平和な町、洞爺はレストランの窓から活気のある外の景色を眺めながら今一つ腑に落ちない不思議な気持ちになっていた。
町の一部が壊滅するほどの災害に合いながらそれでも活気を取り戻しつつあるのは喜ばしい事だ。
被害が酷く復旧不可能と判断された区画の損失を補うかのように、いち早く復旧した商店が営業を活気良く行っている。
このファミレスのある通りもその一つだ、少し前までは荒れていたのに今はもうその影はない。
店には人が戻り、その店に来る人々はやってくる、車道には車が走り、歩道には人々が行きかう。
しかしまだその原因を取り除いていない、なのにもう何でもないかのように普段の町並みが蘇りつつある。
24時間営業のコンビニ、店じまいしつつある服や、信号待ちをする車列、歩道を行き交う一般市民達。
まだジュエルシードが散らばっていて危険だと言うのに、この町のほとんどの人は何も知らない。
それがとても不思議で、とてつもなく気に入らなかった。
{・・・さっきはああ言ったが、正直気が乗らんな。ここでまた戦う事になる、この町で、避難勧告すら出ていないのに。}
沸き上がる嫌悪感を押し殺し、ジャケットの裏に手を入れて胸ポケットに押し込んだ懐中時計に触れる。
今まで知らなかった不思議な世界を見た妙な感覚と、魔術側の姿勢に対する苛立ちを嫌悪感が増していく。
なぜ市民を避難させない、なぜ市民を巻き込んで戦闘を行う、何も知らない無関係の一般市民は守るべきだ。
眼の前の人々は何も知らない、日常の裏でどんな戦いが起きているか、その情報は意図的に隠蔽されてしまっている。
それがとても気に入らない、自分たちの勝手で隠しておいて、それでこのありさまだ。
すぐにでも銃を抜き、目の前のサーシャに突きつけて言える限りの罵詈雑言を吐きだしてやりたい衝動すら感じる。
それはやつあたりだ、この理不尽でくそったれな現実への怒りをまき散らしているだけで解決法にはならない。
目の前で白米を頬張るサーシャに罪は無いのだ、彼女は果たすべき役割を果たしていて咎められる理由は無い。
なにより自分も同じ穴の狢だ、自分こそ勝算を高めるために武器弾薬を運び込んで戦闘の準備をしている。
彼らの行動に異を覚えても、行動できないでいる自分もまた同じだ。
{また町が破壊され、無関係な一般人が巻き添えを喰らう。それだけは、絶対に避けねばならん。これは俺の我儘か?だが・・・}
この世界ではこれが普通で、それに違和感を持つ自分が異常なだけだろう。だがそれでも認められない、認める訳にはいかない。
自分は軍人だ、この国の平穏を守るために戦う矛であり、守るための盾。民間人を巻き込んでの戦闘など許せるはずがない。
昔からそうしてきたし、今までもそうだった。例え敵国人でも戦争に関わらない民間人は優先して守ってきたのだ。
そのために敵を何人と殺したし、味方を何人と死なせてきた。後悔もした、怨みもした、それでもこれまで貫いてきた。
それなのになんだこの有り様は?どれだけ自分を曲げれば良い?どんな言葉で謝ればいい?今の自分は何をしている?
{これじゃぁ、みんなに顔向けできないじゃないか。}
もし何も知らなければ、きっと自分も目の前を横切る親子のように能天気に過ごせていただろう。
だが知ってしまった以上の胸に走る釈然としない不快感と嫌悪感を拭う事は出来ない。
どう折り合いを付けたものか、釈然としないまま考えながらただ眺めていると歩道を歩いていた親子が立ち止まって空を見上げた。
親子の不思議そうな表情に、洞爺も空を見上げると空の様子が急激におかしくなり始めていた。
{空の雲行きが怪しい、こりゃ一雨きそうだ・・・まてよ、一雨だと?}
先ほどまで晴れていて星空が見えていた空が急に曇り始めていた。ただその曇り方が少々おかしい、まるで何かに集められているかのように渦巻いている。
今まで晴天から急に曇りになる様子は多く見てきたが、こんなふうにまるで何かに集められているかのように雲が増えるのは奇妙だ。
そもそも天気予報では今日も明日も晴天で降水率もかなり低いはず、外れたという事もあるがそれでもおかしい。
突然の天候急変に気圧も変わったのか、少々耳に違和感がした。これは大雨になるだろうか、と思った時思考に何かが引っかかった。
{耳?}
自分の耳に感じる奇妙な耳の違和感、耳の中に何かが引っかかっているようなそれをどこで知ったのか思い出す。
感じたのはここ最近、あの大災害の直後だ。それを思い出した途端いままでの陰鬱な気分が消し飛んだ。
{魔力を体に流した時と似ている、まさか!?}
脳裏に走る突拍子もない光景に洞爺は空を見上げた。空の雲行きは完全におかしくなり、黒雲が渦を巻き帯電を始めている。
何か来る、直感がそう告げ咄嗟に久遠の襟首をつかんで床に身を投げ出した瞬間、強烈な閃光と地響きが店内に響き渡った。
次いで爆音と爆風が吹き荒れ、強烈な爆風で窓ガラスが吹き飛び店内をしっちゃかめっちゃかにかき回す。
爆風で窓ガラスが全て割れ、酷く荒れ果てた店内で斎賀洞爺は耳鳴りのする耳を押さえながら、机を斜めに傾けたテーブルに背を預けた。
呆然と突っ伏す久遠の襟首を掴んで引きずって影へと移して、ジャケットの裏から十四年式を抜くと弾倉を少し引き抜いて確認する
すぐに弾倉を押し戻し、コッキングピースをつまんでスライドを引きながら僅かに顔を出して店内の様子に目をやる。
誰もいない、街灯と店の明かりが不自然に点滅する店内には生きている人間は見えない。
先ほどまでそれなりに繁盛していたはずの店内からも人が一瞬で消え去っていた。
「くそったれ・・・」
あるのは死体だけだ、イスに座ったままの客や店員が数人確認できる。結界に巻き込まれ排除される前に爆風と破片によって致命傷を負わされたのだ。
他の客の注文であろう料理が乗った台車に背を預けるようにして、営業スマイルを表情に張り付けたままの彼女はひどく無残だった。
眼の前でガラス片を全身に浴びて、左腕を根元から吹き飛ばされた上に体中に大小さまざまなガラス片が突き刺さっている彼女の息はすでにない。
まだ十代後半に見える少女から流れてくる温かい料理のソースやスープが混じりながら広がる血の匂いは、洞爺自身初めて嗅ぐにおいで咽そうになった。
「と、ととと、とうやぁ・・・」
何が起こったのか解らないという表情で床に伏せる久遠に、手でまだ伏せているように伝え、内心愚痴る。
{落雷攻撃だと?気象まで操るってのか、なんてことだ。}
十四年式を構え、窓から見える範囲をくまなく見回す。店の前の道路は酷い有様で、ほんの数分前の平和な景色から一変していた。
信号待ちをしていたであろう乗用車がさっき見た記憶とかわらない状態で並んだ状態で轟々と炎上し、次々と引火して火の川を作っている。
交差点の真新しいアスファルトが粉々に砕かれ、中心に250キロ対地爆弾が着弾したような大穴が道路に口を開けてもうもうと煙が上げていた。
炎上する車に乗っていた人間がどうなっているか、歩道の炎は何が燃えているかなど、考えるまでもない。
それを理解した途端、洞爺の頭の中で何かが沸騰した。恐怖ではない、理解できないからではない、純粋な怒りの所為だ。
「・・・やってくれたな、民間人もお構いなしか!!」
思考を焼く怒りと嫌悪に表情をゆがめ、頭をガリガリとかきむしる。何が結界だ、魔術だ、町中で勝手に戦争をおっぱじめやがって、ここは戦場じゃないんだぞ!
ふざけるな、なんでここで戦うんだ!これはただの無差別破壊と大量殺戮ではないか!ふざけるなふざけるなふざけるな!
