俺はこの一週間、洞窟を拠点にして様々な情報を収集に専念することにした。
このままいきなり町に出てはさすがに怪しまれるだろう。何しろ、ここは俺の育った時代ではない。
何年たったかは知らないが、見る限り完全に別世界だったからな。・・・・正確には何十年だったが。
小さな差異というものはやたらと目立つ、どんなに隠しても都会に来た田舎者は目立つのと同じだ。
その人間が持つ雰囲気一つでその人間がよそ者かどうかなどすぐに解ってしまう。
そんな状態でウロチョロし過ぎると絶対に碌なことにならん。何事も下準備が必要だ。
図書館に行って資料を眺めたり、町を探索したり、修理できそうなものを拾ってきたりと情報収集に力を入れた。
正直とても興奮した。何もかもが新しくて目新しい、とても興味が引かれた。だが、同時にとても哀しかったな。
この国が戦後に歩んできた歴史、さまざまな文明の利器、時代の流れ。
なにを失い、なにを手に入れたのか、全てではないがある程度は理解したつもりだ。
この国は繁栄している、そしてなにより平和だった。俺たちの戦いは無駄ではなかった。彼らの死は無駄ではなかった。
不覚にも涙してしまったことは隠すまい、隠す必要もないだろう。
俺は嬉しかった、失われた彼らが決して無駄死にでなかった事がな。本当に嬉しかったが・・・・同時に哀しくもあるのだ。
時間というものは残酷だ。やがて俺たちの戦った時代はただの歴史となり、やがて埋もれてしまうだろう。
解っていたことだ、それに覚悟もしていた。俺は所詮、この時代の人間ではない。俺はこの時代の目で見る事は出来ない。
俺たちはやがて忘れられていく。戦場も、死んでいった者たちも、アメリカ人も日本人も関係なく。
じきに誰も思い出さなくなる。それが何故だか、堪らなく哀しかった。
だが、それでも俺は決めているのだ、それを違えることは出来ない。
歴史は埋もれていくもの、とても哀しいことだが、それは自然の摂理なのだ。
俺はまず洞窟から町に拠点を移すことに決めた。洞窟はいくらなんでも不便だ、住む気はさらさらない。
今日、俺は手紙の住所を頼りに洞窟の長い道をハーフトラック{運転席即席改造}を使って洞窟を出て、
そこから今度は山道を自転車で降りて、長い時間かけて町にあるらしいとある住所に向かっている。
どうやらそこに爺さんの所有する家があるらしい。立地はあまり良くないが、拠点にするには十分そうだ。
「・・っと、これでいいか。」
俺はにぎわう商店街の街角で手記の追記を書き終えた手帳を閉じた。
もう1週間か、短いもんだ。俺としてはまだ戦争が続いている感じがする。
「いかんね、切り替えなきゃよ。」
手帳をしまい、自転車に乗る。道路に放置されていた錆びだらけの子供用を直した物だ。
まだ使えるのに、もったいない事をする奴がいたものだ。俺としては願ったりだが、本当にもったいない。
「しかし、本当にすごいものだな。」
俺は自転車で走りながら、時折止まってライカI{B}で写真を撮る。
何しろ周りの家いや商店ときたら和洋折衷で豪奢な代物ばかり、しかもこれがごく普通の平凡な庶民の家だというのだから恐れ入る。
もはや木造建築は時代遅れという事か?俺としては木造の方が味があっていいと思うがな。
「出来るなら見せてやりたいものだな・・・おっと。」
ハンドルがぐらついた。どうやらボルト止めが甘かったらしい、後で直さなければ。
しかしやっぱりすごい物だ、町に入った途端でかい建物やらやけに性能のよさそうな車やら、凄いとしかもう言えん。
まぁ、人間はそう大きく変わってはいないようだがな。
戦後60年という月日は、はてさて長かったのか短かったのか・・・・ま、考えても解らんか。
「さて、俺たちが住む家はいったいどんなだろうな?」
「くぅん?」
じゃれついてくる子狐の頭をなでる。あぁ、このモフモフがたまらん。こうやってると祝融が小さかったころを思い出すなぁ。
「そうだな、解らんな。」
というか空襲で吹っ飛んでないだろうな?海鳴も程度は軽いとはいえ昔空襲を受けてるらしいが。
程度は軽いと言ってもアベンジャーやヘルダイバーの航空爆弾だ、当たれば一発で家など吹っ飛ぶだろう。
もし残っているのが空き地やほかの人の家だったら俺は当分洞窟暮らし、というより巡洋艦暮らしだな。
「・・・・勘弁願いたいな。」
考えるだけでごめんだね。
確かに野宿も船の上にずっといるのも慣れている、勤務の大半が船の上で仕事となれば戦場だ。
だが陸は必ず恋しくなる。海兵は海の生き物ではないのだ。
それに一々山まで帰るのめんどくさい、図書館に行っただけで十分わかった。
あの道のりの往復は体力的にだけでなく精神的にもめんどくさい。
これで何も無かったらどう憂さ晴らししよう、俺は考えながらまだ見慣れない未来の町並みの角を曲がって、ここら辺の家の住所を確認した。
