ひんやりとした空気が漂う無縁塚には名前の無い墓石がぽつぽつと立っている。人の気は無く、死と妖の気ばかりが広がるうら寂しい墓地だった。
苔むして手入れされた事があるかどうかも分からない墓石の影からはこちらの様子を伺うべったりした無数の視線を感じた。迷い込んだ人間を食べようと狙う妖怪達だ。
この辺りは地理的に結界が弱くなっている箇所であり、外の世界の自殺志願者がよく迷い込む。また外の世界の物が落ちて来る事も多い。
無縁塚は冥界や三途の川とも繋る事があり、非常に`死´に近い立地であるため、出現する妖怪の陰険さと数の多さもあいまって文句無しの危険度極高に認定されている。
もっとも危険度極高とは人間の視点での話であり、私が神力を少し開放すると妖怪の気配はあっと言う間に遠ざかって消えた。ふははは、幻想郷で私が行けない場所など無いのだよ。
墓石の間の割れた石畳の道をしばらく歩いていくと紫の桜が見えた。普段は葉も付けず物哀しく裸の枝を晒している桜には紫の花が咲いている。その根元では小町が正座して映姫から説教を受けていた。やってるやってる。
悔悟の棒を片手に延々と忙しく口を動かす映姫にバレ無いよう、姿と気配を消してそろそろと桜に近付く。花びらを採って……蕾も数個……樹皮もちょろっと削っておこう。
こっそり採取を終えて立ち去ろうとすると、丁度小町への説教を終えた映姫とばっちり目が合った。
「さて、次は貴女の番ですよ。博麗白雪」
「うぇ!?」
驚いて足を止めてしまう。なぜバレた!今回はヘマしてないのに。
「そんなに驚く事も無いでしょう。閻魔の目は何者にも誤魔化せません」
映姫は堂々と薄い胸を張った。小町はターゲットが変わったのを見るやさっさと逃げて行く。
「んな馬鹿な」
「裁きを下す者が偽りの情報に惑わされては困るでしょう。閻魔の能力は全員同一にして絶対。その力を使えば……そう、例えばこんな事も」
映姫が悔悟の棒を私に突き付けた。途端に体から力が抜け出る感触がして神力が吹き出る。
おお? なんぞこれ、痛くは無いけど。とりあえず何か知らないけど神力を引っ込めて……ん? あれ……神力が抑えられない。つーか妖力も魔力も使えなくなってる!
「映姫、私に何をした!?」
「何を言っているんですか? 貴女は神でしょう。神である以上使用出来る力は神力のみであるべき」
「……はぁ?」
「つまり今の貴女は単なる八百万の神の一柱です」
映姫は当然だという顔であっさりと言い腐った。
私は自分の力を探り、映姫の言葉が真実であると悟り愕然とした。まじかよ……いや一瞬にして私の力をガリッと削った映姫の能力にも度肝抜かれたんだけど、神力だけでもその辺の大妖怪三、四体分はあった事に驚いた。分社は思ったより信仰を高めてくれていたらしい。
でも映姫の能力で使える力が減ったのは事実。この状態が続けば博麗大結界の維持に支障が出る。
不安が顔に出たのだろう、私の内心を正確に読み取った映姫は少し表情を和らげた。
「正規の手続きを踏んだ裁きではありませんから、心配せずとも他の力は三日ほどで戻ります」
「今戻せない?」
「戻せますが戻しません。戻したらまた逃げる気でしょう?神社まで追って行くのは手間ですから」
さらっと図星を突かれて言葉に詰まった。
小町がしっかり働いていれば映姫も俗世に顔を出す暇が無い程度には忙しくなるはずで、ここで上手く逃げれば仕事に忙殺されて私の事は忘れてくれるかな、と儚い望みを抱いていたのだがお見通しらしい。
映姫は悔悟の棒で口許を隠しながらなにやら思案していた。
「ふむ。先程巫女とメイドが来ていた様ですが、まさか貴女は今回のこれが異変だと思って解決に乗り出した訳では無いでしょう?」
「私はただのお使いだよ。日、月、星の三精。春、夏、秋、冬の四季。木、水、火、土、金の五行。三精、四季、五行をかけて六十。自然の物を全て表す組み合せの数になる。だから自然は六十年で一度生まれ変わり、幻想郷は蘇生する。それは雨が降り風が吹くのと同じ自然の流れの一部であり、今回のこれは異変では無い」
「分かっているじゃないですか」
「私は人間の言う干支理論の六十年もあながち間違って無いと思うんだけどね。今 映姫が言った理屈は日本風の――日本の地獄風の捉え方。ヨーロッパの閻魔職に聞いたら別の答えになりそうだし、要は解釈の問題なのさ。六十って数字に意味があるのは確かで、それに皆が好き勝手にもっともらしい理屈をつけてるだけ。理屈に矛盾が無い限り信じる者にとってはそれが真実になる。映姫の理屈で言えば……まあこんな話どうでもいいか。口論しに来た訳じゃないし」
途中で講釈を垂れるのが面倒になって切り上げた。
そのまま流れる様に帰ろうとしたが肩をがっしり掴まれる。
「逃がしませんよ。良い機会ですから貴女も話を聞いていきなさい」
くそ、誤魔化せ無かったか。
私は渋々その場に正座した。三途の川の河を一往復して次の霊を連れに来た小町が私を見て気の毒そうな顔をする。でも助けてくれない。シット。
映姫は私が傾聴の姿勢を取っている事を確認して滔々と話し始めた。
「貴女はこの地の神として力を得ながらも神社を巫女に任せ自分は目的も無くふらふらと(中略)更には目についた力ある妖を片端から送り込み、」
長ぇよ。
「直接的な殺害はしないまでも見殺し放置無視して間接的に殺害した数は優に五千を越え(中略)自らの主観と好みで大きく対応を変え、力を以て力を制するその姿勢は、」
まだか。
「行き当たりばったりでいい加減な(中略)決死の覚悟で挑む者にふざけた言動を(中略)そう、貴方は少し強すぎる」
映姫はそこまで喋ってようやく言葉を途切れさせた。とっくに私の脳みそは停止状態になっている。わぁ……始まったのは昼過ぎなのにもう日が落ちかかってる……
「弱いよりは良いでしょ」
「そういう問題ではありません。強い力はそこに在るだけで周囲に強い影響を及ぼす。貴女はそれを自覚して慎重に行動しなければならない。今の内に(後略)」
しまった、言い返したばっかりに説教が伸びた。そろそろ足が痺れて来たんだけど……
クドクドと説教が続く。分身を作って逃げようとも思ったが映姫は一瞬で見破るだろう。もうお家に返して。
涙目でひたすら耐えていると映姫はおもむろに懐から手鏡を取り出した。
……浄玻璃の鏡?
