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No.15675の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはThe,JINS『旧題・魔法少女と過去の遺物』{魔法少女リリカルなのはとオリキャラ物}[雷電](2012/12/08 18:27)
[1] プロローグ・改訂版[雷電](2011/06/20 19:29)
[2] 無印 第1話・改訂版[雷電](2011/06/20 19:35)
[3] 無印 第2話・改訂版[雷電](2011/09/14 08:43)
[5] 無印 第3話 改訂版[雷電](2011/05/03 23:14)
[6] 無印 第4話[雷電](2011/05/03 23:17)
[7] 無印 第5話[雷電](2011/09/14 08:44)
[8] 無印 第6話[雷電](2011/06/20 19:53)
[9] 無印 第7話[雷電](2011/07/17 16:19)
[10] 無印 幕間1[雷電](2011/07/17 16:27)
[11] 無印 第8話[雷電](2012/03/10 00:36)
[12] 無印 第8話・2[雷電](2012/03/30 19:37)
[13] 無印 第9話[雷電](2012/03/30 19:39)
[14] 無印 第10話[雷電](2012/11/07 21:53)
[15] 無印 第11話[雷電](2012/11/07 21:55)
[16] 無印 第12話・前編[雷電](2012/12/08 18:49)
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[15675] 無印 第4話
Name: 雷電◆5a73facb ID:b3aea340 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/03 23:17






「たぶんここだと思うんだけどな・・・」

私は錆びたデスクが並ぶ暗い部屋の中で、懐中電灯で明かりをともしながら瓦礫をどかした。
部屋の中はいっぱい探したけど、やっぱりそれらしいものは見つからない。
どこなんだろう?変な魔力は感じるけど、正確な位置が解らないよ。
たぶんこの部屋のどこかだと思うんだけどな。早く帰らないとお姉ちゃんに怒られちゃう・・・

「お姉ちゃん、心配してるかな?」

お姉ちゃんだけじゃない、ファリンさんやノエルさんも心配してるだろうな。
でも、やっと手がかりになるかもしれない物がここにあるかもしれない。
この頃起きている奇妙な現象と事件の手がかり、もしくは元凶。
私は、そのどんな形をしているかもわからないものを探している。

「でも探さなきゃ。見つけないと。」

私はもう一度机の下に手を突っ込む。
私の探しているそれは、少し前に町に降り注いだらしい。
らしいって言うのは、私自身お姉ちゃんに言われるまで気付いていなかったから。
お姉ちゃんが言うには、レーダーが煙を上げる位の魔力の塊だって。
なのに、普通の人はともかく私達のような存在もまったく気づいていなかった。
お姉ちゃんがそう言ってたけど、私も最初はあまり信じられなかった。
だけど、それは本当で、その魔力の塊が落ちた日から何かがおかしくなった。
最初は変な魔力爆発が起きた、その内町で化け物が出るって噂が多くなった。
そしてなのはちゃん達と怪我をしたフェレットさんを助けた日の夜、動物病院が化け物に襲撃された。
幸い、院長先生は買い出しに出てて、フェレットさんはなのはちゃんの所に逃げ込んで被害は建物と道路だけだった。
お姉ちゃんはすぐに捜査に乗り出した、だけど今の所でがかりは無い。
ううん、手がかりどころか事件の端にすら踏み込めてなかった。
いろんな事が起きてるのは解る、その現象と同時に都合よく引っ越してきてあの家に住みついた斎賀君、
その魔力の元を収集してるらしい人たちの存在、その魔力の元がもたらす被害、そして・・・・・被害はもう無視できない位に広がった。
止めないといけない解っている、解っているのに、なんの手掛かりも掴めない。
何か起きているのは解ってるのに、この事件に踏み込めない。
この町で何か起こってる、私達の知らない所で何か大変なことが起きているのに、なんにもつかめてない。
いつももう少しってところで逃げられる、お姉ちゃん達はいつも悔しがってた。
この前なんて、現場のすぐ近くになのはちゃんが居て、もしかしたら巻き込まれてたかもしれなかった。

「棚の中、なんてことは・・・無いか。」

昨日私はお姉ちゃんに何かお手伝いできることがないか聞いた。早くこんな事件終わっちゃえばいいから。
だけどお姉ちゃんは首を横に振った。何度もお願いしたけど、うやむやに断られた。
悔しかった、みんな頑張ってるのに、私は何もできない。本当に悔しかった。
だけど、無理にお手伝いするのはダメ。みんなにこれ以上心配をかける訳にはいかない、諦めるしかないと思った。
せめてと思って、疲れてるお姉ちゃん達の肩をもんであげる位しか今までできなかった。

「う~~ん、どこ?」

だけど、偶然この廃工場に来た時に、ほんの少しだけど感じたことのない魔力を感じた。
うまくは言えないけど、絶対に何かが違う魔力だった。
ここに何かある、私はそう確信してる。私は見つけたかもしれないんだ!

「探さないと。」

これ以上好き勝手にさせるなんて、絶対に嫌。アリサちゃんやなのはちゃんが巻き込まれるなんて絶対に嫌!
きっとこの部屋のどこかにある、見落としがあるかもしれない。
瓦礫をどかす、けど何も無い。引き出しを開ける、なにもない。
どこにあるんだろう?この部屋なのはわかってるのに。

「もしかしてここかな。」

私は床に寝そべって棚の下の隙間を懐中電灯で照らした。
物凄い埃の中に、何かが光を反射した。何か光るものがある。
手を伸ばせば届くかもしれない、私は光るモノに手を伸ばした。

「・・・もう少し・・・・」

もう少し、もう少しで届く・・・・・・・やった!

「とれた!」

とれたのはひし形の青い宝石だった、サファイアみたいだけど、違うみたい。
たぶん、これがお姉ちゃん達が探してる魔力の元凶なのかも。
そこまで大きくないけど感じたことのない魔力を感じる。

「早く知らせないと。」

私はポケットからいつものケータイを取りだした。
興奮しているせいか、いつものようにスムーズに電話帳が開けない。
何度も何度も押し間違えて、やっとお姉ちゃんの電話番号が出てきた。

「マテ・・・・」

「ひゃい!?」

驚いて、ケータイを落としてしまった。
ケータイは軽い音を立てて足元に落ちる、私は慌てて拾いながら後ろを振り返った。

「え・・・」

一瞬何が何だか分からなかった。

「ヨコセ。」

目の前の何かが絞り出すような声で言う。

「ヨコセ。」

犬みたいな体で、大きくて、

「ヨコセ」

毛むくじゃらの女の人の顔をした、化け物が。





第4話『遭遇戦。化け物・兵士・吸血鬼、メイドもあるよ。』





「まったくあの子は・・・いったい何してるのかしら?」

夜の海鳴の町を走る自家用車の助手席に座る月村忍は車窓の外に目をやりながら心配そうに呟いた。
実際かなり心配している、外を見ているような視線が落ち着きなくふらふらと彷徨っている。
それを聞いた運転席で運転しているメイド、ノエル・K・エーアリヒカイトはいつものごとく冷静な声色で答えた。

「たぶん寄り道でもなさっているのでは?今日はたしか、漫画の発売日のはずです。」

「本屋ならまだいいわ。でも、GPSはこの廃工場よ。廃工場に本屋があるのかしら?」

ノエルは信号が青の交差点で車を右折させつつちらりと忍を盗み見た。
忍が手にしている車載小型端末には携帯電話から発せられるGPSの電波で、
妹のすずかの現在地が手に取るように分かる。その反応はしっかりと近頃噂の廃工場の内部から発せられていた。
軽く端末を小突く忍に、ノエルは声色を変えずに答える。

「・・・・何か落として探しているのではないですか?」

「それならいいんだけど・・・・はぁ、よりにもよって廃工場で落とし物?」

「落とし物、携帯電話?」

「・・・・それ笑えないから。」

ノエルの言葉に忍は大きくため息をつく。おそらく心底心配でたまらないのだろう。
こんな状況だ、主の気持ちも解らないではない。彼女自身心配でたまらないのだ。

「まったく、どうなっているのかしら?突然夜空から魔力の塊が町に降り注ぐ。
それを狙う誰かさんが派手にやっちゃってくれてるのに、私達はまだ手がかりさえつかめてない。
やっと手掛かりになりそうな化け物を見つけても封印術式が通用しない上力も強くてとんでもなく凶暴。
散々痛めつけられたあげく逃げられて、その誰かさんに掻っ攫われる。」

忍の言葉にノエルは解りません、と答えるほかなかった。この異常は今までかかわってきた中でも一番奇妙なモノなのだ。
実際に彼女は現場におり、そして見たからこそ断言できる。あれは普通ではない。
今までの唯一の戦果である、通称『黒マリモ』との戦闘では犠牲を払いながらもあと少しで捕獲できる所までいったのだ。
だが化け物の急所らしい菱形の青い宝石に、用意した封印術式が全く通用しなかった。
その強大な魔力と未知の術式に妨害されたのだ。
惨敗だった、勝機を逃したノエル達は死者こそ出なかったまでも半数以上が病院送りになってしまった。

「偵察隊も・・・・」

斎賀洞爺の監視中に全滅したα偵察隊の面々の顔がよぎり、ノエルは怒りで唇をかみしめた。未だに割り切れてないのだ。
今までかかわってきた事件とはあまりにも違い過ぎる、まったく別物と言っていい。
それこそ、別世界の現象をまとめて引っ張ってきたような。

「斎賀洞爺の方はどうなってるの?」

「斎賀洞爺の件ですか?それでしたらここに。」

ノエルは封書を差しだした。それを受け取ると忍は中の資料に目をやる。
資料には、斎賀洞爺に関する情報がびっしりと書き込まれていた。
それを見る忍に、ノエルは資料も持たずにすらすらと解説していく。

「斎賀洞爺、広島生まれで両親は元傭兵の戦場カメラマン。
父は海鳴の生まれ、両親は地主で日本に数ヵ所、海鳴にも数ヵ所私有地を持っています。
以前はもっと多く所有していたようですが、財政の悪化で最終的にほとんど売り払ったようですね。
今現在所有しているのはその残りで、開発に向かない地形で売れなかったようです。
母は広島生まれで、比較的裕福な家庭の末っ子。ですが父親がリストラされてから家族仲が悪化し、無理心中。
彼女だけが奇跡的に一命を取り留め、身寄りもおらず孤独の身となります。
二人ともどういう訳か傭兵となり、戦場で出会って恋に落ちたそうです。」

「なんてベタな・・・・」

「その後結婚し傭兵を引退、戦場カメラマンに転職します。
彼は両親に連れられて生まれて間もないころから世界各地を転々としてますね。
そのため語学堪能、かつかなり頭が切れるようです。
戦闘格闘技、および銃器の扱いにも精通、ただハイテク機器に疎いそうです。
テロで両親を亡くし、その後2年ほど現地で少年兵として過ごしていましたが、終戦後この海鳴に引っ越してきたそうです。
ここまでは簡単に調べがつきました。」