「え~っと、確かここら辺・・・だよな?」
立地少々悪いが、町の中心地から離れた静かな所だ。
家の方も見慣れた2階建ての木造建築。ここまではいい、ここまではな。
俺は住所を確認して、もう一度表札を見た。なぜか『斎賀』俺の名字になっている。間違いない、表札も同じでかなり古い。
全体的にも古い、がとてもではないが古ぼけた廃屋ではないな。
「でかい家だなぁ、久遠。」
「くぉん。」
俺はもうすっかり懐いてしまった子狐、久遠と頷きあう。『こん』ではなく『くぉん』と鳴くから久遠だ。
安直だが、あまり凝った名前は得意じゃない。
しかし・・・この家はなんなんだ?金持ちが住んでいそうな豪邸、というよりは民宿のような家だが無駄に大きいし、車庫も広そうだ。
塀で囲まれた敷地の中は広い庭のようだし、あそこの屋根は土倉じゃないか?
「・・・・・間違いじゃないよな?」
眼をこすってからもう一度確認する。うん、変わって無い。っていやいやいや・・・
「・・・まさか、な。」
きっと間違いだ、こんなでかい家をポンとくれるなんてありえない。しかもどこか『俺の』家に似ている。
簡単に言えば俺の家がそのまま大きくなったような感じだ。なんというか、2倍、いや2.5倍か?
外見といい玄関の様相といい、この見慣れていて初めて見る光景は変な感じだぞ。
うん、ありえんな。この家は違う、ただ似ているだけの他人の家だ。今はお留守だがいずれ帰ってくるだろう。
きっとそうだ、玄関のカギを開けようとしたら違うってオチなんだ。
たぶん空襲で吹っ飛んでその上に別の人が家を建てたんだろう。
「きっとそうだ、そうに違いない。」
丁度お留守だし、駄目もとでやってみるか。
俺はポケットから鍵を取り出して駄目もとで鍵穴に突っ込んで回す。
ガチガチ言って回らない、と思ったら軽い感じに鍵が回ってしまった。
『ようこそ、新たなる主。』
・・・・いかん、変な幻聴が聞こえた。疲れてるのかな?家に入って休むか。
しかし非常識だ、あり得ない。落ち着こう、どんな時でも冷静に、冷静でなければいかんよ。
「これも、魔術がなせる技なのか・・・・?」
うろ覚えではここまでできるのは魔術ではないような・・・・・わからん。
やっぱりもうもう何が何だか分からなくなってきた。頭がこんがらがりそうだ。
落ち着け、こんなことでいちいち混乱するな、新兵か俺は。
とりあえず中に入ろう。考えるのはその後だ。俺は玄関の引き戸を開け、思わず目を疑った。
「俺の、家?」
思わずそう呟いてしまう位、この玄関は見慣れた光景だった。
さして広くない玄関、近所の家具屋が作った靴箱、そして入らなくて放置された長靴。
懐かしい、懐かし過ぎて、眼が霞む。
「く~~~?」
「すまん、眼に埃が・・・・掃除ないとな。これは。」
俺はあふれる涙を埃のせいにして誤魔化した。と思ったら久遠の前足がおでこをぺたぺた触り始めた。
どうやら慰めているつもりらしい。情けないな、子狐に慰められるとは。
「歳はとりたくないものだ。」
感慨に耽るのは後にしよう、今は状況の整理と現状の把握だ。落ち着いて考えなければな。
「さて、これはいったいどうしたものか。」
単に偶然鍵が同じだったと言う訳でもなさそうだ。まったく、とんでもない置き土産をしてくれた物だ。
埃からして相当長く放置されてるみたいだが、60年放置されてるわけでもなさそうだ。
靴だなの製造日が1969年になってる。物持ちの良い靴棚だな。
「長く放置されてるのは間違いなさそうだな、酷い埃だ。」
中もひどい物だ、特につもりにつもってるこの埃が。掃除するのが大変そうだな。
掃除機なるモノがあれば早く終わりそうだが・・・・ないだろうな。いつも通り箒と雑巾か・・・
この分だと風呂場とかもかなり広いだろうな、一人でできる大きさじゃないぞ。
「・・・・面倒だな~~~」
俺は面倒が嫌いなんだ、というか好きなヤツはいるのか?もういい、とりあえず手紙に従おう。
「えっと~~?確か手紙にはこのへんだと・・・・あった。」
靴箱の奥を探ると、あの手紙通り中から古びた封筒が出てきた。
手紙の続きらしいが、なんでこんなところに隠すのかね?一緒に渡してくれりゃよかったのに。
「軍資金は屋根裏、その他諸々は土倉・・・土倉に地下室?なんの意味が?まぁ収納が多くできるからよさそうだが。
で、家の地図・・・・なんだこれは?間取り間違ってないか?部屋数が半端ないぞ。」
ひぃふぅみぃ・・・・・・・全部掃除するのか?これ維持だけでもトンデモないことになりそうなんだが?一日が掃除で終わるぞ。
「なになに?魔術関連は隠し部屋?って爺さんの魔術部屋の事か。んん?」
お手伝い用自動人形メイド5体?その説明書、仕様説明書?
