パルスィを下ししばし飛んで行くと、淋しげな岩の道が途切れ賑やかな町並みが見えてきた。
木造平屋の建物群が広い通りに面して立ち並び、骸骨やらゾンビやらが生き生きと往来を闊歩している。軒先に出された屋台からは香ばしい焼肉の匂いが漂っていた。何の肉かは知らないが。
そんな昔と変わらない活気と喧騒に包まれた旧都だったが、今は上空に派手な弾幕花火が上がっていた。
見覚えのある懐かしい藍色の髪の鬼がこれまた見覚えのある銀髪メイドにこれでもかと弾幕をばらまいている。数百年振りに見る宿儺は相変わらずのナイスバディだった。妬ましい。
『咲夜と……あれは鬼かしら』
「宿儺百合姫。鬼神」
霊夢は私の言葉を聞くと面倒臭そうにため息を吐いた。最上級の大妖怪だ。勝負になれば一筋縄にはいくまい。
「鬼の宿儺、ね……」
「どうかした?」
「聞き覚えあるような無いような」
諏訪子は名前を聞いて首を傾げていた。
あー、あれかな。私も忘れていたが宿儺は昔ミシャグジの従属要求を突っ撥ねている。その関係で名前を聞いた事があるのかも知れない。しかしわざわざそれを言っていざこざを起こす事も無いので黙っておく。
距離を取って様子見をしていたが咲夜は終止劣勢だった。
ザ・ワールドで背後をとって不意打ちをかけたり大量のナイフで半包囲したりしていたが、基本スペックが違い過ぎて後出しで全て避けられている。逆に咲夜は基本に忠実ながらも思い出した様に不規則な動きを挟む宿儺の弾幕に苦戦していた。
煌めく銀のナイフ。光る弾幕。屋根に登ってやんやの喝采を送る旧都の住民達。弾幕決闘は地底でも人気を博していた。
その決闘も長くは続かない。段々飽きてきたらしく面倒臭そうな顔をした宿儺が何かのスペル宣言をした。くわん、とその姿が揺らぎ、四体に分身する。分身した宿儺は四方から咲夜に弾幕を一斉に放ち、いきなり四倍の攻撃に曝され驚く咲夜を数秒で沈めた。
強いですねぇ、と呑気に諏訪子と話している早苗と反対に霊夢は眉根を寄せて難しい顔をしていた。
『幻術、じゃないわよね?』
「うん。全部本物」
咲夜は乱れたメイド服を整えながら側を飛ぶ小さな蝙蝠に面目無さそうに頭を下げていたが、宿儺に追い払われ渋々こちらに引き返して来た。途中霊夢達と目が合った、が、特に何も言わず目線を逸す。そしてそのまま黙って去って行った。紅魔チーム、咲夜脱落。残念相手が悪かった。
『全部本物? なにそれ』
「ほんとなにそれだよね。あ、分身数の上限は二十体らしいよ」
『なにそれ』
ただでさえ恐るべき強さを誇る鬼の親玉が身体能力から妖力に至るまで完全なコピーで増殖するのだ。あまり応用が効く能力ではないものの、チート具合で言えば紫とどっこいだと思う。
宿儺の分身は全員本物だが、一応司令塔の様な役割を果たす者もいる。宿儺はその身体を基点にして分身するため、分身した身体から更に分身はできない。基点は一体のみだ。
ならその基点となる母体を潰せば分身を封じられるじゃないか、と言いたい所だがそうは問屋が卸さない。
母体は分身の起点となる以外は分身体と全く同じで見分けがつかない。加え母体を倒しても別の分身体に起点が移るだけ。
一体や二体倒しても倒したそばから増殖し、なおかつその一体一体の強さがラスボス級。ムリゲーだ。
宿儺を弾幕抜きで打倒したければ分身全員を巻き込む広範囲・超高威力の攻撃で一撃必殺するしかない。フランの必殺十六連爆破でも十七体以上に分身されていれば仕留められないのだ。
そのあたりを懇切丁寧に説明すると霊夢は顎に手を当てて考え込み始めた。情報を整理して対策を立てているのだろう。
「諏訪子、迂回か直進さあどっち?」
「直進。あの鬼超こっち見てる。今更迂回しても追って来るだろうね。白雪と霊夢がもたもた喋ってるから気付かれたんだよ」
モニターには手招きする宿儺がしっかり映っていた。また私のせいか。私のせいだけど。
「そこで私の華麗なる交渉術の出番ですよ。無血開城してみせようじゃないか」
「華麗なる(笑)」
『交渉術(笑)』
てめ霊夢! 息合わせてんじゃねーよ! 早苗ー! 早苗は私の味方だよね!
