Side,アリサ・バニングス
朝、私は鮫島に送ってもらって一週間ぶりに学校に来た。あんなことがあったのに、学校はいつもと変わらない気がした。
でも違った。いつもと変わらない校舎なのに、何かが違う感じがする。
人気が無いから?ううん、違う。いつもの明るさが無いんだ、暗くて、陰鬱で、行き場のない暗い何かが溜まってる。
「おはよ~~」
「おっは~~、ってなんだ?一人なんて珍しいじゃねぇか。」
もうすぐホームルームなのにまだ人影がまばらな学校の教室に入ると、驚いた様子の水戸が最初に答えてくれた。
こっちこそ朝一番のあいさつがあんただったなんて驚きよ、まだなのは達は来てないみたいね。
「やっぱ少ないわね。」
私もあんまり行きたい気分じゃなかった。
「しょうがねぇさ、昨日あんなことがあったんじゃな・・・」
水戸はとてもつらそうに言う。ガス災害は、やっぱりかなりひどいようだ。
あの日は散々だった。パパと折角のお買いものなのに、町がいつの間にか世紀末みたいになっちゃって完璧におじゃん。
ビルは何棟も崩れてるし、道路はめくりあがって、焦げくさい匂いに、人の悲鳴・・・・もう聞きたくない。
私たちももし少し長くデパートに居たらどうなってたことか・・・・
「うちのクラスはまだいいぜ。5年は、3人死んじまったって話だ。」
「予想はしてたわ。」
これでもまだ少ない方だ。中学の男子校なんて、校舎が崩壊して部活や生徒会の仕事で学校に居た生徒と教師が何百人も死んだんだから。
「今日は集会をやって終わりだってよ。くそっ、こんなに嬉しくない半ドンは初めてだ。」
「半ドンじゃないかもしれないわよ。たぶん明日からしばらく休みじゃないかしら。」
「それでも全然嬉しくねぇよ!」
水戸は乱暴に自分の席に座ると不機嫌そうに天井を見上げる。暗い雰囲気の漂う教室にはそれが異様に大きく聞こえた。
「くそったれっ、折角試合に勝って、楽しい一日で終わるはずだったのによ。
栗林だって、ゲーム買いに行くってはしゃいでよ。それがあいつ、今は病院なんだぜ?なんだってんだよ、あいつがなにしたってんだ?
しかもよ、もう少しでゴールデンウィークだ。ゴールデンウィークだぞ、何もかもが駄目になっちまった。何もかもが!」
水戸は今にも泣きそうになって、それを我慢しているようだった。
そうよね、昨日はあんなに楽しそうだったもんね。本当に、なんでこんなことになったんだろう。
誰の所為?それとも単なる事故?どっちにしろ、水戸はやりきれないに決まってる。
だけど、私は水戸に声をかけることができなかった。
私にとっては、赤の他人の他人事。同情はするし共感もするけれど、こいつと同じ気持ちは解らない。
知ったような口で言うのは、ちょっと憚られた。
「おはよう。」
「おはよう。」
「なのは、すずか!」
やっと来た二人に、私は安堵した。まぁなのはは自分の家で寝てたわけだし、すずかは隣町のアウトレットに行ってたから巻き込まれて無くて当然なんだけど。
しんみりした暗い雰囲気の教室に二人もちょっとショックを受けたみたい。
「昨日は大変だったね。」
「うん、そうね。」
「・・・・」
なのは、なんで黙ってるのよ?なんでそんな悔しそうな顔してんのよ?なんでそんな悩んでんのよ?
すずかもよ、なんでそんなに悩んでんのよ?悲しそうな顔してんのよ?
「なのは、どうしたの?」
「え、あ、なんでもないよ、アリサちゃん。」
嘘よ、そんな取り繕ったってあんたが悩んでんのはお見通し。
まったくこいつらは、なんでいつも変な所で頑固なんだろう?悩んでるなら相談してくれてもいいじゃない。
ん?なんか違和感が・・・そうだ、まだあいつの顔を見てない。まだ教室には居ない、おかしいわね。トイレかしら?
「たんだいまっと?バニングスにみんなもおそろいで、おはにゃ~~。」
宇都宮がクラスに入ってきた、こいつはこいつでいつもどおりね。こういうのには強いのね。
「宇都宮おはよ。」
「昨日は大変だったにゃ~~、やっとお袋が帰って来たってのについてねぇ。」
そういえば、こいつのお母さん仕事で世界中を飛び回ってたんだっけ。最悪な時期に返ってきたわね。
「そりゃ残念だったわね。ところで斎賀は?」
「斎賀?今日はまだ見てねぇにゃ。」
ふむ、虎柄頭のこいつが知らないとなるとまだ来てないのかしら?珍しいわね。
自転車通学なのにいつも私たちよりも速く学校に来てるあいつがいないなんて。
「何かあったのかしら。」
心配だわ、巻き込まれて無ければいいけど。大丈夫よね、翠屋に居たんだし。
でも、あの後またどっかに行って、あの近くに居たら?まさか、あの荷物だったし、きっとまっすぐ家に帰る筈よ。
「たぶん道が封鎖とか工事中だったりしてるんじゃね?ガス爆発とか見えないだけで結構広範囲に及んでるって話だし。
おかげで俺んとこは今まで臨時休業、ガスも水道も使えないんじゃ出来る訳ないぜぃ。」
「お前も大変だな。」
「そうでもない、水戸。うちは母ちゃんが手を尽くしてくれるからにゃ。でも客入りは期待できないんだぜ。
なんせ化け物を見たって話までまことしやかに出てるくらいだからな。しばらく開店休業だ。」
道か、でもおかしいわね。あいつの場合変に頭が回るから、それを見越して行動すると思う。
いつもの道が使えない位で遅れたりするんだろうか?たぶんしない、少しの遅延はあっても大抵は時間通りのはず。
「なのはちゃん、なにか知ってる?」
すずかがなのはに問いかける。なんか棒読みっぽかったけど、やっぱり空気になれないのね。
確かに、あいつを最後に見たのは翠屋に入る所だ。なのはなら何か知ってるかもしれない。
「斎賀君は、その・・・・」
なのはの言葉の歯切れが悪い。なによ、なんだって言うの?まさか・・・
「まさか・・・」
違うって言ってほしい。なのに、なのははコクリと頷いた。
「そんな・・・」
「嘘・・・」
口の中が乾いて、言葉が出ない。うそ、嘘でしょ?あいつが?あの戦場帰りの堅物が?
