とある休日、晴天でちょっと暑い日になりそうな昼下がり。
いつも通り穏やかな時間の流れる高町家のリビングは、今日は見慣れない客の姿があった。
斎賀洞爺と久遠である、二人は高町美由希の隣に久遠を座らせ、挟むように洞爺が座る形で3人でソファーに座り寛いでいた。
いや違う、寛いでいるのではない、満喫しているのだ。
久遠をソファーに座って足をぶらぶらしながら絵本を読み、洞爺と美由希はそれを両側から見てはにへら~と表情を崩しまくっているのだ。
「かわいぃなぁ。」
「可愛いなぁ。」
洞爺達はこれからなのはと共に出かけるためなのはと恭也を待っているはずだったが、今となってはそれも忘れて二人で久遠に和みまくっている。
最初はそれこそテレビを見ながらあれこれ喋っていたのだが、いつの間にか久遠を愛でる会へと変貌してしまっていた。
可愛いは正義なのだ、目の前に眼のくりくりした幼女が純真な笑顔をしていたら可愛くない訳が無いだろう。
それが今では滅多に見かけない前髪パッツンショートヘアであり、常日頃から和服を好む幼女なればなおグッドである。
綺麗な花の詩集が派手すぎず地味過ぎずに袖や裾に施された紺色の和服や、着物や髪形の清楚さとはギャップのある純真で天真爛漫お転婆娘な雰囲気などもうたまらない。
そんなリビングになのはの部屋からいち早く出てきた、ユーノが通りかかる。それを美由希の眼が一瞬で捉えた。
同時に始まる高速思考の末、一つの構想が出来上がり行動に出る。
「ほらユーノ。おいでおいで~。」
美由希が手を出してユーノを誘うとユーノは小走りで走り寄る。
一応保護されている身分、そして魔法を知らぬ美由希の前ではペットとして振舞わなければならないのだろう。
それが例え魔力無しで人外バトルを繰り広げる人間の娘であっても、当人もその領域に到達しつつあっても変わらない。
この世界の常識が崩落しつつあるユーノは、諦観の意を持ってそのまま美由希の体を器用によじ登って首筋を舐めた。
「よしよし、ユーノは賢いねぇ。それじゃ、ここに乗って。」
「ん~~みゆきおねーちゃん、かたおもい~~」
「可愛い!」
美由希の言う通り久遠の肩に乗るユーノ。その愛らしい姿にメロメロな美由希はまさに幸せの絶頂と言った所だ。
もし家では出しっぱなしにしている狐耳と尻尾がぴょこぴょこしていたりすれば、可愛さのあまり暴走するかもしれない。
そのあまりのペットぶりに洞爺は内心にやけながらユーノに目配せを送り、くすくす笑うとポケットに手を伸ばしかけてふと止める。
無意識だった故に洞爺の表情は凍りついた。
「どうしたの?」
「いえ、つい癖でガムを取り出そうとしてしまって、今日は持ってないことすっかり忘れてました。」
「煙草じゃないの?」
「ま、まっさか~~」
洞爺は内心自分の不覚を呪った。この場で煙草の『た』の字でも出したら大惨事確定である
小学生が吸いかけの煙草などを持っていれば退学処分どころではすまない。その上、後々面倒なことになる事確実だ。
「あれ~~変だな~~?うちは誰も煙草吸わないのに、煙草の匂いがするぞ~~?」
「どこかで付いたんでしょうね、困ったものです。」
「嘘つけ、ネタは上がってるんだ。さっさとはいて楽になっちまいな。」
「どこの刑事ですか。」
彼女のネタはともかく、どうやら本当にばれているらしい。いったいどんな形でばれたのか凄く問いただしたいところだ。
少なくとも、自分はそんなへまはしていない。断言できる、出来なければしない。
「煙草なんて吸っちゃ駄目、体に毒だよ。」
「戦場では付き物なんですよ。」
「残念、ここは日本です。戦場ではありません、というわけではい。」
「なんですかその手は?」
「出しなさい、持ってる煙草全部。」
「お断りします。」
「なら力づくで奪い取る!」
電光石火の勢いで襲い来る美由希の魔の手を洞爺はソファーから立ちあがるとひょいひょい軽い身のこなしで避ける。
美由希の手さばきや判断力は素晴らしいが、まだまだ経験が足りない原石のような状態だ。
動きは非常に読みやすく、また単調。手を出す頃にはそこに洞爺の体は無いか、その手を弾かれてしまう。
それでも時折鋭い一撃が飛んでくる事がある、その手を絡め取り反撃の熊手を美由希の眼前で寸止めした。
「くっ、その手さばき。もう不調ではないという事か。」
「残念だったですね、もう支障はありません。」
「よし道場行こう、まだ時間かかるだろうしやろう。」
「誰が行きますかふざけるんじゃないよ小娘が。所でその煙草の情報は誰から?」
「アリサちゃん。っていうか、なんか酷い事言ったよね?絶対言ったよね?年上を小娘扱い!?」
「・・・・・・・・あの金髪、油断も隙もありゃしない。」
「無視か、そこだーーー!」
片方が人外バトルに移行しつつある争奪戦をしながらのそんな会話を、久遠の頭の上で聞くユーノの目が怪しく光った。
≪気をつけたまえよ。君は小学3年生だからね。≫
≪くっ・・・・≫