{これだけはしちゃいかんだろうが!これだけは!!}
「サーシャおねーちゃん!とうや、とうや!」
「!?」
久遠の声に洞爺ははっとなってその声の方向へと目を向けた。滅茶苦茶になった通路に、サーシャが文字通り血まみれになって倒れていた。
サーシャの傍らに駆け寄ると、彼女をあおむけに寝かせて意識を確かめる。息はある、脈も正常だが外傷が酷い。
ガラス片が左半身に突き刺さり、肉を抉られた左側頭部からの出血が酷い。衣服もガラス片によってズタぼろになり、下着が見え隠れしている。
傷だらけになった自分の体を見下ろして、サーシャは力無く笑い声を上げた。
「あっはっは・・・情けないです、避けられませんでした。」
「生きてるだけマシだ。歩けるか?」
「はいぃ、これでも妖怪ですからね~~」
大怪我をしておいて演技でもこれだけ飄々としていられるのだから妖怪は凄い、と内心感心する。
自分でもこうなるとすぐには動けない、動けるようになるには時間とできれば治療が必要だ。
「頑丈な体に感謝だな、ここから退避しよう。いつ火に飲まれるか解らん、別の所で態勢を立て直す。」
「火に、飲まれる?」
洞爺の言葉をナガンは最初理解しかねていたようだが、ふらつきながらも立ち上がって表の惨状を見て無事な右手で口を覆った。
「酷い、なんてこと・・・」
「・・・・行こう、先導する。この先の銀行なら籠城に向いてる、シャッターを下ろせばしばらくは安全なはずだ。」
小銃が楽に2丁入るほどの竹刀入れから九九式短小銃を取り出し、手早く弾薬を装填するとそれを構えて店外へ出た。
道路に出た途端、燃え盛る乗用車が小爆発を起こした。火の手が燃え広がり、より大きな火柱が上がる。
その火柱が新しく乗用車を飲み込むのを見て、サーシャは泣きそうな表情で目を瞑った。
「俺たちではどうにもならん。」
「解ってます、解ってますが・・・」
奴らか、ユーノか、結界が張られているおかげで人の姿は無い。だが、車に乗っていた人間はきっと助からないだろう。
結界が解除された時、炎が燃え尽きていなければその人間は皆炎の中に放りだされる。
何が起こったのかも解らないまま炎に巻かれ、生きたまま焼かれるのだ。何も知らない、関係のない一般市民が。
「中尉、あの炎を消す手段は無いのでしょうか?今ならまだ間に合う。」
「曹長、君はどう思う?現状、俺たちにあの炎を消火する手段があると思うか?」
敢えて階級で問いかけられて答えに詰まり、ナガンが唇を噛んで俯く。市街地とはいえ、都合良く消火栓がある訳でも無い。消防署が近くにある訳でも無い。
そして自分の妖怪としての力も消火に適しているとはいえないし、久遠は幼すぎ洞爺は言わずもがな、不可能だ。
この火災の前に、自分達は無力。何も手を打つことはできない。それがどこまでも歯がゆく、悔しかった。
それは洞爺とて同様だった。どれだけ経験しても、歯がゆい物は歯がゆく、悔しい物は悔しい。だから、それ故にやらなければならないことは解りきっている。
「出来ないことに歯噛みする暇があれば、出来ることをするんだ。行くぞ。久遠、ナガンの手を引いてやれ。」
「うん。」
二人の雰囲気を察した久遠は、黙ってナガンの右手を取って歩き出す。銀行へはすぐに着いた、道中に敵の襲撃も何もなかったのだ。
銀行の自動ドアをくぐると、柔らかい電灯の明かりと共に無人のロビーが出迎えてくれる。
人工的な明るい蛍光灯の光と、ロビーのスピーカーから流れる静かなクラシック音楽がまるで何事もなかったかのように。
{この人間だけが突然消えうせたような不気味な光景は、この先何度も見ることになるだろうな。}
ロビーの自動販売機の受け取り口に置かれたままの紙コップから立ち上る湯気とインスタントコーヒーの匂いに顔を顰める。
先ほどまで人がいたその匂いがこの部屋には色濃く残っている、これほど不気味な事はない。
傷だらけのナガンを長椅子に寝かせて止血と応急処置を施し、鎮痛剤を投与しながら不気味さに手元が狂いそうになるのを抑える。
不安や恐怖は慣れ親しんだものだと思っていたが、自分のあずかり知らぬこの現象には戦場での経験は気休めにしかならない。
ガラス片は不本意だがまだ抜かない。抜くとより出血が酷くなる上、手元に有るだけでは応急処置するのが精一杯なのだ。
「モルヒネだ、これで少し楽になるだろう。」
「今までモルヒネなんて一回も打たれた事無いの、自慢だったんですけど。」
「そりゃ残念だったな。久遠、ナガンの傍についていてくれ。ちょっと見回ってくる。」
目を瞑るサーシャの横に座って頷く久遠の頭を撫でると、フロントまで行き従業員用電話の受話器を取る。
{ダメか、この分だと回線もやられてる。}
無音の受話器を放り捨て、フロントを乗り越えて手当たり次第に電話の受話器を手に取るがすべてダメになっていた。
直そうにも最新式の電話である以上回線も新式を使っているだろう、手の施しようが無い。
落雷攻撃の影響は思いのほかひどかったのか、煙を上げるノートパソコンを見て洞爺はため息をついて再びロビーに戻る。
その時聞き慣れない振動音のような音が、床に放置された血まみれのサーシャの上着から聞こえてきた。
久遠が脱がしたらしいそれの胸ポケットのふくらみが小刻みに震えている。
{携帯電話のバイブレーション?}
確か、家でその音が嫌に耳ざわりだったのを思い出す。
サーシャの上着のポケットから携帯電話を取り出し、二つ折りのそれを開いてぴかぴかと光るボタンに目を瞬かせた。
慣れない未来の機械に戸惑いながら、液晶に映し出された『宇都宮祝融』という文字を確かめる。
{え~と、確か、受話器のボタン、だったっけ?それとも・・・駄目だ、ごちゃごちゃ知ってよく解らん。}
「えぇい、ままよ!」
うろ覚えで小さな受話器のボタンを押して耳に当てる。
「もしもし?」
≪やっとつながった、サーシャ!まずいことになったぞ!!≫
「斎賀だ。サーシャは負傷した、いったい何があったんだ?」
≪洞爺かにゃ!?サーシャがやられたってどういうことだ!!≫
「取り乱すな!!」
耳が痛くなるような大音量に、洞爺は携帯電話を耳から遠ざけながら一喝する。
取り乱したいのはこっちの方だ、今にも堪忍袋の緒が切れそうなこの怒りはどうすればいい。
「敵の落雷攻撃が店の前に落ちたおかげで、割れた窓と爆風をもろに浴びたんだ。レストラン前の交差点は火の海だ。
至急こっちに衛生兵をよこしてくれ、たしかGPSとかいう機能で解るのだろう?それとそっちに被害は無いか?」
≪あぁすまない。こっちは大丈夫、攻撃地域からは離れていたからみんな傷一つない。すぐそっちにメイド隊のヤツらをよこす。
あんたも気づいただろうけど、さっきの落雷はどうやら広域攻撃魔術の一種らしいにゃ。
木原が言うには魔力の性質と波長から、例のフェイト・テスタロッサの仕業だと断定できるそうだ。≫
「あの子が・・・」
腹が立つ、無性に腹が立つ。久しく感じていなかった我を忘れそうな激情に、洞爺は怒りに任せて叫びそうになるのを堪えた。
「気象攻撃か、相変わらず何でもありだな。」
今は亡き家族と愛する妻、まだまともに話していない孫の顔を思い出しながら気を静めつつ皮肉気に答える。
これでも精いっぱい抑えた方だ、今でも愛している妻やどう接していいか悩む孫たちがこのような事が出来る才能を持っていると思うと複雑で仕方が無い。
≪相手は異世界人だにゃ、あたしらとは考え方が違うんだろうな。もしくは、映画よろしく私達の事を『人間』と見ていないのかもな。≫
「どこにでもいる人種差別者じゃないか、驚くことではない。他に何か解った事は無いか?出来る限り情報が欲しい。」
≪あともう一つ、この攻撃なんだが妙なことに私達を狙ったようには見えない。
この封鎖区域を中心に街全体を覆い尽くした結界内にまんべんなく魔力が広がるように撃ち込んでる。
大部分は閉鎖区域に落ちて一部は市街地を直撃した。だが損害が魔力の量にしてはあまりにお粗末だにゃ。
あんな馬鹿魔力を注ぎ込まれたら、こんな程度じゃ済まないはずだにゃ。まるで破壊力じゃなくて、浸透力を重視したみたいだ。≫
閉鎖区域とは、被害が激しくまだ一般の立ち入りが許可されていない地域の事だ。簡単に言えば危険地帯である。
特に以前大木が出現した中心地域は損害があまりにひどく、まだ瓦礫の撤去作業などの真っ最中だ。
そこ以外はそれなりに外見は整っているが、ビルの中には今さらになって倒壊する建物もあり時折前触れもなく道路が陥没するのだ。
当然現場で作業や警備についている陸自や警察官の負傷者や殉職者が絶えず、行政も頭を悩ます超危険地帯である。
さらにその閉鎖区画中心部とその周辺は高濃度の魔力によって汚染される汚染地帯というおまけつきだ。
「俺たちが標的ではない?ならなんで・・・・攻撃範囲内にジュエルシードに関する情報はあるか?」
「いや、今のところは何も無いって話だ。」
「妙だな、まさか・・・」
何も無い所に攻撃を打つ込むのはおかしな話だが、相手は自分たちよりも高い科学力を有している。魔術もしかりだ。
自分達の基準で考えればそれは不可解なことだが、彼女達の基準で考えればそれは違う事になるのではないか?