「なるほど・・・」

忍は資料をペラリとめくる。次の資料には戸籍などの情報がしっかりと書き込まれていた。

「放浪中流れの傭兵に拾われ、そこで銃の腕を買われて少年兵、終戦後に帰国。
だがすでに母方の実家は老朽化が激しくて取り壊し、海鳴の父方の実家も火事で焼失。
それで彼は父方の祖父が所有していた私有地の物件に引っ越してきた、か。」

「そうなります。斎賀洞爺は遺産を全て相続し、一人で切り盛りしているようです。
手続きはほとんどオートメーション化されているので、それほど大変ではなさそうですが。」

ノエルの言葉はやや歯切れが悪い、まだ完璧な確証が得られてないのだろう。
やはり謎の人物だ、この斎賀洞爺という少年は。

「・・・・こちらに関する情報がないわね。彼は『こちら側』の人間ではないの?」

「今のところはまだ『こちら』の情報はありません。」

「・・・・おかしいわね。」

忍は資料を片手にしばし考え込む。自分の予想ではそれなりバックストーリーはあってもよさそうなのだ。
だが無い、それが思考をこんがらがらせた。探せど探せど、出てくるのは表の経歴や戦場での戦果や行動ばかりなのだ。
戸籍に登録されている架空の両親もそういうバックストーリーが存在しない。
なのに、彼はあの魔術師の家に住んでいる。おかしいにもほどがある。これでは本物なのか判断し辛い。

「ありえない、まったく無いなんて。」

「解らないことだらけですね。彼はあまりに不可解過ぎます。」

そうね、と忍はノエルの言葉に首を縦に振る。この不可解な人物はノエルの思考を絶えず刺激する。
相手には何の悪意がないように見える、そして行動もこちらには一切かかわってこない。
こちらの監視にも一切気付かず、この事件には何の関係もない生活を送っている。
なのに要所要所ではまるで思い出したかのように彼の頭が突っ込んでくる。
偶然にしては出来過ぎたタイミングでの引っ越し、その引っ越しの不可解な点。
子供にしてはやけに大人びた性格と物腰、どこか違和感のある言動。
私有地のどこからか家に持ち込んでいる旧式だが大量の武器兵器。
頻度の多い散歩、まるで町の細部を観察しているような仕草。
異常以来、牧村動物病院で初めて起きた事件のから、彼は何度か現場に姿を見せている。
しかし敵かと言われればそう断定できない。
以前すずかが誘拐されかけた時、彼は追いかけるアリサと鮫島に車内無線で的確な指示を送り、
さらに狙撃で誘拐犯を足止めして救出の支援をした事実がある。

「・・・やっぱり一度会ってみたほうがいいわね。」

「危険では?経歴がどうであれ、普段の身のこなし方からすれば相当な実力者と見受けられます。
その上600メートル離れたビルの屋上から的確な狙撃のできる腕の持ち主、油断なりません。」

「たぶん大丈夫じゃない?」

心配そうに忠告するノエルに、忍はあっけらかんと軽く返す。

「それは勘ですか?」

「それもあるし、すずかが言うにはそんな人には見えないっていうし、あの人がそんな人間を住まわせるとは思えないからね。
それに、例え彼が敵でもあなたがそうさせないでしょう?」

「当然です。」

「なら大丈夫よ。それじゃ、すずかを拾ったら彼の家に直行しましょう。」

それを聞いてため息をつくノエルに、忍は少々不敵に微笑みながらもう一度窓の外に目をやった。
既に町並みは住宅地に入っている。寂れた人通りの少ない通りに入った。
廃工場までは後少し、忍が窓の外に目をやるとGPSの画面が突然消えた。
忍はスイッチを押してもつかないのに少し怪訝に思ったが、すぐに諦めた。どうせ廃工場はすぐそこなのだ、これに頼る必要はない。
その時、彼女は気付かなかった。画面が消える直前、妹の携帯電話の発する電波を示す光点が消えたことに。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





工場の事務所に戻ってきた斎賀洞爺は、帰りに鍵束を入れたはずの空のデスクの引き出しを眺めながら嘆息していた。
帰り際、アリサがここに鍵束を隠していたのだがそれが消えていたのだ。

{この鍵を知っているのは俺たちの内誰か。さっき見えたのは女の子。だとしたらあの3人の内誰かか。}

「まったく、どうして俺の知り合いの女ってのはこう・・・・ぶぇっくしっ!」

予想通りというべきか、彼女達はやはり相当なおてんば娘だったようだ。見てて微笑ましい反面危なっかしい。
好奇心に負けたのか、それとも度胸試しなのか、彼女達の誰かは戻ってきてしまったのだ。
下手に何かに触ってお怪我してしまう前に連れ戻した方がよさそうだ。

{見つけるまで怪我してくれるなよ・・・}

鼻水をすすりながら雑納の中からLライトを取り出してスイッチを入れながら、事務所から作業場に出る。
事務所と違って明かりの無い作業場は昼間とは違い真っ暗闇に近かった。近い、と言っても完全な暗闇ではない。
天井に所々開いた穴から入る月明かりが入り、光の入らないと所の闇をより際立たせていた。
その上ここは何かの工場でいたるところに機械があり、構造が複雑で死角が多い。しかも足元も危険物がゴロゴロとしている。
自分はライトを持っているからいいが、彼女はそんなものは持っていないはずだ。
これは少々洒落にならんな、と洞爺が足元に散らばる金具や瓶を脇に避けていると、突然背後で何かがしまる音が大きく響いた。

「扉?」

振りかえると開けっ放しにしていた事務所のドアが閉まっていた。
いざという時のために開けっ放しにしておいたのだが、風で自然にしまったのだろうか。
まったく無風のはずだったはずだ。不思議に思いながら洞爺は扉に手を掛ける。

「開かない?」

押しても引いても、さっきまで簡単に開いたドアはびくともしなかった。
ドアノブもまるで飾りのようにがっちりと固まってしまっている。
壊れてしまったのかと洞爺は思ったが、ドアは見た限りそんな破損は見られない。

{困ったな、なんかの拍子に外枠が歪んだか。}

そう考えた時、ガジャン!と何かが壊れる音が小さく聞こえた。

{あいつか?}

辺りを見回すがそれらしい人影はない。もしかしたらさっきのはただ何かが落ちただけかもしれない。
だが、その音が妙に人工的なモノに聞こえた。人工的な音と自然的な音は必ず違いがある。
音の聞きわけは得意中の得意だ。でなければ密林戦などやっていられない。

{・・・妙だな。}

その音が気に掛り、洞爺の警戒心に触れた。例えれば、僅かに聞こえる狙撃手の息を聞いたような感覚だ。
自然と体に力が入り、脳内のスイッチが切り替わる。何か違和感がある。何か聞こえているのに聞こえない、そんな違和感だ。
体が自然と動いて、近くの機械の闇に身を潜ませる。
先ほどの音は妙に遠い気がしたが、ここは音がそこまで拡散するほど広くない。
何かがおかしい、そう感じ取った時、突然2階の窓という窓から爆煙が噴き出した。

「・・・・なにぃ?」

まるで榴弾砲が着弾したかのような爆風で窓枠が吹き飛ぶ様を見ながら洞爺は目が点になった。
それだけで取り乱すものではないが、それでも町中でこれは唐突で異常だった。
ここは工場なのだからガスボンベなどの何か爆発物があってもおかしくは無い、だが今の音はガスか何かの爆発音とは気色が違う。
爆発は一見どれも同じに見えるがガスや火薬の種類などで違ってくる、それこそ用途によってさまざまだ。
今回のそれは、どう聞いてもガスなどのそれではない。だが、榴弾砲か何かとも違う。
そもそも火薬なのだろうか?爆風にそのような香りが無い。その代わりなぜか爆風が体を伝うたびに寒気がした。
燃料でも、火薬でも、ガスでも無い異様なこれはいったいなんだ?

{なんだ、この肌に感じる違和感は?}

「まただ。」

また爆発が聞こえてくる。連鎖爆発しているのか、まるで戦闘をしているかのように聞こえる。
遠くで起きたように聞こえれば、次は近く、連続して近くで聞こえれば唐突に遠く、その距離感が全く安定しない。
音の音源が複数ならばそれは当然だろう。だが音の音源は一つ、間違い無くそれは断言できる。
なぜなら、爆音がまったく重ならない。必ず一つ、連続しても音は重ならない。
そして爆発のたびに走る肌を舐める寒気のような感触。胸の奥にしみる不快感。
それに自然と手が動いて十四年式拳銃を取り出して安全装置を外した。
バラバラと落ちてくるゴミの中で警戒していると、小さく別の音を聞き取った。

{足音?}

反射的に音のした渡り廊下の方に視線を向ける。足音はどんどんと近づき、その主が渡り廊下に飛びだした。

「月村?」

見慣れた姿に洞爺は素早く拳銃を雑能に押し込む。飛び出したのは月村すずかだった。
だが、様子がおかしい。後ろを時々振り返りながら走っている。
その表情には恐怖が張り付き、まるで何かに追われているようだ。
もしかしたら、彼女が変なのに触ってそれが原因で別の何かが爆発してしまったのかもしれない。
とにかく呼びとめよう。そう思った時、彼女を追うように渡り廊下に何かが飛び出した。

「へ?」

思わず間抜けな声が出た。飛び出したそれは毒々しい紫の塊だった。何かの見間違いかと思ったが、違う。
それは魔力の塊、そしてその塊は本で読んだ魔術師の戦闘に於いて攻撃魔術として使われるものに似ていた。
そんなものを喰らえば、生身のすずかがどんなことになるかなど考えるまでもなかった。

「伏せろ!!」

洞爺は咄嗟に駆けだしながら大声で叫んだが遅かった。すずかからかなり後ろで魔力弾は起爆し、その場で爆風をまき散らしたのだ。

{時限信管か!!}

彼女は廊下になぎ倒され、爆風によって骨組みが歪み錆ついて自重に耐えきれなくなった廊下全体が崩れ落ちた。
悲鳴は無かった、上げる事も出来なかったのだろう。咄嗟に彼女は残っていた骨組のパイプを掴んだが、パイプも見る見るうちに曲がっていく。
折れるのとほぼ同時に、洞爺は先に落ち切った瓦礫を蹴り飛ばしながら彼女の下にすべり込んだ。
腹と腰に力を入れ、落ちてくる彼女を抱きとめる。案外ずしりと来る衝撃に、背中に言い表せない痛烈な痛みが走った。

「だ、大丈夫か?」

「斎賀君!?」

すずかは自分を抱きとめた人間の正体を知って驚いたように目を丸くしていた。
それはそうだろう、なにしろもう帰ったと思っていた友人がこの場に居て、しかも自分を抱きかかえているのだから。
洞爺はお姫様だっこしていた彼女を下ろし、軽く腰をさすりながら頷く。