映画の主人公バリの激戦戦いぬいたって話のあいつが?
「その、晩御飯の材料を買いに行って、ガス爆発に、巻き込まれて、久遠ちゃんを庇って頭を強く打ったって・・・・」
「そんな・・・・」
体の力が抜けて、私はその場にへたり込んでしまった。嘘よ、あいつが?死んだ?
周りが煩い、みんな信じられないような表情でざわついてる。みんな信じられないんだ。
クラスの一人が死んだなんて、信じられる訳が無い。しかも、まだ転校してきたばかりなのに・・・
「今日は、家で休むって。」
「は?」
家で休む?あ、そういうこと、そういうことね。クラスの雰囲気が緩んだ、私の早とちりだった。
「よ、良かった~~斎賀君無事なんだ。アリサちゃん?どうしたの?」
「何でも無いわ、早合点しちゃったのが恥ずかしかっただけ。」
覗きこんできたすずかから顔を逸らす。
うぅ、私とした事が恥ずかしい。それもこれもみんなあいつのせいね、紛らわしいことして!!
「おいたわしや斎賀、話だけですぐ死人扱いされるあたり所詮その程度の存在という事なのか。」
「煩いわね!」
「おうふっ!?」
こんな所でギャグを飛ばす宇都宮の腹に一発くれてやった。いつも通りなのは良いけど不謹慎よ、全く。
でもそんな風にオチャラケた風に言った方が気が楽よね、これ以上思い出してたら本当に気が滅入っちゃう。
「あはは、だから今日は大事を取って家でゆっくり休むって。」
「家で?病院に行かなくてもいいのかしら。あいつ家に誰もいないんでしょ?久遠ちゃんだけじゃない。」
「そうなんだよね。お父さんが私の家に来ればって誘ったんだけど、断られちゃって。」
断った・・・って当然か、昨日が初対面なんだし。そう言えば私達はもう結構顔合わせてるけど、家に呼んだこと無かったな。
「心配だね、大丈夫かな。」
なのはとすずかはとても心配そうだ、私もなんだか落ち着かない。放っておけないのよ。
なんでなんだか、本当に解んないんだけど。気になり過ぎて胸がもやもやするわ。
「本当ね。」
「ほほぅ、バニングスは斎賀が気になると見える。」
「な、何言ってるのよ!別に特別な意味なんて無いんだから!!あんな変わりモノの変人!!」
「本人公認とはいえ言いたい放題だな・・・確かにノートを左書きに直して書いてた変態だけど。」
別に友達なんだから心配するのは当然でしょ!勘違いしないでよね、友達だからなんだから!
それに久遠ちゃんよ!!折角あいつんとこに来たのに初日からあれじゃかわいそうだなって思ったのよ!!
私はいきり立って反論するけど水戸はにやにやと笑ってばかり、集会が終わるまで水戸に面白いように弄られた。
本当に最低、少しは良いけど言い過ぎは不謹慎よ!・・・・でも、なんだか悪い気はしない。なんでだろう?
幕間1『放っておけない。』『現実を受け入れろ。』
時刻はすでに正午を回った昼下がり、俺は自室の布団の中で唸っていた。
頭が痛い、体が痛い、吐き気がする、寒気がする、時には熱くなったり、体中がかゆくなったり、なんだかおかしくなってくる。
時間の感覚も曖昧だ、時計が無ければとっくに何時かも解らなくなっていただろう。
例の災害から一週間、俺はほとんど寝た切りの状態だ。なんとか家まではたどり着いたものの、俺の体は限界に達していた。
多量の出血による貧血、その出血を招いた裂傷や切り傷、そして多くの打撲、そして原因不明の不快感や頭痛。
モルヒネなどの投薬で誤魔化していたが、それも限界だった。
「とうや、だいじょうぶ?」
全然大丈夫じゃない、だが久遠に頭を撫でて頷く。
だがそれすらもかなりきつい。体の節々は軋み、頭はガンガンと痛み、そこらじゅう筋肉痛で鈍痛が絶えない。
吐き気は腹の中身をごっちゃにされたような感覚、まるでかきまぜられているかのようだ。
寒気はまるで血管を血の代わりにぬるま湯が走っているようだ。寒い、本当に寒い。
なのに、胸の奥だけは異様に熱い。心臓がバクバクと音を立てているのが解る、息が上がる、肺が苦しい、息が続かない。
寝たまま頭を撫でるだけでもこれなのだ、起きあがるのだって一苦労。寝ているだけでも、気を抜けば吐きそうだ。
まさか、ここまで症状が酷くなるとは予想外だったな。本くらい読めるだろうと楽観してたのに。
「んっ・・・・・」
「とうや。」
まずい、力んだら気を張ったらめまいが・・・・視界が歪む、久遠の声が波打って聞こえる。
出来る限り処置はしたが、それでもこれが現状。やはり、これは普通の症状じゃない。おそらくは魔術的な何かだ。
体には自信があったんだが、胸の奥が熱い、燃えそうだ・・・・
「とうや。」
「なんだ?昼飯ならさっき食ったろ、我慢だ。」
「ちがうよ、やっぱりしろうおじさんのおうちいこ?びょーいんにもいこ?」
もうこの問いは何回目だろうか。善意からとはいえ士郎さんも面倒な提案をしてくれたものだ。
まったく・・・・まさか帰った途端、家の目の前で美由希ちゃんと鉢合わせするとは想像できんかった。
なんでも騒ぎで心配になったからだとか、なんとか誤魔化せたのが幸いだったな。
「だめだ。高町の家に迷惑になる訳にはいかん。病院も今はてんてこ舞いで、診療などしてる暇などなかろう。」
高町はともかく、士郎さんや家の人とは本当の意味で会ったばかりの間柄だ。こんなことを頼むような間柄じゃない。
何より高町家には何か裏の顔があるだろう。あのような剣術を持つ人間が裏の全くない人間とは思えない。
これ以上下手なことをするのはごめんだ、正直言って笑えない。