無論これは新しい魔術の試射実験で有ると言う事も考えられるのだが、これまでの相対で推測するあの子の性格からしてあり得そうにない。
「俺たちの考えてたことを市街地でしやがったのか。あいつら、町中に魔力を叩き込んでジュエルシードを強制発動させる気だ。」
どういう事だ?と問いかけてくる祝融に、先ほどまでの下らない雑談で出た事を説明する。
相手の意図が理解できたのか、祝融はあきれたような声色で答えてきた。だがその震える声は信じていないというわけではない証拠だ。
≪そんなまさか、秘匿性を考えてないのかにゃ?あの子達には私たちの流儀に合わせる理由が無いけれど、派手にやっていい理由にらならないはずだ。
派手にやればやるほど表でも裏でも警備が厳しくなる、成果が出なきゃ動きづらくなる一方だにゃ。≫
「こちらが捉えられなかったジュエルシードの反応を見つけたのかもしれん。連中の技術なら可能だし、奴らにはそのリスクを冒す価値があるのかもしれない。」
≪冗談じゃない、そんなことしたらまた町が大変なことになる!≫
バツン、と銀行内の明かりが完全に消えた。街灯の明かりはまだ消えていないが、辺りのビルの明かりがすべて消えている。
明りを確保するため雑納から月村から供給されたケミカルライトを取り出し、パキパキと折り曲げてチューブ内の薬剤を発光させながら言った。
「もうなってるな。さっきの影響で電気系統がいかれ始めてる。確か災害の影響で送電が絶たれた区域のための送電設備が設置されていたな。
おそらく何らかの影響があったのかもしれん、急がないとここ一帯の電力供給が完全に絶たれるぞ。」
≪最悪だな、そうなったら町は大混乱になる。≫
黄緑色に発光するそれを周囲を満遍なく照らすように配置しながら唸る。
そうなれば、目の前の交差点の惨状が拡大生産されることになるだろう。なぜなら、結界が解かれればその瞬間に日常が戻ってくるのだ。
町のあちこちで火が上がっているこの状況でそんなことになれば、満足な対策をする暇もなくも被害は広がる。
人々は混乱し、我先に逃げようとして、後に起こるのは大混乱。最悪の地獄絵図の完成だ、まったくもって笑えない。
「ヤツらとジュエルシードは高町に任せよう。あの子のことだ、もう行動を起こしているはずだ。
こっちは結界内における設備の復旧、出来ればあの子達の支援だ。俺は最寄りの中継設備を調べよう、そっちは頼む。
戦闘区域を隔離して、近隣の民間人たちを全員避難させるんだ。まだ同じことをやる可能性もある、もし何も見つからなきゃ範囲を広げてくるぞ。
それから結界内に取り残された民間人の捜索もしなけりゃならん。ヘリコプターを出せるだけ出してくれ、陸と空の両方から捜索及び救出するんだ。
あと半数は武装を最低限にして代わりに消火剤を積めるだけ積ませて消火作業にあたらせろ、いたるところで大火事になってる。」
≪そうだな、町の被害を押さえる方が先決だ。B、C分隊を援護に回す、あんたはB分隊と国道8号線沿いの中継地点に向かってくれ。そこで合流だ。
民間人の保護はC分隊にやらせる、ヘリも大至急要請しよう。だがヘリは到着まで時間がかかる、それは理解してくれ。≫
「解ってる、だが消火部隊は急がせろ。そっちは頼んだぞ、行動を開始する。通信終了。」
祝融ははっきりと答えて通話を切る。洞爺も携帯電話を閉じると、サーシャの手元に転がした。彼女はそれを拾い上げるとズボンのポケットに押し込み、小さく頷く。
「ちょっと出てくる、久遠を頼む。」
サーシャは頷くとバックの中に入れているはずのFN-P90ではなく、スカートに隠した右太もものレッグホルスターから旧ソ連製自動拳銃のマカロフPMを抜くとスライドを引いた。
いささか古いモデルの拳銃で使用弾である東側の9ミリマカロフ弾は、障壁を持つ魔導師相手には少々威力不足だが無いよりはましだ。
少なくとも抵抗は出来るし、障壁を張れていないかあるいは薄い所を狙えば勝機はあるだろう。
「お任せください。」
「お任せはいいが撃ちすぎるなよ?」
「了解です。バックの中のものも好きに持って行って下さい、役に立つはずです。」
「ありがとう、フラッシュバンをいくつか貰って行くよ。」
サーシャのバックからフラッシュバンとも呼ばれるM84スタングレネードを3つ取り出して、前に融通してもらったフラッシュバンを入れた袋に入れる。
非殺傷ながら眼潰しにも撹乱にも使える汎用性があり、自分達が戦争をしている間にこれがあればどれだけ楽になったか解らない位便利な代物だ。
袋をリュックに押し込むと、その手で紙製弾薬箱を一つ取り出してサーシャに向けて投げ渡す。
「これは?ずいぶん軽いですが?」
「試作貫通弾だ、PMでも使える程度だが装薬を増やしたホットロードだ。弾倉二つ分しかないからな。」
「作ってくれたんですか?」
「当り前だろう、君に死なれたらあの子が悲しむし俺も気分が悪い。」
中身は射撃訓練の際拝借した薬莢を再利用し、弾頭にちょっとした細工をしてある特殊弾だ。
元々は小銃弾用に設計したものを流用したため、拳銃弾では威力不足かもしれないが無いよりはずっとましだろう。
「ありがとうございます!それと、あの・・・」
「なんだ?」
「話したい事があります。あとで、良いでしょうか?」
どこか神妙な顔つきになった彼女に、バックから取り出した無線機の動作確認をしながら洞爺は表情を緩めて頷いた。
「かまわんよ、聞かせてもらおう。」
「ありがとうございます、その、洞爺さん。」
「おいおい、このなりでさん付けか?」
新型の軍用無線機を弄りながら、カーキ色の布たれ付き略帽を被り階級章をつけて軍装に見立てた私服に持てるだけの武器で身を固めた子供。
正直に言って今のこの格好では敬称で呼ばれるのはとても似合わない。
きれいに畳んでジャケットの内ポケットに入れておいた布たれ付き略帽をかぶりつつ己の幼い体つきを誇示するように見せつけながら言うと、サーシャは悲しそうな表情をした。
「駄目でしょうか?」
その切なげで物哀しさも感じる表情に自分の表情がわずかに歪むのがわかる。
「・・・場所を選んでくれれば構わんよ。久遠を頼む、救援が付き次第すぐに家に戻るんだ。」
「任せてください。」
未来の元ソ連軍の特殊部隊員にさん付けで呼ばれる、本当に世の中何があるか解らない物である。
そういえばここに来てからというもの妙に女性と縁があるな、ふとそう思った途端妻の黒い微笑みが脳裏をよぎって身震いした。
当時の出来事は今となってはいい思い出だが、理不尽だったことも変わりない。その純粋で一途な所に惚れたのだ、暴走して度を過ぎる所も可愛い所だが怖い物は怖い。
これは死んだら絞られるな、今は亡き妻の光の消えた瞳と絞られる恐怖にガタぶる震えながら洞爺は装備一式を手に銀行を後にした。
第12話・前篇
電源が落ちて非常灯が淡く照らす送電施設の室内、2人の女性が煙を吹く基盤を前に座っていた。
この施設は24時間誰かしら居るようにシフトが組んであるため、深夜でも人気は多い。だが彼らは明らかに会社員ではなかった。
各々の趣向を凝らした私服の上に武装を施し、手にはドイツのヘッケラー&コッホ社製アサルトライフル『G36C』を持ち、ナイトビジョン{暗視装置}を被っている。
そしてその体つきも技術者や会社員の一般的なモノではなく、アスリートのようにスラリとしながら筋肉質で逞しい。
煙をもうもうと吐く基盤に悪戦苦闘する片方に、もう片方が問い開けた。
「どんな具合だにゃ?」
「ちょっと待って・・・・魔力にやられてる、滅茶苦茶よ。こりゃ電力に変換された魔力が逆流したのね。」
白い煙が細々と上がる配電盤をみて、木村鶴は肩をすくませた。彼女は配電盤から基盤を取り外して、その焦げ付いた姿にため息をつく。
電流が逆流した影響で緑と金色で構成されているはずの基盤は真っ黒焦げになっていた。
「直せる?」
「時間がかかる。魔力波とさっきの落雷のエネルギーをもろに受けたみたいね、基盤は6割死んでるし、生き残った基盤も配線がいたるところで絶縁してる。
しかも逆流した電力がそこら中を駆け巡って変圧器をはじめとした機器を狂わせてる可能性も大きい、予備も例外じゃないわ。
完璧に復旧させるには、総取っ替えしなきゃだめね。今ある予備部品じゃ完全な修理は無理、完全にするなら少なく見積もっても二日ってとこよ。」
「今は5分でも時間が惜しいにゃ。」
「解ってる。生きてる基盤と予備部品を軸になんとかしてみる、最優先で街灯と信号機の電力は確保するよ。
だけど難しい作業になるのは覚えといて、主要送電ルートは当然使えないから送電は主要中継設備の非常用システムで通すしかない。
そっちまで御釈迦になってたらおしまいよ。周りを見張ってて、バッテリーと生きてる変圧器に通る電力目当てに変なのがよってくるかも。」
「解った、頼んだにゃ。ボロンスキー、電源が復旧し次第データベースをハックして市街の配電状況を調べてくれ。
そこから必要最低限の電力供給割り出して、それ以外は全てカットしその分を回せ。」
「お任せください。」
ボロンスキーと呼ばれたやや草臥れた黒のスーツに戦闘ベストを着たロシア系男性は、木原の脇にかがむと鞄からノートパソコンを取り出した。
二つ折りのノートパソコンを開き、立ちあげている間に鞄からケーブルを取り出してパソコンと配電盤付近の端末をつなぐ。