鈍痛の走る脳裏にユーノが笑う姿が目に浮かぶ。洞爺は反論できないのでただ黙るしかない。
夜に狙撃してやろうかと本気で思った、ちょうど九九式狙撃銃が土倉にある。
その体で7.7ミリ普通実包をもらえば超絶スプラッタだろうよ、クックック。
と、美由希の手をさばきながら黒い考えを浮かべているといい子にしていた久遠が絵本からリビングの扉の方に顔を向けた。
扉がガチャリを開き中から高町恭也が姿を現す。リビングで軽い争奪戦を繰り広げる二人に、彼は首をかしげて問いかけた。
「なにやってるんだ?二人とも。」
「洞爺君禁煙作戦!」「いい所に来ました、こいつを止めてください。」
片方は異様にいい笑顔で、もう片方はため息をつきそうな表情で答えた。
「そうか、がんばれ。なのは、まだか?」
「ごめ~ん。もうちょっとぉ~~~」
何とかしろよ妹だろ!と目で訴える洞爺と美由希がまさに千日手となりつつある所に、なのはの少々気の抜けるような声が響く。どうやら身支度で手間取っているらしい。
「そういえば、これからどこに行くんだっけ?」
くそったれぇぇぇ!!と無言で叫びながらマシンガンのように伸びる手を必死で捌く洞爺への攻めの手を一端止めて、美由希は恭也に問いかける。
「これから月村の家まで、なのはがすずかちゃんにお誘いを受けたらしくて。」
「あ~、そうだった。で、恭ちゃんは忍さんに会いに行くっと。」
美由希の目がやけににやけた光を灯す。
今日、洞爺達がバスに乗って遠出するのはほかでもない。友人の月村すずかの自宅に招待されたためだ。
なのはは友人との休日を、恭也は月村すずかの姉の忍に会いに行くためだ。
それでは、なぜ洞爺がいると言えば彼も招待されたのだ。人数は多い方が楽しいからというのが理由だそうだ。
もっとも、それに合わせたバックアップ要員との顔合わせが主目的であるのは秘密である。
援護兼監視と言ったところだろう、洞爺と忍の間には表向きは何の面識もないし、彼女はまだ完全に信用してくれていない。
恨むぞ鈴音ぇ、と軽く肩で息をしながら内心やれやれと思う。
一応もっていた写真や証明できるもの、あとは身内しか知らない事で証明してあるが、疑いは避けられないことだろう。
まぁ、こんな怪しい人間を疑わない方がおかしい事なのだからしょうがないのだ。むしろ簡単に信用してくれた側近が心配である。
ただ、問題はもっと別にある。こんなことは些細だ。今のところは。
{問題は、今回月村家は相当手酷くやられてしまっているというところか。
本隊はまだ機能しているという話だが、それでも手酷く遣られている。その上情報も少なく、兵力を効率よく動かせていない。
まったく、状況は芳しくない上に亀のように首をひっこめるしかないしそうするつもりと来た。}
月村家は今回の事件に関しては基本裏方に回り、表にはあまり顔を出さない方針で決めたのだ。
ジュエルシードという危険物の処理をなのはに任せるのは心苦しいが、現在月村には有効な対抗策が無い。
元々少ない戦力もこれまでの戦闘で消耗して少なくなっており、また別の勢力の影もウロチョロとしているらしい。
さらに前回の戦闘の影響で、町が被ってしまった甚大な被害への隠蔽工作や復旧作業でさらに面倒なことになってしまった。
そのため当主は友軍ともどもそれに忙殺されながら、しばらくは情報の収集と裏方に徹する気なのだ。
妥当な判断だろう、下手に手を出して悪化させるよりもなのはとユーノの行動を陰ながらに支援した方が今は効率が良い。
なのは達には多少の戦力と後始末などのバックアップを与え、月村は洞爺を経由し情報と事件の過程で回収した異世界技術の一部が手に入る。どちらも損はしない。
隠蔽工作してくれるだけでもなのは達にとっては心強いだろう、何気に結構気にしていたようだったのだ。
もっとも、なのは達にはこちらの知り合いで信用できる人物であるとしか話していない、月村は存在も知らせていないのだ。
これから先辛い戦いになることが目に見えている以上知らせた方が、互いの関係的にも良いはずだ。
だが、そっち側にはそっち側の常識がある。魔術だなんたらには日が浅い洞爺が口出しするべきではないのだ。
「ああ、まぁ。なのは達の付添いだから・・な。」
恭也は少し顔をそむける、頬がやや赤い。それを見た洞爺は美由希の方に顔を寄せて耳打ちした。
「これは色沙汰がありそうですな?」
「おやや?なかなかやるね。恭ちゃんの僅かなデレを感じ取るとは。」
{でれ?・・・・あぁ、そういうことか。若いなぁ。}
美由希は面白そうににやにやと笑う。確実に色沙汰がありそうだ、と洞爺も同じようにニヤニヤと笑う。
これで普通の身体ならそれをネタに遊べるのだが、今は子供の姿なので少ししかできないのが残念でならない。
{しかし、月村と高町家にこんなつながりがあったとはな・・・・可能性は7~8割と言ったところか。
となると、俺の周りはほとんど手が回っているとみていい。とことんついて無い。あいつはいったい何がしたかったんだ?