「・・・あとで爆破しとくか。」
懐かしい面倒な匂いがプンプンする、TNT使って盛大に吹っ飛ばしてやろう。
仕様も酷い、ベテランから見習いまで、日ごろのお手伝いから夜のご奉仕までどうぞご自由に?阿呆だな、俺をなんだと思ってる。
「というか停止スイッチが無いのは欠陥だろう。」
スイッチ一つで動き出すらしいから慎重に運びだそう。解体するのも手だが、あまり変に触りたくないしな。
とりあえず掃除は使う部屋だけにして後の使わない部屋と廊下は封鎖しなくちゃな。
さてさてお次は・・・・・おい、なんだこの大型発電機ってのは?自家用か?しかもドイツ製の最新型じゃないか。
いや、今はもう骨董品なのか。
「あの爺、どれだけ金持ちなんだ?・・・・おっと。」
紙束から2枚紙が落ちた、いかん落とした。
さてさていったいなんて書いてあるの・・・か?
「はい?」
俺は目を疑った。いや、なんでこんなもんが?ちなみにもう一枚は追伸だった。
『追伸、子供は学校に行かないとだめじゃぞ。ちなみに拒否は死刑じゃ。』
なん・・だと・・・
第2話『転身、小学校へ。』
そんなこんなでこの世界に住まう準備が整い、平和に過ごすことになる。
「・・・・・・・・・」
「はい、今日からこの学校に転校してきた新しい友達を紹介します。斎賀君、入ってきて。」
はずだった、はずだったのだ。
洞爺はドアを開けて室内に入り、軽く目まいを感じた。
広い部屋にずらりと並んだ机と椅子、それに座る子供たち、そしてその両眼から発せられる好奇心に満ちた視線と表情。
言わずもがなの教室である、それも小学校の。
「斎賀洞爺です。趣味は、読書と釣りです。よろしくお願いします。」
子供っぽくしないと変な目で見られるだろうと思い、猫を被った洞爺はぎこちない笑みを浮かべた。
何でこんなことになったのだろうか?無視すれば良かったと常々思うが、あの手紙を無視したらどうなるか解らない。
考えてみればこの身体は爺さんとその友人が造ったもので、それは命を握られているのも同意義なのだ。 生きていればの話だが。
{こうやって来てしまう俺も大概か・・・}
良心から学校に通わせてくれたのだ。そう信じたい、信じさせてほしい。
本音を言えば、家などを管理していただろう爺さんかその子孫が居ることを調べたかったのだが、当分そんな暇はなさそうだ。
{もう48の中年オヤジにもなって小学校からやり直し、か。}
いかん死にたくなってきた、フラフラとバックの中の拳銃に伸びそうになる手を強引に頭に持って行って白髪だらけの頭髪を整える。
洞爺は沖縄で子供によく『白髪爺』と呼ばれていたのを思い出す。ついでに戦友にもよくからかわれた。
これ以上増えたらまだらになってシマウマのようになりそうな比率である。
「―――みんな、仲良くしてね?」
『は~い!』
子供らしい無邪気な返事に内心げっそりする。本当に、本当に何が悲しくて小学校なのだ。
せめて大学に行きたかった。洞爺はもはや叶わぬ願いを願いながら教室で立ちすくむ。
「それじゃ・・・・栗林君の隣があいてるからそこに座ってね。教科書が来るまでは栗林君に見せてもらってね。」
「・・・・・はい。」
「どうしたの?元気がないわね?どこか具合悪いの?」
「いえ、なんでもないですから。」
えぇそうですよなんでもありませんよ、こんな恥ずかしい思いをする位ならガタルカナルで殿務めたほうが良かったとか思ってませんよ、全然思ってないですとも。
洞爺は心で血の涙を流しながら先生の言う通り席に向かう。席に座ると、隣の垂れ目の少年が笑顔で挨拶してきた。
「俺は4組14番の栗林明人。趣味はサッカー、あの足で玉を蹴るやつ。まぁそれはいいか、よろしくな。」
「こちらこそよろしくな。」
子供のふりをしながら洞爺は返事を返す。
栗林はとてもフレンドリーに愛想よく笑ってくれた。洞爺は心なし安堵しながら席に着く。
何度も思うが何が悲しくて小学校なのだ。だが、ため息をついたところで現状は変わらない。
「はい、じゃあみんな教科書の11ページを開いてください。」
教室の生徒が教科書をめくる音が聞こえた後先生が授業を始める。
自分が受けた授業と比べるとかなり分かりやすく、そして進みが早いことがわかる。
