎賀家にお泊りになってしまったのである。
忍やノエルは把握している故に信用してくれているが、知らない人から見れば自殺行為だ。
しかし止めても突っ走る忍に押し切られ、結局あずかることになったのだ。
洞爺はため息をつきながら両手を上げるしかなかった。あらゆる意味で考えた所でどうにもならない。
例え階級章や手持ちの写真などで本人であることを確認した忍さんが信用したけど切り捨て上等な瞳をしていたのだって、
エーアリヒカイトさんがなぜかかなり尊敬してます的な瞳を向けてくれたのだって、
フェレットが『僕異世界フェレットです!』と声高に日本語で宣言してくれたり、地球存亡の危機だったり・・・もう、なんだこれ?
「だがまぁ、良かったじゃないか。今回の事件は君達には全く関係ないことだと解ったのだ。」
「うん、そうだね。」
すずかの声色は先ほどから暗い。ショックはすでに抜けたが、やはり親友のなのはが心配なのだろう。
彼女には詳細は知らされていない、まだ知る必要が無いと判断された。
一晩預かることになったのも、無駄な雑音を彼女の耳に入れないためだ。
この家には洞爺以外は久遠だけ、安全かつ完全に情報を切断するにはもってこいだ。
けれど、今回の事になのはが巻き込まれた事は知ってしまった。大慌てで帰る彼女の声を聞いていたのだ。
「大丈夫だ、俺も手伝うし、君のお姉さんも動く。心配はあるまいよ。」
「でも、私は、なのはちゃんの友達で、それで、一族で、守らなきゃいけない立場で、助けたくて、それで・・・」
{むぅ、これは考え過ぎて思考が空回りしているな。}
出来ることなら彼女の傍に居たいと思っているに違いない。
知ってしまった彼女に、自分はこういう人間だから任せておけば大丈夫、と安心させたいのだろう。
だが彼女に力は無く、夜の一族という正体は、例外はあれどそう簡単に明かすことなどできない。
それが悔しくて仕方が無い、でもどうにかしたい、その純粋な気持ちが空回りしているのだ。
そういう時が自分にもあった分、洞爺はその気持ちがよく解った。解ってて対処が出来ないのは辛いのだ。
「大丈夫だ、俺が何とかする。」
そっとすずかの頭に手を置いて、優しくなでてやる。
元よりなのはを放っておくことなどできないし、ジュエルシードも何とかしたい。
そして親友の孫が苦しんでいる姿を見て見ぬふりはもっとできなかった。
「君が巻き込まれた親友を想う気持ちはわかる、だがそのために無茶をしてその親友を心配させたら本末転倒だ。
君は君が出来ることで、高町を助けてあげればいい。俺は戦えるが、君は高町の心を癒せるだろ?」
「癒す?」
「彼女の心は未熟、それ故に脆い。なのに頑固な所がある、どこかでそれが祟るだろう。
その時、必ず傍に居てやれ。親友として励ましてやれ。それが彼女には一番の安らぎと活力になる。
明日にでも彼女を誘って、一緒に遊び回ってはどうかね?そうすれば今日のことなど取るに足らないものになるさ。」
「安らぎと活力。」
「自分には帰ってくる所がある、受け入れてくれる仲間がいる、それだけで随分と楽になるものだ。少なくとも、俺はそうだった。」
戦場ではそれだけでも救いだった、少なくとも自分たちはそうだった。
隣には仲間が居て、帰れば暖かく迎えてくれる家族や友人たちが居る。
それだけでも心が安らいで、護ってみせる、生きて帰ると力が入ったものだ。
「うん、解った。」
すずかの声色から暗い色が消えた、一安心といった所だ。これで馬鹿な真似に出たりすることは無いだろう。
そこで、月村家は大丈夫なのかとふと疑問に思った。
彼女達は元々魔術などの非日常の住人であるし、陰ながらバックアップはしてくれると言ってくれたが・・・
{しかし・・・}
「喉が渇くだろ、麦茶飲むか?」
「どうも。」