何か恨まれるようなことしたか?いやまさか、ツケは払ったし秘蔵の酒も店に置いてきた。
大体恨みを買っているならあの武器弾薬や金は理由が付かないし、笑ってすませられるようなことではないぞ。
実家も更地になっちまって一切合財靖国送りにされてるし、本当に訳の解らん状況だな。}
「おまたせ~~」
そんなことを考えていると、なのはがツインテールを揺らしながらやってきた。
背中にはリュックサックをしょっている。だが、そのほかはあまり変わりない。
「じゃあ、行くか。バスの時間、ぎりぎりだぞ。」
「はーい。ユーノ君のおいで。」
「そりゃぁぁぁ!!」
「ちょ!?」
なのはがユーノに手招きした途端、久遠が突然右肩に乗っていたユーノを鷲掴みにして全力投球。
綺麗な手榴弾投げによって投げ飛ばされたユーノは良い曲線を描いて宙を舞い、驚くなのはの胸に器用に飛びつくとそのまま右肩に駆けのぼる。
その駆けのぼる姿はまさに台所の黒い悪魔『G』のごとく、そのカサカサっぷりになのはのユーノを見る目は酷く冷たかった。
「くぉら久遠!動物を投げちゃいけません!!」
「さ~せ~ん。」
「ったくおてんば娘め。すみません、ご迷惑をおかけしました。自分たちも行きます。おじゃましました。」
「おじゃましました。」
洞爺も足元の荷物、カーキのリュックサックと筒状の竹刀入れを持って立ち上がり美由希に頭を下げる、美由希は普通に手を振り返して答えてくれた。
それだけ!?と投げつけられてなのはにすごく冷たい目で睨まれるユーノの表情に誰も気づくことは無い。無視している、ほぼ意図的に。
「じゃ、行ってらっしゃ~い。」
「ああ。」
「行ってきま~す。」
「みゆきおねーちゃん。バイバ~イ!」
美由希の見送りとともに4人は家を後にする。何かが倒れる音がしたのは聞こえたのは気のせいだろう。
4人はバス停に行き、緑色のバスに乗り込む。バスが走り出し、街の風景が動きはじめた。
その光景に、はじめてバスに乗った久遠がはしゃぎ出した。
「わぁ~~~~~。」
久遠が目を輝かせながら窓の外をかじりつくように見つめる。
その姿は年相応の少女であり、洞爺はその後ろ姿をほほえましく見つめる。
「あ。」
「お。」
「わぁ~~~!!海だ海だ~~~!!」
しばらく流れていた街の景色が途切れ海が窓の外に現れる。バスが事故の影響が残る中心街を避けて海沿いの道に出たためだ。
久遠はなおのことはしゃいで窓の外に夢中だ。その様子に3人とも微笑ましく笑いながら、自分達も海へと目を向けた。
第8話
月村家の大豪邸であった。右を見ればまだ家が続き、左を見れば家が続く、とてつもなくデカイ洋風の館。
洞爺の自宅もそれなりに大きいのだが、それをも大幅に上回る。庭が広い、とにかく広い、林と言っても普通に通用するくらい広い。
開いた口がふさがらない洞爺の横で、なのはが慣れた様子でインターフォンを押した。
{あいつの親、金持ちだとは聞いていたが・・・どっかで見たような?}
昔の記憶を探る洞爺の横で、久遠は好奇心旺盛にそこらじゅうきょろきょろする。
当然の反応といえよう、自分も幼ければ同じことをしていたに違いない。それほどまでに大きいのだ。
今や昔々の大昔、というより60年前は古臭い3階建てビルの一室を借りて生活をしていたヤツの家とは思えない。
その上あいつは基本的にずぼらな性格で、我が娘がいなければすぐさま書類の中に埋もれて生活するだらしなさだ。
あの子がそうだとは思えないが、もしそうだとしたらとんでもなく嫌な感じがしてならない。
ゴクリと生唾を飲んで待っていると、扉が向こう側から開いた。ノエルだ。
「恭也さま、なのはお嬢様、久遠様、洞爺様、いらっしゃいませ。」
ノエルはドアを開けると、その場で深くをお辞儀する。その様になる姿に、洞爺は柄にもなく緊張してしまった。
「お、お邪魔する。」
「お邪魔しま~す。」
「お邪魔します。」
洞爺が緊張しながら挨拶すると、高町兄妹が普通にあいさつする。かなり場慣れしている。
ノエルの案内に従って四人と一匹は家に入った。案内された部屋もまた、なんともすごかった。
とんでもなく豪華な内装もそうだが、そこらじゅう猫だらけなのである。
内装もしっかりしているしとても綺麗なので安心したが、予想斜め上に度肝が抜かれた。
右見れば猫、左見れば猫、下見れば猫、上見れば照明、とにかく猫がいる。
その中ですずかとアリサ、忍とメイドが一人。しかも、優雅にお茶をしている。
その姿は、庶民とはかけ離れた品格を持つお嬢様そのもの。
あまりにも記憶の中の月村の馬鹿力とは違う光景に、洞爺はお空の上に居る親友に問いかけた。
{鈴音、本当にこいつらはお前の孫か?}
この完璧なお嬢様ぶりはあの記憶に有る男勝りな馬鹿力とは本当に似ても似つかない。
彼女は縁側で胡坐をかいてお茶を啜りながら煎餅をバリバリモシャモシャ食べるタイプである。
自炊ができずよく飯を集りに来るやつで、時には一日中家でごろごろする時もあった。
朝飯に彼女が居る事も一週間に必ず1度、晩飯に至っては週4日は普通に食いに来る始末である。
まともな仕事しろ料理を覚えろと何度言った事か、数える気も失せたぐらいだ。結局覚えなかったし転職もしなかったが。
黙っていれば由緒正しき大和撫子だが、一皮むけば男勝りの猪突猛進女で超が付くズボラ、そんな印象だったのだ。
子は親に似ると言うが、どうやら孫はその対象外のようだ。
「なのはちゃん、恭也さん、久遠ちゃんに斎賀君。」
すずかが立ち上がりやってきた御一行を迎え、少し驚いたように身じろぎした。
無理もないと、洞爺は正直に思う。原因は自分である事は確定だからだ。
なのはもリュックを背負っているが、洞爺はいつもの竹刀入れに大きめの軍用リュックなのだ。
服もなのはと久遠は多少着飾っているが、洞爺は地味な運動靴にグレーのカーゴパンツ、黒のシャツと焦げ茶の皮ジャンだ。
アクセサリーの代わりにジャケットの襟に黒地に黄色の一本線が入ってその上に桜が二つの階級章をしつらえ、右の袖裏には黄・緑・薄桃・青・赤茶の桜が5つ縫い付けている。