やはり60年の月日はすごいものだ。そこまで見たところで洞爺はある視線を感じた。
隣を見れば栗林がかなり凄い目で見ている。いや、睨みつけている。
もしやもう猫かぶりがばれたのだろうか?洞爺は不安に思いつつ睨みつける栗林に問いかけた。
「な・・・なに?」
「ごめん・・・ここを教えてくれないか?」
ただの催促だったようだ。教科書のあるところを指さして問いかける。
「どこらへん?」
子供っぽい口調で問い返す。正直かなりやり辛い。
「ここだが・・・分かるか?」
開いた教科書を指さしながら問いかけてくる。中を見てとりあえず公式を教える。
さっきの視線は転校生に質問する気まずさからだったようだ。
「―――ということだけど、分かったかな?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう。」
満足げに笑顔で礼を言うと栗林はノートに書き込む。洞爺は、栗林とは仲良くできそうだと思った。
そんなこんなの内に授業が終わり、洞爺はあの洗礼を受けることになる。
洞爺の周りにクラスメートが集まりがやがやと質問する。つまり例のアレだ。
{未来でもあるのか・・・・}
昔小学校でやったことがあるが受けた奴の気持ちがよく分かった。奴らの顔が少し怖い。
ここまでなるとは・・・自分も昔こんな顔だったのか?洞爺は少し後悔してあの時の転校生に心で謝罪する。
だがそれもつかの間、四方八方からの質問に洞爺は年甲斐もなくおろおろしてしまった。
なにしろ言葉の十字砲火である、文字どおりの意味で。
銃弾の十字砲火なら敵を倒しさえすればいい、だがそれとこれは勝手が違うのだ。
それに十字砲火の恐ろしい所は逃げ場が限られると言う所だ。それは言葉の十字砲火だとより顕著になる。
どうするべきか?冷静に考えるがなかなかいい案が浮かばない。
「はいはいはい、みんな落ち着きなさいよ。」
すると、金髪の美少女が人込みをかき分けて仲裁に入ってきた。
彼女はアリサ・バニングスといい、後で聞いたがこのクラスではなかなか知名度があるらしい。
確かに、可愛いからそうもなるだろう。その上大金持ちのお嬢様だ、子供たちからすれば高根の花だ。
「質問があるなら順番に言いなさいよ。斎賀君かなり困ってるわよ。」
その通りですよバニングス君。バニングスの仲裁に洞爺は感謝した。
このおかげで何とか洞爺は質問に答えることができた。
「斎賀君は、日本人?」
「ああ、白髪は昔からだよ。体質でさ。」
「メッシュじゃないの?」
「・・・・髪を染めるのは趣味じゃないよ。」
やはり白髪だらけの髪が注目された。これは仕方が無い。
実際は過度のストレスと過労などと年齢によるものらしいのだが、ここではこれが一番だろう。
体質というのも一応事実だ、なんでもストレスが髪に来る体質らしい。
禿げてなくて幸いという所か、中途半端な禿げなど全禿げよりも厄介だ。
「にしても日焼けしてるね。」
「南方の島とか中東などに長く居てさ。そこで日焼けしたんだ。」
洞爺の肌はしっかり日に焼けている。
ガタルカナルなどにいたこともぼかして言う。事実は言ってないが嘘も言っていない。
このくらいがちょうどいいのだ、どうせじきに元に戻るだろうし。
「すごい筋肉だね。ムキムキって感じ。」
「力仕事が多かったから自然とついたんだ。」
「ウホッ、マッチョだ。ムッチムチだぞこいつの腕。」
「斎賀君って着やせするタイプなんだね、脱いだらすごいことになりそう。なら絡みは栗林か吉田・・・・・」
「あんたってほんとにそっち系ね・・・・」
右の袖をめくりあげて、軍で鍛え上げられた上腕二等筋{子供補正あり}を見せつけると大いに盛り上がった。
魂を読み取って体を構成するせいか、洞爺の体は子供なれど軍に居たように筋肉質だ。
テレビに出るようなボディビルの筋肉モリモリマッチョマンではなく、
子供の中に居れば紛れてしまいそうだが十分マッチョである。
しかも幼少と同じように子供の中では背が大きいので筋肉もつけば結構ゴツイのだ。
「斎賀君ってさ。外国に住んでたって本当?」
「本当だよ。」
「マジ~どこに住んでたの?」
「えと・・・中国やサイパンとかあと中東?・・・引っ越しが多くて。」
「じゃあ、英語とか喋れるの?」