再び魔術書を読みふける{読めてない、仏蘭西語である。}すずかにお茶を出しつつ考える。少し戸惑いがある、なぜなら力と言うものは人を変えるのだ。
それが強大であればある程、どれだけ純粋な志でもすぐに爛れさせ腐らせてしまう。
かつて多くの革命家や、理想に燃えた人間達の中にはその過程で手に入れた強大な『力』によって腐敗し堕落した者が多くいた。
{いや、無用な心配か。}
トップである月村忍は行動力があり思慮も深くとても信頼できる女性であるし、その妹のすずかも素直な娘だ。
すずかはまだまだ危うい所もあるが、今後の成長が期待できるだろう。
{大丈夫だ、彼女の孫なんだからな。それに俺の方から信頼しないでどうする。}
無論それは感情論であり、希望的観測でしかない。それほどまでに、力というものは恐ろしい。
「まぁ、いざとなれば・・・」
「いざとなればどうするの?」
「ん、何でも無いさ。」
最悪の事態も想定し、煙草を灰皿に捨てる。最悪の事態には慣れている、引き金を引く事に躊躇など無い。
「もっと作り置きが必要かもな・・・ついでに訓練も。」
「私も手伝おうか?」
「いや、それには及ばんよ。」
作り置きというのは無論武器弾薬のことだ。これから彼女たちに協力する以上、必然的に戦闘になるだろう。
そんなときに銃弾がなければどうしようもない。今更、銃剣突撃でもしろというのか?自分としてはしたくない。
それに今は体が子供になってしまっているのだ。
力が衰えていないだけマシだが、それでもやはり小さい体というものはデメリットだ。
いつもの感覚で振り回せば、絶対にどこかで失敗するに決まっている。戦闘中にそれは命取りだ。
{今更玉砕なんて御免だな。}
とりあえず一通り整備しとくか、と魔術書を脇に寄せて土蔵に行きある程度武器を引っ張り出す。
居間に並べられたその量に改めて感嘆の息を漏らすすずかの前で、整備用具を取り出すとテキパキと全面整備を始めた。
拳銃や小銃などの基本装備を始め、対戦車ライフルやバズーカ、重機関銃までも手慣れた手つきで分解し油をさす。
その手際の良さに、すずかが感心の声を上げた。
「凄い早いね。」
「これ位は普通だ、戦場では迅速かつ確実にしなければならないからな。君は機械に興味があるのだったな。」
いつかの他愛ない会話を思い出して、部品のかみ合わせを確かめるために使っていたピンセットを差し出しながら問う。
「やってみるか?」
「ぜひ!」
ピンセットを受け取って目を爛々と輝かせるすずかに、分解途中だった九九式軽機関銃を譲る。
珍しげに内部の構造や部品のかみ合わせを調べる彼女はとても興味深々だ。
彼女の手付きからは、銃器には慣れていないがそれなりに機械いじりに慣れている事が見受けられた。
「そんなに九九式軽機が珍しいか?」
「うん、見たことはあるけど触ったこと無いから。」
{まぁ、60年も前の銃器だ。確かに、今も動くなんてものは少ないだろうな。}
「あれ?照準が少し狂ってるよ?」
「それは良いんだ、銃剣をつけて使うからな。照準は変に弄らんでくれ、自分でやる。」
でもそれだといざって時に困るんじゃ?その時は適当にばらまく、そんな会話をしながら二人は次々と銃器を手にとっては整備していく。
そんないくらか時間が経った頃、ふと洞爺は縁側の方から視線を感じた。
ぴかぴかに磨き上げられた銃火器から庭に目を向けると、そこには首をかしげている久遠の姿があった。
「く~~~~?」
「あ、久遠ちゃん!」
「久遠、今までどこに行ってたんだ?泥だらけじゃないか、また溝にでも入ったんじゃあるまいな?」
「く!」
「む、俺も油だらけか・・・・」
「私も。」
外から覗き見る円らな黒い瞳の持ち主である久遠の泥だらけになった身体と自分の手を見て苦笑いした。
勝手に外に出てふらふらしていた久遠はトテトテと庭から今に上がると胡坐をかく洞爺の足の上に乗っかって寝転がる。