同じ男の恭也もそれなりに着飾っているため、一人だけ一応ファッションだが随分と気色の違う格好である。
「洞爺、あんたまた随分と物騒な格好じゃないの。」
「どこか変か?」
「あ~~だめだこりゃ、どこまで軍隊色に染まってんだあんた。」
「変なのか・・・・」
「アクセで階級章つける時点で変だっての。それなら時計でも首からかけてた方がいいわよ。」
「あれは大切なんでな、懐の方がいいんだ。」
困ったように肩をすくめるアリサと自分のセンスに疑問を持ち始めて恰好を見直す洞爺。
「二人とも仲好しさんなんですね。とりあえずみんな、いらっしゃい!」
すずかのすぐそばにいるもう一人のメイドが気を取り直すように元気な声を上げる。
彼女はファリンといってすずか専属のメイドで、明るくやさしいお姉さんだそうだ。
洞爺と久遠が小さく礼をすると、忍がすくっと立ち上がった。
「恭也、いらっしゃい。」
「ああ。」
忍は恭也に歩み寄り二人は見つめあう。なのはの話では二人は高校の時から仲がいいそうだ。
人はこれをカップルという。そのカップルに、ノエルが問いかける。
「お茶をご用意致しましょう。なにがよろしいですか?」
「任せるよ。」
恭也が普通に答える、やはり慣れているのだろう。
それを受けたノエルは二人に一礼して、すずか達に向き直る。
「なのはお嬢様は?」
「私もお任せします。」
「久遠さまと洞爺様はどういたしますか?」
「同じでお願いします。」
ノエルの問いに、洞爺は周りにならって答える。
「かしこまりました。ファリン。」
「はい、了解です。お姉さま。」
ファリンはおざなりの敬礼で答えた。すると、恭也の手を忍がとる。
その雰囲気、おそらく小学生には解らない物で精神の成長に悪影響をもたらすものに違いない。
ぶっちゃけ二人だけの甘い桃色空間が出来上がりつつあるのだ。桃色である、超ピンクで甘甘なモノが漏れ出している。
3人は純粋に理解していてあまり解っていないようだが、洞爺は内心ニヤニヤが止まらなかった。
「じゃあ、私と恭也は部屋に居るから。」
忍の言葉に、ノエルは微笑んで答える。
「はい、そちらにお持ちします。」
そして、ファリンと並んで一礼すると出て行った。無論、恭也達二人もである。
つまり、この部屋に居るのは洞爺以外全員女性。洞爺にとっては滅茶苦茶居心地悪かった。
肩身が狭く、落ち付けそうにないのだ。よって、口も滅多に開けない。相手は子供だが、それでもかなり苦しい。
「こんにちは。」
「うん、こんにちは。」
すずかの挨拶になのはも答える。しかも久遠もさりげなく座っているので、洞爺も久遠の隣に座る。
無論、口を全く開かない。そして、存在感を希薄にした。存在感を消すのはお手の物である。こうでもしないとちょっときつかった。
久遠も気まぐれだが、足元の子猫に夢中になって3人のことなど眼中にない。今の二人は3人の世界には居ないのだ。
「すずかの姉ちゃんとなのはの兄ちゃんはラブラブだよねぇ~」
アリサの言葉にすずかは笑顔で頷く。その笑顔はまさに純粋な乙女といった所だ。
「お姉ちゃん、恭也さんと出会ってからずっと幸せそうだよ。」
「うちのお兄ちゃんは・・・・どうかな?」
なのはは分からないようだ。そういう方面にはまだまだ経験が足りないらしい。
{いや、あれは表に出さないだけで心は幸せいっぱいだろう。}
洞爺は二人の姿を見て断言した。年の功ではこのメンバーには負けない、昔の自分もそんな時があったものだ。
心の中ではオヤジ心全開にして嗤ってたりするのだが今は置いておこう。
「確かに、昔に比べて、結構優しくなったかな?」
「うん、そうだね。」
なのはの言葉にすずかが相打ちを打つ。そんな彼女達の足元で、リュックサックからユーノがするりと無音で抜け出した。
だが、そのユーノは出た瞬間背筋に走る悪寒を感じ辺りを見回す。子猫がユーノを見つけて狙いを定めていた。
「そう言えば、今日は誘ってくれてありがとね。」
なのはは礼を言う。洞爺も少し気配を出してぎこちなさそうに一礼する。久遠もまねをする。
久遠の一礼の方が可愛い訳で、なおさら洞爺の一礼はぎこちなさを増した。
「こちらも、心遣い感謝する。」
「ありがとうございました。」
「ううん、こっちこそ来てくれてありがとう。」
すずかが少し声を落として言うとアリサがなのはに言う。再び2人は3人の世界から離脱する。
今度は二人揃って席を離れた、3人は話に夢中なのか二人の離席に気付かない。
洞爺は変わりない3人にホッと一息つくと、部屋の隅で久遠と共に子猫と戯れ始めた。
「うにゃ~~かぁいいよ~~」
「可愛いな。」
人懐っこいらしい子猫たちが足元にすり寄ってくる。その中の一匹の頭を優しくなでると、気持ち良さそうに子猫は喉を鳴らした。
猫の扱いはお手の物である。じゃれついてくるモフモフ感がたまらない。大好きだ。
「にゃ~~にゃ~~~とうや~~ねこちゃんかお~~」
「ううむ、それは吝かじゃないんだが・・・」
モッフモフな親猫と子猫を抱き上げて頬ずりする久遠のおねだりに少し考え込む。
ぶっちゃけ前は1匹飼っていた、鈴音に娘と一緒に預けてそのままだが。よって飼う事は問題ない、むしろ飼いたい。
休日は日向で一緒に昼寝をしたり、猫じゃらしで遊んだりしたいのだ。
「今は駄目な、忙しくなるから世話が出来ない。」
しかし今は現状が許さないだろう。これから血で血を洗う戦いになる、家も多く空ける事になる。
その時猫を一匹だけおいて行くことはできない。可哀そうではないか。
「くおんがおせわする~~」
「猫のご飯が作れるか?便所の掃除は?毛並みの手入れは?躾は?俺の言う事全部できるか?大体お前一人家に残すことはできん。駄目だ。」
「むぅ~~~」
「そんな顔をしても駄目なモノは駄目だ。今は諦めろ。」
「はぁ~~い。」
しょんぼりと肩を落とす久遠に、洞爺も少し残念な気持ちだったがしょうがない。
「だから今の内に満喫させてもらおう。」
「ふにゃぁ~~もふもふ~~~」
「みゃ~~~♪」
擦り寄ってくる猫たちに文字通り囲まれて、二人は極楽の表情でモフった。
当人、当妖怪、当猫たちは問題ないようだが、この二人は火薬臭くねぇのだろうか?