「Of course, in front of neatly cheerfully that?」
「は?」
「もちろん、目の前でちゃんと喋っているだろう?って意味。」
雨あられと飛んでくる質問を受け流しながらあることに気がついた。
クラスメートの高町なのはから奇妙な圧迫感を感じるのだ。胸の奥を疼かせる違和感は、おそらく魔力だろう。
自分自身、魔術をかじっているが素人だ。その素人にもわかる程度に彼女は魔力を放っていた。どうやって見ても多い、かなり膨大な量だとわかる。
比べれば自分が魚雷艇の燃料タンクで、高町は戦艦大和の燃料タンクくらいの差がある。もしかしたらそれ以上かもしれない。
自分は少しかじっただけのド素人未満だからどういう単位で比べたらいいのか解らないが、見る人が見たらおそらく化け物並みだろう。
{凄い奴もいるんだな。}
「・・・ん?」
なんだろうか?一瞬月村と目が合ったような気がした。それもとても警戒しているような目で。
{うん?月村、月村?}
思いだされるのは紫の長髪を後ろに流した清楚な外見の癖して、快活で少年のような笑顔で笑う親友の女性。
その女性の名字も月村であり、確か最後に会った時は沖縄に行く直前の広島だ。
実家に引っ越すという理由で住所と電話番号を叩きつけに基地までやってきたのだ。
{・・・・そういえばその実家、海鳴じゃなかったか?}
だいぶ前になった記憶をほじくり返す、確か基地の近所の喫茶店で確かに言っていたはずだ。
私は海鳴の実家に引っ越すから戦争が終わって暇ができたり困った時には絶対に来い、と。
{海鳴は、ここだな。まさか、嘘だろ。}
あの腕っ節の強い男女の家系からあんなお淑やかそうな女性が生まれるとは、突然変異もいい所だ。
孫?いやただの他人の空似か?と考えつつなんとか授業と襲撃をやり過ごしているといつのまにか昼食の時間になった。
時間が立つのが早すぎる、嘆息しつつ洞爺は弁当と鞄を手にとって教室を出る。
一緒に食べる人間はまだいない、居る訳がない。教室に居てもしょうがないので、洞爺は屋上で食べる事にしたのだ。
町の良く見える場所の陣地を陣取り、一人気ままに弁当をパクつく。
{ん~~~、懐かしいな。}
まだ訓練生だった頃もこうやっていた事がある。
ここからは町がよく見える、昔もこうやって海と連合艦隊を眺めながら弁当をパクついたものだ。
だが、その光景は60年前とは比べ物にはならないほど発達していた。
高層ビルが立ち、町には様々な建物が立ち、その中で人々は活気に満ちた表情で町を行きかっている。
まるでアメリカのようだが、今となってはそのアメリカよりも輝いているように見える。
さすが経済大国といったところか、しかも国の治安は世界トップレベルでその点はアメリカを越すとさえいわれているのだ。
{平和だねぇ・・・}
洞爺は腰を下ろし、感慨深くなって町を眺めた。
前に町の図書館に行った時、自分はすぐに歴史書を開いて戦後の歴史を知った。
日本は輝いていた、祖国の歴史は輝いていた。この国は、とても輝いていた。
戦争は日本に大きな打撃を与えたが、それと同時に大きな成長を促したのだろう。
過去から学び、過去を反省し、それを踏まえた新たな道を歩んでここまで上り詰めたのだろう。
そしてこれからも上にいくに違いない。
今でも世界では戦争が絶えていないようだが、この国のこの様子をみるとそれが嘘のように思える。
町の人はみんな笑顔で、商業には活気があふれ、自信に満ちた風格があった。
この国は亡国でも傀儡政権でもない、立派な国家として、世界に恥じない一つの国としてあるのだ。
{あいつらも本望かね、よくやってくれたよ。}
少し微笑んだが、やはり寂しかった。もういつものことになった寂しさ、だけどこの寂しさは一生慣れることは無いだろう。
無くなる事もないだろう、それを無くすものはもうこの世に存在しない。戦争は、こんな人間ばかりを生み出す。
「はぁ、煙草が欲しい。」
いつもの細い物が無くて寂しい口に内心ボヤく洞爺に、人影が近づいてきた。
「なに唇弄ってんの?」
「ん?バニングス?」
近づいてきたのは金髪がまぶしいアリサ・バニングスだった。