複数本の配線を繋ぎ終えると、パソコンのキーとパッドを数回操作した。
「OK、いつでも行けますよ。」
「うわ、速っ。こっちも負けてらんないね。」
「そっちは任せましたよ。こっちはシステムを組み上げます、供給ラインはお任せを。」
「3分で用意する、元電器屋舐めんな。」
「そちらこそ。」
ボロンスキーの言葉に、れんじゃ~とおざなりな会釈を返すと木村は再び配電盤に手を突っ込む。
彼女を残して祝融は非常灯以外消えた廊下に出ると、廊下には傭兵仲間たちが手持無沙汰で待っていた。
全員が全員、慣れない現実に余り馴染めないらしくいつもの精悍さが欠けている。
当然か、祝融は内心ため息をついてカスタムを施したG36Cを手に壁に背を預けていた欧州系の女性に話しかけた。
「ファル、様子は?」
「今のところは問題無しです。」
「セールは?」
「倉庫からまだ戻ってません。」
もう一人の部下はまだ倉庫で予備の部品をかき集めているようだ。彼は少々要領が悪い、まだ時間がかかるだろう。
「しょうがないにゃ、いつも通りに行こう。ボーレンとグレッグはここで警戒、セールが戻ってきたら中庭に来るよう伝えろ。
ヤン、カーティス、イノリッチは入口で見張りだ、セントリーとクレイモアも仕掛けろ。山田、秋山、長浜は駐車場方面。
ファリド、フランツ、ポー、ジェリコ、牧村、真坂、ウォレス、2階に上がってスリーマンセルで周辺警戒。
ハインツ、ヴォルスキー、リッチランド、マークス、狙撃ポイントを確保して襲撃に備えろ。
無理に生け捕りにする必要はない、我々の目的はこの送電設備の死守だ。発砲許可は既に下りている、降伏する者以外は殺せ。
私達の持ちうる火力を持って徹底的に叩きつぶせ、特別な奴らの胃袋を工場大量生産品の鉛玉でいっぱいにしてやれ。」
了解、と声だけは変わらない精悍さを持って仲間たちはそれぞれの分隊を率いて廊下の先に消えていく。
それを見届けると祝融もファルを連れて中庭に出るために休憩室へと向かった。休憩室には中庭に出る硝子戸があるのだ。
「来ますかね?異世界人。」
「来ないでほしいけどな。相手は異世界から来たオーパーツだにゃ、何があるか解らない。
なにしろ回路持ちでもないのにあの出力と威力を出せるんだぞ?どんな代物なのか見当もつかないよ。」
G36Cのスライドを引いてチャンバーの初弾を確かめながら、祝融は休憩室のドアを開いて中に入り、無人の休憩室を突っ切って硝子戸を開いて外に出る。
僅かに虫の音が響くフェンスに覆われた無人の中庭から、結界で覆われた世界を眺めながら祝融はため息をつく。
町の方角からはまだ派手な魔力光は見当たらないが、いずれ始まる。銃声もまたしかり、そのどちらかが聞こえる前に電力の供給を終わらせ、設備の防備を固めなければならない。
戦闘を有利にするためにも、この町の住人たちをこれ以上巻き込まないためにもだ。
「こんなことになったのは、5年前以来ですね。」
かかか、とファルは思い出し笑いする。だがその笑いは誰が見ても解る位引きつっていた。
当然だ、一番新しい特殊な事件である2年前の事件でもこんなバカげた状況の仕事では無かった。あれも十分馬鹿げていたが。
「最初に聞いた時は正直耳を疑いましたが、現実ですからね。不思議な感じです。」
「あたしは妖怪だって言った時よりもか?」
「正直それ以上です。昔はほら、HGS実在論とかノストラダムスとかで凄かったですしね。
実際居るある訳でもないのにどうしてそこまで騒ぐのか、って昔から少しばかり疑問でしたから。」
「まぁ、そんな壮大なもんじゃないがニャ。似たり寄ったりだ。あたしは、元々あっち側で生きてきた訳じゃないし。」
祝融はどこか歯切れが悪そうに頭をかく。この話題を話すのは正直気まずい、まだ心の中で割り切りが出来ていないのだ。
「・・・反吐が出る、こんなのテロリストよりも性質が悪い。」
この国で夫と結ばれる前から2代目相棒であるG36C・グレネードのグリップを強く握りしめる。
傭兵時代でも、ここまで理不尽な戦場は無かった。仲間を信じ、仲間を助け、互いに信じあって背中を預けて戦ってきた。
それがたまらなく充実していたし、これからもずっとこうしているのだろうと思っていた。
彼女は純粋な妖怪であったが、裏のコミュニティなどには縁の無い傭兵を生業とする一族生まれの稀有な変わり種であった。
そんな環境で育った彼女は自分は多少寿命の長い人間であり、戦いの中で一生を生きる事に疑問を持ってはいなかった。
成人すれば銃を手に戦場を駆け抜け、勝利を分かち合い、時に敗北の苦汁をなめる、そこが生きる場所だと思い込んでいた。
それは紛争の中で魔術側と対峙し、次第にその世界に踏み入れるようになった後も全く変わらなかった。
だが初めて日本に来た時当時修行中の身だった夫と恋をして、長い遠距離恋愛の末結婚して、子供を産んだ時、このままではいけないのだと思い至ったのだ。
一人身なら良いだろう、だが自分は妻であり母親となっていたのだ。故郷の隠れ里で我が子を抱きながら、今の現実に危惧を抱いた。
子供に自分と同じ道を歩ませていいものか、良い訳が無い。この道は堅気の道ではない、息子には普通に幸せになってほしかった。
だから傭兵稼業から足を洗い、何もかもを捨てて、夫の故郷であるこの町で平穏に暮らそうと決めたのだ。
元より彼女は傭兵、戦いから抜け出せるなどとは思っていなかった。だがせめて戦う理由と大義だけは真っ当なモノにしたかったのだ。
そのために傭兵時代の戦友たちとは連絡は欠かさなかったし、月村に所属した後でも一緒に足を洗ってついてきた部下たちと訓練も怠らなかった。
武器も少しだけ密輸して保管していた。だが、これはあまりにも最悪だ。あり得ないことが起こり過ぎている。
だからこそわかる。これは異質で、自分達とは別の世界の戦いだ。
異世界の戦い、現代戦、裏の戦い、第二次世界大戦の残滓、色々なものが渦巻いて、混ざり合って作りだされた戦い。
さっさと終わってくれ、非情だと思いながらもそう願いながら祝融は顔をうつむかせ小さく地団太を踏んだ。町から煌めく魔力光を見たくなかった。
「・・・ん?隊長、何か聞こえませんでしたか。」
「なに?」
ファルの怪訝そうな言葉に、祝融も思考を止めて耳をすませる。何も聞こえない、風の音も、先ほどまでわずかに聞こえていた虫の音も。
何も聞こえない無音、その中に混じる僅かな匂い。その嗅ぎ慣れた薬と香の匂いに、G36Cのセレクターを連射に切り替えてヘッドセットのマイクに叫んだ。
「敵襲!」
言うが早いか、祝融は闇を切り裂いて撃ち込まれた光を帯びた矢に気が付いた。
{西洋型退魔高法儀付与の矢、これを使う連中ってことは!}
自分の胸もとに向かってくる矢を屈んで避け、突っ込んでくる修道服の西洋人女性が振りかぶる細身の西洋剣、ブロードソードをG36Cのストックで半歩引きながら受け流す。
姿勢を崩す女性の顔面に溜めを作った銃床で横撃を叩き込みながら、その胸に掛けられた十字架とそれに刻まれた英文に小さく舌打ちした。
≪こちらアルファ1-4、攻撃を受けました。敵は西洋型退魔法儀付与の矢、および西洋騎士と思われる剣士が複数です。≫
「敵勢力から本施設を防衛せよ!撃って撃って撃ちまくれ!!」
和名にして『欧州退魔連合』魔に属する者を狩ることに特化した、化け物殺しのスペシャリストであり優秀な退魔師の集団。
現時点で月村と敵対関係にある、時代錯誤な反政府側過激派組織の一つだ。
「ったく!相っ変わらず戦争大好きな連中ですね、こっちの住人は!」
「仕方ないにゃ、そういう連中なんだから。時代に真っ向から逆らって戦国時代みたいに四方八方で戦争やって平気な顔してるやつらだぞ?」
銃身下部に取り付けたHK・AG36グレネードランチャーで40ミリグレネード弾を牽制に叩き込み、腰だめで銃弾をばら撒きながらドアの中に掛け込みつつ祝融は答えた。
そう、仕方ない。こっちがどうであれ、あっちはやる気なのだ。ならばこっちもやらなければならない、でなければ殺されるのは自分達だ。
奴らにとって教義に沿わないモノや味方以外はすべてが敵という概念を持つ連中は多く、また政府側に属するモノは問答無用で敵だ。
「どこが平和の国よ!蓋を開ければ毎日が戦争状態なんてサイッコウに狂ってる国だわ!!」
「なにを今さら!そんなのどこも一緒だろうが、テロリスト連中はどこにでも現れるし!」
「サムライニンジャフジさ~んなんてへらへら言ってた頃が懐かしいですよ畜生!あたしの日本返せ!安息と休養の世界を返せ!!」
グレネード弾の爆風を突っ切りいろいろなものが吹っ切れた嫌悪感を煽る歪んだ笑みを浮かべてブロードソードを振りあげて突っ込んでくる少女を見た。
焦点の合わない暗い瞳と、今にも涎を流しそうなほど湿った口が作る笑みとその口から呪詛のように聞こえる調子はずれな声の教義は耳に障る。
我らは神の使徒なり、我らは神の命により不浄の者を滅ぼし楽園を作る神より承りし神力の担い手なり。
反吐が出るような教義だが、ファルは怒りよりも哀れに思った。自分から望んだのか否かは関係なく、彼女は人間としての何かを失ってしまったのだ。
反政府側と巷でよくいわれる組織は非人道的な事を使うことも多い、一般人を攫い文字通り『改造』して兵に仕立て上げてしまうこともある。