「今日は元気そうね。」
「なのはちゃん。最近少し元気なかったから・・・・」
そんな二人と猫たちに気づくこと無くすずかが言う。アリサもティーカップを手に取ると少し飲む。
「もし、何か心配事があるなら話してくれないかな?って二人で話してたんだけど・・・」
優しいすずかになのはは目を潤ませた。二人の心遣いが、とても心に染みたのだ。
「すずかちゃん、アリサちゃん。ありがとう。」
なのはが声を潤ませてお礼を言うと、アリサの方を向くと彼女はウィンクしてにっこり笑った。
{大・成・功!}
その光景にすずかは内心ガッツポーズ。実は、これはすずかの作戦であった。
近頃元気の無いなのはと忍を元気づけるための彼女なりの作戦。自分にできる事を考えて実行した、二人へのちょっとしたサプライズであった。
疲れた心と体を少しでも癒してあげるためのお茶会である。そしてそれは成功しつつある、すずかは嬉しくてたまらなかった。
後はこのまま心行くままにリラックスしてもらい、心身ともに癒してあげればよい。少しでもなのはを助けてあげられるのなら、これ位は軽いものだ。
{少しここでお話しして、後でお庭に場所を移して。ううん、部屋でゲーム大会もいいかな。いっそのことお泊りに――――}
「キューーーーーー!!!!」
今後のプランを反芻していたすずかの思考は絞り出すような獣の悲鳴で遮られた。
「これ、なにをやっとるか?」
ユーノの悲鳴とともに洞爺の疑問げな声と足音が重なる。見れば子猫がユーノを追いかけまわして目をぎらつかせながらヒャッハー!していた。
一生懸命見次回前足と後ろ脚で地面を蹴って走っているがユーノは劣勢である、無駄に早く走る子猫にいつ捕まってもおかしく無い。
「うわ・・・ユーノ君。」
なのはが立ち上がりかけた時その二匹を二つの若干日焼けした手が捕らえた。
その人は二匹を首筋をつまみあげ、ぷらーんとされながら3人に歩み寄る。無論その人は洞爺だった。
「やれやれ、お転婆な子猫だ。もう少しで食われる所だったぞ。」
「あれ?洞爺。なにいつのまに消えてんのよ。」
「君たちを邪魔するのもどうかと思ってね。」
子猫をすずかに、ユーノをなのはに手渡すと肩をすくめながら返す。
なのはの腕の中で、疲れ果てたユーノは念話で洞爺に話しかけた。
≪ありがとう、サイガ。≫
≪・・・・急に話しかけてくるな。慣れてきたとはいえ頭がまだ痛む。≫
≪奇妙な体質だね。自分からは出来ないのに相手から話しかけられれば返せるなんて。≫
≪慣れとらんのでな。これ位近いうちに習得して見せる。≫
≪がんばれ~~≫
≪まったく、無様なユーノに励まされては先が思いやられる・・・≫
≪うるさい!!・・・だが、助かったのは事実だ。ありがとう。≫
≪当然だ、君に死なれては俺たちが困る。≫
≪死んだら何で困るんだ?≫
≪自分で考えたまえおしゃべり卑猥型フェレットもどき。君は一応人間並みの知能は持ち合わせているだろう?≫
洞爺の言葉にユーノが少し考えるようなしぐさをした。だがそれが原因でユーノは4人の少女にもみくちゃにされる羽目になる。
哀れユーノ、洞爺以外のここにいる全員になでられ握られ遊ばれて心も体も無茶苦茶にされた。
≪お婿に行けない・・・≫
≪せいぜい、その歪みない体を大切にするんだな。≫
≪なにさ、何でそうなるのさ?≫
かなりうなだれた様子で念話を送るユーノに洞爺は目を逸らす。
ユーノは精神的にヤバい、ここでお前の体はちょっと男のあれに似てるのだ、などと言えばどうなる事やら。
だがそれもそれで面白いことになりそうだ、そんな風に思いながらさりげなく席を離れて影の小さな猫の溜まり場へ足を向ける。
久遠が猫に混じって転げまわっているうちに出来てしまった猫集団だ。あれに飛び込んだらさぞ素晴らしいだろう。
「斎賀君、座って。」
逃げる気満々な洞爺に、すずかは席に座るように促した。逃がしはしないと目が語っている。
「ネコと戯れたいんだ、結構好きでね。」
「そうなの?なら後で一緒に遊ぼ、だから座って。」
「はははっ、この部屋の装飾が綺麗だな。ちょっと見て回ってもいいかい?」
「なら後で屋敷の中を案内してあげるよ、今は一緒にお茶しようよ。ね?」
「そうよ洞爺、戻ってきなさい。」
アリサも同調する。しかしこれはこの場から離脱するチャンス、逃さない手はない。
女の子同士の楽しい時間に水を差したくないと言うのもあるし、その中で一緒に自分がいると言うのもなんか変な気分になる。
こんな状態で顔合わせの時間まで持つのかちょっと怪しく思っていると、ファリンがトレーを持って戻ってきた。
トレーの上にはソーサーとティーカップが人数分とティーポット、皿に盛りつけられたクッキーが乗せられていた。
「はい、お待たせしました。いちごミルクティーとクリームチーズクッキーで~す。」
なんだその紅茶とクッキーは!!洞爺はファリンが持ってきたその奇妙な名前に心で憤慨した。
あまりに奇妙なネーミングで飲食する物とあったら背筋におぞけが走る。
しかも、紅茶に至っては本当にいちごミルクの色をしている。こんなもの今まで飲んだことが無い。
紅茶の中にいちごミルクを混ぜたのだろうか?そもそも紅茶といちごミルクは合うのか?