なにぶん遊び盛りな子狐だ、何度注意しても駄目だからここの所はある程度黙認している。とはいえ、それは昼の話だ。
「まったく、夜は勝手に外に出ちゃ駄目じゃないか。やっぱりリードが必要かな?」
「くぅーー!」
「解った解った、嫌なんだな。さて風呂場に行こうか。月村、君も入るかい?」
「え、えぇと・・・」
困ったように口ごもるすずかに洞爺ははっとなった。つい彼女を子供扱いしてしまったのだ。
9歳とはいえ、彼女も女性である。異性と入るのはそろそろ遠慮したくなる年頃のはずだ。
また今の自分は彼女と同年代で、48歳のいい年こいたおっさんではないのだ。
「すまん、俺が悪かった。」
「ううん、いいよ。私は後で良いから、先に久遠ちゃんと一緒に入って。」
「あぁ。」
『リードやだーー!』と抗議の声を上げる久遠をなだめながら抱き上げ、風呂場に直行。
あまりの恥ずかしさに穴があったら入りたい気分だ。
汚れた服を脱いで洗濯機の中に放り込み、硝子戸を開けて無駄に広い風呂場へと足を踏み入れる。
風呂場に着いた途端決死の脱出劇を試みる久遠をつまみあげて湯を張った洗面器に放り込み入念に体を洗ってやる。
どうやら排水溝にも入ったらしく見た目以上に泥が出てきた、匂いもする。
{これはひどい、徹底的に洗ってやらねば。}
動物用シャンプーでごしごし洗ってやると、久遠が最後の抵抗に出た。
ひたすら身をよじってグネグネとウナギのように脱出しようとするが、その額に洞爺は軽くデコピン。
一発で大人しくなった久遠の体を洗いつつ、洞爺はやれやれと言葉を掛ける。
「動物用だから安心せい、あと匂いが落ち無かったら布団に入れん。」
「く・・・くぅ・・・」
汚れた首輪をはずし、20分かけてしっかり洗ってやるとすっかり久遠は綺麗になった。
ついで無駄に大きい湯船に入浴し、一度疲れと汚れを落とす。休息の一時だ。
温泉の素を入れた風呂は久しぶりである。
「あ~~、気持ちいい~~~」
「く~~~~」
無駄に大きい湯船の片隅で一人と一匹はまるで兄弟のように顎を縁に乗せる。
バランスを取って水死体のごとくグテ~っとしながら洞爺は今日の事をもう一度思い出していた。
昼間は普通に遊んでいた、なのに夜はすずかを助け、化け物とメイド殺し合いになって月村家と再び接近し、
親友の訃報を受け、さらにはなのはの絶体絶命を助け、異世界フェレットと遭遇し地球の危機に直面。
もうなんと説明するべきか解らない状況である。平和な世界があっという間に吹き飛んだ。
嘘だといいたくなるが現実である。さて、もう一度やってみよう。もう、なんだこれ?
「まぁ、何とかなるか。」
むしろする、しなけれなばならない。
「これで酒があれば言う事無しだな~~~くそっ、徳利に入れて持ってくりゃ良かった。」
「くっ。」
「ふぶぅ!?」
油断していたら久遠の前足一閃によって額をはたかれ、バランスを崩された洞爺は湯船の中に全身を踊らされた。
「くくぅ♪」
得意げに鳴く久遠。だがその背後から幽霊のごとく腕が伸び、久遠の胴体をガシッと掴んだ。
「くべ・・・」
「テメェも来い。」
「くぅぅぅ!?」
制裁開始は無音であった、そして悲鳴は居間で資料を読めず四苦八苦するすずかにまで届くことは無かった。
少ししてぐったりした久遠を連れて出た洞爺は変えの服に着替え、一度自室に戻って、
寝巻の代わりに紺色ジャージ{小学校制式採用品・未開封未着用}をすずかに渡して入れ替わりにちゃぶ台の前に座る。
だが30秒もしないうちに、とても興奮したすずかが走って居間に戻ってきた。
「斎賀君、お風呂広い!凄い!!」
どうやら無駄に広い風呂場に感動したらしい。貰いものとはいえ、こう嬉しそうにされると嬉しい物がある。
「貸し切りだからゆっくりして良いぞ~~泳ぎも可。ただしのぼせないように。」
わーい!!と子供らしく歓声を上げながら駆けていくすずか。