病院も、昨日のジュエルシードの所為でおそらく限界を超えかけている。それにこれが普通の病院でどうにかなるとは思えない。
「でもとうや、くるしいんでしょ?」
「そうでもない。」
「うそ、とうやくるしそうなかおしてる。」
久遠の言葉に頷き返す、ここでまた嘘をついても心配させるだけだ。こいつは幼いが純粋な分勘が鋭い所がある。
「しろうおじさんがなんとかしてくれるっていってたし、ももこおかあさんもかんびょーしてくれるって。」
「まだ会って間もないのに迷惑はかけられんよ。これ位、寝てれば治る。」
銃弾とかをもらっていないだけマシだ。
おそらくこの原因は高町とジュエルシードの濃厚で大き過ぎる魔力に当てられ過ぎたせいだろう。なんとなくなんだが、たぶん。
そのせいで体のどこかが変調を起したのではないだろうか?これも魔術の品、可能性はある。
となると俺にはあまり治療法は無い。魔術だなんだに関してはほとんど門外漢なのだ。
薬や知りうる限りの治療法で抑える位しかない。後は明日までぐっすり眠る、眠れなきゃ睡眠薬も飲む。
ウォッカを飲むのもいいかもしれんな。本当かどうかは知らんが放射能を解毒する効能があると聞くし、酒は百薬の長だ。今度買っておこう。
今は代わりにウィスキーでも飲んでおこうか。・・・ありゃ、これでは寝酒だな。睡眠薬いらん。
「久遠、注射器と鎮痛剤、それと栄養剤を。少し寝る。」
「わかった、おみずもってくる。」
久遠は頷くと、部屋を出て行った。これで、ひとりか。小さく、本当に小さく俺は毒ついた。
「・・・・・くそったれ。」
本当に、くそったれだ。昨日で、何人の非戦闘員が、市民が死んだ?
今それを問うのはおかしいだろう。解ってる、今の俺にはなにも無い。だが、それがどうしたのだ?
「何やってんだ、俺は?」
俺は誓ったはずだ、あの時、図書館でこの国の歴史を知った時、この平和な世界を護ろうと誓っただろう。
だがどうだ、俺は何ができた?あの化け物を相手に、どれだけ効果的な策を打てた?攻撃ができた?
市民の避難誘導は?取り残された市民の救助は?支援は?いや、何も出来なかった。
解ってる、俺は所詮一人だ。たった一人の普通の人間、何の異能力もない、一人の兵隊。
資料の中の魔術師とか、妖怪とか、そんな連中のような異能力や、突飛な身体能力なんざ持ち合わせちゃいない。
鈴音のような先天的な体質なんてものもない、そんな連中と比べれば非力だ。
しかし俺とてただの一般市民と言う訳ではない、れっきとした軍人だ。さまざまな兵器を扱い、戦場で戦う兵士だ。
なのにこのあり様はなんだ?町を護れず、最後はあの子に賭けた。あそこではああするのが正しかった、そうでなければ守れなかっただろう。
解ってる、解ってるのだ、だが・・・俺は子供を戦場に立たせるのすら容認した。
力があるなしに関係なく、大人は子供を護るために居るものだ。子供を戦場に立たせるなんてのは、俺は絶対にごめんだ。
撃ち合い殺し合いは俺がやる、あの子にはあのジュエルシードとやらを封印するときだけ出てきてもらう。そう考えていた。
なのにこのざまだ。意気揚々と出しゃばって、結局何の役にも立てなかった。あの化け物に手も足も出なかった。
慢心していたのだろう、銃火器が通用するとみて、所詮はこの程度だと軽く見ていたのか。こんな年にもなって情けない。
せめて市民を退去させることができれば変わったのだろうか?軍であれば、まだそれ位はできたかもしれないのに。
こんなに悔しいのはいつ振りだろう。悔んでもしょうがないが、悔やんでも悔やみきれない。
俺は出来ることを全てできなかった、最善の手を尽くすことができなかった。もっと手を尽くしていれば、状況は変わったはずだ。
しかし・・・どう手を尽くせばよかったのだろう?俺には魔術だのなんだのという知識はほとんどないし、頼れるツテもない。
俺はそんな世界とは無縁に生きてきたのだ、あった方が困る。
その上ここは未来、戦友も信用している知り合いもいない。何もかも失い、裏切られたのだ。
「本当に、なにやってたんだ?」
確かに武器弾薬も食料も腐るほどある、軍資金も困らない。だが武器弾薬だけでどうしろというのだ。
戦いは弾薬だけでは出来ない、それに伴う数の銃と人が必要なのだ。それを知らない二人ではないだろう。
お笑いだ、以前は弾無し、金なし、食料無しで困ったのに。今はそれ以外すべてのモノが無い。
武器弾薬と金だけあってもどうしようもない。その上、周りは敵だらけだ。笑えない、本当に笑えない。
絶望的な状況には慣れているが、ここまで最悪な状況は始めてだ。精神的にもきつい。
一度来てくれた見舞いでさえ、あの子は人を見定めるような目をしていた。痛くない腹を探られる事ほど辛いものは無い。
面白いことではないが、あの子も必要があってしているのだ。そう信じたい。
思えば、俺は開き直るふりをして現実逃避をしていただけに過ぎんかったのだろうな。理解すれば、どうなるか解らないから。
笑っちまうほど最悪で最低な、突破口が見出せない現実を見たくなかったんだ。
もし一歩、1ミリでも足を踏み間違えていたら、俺はおそらくあの夜に殺されていただろう。そうでなくとも、どこかで必ず。
友人の子孫の手によって、それもただの勘違いでだ。本当に、ここがどこだか思い知らされる。
魔術の世界はとても残酷な世界だ。やるかやられるか、そんな世界だと資料からでも理解できた。