それ化学兵器じゃないか?という洞爺の目線に、ファリンは微笑みながらそれらの載ったトレーを持って一歩踏み出して、
「あらぁ~!?」
ずっこけた、それはもう見事なまでに足をからめてずっこけた。
何も足元に転がって無いのにあまりに器用にずっこける姿に全員の反応が一瞬遅れた。
なのはとすずかがほぼ同時にとんでもない瞬発力で駆け出すが、それよりも早く立っていた洞爺が動いていた。
バランスを崩しかけたトレーを左手で支えて安定させ、右腕をファリンの背中にまわして体を支える。
力はあれど体重が伴わないせいで姿勢が崩れかけるが、何とか踏ん張って抱きとめた。
「大丈夫か?」
洞爺が問いかけた瞬間ファリンの顔が一気に赤くなる。その赤面がなんだかとちょっと不愉快にすずかは感じた。
その視線を感じる洞爺もまた心中複雑である、確かにファリンはすずかの身内であるが、それを助けて睨まれるのは理不尽であった。
かっこつけながら色目を使っているように見えただろうが、そんな気は全く無いのである。それは犯罪だ。
ふくよかに育ちつつある胸が当たっているのに少し役得と感じていない訳でもないが、これは男の性である。
いくら歳をとろうとも健全な男性であるし、転んでしまわないようにするにはしっかりと抱きしめるほかなかったのだ。
「はうわぁーーー!!すみませんお爺様!!・・・・誰ですか?って言うかお爺様は?」
首を傾げるファリンの間抜けな声を聞いたその瞬間、洞爺は一段と肩の力が抜けた。
支えているのが子供なのになぜいきなりお爺様なのか、中の人はお爺様だが。この子はちょっと天然ボケらしい。
「おじ、お爺様、お爺様!!あっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
「ぷくくくくっ!ごめ、ごめん斎賀君!あはははははっ!!」
アリサとなのはは大爆笑だ。本当に、見事な道化っぷりである。
自分はまさかこのために呼ばれたのではないかと錯覚してしまいそうなほどだ。
まぁそれでも、この子たちが楽しそうに笑ってくれるのならそれもまた役得というものだろう。
子供たちが楽しく笑ってくれるのなら、道化になるなど安いものなのだ。
≪くくくく、哀れだねサイガ。≫
ただしユーノ、テメェはダメだ。
≪君が言うことかね淫獣。高射砲で高度1万2000まで飛ばしてやろうか?≫
≪もってるのかい?いくら君でもそこまで―――≫
≪もってるとも、ネジ一本欠けず、予備までたっぷりな。砲弾も腐るほどある。
さて、死に方はどうする?そのまま落下か?空中で爆殺か?それとも窒息死か?
今なら特別に自ら手を下してやろう。なに痛いのは一瞬だ、すぐに何も感じなくなる。≫
その声はマジだった、これでもかと言うほどマジだった。
≪すみません。許してください。もう舐めた事は言いません。≫
言葉だけもわかるくらい青筋立てまくりな言葉にユーノが謝る。
一方、洞爺はマジでユーノを高射砲で飛ばそうと思っていたのは誰も知らない。
「あの子にも困ったものです・・・」
忍の部屋でこの声を聞いたノエルが手を額に当てた。
階下から聞こえる妹たちの騒がしい声に、忍は楽しげにオホホと笑う。その表情はいつに無く明るい。
「うふふ、みんな楽しそうね。」
「そ、そうだな。忍、ちょっと腕に、当たってるんだが?」
「当ててるのよ。」
いつもよりかなり積極的な忍に、恭也もたじたじである。
月村すずかの作戦は、今のところ順調に進みつつあった。中年と青年と雄を除けばの話だが。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その後一通り騒いだ後、すずかの提案で5人は庭に場所を移して紅茶を楽しんでいた。
周りにはやはり猫がたむろしており、テーブルにはお茶菓子と紅茶が並ぶ。
アリサが話を主導し、それになのはが笑いすずかが相槌を打ち、久遠がそれを無邪気に聞いては聞き返す。
そんな空間で、洞爺は時折口をはさみながらも基本的に無言でお茶を楽しんでいた。
話に交われるほど流行を知っている訳ではないし、彼女達の中ではしゃぐなど論外だ。見ているだけで十分である。
それを知っていたかのように、出された茶菓子や紅茶の味は悪くなかった。
見かけと名前は『え・・・これ?』だが、やはり金持ちの菓子なだけいい茶葉や素材を使っており、とても美味しいのだ。
それに夢中になっていると判断したのか、3人娘も偶に話を振るが基本は放置である。
{平和だな。}
紅茶を口に含みながら、談笑するなのは達を流し見ていると、どうしても何とも言えない幸福感が沸いてくる。
こうして子供たちか無邪気にしていられるのが平和であり、幸せがある証拠だ。
「しっかし相変わらず、すずかん家って猫天国よね。」
アリサが周りに集まる猫を眺めながらすずかに言った。猫天国とはまさに言葉通りだ。
じゃれあう子猫たちに囲まれてすずかは少し嬉しそうに微笑む。
「でも、子猫たちかわいいよね?」
なのはが言うとすずかは笑顔でうなずく。だが、少し残念そうな顔をして言った。
「里親が決まってる子もいるから、お別れもしなきゃならないけどね・・・」
「そっか、ちょっと寂しいね・・・」
なのはも少しその寂しさが解った。一緒に暮らしていた家族がいなくなるのと同意義だからだ。
一度家族が居なくなる悲しみを知るなのはに取って、それはよくわかるモノだった。
「でも、子猫たちが大きくなっていってくれるのは嬉しいよ。」
「うれしいか・・・・月村は立派だな。」