広い風呂場を貸し切りである、子供心がくすぐられたのだろう。
それにくすくす笑いながら、久遠を抱きかかえながら水気を取っていると洞爺はふと久遠に問いかけた。
「お前まで喋れたりしないよな?」
何気ない言葉、ユーノを見てふと思ったことを言ったにすぎない。
久遠ならきっと首をかしげる程度で終わる・・・・はずだった。
「く!?くぅ!くぅーーーーー!!」
洞爺が言った瞬間ビクリ震えたとした後、久遠は冷や汗をだらだらとかきながら首をぶんぶん横に振る。
その予想外の光景に、洞爺は虚をつかれた。顔に水が飛び散るのも気づかず目をパチクリさせる。
「く!!くーーーーーーーー!!!!!」
顔を青くして否定し続ける久遠は図星を示したような態度で、目にはありありと恐怖が浮かぶ。
逃げだしても良い怯え方だが、何かにすがるように洞爺の腕の中から出ようとしない。
その眼に浮かぶ恐怖に、洞爺はなだめるように優しく言った。
「久遠、俺は怒ったりしないから本当のことを言いなさい。」
「く・・・く~~?」
不安げに見上げる久遠に洞爺はやさしく話しかける。
「大丈夫だ。お前を捨てたりはしないよ。」
洞爺は久遠に優しく話しかける。すると久遠は、おびえながら口を開いた。
「ほ・・・ほんとう?」
「ああ、嘘はつかん・・・って、喋れたのか・・・」
洞爺はもはや崩れ去った常識に頭を悩ます。本当に何でもありである、正直生きていけるのか不安になった。
「久遠は、どうして喋れるのを黙ってたんだ?」
「だって・・・・みんなこわがるんだもん・・・『お化けだ』っていってにげちゃう。」
久遠の話によれば、彼女は妖怪だということだ。
生まれた時から森に一人で暮らしていてとても寂しかったという。
来る日も来る日も一人で、ただ森の中でその日を生きるだけ。
だが人に話しかければみんな逃げて行ってしまう。
「だから、俺には喋らなかったのか?」
久遠は、こくりと頷いた。確かに、喋って恐れられるのなら喋らなければいい。
幼い彼女はそれを悟ったのだろう、だから普通の子狐のふりをしていたのだ。
「とうや・・・こわくない?」
「ああ、これが怖かったら戦場には行けんよ。知ってるだろう?俺は戦場から来たんだ。」
「ほんとう?ほんとうにこわくない?いなくなったりしない?」
まるでせがむ様に久遠は、洞爺に問いかける。その問いに洞爺は優しく、少し困ったように笑った。
「どうかな、それは確約できない。でも、お前を捨てたりは絶対にしないよ。」
絶対に、とは言い切れなかった。自分は普通の人間なのだ。死ぬ時は死ぬ、死んでしまえばもう一緒に居てやることはできない。
「ほんとう?」
「ああ、本当だとも。」
洞爺は震える久遠を抱きしめながら、優しく彼女の頭を撫でた。撫でる度、久遠の目には涙が溜まっていく。
「うぇ・・ひっく・・・・」
泣き出すとともに久遠の姿は子狐から狐色の着物を着た狐の耳と尻尾が生えた4歳くらいの子供に変わっていた。
髪は狐の時と同じく狐色で美しく、綺麗な黒い瞳には涙をためている。
彼女の頭を優しく撫でてやりながら、洞爺はゆっくり語りかけた。
「寂しかったな。もう大丈夫だからな。」
「うぃ、うえぇぇぇ・・・・」
泣き続ける久遠の頭をなでる洞爺は彼女をただあの時と同じように慰める。
寂しかっただろう、人には嫌われ、恐れられて、ずっと一人であの森の中に住んでいたのだ。
幼い彼女には、いつも一人の孤独はとても苦痛だったに違いない。
自分自身、一人で戦場に取り残された時は、とてつもない不安感に苛まれ寂しさに震えていた。
彼は久遠をただ優しく慰める、それしかできなかった。
「大丈夫だ、泣け、泣いていい。存分に泣け。」
しばらくすると、泣き疲れた久遠はそのまま洞爺の腕の中で寝てしまった。
洞爺は久遠を自室の布団に寝かすとふと自分はどうしようかと考えた。