『え? すみません、聞いてませんでした』
……その申し訳無さそうな顔だけで救われるよ。
おかしいなあ、私って幻想郷一の信仰を誇る神だよなあ、と威厳の無さの理由を考えていると痺れを切らした宿儺が手招きを止めて近付いて来た。
『ぬしらはかかって来んのか? 嫌だと言おうが付きおうてもらうが』
「嫌だ」
私が言うと宿儺の耳がぴくんと動いた。霊夢の体をじろじろと見る。
『その愛らしい声は白雪か? 随分と様変わりをして……まるで人間の巫女の様な姿ではないか。だがそんな白雪も好ましい』
『知るか。あんたが話してる相手は私じゃないわ』
『む? 白雪は何処に行った?』
『あいつは地上にいるよ。何? 白雪と知り合いなの?』
『地上? ああ、その珠から聞こえてきているのか』
宿儺は一つ頷き、耳朶をくすぐる艶っぽい声で陰陽玉へ囁いた。
『白雪、ぬしが居らんと寂しゅうてかなわん。萃香に遊びに来いと伝える様言付けたはずだが……つれないのう』
甘い囁きに背筋がゾクゾクした。宿儺は無駄にエロくて困る。
早苗がちょっと顔を赤らめて遠慮がちに言う。
『えーと……百合な方ですか?』
「いや、名前は百合姫だけどそっちの気は全く無い。エロい仕草は全部無意識」
服の上からでも同性すら魅了しかねない身体つきをしていると言うのに、脱げば更に凄い。スタイルにルックスに、私の長い人生の中で見て来た人妖全ての中で間違なくトップを張るとんでもない奴だ。
宿儺を見てからアイドル雑誌を読むと石ころ眺めてる気分になる。大袈裟では無く本当に。
天狗が発行している妖怪用の春画本では地底に引っ込んでからウン百年経っているにもかかわらず未だ時折宿儺特集が組まれている。
も うね、お前鬼じゃなくて美を司る妖怪かなんかだろと突っ込みたくなるわ。
『ふむ、そちらも白雪の使いか? いかにも私は百合姫よ。白雪ならば百合姉と呼んでも構わぬが』
「ちょ、違う違う! 名前の話じゃなくて! そこで胸張ったら駄目!」
『では何の話だ?』
『女の子同士でイチャコラする方々の話です』
『ふむ。私と白雪は昔よく絡み合った仲、ならば百合というものであろ』
『白雪様……』
「やめてそんな目で見ないで! 違うから! 絡み合うって絡み酒の話だから!」
『大丈夫ですよ。趣味は人それぞれです』
「優しく微笑むな! 諏訪子も何か言ってやって!」
「お幸せに」
「おおい!」
ニヤニヤしている諏訪子と阿呆らしそうに欠伸をしている霊夢はともかく早苗は素で勘違いをしている。ああああ、常識に捕らわれないモードに入った早苗を軌道修正させるには骨が折れる。明日の朝刊に「博麗の祭神、同性愛疑惑!」と大見だしで載っている光景を想像してゾッとした。
頭を抱える私は宿儺側からは見えない。こちらの意を汲んだ会話が成り立たず早苗の曲解はどんどん進んだ。
『話の筋が分からんようなって来たの。まあよい、結局ぬし等は何をしに来た?』
誤解を引き摺ったまま宿儺は話を戻しやがった。正面で組んだ腕に押し上げられ、胸の双丘がなんとも悩ましげに着物を圧迫している。私と早苗と諏訪子は同時に舌打ちした。クソが。
『異変の解決に来たのよ。地上に温泉と一緒に怨霊が出てきたから下手人を成敗しにね。白雪の見立てだと地獄烏のせいらしいけど』
一人冷静に会話の推移を見守っていた霊夢が代表して答えた。それを聞いて宿儺は首を傾げる。
『怨霊は地霊殿の主が配下を使ってとどめているのではなかったか』
「の、はずなんだけど。まーそのへんの調査も兼ねてさ、放って置くと不味い事になりそうだし私じゃ内密に動けないから巫女に任せてんの」
『ほう? それは白雪の巫女という意味で良いのだろ?』
「そう」
『ふふふ、久し振りの強敵の予感よ。さあ巫女共、どこからでもかかって来るが良い!』
あれれー、宿儺が拳を構えて臨戦体勢に入ったぞ。
「あの、宿儺? スペルカードは?」
『白雪の巫女ならば弾幕決闘でなくとも死にはせぬだろ。そんなもの要らぬわ』
要るっつーの。霊夢が無敗を誇っているのはスペルカードルールがあるからだ。いくら霊夢が優秀だと言ってもそれは人間の範疇にギリギリ収まる程度の優秀さであり、鬼神の拳を喰らえば確実に一撃で頭吹っ飛ぶ。
『私は別にいいわよ。誰かが無血開城とか言ってた気がするけどそれは置いといて、誰が相手でも負けるつもりは無いわ』
『その意気や良し。流石は白雪の巫女よ』
「馬鹿霊夢! 死ぬよ? 一発でも攻撃喰らえば死ぬよ? 止めときなって!」
『当たらなければいいのよ。早苗、あんたにはまだ荷が重いわ。下がってなさい
』
あああぁああ! 落ち着き払って言うな! いくら霊夢でも限度があるわ! 殴り合いで鬼神に挑むとか正気の沙汰じゃない!
『いざ尋常に――――』
わー! 時間が無い! もう仕方無い、ここは必殺!
「姫お姉ちゃん、お願いやめて!」
『勝――――良かろう! 巫女共、地霊殿へ案内しよう、着いて来い!』
宿儺は途端に態度を一転させた。意気揚々と鼻歌を歌いながら先導して飛んで行く。早苗と霊夢は突然の変わり者に唖然としていた。
はぁ、現金だなぁ……私はかなり恥ずいぞ。ああ諏訪子の驚愕の目線が突き刺さる。
『え、あんた達姉妹なの?』
「いや、血縁関係は何も無い」
『……妹プレイ?』
「……うん、まあ……そう、なのかー?私も良く分からん」
宿儺が何を思って私を妹扱いしたがるのかいまいち分からない。
宿儺は強い奴が好きだから、自分より強い私は大好き。男だったら恋人になる所だが同性なので家族扱いをしている……んだと思うけど自信無い。違う気もする。
私は妹プレイと聞いて引いている早苗にどう説明したもんかと悩みつつ霊夢に宿儺の後に着いて行く様指示を出した。