「どうしてここに?帰ったんじゃ・・・」

「それはこっちが言いたいな。」

駄目じゃないか、と軽く叱ろうとする。すると、なぜかすずかは激しく動揺し始めた。

「うそ、なんで?そんな・・・」

{え、俺ってそんなに怖い?}

若干ショックを受けながらもそれを我慢して、厳しく表情を固めながら彼女の前に立つ。

「なんでって、君たちが戻ってくるかもしれないと思ったからだが、まったくこんな夜に駄目じゃないか!
それで、いったい何が起きている?さっきの魔力弾はいったいなんだ?」

「それは―――」

彼女の言葉は、突然の咆哮と衝撃で遮られた。あまりに唐突で強烈な力に、洞爺の体は呆気なく転がり瓦礫の山に転がった。
まるで何かに殴られたかのようにわき腹が痛む。鍛えておいてよかった、鍛えていなければ今ごろ嘔吐していただろう。
耳鳴りのする耳を介抱しつつ、洞爺は擦り傷だらけになった体を起こして、目の前の現実を疑った。

「な、なんだ?」

「――――ヨコセ。」

身の毛がよだつような、心に恐怖を植え付けるこの世のものではないような声が響いたのだ。
その声を放ったものを見て、洞爺は目の前にいったい何が居るのか全く理解できなかった。
いや理解はしていた、それを本能的に認めたく無かっただけだ。先ほどまで自分が経っていた場所に、何かが立っている。

{なんか喋った、なんだこいつ!?}

その生物は、獣のような体をしていた、そして巨大で、とても禍々しかった。
体は犬のようだ、だが皮膚は所々裂けていて、破けたストッキングのようになって赤い肉をさらけ出している。
尻尾はネズミのようだ、だが中ほどから3股に分かれており鞭のようにしなやかにゆらゆらと揺れている。
頭部は人間のようだ、毛深くなっているが20歳前後の女性で、真っ赤に染まった両目の瞳に理性は無い。
それはまさしく、化け物だった。何の比喩も無く、なんの装飾も必要のない、まるで絵にかいたようなキマイラがそこにいる。
化け物は優雅ともいえる仕草で立ち上がると、自身の右足の下を見つめて嬉しそうに微笑んだ。
その足の下敷きになっている人物、それを知り洞爺は思わず叫んでしまった。

「月村!!」

化け物の右足の下には押さえつけられ、意識の無いすずかの姿があった。
彼女は苦しげに呻いたが、大きな傷は無いようだ。胸から下は確認できないがおそらく無事だろう。
大量の出血が無いことと前足の浮き方、彼女の表情に混じる苦痛からそう判断できる。
叫びを聞いてようやく気付いたのか、化け物は緩慢な動作で首を洞爺に向けた。
目が合った途端、化け物は予期せぬ幸運に見舞われたかのように微笑んだ。

「オマエモ、チカラ、アル。」

視界が歪んだような気がした、心の中で何かが叫ぶ。この化け物がなにをしようとしているのか、それは考えなくとも解った。

{さっきのはこいつか。}

おそらく先ほどの魔力弾を放ったであろう化け物が動く。それと同時に、洞爺は十四年式拳銃を引き抜いて構えた。
以前、家にあった妖怪の歴史などを取り扱った文献を読んだことがある。
おそらく目の前の化け物もその妖怪か何かなのだろう。
本来ならば踵を返して逃げ出したい所だが、目の前の彼女を見捨てて逃げられる訳が無い。

{とりあえず、あいつを何とかして月村を救出し全速離脱だな。}

「シツリョーヘーキ・・・」

向けられた8ミリの銃口に視線を寄せて、化け物は牙を向いて唸った。どうやら若干の知性はあるらしい。
洞爺は十四年式の引き金に力を入れつつ、足を肩幅に開いて腰に力を入れた。
人間相手ならばどうとでもやりようはあるが、化け物相手では何があるか解らない。
何しろ魔術などという不思議な力がある世界の化け物だ、運動神経は人間のそれとも肉食獣のそれとも違う可能性が高い。
小銃も無い今、空でも飛ばれたらそれこそ手の出しようが無い。

{む?これでは逃げ切れない可能性もあるじゃないか。}

逃げられないなら倒すしかない、脳内のプランを変更して気合を入れ直す。
化け物は動かない、むしろ挑発的にニヤニヤと笑っている。化け物は洞爺を脅威ではなく獲物としか見ていなかった。

「ヒト、マズイ、デモ、チカラ、アル、クウ。」

ニヤニヤと笑う化け物の表情は失禁モノだ。その表情に頭がシンと冷え込む。

「ダカラ、オマエモ、クウ。」

「これでも食ってろ。」

久しぶりに引いた引き金は、重いがとても軽かった。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





乾いた銃声が聞こえたような気がして、月村すずかはぼんやりと意識を取り戻した。
視界は安定せず、思考もまとまらない、耳も役に立たない、ただぼんやりと僅かに目を開けて、回りを見渡す。
気が付けば、自分を抑えつけていた重圧が消えているのに気が付いた。

{そうだ、私は・・・}

少しの間を置いて、ようやく少しづつ思考がまとまり始める。
確か自分は見た事も無い化け物から逃げようとして、途中で斎賀洞爺に助けられたのだ。

{それで、斎賀君が魔力弾で吹き飛ばされて、私は、捕まった・・・・そうだ、あの化け物は?}

ぼんやりとする意識で思い出し、ゆっくりと辺りを見回す。その時、また銃声のようなものが聞こえた。
もしかしたら、誰かが助けにきてくれたのかもしれない。
だが誰だろうか?すずかは疑問に思い、そして偶然目に映った光景に目を疑った。
白黒髪の少年、斎賀洞爺が化け物と戦っていた。

{私を、助けに?}

彼が何故化け物と戦っているのか、すぐには理解できなかった。
だが、今起きている事は現実だ。今目の前では彼が戦っている。

「な――威――」

化け物の突進をかわした洞爺は忌々しげに口を開く。
横に振われる尻尾の下をくぐるように避け、真上から振り下ろされる尻尾を銃撃し軌道を逸らす。
軌道を逸らされた尻尾はそのまま錆ついた工作機械を真っ二つに切り裂いた。

「笑えない、物理の法則はどこ行った?」

{この銃声は、9ミリじゃないよね?32口径でも無い・・・よね?}

何発か当たっているのに効果が薄い拳銃に、すずかはふと疑問に思った。
普段ノエル達が使っている銃の銃声とはだいぶ違う。荒々しくて、雑な音だ。
それに動きも変だ。かなり戦い慣れているのは解る、なのにどこがぎこちない。そんな感じがする。
銃撃は正確、確実に化け物を抉る。回避は確実、動きを読んでうまく避けている。
だが決定打が得られていない。圧倒しているように見えるのに、化け物に決定打を打てていない。
彼は化け物の頭を狙うが、化け物は素早くステップを繰り返して銃弾を避けてしまう。
避け切れなかった弾が胴体にめり込むが、何も感じていないかのように化け物は彼に突進した。
痺れを切らした化け物が先手を打ったようだ。化け物の体に銃弾がめり込むが止まらない。
すると、洞爺は狙いを足元に定めて発砲した。化け物は足を撃ち抜かれ、勢いそのままに転倒して地面に転がった。
その隙に、彼は拳銃の弾倉を交換して転がった化け物に向かって駆けだす。
勝負をかけたのだ、化け物もそれに応じるかのように身をよじると彼にむけて口を開く。目を焼くような閃光が口から迸った。

「あぶない!!」

絞り出すようにすずかは叫んだ。
本来の魔術砲撃は魔力のチャージに時間がかかるが、あの化け物はそれがあまり無いと姉から聞いていたのだ。
彼は咄嗟に身を傾けるが、収束した魔力はレーザー光線のように伸びて、彼の上半身を焼きつくす―――

「ぬぅっ!!」

はずだった。彼はまるでそれを見切ったかのように体を強引にひねる。レーザーのように伸びたそれは彼の体をギリギリで逸れた。
まるでスライドしているかのように彼の体は化け物の顔の脇へと潜り込むと、至近距離から拳銃を頭に突きつけた。
化け物はレーザーの反動のせいか動かない、あっさりと響く8発の銃声と、8発の銃弾を受け止めた化け物はぐらりとよろめいてそのまま倒れた。

「たお、した?・・・・・あ・・・」

「月村!!」

倒れた化け物の頭から噴き出す赤黒くてブヨブヨした物にすずかの意識は唐突に飛んだ。
再び目を覚ますと、景色が一変していた。
先ほどまで居た大作業場ではなくひび割れたコンクリートの知らない天井。
ぼんやりと天井を眺めて思考していると、突然ぬっと洞爺の顔が目前に現れた。

「ひゃぁ!?」

「目を覚ましたのか。大丈夫か?」

「う、うん。あの、ここは?」

「医務室・・・と言いたいが、今はその影も形も無いな。」

あまりにも近い洞爺の顔に驚きながらも頷き、湿ったベットからゆっくりと体を起こして周りを見渡す。
昼間に来た時とは違い暗いが、確かに医務室のようだ。壊れたベットや、ボロボロの薬棚などが置かれている。
入り口のドアは堅く閉じられ、錆びたロッカーを重ねたバリケードでふさがれていた。
窓も板でふさがれていて、蛍光灯が時折点滅しながら部屋の中を照らしている。
廃墟の一室というにふさわしい景色だが、なぜか映画で見たような『野戦陣地』に見えた。
次の瞬間には警報が鳴ったり伝令が飛びこんできてもおかしくない位に。

「ば、化け物は!?」

「殺した。」

あっさり告げる洞爺にすずかは思わず唖然とする。

「ん?どうした?」

「いや、なんか雰囲気違うな~って。」

「うむ、これが地だからな。すまん、ちょっと気にしていてな。」

その元凶のような洞爺はベットの脇に椅子を持ってきて座り、錆ついた薬箱に消毒液と包帯をしまいながら苦笑した。
服装は趣味なのかオリーブドラヴの上着にグレーのカーゴパンツに黒のシャツ、白髪交じりの短髪は軍人カットに見える。
これにヘルメットや弾薬ポーチなどを付け加えれば完璧に兵士だ。

{なるほど。}

すずかは納得して、今どうなっているのか聞こうとして、古い十四年式拳銃から弾倉を引き出した洞爺の瞳に言葉がつまった。
いつも目にしてるような好々爺とした優しい雰囲気は無く、冷たくカミソリのように研ぎ澄まされた気迫が発せられていたのだ。
視線は鋭く、そして冷たい。感情というものを抑え込んだ視線は、何を考えているのかを読ませない。
まるで百戦錬磨の兵士の目、もし今彼に襲いかかる化け物が居たら、瞬く間に真っ二つにされてしまう光景が思い浮かぶ。
命令されてしまえば言われるがままに何でもしてしまいそうだ。