家には布団は2つしかない。一つは普段使っている物で、もう一つは予備である。
つまり久遠を寝かした布団とすずかを寝かせる予定のしかないのだ。
「こんなことがあるなら野戦装備でも持ってくればよかったか、まぁ必要ないか。」
洞窟の武器の山には当然野戦の時のテントなどの物もあるが武器と弾薬を優先したためまだ取り出していなかった。
久遠は静かに寝息を立てて寝ている。洞爺はそれを見た時心が癒されるように感じた。
「さて、準備するか。」
押入れから武器弾薬などが詰まった登山用のリュックサックにウェストポーチを持って居間に行き、中身の整理及び補充に掛る。
今回は消耗しなかったためしなくてもいいのだが、念には念を入れてだ。
それらすぐ手の届く範囲に置いて、自身は縁側に座り小銃を肩に抱いた。
いつでも戦える姿勢のまま体を休める、戦場では常にしていたことだ。
{あの馬鹿、一枚噛んでやがったな。まったく、相変わらず強情で頑固で無鉄砲な奴だよ。}
口元を僅かに釣り上げて微笑んだ。魔術は随時秘匿すべき物、と『魔術師の心得・初級編』にもあった。関係無いが。
それ以前に、軍人である洞爺にとっては見過ごせないものだ。場合によるが、生憎見過ごせるほど腐ってはいない。
{変わらんなぁ、俺。}
心のどこかでそんな声がする。だからなんだ?洞爺はそれを笑い飛ばした。
そんなことは慣れているし、これからまずい事が起きそうになっているんだ。
しかも子供がそれを知って何とかしようとしている、それを知ってて何もしないのはおかしいだろう。
元々だれかがやらなければいけない事なんだ、自分がやって何が悪い?
洞爺は抱いている小銃をちらりと見る。クロームメッキが施された黒塗りの銃身と対空照準器の付属したリアサイト。
傷だらけだが光沢のある木製のグリップとストック。防塵カバーのついたストレートボルトハンドル。
7.7ミリの銃口、銃剣を支える着剣装置、やや反り気味のモノポッド。
今の相棒である九九式短小銃は、いつも通り歴戦の姿を夜空に晒していた。
{見られてるな。}
夜風に当たりながら、自然な動きで監視している人間へ視線を向ける。
それほど遠くない家屋の屋根の上に誰かが居る。だが敵意は感じない、狙撃手などではなさそうだ。
しばらくすると、その人物は闇に溶けるかのように消えた。
{誰だかは知らんが、覗かれるのは気に食わんな。今度はいったいなんだ?}
また月村を狙うアホどもか退魔を掲げた宗教に溺れた過激派か。
過去のことと言えば過去であるし代変わりもしているだろうが、本当にいい度胸である。
「さて、彼女にはどう説明したら良いのやら。」
主に久遠の件について。
ジャージ姿なれど風呂上がり特有のほくほく顔で縁側にやってきたすずかに、洞爺は何度目かもわからずため息をついた。
だが、すでに久遠が妖怪であることはすずかも承知の上であることなのだ。それに驚愕するのはほんの数分後の話である。
あとがき
どうも作者です、第5話です。書いて消して書いて消しての繰り返し、誰か自分に文才をくれ。おくれてすんませんでした。
展開が早いと思うでしょうが、基本こんな感じです。あと火炎放射器はロマンです。
だってそうでしょう?異能力なんて無い人間が、男が!こういう非常識な化け物に戦いを挑む時の必殺と言えば、火炎放射器!
異形の化け物に火炎放射器を構えて必死で戦う男たちなんて燃えるじゃないですか!!
もうここはヘリ操縦士ネタで行こうかと思ったほどですよ。・・・・話を戻します。
これでやっと本編に絡める、と言っても彼の役目は裏方との繋がりとパートナーですがね。
ちなみになのはが苦しんでたのは毒ガス、洞爺はガスマスクしてたのはそのため。
え?それじゃぁ回りの被害も大変なことに?無人の高校と裏山の間の小道での戦闘なので無人です。
これからもこの未熟な作者の作品をどうかよろしくお願いします。by作者