そんな世界に俺は放り込まれたのだ、武器弾薬と金を腐るほど抱えた怪しい人間として。
「寂しいなぁ・・・」
寂しい、悲しい、俺にはもう何も無い。家も、軍も、部下も、親友も、妻も、娘も、何もかも無くなってしまった。
こんな事、初めてだ。戦場でも経験したことのない寂しさだ、苦し過ぎる。久遠の言う通りだ、こいつは隠しきれそうにない。
ガタルカナルや、沖縄の比じゃない。狂ってしまいそうだ、もう全てを捨ててしまいたくなる――――戻ってきたか。
「とうや?」
「おかえり。」
「とうや、ないてるの?」
「え・・・」
俺は今さら、泣いているのに気が付いた。とりあえず、拭う。年のせいか、涙もろくなっているのかもしれん。
「汗が目に入ってな。水は?」
「もってきた」
「ありがとう、薬を取ってくれないか?それとウィスキーも。」
「はい。」
久遠に頼んで鎮痛剤と錠剤の栄養剤を取ってもらい、鎮痛剤を注射してから栄養剤を水で一気飲みする。次いでウィスキーも一杯。
飲んでも吐かないのが幸いか。後は布団を被ってとにかく寝やすい恰好で寝る。今回は文字通り大の字だ。
これに関しては子供の体に感謝だな、大の字になってのこの大きめの布団から手足が出ない。
「ありがとう、久遠。」
「うん、くおん、ここにいるからね。」
「ああ、おやすみ。」
まったく、情けないな。目をつむりながら俺は思う。今日は、散歩をしながら幼稚園を探すはずだったのに。
俺がこんなありさまになって、久遠にいらぬ心配をかけている。本当に情けない。
「夕方になったら起こしてくれ、晩御飯を作ろう。」
「うん。」
鎮痛剤とアルコールが効いてきたのか、痛みが少し引いて眠くなってきた。
「とうや。」
「うん?」
「いなくなっちゃ、やだよ?」
居なくなる?俺が?あぁ、そういうことか。
「この程度で死ぬものか、大丈夫だ。」
「うん、おやすみ。」
そうだ、まだまだ、機会なんていくらでもある。今はまず、体を休める事が先決だ。やることはまだ山積みなのだ。
いっそのこと、本当に傭兵にでもなってしまおうか? そんなことを考えながら、俺は眠気に身を任せた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
学校帰りの昼下がり、私はお土産に翠屋のケーキを持って斎賀の家に向かっていた。
結局放っておけなかった、気になっちゃってしょうがない。なんだか放っておけないのよ、なんでか。
いつもあいつはそんな感じ、頼れるし面白いけど、なんか放っておけないの。
「あ、ここね。」
あいつの家はちょっと町はずれにある静かな住宅地にあった。
見事な和風の屋敷だわ。私やすずかの家とか、なのはの家とはまた違う感じがする。
なのはとすずかが見たらきっと驚くわね。用事とはいえ一緒にこれなかったのは残念ね。
大きい家、なのは以上、私達未満ってところかしら。戦場帰りって聞いてたけど、両親は金持ちだったのかもね。
こんだけ大きいんだし、もしかしたらもうメイド・・・・じゃなくてお手伝いさんの一人や二人いるのかしら?
だったら、まぁ少しは安心なんだけどさ。
「えっと、インターフォンは~~~・・・」
無い。探したけど玄関にそれらしいものは無い。壊れたから外したのかしら?不便じゃないの。
「仕方ないわね。ごめんくださ~~い。」
曇りガラスの引き戸をノックして呼びかける。ちゃんと聞こえるかしら?奥の方に居たら聞こえなさそう。
ここはちょっと失礼だけど、アニメよろしく中庭に回ったほうがいいのかしら?
「は~~い。」
と思ったのもつかの間、出迎えてくれたのは久遠ちゃんだった。ちゃんと聞こえてたらしい。
私がお見舞いに来たことを告げると、久遠ちゃんは大喜びしてくれた。
すぐにでもあいつの部屋に案内してほしかったけど、今は眠っているらしい。
さすがに寝ている所を起こすのも気が引ける、とりあえずあいつが目を覚ますまで居間で待つことにした。
あとはあいつが起きるのを待って、ケーキを渡して、とりあえず元気かどうかを確かめて終わりね。
「れんらくちょーとおてがみありがと。まっててね~、いまおちゃもってくる~~」
「久遠ちゃん、一人で大丈夫?」
「だいじょ~ぶ~~つめたいのだから~~」
久遠ちゃんはそう言うとキッチンの方に向かった。ちょっと心配だけど、あんまりしつこく言うのも失礼だからやめておこう。
私は荷物を脇に置くと久遠ちゃんが敷いてくれた座布団の上に座って、待ちながら部屋を見渡した。
本当に見事な和風様式。洋風の私やすずかの家や、なのはの和洋折衷の家とはまた違う。
「静かだわ。」
それにとても静か、本当に二人以外誰もいないみたい。風の音とか、外の木の音が静かに聞こえてくる。
なんだか心が落ち付く。畳の匂いとか、心が落ち着く匂いに包まれてる、そんな感じがする。
あいつの趣味なのか、あんまりごちゃごちゃした物が無いのもまた目が落ち着く。
古めのブラウン管テレビとちゃぶ台、床の間に飾られた木の枝に止まる鶯の掛け軸、なんかお婆ちゃんの家って感じ。
床の間に飾られてるのがお皿とか壺だったらもっと雰囲気出てたかもね。あとつけっぱなしのテレビも。
久遠ちゃんが見てたのか、某魔法少女アニメのビデオが一時停止されてる。私も見てるやつだ。
キャラのデザインは普通の魔法少女物なんだけど、話が進むうちに魔法少女物とは思えない鬱展開に発展した深夜放送アニメ。
毎回度肝が抜かれる展開ばかりで私も先が気になって仕方ない、速く来週にならないかしら?