彼女は可愛らしい弁当箱を片手に、洞爺の質素な弁当箱の中身をチラ見して言う。
「奇遇じゃない。あんたもここでお昼?」
「そんなとこ、君も?」
「そうよ、二人と一緒にね。」
バニングスは洞爺の横に座ると、買ったばかりらしいペットボトルの蓋を開けて麦茶を一飲みした。
そういえばまだお礼を言えてないな、と洞爺は思い出した。
「さっきはありがとう。おかげで助かったよ。」
「良いのよ別に。煩くて迷惑だから取りなしてあげただけなんだから。」
「そうかい。」
少々赤くなってそっぽ向く彼女に洞爺はくすくす笑い、回りを見回す。
「その二人はどうした?姿を見ないが?」
「後から来るわよ、私は場所取り。」
「え~っと、高町なのはと月村鈴音だっけ?確か。」
「・・・鈴音じゃなくてすずかよ。ってか、どうしてあんたはすずかのひい婆さんの名前知ってるわけ?」
あの爺狙いやがった、絶対に狙いやがった。よく思い出せば彼女のしているカチューシャは鈴音の物と同じではないか。
地団太を踏みたくなる洞爺だが、それを堪えて頬笑みを作る。
「ただの偶然だ。じゃぁ俺は別のとこで食うよ。」
いつもの席をとるもの悪かろう、洞爺は弁当を閉じて移動しようと腰を上げた。
「どかなくていいわよ、一緒に食べましょ。」
「ナンデスト?」
信じられないものを見たような目をする洞爺に、バニングスはケロリとした口調で答える。
「あんた一人じゃさみしいでしょ?今日からクラスメートなんだから仲良くしましょうよ。ね?」
「勝手に決めていいのか。俺、なんか月村に警戒されてるっぽいけど?さっきなんか睨まれたし。」
「大丈夫でしょ。初めて会う人間にはそれなりに警戒するモノよ。あんたへんなことする人間とは思えないし。」
「友人には奇人変人堅物と呼ばれてたんだがね。」
「なにそれ面白。どんなことができるのかしら?」
「なるほどドンと来いという訳か。解った、ご一緒させてもらうよ。」
洞爺はバニングスの純粋な微笑みに断るのも悪い気がして頷いた。
それからしばし遅れて、弁当箱を片手に持った高町と月村が合流した。
しかし楽しい昼食が始まると、どうも場違いである事が否めなかった。
バニングスは反応が面白いのか頻繁に声をかけてくるが、高町は遠慮気味で、月村はまだ警戒している。
今話題の話を振られても何の事だかさっぱりであるし、どう喋っていいのか解らない。
というか、使ってる言葉ですら分からないものが出てくる。どうやらまだまだ調べが足りないらしい。
「あんたって無口?」
「君たちの話題が解んないんだよ。」
「あ、斎賀君って海外に居たんだっけ。」
「そーだよ、高町。だから今の話題はさっぱりわからない。」
海外からの転校生だから仕方がないか、と3人は納得しているようだが、洞爺は時代の違いを改めて感じることになった。
60年で人は結構変わるものらしい、ここまで無防備だとは思わなかった。
3人とも活発でとても可愛らしいのだが、こうも無防備だと逆に危なっかしく見える。
「斎賀君、外国ではどんなお友達が居たの?」
高町の問いに、洞爺は昔を思い出して笑いながら答えた。
「いっぱいいたよ。みんな気の良い奴でさ、毎日が楽しかった。」
その分嫌な事もたくさんあったがね、と内心付け加える。
それもあって人生なのだが、最初に思い出されるのが持ってくる厄介事なのはどういう事か。
「へ~~、ねぇ今度紹介してよ。」
「あ~それはだな~~・・・」
高町の問いに洞爺は答えづらくなって口をつぐんだ。
まさか過去の人間を紹介する訳にもいかない。だが変な名前を捏造すると絶対にぼろが出る。
なにしろ猫かぶっている時点ですでにぼろが出ないか心配なのだ。自分はそれほど嘘が得意ではない。
しかし、かといってそのまんま友人の名前を言って変に調べられるというのもまずい。
聞いた話だと月村はバニングスはかなり有名な大金持ちの娘らしい、その手のパイプもたくさん持っていそうだ。
しかし寸止めとなると、なぜか聞きたくなるのは人の性である。
「なに渋ってんの?教えてくれたっていいじゃない。ねぇねぇ、どんな子が居たの?もしかして恋人だったとか!」
「え、もしかして本当にそうなの?」
月村やバニングスもこぞって高町の意見に同調する。女性はいつまでたってもこういう話になると姦しくなるようだ。