「あなたは、いったい何者?」

聞かずには居られなかった。当然、洞爺は答えない。
弾倉に弾薬を再装填していた手を休めて、まるで全てを見透かすような目ですずかを見つめ返す。

「そういう君も何者だ?一般人という訳ではなかろう?」

「私は、普通の・・・」

「嘘はよくないな。見ればわかる、君は慣れてるだろう?こんな非常識な状況を見て、そんな風に落ち着いていられるのだからな。」

「そう見えるだけかもしれないよ?」

「そうなのか?それにしては、顔が引きつって面白いことになってるぞ。」

「なっ!?」

驚いてすずかは両手で顔をぺたぺた触る。それがカマ掛けだという事にすずかは後になって気付いて後悔した。

「・・・・・・やっぱり只者ではないんだね。」

「人を見る目には少し自信があるのでね。」

話すべきだろうか?すずかはこの状況下で悩んだ。
姉から聞く監視の報告では家に多くの武器弾薬を運び込んでいるらしいが、それ以外の行動はいたって普通。
最初は何か嗅ぎまわっているような行動をとっていたが今はそれも鳴りをひそめている。
今は事件が起きても幼い妖狐と家で戯れ、縁側で骨董品の銃火器を整備してて動いていない事があった。
動いていないのなら無関係ではないか?そう考えられるが、まだ確信を持てた訳ではない。
事件が起こった時、監視の目から逃れていたり、事件後の現場の付近で目撃されたりしているからだ。
その監視も一度全滅させられている。それも目を覆いたくなるような残忍な殺害方法でだ。
無関係の白っぽい、だけどその確証が無い。それが今の斎賀洞爺の評価だ。
だが、洞爺がそんな人間だとは彼女にはどうしても思えなかった。この3週間、友人と一緒に付き合ってそれが解ったのだ。
彼は変わり者で、確かに何かを隠しているが悪い人間ではない。
何かと助けてくれるし、一緒にいるととても楽しくて暖かくて、いつも笑っていられる優しい良い人だ。
それに彼は、自分が誘拐されそうになった時も先回りして助けてくれたのだ。
もし姉やノエルが考えているような人間なら、そんなことするはずが無い。

{・・・・覚悟、決めなきゃ。}

ゴクリ、とつばを飲み込み、息を大きく吸ってすずかは静かに口を開いた。

「私は、夜の一族。吸血鬼の末裔だよ。」

「ふ~ん。」

「え、何そのやっぱりとか今さら見たいな反応。怖くないの?」

「恐れる理由が解らん。俺はそういう偏見とか差別が嫌いでな、たかがそんなことに恐れてたら戦場など行けん。」

予想外の反応にすずかは呆気にとられてしまった。当然とでも言うようにあっけらかんと返されるとは思っていなかったのだ。
てっきり嫌われてしまうかもしれないと思っていたのだ、戦場ってすげぇ。

「それに知り合いにこんな人間が居てな。自家製トマトジュースが好き過ぎて毎日がぶがぶ飲んでたバカなんだが。」

「へえ、そんな人いたんだ。」

「それが最前線に長く居過ぎて飲めない時期が続いたせいか禁断症状が出てな。
ある日、幽鬼みたいにフラフラと俺の所にやってきて、肩の傷口を見るや突然豹変してがぶりと。」

「怖!?」

「そうだろう、俺も怖かった。あの後みんなにくすぐりの刑に処されたな~~~俺もやったけど。だから気にするな。
むしろもっと良い方に考えるべきじゃないのかい?年をとっても老け辛い自分はらっき~、とかな。
無論そんな風に思える訳ないのは解るが、悩んだ所でそれが変わる訳ではないのだ。なら、せめて悔いのないように生きなきゃな。」

にしても懐かしいこと思い出したとけらけら笑う洞爺だが、瞬きすると嘘のようにその表情はまじめに戻っていた。
恐るべき切り替えの速さである、さっきまで笑っていた雰囲気が微塵もない。

「まぁ笑い話は置いといてだ、つまり魔術側の人間という訳だな。随分正直だな?」

「話しが先に進まない気がしたから・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふむ、正直なのはいいことだ。」

なぜか物凄い微妙な間が空いた返事だ。表情も僅かに固くなっている。

「それで、斎賀君は?」

「俺か・・・・何者、か。・・・・俺は何と答えればいいのかねぇ・・・」

彼はどこか寂しそうに遠い目をして、少し悩むように唇を歪ませる。
椅子に座っている洞爺は先ほどの凛々しい表情ではなく、どこか寂しそうに見えた。
まるで手の届かないどこかを羨望しているかのような目で、解っているのに願わなければいけないような表情で。

「俺はただの兵士だ。ちょっと魔術師やそっち関連に縁が合った、ただそれだけの人間だよ。
大方俺の経歴は調べが付いてるだろうから言わんが・・・・にしてもねぇ。」

「・・・・・・・やっぱり信じてない?」

「いや、ここにはトマトジュースが無いなと。」

真面目な表情でこいつはいったい何を考えているのだろう?

「君がその関係ならば、ああいう手合いが居るのもうなずける。君がどうして俺を疑うのか気にかかるが・・・なぜ?」

「それは、その・・・・・・」

「言えないか。気にするな、まだ会って間もない人間だ。当然のことだ。」

変なことを言ったと思えば真面目な事を言う、本当に思考が読めない。本当に変わり者である。
彼は拳銃に弾倉を入れ直しながら、辺りを警戒しつつ塞がれた窓を見て忌々しげにため息をついた。

「現状を説明せねばならんな。」

洞爺は肩にかけていたバックを探って中から小さな箱とマッチ、それと小さな袋と缶を取り出した。
なんの箱だろうか?すずかは箱の絵がらを覗きこんで目を丸くした。

「って煙草!?」

「ん、そうだが・・・・吸わせんぞ?」

「吸わないよ!っていうか吸っちゃだめでしょ!!」

「気にするな。これが中東くおりてぃだ。」

「気にするよ!」

中東クオリティって何!?と驚くすずかをよそに、洞爺は箱の中から煙草を一本取り出すと手慣れた手つきでマッチを擦って火をつける。
その年季の入った渋い雰囲気に思わず見とれてしまった。
洞爺はどこから引っ張り出したのか工場の地図をデスク引っ張ってきて上に広げ、蓋をつけたままのボールペンで1階の部屋を示した。

「俺たちは今、この1階医務室にいる。ここに至るまで廊下は廃材を使って塞いだ。
緊急時の際は、ここの壁と向こうの壁を爆破して経路を作るから合図したらそこに隠れる事。覚えておいてくれ。」

洞爺が指さす壁には、どこからか運び込んだ錆びだらけのガスボンベが設置されていた。
ガスボンベから引かれる電線は、彼の足元の古い大型バッテリーと間に合わせのスイッチに直結している。
ボンベは厨房の倉庫から、大型バッテリーはここの製品らしく出荷されなかった分が残っていたようだ。
何故こんなものを作る必要があるのか、それを洞爺に尋ねると、彼は少し悩んだ様子で答えた。

「簡単に言えば、ここから出ることができん。」

「出られない?」

「その通り、化け物を倒した後君を背負って工場を出ようとして窓の外に首を出したら変な膜みたいなのに遮られたのだ。
おそらく結界だろう、正直困っている、窓もダメ、扉もダメ、非常階段なんぞ一段降りたらいつの間にか180回転して登ってた。
調べた限り工場を包むように結界が張られていてな、出ようにも出られん。
解除しようにも俺には器具も無ければ知識もほとんど無い。」

「お姉ちゃんに連絡すれば何とかなるかも。私のケータイで・・・・あぁ、壊れてる。」

「お手上げだな。工場の電話回線は化け物にズタズタにされて機材と補修部品が無ければ修理不可能だ。」

「お気に入りだったのに・・・・」

ポケットから出てきたお気に入りの携帯電話は見るも無残な姿だった。
散々弄って基本性能を大幅に上げ、防水・対衝撃フレームに換装して散々アリサに羨ましがられたお気に入りはもう見る影もない。
業者でも無理だろうとパッと見でも解る位破損しているケータイを直すのはいくら機械いじりが趣味でも土台無理だ。
工場全体を追うように円を書いて参ったとばかりに肩をすくませ、洞爺は紫煙をすずかに掛けないように吐き出す。

「これで君の所に救助を要請する案は消えた。となると、どうにかして結界を解くしかない。
しかし生半可なモノはこれには通用しない。間に合わせのガスボンベと廃材で作った爆弾なんかじゃ歯が立たない。
できれば自然と消えてくれればありがたいんだがね、そううまくはいかんだろう。」

「・・・・まだ居るのかも。」

「今のところ妙な気配は感じないが、可能性はあるな。あんなのがもう一匹いるなんて洒落にならん。
だがもっと厄介なのは別にあるぞ、あの化け物がどっかの連中に使役されている場合だ。その場合、ここは鉄火場に早変わりだ。」

洞爺の言葉に、すずかの脳裏に誘拐犯たちの顔がよぎった。
言葉が出なかった。自分がいまどれだけまずい状況にいるのか完全に理解したからだ。
理解が甘すぎた、手伝うつもりがなんて事だ。姉達に迷惑をかけたばかりか、完全に彼を巻き込んでしまったのだ。
自身の無力さと情けなさが恨めしくて仕方なくて、すずかは泣きたくなって俯いた。

「なに、心配するな。」

その言葉に顔を上げると、頭に優しく彼の手が添えられた。
優しくすずかの頭を撫でながら、洞爺は励ますように言った。

「確かに弾ももう残り少ない、化け物相手ならばまだやりようがあるが同じ人間相手では応戦できるか微妙な所だ。
別の武器が必要だが、こんなところじゃ現地調達は火炎瓶が関の山。だが大丈夫だ、必ず生きてここから出してやる。」

「斎賀君?」

「こう見えても絶望的な状況には慣れてるんだ。任せておきなさい、だから頑張ろう。」

洞爺は力強くにっこりと微笑んで胸を張る。すると、なぜか胸の中がポカポカしてくる事にすずかは気付いた。
さっきまで胸の奥から噴き出ていた悔しさや虚しさも、まるで無かったかのように消えている。
その代わりにあるのは希望、ほんの小さなものだけど、確かに光っている確かな光。
優しく頭を撫でる手も、まるで父親に身を預けているような暖かい抱擁感と安心感を与えてくれる。
その光と安心感を与えてくれたのは、目の前で静かに微笑みかけてくれる斎賀洞爺だ。

「ありがとう。」

「うむ、やはり笑顔が一番だ。」

「はぅ・・・」

「なにを赤くなってる?そう恥ずかしがることではないぞ。」

「恥ずかしいよ!」

「声が大きい。ほれ、これ食って落ち着け。」

大声に顔をしかめた洞爺は先ほど取り出した袋と缶をすずかに渡した。

「コンペイトウとサイダー?なんで?」

「金平糖とサイダーは俺の必需品でね。甘い物は気が落ち着くし、栄養になる。もしや甘いの苦手だったか?」

「ううん、そうじゃないけど。」

「そうか。長期戦になるかもしれんし、今の内に食べておきな。」

「え、なるの?」

「可能性は否定できん、こんな世界じゃな。」

ほれほれ食ってみな、と洞爺に勧められ、金平糖を一つ取り出して口に含む。
コリコリと噛みしめると口の中に柔らかい甘みが広がり、自然と口元がほころんだ。

「美味しい。」

もう一つ取り出して口に含むすずかを見て、洞爺は微笑ましそうに微笑んだが、すぐに真顔になって問いかけた。

「所であの化け物はいったい何なんだ?俺の持ってる資料には載っていなかったが、今の日本はあんな化け物が自然発生してるのか?」

「ううん、違う。私もあんな妖怪でも妖獣でも使い魔でも無い化け物、見たこと無い。」

「新種か、それとも変種か?いや、これだけ科学が発達しているんだ、生物兵器という考えも・・・」

いくらなんでもそれは無いだろう。彼のあまりの想像力にすずかは否定を入れる。

「ううん、そうじゃないと思う。あれは―――」

「!?静かに。」

突然言葉を切らせた洞爺の行動は素早かった。十四年式を右手に握り、窓際まで音も無く窓に近寄り枠外に身を寄せる。
先ほどまで優しげだった笑みは既に無く、そこには凛々しく引き締まった表情があった。
その上意識しなければ見失ってなってしまう位に、気配が薄い。まるでそこにいないみたいだ。