私に向けられた鏡には疲れた顔をした少女が一瞬映り、すぐにどこかの山中の光景に切り替わった。
「自覚が無い様ですね。自らの過去の行いを見て思い出すと良いでしょう……『見ろ! 妖怪がゴミの様だ!』……『汚物は消毒だー!』……『来い。お前の全てを否定してやる』……これは酷い」
「なんで最悪のばっかり引っ張って来るの!?」
おお嘆かわしい、と悲しそうな顔をする映姫に抗議した。次々と切り替わる浄玻璃の鏡の景色はどれも見覚えのあるものばかりで、調子に乗って吐いた恥ずかしい台詞がわんさと出て来た。
もう穴があったら飛び込んで埋めて踏み固めて上に彼岸花でも植えてもらいたい気分だ。
しかし映姫は成歩堂君ばりに容赦無く罪の証拠を突き付けて来る。
「一万二千年の罪は重いですよ?それなりに善行も積んでいるようですが到底足りない。死後の世界を見据え――――」
「映姫様」
生き生きしている映姫の背中をここ数時間で三途の川を何往復もしていた小町が大鎌の柄でつついた。映姫が説教を中断され不機嫌そうに振り返る。
「小町、鎌で人をつつくのは止めなさい」
「すみません。それはそうとそろそろお仕事に戻った方が良いですよ。もう向こうに大分運びました」
「あら、そうですか。話し込み過ぎましたね。では常日頃から自分の行いを悔い改め善行を積む様に」
映姫はそう締めくくって去って行った。私はほっと息を吐いて姿勢を崩す。足の痺れを我慢して小町に抱き付いた。
「小町ありがとー!」
仕事優先の映姫だから霊が裁きを待っているとなれば説教を止めざるをえない。せっせと働いてくれた小町のお陰で早めに開放されたのだ。
小町はちょっと頭を掻いて苦笑した。
「何、困った時はお互い様さ。私が困った時は助けておくれよ」
「十倍返しにしてあげる!」
「いやいや普通に返してくれれば充分」
小町はのほほんと言った。くっはー、ほんと良い死神!
「じゃ、私はそろそろ行くから。今日は助かったよ。私が死ぬかどーにかしたらまた会おう!」
「ああ。あんたを舟に乗せる日は想像できないけどねぇ」
小町と手を振って分かれ、私はマレフィの小屋へ戻った。
戻ると小屋の外に居たマレフィに遅いと怒られたが、小屋の内ではなく外に居たという事は帰りが遅いので心配して出て来たという事だ。無愛想な顔の下に隠した気遣いが光る、そんな所が可愛い魔女である。
夕日が山の向こうに落ちきる前に神社に帰ると幽香と萃香が神社の境内に出来た無数のクレーターを埋めていた。
湯飲みを片手に監督をしていた霊夢に聞くと、二人が殴り合って疲労困憊していた所に不意打ちをかけて漁夫の利をさらったらしい。現在強制奉仕中。
私は穴だらけの境内と瓦が数枚割れているだけの神社を見比べ、昔神社の耐久力を上げておいて良かったと心底安堵した。
実はチートな映姫様。その能力故に相手が曖昧な存在であるほど絶大な力を振るう。
紫だって小指でちょいと一捻り。境界?スキマ?そんなモノの使用は許可しない。
幽々子も小指の先でちょいと一捻り。死を操る?死に誘う?亡霊は生者に干渉する事を許さない。
レミリアも小指の先でちょいと一捻り。運命?定め?妖怪如きが天の采配した運命を変えようなどとは笑わせる。
しかしフランは別に曖昧な存在でも何でも無いから映姫でもてこずる。
「ありとあらゆるものを」破壊するってなんだよ……もうお前破壊神シドーを名乗れよ……と作者は常々思っている。
あと題名に特に意味は無い