春先、フキノトウが溶けた雪の下から顔を出す頃。神社の境内で残雪を使って八頭身諏訪子を作っていると、雪の中に強い霊力を帯びた何かの欠片を見つけた。
なんだこれ、と拾い上げて雪を払って観察してみる。木と金属の中間の様な肌触りで、見た目は陶器に近い。形状から察するに何かの破片の様だ。
「ふむ……」
再現力を強化して元の形状をホログラムで再現しようとしてみたがたった一つの欠片から再現するには無理があったらしく失敗。
ううむ、破片でさえこれだけ強い霊力が籠ってるなら結構名の通った道具のものだったと思うんだけどなぁ。壊れるとは勿体ない。破片を集めてくっつければ物によっては直るかも知れないけどどうだろう。
……まあどうでもいいや。神器の類は間に合ってる。
そう思って投げ捨てようと手を振りかぶった直前にハッと気が付いた。
あれ、これって飛倉の破片じゃね?時期的に。
もう一度よく見ようと手を戻して顔を近付けると突然欠片からニュッと小さな蛇の様なものが顔を出した。そのまま浮かんで飛んで行こうとする。
「逃がすか!」
私は欠片を取っ捕まえて蛇を摘み取り握り潰す。すると破片は飛ぶのを止めて大人しくなった。ふう、これでよし。
私は欠片をとりあえず懐に入れて八頭身諏訪子の帽子部分の調整作業に入った。どうやら星蓮船は始まっていたらしい。地霊殿から三ヵ月ぐらいしか経っていないのに忙しない事だ。
この欠片は飛倉の破片。七つ集めると白蓮が封印された法界への道が開ける。七つじゃなかったかも知れないが。
そして破片についていた蛇みたいなヤツは見覚えのある正体不明の種。これはぬえがばらまいたものだ。決まった姿が無い飛行体で、ぬえ以外が見るとその人が持っている知識で認識できるものに見える。私には通用せず普通に見えるけどね。
飛倉の破片があるって事はそれを探す聖輦船ももう飛んでいるのだろうか?
諏訪子の帽子の形を整え、空を見上げてみると雲の切れ間に巨大な宝船っぽいものが飛んでいるのがばっちり見えた。おおう……ゴリアテだー!真上にいるぞ!なんつって。
今度外界に行った時ラピュタのDVD借りてこよう、と考えながら私は懐の飛倉の破片を船に向けてぶん投げた。視力を上げて見上げると、飛倉の破片が正確無比に飛んで行き、甲板でキョロキョロしていたセーラー服の少女の脳天に命中するのが見えた。セーラー服の少女は目を回して昏倒する。
……よし。配達はできたしどこにも問題は無い。
私は現実から目をそらして八頭身諏訪子の出来栄えを確認し、境内へ向かった。
境内では早苗、魔理沙、霊夢の三人娘が何やら姦しく話していた。いい歳した若い娘が三人集まって話す事と言えばさて色恋か、と聞き耳を立てて見れば宝探しがどうの宝船がどうの。
なんだつまらん。そんな想定の範囲内の会話を聞いても面白くない。
「あの中に宝は無いよ」
ざくざく砂利を踏んで歩いていくと早苗は会釈をした。魔理沙は軽く手を上げ、霊夢が訝しげに聞いて来る。
「どういう事よ。あんなお宝満載してそうな外見しといて。なんなのあの船は」
「あれは宝船じゃなくて聖輦船って船なんさ。昔は宝もあったみたいだけど今は失われたとか」
私も霊夢の隣の縁側に腰掛け、急須で湯飲みに茶を注いだ。なんだこれ、ほとんど出涸しじゃないか。
「全部?」
「さぁ……少しは残ってる、かも」
聖輦船自体が一種の宝だ。
「マジックアイテムはどうだ?」
私は味の薄い茶を啜りながら飛倉の破片と宝塔を思い浮かべた。
「あると言えばある」
「宝船……七福神……神様が乗っていらっしゃったり?」
今度は鼠と虎を思い出す。奴等は毘沙門天の遣いだったか。
「掠ってるかな」
「……あんたはなんでそんなにあの船の事情に詳しいのよ」
「博麗白雪だから」
「なるほど白雪じゃ仕方無いな」
「白雪様なら仕方無いですね」
適当に返したら深々と納得された。えっ、自分で言っといてなんだけどその反応で良いの?