「なに?」

すずかの問いに、洞爺は左の人差し指を縦にして唇に当てる。静かにしてろという事だ。
それに従うと、外から足音が聞こえてくるのに気が付いた。それはかすかにしか聞こえないが、確実に近づいている。

{誰かが、来てる?}

洞爺は先ほどまで座っていたデスクを指さし、スイッチを指さす。
その指示にコクリと頷き、ベットから静かに下りてスイッチを拾い地図が開かれたままのデスクの陰に身を隠した。

「合図を出したらスイッチを入れろ。それまで絶対に押すな。」

僅かに聞こえる程度の洞爺の声を共に、明かりが消されて辺りは真っ暗になった。
聞こえるのは、僅かな足音と自分の吐息。それ以外、何も感じない、聞こえない。
無音の闇と自身の息と聞こえる足音、緊迫した空気、死への恐怖、全てが心を蝕む。
闇というものがこうも恐ろしいのか初めて味わった。体の震えが止まらない。
足音がとまる。自分の吐息まで怖く聞こえ、口を押さえながら、洞爺の居る窓の方を僅かに顔を出して覗く。
洞爺は窓の傍にちゃんといたが、存在感がとても薄かった。
まるで闇と一体になっているかのように形がゆらゆらと揺らめいているように見える。
そんな彼の視線が向く窓は未だに板でふさがれたまま、一緒になってじっと見つめていると板が強引に外された。
月明かりが窓から入りかすかに葉の擦れ合う音が入ってくる、それをバックにロングスカートの女性が銃を手に窓脇に足を掛けた。
目が暗闇に慣れていないのと、月明かりの逆光の所為でよく見えない。

「動くな。」

板の外された窓に足を掛けて乗り越えようとする女性のこめかみに、洞爺が死角から銃口を突き付けた。
だがひらりと銃口がはらわれ、代わりに洞爺の額にPDW『FN P90』の銃口が付きつけられる。
女性は答える気は無いらしい。月明かりに照らされる女性の口元に冷徹な笑みが浮かんだ。
洞爺は5.7ミリの銃口が火を吹く直前に左腕でP90を掴み取り、思い切り室内に引っ張り込んだ。
その手をひねりまるで赤子の手からおもちゃを取るようにP90をもぎ取りながら、柔道の技のように女性を床に転がす。
転がる女性にP90をバックに押し込みつつ十四年式を2発発砲。
しかし、女性はまるでいなかったかのように消えて銃弾はコンクリートを抉る。

「くっ!?」

洞爺はすぐさま右足を軸に右90度回転し、今まさに腕を振り下ろさんとする女性にむけて発砲した。
その素早く正確な射撃に改めて洞爺の技量には目を見張った。伊達に中東で傭兵をしていた訳ではなさそうだ。
女性の影は魔力で体を強化しているのか尋常じゃないスピードでその銃弾を拳で弾き、蹴りやパンチを繰り出す。
それをギリギリで避けながらボクシングのように彼はカウンターを入れ、
女性のハイキックを屈伸するように身をかがめてかわし、お返しとばかりに顔面に左ジャブ2連から顎を狙った拳銃付き右フック。
ジャブ2連をもらいつつも女性はフックを受け止めその腕をつかみ取り投げ飛ばそうとして、するりと逃げられた。
なにも掴んでいないままの投げ技に中途半端な所で気付いて女性の体が一瞬固まる。
そこに彼は空手のようなキレのあるミドルキックを女性に叩き込み、流れるように後ろ飛び上段回し蹴りを側頭部に決めた。

「ぐっ!」

側頭部を蹴り抜かれて前かがみになってふらりと揺れる女性の頭に、洞爺は流れるような踵落としで追撃を掛けた。
短い脚を限界まで上げて、さらに軽く飛び跳ね体重を乗せて後頭部に叩き込む。
ズンッ!と鈍い音とともに女性は頭から地面にたたきつけられた。常人なら気絶間違い無しだ。

「まだですよ。」

「なに!?」

しかし魔力を纏う女性はそれを耐えた、地面から跳ねるように飛び起きてさらにスピードのあるストレートを放つ。
それをギリギリで避けた洞爺は、信じられないという表情をしながらも女性の足を払った。
その気持ちは解らないでもない、常人であれば気絶する威力だ。
バランスを崩された女性の拳は、コンクリートの地面に突き刺さった。残念なことに女性は常人ではないのである。

{両方とも、強い。}

その攻防にすずかは見入ってしまっていた、言葉が出ないとはまさにこのことだ。
魔術による肉体強化を纏う女性のスピードやパワーにも驚きだが、洞爺は魔術なしで対抗している。
スピードもパワーも女性の方が上なのに、それを洞爺はぎりぎりでもかわし反撃する。
その動きは人間の範疇だ、それでも女性の攻撃は掠る程度にしか入らない。
当然だろう、肉体強化もボディアーマーの無い洞爺は文字通り生身、そんな状態で魔力の込められた拳をもらえばタダでは済まない。
受けたら最後、防御すればその防御ごと貫いて終わりなのだ。
だから受けない、確実に避け、絡め取り、そして反撃するのだ。

「魔術師ぃ!?洒落かこれは!!」

「洒落かどうか試してみますか!」

肉体強化の魔術を纏ったストレートをギリギリでかわしながら、右手を熊手のようにして鼻っ柱に叩き込む。
それを真正面から受け止めた女性は、まるで効いていないかのように平然と言ってのけた。

「どうしたのですか、手抜きで勝てるとでも?力の差で勝ち目はありません。」

感情の無い挑発的な言葉に洞爺は後ろに飛び退きながらの銃撃を返した。それを女性は拳で弾いた。また撃つ、また弾く、そして仕掛ける。
女性は一瞬で距離を詰め、ボディブローを仕掛けた。彼の目ではおそらく女性は一瞬でかき消え、目の前に現れたように見えただろう。
だが、洞爺はそのボディブローを脇で挟むと合気道のように床に転がし、転がった女性の頭に右足でストンプ。
頭を潰される直前、女性はそれを真横に転がって避ける。

{あれ?あのボディブロー、どこかで?あの声も・・・・・・}

どこかで見たようなボディブローと声に首をかしげ、すずかは闇に慣れてきた目で女性の影を追う。
転がった女性の魔力の籠った鞭のような足払いをバックステップで避け、彼は発砲しながら壁際まで下がる。
壁に背をついた時、十四年式のスライドが後退したまま止まった。彼の視線が一瞬銃に行く。
その隙に女性は立ち上がり洞爺に向かって一瞬で肉薄し、魔力の籠ったストレートを繰り出す。
だが、それは彼を捉える事は無く、代わりにコンクリートの壁に突き刺さった。
壁に肘まで埋まった自分の拳に目を見開く女性のこめかみに、P90の銃口が突きつけられた。

「なっ!?」

「動くな、悪いようにはせん。」

氷点下の冷たい瞳で見降ろし、感情を極限まで殺した言葉で洞爺は警告した。
その声色に、自分に向けて言われた訳でもないのにすずかは恐怖で体が震えた。
いったいどれほど経験を積めば、あそこまで感情を殺した声を出せるのだろう?全く想像できなかった。

「なぜ、直撃したはず。」

「自分で考えろ。それと、何事も油断大敵だ。」

女性は気付かなかったが、洞爺はストレートが決まる直前に脇に一歩避けていた。
ただ一歩、されど一歩だ。おそらくあの弾切れは誘いだったのだろう、女性はそれにまんまと乗ったのだ。

「すまんが、こうでもしないと止まってくれそうになかったのでな。
最初に銃を突きつけたのは俺だから謝るが、随分と殺る気だったじゃないか?魔術師というのはこうも好戦的なのかね?」

先ほどの冷たさはどこへやら、洞爺はやれやれと子供の悪ふざけに苦笑いする親のような雰囲気になって皮肉げに言う。
だが、その雰囲気は女性の言葉によって罅を入れられた。

「あなたがお嬢様を攫ったのでしょう!」

「はぁ!?」

何言ってるんだこいつ?と洞爺は言いたげな表情だ。当然だ、彼だってすずかを助けるために戦ったのだ。

{お嬢様?私?あれ?あれぇぇぇ!?}

「攫った?俺が?アホなことを言うな。なんで俺があの子を誘拐せねばならんのだ。大体理由が無い。」

「理由ならあります。」

「待て、君の考えている理由が解ったぞ。実に下らん、俺を馬鹿にしているのかね?」

「待って!洞爺君。」

すずかは月明かりで照らしだされた女性が見慣れたメイド服であることに気づいて慌てて止めに入った。
右腕をコンクリートの壁に埋没させ銃口を突き付けられているメイドという光景は非常にシュールだ。
しかしそれが自分にとって見慣れたメイドの姿であれば笑う気など一切起きなかった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





{やはりあなたですか。}

彼に銃口を突き付けられた時、ノエル・K・エーアリヒカイトは目の前の斎賀洞爺をすぐさま敵と判断した。
元より疑いはあった、そして今すずかを誘拐し自分に銃口を向けている、つまり彼は敵なのだ。
忍様の愛する妹を、私の守るべき大切な存在を奪った敵だ。敵に容赦は無用、降伏しなければ叩きつぶすのみ。
敵の持つ銃は『十四年式拳銃』、装弾数八発で八ミリ南部拳銃弾を使用する大型軍用拳銃であり骨董品。
対して自分の装備するPDW『FN P90』は最新の個人防衛火器、威力も連射力も桁違いだ。
それに予備の銃や、自分には彼には無いであろうアドバンテージがある。
負ける戦いではない、一瞬でカタが付く、その筈なのだ。

