「あんたってどのぐらい強いの?」
「……いきなり何?」
フランが居なくなって少し寂しくなった食卓でアジの開きをつついていると、湯飲みを手のひらに包みぼんやりと私を見ていた霊夢が唐突に言った。一口茶を啜り、ほふうと息を吐いて続ける。
「今まで負けた事無いのは知ってるわ。でも白雪はいつも手加減してるでしょ」
手加減……弾幕勝負で手加減はしないからガチ戦闘の話だな。
「本気出したら皆死ぬじゃん」
「だから本気出したら具体的にどれぐらいの強さなのか聞いてんの」
「えぇー……」
そんな事聞かれても困る。私はアジの開きの小骨を丁寧に外して身をとった。ご飯と一汁一菜をバランス良く口に運びながら考える。
百年生きた妖怪の妖力の平均値を1として120。その基準で魔力を妖力に変換すると……100ぐらいか。神力は最近分社建てて更に上がったし40は堅い。本気って事は結界と陰陽玉供給で差っ引かれる分を考慮しないんだよねえ。すると合計260だ。
霊夢は人間の癖して12か13ぐらいあるから――――
「単純計算で霊夢の全力全開砲撃を二十回は相殺できるね」
実際は力の運用効率が違うから二十五から七程度はいけるだろう。能力の恩恵、力変換効率100%は地味に効く。
「そう。見てみたいわね」
「え?」
「白雪の全力を」
「なんなの馬鹿なの死ぬの?」
「自殺願望は無いわよ。あーあ、誰か全力の白雪と闘ってくれないかしら」
ずずっとお茶を飲み干して言う。そんな無茶な。
霊 夢は空の湯飲みにお茶を注ごうとした。が、急須の中が空になっている事を知ると気の抜けた顔になってくてっと後ろに倒れる。
「こら、食べてからすぐ寝ると牛になるよ」
「なる訳ないでしょ」
「食べてからすぐ寝たら牛にするよ」
「…………」
霊夢は嫌々起きた。魔法を使えば多分牛に変身させるぐらいできる。やんないけどさ。
「はぁ……私が二十人居れば勝てるかしら」
「相性的に無理だと思うよ。霊夢だと攻撃力が低過ぎて当たってもダメージ通らないし」
「んじゃ誰ならいけるのよ」
「筆頭はフランだね。次点で鬼の四天王とか宿儺……鬼神とか幽香とか。紫とかハクタクの干渉はほとんど効かない」
「その連中に一斉に来られたら?」
「作戦次第だと思うけど……」
最上位の大妖怪達に包囲されたら流石に勝てるか怪しい。私は確かに最強だが無敵では無い。
つーか霊夢、やけにこの話題引っ張るね。まさか私の全力を見たいって本気?
「ああつまんないつまんない」
霊夢は覇気の無い声でもそもそ言うと卓に顎を乗せ箸で椀を叩く。十六歳とは思えない子供っぽい仕草だった。
こいつ……さては暇なだけだな?
「霊夢、そんなに暇?」
「お茶が無かったら暇過ぎて死んでるわ」
「ああそう」
カテキン中毒め。いくら最近妖怪退治も弾幕ごっこもしていないからと言って暇つぶしに祭神を使おうとするな。
居間には弛緩した雰囲気が漂っていた。ぐてっとしたまま動こうとしない霊夢の代わりに私が食器を下げ、ヤカンでお湯を沸かしお茶っ葉を換えて霊夢の湯飲みにお代わりを注いでやった。幻想郷産の一番茶である。それなりにお高い。
霊夢の手がゆるゆると動き湯飲みを掴んだ所で私は神社に向かって急速に近付いて来る気配を感じた。
あんにゃろう、まーた引っ掻き回しに来やがった。
数秒後、縁側に続く障子が勢い良く開く。
「ネタを求めて三千里!こんにちは清く正しい射命ま」
「帰れ」
私は余計な首を突っ込み来た烏天狗にヤカンの熱湯をぶっかけて出迎えた。
幻想郷には電子機器が原則存在しないが、例外はある。
永遠亭には永琳が輝夜の暇つぶし用に集めたドルアーガの塔とかインベーダーゲームの筐体が置いてあるし、医療機器もある程度ある。白玉楼のキッチンも該当するだろう。河童などはお手製発電機を日夜稼動させている。
そういう連中は決まってゲームに興味を示す。だがアクションゲームには見向きもしない。
チートが普通の幻想郷の住人達に言わせれば反応鈍いわ隙だらけだわ技数が少ないわロクなもんじゃないのである。シューティングも似たようなものだがこちらは弾幕ごっこに通じるものがありそれなりに人気があった。
皆造詣が深いとは言い難いもののそれなりにゲームに親しんでおり、紫の体感RPGを喩えにした説明で大体納得していた。