巷の博麗の評価が気になる所だったが、三人は金銀財宝だの珍しいマジックアイテムだの新参神様なら守矢に挨拶をするべきだのと喧々囂々の会議を始め口を挟む隙が無かった。女が三つで姦しい。私も女だけど。
お茶っ葉を換えながら足をぶらぶらさせていると、どうやら全会一致で宝探しの決行が決まったようだった。霊夢はそのままお宝目当て。魔理沙はマジックアイテム探し。早苗は物見遊山と神様探し。
別に異変でも無いし、霊夢達が割り込んでも割り込まなくても命蓮寺組が勝手に手筈を整えて白蓮を復活させるだろう。
てか白蓮、封印されっぱなしだったな。徊子にでも頼んでさっさと法界への道をこじ開けて貰えば良かった……いやいや徊子は閉じられないものは開けない主義。頼んでも無駄だろう。どうせ今日もどこかで棒立ちしてるんだろうけど今はどこに居るか知らないし。
うむうむと頷いていると三人は聖輦船を追って飛び立って行った。まあ好きすれば良いと思うよ。今の内に命蓮寺への挨拶に持ってく菓子折りでも用意しとこうかね。幻想郷に神社はあるけど寺は無い。仲良くしたいものだ。
人里の分社に転移し、和菓子屋でちょっと高めの菓子折りを買って戻って来た。しばらく縁側でうららかな春の日差しを浴びて茶をどんどん消費していたのだが、いつの間にか菓子折りの包みを開いて中身が半分ほど無くなっていた。なん……だと……
犯人は誰だ。私か。
んあ~あやんなっちゃた、んあ~あ驚いた、と口ずさみながらも開けてしまったものは仕方無い、完食してもう一度買いに行った。和菓子屋の店主には変な顔をされてしまった。
菓子折りを縁側に置き、ふと溶けない様に保冷魔法でもかけておこうと思い立ち八頭身諏訪子像の所に戻ると、灰色の丸耳をぴくぴくさせたネズミ妖怪が諏訪子像をダウンジング棒でつついていた。ネズミが入った籠を引っ掛けた尻尾がユラユラ揺れている。
出たな著作権ギリギリ。
「こらつつくな!」
「うわあ!」
後ろから怒るとナズーリンは飛び上がった。尻尾をピンと立てて飛び下がり、私を見てほっと息を吐く。
「なんだ、ただの神か。脅かさないで欲しいな」
「折角人が暇つぶしで作り上げた芸術作品をつついたりするから……ナズーリンだったかな?」
「ああ、その通り。そういう貴方は博麗白雪か」
「そそ。ナズーリンはダウザーだったよね。今日の探し物は何? 見つけにくいもの? カバンの中は探した? 机の中は?」
「探したけれど見つからないな」
……探したのか。冗談のつもりだったのに。
「探し物が宝塔なら……えーとどこだったかな……確か古道具屋にあったと思うけど」
「……どうして貴方がそれを知っているんだ?」
「神のお告げ」
「自分の職業を思い出してみると良い」
「ごめんやっぱ風の噂」
ナズーリンはうさん臭そうな顔をしたが追求はしてこなかった。幼女をこじらせて頭をやられたのか、と呟いていたが聞こえなかったフリをする。変な事言うな。一万年以上幼女やってるけどこじらせた事は多分一度も無いぞ。コンスタントに幼女だ。
「しかし……まあそうだな、幻想郷随一の神のお告げには違いない。古道具屋を中心に探してみるとするよ」
「良いからさっさと夢の国に帰れ」
私はシッシッとネズミを追い払い、つつかれて崩れた諏訪子像の修復を始めた。
白雪、宝船に興味無し