警戒していた月村さえいつの間にか好奇心が勝って目が爛々と輝いている。
いつのことか戦友に連れられて行った喫茶店の事が思い浮かぶ、あれもいろいろ大変だった。
目の前の高町たちもあの時と同じ爛々とした目つきをしている。その要望に、洞爺はとてもすまなそうにして答えた。
「・・・・無理だね。」
「なんでよ?」
バニングスの言葉に洞爺は少し沈黙し、やがて重い口を開くように言った。
「死んだよ、みんな。」
空気が凍った。バニングスと高町は息をのみ、月村は目を丸くしている。
洞爺は凍りつく3人に罪悪感を感じた。
「・・・・どうして死んだの。」
高町が震える声で聞いてくる。バニングスが高町に視線を向けるが、高町はじっと洞爺を見つめている。
「戦争だ、あっというまだよ。みんなハチの巣になっちまった。」
実際にあったことだ。それ故に、言葉にも真実味が籠ってしまう。
3人が息を飲む、聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったのだろう。
「ごめん、変な事聞いちゃって。」
バニングスの謝罪に、洞爺は首を横に振った。こちらも真実をぼかしている、謝られる事では無い。
「いいんだ、俺も悪かった。食事の時にする話題じゃなかったな。
それより今の話題もう少し教えてくれないか?みんなの話題について行けないと少々まずいだろうし。」
洞爺のお願いに3人はコクリと頷いた。
「もちろん!ね、アリサちゃん、すずかちゃん。」
「もちろんいいに決まってるじゃない。あ、ならこの話知ってる?最近山で怖いお化けが出るんだって。
夜道を歩いてるとね、『一緒に遊ぼ~~』って言いながら追いかけてきて、捕まると食べられちゃうんだってさ。」
「アリサちゃん、それちょっとローカルすぎるんじゃないかな?それよりもっと世界的なのが良いんじゃないかな?」
「この話結構話題なのよ!だいたい最近の話題っつったらさ、あとは変な事故とかそんなんじゃない。
動物病院に突っ込んだトラックが忽然と消えたとか、神社の狛犬が人を襲ったとか!」
「物騒だなおい!」
「にゃはははは、まぁまぁみんな落ち着いて。」
最初以上にワイワイ騒がしくなったのを見届け、洞爺は弁当をかっ込む。
というか話題が物騒すぎである、それが最近の話題なのだろうがもっとマシなモノは無いのだろうか。
いや、そうなると俺が話せないからだろうな、そう思いながら弁当をかっ込む。
絡みやすくなったのは良いが話題が解らないのは致命的だ。そうなると少しでも解る話題の方がありがたい。
確かに最近物騒な事が多い、何度か事件現場を見物しに行ったが消えたトラックの現場など確かに話題性が満載だった。
すると、話題について二人と話していたバニングスがおもむろに弁当の中身を覗いてきた。
「あんた寂しいもん食ってるわねぇ~~」
「・・・・・ははは、いいだろべつに。」
人が何とか作ってきた弁当に何たる言い草だろうか、これでも腕によりをかけて作ってきたのに。
悔しいことに内容は確かに寂しい、なにしろアルマイト製弁当箱の中身は白米と梅干しと鮭の切り身と漬物だけだ。
しかも中にぎっしり詰まっている白米に至ってはお焦げが所々できていて日の丸も台無しという始末である。
それに比べると目の前の3人の弁当はとても鮮やかで美味しそうだ。
見た限り相当いい材料を使って丁寧に作られているのだろう。
そんな弁当に比べられたら、確かに洞爺の弁当など貧相なものに違いない。
「おかず分けてあげようか?」
「いいよ、これで十分だからさ。」
「別に遠慮しなくていいわよ、ほら。」
「いやいいって。」
バニングスがタコの形を模したらしいウィンナーを差し出すが、洞爺はそれをやんわりと断る。
「でもそれじゃ寂しいでしょうに、ねぇ?」
「う~ん確かにそうかも。」
「たぶん、ね。」
バニングスの言葉に高町と月村の首が縦に振るわれる。
数の力は偉大であった、次の弁当では見返してやる、そう洞爺は心に誓った。
弁当をかっ込み、さっさと弁当箱をしまうと洞爺は一緒に持ってきたかばんからカメラを取り出した。
「あんたの趣味って写真だったっけ。」
「趣味ってほどでもない。一枚いいか?丁度良いアングルだ。きっと映えるぞ。」