文と暇を持て余した霊夢が意気投合した結果……あの、なんかあれ、皆で仮想空間に入って闘う事になっていた。どうしてこうなった……っても要はちょっとした退屈凌ぎのお祭りなんだけども。
霊夢が通信符で、文が自慢の速さで幻想郷を駆け巡って参加者を募ったこのイベントは総勢十六名を神社の居間に集めていた。
メンバーは霊夢、文、幽々子、妖夢、紫、藍、レミリア、フランドール、ルーミア、美鈴、萃香、鈴仙、魔理沙、チルノ、大妖精と私。
紫が夢と現・現実と虚構の境界を操り睡眠状態の者を仮想空間に移動させ、そこで私vsその他全員というアレな感じの殺し合いが行われる。ただし私には諸々減少分の力を取り戻した状態に修正するパッチがあてられる。
ルールは簡単。死んだら現実に帰還。私が死ぬか私以外の全員が死ぬかで勝負は決まる。
無論仮想空間だから死んでも現実の体には傷一つつかない。フランなどはこれで遠慮無く死ねるねっ! と笑顔で言い切っていたがそれでいいのか吸血鬼。
ちなみに文は取材要員として参加する。紫は能力行使の都合上現実待機だ。
現在私は霊夢が張った遮音結界の中に入り、寄り集まってヒソヒソ作戦会議をしている皆を眺めている。
永琳が作戦立てたら負ける気がするけど永琳居ないし勝て……るかなぁ。微妙。まあ何故か私と敵対しようとしない永琳はとにかく、
「輝夜は? この手の行事は見逃さないと思うんだけど」
「永遠亭で妖怪兎に食中毒が起きて忙しいみたいよ」
「……永遠亭で食中毒?」
あの台所そんなに不衛生だったか? いくらてゐでも手下に痛んだ食べ物を食べさせるとは思えない。
「筋肉の発達に異常を起こす病だとかなんとか。立ち入り禁止になってたわ」
「…………」
永琳、兎の食べ物に薬物混ぜるのやめて。可愛い兎達が筋肉の塊になってるのなんて見たく無い。
「あれ? じゃあなんで鈴仙はいるの?」
「偶数人里に薬を売りに行ってて無事だったみたい」
そこを霊夢に戦力としてさらわれた訳か。運が良いのか悪いのか分からない。
「幽香は?」
「あいつが来たらバトルロワイアルになるじゃない」
……あー、確かに誰彼構わず殴り飛ばしそうだ。
他にも誘ったが乗り気じゃなかったり用事があったりした奴がいるらしいがそれでもこれだけ集まるって幻想郷の住人は皆暇なんだねぇ。景品も何も無いのにさ。
ちなみに咲夜は美鈴の代わりに門番をやっているとか。
私にはザ・ワールドが通用しないから、能力のアドバンテージを失った咲夜は戦力を激減させる。ならば確かに美鈴の方が役に立つだろう。
そうしてしばらく霊夢と話していると額を寄せ合ってもにょもにょ口を動かしていたチルノが振り返って手で合図した。霊夢が結界を解く。
やれやれ、やっとか。
レミリアがあんたの運命もここまでね! と言って脇腹をつついて来たが、果たして本当に勝てるだろうか、という自信なさげな目をしていた。いや私は最強だけど不死でも無敵でもないから。
恐れられてるなーと感じつつ皆と一緒に居間で雑魚寝。十六人も居ると狭苦しかったが霊夢と萃香が立って寝たのでギリギリ入った。
紫に睡眠と覚醒の境界を操られ皆一斉に眠りに落ち……落ち? あれ、皆寝てるのに私は眠くならない。
「白雪、抵抗力」
「うん? ……ああごめん」
こいつはうっかりだ。
私は自分の力を下げ、深い眠りに落ちた。
――――――――――――――――――――
八雲紫は畳の上で静かに眠る面々をじっと見つめていた。扇子でちょいと霊夢の頬をつつき、反応が無いのを見てとると苦笑する。
「信用し過ぎじゃないかしら……」
日頃から笑顔が怪しいだのひっつくなだのつれない事を言う巫女もこうなれば無防備なものだった。この状態ならばあんな事やこんな事をしても起きないだろう。にもかかわらず――安らかな寝顔とは言えないが――何も外敵への対策をせず横たわっているのは口には出さない信頼なのか信用なのか。
自分を信用しているか、と問えばこの巫女は率直な答えを口に乗せるのだろうがそれはしない。否定が怖いのではない。言った所で何も変わりはないから言わないだけ。
歴代で最も捻くれていると祭神に言わしめる巫女は誰かの言葉で他人の評価を変える事は無い。
数百の妖怪、人間、神を煙にまいて化してきた紫にはどれほど揺さぶりをかけようと軸をずらさない霊夢が好ましく思えた。
紫は霊夢の隣で眠る白雪に目を移す。