・・・・って、なんで久遠ちゃんがこんなの見てんのよ、あいつの趣味か?だったら話が合いそうね。
「おちゃとおせんべぇもってきたよ~~」
「あ、久遠ちゃん。ありがと。」
久遠ちゃんが大きなお盆にせんべいと麦茶の注がれたコップを持って戻ってきた。
4歳とは思えない位力持ちね、結構重たそうなのにまったくふらついてない。
「いいんだよ~~ありさおねーちゃんはおきゃくさんなんだから~~」
もう一度床の間に目をやる、そこにはあまりにも見慣れない鉄の塊が2脚に支えられて立っていた。
床の間に安置された日本刀のごとく飾られたそれはマガジンを上に着けるタイプの大昔の機関銃だ。
脇には金属製の弾薬箱らしい箱と模擬弾の込められた予備のマガジンも添えてあって、完全に臨戦態勢。
その横には古い猟銃にスコープを付けたようなスナイパーライフルも置かれている。
たしか、スプリングフィールドだったかしら?昔グアムで見た気がする。やっぱ銃が手放せないってやつかしら。
「ありさおねーちゃん、どうしたの?」
「久遠ちゃん、あれ、なに?」
「く~~?きゅうきゅうしきけーきっていうけーきかんじゅうときゅうきゅうしきそげきじゅうっていうそげきじゅう、ってとうやがいってた。」
「へぇ~~」
お茶を一口飲むと、興味本位に上座に近づいてキュー旧式ケーキとやらを手に取った。
ほぼ全体が鉄でできたそれは、飾り物とはいえかなり重くて迫力満点。
なんか、こういうのには興味無いけど実物を見るとなかなかかっこいい。
渋い鉄の光に、グリップやストックの木の感触、かすかに香る油の匂い、すずかもこういうのがいいのかしら。
「よくできてるじゃない、本物みたい。」
「本物だと言ったらどうする?」
「あ、斎賀、起き――――」
ガシャン、と手から機関銃が落ちた。居間にやってきたあいつの姿が、とても信じられなかった。
「危ないな。本物な訳なかろう、無可動実銃だ。銃器の収集は俺の趣味でね。ようこそ。」
「よ~こそ~~」
「手紙を届けてくれたんだな、ありがとう?学校の方はどうだった?・・・おい、どうした?」
あいつの言葉が耳に入らない、調子が悪いって言ってもここまで悪いなんて思いもしなかった。
顔色はいつものように健康的な肌の色じゃなくてとても青白い、深緑の寝巻の裾から痛々しく湿布と包帯が巻かれているのが見える。
息も浅くて絶え絶え、瞳は不規則に揺れていて瞳孔がかすかに開いているように見える。
足取りも頼りない、いつも力強くキビキビ歩いているのに今はとても頼りない足取りで少しふらついてる。
なのに、いつも通り優しく微笑むその表情は変わらない。まるで、もう先の長くないお爺さんのように。
「すまんな、せっかく来てくれたのに何もできないで。ゆっくりしていきなさい、今甘い物も出してやろう。」
「あんた、寝てなくて良いの?」
「平気だ、少し調子が悪いだけだからな。水羊羹でいいかな?」
何が平気よ、思い切り無理してるじゃない。それで隠してるつもり?バレバレなのよ。
なんだか腹がたった。こいつもなんだ、こいつもなんか私に隠してる。
この頃なのはもすずかも、宇都宮までなんか隠してる。宇都宮はどうでもいい、斎賀も、まぁ話してくれないのは解る。
すずかもなのはも、折り合いが付けば話してくれるって信じてる。だから我慢できた。でも、今は・・・
「あんた、寝てなさい。」
「しかし、家主が客人もてなさないというのは―――」
「良いから寝てろ!!」
こいつをこれ以上動かしちゃ駄目だって思った。きっと取り返しがつかなくなる、ただそんな気がした。
だって、こいつは今にも死にそうな顔をしてる。そんなの放っておける訳が無いじゃない。
寝巻の襟を掴むと、やっぱり汗でぐしょ濡れだ。体温もかなり高い、触っただけで解る。
「うがっ!?引っ張るな!!」
なによ、引っ張った位でそんな痛そうにして。そんなに痛いなら猶の事寝てなさいよ。
「久遠ちゃん、こいつの部屋どこ。」
「こっち!」
「バカ!久遠!!」
久遠ちゃんの案内で、私はこいつの部屋に向かって歩き出す。こいつの部屋は、一番奥の板で塞がれた廊下の手前に有った。
日当たりはそれなりの6畳一間の和室、余り物が無くて窓際に小さな机と本棚と箪笥だけ。
机の上には写真立てとばらばらのモデルガンや模擬薬莢が散らばってて、灰皿に煙草の吸殻が入ったまま。
っていうか煙草?こいつ吸ってんの!?・・・いや、待つのよ私、今はそんな場合じゃない。
本棚は古くて難しい本ばっかり、少しだけラノベと図鑑が入ってるけど本当にそれだけ。
箪笥も古い階段箪笥、飾りも何も無い本当に質素な部屋。
でも酷い有様だった、布団の横には古い医療器具と薬瓶が載ったトレー、ゴミ箱には錠剤や湿布の箱が詰め込まれている。
窓は開きっぱなしなのに、汗の匂いと薬の匂いが酷く籠ってる。それにどこか鉄臭い。自分で治療してたって言うの?
「み、見られたか・・・・言うなよ。」
「煙草の事は置いておくわ。替えの寝巻はあるわよね?どこ?」
そっちか~い、って顔してるけど気にしない。どうせあれモデルガンでしょうに。
「箪笥の下から2番目に入っているが、何する気だ?」
「手伝うからさっさと着替えなさい、そんなのぐしょぐしょの着てたら風邪までひくわ。汗も拭かなくちゃね。」
「そこまでひどかったか、感覚が鈍ってるな。そうだな、一人でできるから手伝いはいいよ。」
問答無用!そんなふらふらでカチコチな動きしてる癖に何を言うか。満足も動けない癖に、そんなんじゃ治るものも直らないわよ。
「こ、コラ何をする!?脱がすな!」
「久遠ちゃん、小さめのタオルと桶か洗面器かなんかに水を入れてきて。」
「りょーかい!」
「止めなさい!バニングス!!」
抵抗するけど止めない。そんなに嫌なら、力づくで止めればいいじゃない。
でも出来ないんでしょ?解るわよ、今のあんたにそんな力は無い。
抵抗だって、私が力づくで抑えられる位弱くなってる。いつものあんたなら一蹴できることでしょうが。
「うっ・・・」
脱がすと、斎賀の上半身の状態が良く解った。切り傷と火傷、映画で見るような銃創、他にも怪我の痕がたくさんある。
私は思わず口をふさいだ。酷過ぎる、まるで映画でよく見る拷問の痕みたいだ。
傷だらけで、応急処置を跡が生々しい。消毒液の匂いと血の匂いが少し鼻につく。
それにこの古い跡も全部、戦場で受けた傷ってことよね。居たのは2年間だけって聞いたけど、それでもこんな風になるんだ。
「あまり子供に見せられるものではないのだがな・・・・すまん、気持ち悪いモノを見せたな。」
「気にするもんですか、ほら座る。背中は拭いてあげるから、前は自分でやりなさい。」
久遠ちゃんが持ってきてくれた洗面器の水にタオルを浸して絞ると、一枚は斎賀に渡す。
もう一枚は私、昔お母さんがやってくれたように優しく丁寧に背中を拭いてあげる。傷を下手に刺激しないように、優しく、丁寧に。
案外、こいつの大きな背中は大きい。肩幅は広くて、とても筋肉質、なのに傷だらけな背中だった。
背中にも撃たれた傷、斬られた傷、火傷みたいな酷い傷跡がたくさん残ってる。でも、気持ち悪いって感じはしない。
鍛えられて筋肉質な背中には、むしろこの傷は誇らしげに見える。
「これ、もう痛くないの?」
「跡が残ってるだけだ。偶に痛むこともあるが、大したことは無い。」
そうなんだ、良かった。
「はい終わり。前は自分で拭いたわね、ならさっさと着替える。」
「投げなくてもいいだろう。恥ずかしいなら脱がせなければよかろうに。」
う、うるさいうるさいうるさい!!