一度こうなってしまった彼女を救う手立てはない、一度弄られ破壊された心は元には戻らない。もちろん説得なども無意味だ、彼女は言葉も理解できないだろう。
向かってくる少女の胸にファルはG36Cを構えて狙いをつけると、素早く2連射して正確に胸の中心を撃ちぬいた。
バリアジャケットとは相性が悪いのか軽く弾かれる銃弾だが、地球の魔術相手ならば従来の威力は健在だ。
対魔術仕様徹甲弾で男の夢の詰まったメロンから真っ赤な果汁をまき散らしながら前のめりに倒れる少女の頭に一発叩きこみ、
森から響いた青年の慟哭にファルは心底胸糞悪く感じながら残弾が少ないG36Cの弾倉を交換し、グレネード弾を再装填する。
両手剣を構えて突進してくる青年にも同じように銃弾をぶち込み、青年が剣で銃弾を受けた所を祝融がAG36でグレネードを叩き込み両足をふっ飛ばす。
うめき声をあげてうずくまる青年にファルからとどめの銃弾が叩き込まれる、AG36にグレネード弾を再装填しつつ祝融はふとつぶやいた。
「メロンがスイカになっちまったな、心臓直撃コースでご愁傷様だ。」
「それ女としてどうなんですか?」
「別に。私のはとっくの昔に売却済みだし、ココナッツになっちゃってるからにゃ。そう言うお前だってどうよ?女として。」
「・・・メロンなんて居なくなればいいんだ。」
長年の副官であるり相棒のファルの悔しさの滲んだ言葉にやれやれと祝融はため息、彼女は女の武器に恵まれない体格だった。
女性にしてはデカい180前後の身長、引っ込む所は引っ込んでいるが上半身の出るべき所の出っ張りが少々足りない。
言葉を選べば慎ましやかな胸、選ばなければいわば貧乳である。
洗濯板とまではいかないが、かといって普通とは言えないその中途半端さが彼女の悩みの種なのだ。
「いや、冗談で言ったみたいだけど本音駄々漏れだからね?しかも今は洒落になんないにゃ。」
「いいんです、ちゃんと解る人には解るんですから。」
中庭でひときわ大きな爆発が起こり、次いで飛んでくる弓矢の数が激増する。
土煙を突っ切って飛んでくる矢に銃だけを突き出して応戦していた祝融は小さく舌打ちした。
「二人じゃ持たないな、廊下まで後退、そこで食い止めるぞ!ファル、ここから休憩室までの通路にクレイモアを仕掛けろ。場所は任せる。」
「了解。只さん、出番です!」
鉄製ボールベアリング700個とC4爆薬を内包したやや湾曲した『只』の形をした鉄製の弁当箱のようなモノ、アメリカ製指向性対人地雷『M18クレイモア地雷』だ。
地中などではなく地上に敷設し、起爆すると内包したC4爆薬の爆発により内部の鉄製ボールベアリング700個が扇状に発射される。いわば散弾地雷というべき代物。
威力は凄まじく、まともに喰らえば人間の手足をもぎ取るどころか下半身をボロ雑巾に変えてしまう破壊力を誇る。
さらにそのボールベアリング一発が強力な狩猟用空気銃一発分の威力を持つため、防御にもかなり気を使い魔術師にもとことん嫌われる逸品である。
クレイモア地雷を背負っていたザックから取り出すと、赤外線型信管を本体頂部の信管差し込み口にセットしてドアの脇に置きスイッチを入れる。
≪出番か、ヤツらに歩き方を教えてやろう。≫
「よろしくお願いします!」
「・・・こんなことをするために腹話術覚えたのはきっとお前だけだよ。」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
{道中は順調だったが・・・やはり楽には終わらんか。}
これまた随分と酷くやられたもんだ、目の前で黒煙を噴き上げている送電中継設備の惨状に斎賀洞爺に肩を落とし落胆していた。
闇に沈みかけた町の中で設備から黒煙が見て取れた時にはそれなりに予想はしていたが、やはり町の命綱が破壊されてしまったショックは大きい。
なまじ道中の敵対勢力と思しき武装勢力との衝突を難なく突破し、敵対勢力を殲滅して物資と情報源を確保しつつ順調に向かって来られた分割り増しに感じる。
遭遇した敵対勢力はこちらは銃口を向けずに様子を窺っている中、こっちを確認した途端警告や誰何も無しに剣を抜き、引き金を引き、魔力を飛ばしてきた。
その解り易い敵意と簡単な対処法と比べれば、この煙を上げる施設は何十倍も厄介極りない。
回収した武器弾薬類で重くなったリュックサックを背負い直しながら、ひとまず一回りする必要があると思いもう一度ため息をつく。
送電設備を中心に車両や見慣れない設備を配置した陣地のような中継設備は、素人でもはっきり分かる位に破壊されていた。
{最新の設備がこうも簡単にやられるとはな、これでは手の施しようが無い。しかもその後派手に撃ち合って被害を広げてやがる。}
死角の多い施設内を慎重にクリアリングしながら、注意深く策敵しつつ施設を調べる。
今のところ見かけたのは死体だけだ、中国人で構成されたカンフー部隊と思しき徒手空拳の死体と銃火器で武装した白人で構成された死体がそこかしこに散らばっている。
周囲に人気は無く死体もほぼ致命傷を受けているのがほとんどで生存者がいる可能性は限りなく低いが、洞爺は油断なく死体を調べて死亡を確認し武器弾薬を剥ぎ取った。
荷物は増えるが大荷物を背負うのはいつもの事だし、武器弾薬に余裕ができるのは心強い。
何より彼らが握っているのは例外なく現代の兵器だ、確保しておいて損は無い。
死体からもぎ取ったAKS-74Uの弾倉を抜き、スライドを引いてチェンバー内の弾薬を抜いて軽く銃を点検する。
両腕に感じる重量感と初めて握るAKS-74Uの感触に洞爺は微笑し、優しくハンドガードを撫でてからストックを折り畳む。
同じ死体から回収した弾倉とC4プラスチック爆弾3組と一緒にリュックサックに仕舞い、持ち切れない武器弾薬類は必要無さそうな大きい段ボール箱に放り込んで施設の隅に隠した。
また新しい武器を入手できたことに多少気分が良くなった洞爺は、意気揚々とはいかないがいつもどおりに行動できた。
四角い貯水タンクのような外見の送電設備は見た所あまりダメージは受けていないようだが、周りの設備がほぼ例外なくいかれている。
おそらく送電設備の被害を最小限に抑えるための装置か何かが作動したのだろう。それほどまでの威力だったという事だ。
ケーブルはほとんど外皮は溶け、銅線は丸焦げ。制御設備もスクリーンは砂嵐、パネルも黒煙を吹くか内側から吹っ飛んでいる。
ブレーカー類もスイッチもろとも溶けだしており、そのブレーカーに繋がれたノートパソコンの画面は紅く染まっている。
復旧は本職の人間が来ない限り無理だろう、まだ生きている設備や車両をかき集めても自分だけでは不可能に近い。
完全に復旧するにはこれを設置した陸自の施設科をよばなけれなならないだろう。
{俺は整備兵じゃないんだがな・・・だが手を打たないよりはマシか。}
一種の諦観の意を持って背負ってきたリュックサックから工具一式を下ろした。さすがに手持ちの工具と部品だけでは手が回らないが、予備の部品や工具はここにもあるだろう。
設備の周りを探し、マニュアルや書類がまとめられたクリップボード、配電図と生きているパソコンなどを一緒に片っ端から拾い集めて近くの机の上に広げる。
無理難題を押し付けられることはいつものことなのだ、そしてそれをやらなければならないのもいつものことだ。
使い慣れないパソコンを操作し、一番新しい書類やレポートから現在の状況を調べ上げる。
{まず繋がれている設備はほぼ全滅。送電は非常用送電システムが稼働中か、主要システムはほとんど完全にダウンしているようだな。
安全装置振り切って変電器をオーバーロード寸前にまで傷めつけてる、非常用が生き残っただけ幸運だが、このままでは長くは持たんな。
生き残った機器に負荷が掛り過ぎている、このままではこの非常用システムとやらも長くは持たない。
回線は予備部品があるからそれをつなげるとして、安全装置には車が使えるか?古い車があればいいが。
生きているパソコンを使って奇跡的に復旧出来ても細やかな調節は不可能、自力か、機械式で何とかするしかない。
送電電力を制御するには・・・くそ、電圧が高すぎる。つなぐには電圧を下げるか分散させないと、電圧系統は・・・これだ。
後は放電量の調節に・・・いけるか?くそっ、データが破壊されてる。文字化けで見れたもんじゃない。}
分厚いマニュアルをめくり、クリップボードとパソコンに残された最新の報告書を読んで配電図に指を這わし、手帳を取り出して図面を簡単に書く。
書き上がった図面は、以前ガタルカナルなどの戦場で作った応急の発電設備を応用した放電および減圧設備だ。
元が破損した発電機に航空機用エンジンの部品を再利用して作り上げたつぎはぎだらけの応急品であるが、無いよりはましだろう。
変電器に溜まった電力をどうにかして正常な電流を流すためには、今のところこれしか手が無いのだ。
{まずは車か、まさかぶっつけ本番で最新式のバッテリーをばらす羽目になるとはな。
仕方ないこのままじゃ万一変電器がオーバーヒートしたら焼きつくだけじゃ済まない、冷却する暇もなく大爆発することは間違いない。
これなら少なくともバッテリーとエンジンが焼けつく程度で済むし、多少の時間稼ぎにはなるはずだ。}