洞爺はすずかを素直に褒めた。いわば母親のようなその心構えはとても立派なものだからだ。
子はやがて巣立っていくもの、それを理解してその時を考えながら大切に育てる親の心。
その心遣いを今から出来るのだから、将来は器量の良い女性になるに違いない。少なくとも怪力バカの祖母や親バカよりも。
そんなことを考えながらクッキーを口に含む洞爺に全員の視線が集まる。
すずかは顔を真っ赤にして口をパクパクと開けたり開いたりを繰り返し、アリサとなのははどこか唖然とした様子だ。
その異変に、洞爺はバツが悪くなった。どうやらまた変なことを言ったらしい、これ以上ぼろが出るのはごめんだ。
「やはり・・・俺はいない方がいいかな?少し子猫たちと戯れているとしよう。」
「うわわ、待ちなさいよ!別にそう言うことじゃないってば!」
席を立とうとした洞爺をアリサは引きとめた。鉄壁かこいつ、超えられない子供の壁に内心げんなりしながら再び座る。
「あんたがそんな事を言うとは思ってなかったのよ。」
「君の中の俺の人物像はなんなんだ?」
「もちろん、爺。白髪だし。」
「一回死ぬかね?」
洞爺が竹刀入れを持ちあげながら冷たい目で言った。躊躇なくふたを開ける洞爺を見て、アリサは慌てだした。
「待った待った!ジョークだってば!!!」
「ほほぉ・・・ジョークかね?ならば、自分の不用心を心から悔いることだな。」
「ちょっと待った、それジョークにならないってば!」
「やはり驚かないな。さすが俺が戦場帰りだと調べ上げただけある。」
「げげっ!?」
「君のおかげで高町の父にはいらぬ警戒を抱かせてしまってね、おかげでちょっと酷い目にあったよ。」
それマジ?アリサはアイコンタクトをなのはに送る、なのははとても正直に頷いた。
洞爺は中から銃剣、つまり三十年式銃剣を取り出す。顔は笑っているが目が笑っていない。瞳は冷たく輝いて・・・いない。
死んでいる、意識の光の無い虚ろな瞳になっている。俗にレイプ目と呼ばれているあれである。
本気も本気、『本気』と書いて『マジ』と読む。まずい、アリサは直感でそれを感じ取った。まずい、非常にまずい。
「なんか持ってると思ってたらバヨネット!?銃刀法違反よ!」
「良い事を教えてやろう、ばれなきゃいいのだ。」
「良くない!」
「心配するな、痛みはあんまりない。」
「即死じゃない!!」
「いや、即死じゃないぞ。こんな感じに――」
洞爺は右手の親指で首をスパッと切る仕草をする。元傭兵であることを差し引いても、洒落にならない恐ろしさが醸し出されている。
「スパッと。」
「チョンパなの?使い古された首チョンパなのぉぉぉ!?」
「いやいや、首を切り落とすなんてこれではできんよ。」
「あ、そうなの。良かった・・・」
「手首を軽く切るんだ。静脈を切ると血はドバドバ出るが切れ味の悪いモノでするとすぐには死なないんだぞ。
血が足りなくなって、意識が遠くなって、体が冷えるのを感じながらゆっくり10分程度かけて死ぬんだ。
痛みはあんまり無い、失血と斬られた部分の神経がショックによって一時的に麻痺し、鈍痛位にしか感じん。
それを目の前でじっくりねっとり見つめてやる。15分生きてたら助けてやろう・・・まぁ、無理だが。」
全然良くねぇぇぇぇ!聞きたくないこと聞いちゃったぁ!!アリサは自分の失策に愕然とした。
自分は忘れていたのだ、目の前のこいつが戦争経験者で殺人の覚悟はしっかりできていると言う事を。
こいつにとって殺人は本当に身近なものであり、常識を持ちつつも行うことには躊躇は無い。
うすら寒くなる笑いを浮かべながら洞爺は柄を握る。アリサの容赦ない突っ込みにも反応せず、じりじりと距離を詰める。
その動きはまさに軍隊式、あまりの威圧感にアリサは動けない。そのままじりじりと近づかれ、横凪ぎの一閃。
「ちょ・・・・」
アリサの視界は真っ黒に染まった。おもに目をつぶった意味で。
「ただの冗談だ。」
先ほどまでの殺気の消えた洞爺の言葉に、アリサは恐る恐る目を開ける。
銃剣は抜かれないまましっかり鞘に入っていた。ついでに彼の瞳にも光が戻っている。
もちろん首には傷も何も無いし、手首から血がドバドバ流れている訳もない。
「あんたね~~~~~!!!!!」
「くっくっく・・・・言っただろう?自分の不注意を悔いろとな。これでも気にして無いわけじゃないのだ。」
斎賀は白髪が多くなりつつある頭髪を撫でる。何が原因なのか解らないが、白髪が増えてきているのだ。
これが原因で学校では元の性格もあって爺さん扱いである。栗林などの友人からはかなり心配されている。いつか禿げるぞ、と。
元から白髪だらけだったが、健全な男である洞爺は気になっていたのだ。縞馬なんて恥ずかしい。
「うう・・・それは悪かったわ・・・・・」
「以後気をつけろ、もっと深刻に感じている人間に言えばきっと冗談じゃすまん。」
アリサもかなり反省したように消沈する。だが、すぐに立ち直った。恐るべき速さである。
「所で、その竹刀入れの中は他に何が入ってるのかしら?あんた剣道なんてやってたないでしょ?」
「銃剣術はやってる。なんだと思う?」
「アサルトライフル。」
「残念、ボルトアクション式と機関短銃だ。」
「なんじゃそりゃ?マジでもってるんかい。」
口ではそう言いつつも、カップを片手に面白そうに笑っている。どうやらただのジョークとして受け取ったらしい。
実際は事実である、竹刀入れの中には九九式短小銃と一〇〇式機関短銃が隠蔽されている。
さらに言えば、リュックサックも武器弾薬だらけで、ジャケットの裏には拳銃納が縫い付けてある。