「ほら、着たら寝る!久遠ちゃん。」
「うん。」
「久遠、裏切ったか!!」
抵抗むなしく久遠ちゃんに布団に寝かされる斎賀。よし、これで一段落ね。とりあえず座りましょう。
「やれやれ、君にはかなわんな。これが若さか。」
「なに老け込んでるんだか、そんなに具合が悪いなら本当に病院に行った方がいいわよ。」
「向こうもてんてこ舞いだろうからな。それで変な処置されてもかなわん。」
こっちの病院と戦場の野戦病院をごっちゃにしてるのかこいつは。
「じゃぁなんで士郎さんの誘いを断ったの?なのはから聞いたわよ。随分と頑なだったみたいじゃない。」
「昨日見知った間柄なのに、いきなり世話になるのは気が引ける。」
変な所で頑固な所があるのね。だから奇人変人堅物な訳か。これを考えた奴はこいつを良く知ってるわ。
こんな体なのに、手を差し伸べられても頼ろうとしないで遠慮して、それで体壊してちゃ意味無いじゃないの。
「でもこの家にはメイドとかいないわよね。まともに家事も出来ないんじゃない?」
「庶民の家に居る訳あるか。家事は適度にやっている、久遠も手伝ってくれるしな。」
私が問いかけると、当然というようにこいつは答えた。
「このでかい家に二人っきりなんだ。」
「まぁな、正直困っているよ。掃除が大変でなぁ。」
この大きな家に二人きりか。私はなんとなく、お父さんと私の二人だけの屋敷を思い浮かべた。
鮫島も、使用人も、犬達も、誰もいない。広い屋敷の中で、お父さんと二人きり。寂し過ぎる、そんなの頭がおかしくなりそう。
「寂しくないの?」
「久遠が居るのでな。それに、もう慣れたよ。」
口ではそういうけど、斎賀は少し寂しげだった。一瞬だったけど、とても辛そうに見えた。
「なによそれ。」
解った気がする。こいつが放っておけない理由。こいつ、昔の私みたいなんだ。
いつも一人で何でもできると思ってて、我儘で、自分で壁を作って、それでいつも孤立してた、なのはやすずかに会うまでの私。
自分の壁を全部取っ払って、今の私になる前の本当に嫌な奴だった私。
私とは境遇も何もかも違うんでしょうけど、きっとこいつも同じ。
こいつが転校してきた時も、最初のお昼の時も、こいつはどこか寂しげだった。だから放っておけなかったんだ。
「あんた、馬鹿じゃないの?そんな顔して言う事?」
「いきなり酷いな、バニングス。まぁ、酷い顔なのは確かだがな。・・・煙草を取ってくれないか?机の上にある。」
「アリサでいいわよ。次からは名前で呼びなさい、私も名前で呼ぶから。あと吸うな、禁煙しなさい。」
「きんえん!」
そんな壁、何の役にも立たないわ。そんなのにこだわってたら、楽しい時間も楽しくなくなっちゃうのよ。
昔何かあったのかは知らないけど、今はあの爺臭どもや私達が居るじゃない。そんな寂しい顔する必要なんて無いのよ。
「久遠、お前意味解ってないだろ?君もいきなりだな。」
なによその困ったような目は!
「文句あるの?」
「・・・いや、別に。なんだかこうやって話していると懐かしくてな。」
やれやれと洞爺は被りを振ると布団を被った。なんだかはぐらかされた気がする。
やっぱりこいつは変に昔堅気な変人だ。だからこそ面白い奴なんだけど、やっぱり何か隠してる。
「時間は良いのか?」
「鮫島を呼んであるから大丈夫よ。時間になれば迎えに来てくれるわ。」
「そうか、なら安心だな。近頃夜は危険だ。久遠、そこの錠剤を取ってくれ。」
本当よね、おかげでお父さんもお母さんもうるさいし。まったく、遊びにも行き辛くてたまんなかったわ。
考えてみれば、昨日のことといい動物病院といい、この頃変な事件が多すぎる。
すずかも誘拐されかけたし、もしかしてなんか関係があるのかしら?それに、あの変なスナイパーも気にかかる。
調べる価値がありそうね、あいつが誰か突き止めればもしかしたら何か分かるかも。
パパと鮫島に頼んで、ちょっと調べてもらおうかな。
「って、なに飲んでんのよ?」
「睡眠薬だ、寝着きにも支障が出ていてな。寝酒だと効率が悪かった、酔うことすらできん。」
あぁ、だからウィスキーの空瓶が部屋の隅に一本だけあるのね。
「だがこれもその場しのぎにしかならんのだ・・・眠くなってきた、すまんが一眠りさせてもらうよ。」
「寝なさい寝なさい、病人は寝なさい。寝てる間は私に任せときなさいな。」
「すまんな。久遠の事、頼んだ・・・・・・すぅ・・・・・ず~~~・・・・」
「寝ちゃったわね。」
小さくいびきが聞こえたと思ったら・・・・しかも仏頂面で。
相当具合が悪いみたいだし当然か、安らかに寝るってわけにもいかないだろうし。
ちょっとだけ口元が笑ってるから、良い夢見てるのかな?