脳内の理想配置にするべく、駐車スペースのワゴン車に近づいて運転席のドアガラスに九九式の銃床を叩きつけて割り鍵を開ける。
運転席に乗り込むと、一通り車内を探して鍵が無い事に小さくため息をついてからハンドブレーキを下ろしてチェンジレバーをDの部分に引いた。
それをそのままにして洞爺は再び車外に出ると、車の後ろに回って損傷の少ない配電盤の傍まで押し運ぶ。
運び終えると、ゴム手袋をはめてボンネットを開けて予備のコードを使ってエンジンとバッテリーを基盤へ接続し、そこから別の配電盤へコードをつなげる。
その配電盤からコードと変電設備につなげ、またそのコードを押して運んだ別の車につなげ、そこから煙を吹いていない配電盤の電線に直結する。
コードをつなげ終えて肩で息をしながら鍵開けを覚えとけばよかったと少し後悔していると、通りの方からかすかに足音が響いてきた。
つなげる過程で動き出したワゴンのエンジンの音に混じり、複数の足音が聞こえる。
{B分隊か?}
「富士山!!」
足音が聞こえてくる路地に声をかける。しかし答えはない、その代わり苦しそうな男性のうめき声が響いてきた。
妙だ、もしB分隊ならば『日本アルプス』と答えるはず、それが互いを確かめる暗号だ。
だがそれが無い代わりにうめき声、洞爺はおかしな気配に感じて腰に差したL型ライトのスイッチを入れ真っ暗な路地を照らす。
すると、唐突にその明かりの中に繋ぎの20代ほどの青い作業用ツナギ姿の男性がばたりと倒れ込んできた。
息苦しそうに呻き、起きあがろうともがいている。首に掛けられた顔写真付きの認識票からして、おそらく変電設備の職員だ。
巻き込まれたのだろう、あり得ないことではない。くそったれ、と内心毒つきながら洞爺は彼に走りよった
「おい、しっかりしろ!」
横倒しに倒れた苦しそうにもがく男に声をかける。男は聞こえていないのか、苦しげに呻くばかり。
唐突のことにパニックを起こしてしまったのか、それとも何か持病でも患っているのか、その苦しみ用は尋常ではない。
手足を小刻みに痙攣させ、地面に打ち上げられた魚のように口をパクパクと開けては閉じるを繰り返し、堅く閉じられた両目は苦悶の皺を寄せている。
一刻も早く明るい場所に運んで応急処置をしなければならないだろう、ライトの必要なここでは暗すぎる。
偶然にも先ほど電力を辛うじて蘇らせたばかりだ、変電設備近くならば明るさは十分だ。
体格の関係上引きずることになるが死ぬよりは良い、洞爺は即座に決断すると九九式をリュックに突っ込んで彼の体に手を触れた瞬間、驚愕のあまり思考が停止した。
理由は三つ、一つ目は男性が唐突に自信の尋常ではない腕力で左腕を掴んで噛みついてきたこと。
二つ目は、男の両目は白く濁って体もまるで死体のように冷たくなっていた事。
三つ目は、路地裏からさらに多くの足音がザリザリと聞こえてきた事だ。
「っ!?っ!!」
ブチブチと嫌な音を立てる腕に激痛が走る、声のない悲鳴を上げた洞爺は咄嗟に腰の鞘からサバイバルナイフを抜いた。
それを逆手に持ち替え、男の頭に振り下ろす。頭にナイフを突き立てられた男は白濁した目で白眼を剥いて、顎から力が抜けた。
{くそったれ・・・今度はこれか。}
力無く倒れた男からナイフを抜いて肩で息をしながらよろよろと離れ、操作パネルの背に背中を預けた。
長い戦場経験者といえども万能ではない、驚きもするに腰が抜けかけたりもする。もちろん思い出したくない思い出も信じたくない現実も存在するものだ。
あんまりだ、こんなことがあっていいのか?洞爺も信じられなかった、信じたくはなかった。訳が解らない。目の前の状況はただの夢か、疲れてみた幻覚だと思い込みたかった。
だが腕の痛みはこれが現実だと教えている、皮膚と肉を噛みちぎられて流れ出る血だまりが物語る。
それを無視してまで現実逃避してしまうほど自分の精神は柔では無かった。路地からはぞろぞろと人影があふれ出てくるのを見て、思わず笑ってしまった。
その姿は様々だ、さっきの男性と同じツナギを着た男女、焦げ付いたワンピースに身を包んだ少女、割烹着を着こんだ老婆。
青い制服を着込んだ警察官に、迷彩服姿にエプロンをした自衛官、園児服のままの幼子達。
彼ら全員が白眼を剥き、肌は青白く、ある者は体を腐らせ、ある者は丸焦げで、誰もが苦しげに呻きながらよろよろと立っていた。
めまいがした、酷い立ちくらみがして表現できない懐かしさを感じる怒りが込み上げてきた。
{民間人を平気で巻き込むんだな、平気な顔して戦場にして、挙句の果てにこんなことまでしやがって・・・}
彼らの歩みは非常に遅い、できる限り距離を取ってからなら軽い手当てをする余裕はできる。
洞爺は群れから距離を取り車のそばまで後退すると無事な右手でウェストポーチを漁って止血剤、包帯、消毒液を取り出して処置をしながら毒ついた。
映画や小説などのフィクションだからこそこういうものは楽しめるのだ。現実になればそれは例えの存在する途方もない悲劇でしかない。
物語ならば大抵は最後に希望がある、災厄を封じ込められていたパンドラの箱でさえ最後には希望が残っているものだ。
そしてその希望は誰もが望んでいた物だ、治療薬や本当の意味の奇跡など、救いの正体はどちらにしろ大抵は万人受けするだろう。
だが今彼らに残された希望はなんだ?今自分に残された希望はなんだ?考えるまでも無い。
ここに彼らを治療できる人間はいない、彼らを元に戻せる魔術師もいない。ただ解っているのは、彼らはあと数分立たずに自分を殺すだろうと言う事だけだ。
彼らは電流で脳みそが逝かれたのか死んだあと悪霊にでも乗っ取られたのか、はたまた操られているのかは解らないが彼らは自分を狙っている。
でも解ったところでそれだけだ、自分では手の施しようが無い。自分は医者じゃないし、お寺の坊さんでも魔術師でも無い。
{くそっ、頭が痛む・・・}
自分はただの人間で、普通の兵士、軍人だ。小さく謝って、銃納から十四年式拳銃を抜いた。
救いはある、だがこれが彼らの望む救いかは解らない。いや、もし彼らがこれを見ていたら絶対に望まないだろう。
助かりたいだろう、死にたくないだろう、そうに決まっている。だが今、彼らを野放しにはできない。
遠くから乾いた銃声が聞こえてくる、おそらくこちらに向かっていたB分隊が接敵したのだろう。
相手がだれかは解らないが到着が遅れる事は確実だ、スペシャリストとはいえ時間はかかる。
彼らが自分を殺すか逃がした後、設備を偶然にでも意図的にでも破壊しないとは限らない。破壊されれば市街地は暗闇だ、そうなれば対処する手段は決まっている。
一番近い少女の額に照準を付け、洞爺は軽い引き金を引いた。銃弾を受けた少女が反動で目論見通り周りを巻き込んで仰向けに倒れる。
足並みに乱れが生じた隙に十四年式をホルスターに放り込み、スリングで背中に回していたM1A1カービンを折り畳みストックをそのままに構えて安全装置を外し発砲した。
魔術障壁を常備して拳銃弾では効果の薄い魔術師類との近距離戦闘を踏まえ、使用弾薬の打撃力を見込んで持ち込んだセミオート式ライフルだ。
八ミリ拳銃弾とは段違いの威力を持つ30口径カービン弾の弾丸を頭に受けた彼らは、次々ともんどり打つように仰向けに転がり脳症の混じった血液で道路を汚していく。
銃声に反応したのかまだ立っていた彼らが歩く速度を上げて向かってくるが、それでも常人が散歩する程度の速さでしかない。
その彼らの頭を正確に一発で撃ち抜いて一人一人確実に撃ちぬいていくのは非常にたやすかった。
≪こちらブラヴォーリーダー、シルバー、応答願う。どうぞ。≫
「こちらシルバー、どうぞ。」
頭を狙いながら無線機の送受信ボタンを押して応答。僅か三人になった彼らの頭を流れるように撃ち抜きながら答える。
無線は雑音がひどく、向こうでも激しく撃ちまくっているらしい喧騒と銃声で酷く聞き取りづらかった。
≪そっちにヤバいのが行ったぞ、例の二人組だ。≫
なるほど、と特に何か感じるようなそぶりもなく答える。事実、特に焦りや恐怖を感じなかった、浮かんだのは疑問だ。
その敵とはなんだろうか?これはそいつらの仕業なのか? わからない、これが攻撃なのか、それとも自然に発生した災害なのか。
誰の意志もないただの遭遇戦なのか、誰から仕組んで勃発させたものなのか。わからない、情報が少な過ぎて判断できない。
ならばこの答えを出すのは後にしよう、今はやるべき事がある。洞爺はM1カービンの残弾の少ない弾倉を取り換えながら思考を切り替える。
そして素早く足元に狙いを定め、這い寄って来ていた足の焼け焦げた男の頭を撃ち抜きながらいつものように返答した。
「了解、迎撃に移る。敵の詳細を教えてくれ。」
男の頭から噴き出した血しぶきが頬を伝う、その生温かさに僅かばかりの安堵を感じた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
緊急警報が鳴り響く月村家所有の海鳴郊外のとある私有地地下、航空隊が主に駐屯する地下基地ハンガーは喧騒に包まれていた。
整備兵や突入部隊、消火部隊の隊員たちが装備や機材を手に駆け回り発進予定の機体の最終チェックに入っているのだ。
出動予定の機体を受け持つパイロットたちは既にコックピットに座りこみ、操縦桿や火器管制システムなどの機器チェックを入念に行う。