ピントと距離計を確認しつつ答える。熱心に弄る姿に興味を引かれてカメラを覗きこんだアリサが驚きの声を上げた。
「ちょ!?それライカⅠ(B)前期型じゃないの!!」
「ん?そうだが。よく知ってるな。」
「いやそうだがじゃないでしょ、それ!」
なにやら驚きのあまり大声を上げるアリサに洞爺は呆然とする月村と高町に目をやる。
二人も驚いているようで、少々目を白黒させていた。いや、月村の方もカメラを見て目を白黒させている。
洞爺は自身のカメラに視線を落とした、別に何の変哲のないカメラである。
「ね、ねぇアリサちゃん?いったいどうしたの?」
「どうしたの?じゃないわよなのは!こいつ、あんな貴重品学校に持ってきたのよ!!」
「貴重品って・・・あのカメラ?」
「そうよ。カメラのメーカーでライカってドイツの会社は知ってるでしょ?」
あれか、なのはは納得した。確かに知っている。自分の父もカメラを持っているが、確かそのメーカーの物もあったはずだ。
だがそれがどうしたのだろうか?なのはは首を傾げた。
解らないなのはに、すずかはゆっくりと説明を始める。
「今斎賀君の持ってるのはそのライカの昔の型で『ライカⅠ(B)』ってもの。1926年に製造・販売されたモデルなの。」
「1926年!?」
「そうだよ。それにライカの中で一番最初にレンズシャッターを使ってるの。
それもダイヤルセットコッパー式の前期型、まだ使えるのはそんなに多くないよ。博物館でしか見たこと無い。
しかも写真を撮ろうとしてたって事はフィルムも!!」
少女とは思えない素早さで月村は洞爺の鞄をかっさらおうとして空振りする。
鞄を頭の上に掲げる洞爺はその反応に冷や冷やした。
{一瞬でも遅ければかっさらわれていた。これは間違いなく鈴音の孫だ。}
「あるんだね、フィルム。」
「それも高いの?」
「そりゃもうすごく高いんだから。鮫島が見つからないってため息ついてたわ・・・あ。」
眼を丸くするなのはに、洞爺はようやく思い当たって顔を青くした。
何も考えずあったカメラを引っ張り出してきたが、それがいけなかったのだ。
今は2005年、つまりこのカメラは骨董品であり貴重品、博物館にあるべき代物である。
そしてそういうものを集める嗜好の人間がいるのも昔から変わらない。
こういうときは逃げるに限る、何よりバニングスの瞳が怪しく輝いた。
洞爺は即座にそう判断してカメラをしまい、弁当箱を持って立ち上がる。
「さて、俺はそろそろ行くよ。じゃ!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ。あんたこれからなんか予定あんの?」
しかし魔王からは逃げられないとは誰が言った言葉だろうか。
いつの間にか前方に回り込んだバニングスの何かを思いついた素晴らしい笑顔の問いに洞爺は首を横に振って否定する。
この状況下で嘘は無意味だ。すぐにばれるし状況を悪化させる。女性は強い、今も昔も。
「いやないな、ちょっとブラブラするつもりだったけど。」
「ならちょっと付き合ってよ。」
「いや、だが・・・・」
「付きあってよ。」
「・・・はい。」
そうこなくっちゃ!とバニングスは弁当をしまって立ちあがると、洞爺の襟をムンズとつかんだ。
{あ、なんか懐かしい感覚・・・ってそんな場合じゃない。}
「・・・・バニングス、なんで襟をつかむ?」
「ほら行くわよ。」
「へ?な、あれぇぇぇぇぇぇ!?」
「ちょっと人数足りなかったからね丁度良いから手伝いなさい話題も教えてあげるから山の怖いお化け。」
棒読みである。どう考えても狙いはカメラだ。
「おごっ!?くる!くるひぃ・・・・」
なんかやけに馴れ馴れしくなってるバニングスに襟を掴まれて洞爺は引きづられていく。
シキュウキュウエンモトム、と月村達にアイコンタクトを取るが、高町はやや気の毒そうな視線を洞爺に送り、そして苦笑いした。
月村に至っては顔を背けて携帯電話を取り出して電話するふりをしている。
今のあいつを止められるわけねーや、という内心がにじみ出ている光景に洞爺は切なくなって内心ほろりと涙した。
とあるビルの窓がキラキラと光るのを、モールスみたいだなと現実逃避しながら。