「久遠ちゃん、居間にでも行って遊びましょうか。ここにずっといたらなんかの拍子に起こしちゃいそう。」
「うん、なにしてあそぶの?」
「そうね、久遠ちゃんは何して遊びたい?」
「う~んと・・・・げーむ!」
洞爺、とにかく今は寝てなさい。鮫島が迎えにくるまで、出来ることはやってあげるから。
そうね、まずはゲームか。この子のするゲームって何かしら?
「んー!これこれーーー!!」
「おいまて。」
居間に戻ってテレビ台の引き出しから久遠ちゃんが引っ張り出したのはPS2、新型の薄い方だ。
あいつがゲームをやるようにはあんまり見えないけどそれはいい、この時代ゲーム機なんて家庭に一台あるもんよ。
だから、いいんだけど・・・この子の持ってきたゲームの方が問題よ。
「なんで、FPS?」
ファースト・パーソン・シューティング、通称『FPS』よく戦争系のゲームにあるタイプ。
視点がキャラクターの一人称で、戦ってる時の独特な緊張感やリアリティがあるのが特徴だ。
私も何本か持ってるけど、むしゃくしゃした時に偶に引っ張り出す程度だ。
久遠ちゃんが4本ほどのゲームの中から出してゲーム機にセットしたのは、その中でもマイナーなやつだった。
久遠ちゃんみたいな子供がやっていいゲームじゃない、私もまだ9歳だけど絶対やっちゃだめでしょ。
17歳未満云々の注意事項が普通にカバーにあるわよ。あいつの趣味か?
「よーろっぱのきょーしゅー。たいせんしよ!」
「久遠ちゃん、これじゃなくて、こっちにしない?」
「や~、これする~~」
4本のうち2本のお子様系のファンシーなタイプなゲームを見せたらいい笑顔で拒否された。
というかこれ、全然やった形跡ないんですけど?もう一本なんて包装すら切ってないし。
ちなみにもう一本は某ロボゲーの地下編、二人してこっち系ばっかやってんの?あの野郎、女の子がやるゲームじゃないでしょうが。
「むふ~~ぜんくりしたくおんをなめるなよ~~~?」
「はいはい。」
しょうがない、まぁいいじゃないの。お手並み拝見ってとこね。えぇっと、私はドイツ兵、久遠ちゃんはソ連兵か。
本気を出したら可哀そうだし、手加減しなきゃね。
「すたーと!」
・・・・・・・・・なんて、思っていた15分前の私に文句が言いたい。
軽く捻ってやろうかと思っていた私が、ぼこぼこにされるまでそう時間はかからなかったのだ。
スナイパーライフルは扱い辛いから幼女が使える訳が無い、そう思っていた時期が私にもありました。
「ば~ん!ば~ん!」
なに?この鬼スナイプの嵐は?ジャンプ中にヘッドショットを決めてくるとかまぐれしかあり得ないわよ。
なんで何度も決めてくるの?一番広いマップの超隅から反対側の隅にいた私を撃ち抜くの?
大体、あのちっちゃい手でどうやってこんな縦横無尽に動かせるのよ!?
「ちょ!どこから!?・・・ってなんつーとこから!!」
今度は道路の真ん中に陣取ってた久遠ちゃんに建物から出た瞬間撃ち殺された。隠れる気無しなのも凄い怖い。
「そげきしゅとはまずすがたをみせないことがかんじんだ、ってとうやがいってた。
でもうえとしたのわけられたがめんじゃ、どうやってもばれちゃう、だからきづかれるまえにうつ。」
「ぎゃ!?手榴弾か!」
「やった。」
舌ったらずな掛け声と一緒に小刻みに体を揺すってゲームに夢中な久遠ちゃん。でも画面は地獄そのもの。
市街地のステージであっという間に私のドイツ兵が真っ白な雪迷彩のソ連兵にヘッドショットされ、今度はマシンガンでハチの巣。
手榴弾を避けるためにかくれたら真後ろからヘッドショット余裕でした・・・・
スナイパーライフルにマシンガンとか、ヘイヘかこの子は。しかも時たまMP40の弾幕掻い潜って白兵戦まで仕掛けてくるし。
何度か返り討ちにしたりこっちもスナイパーライフルで狙撃したりしたけど・・・
「や、やるじゃない。」
「むふぅ、ありさおねーちゃんもつよいよ~~~」
負けた、得点が3倍の差で終わった。相手は子供よ、幼女なのよ?まだまだちっちゃな子に、私が負ける?
「久遠ちゃん、もう一戦よ!」
「おー!」
否、断じて否よ!すずかに負けるのは良い、でも久遠ちゃんには分けられないわ!お姉さんだもの!!
子供だからって軽く見たのが間違いだった、本気で相手をしてやる。
ロード画面が終わってステージが始まる。今度は田舎町だ、かなり広いし狙撃にはうってつけね。
教会の2階とかは超危険、この子なら絶対狙撃しかねない。
「仕方ないわ。私の本気、見せてあげる!」
気合を入れ直して、私は早速あの子がいそうな場所に突進!そして武器ボックスで武装を変更、MP40。
教会の中に入って、最小限の行動で2階の狙撃ポイントに走る・・・・タァン!
「ぅっ!」
「ぬふぅ♪」
銃声が響いて眼前の壁に弾痕が開く、吹き抜けの一階から狙撃されたのだ。
紙一重のところで逸れたけど、行動が読まれていた!?だが甘いわ!
「見つけた!」
荒れ果てた礼拝堂の片隅に隠れるようにしてスナイパーライフルを叶えるソ連兵。
私はポリゴンの隙間から一階にジャンプして、そいつに向かってMP40をぶっ放しながら一直線に突っ込む。
「な、なんと~~!」
久遠ちゃんも驚いてる。ふふふっ、どんなもんよ。さすがにポリゴンの隙間は知らなかったみたいね。
私の本気は、相打ち覚悟のごり押しよ!弾の雨の中で悶え苦しむがいいわ!!って、思ってた時がありました。
パン!