その様子が一望できる位置に作られた指令本部の窓からその光景を眺めていた基地司令の男性は、仕事着のスーツ姿のままその様子を浮かない表情を見つめていた。
事実この状況に彼は良く思っていない、今の月村はかなり追いつめられていると言って良いくらい消耗している。
異世界からやってきたエイリアンと危険物に仲間を手酷くやられた上に町を蹂躙され、今度は本来の敵からも攻撃を受けているのだ。
防衛線は対策部隊への戦力抽出と機能が低下し、その対策部隊も度重なるエイリアンと反政府組織の斥候との戦闘で消耗している。
この北部第3防衛基地も例外ではない、この基地に駐留する陸戦部隊約1000名は現状ほぼ半分しかいない。
対策部隊に編有された隊員はほぼ全員が病院送りで、またその影響で穴の開いた部署への臨時編成で出向しているのだ。結果、基地防衛能力は半減していて危うい状況だ。
もしこんな状況で敵の大部隊に攻勢をかけられでもしたらおそらくひとたまりもない、500人の陸戦部隊ではこの基地を守りようが無いのだ。
{くそっ、どうすればいい。}
この基地を受け持つ者としてこの状況は我慢しがたいものだった。自分にはこの基地と基地要員の命を預かっている責任があるのだ。
だが今回ばかりは頭が回りきらない、有事の際に手際よく実力を発揮するために厳しい訓練をしてきたがあまりに多方面で事件が起こりすぎている。
判断が下しきれず唸る基地司令がうなだれていると、唐突に指令室のドアが勢い良く開かれて大きな音を立てた。
指令室に用がある人間で急ぎすぎてこんな開け方をするのは彼女しかいないだろう、基地司令は小さく息を吸い込んで表情を正すと振り返った。
「遅れました。」
「社長代理、遅かったじゃないですか。」
ドアを開けて入ってきたのはジーパンに黄色のブラウスとラフな格好にエプロンを付けた主婦そのものの月村重工社長代理だ。
エアーリヒカイト家当主でもありきっと今の今まで夕食の準備中だっただろう彼女だが、一応この事件での最高責任者である。
「晩御飯の支度の真っ最中で出てくるのに手間取ったのよ、現状の報告を。」
「解りました、こちらの資料をどうぞ。順の追って説明します。」
基地司令の差し出した紙資料のファイルを受け取り、司令官用の椅子にエプロン姿のままに座った社長代理はさっと目を通す。
「海鳴中心街閉鎖区画を中心に中心街繁華街、住宅街、団地および臨海区、ほぼ全域にわたって強力な閉鎖結界の発生を確認しました。
結界発生直後の報告では結界発生と同時に市街地への魔術による大規模爆撃が行われ被害甚大、民間人に多数の死傷者が出ています。
大規模爆撃は強力な魔力流と魔力余波と雷によるものという報告から、電撃系の上級魔術と推定されます。
捜索部隊への被害は負傷者が出たものの僅かですが、混乱と敵潜入工作員の攻撃により行動が阻害されており手が回りきっていないようです。」
「味方部隊からの最新報告は?」
「現在通信途絶状態です。状況報告および増援、ヘリ部隊の出動要請の後から応答がありません。」
「やられた、とは考えにくいわね。あの結界で無線が使えなくなっているのね。解決策は?」
「間に合わせですが、管制システムに改造を加えたヘリを一機仕立て上げました。それを使って電波を中継し、通信を解決させます。
突入の際はミッドチルダ式魔術対応型指向性ジャミング発生装置を用います、まだ試作段階ですが効果は見込まれています。
従来のように完ぺきな穴を作ることはできませんが、結界に損傷を与え物理ダメージでも穴を開けやすくすることは可能です。
よってジャミング装置を使用後に弱った結界部位へ対戦車ロケットによる物理ダメージを与え結界を破壊、強行突入を行います。
この作戦は予備機のイロコイを組み立て、突入支援部隊として装置搭載用イロコイと火力特化装備イロコイ3機を用いて行います。」
「突入経路は?」
社長代理の問いに基地司令は指令室に数あるディスプレイの一つを操作して、作戦概要をまとめた映像を映し出す。
「海上からNOE飛行にて接近、消音結界を展開しつつ強行突入します。海上まではスタンダードフォーメーション、夜間飛行訓練ルートを使用します。」
「突入部隊の内訳は?」
「基地に配備されている全ヘリコプターを用います。修理機材運搬および部隊輸送用のチヌーク部隊の消火部隊は消火活動。
増援部隊および物資を運ぶ部隊は、人員及ぶ物資搬出後負傷者や巻き込まれた市民達を輸送する部隊として活動させます
上空偵察および管制担当部隊は、シーホークとOH-1で空中管制および偵察、通信中継の役を担います。
歩兵支援及び制空戦闘は武装したイロコイとAH-64Jアパッチ・ロングボウを用います。
さらに地上部隊には、海鳴本社車両倉庫より90式戦車1個小隊および装甲車両2個小隊を使用して一気に制圧します。」
「輸送部隊のCH-47チヌーク12機、上空管制部隊のSH-60Jシーホーク2機とOH-1ニンジャ4機。
歩兵支援兼制空部隊のUH-1Jイロコイ8機にAH-64Jアパッチ・ロングボウ4機。
今代の作戦では前代未聞の大部隊ね、この海鳴に実戦で展開させるなんて大仕事よ。こんな大規模抗戦は50年代の大攻防戦以来、しかもあの時よりも不利だわ。
敵の数は不明、その上かなりの数が市街地に侵入している上に正体不明の異世界人部隊もいる。武器も最新式をそろえているつもりだけど、異世界人相手じゃやや火力が不足気味。
その上こちらには決定打が欠けている、50年前の戦いに比べれば数は居るけど個々の戦闘力は見劣りするわね。
あの時は叔母様やお母様、お婆様が揃い踏みしていたから個人単位でも一気に戦況を覆せる要素はあまりあるほどだった。だけど今回はそううまくは行かないわ。」
「確かにそうですね、しかしこれ以上の防衛線からの戦力抽出は不可能です。この騒ぎが敵に知られていないはずが無い。」
「後は現場でどうにかしてもらうよりほかないか・・・大規模戦闘は確実ね。政府への告知は?」
「既に許可は下りました、非常に歯切れのいい二つ返事で。」
「歯切れのいい?ガンガン行けと?」
「はい、好きなだけ暴れて結構というお墨付きです。」
これは厄介な、社長代理は資料を机に置くと腕組みしてイスにもたれかかる。許可を貰えたのは結構だが、問題は非常に歯切れのいい二つ返事だという事だ。
政府は国のトップだが月村と同じ組織の範疇に収まる部類の存在だ。組織とは大きくなればなるほど感情では動かない。
組織自体に何らかのメリット、あるいは尻に火が付くほどのデメリットが無ければ歯切れの良い返事というものはあり得ない。
組織間の協力というのは完全なビジネスライクであり、金の円が縁の切れ目を地で行く存在なのだ。
故に歯切れのよい二つ返事というのは、こちらの行動が相手側に何らかのメリットが確実に存在しているということに他ならない。
相手方にもメリットがあれば、こちらも邪魔されないメリットが生まれるため良い取引だろうがそのメリットが不透明なのが気に食わない。
国家の行政という組織はどこの国も例にもれずとにかく派手な事や突飛な案など後始末が面倒になる案件をひどく嫌う傾向がある。
行政というのは表も裏も変わらず通常業務以上の仕事は大嫌いだという事だ、今回の騒動などまさにそれであり目の上のタンコブに他ならない。
常日頃から過激になってしまった作戦のたびにお小言を貰っていた経験からすれば、今回の素早い返事には何か裏がありそうだ。
{とはいえ、その裏が全く読めないわね。解らない者に警戒して、この機会を逃すわけにもいかないか。今は掌で踊るしかないわね。}
「全部隊に準備を急がせて、それから今一番近くを航行している海上部隊は居るかしら?」
「沖合30キロ地点にバックアップとして棚田船団が既に待機しています。」
月村重工海上輸送部門に所属する棚田船団は大型タンカー2隻と小型護衛船舶5隻からなる部隊だ。
タンカーは偽装小型空母であり、小型船舶は対空対艦ミサイルを満載した偽装ミサイル艇だ。
空母にはヘリとマルチロール艦載機各5機を常に搭載しており、武装面も常時搭載していて打撃力は十分ある。
ミサイル艇は今回影が薄いが、対艦ミサイルによる火力支援はバカにならないだろう。
「棚田船団も戦力も用いましょう、予備機を除き作戦準備を急がせて。3号艦部隊は空対空装備、8号艦部隊は地対空装備で。
近場の航空基地にも召集を掛けて、出せるなら前部出せる用意をさせるのよ。」
「F-4を使うのですか、装備は?」
副司令はやや怪訝そうに眉をひそめて問い返す。月村重工製マルチロール戦闘機F-4Tは、航空自衛隊向けに生産権を取得したF-4を元に改良した海上運用向けの艦載機だ。
姿形は普通のF-4だが費用度外視で徹底改造した中身は最新鋭戦闘機に劣らない性能を持ち、装備次第で様々な作戦に対応できる汎用性を大幅に向上させている。
実戦経験もあり頼れる魔改造戦闘機だが、何分空でジェットエンジンを高らかにうならせて飛ぶ航空機は目立つ。動かすのはいささか面倒な兵器だ。
「F-4Tだけ?F-15は?ハリアーも確か搭載されていたはずでしょ?」
「イーグルはパイロットがまだ病院のベッドの上、ハリアーに至っては機体すら全損して補給待ちです。
陸上基地からなら、最大9機のF-4を出せますが・・・しかし、さすがに過剰では?