{なのになぜ?}

自分は今、目の前の敵に完全に敗北しているのだろう。
壁に右腕をめり込ませて右膝をつき、自分の銃であったP90の銃口を向けられている。
こんなおかしい状況があるのか?相手は魔力があっても魔術を満足使えないらしい普通の人間。なのに、負けた。
初撃に失敗し、P90を奪われ、格闘戦では完全に手玉に取られた。
それも魔術の満足に使えない人間に対して、自分は魔術を使ったにも関わらずだ。
肉体強化を纏った攻撃は普通の人間の攻撃よりもはるかにスピードがあり威力がある。肉体強化による瞬発力がある。
訳が解らない、負ける要素がいったいどこにあったのか?
彼は確かに戦場にいた経歴がある、中東で少年兵として戦った経験があるのは事実だ。
だがそれだけでこんなことができるのか?普通の人間同士の戦争でこんな技術が身につくのか?
あり得ない、あり得る訳が無い、だが現実に彼はそれをなしている。解らない、納得がいかない。
こんなことができる普通の人間など、知りうる限り一人しかいない、そしてそれは過去の人だ。

「動くな、悪いようにはせん。」

だが彼の冷酷な視線と身が震え立つような平坦な声色、醸し出す濃厚な殺気でようやく理解できた。
いや理解できたのではない、感じ取ることができた。彼は自分達の思っているような存在ではない、と。
彼は、自分達が調べ上げた以上の戦争を、戦いを経験している。それこそ、想像を絶するような数の。
あの経歴はダミー、年齢も、両親も、出生も家族もおそらく全てが偽物。
彼は本当の意味での兵士。無慈悲に、命令のままに敵を殺す殺戮機械。
幾多の死線と、何千何万という屍を越え絶望を味わった、戦争という狂気に染まった人間なのだ。
それが感じ取れてしまった、だからこそ、彼女は冷酷な殺気の消えた彼の言葉がよく理解できなかった。

「すまんが、こうでもしないと止まってくれそうになかったんでな。
最初に銃を突きつけたのは俺だから謝るが、随分と殺る気だったじゃないか?魔術師というのはこうも好戦的なのかね?」

何を言っているんだろうかこの男は?まるで、自分は実は味方だと言わんばかりではないか。

「あなたがお嬢様を攫ったのでしょう!」

思わず語尾が強くなる。なぜ突然そこまで豹変するのか、いったいこれはなんなのだ?
先ほどまでもあの冷酷な殺戮機械であったこいつはどこに消えたのだ?

「はぁ!?攫った?俺が?アホなことを言うな。なんで俺があの子を誘拐せねばならんのだ。大体理由が無い。」

「理由ならあります。」

すずかお嬢様は忍様の大切な家族、自分の大切な存在。
武功、金、理由などいくらでもある、そんな理由で私の大切な宝を奪おうとする輩は大勢いる、貴様もその一人ではないのか?

「待て、君の考えている理由が解ったぞ。実に下らん、俺を馬鹿にしているのかね?」

馬鹿にしている?下らない?ではお前はいったい何のために?訳が解らない。いったい何がどうなっているのだ?
では、いったい何のためにこいつはお嬢様を攫ったのだ?解らない、おかしい、繋がらない。

「待って!洞爺君。」

その時、すぐ近くから聞きたかった彼女の声が聞こえた。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





「遅いぞ月村、なんで早く気付かないんだ?こいつになんか言ってやってくれ。
どう言う訳か、俺の信頼はゼロらしい。俺はこの人になにか嫌がることでもしたかね?」

すみません見惚れてましたとは口が裂けても言えない、今の彼はかなり怒っている。
手違いとはいえ、誘拐犯扱いされたのがよほど気に入らなかったようだ。当然である、誰だって犯罪者扱いが気持ちいい訳が無い

「お嬢様!ご無事でしたか。」

「無事に決まっているだろう。確かエーアリヒカイトさんだったか?まったく、変な真似はしないでくれ。
化け物の次はメイドと戦ったなんて洒落にしかならん。」

頭痛でもしたのか額を抑える洞爺の目配せにすずかはコクリと頷いた。
彼は銃口を下げると、十四年式をズボンに挟みP90を両手で保持しながら無言で後ろを向く。
すずかが気付いた以上、もう大丈夫だと思ったのだろう。
ノエルは状況が理解できないのか、右腕を抜きながら目をパチクリする。

「お嬢様、これは?」

すずかは洞爺に心の中で感謝すると、ノエルに駆け寄って思い切り抱きついた。

「お嬢様!?」

強く、そこにいることを確かめるように、強く抱きしめる。
ノエルも混乱しながらも彼女を抱きしめた。暖かく、優しい匂いが体を包む。相当心配したのだろう、抱きしめる体は震えていた。

「ノエルさん、ごめんなさい。」

「お嬢様・・・・まったく、後でお説教ですよ。」

謝らずには居られなかった。目が熱くなり、視界が歪む。
泣き出すすずかに、ノエルは優しく頭を撫でながら抱きしめた。
泣いた、ただ泣いた。暖かくて、優しくて、嬉しくて、とても申し訳なくて。
家に帰ったら、みんなにちゃんと謝ろう。そう誓った。

「お嬢様、まさか彼が?」

「うん、また斎賀君が助けてくれたの。」

「まさか、そんな。」

「だから言ったじゃない、斎賀君は悪い人じゃ無いって。」

涙声になりながらすずかはノエルに言う。ノエルの目が驚きで見開かれ、背を向けたままの洞爺の方に向いた。

「新しい・・・惹かれるな・・・・・」

P90に夢中になっているふりをしている洞爺は気付かないふりをしてくれた。
ノエルが驚くのも当然だろう、襲いかかった少年がすずかの命の恩人だったのだ。
彼女が襲いかかった理由も予想が付く、故に責めない。彼女も自分を思ってやったことなのだ。
これはお互い認識がずれて起きた事故、どちらも怪我はないのだからすぐに仲直りできるだろう。
それを理解したのか、ノエルはすずかを優しく放すと洞爺に向き直り深々と頭を下げた。

「さきほどは失礼しました、お嬢様を救っていただきありがとうございます。」

「む?・・・あぁ、気にする必要はない。当然のことをしたまでだ。
君が来たという事は、結界はもう破壊出来たのか?まずいな、発砲してしまった・・・」

「はい。ですが空間閉鎖型の結界を改めて張りましたので心配は無用です。
お礼と言ってはなんですが、表に車を止めてあります。ご自宅までお送りいたしましょう。」

「ならお言葉に甘えよう。なんで俺が疑われたのかも聞きたいしな。」

「え~と?」

「まさか話さないなんて言わないよな?それに、エーアリヒカイトにも考えがありそうだ。」

洞爺はとても優しく微笑むが、その目は一切笑っていない。なぜか物凄く嫌な予感がした。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





車上の人となった洞爺は、現在絶賛不幸の嵐真っただ中に居た。
次々襲ってくる衝撃の事実と非現実に、崩れ去っていく常識の要塞がなんとも虚しい。
頭痛がしてくる頭を押さえ、現状を理解して思いのほか危ない立場にいた自分にため息が漏れて仕方が無い。
なんでこんなことになってるんだとここにいない誰かに問いかけたくなる、それ位突拍子が無さ過ぎた。

「つまり、俺はその町で暴れてる連中の一味か、君たちを狙うどっかの殺し屋だと思われてたと?」

「・・・怒った、かな?」

「良い気分な訳無いだろう。なんでそう思われなければならんのか・・・・・どうしてこうなった?」

俺、なんか悪いことしました? 改めてがっくりと肩を落とす。

「タイミングが悪かったとしか・・・・」

これである。自分は勘違いで殺されかけていた上に、それのきっかけが『自分が出てきたタイミングが悪かった』が理由と来た。
理由は解らないでもない、解るから怒れない。だがこっちはそんな気も無いし今までそんな事が起きてるなんて知りもしなかった。
ただ変な事件が起きるなと少々変に感じて興味本位でほっつき歩いてそういうものだと納得していただけなのだ。
しかしこれでは、自分の行動を例えるなら、地雷原でタップダンスを踊っていたようなものである。

{実際さっき死にかけたしな。}

乾いた笑いが漏れる。先の戦闘を思い出すとぞっとする、いくら老朽化していたとはいえコンクリートの壁を貫通する拳など反則だ。
あれを喰らっていたら、おそらく今ごろ我が戦友と酒盛りだろう。間違い無く一撃で壁の醜いオブジェと化している。
生身とは思えないとんでもない早さといい威力といい、人間を辞めていると言えるだろう。
それに反応できたのは戦場で積んできた白兵戦の経験のおかげだ。一瞬で距離を詰める人間など数える程度にしかいなかったが。
不幸度過去最高記録達成、そしてそれは現在も記録更新中である。
お膳立ては済ませてあるという言葉を信じて移り住んで普通に過ごしてたら危険人物扱いされてた、など笑いの種にもなるまい。

「本当に私たちに危害を加える気はないんだね?」

「ない。」

すずかの真剣な問いに洞爺は肯定を返した。襲撃者は武功目当て、金銭目当て、理由はいくらでもあり、そのどれもが下らない。
そんな輩と同一視されていたなど虫唾が走る。そもそも親友の孫をそんな目で見るなんてありえない。

{だから護衛に戦闘メイドねぇ・・・}

どうだどうだと言わんばかりに微笑むすずかの視線の先のコンクリート貫通メイドに目を向ける。
今なら助手席のすずかの姉もおまけに突っ込んでくるだろう。静かに何かを弄っているが、いったい何をするか解ったものでは無い。
しょんぼりとした雰囲気を隠せていないコンクリ貫通メイドに洞爺は内心苦笑いした。

「メイドかぁ・・・」

「え?どうかしたの?」

数日前爆破処分した爺のくそったれプレゼントを思い出し遠い目をする洞爺。あれには怒った、爺さんに対して物凄く怒った。
お手伝いに用意してくれただけならいい、でもその他用途は余計である。というかお手伝い以外全部が余計である。
本当に自分をなんだと思っていたのだろうか、男だからとでも言うのか。
憤怒の炎が口から出そうなくらい怒りが胸いっぱいに広がって、最終的にもう呆れかえった。
もうそんな年でもないのにそんなものを用意するとはいい度胸である、馬鹿にした報いを思い知らせてやる。
だから意表返しに全部爆破処分したのだ。終わった後は虚しくなりもしたが、非情にすっきりした。

「いや、メイドにいい思い出が無くてな。」

「そうなんだ。・・・ノエルさん?」

すずかにいい笑顔を向けられたコンクリ貫通メイドに盛大に殺気が籠った目で睨まれた。
恨めしげに思いっきり殺気を向けてくるコンクリ貫通メイドに洞爺は苦笑いを返す。

「じゃぁ最後に、最初にも言った最近起こっている事件について心当たりは?無いと思うけど。」

「事件?ふむ、先日のその森で起きた戦闘というのは知らんな。その時は公園で久遠とボール投げで遊んでいたしな。
あ、久遠というのはうちの飼い子狐な。まぁ知ってると思うが。証拠なら、坂下さん当たりが証明してくれるな。」