凄い拍子抜けの銃声と共に私のドイツ兵がばたりと倒れる。そのあっけなさに私は一瞬呆けてしまった。
なんで?スナイパーライフルでも胴体なら一発だけ耐えられるはずなのになんでやられたの?
体力は満タンだった、瀕死にはなるけど次を撃つ前に私のMP40がハチの巣にしてる筈なのに。
「あ・・・」
こいつの銃。普通のスナイパーライフルじゃない。銃身に布巻きつけたモシン・ナガンじゃない。
「・・・いつのまにエンフィールドに持ち替えてたのよ。」
ある意味、バズーカなんかよりも極悪なスペシャル銃を持ちだしてきてやがった。
この銃、装弾数は多いし当たるとほぼ即死なのよ。当て辛いけど、慣れちゃうと凄い強いの。
さすがにこれはまずいと思ったみたいで、久遠ちゃんはこの後普通のヤツに戻してくれたけど。
結局、私が対戦で久遠ちゃんに勝つことは一度も無かった。
「うしろががらあきなの~~」
「いつのまに!?」
ある時はいきなり後ろからヘッドショットされて、
「どっか~ん!」
「・・・なんで手榴弾が。」
ある時は真上から迫撃砲みたいに手榴弾が落ちてきて吹っ飛ばされて、
「このこのこのこの!!」
「ずるい!ひきこもるなんて!!」
ある時は狭い袋小路でアサルトライフルをずっと乱射して久遠ちゃんをハチの巣にして、
「お嬢様、そろそろお時間ですが?」
「ちょっと待って、もうちょっと・・・・見つけたぁぁ!」
「にゅぉ!?みつかちゃった!!」
「・・・・・・しかたありませんな。」
「おちゃのんでいいよ、しゃめじまおじしゃん!!」
鮫島が迎えに来てくれたけど夢中になり過ぎてしまった、今日は父さんも残業だからいいんだけど。
「どすどすどすどす!」
「おらおらおらおら!」
「楽しそうで何よりですなぁ。」
互いに弾切れになった時はひたすらに殴り合って、
「どっかーん!どっかーん!!」
「ばしゅ~!ばしゅ~!!」
「・・・お二人とも、少し声が大きいのでは?」
ある時はバズーカ同士でひたすらに撃ち合って、
「うるさいぞ、小娘ども。」
「「すみませんでした。」」
だいぶ顔色が良くなった洞爺がものすっごい形相でやってくるまでずっと対戦をし続けてしまった。
気が付けば夕方を通り越して夜、しかもかなり遅い時間。
負けて悔しい、滅茶苦茶悔しい!・・・けどすごく楽しかった。
久しぶりに時間を忘れて遊べたし、気分も絶好調よ。すんごい晴れやかな気分。
幼稚園児相手に白熱しちゃったのは、ちょっと大人げないけどね。・・・今は久遠ちゃんと一緒に正座させられて震えてるけど。
「まったく、二人ともはしゃぎ過ぎだ。ご近所迷惑だろう?」
「「ごめんなさい。」」
「よろしい。足崩していいぞ。」
ゲンコツ痛い、パパより何十倍も痛い。顔も物凄い怖い、煙草まで口に咥えてるし強面だ。
具合はだいぶ良くなったみたいだけど、まさか怒られて確認するとは思わなかったわ。
「申し訳ございません、お嬢様がどうも御無礼をいたしました。」
「いえいえ、うちの子がご迷惑をおかけしました。」
・・・あとで士郎さんにも煙草の事知らせてやろう。二人揃って子供扱いして~~
「二人とも反省したのならよし。もう遅い、晩御飯はここで食べていくといい。鮫島さんもどうぞ。」
「え、いいの?」
「君たちが白熱している間に話は聞いたよ。拙い手料理だが御馳走するよ。久遠の面倒を見てくれたお礼だ。」
「ゲームしてただけなんだけどね、私もかなり楽しんでたし。」
「いや、君には感謝してるよ。君のおかげで少し元気が出た。すぐ作るから、適当に寛いでてくれたまえ。」
さっきまでとはうって変わって優しい笑みになった洞爺はそう言うとキッチンに向かって行った。
その暖かくて、なんか安心できるような感じがする頬笑みに、私は思わず目を奪われてしまった。
「・・・」
「む~~?おねーちゃんかおまっか~~~」
やばい、なんだろ。今なんか胸がドキッてした。なんだろ、この気持ち・・・変だ、私。
「久遠ちゃん、なんか私、ちょっと変かも。」
「む?かぜ?」
風邪なのかな?確かに胸が凄いドキドキしてるし、ちょっと熱っぽい感じがする。
でも、なんか違う。確かに変なんだけど・・・嫌な気分じゃない。なんなんだろう?
この日、家に帰るまでこの感覚がなんなのかずっと考えたけれど、全く解らなかった。
あとがき
という訳で幕間です、時系列は町の大破壊の後日。タイトルはこれが正式です、間違いとかじゃないですよ。
今回は主に、なぜアリサがこいつに目をつけたのかの話とアリサの内心、それと町の被害と早々とぶっ倒れた洞爺。
リリカルの重要な所{少なくとも作者はそう思ってる}である『名前で呼んで』が書けたのがちょっと満足。
アリサのリーダー的な気質はこういう時に役立つ、すっごい書きやすい。
だが貫禄あり過ぎるおっちゃんの笑顔は子供にゃ威力が強すぎた、でも軽く流すとアリサ何者!?って感じがして変だったのよね。
その上この話だと、洞爺が精神的に追い詰められてしまってるのを無自覚で立ち直らせてしまうし。
ぶっちゃけよう、このフラグは予想外だ。キャラが勝手に動いちまった、反省してる。変えないけどな。
何気オール一人称である今回の幕間、一時の暇つぶしになれば幸いです。
故にキャラの知識が間違っている場面もある。修正されてない場合はそういうことです。
これからも、この未熟な作品をよろしくお願いします。By作者
追伸・実際のゲームでは、アリサの使用した裏技は存在しません。見つけられなかった自分が情けない。