F-4だけならまだしも、これからヘリも出すのです。結界で制限された空では衝突する危険があります。」
「結界の中に飛ばすわけじゃない、この混乱に乗じて行われる可能性が高い陸海からの侵攻を防ぐための防衛戦力として使うわ。まずは陸よ、地図を替えて。」
基地司令は市街地の作戦マップから郊外の山間部へと画面を変える。入り組んだ山間部に侵攻しやすい低地とそこを見下ろせる尾根に部隊が配置されている事を示す光点が写っている。
この入り組んだ山間部はこれまで数多くの血が流れた戦場だ。
海鳴を囲うように点在する山で高低差の激しい山間部が天然の要害となり、守るに易く攻めるに難い守勢に向いた地形でこれまで多くの攻勢を退けてきた。
そしてその奥の戦闘にもかかわらず山の木々は逞しく成長しており、流れた血を養分に替えてよりうっそうとした森林を形成している。
その血生臭さに住んでいるのは野生の妖獣くらいで妖怪どころか妖精すら住んでいない激戦区だ。
「今回の防衛戦での主役は航空部隊と野戦砲部隊よ、アウトレンジ砲撃と空爆で対処するわ。派手になるから後始末が大変になるけど仕方が無い。
F-4Tとには爆弾とミサイルを目いっぱい積ませておいて、ただし3分の1は対空装備で対空警戒を怠らないように。
野戦砲部隊に警戒命令を出していつでも撃てるようにして、試製強化榴弾を使っても構わない。
防衛部隊すべてに警報を鳴らして防衛ラインを警戒させて、この戦闘の尻馬に乗って敵組織が攻勢をかけてくる可能性がある。
奴らがもし顔を出したらキルゾーンに入り次第に飽和砲撃を開始、野戦砲で動きを止めて空爆で一気に削る。これは第1防衛ラインとするわ。
第2は迫撃砲、120ミリ重迫と81ミリ迫撃砲で厚い弾幕を張って。とにかくぼかすか撃ちこんで、数で勝負するのよ。
最終防衛ラインは歩兵部隊と地雷原で食い止める、だけどできる限りここまで近付けるような事はしない事。
今回の作戦の要はとにかく敵を寄せ付けない事、防衛ラインに食いつかれて一か所でも崩れたらこちら側が圧倒的に不利になる。
補給部隊にも待機命令を、砲撃が開始された場合に備え常に補給できるよう準備させて。」
自軍の戦力が劣っている時に取るセオリー通りの作戦だが現状取れる手段としては最優の一つだろう。
今のところ海鳴の制空権はこちらが握っているし防衛ラインのFH-70野戦榴弾砲がいつでも長距離砲撃に備えている。
空爆はともかく野戦榴弾砲による連続砲撃はたとえ相手が魔術師であろうと化け物であろうと非常に効果的だ。
どれだけ堅牢な外殻や魔術障壁を持ってしても当たるなら技術と数の暴力でなんとでもある。155ミリの榴弾を受け続けて無事でいられる化け物はまずいないのだ。
これを有効に使わない手はないだろうが、それは相手も承知の上のはずだ
相手がヘタをすれば空爆と砲撃だけで事が済むがこちらが準備万端で備えているのは相手も解っている。
絶対に何か対策をしてくるに決まっている、問題はそれにどう対処するかだ。もし砲撃や空爆で対処できない場合は別の手段を考える必要がある。
{これだけじゃ足りない、奴らは必ず裏をかいてくる。今の私たちがやられたくない事、それは少数精鋭による防衛線攪乱あるいは奇襲。
問題はそれを相手は取ってくるか?ポピュラーすぎて誰もとらない、なぜなら対策されるのは目に見えているから。
だとすれば、あえて大部隊を編成し一点集中突破を選んでくる?いいえ、それだと私たちの砲撃で一網打尽にされる。
こっちの得意分野は敵も良く解ってるはず、政府との連携を取ると考えると――――}
「警報!海上警戒第15警備艇より緊急電、沖合40キロに正体不明部隊を確認。揚陸艇を含む中規模強襲部隊!あっ、先制攻撃を認む!」
「内陸防衛ラインより緊急電!第1防衛ライン前方5キロ地点にて大規模交戦を確認、敵数不明、前進中!」
「第15警備艇より救援要請!第14警備艇被弾、通信途絶!第16警備艇大破炎上、旋回漂流!!」
やはりやる事はやってくるか、指令は作戦マップを自ら切り替えてヘッドセットを掛け直して無線に怒鳴った。
「全部隊に通達、交戦許可、繰り返す、交戦許可!」
あとがき
と言う訳で第12話、副題『市街地防衛戦。海鳴市の受難、第2弾』であります。にしても主人公的役割、やっぱり役に立たない。
一番についたとはいえ何かしようとして結局無茶をやらかしてます、彼も追い詰められてるので平常運転が厳しくなってきてるんですよ。
血飛沫に安堵を感じてるあたりがその表れですね、感じ慣れた生温かい鮮血は戦場で何度も浴びたモノと同じですから。
この回はどうやって地球側敵対勢力を絡めるかで悩みました、次回では軽く敵側描写も入れてそこら辺をやろうと考えてます。
原作であれだけ派手にやってるのでそろそろ出てくる頃合いだと思いまして、出てきてもらってます。ってなわけで裏方戦です。
敵は彼女達だけではないのです、まぁ舞台が地球なわけですし。ですがこの先どう状況展開するかが問題です。
下手に面白くしようものなら話がこんがらがって分け解らん状況になるのは確実、なによりそんな展開にする技量は自分にはありません。
それにそんな状況に主人公的役割を今の状態で放り込んだら先ず死ぬので無理です、ここで死なれるのはシナリオ的に見逃せません。
やはり淡々と終わらせるのが一番なんですかね、変にひねらず淡々と、主要人物がただの戦闘要員で深く関わらない以上しょうがない。
それにここまで派手になってしまったからには、表向けのもっと別な言い訳を考えなきゃいけない。作中の情勢が一気に変わりそうでこれまた頭が痛いです。
ではやらなければいいのか?それもまた変な話になる、これだけ不可解な事件や戦闘を繰り返してればよからぬ事を考える連中は絶対居ますし。
むしろ居ないのがおかしいと自分は考えます、よって海鳴は中でも外でも絶賛戦争中・・・本当にここは2005年の日本なのか疑わしくなる惨状ですね。
これからもこの拙い自分の作品をよろしくお願いします。by作者
追伸・物語後半に月村部隊視点追加、地球側過激派反政府組織増し増し、旧型兵器の魔改造大好き。