少しでも詳しく調べられれば一発で終わる、銃刀法違反その他諸々で速攻逮捕状態だ。
見るか?と笑ってみせると、アリサは肩をすくめて首を横に振り生粋のお嬢様らしく優雅に紅茶を一口。
やはり金持ちは違う、洞爺もそれなりの作法は学んだが優雅とは言えない軍隊調であるしもはやうろ覚えで違和感バリバリだ。
裕福とはいえ中流家庭のなのはでさえ仕草が板についているのだから立つ瀬が無い。
俺って場違いだよな、としみじみ感じていた時、笑顔だったなのはの顔がこわばった。
彼女達の表情をこわばらせる原因はあまり多くないだろう、そしてこんな場所だ、候補は一つしかない。
≪なのは、ジュエルシードだ!≫
≪うん!斎賀君、気付いた?≫
≪まったく、間の悪い。≫
なのははユーノの念話に答える。その声は、やはり焦燥が滲んでいる。
ここはすずかの家の敷地内なのだ。発動すれば、すずかの家のみならず今いる全員の命が危険にさらされる。
今すぐ別れて封印しに行くのがセオリーだが、うまく言いくるめなければアリサ達は付いて行くと言ってきかないはずだ。
{うむ、ここは俺が一肌脱ぐか。}
これでもいけすかない上官やら憲兵やらを騙・・・もとい誘導するのは得意だ。
あれやこれやで追い払ったり、本土決戦などと夢を語るヤツが隠した補給を分捕ったりしたのはいい思い出である。
自分だけ状態の良い武器やら試作品やらを使いもしない癖に独占するとはいい度胸だ、と普段言えない悪態も心底ついたし。
{だが・・・この子たちにどんなのが有効だ?上官命令?部下が乱闘?実はもう憲兵が向かってる?・・・思いつかん。}
彼女達相手では勝手が違う。相手は子供だが、彼女達は精神年齢がおかしい位に高い。
下手な嘘は見破られるだろう、普通の子供だと侮ってはいけない。何とかならないモノか?
≪そうだ!≫
あれこれ悩んでいると、ユーノが何か思いついたようでテーブルから飛びおりるとすぐに木立の中に走って行った。
「ユーノ君!?」
「あららぁ?ユーノどうかしたの?」
「うん、何か見つけたみたい。」
{うまいぞユーノ!}
洞爺はユーノの機転に感心しながらさりげなくに竹刀入れとリュックを担ぐ。
ユーノが木立の中に走っていくことで、なのははここを離れる口実ができた。ユーノを見つけるためだ。
もちろんそれはすずかやアリサがこの場を離れるという口実にもなる、そこは自分の出番だ。
「何か見つけたのかも・・・ちょっと探してくるね!」
「一緒に行こうか?」
案の定、すずかが付いていこうとするがそれを洞爺がとどめる。
「いや、俺が付いていこう。女性を守るのは男の仕事だ。すぐに見つかるだろう。」
洞爺は後ろのなのはに『行け』と合図して送り出す。すずかの視線に非難が混じるが、洞爺は毅然とした態度で無言の否定を返した。
おそらく彼女は異変に勘づいたのだろう、ついて行きたいようだが、洞爺の無言の否定にしぶしぶ肯定した。
「解った、気をつけてね。」
「うむ、すまんが久遠の面倒頼む。」
「はいはい、解ったわよ。気をつけなさいよ、庭にはそこらじゅうに忍さんが造った警備用トラップが仕掛けられてるんだから。」
うむ、と頷き返すと洞爺はくるりと身を返して林の中へ走っていく。瞬く間に、彼の姿は林の中に消えて見えなくなった。
さすがは戦場帰り、とアリサは感心したがいまいち不安がぬぐえない。膝の上に座ってきた久遠の頭を撫でながら、心配げに視線を林に投げた。
「しんぱいないよ~~とうやはぐんじんなんだよ。つよいからだいじょ~ぶなの!!」
「そうだろうけど、大丈夫かしら?」
「ありさおねーちゃん?おにわなにかあるの?」
久遠の純粋な疑問の声に、アリサはふと数年前の記憶を鮮明に思い出す。そう、あれはすずかと仲良くなってほどなくの事だ。
「・・・・・・・・・色々あったのよ、色々。」
アリサは少々遠い目をしながら昔を語り始めた。これはある日の事、私はすずかのお家に遊びに来た日のことです。
そんな昔話のように語るアリサの意識は昔に飛んでしまい光を有していない。
その昔語りに、すずかはただ子猫を抱いて現実逃避するしかなかった。
この話は思い出したくなかったのだ、主に当時の姉のはっちゃけぶりが恥ずかしすぎる意味で。
「――――そして、私は気が付けはお空に居ました。たか~くたか~~く、お空を飛んでいたのです。」
「しゅげぇぇぇぇ!すずかおねえちゃんちのじらいしゅげぇぇぇぇぇ!!」
恨むよお姉ちゃん、感情の無いアリサの語りと興奮気味の久遠の叫びが妙に遠く聞こえるすずかであった。
あとがき
どうも作者です、またこんなに遅れてしまった。この頃おかしい、筆の進みが遅すぎる。忙しい所為もあるけど・・・
月村家編前篇です、ここも日常と戦闘に分かれます。主人公が役に立たねぇ、ただいるだけ、お茶飲んでそれだけ。
その上話もほとんど進まない、軽く流したいところだけど流せないから辛い。理由はお察し下さい。
次回は何とか活躍させたいところです・・・でもロケーションが最悪だぁ!お空が見えるよ、お空なんだよ!!
閉所じゃないから魔法少女のアドバンテージが計測不能、魔法による身体能力の底上げ、異常な機動性、防弾防刃対爆完備のバリアジャケット、飛行能力まであるし。
それに比べてこっちは貧相な装備品に武装は旧式、その上ほぼ生身、勝ってるのは知識経験などわずかなモノ、それと林。
ここがこいつの死に場所か、意外に早く来るな。
という訳で次回最終回、短い間でしたがお世話になりました!by作者
追伸・んな訳ねぇですよ、無い知恵絞って生き残らせますんでよろしく。劣勢な戦場とか凄い燃えるよね。