「・・・・やっぱり。」

うむ、と洞爺は頷き返す。何も知らない以上答えようがない。何が起きているのか気に掛って洞爺は問い返した。

「すまんが、それは君に聞いて初めて知ったんだ。いったい何が起きてるんだ?教えてくれ。」

「・・・・・・・・」

すずかは少々考えてから静かに話し始めた。しかしその話はとても信じられるものではなかった。

「発端は1カ月くらい前の夜、突然空から21個の大きな魔力の塊が降ってきたのをレーダーが捉えたの。」

また突拍子の無い話が出てきたな、頭痛を覚えた洞爺は聞き返す。

「魔力の塊が降ってきた?」

「うん、その魔力の塊はこの町に散らばって反応を消したの。初めはただの誤作動とエラーだって言われてた。
見た人が少なかったし、その日は丁度機材のメンテナンスと重なってたから。
でもその9日くらい後から、町で変な事が起き始めたの。」

「それが、街中での、突発的な魔力暴走の発生とそれを封じる未知の術式を持つ魔術師の戦闘か。」

すずかはコクリと頷く。町は平和そのものだったというのに、そんな事が起きていたとは知らなかった。

「しかし、戦闘だと?こんな市街地でか?なら、なぜ民間人を避難させていない?」

「避難?」

キョトンとして首をかしげる彼女に、真剣な表情で頷く。

「そうだ。もしここがそんな危険地帯なら、民間人が巻き込まれる前に避難させるべきだろう?
それに、もう町中で戦闘が起こっているようだな。だとすればなおさらだ。
魔術というものは一般人にとってどれほど脅威なのか君にも解るだろう?サイパンや沖縄をここで作る気か?」

あのコンクリート抜き黄金のストレートを超える何かが一般市民の上に降るなど、許容できるものではない。
話だと既に戦死者も出ているようだ、いつ巻き込まれてもおかしくない。

「大丈夫だよ。戦うときは人払い兼封鎖用の結界を張るの。これなら一般人はその結界の中には入れない。
元から居た人も自然に結界内から出て行くから。それに、そんなことしたら何度も魔術がばれちゃうよ?」

大丈夫、と太鼓判を押す彼女。あまり納得できなかったが、とりあえず今は置いておくことにした。
話が進まないのもまずいのだ。納得のいかない気持ちを胸にしまって話を促す。

「そうか、すまなかったな。対策が万全ならいいんだ。それで?」

「うん、その力はとてつもなく大きくて、そして未知のもの。その魔術師も未知の術式を使っている。お姉ちゃん達も動いてるんだけど・・・・」

「その口ぶりだと、大きな成果は無いようだな。しかし、そんな状況なのによくあんなとこに行ったな。」

「えと・・・・」

すずかは目を泳がせて言い淀む。その反応だけですぐに予想が付く。

「少々思慮が浅かったな。もし俺が普通の人間だったら大変なことになっていたぞ。
かなり切迫しているようだが、確証が無い限り動かん方がいい。下手すれば状況を悪化させる。」

「あはは、そうだね。でも私も、何とかしたかったから。それに―――」

すずかの手が洞爺の左腕を掴む。かなり強い力だ、細い少女の腕のものとは思えない。

「斎賀君は普通じゃない。そうでしょ?」

「おいおい、つまり俺がその魔術師だと?」

少々茶化すと真に受けたのはすずかは慌てて訂正する。

「そ、そういう意味じゃないよ。でも、あなたの体はちょっと普通じゃないもの。」

「それは確証がある訳か?」

「うん。」

「なるほど。しかし、解るとはすごいな。」

どこか得意げにはにかむすずか、洞爺は彼女の鋭さに素直に感心した。
確かにこの身体は魔術に特化した特別製の人造体だ。
それこそ、強大な魔術を使う際の膨大な魔力量に耐えられるように体も丈夫にできている。
これで白兵戦特化じゃないってどれだけだ?と疑問に思う位丈夫だ。
腕力や筋力も前と全く変わらない、小さい身体で無駄に怪力なので近所の人には驚かれたものだ。
ほとほと魔術というものは奇想天外だと身にしみるほど解る体である。豚に真珠であるのだが。

「だが残念ながらお門違いだな。生憎俺はそんな大層な物は使えない。」

かばんの中から煙草『敷島』の箱とマッチを取り出し、一本咥えながら答える。車内だが気にしない。

「でも、魔力はあるよね。」

「確かにあるがね、使えるのならば銃など持っていない。さっき見ただろう?俺は使えないんだ。」

「今の内に素直に答えたほうがよろしいですよ。そうでなくては少々遠回りしなければなりません。」

マッチを擦る洞爺に、運転席のメイドが声をかけた。十字路手前で車が路肩に止まる。
左に行けば我が家だが、それ以外ではどこに行くか解らない。
魔術云々に関してはまだかなり疑われているらしい、確かにこの身体の性能で使えないのは不自然だろう。
しかし使えない物は使えないのである。僅かに使えなくはないが、実戦で使えない。だから使えないのは紛れもない事実なのだ。

「それは困るな。うちで俺の帰りを待っている奴がいるのでね。」

バックミラー越しに見えるメイドの鋭い視線に、煙草に火とつけながら返した。
立ち上る紫煙が天井で広がり、ついで空調に吸い込まれて行く。

「俺としては平和が一番だ、無駄な争いはごめんだね。」

「こちらもごめんこうむります。ですが、必要とあらば容赦は致しません。」

「手荒い手を使っても喋らせるか?そこまで神経質になるものかね。」

「魔術とは危険なモノですから、それはあなたも御承知でしょう。それに、我々には敵も多い。」

「違いない。引っ越してきただけで敵と勘違いされるのだしな。」

覚悟の籠るメイドの視線に感心しながら言い返す。
その光景が険悪な関係に見えたのか、間にすずかが割り込んできた。

「ちょっと二人とも!もう疑いは晴れたんだから止めてよ!!」

「随分と余裕ですね。」

「こんなもの最前線と比べれば断然マシなのでね。」

すずかの言葉を無視して洞爺は余裕の表情で言い返す。
戦場の混沌とした空間と比べたらこのお上品な殺気はつまみも同意義である。たかが一人の殺気なのだ。

「やるか?小娘。」

さりげなく煙草を摘んでドスを利かせる。彼女の殺気は、その若さでこれだけ出せるのなら及第点だがそれだけだ。
殺気は素晴らしく洗練されていて場数はそれなりに踏んでいるようだが、まだ人を殺したことが少ない新米の目。
数分のにらみ合いの後、ノエルはやれやれとばかりに身を引いた。

「失礼しました、煙草から手を放してください。」

「おや、これは失礼。」

摘んでいた煙草を口に戻す。

「もう、今度やったら二人とも許さないんだからね。所でさ、斎賀君はなんでそんなものを持っているの?」

「銃の事か?護身用だ。海外ではいろいろ物騒な目にあってね。あった方が役に立つ。」

「いや、だってそれ凄い骨董品だよ。」

「十四年式拳銃、ずいぶん古い物をお持ちですね。」

メイドが口をはさんでくる。そのは獲物を見つけた鷹のように鋭い。

「自分はこれが扱いやすいので。古い物はお嫌いですかな?」

「いえ、ただ古い銃は整備が大変だと思いまして。特にその銃は部品どころか弾も手に入り辛いものです。
なにしろ8ミリ南部はもうどこも作ってはいませんから。」

洞爺は彼女の言葉に舌打ちした。十四年式拳銃は現代からすればもはやアンティークの域の銃だ。
部品はもう手に入らないし、よしんば手に入っても古かったり複製、使用する銃弾の生産も終了している。
維持費も弾薬日も日々右肩上がりな銃をどうしてそこまで使い込んでいるのか?彼女の問いはそれだろう。
無論予想していたが、変えなかったのは理由がある。
確かに代替としてコルト・ガバメントM1911やブローニングM1910、ルガー、モーゼル、トカレフなど複数案を用意していた。
代替はする予定だったのである。
しかし、代替として最有力であった今でも現役のM1911に初っ端から躓いたのだ。
M1911今の体には大きすぎて、グリップがうまく握れず、また45口径特有の大きな反動で手が滑りやすかったのだ。
次のブローニングM1910はM1911よりも格段に扱いやすかったが普段使っていない不慣れな銃である事に変わりは無く、
再装填の際にマガジンキャッチ方式が弾倉の底を抑えるタイプである事と使用弾が32ACP弾である事が欠点になった。
32ACP弾は非力で、反動が少ないが威力が劣る。
その上十四年式はマガジンキャッチがトリガーガードの付近にある新式を採用しており、それに慣れているとM1910は使いにくい。
同じような理由でワルサーP38、コルトM1903なども消えた。
リボルバー式は装弾数が6発と少なすぎ、対化け物や魔術師との戦いを考えると再装填に時間は掛けられない。
スピードローダーやクリップという便利なものもあるにはあるのだが、弾倉と比べるとどうしても嵩張る。
となると候補として残るはルガー系列やモーゼル、トカレフTT-33、愛用の十四年式などになる。
しかしルガーやモーゼルではアンティークという意味では十四年式と同じであるし、
二式拳銃や浜田式、杉浦式などは使ったことは僅かしかない、安全装置が役立たずな上に暴発しやすい九四式拳銃は論外だ。
ルガーやモーゼルは現用の9ミリ弾を流用できるのに惹かれたが、それをアンティークとしての価値が帳消しにする。
現代では悪名高きトカレフは選んだのが間違いだった。
反動も握り心地も及第点だったのだが、最悪なことにこいつは安全装置が無い。安全装置は重要なのだ。
そのほかにもあれこれ考えて結局、いつもの十四年式に落ち着いたのである。愛用であるというのもある。
ここまで来てはもうどれを取っても同じだと気付いて、馬鹿らしい気持ちになったのは言うまでもない。
ちなみに銃を所持しないという選択肢は最初からなかった。
魔術という不可思議なモノに手をつけてしまっている以上、最低限の武装は必要だと判断したからだ。

「この銃は昔からの相棒でな、よく知っている。弾の方も心配はいらん、無くなれば自作する。」

「しかしその銃よりも高性能な拳銃は世界にあふれていますよ?」

「今の銃は確かに高性能だが、慣れない銃を使って死ぬのはごめんだ。」

至極真面目に答える洞爺にメイドは小さくため息をついて再び前を向いた。
車が動きだし、やがて左折した。何とか勝った、洞爺は少々安堵しながら紫煙を吐く。

「斎賀君、少し聞いてもいいかな。」

「なんだ?」

聞き返すと、すずかは言い辛そうに口をモゴモゴさせた。
その言葉にならない言葉に、洞爺は推測が付いて答える。

「人を殺したことがあるか、か?あるぞ。」

「ご、ごめん。変な事聞いちゃって。」

「かまわん、当然の反応だ。安心したまえ。俺は君達に危害を加える気はないし、どちらかと言えば味方だ。
普通の犯罪ならまだしもその手の犯罪は警察には言えない。何かあれば連絡してくれ、できる限り協力しよう。」

ここは日本、未来にこようとも自分はこの国の軍人である大日本帝国海軍陸戦隊だ。
もはやその肩書は戯言にしかならないだろうが、それでも自分が軍人であることは変わりない。
堂々と言い、大手を振って戦える訳ではないだろうが、それでも戦ってやる。
この平和を壊させる訳には、絶対に行かない。己の信念にかけて。

「どうしてそんなに親切にしてくれるの?」

「当然だ。そいつの所為で俺は殺されかけてたのだぞ?仕返しせねば気がすまんし、どうせ無関係とはいかんだろ?」

「あはははは・・・・」

「それに君みたいな可憐な少女が困っているのを放っておける訳ないのでね。」

「へぅ・・・」

当然というように笑顔を向けると、すずかは真っ赤になって俯く。
変なことを言ったのだろうか?そのまんまの事を言っただけの洞爺は少々考え込んだ。
すずかはどう見ても美少女の部類に入る、それをただ褒めただけなのにそこまで過敏に反応されるとやはり何か問題があるのかもしれない。
その間に車は住宅地に入り、やがて一軒の家の前で止まった。洞爺の家に着いたのだ。
迷わず家に直行するあたりもう周辺の調査は済んでいるのだろう。
やれやれとため息をつきつつ、車を降りるともうひとつ車のドアが開く音がした。
振りかえると、月村忍が車を降りてにっこりと微笑んでいた。

「どうやら君のお姉さんからも少し話があるようだな。送ってもらって悪かったな。」

「ううん、全然気にしないで。」

「そう言ってくれると助かる。じゃあ、また学校でな。何かあったら連絡をくれ。いや、本気だぞ?」

「・・・・ありがとう。」

満面の笑みを浮かべるすずかに洞爺は気恥ずかしさを感じながら、忍を家の庭に招いた。
まだ修繕や掃除が終わっていない所が多い室内よりも、中庭の方が綺麗だからだ。
庭木は綺麗に整え、花壇は小さな畑にして作物の種をまいてある。何気に自慢の中庭である。

「それで、なんのようかね?悪いが、話すことは全部話したよ。」

「大した用事ではありませんよ、斎賀洞爺海軍中尉。」

「・・・・・知っているのか?」

忍はコクリと頷く。その姿は鈴音の孫とは思えないほど清楚で冷たい。あいつだと大抵失敗して変な風になる。
これで本当にあいつの孫なのか?とても疑わしい。

「はい、お婆様から話は聞いています。あなたが旧海軍の軍人であった事も、この町に来た経緯もです。少々予定がずれましたが。」

「・・・・・あの爺、何考えているんだ?なんでもっと早く接触してくれなかった?殺されかけたぞ。」

「タイミングがぴったり過ぎたので、少々確認に手間取りました。あなたのこちら側に関する情報が全く無かったので。
それに、気を悪くしてしまうかもしれませんが、私も半信半疑でしたから。」

またこれだ。出てきた時期がつくづく悪かったようだ。
それに、魔術側の設定が無いというのはこちらも気になっていた。

「半信半疑なのは仕方ない、俺とて偶にこれは夢なのではと思う時がある。
にしても、経歴か。それはそれでなんかありそうだが・・・・・解らん。」

「それでいいの?」

「あの爺の考えることは俺もよく解らんよ。それで、爺さん何か言われたかい?」

「正確には、私ではなくひいお婆さまが、ですが。まぁ、それは後でお伝えします。」

やはり嫌な予感は当たる。ここはあの爺さんの所有していた物件だ、それを月村家が知らないはずが無い。
忍はくすくすと妖艶に笑い、居住まいを正し高貴な人物のするような優雅で芯の通った礼をした。

「初めまして、月村家当主、月村忍です。」

「大日本帝国海軍陸戦隊、沖縄根拠地隊第2歩兵中隊中隊長兼嘉手納制空戦闘機隊第1中隊第2小隊小隊長、斎賀洞爺中尉です。」

それに対し、洞爺も貫禄のある海軍式の敬礼を持って答えた。
非日常の肩書に対する日常の肩書の返答、それもまた非日常の会話であった。

「それで、あの爺と彼女はなんと?あと敬語で無くて構わんよ。」

「そう?ならそうさせてもらうわ。お婆様に聞いてた通り、なんだか不思議な人ね。すずかが打ち解けるのも解るわ。」

不思議ちゃんと申したか・・・・あまりにあんまりな表現にがっくりとうなだれる。
未来には恐ろしい表現があるものだ。これまでも親しい中では奇人変人と呼ばれてきたがこれは胸に刺さる。

「これでも奇人変人堅物で通ってるのだがね。それで、何かあるのかい?」

「まずお婆様からの伝言、『やっぱり生きてたのね馬鹿野郎。』」

「なんか不思議な気分だ、まさか孫からもそれを聞かされるとはね。生きてて悪いか馬鹿力。」

「・・・・・本当にやるんだ。」

「帰ってきたらお決まりみたいなものだったのでね。」

本物だ、このやり取りをしっかり覚えているのは自分と鈴音と親しい友人位だ。
懐かしい、戦場から帰ってきて出会えば必ず鈴音は皮肉げに言うのだ『やっぱり生きてたのね馬鹿野郎。』と。
それに自分は挑戦的に返す『生きてて悪いか馬鹿力。』それがいつしか、二人の恒例になっただけの事。
思い返せば彼女のひい婆さんと最後に会ったのはだいぶ前になる、あの時も確かこんな会話の後、格闘戦になった。
いまはどっちが強いか白黒はっきりつけようという子供っぽい理由からだ。
あの時は基地中の人間が見に来て大賑わいになったのだ。あの時の左ストレートから右アッパーはかなり効いた。
ボコボコにされて寝込んだ次の日には指令にニヤニヤされながら始末書を書かされた。

「鈴音の奴は今どこに?あの騒がしいのが自分で来ないとは珍しいじゃないか。」

突然忍は表情を凍りつかせ、うつむいて黙りこくる。
あいつのことだからどこかで気ままな隠居生活でもしてるのだろう、そう思っていたが違っていたようだ。
考えてみればおかしかったのだ。もし知っているなら、あいつは止められても自分で確認しに来る。
彼女はそういう奴なのだ。いつも突っ走って猪突猛進で迷惑ばかりかけて、なのに憎めない奴で。
だが彼女は現れなかった。思えば、自分は信じたくなかったのかもしれない。ありもしないことだと笑いたかったのだ。
しばらくして彼女は静かに鈴音の最後を語ってくれた。

「鈴音らしい、無茶しやがって。」

3年前に旅行先で家族を守るために戦って、その時に負った傷が元で死んだ。
無鉄砲で猪突猛進なのは結局最後まで直らなかったようだ。

「あいつは、最後に笑ってたか?」

「えぇ・・・・」

「そうか、笑って逝けたか。ならいい、あいつも満足だろ。だからそんな辛そうな顔するな。
あいつのことだ、そんな顔見せたら本気で枕元に立ちに来るぞ?」

彼女にとっても、鈴音はとても大切な家族だったのだろう。一言一言、口を開くたびに泣きそうな表情をしていた。
はたから見れば酷く滑稽な光景だろう。まだ年端もいかない子供に、大学生が慰められているのだから。

「あなたは強いのね。」

「まさか、俺も我慢するので精一杯だ。」

少し期待していたせいか、目頭が熱くなった。あの無鉄砲な彼女も、今となっては過去の人。
最後まで自分のまま、無駄に元気で庶民派で明るくとてもいい所の育ちとは思えない人柄で孫たちと笑い合ったのだ。
無駄に元気で無鉄砲で色気のない男女はもういない、だが彼女は満足して逝ったのだ。なら、自分も笑って見送ろう。

「続けてくれ、まだあるのだろう?」

「えぇ、明日『ドーンッ!!』・・・・」

さほど遠くない所から響いた爆音に、ゆっくりと目を向ける。
庭から見える裏山から、一筋の煙が上がっていた。それは爆音が響くたびに一本づつ増えていく。
あれは確か近所の高校の裏山だ。良く訓練をするために行っているお気に入りの場所である。
それを二人して眺めていると、世界が色を失った。比喩ではない、色がすべてグレーに上書きされたような光景に変わったのだ。

「なんだ、これは?」

「結界?」

どうやらこれも結界らしい。まったくもって、不可思議だ。

「どうやらのんびり話している暇はなさそうだな。ちなみにこれは例の魔術か?」

「そうみたいね。」

「そうか、ここはいつもこんな感じなのかね?」

「いつもはこんなんじゃないわよ。」

「それを聞いて安心したよ。しかし、また厄介なことになっているみたいだな。」

「ノエルじゃないけど、温泉にゆっくり浸かりたいわ。」

「大きな風呂なら用意できる、温泉の素を入れるから帰りに入って行くといい。」

「・・・・なんだろう、涙が出てくる。今日初めて会ったのに。」

きっと今まで相当苦労して疲れがたまっているのだろう。疲れたように笑う忍に手招きしてから洞爺はガレージへと歩き出す。

「どこへ行くの?」

「暴れている連中にお灸を据えに行く。君も放っておけんのだろ、力になるよ。」

「でもあなたは―――」

「気にするな、人々の平和を守るのが軍人の役目でもあるからね。」

まったく、昔を懐かしむ時間もありはしない。お茶でも飲みながら鈴音の話を聞かせてやろうと思っていたのだがお預けだ。

{弾丸羽つきの話をしてやろうと思ったのだがな。}

とことん馬鹿力だったあいつを思い出していると、ガレージのドアに頭をぶつけかけた。
危ない危ないと思いつつガレージの扉の鍵を皮のキーケースから探して、鍵を開ける。
扉を開けながら振りかえり、黙っているノエルと忍と話すすずかに向けて悪戯っぽく笑った。

「さぁ、お好きなモノをどうぞ?」

もしあいつらが居たら必ずこういうだろう『お前はまたこんなにため込みやがって。』と。











あとがき
書けた、やっと書けた。けど大丈夫かよこれ・・・・・と不安が凄い作者です。
長いこと間が空いてしまいすんません、一度間が開くとこうも腕が落ちる上に自身が無くなるのですね。
キャラの性格は掴み辛くなってるし、文章もこれですし。これでは先が思いやられます。
リアルで忙しかったため間が開いて申し訳ございません。
久しぶりに帰ってきた所、やはりこの緊張感はとんでもないっすね。・・・チラ裏で修業した方がいいのかもしれません。
若さって良いですね{年寄りっぽく}、書き始めた当初はあんなに自信あったのに今はかなりびくびくしてます。
自分文章力が無いですし、歴戦の方々の爪の垢を煎じて飲みたいです。
今回は書いてたら戦闘になった、と言えばいいのでしょうか。とりあえず主人公はチートですがチートじゃないです。
『一発貰う=死』つまりdeadなのでこうなった、後は経験、これは負けない。
削除前はとある別のサイト様の小説にそっくりという意見を貰ったので悩んでまして・・・・その結果がこれですが。
解ったでしょうがプロットも全部書き直しです。というか無印のプロットはプロットじゃなくてメモですね。
しかも最初は頭の中で考えてメモにすらして無かったし、ヤバいぜ。よく書いてたな自分。
キャラ設定も少々変えました。爺さん設定が初期ではつながりが弱いと感じましたので。
ちなみにタイトルを付与しましたが、特に意味はない。

これからも未熟な自分の作品をどうかよろしくお願いします。by作者






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