こちらは巫女と違い簡単に欺ける。時折鋭い事を言うが普段は……何と言うか間が抜けている。全ての可能性を洗い出す、という作業が苦手な様で、作戦を立てるのが下手。その癖魔法妖術陰陽術等の論文にはなるほどと思わせる物があり興味の問題かとも感じられる。
そんな彼女を手八丁口八丁で丸め込み手駒にしてしまおうという気が起きないのは、失敗した時のしっぺ返しが複数の意味で痛過ぎるから。自分を信用できる友人と言い切った存在だから。
……胸中に占めるのは双方半々と言った所か。
博麗白雪。
最も昔から付き合っている古い友人。強く、強く、ひたすら強く、馬鹿では無いが詰めが甘い。恐れるもの等何も無いと突き進み、人も妖も平等に愛する。最も最近は寿命が短い人間と親交を深めるのをためらっているようだが……
紫は優しく白雪の純白の髪を手で梳いた。彼女には味方も多いが敵も多い。普段は絶望的な実力差から襲って来ないが今の状態はあまりにも無防備。力を下げているとは言え中妖怪までならば傷一つ付けられないだろうが、大妖怪を含めれば害し得る存在が幾つか思い当たる。
それを指摘すれば「紫が守ってくれるから」と混じり気の無い笑顔で言い切るのだろう。何千年経っても代わり映えしない小さな姿が容易に想像出来た。
「…………」
その彼女が――――初対面で自分を悪戯猫扱いしてみせた彼女が、今目の前で白い喉を晒している。
髪を梳いていた紫の手が白雪から離れ、虚空を撫でた。スキマが開きそこに手を入れる。スキマ越しに繋った先に張られた防御を解除し、目当ての物を掴んんだ。
取り出したのは一振りの刀。博麗の分社に安置されていたものだ。特殊な能力以外で博麗白雪を殺し得る――紫の知る限り――唯一の武器でもあった。
紫は能面のような無表情で刀を鞘から抜き放つ。
そして刀を振り降ろし、首筋でぴたりと止めた。
静寂な空気が張り詰める。先程まで障子を小さく揺らしていた風も止んでいた。
……起きる気配は無い。微かな寝息は規則的で乱れておらず、狸寝入りで無い事が分かった。
ほんの少し、刀を下げる。
刃が白い肌を押し、一筋の傷を作った。滲み出た紅い液体が珠を作る。
――――このまま押せば殺せる。簡単に。邪魔をしそうな者はすぐには来れない程度に離れた場所に居るかここで眠っているかだ。
紫は眉根に皺を寄せた。
禁じられた事はそれが危険であるほど魅力を増す。紫にとって白雪の力は幻想郷のバランスを保つ為に欠かせない唯一無二のものであり、同時に壊してみたくて仕方の無いもの。
破壊衝動とはどこぞの吸血鬼妹ではあるまいに、と思うが、それは昔から振り払っても決して消える事の無い衝動だった。
幽々子には感じた事の無い奇妙な感情は理性の天秤をぐらりぐらりと揺らす。内心を表すかの様に刀身も微かに揺れていた。
「…………」
紫はふっと息を吐き、刀を持ち上げた。もう一度スキマを開いて鞘に納めた刀を放り込み、破れた分社の防御術を掛け直す。白雪の傷が見る間に治っていくのを眺めながら呟いた。
「馬鹿馬鹿しい……」
今殺せば明らかに犯人は一人に特定される。そうなれば彼女と親しい大妖怪級の者が幾人も仇討ちに血眼になるだろう。閻魔よりも直接的な抑止力を持つ彼女を害せば幻想郷のバランスは大幅に崩れる。
紫は理性と感情の境界を操り衝動を消した。一時的な感情に身を任せ破滅する程八雲紫は愚かでは無い。
衝動が消えてしまえば目の前にいるのは得難い友人。彼女の存在の危機となれば片腕程度は差し出してもいいとさえ思っている。
にもかかわらず時折先刻の様な感情の波に襲われるのは――考え難い事だが――自分を圧倒的に上回る力を持つ者への嫉妬なのかも知れなかった。
「紫さんは優しいですね」
気を抜いた所に突然背後から声をかけられ、驚いて僅かに肩を揺らしてしまった。
「……あら、いたの」
「いませんでした。今来ました」
徊 子は自分の頭の上に開いたスキマを指差す。むむむ、と彼女が唸りながら手を翳すと開いたスキマがゆっくりと閉じていった。また腕を上げた様だ。
どこから見られていたのだろうか? ぽわっとした微笑を浮かべ鈴仙の腹を踏んで立っている徊子の顔からは何も読み取れない。
言葉から推測するに刀を引いた所は見られていたに違いない。不覚だ。この仙人をこの状況から丸め込むには骨が折れる。さてどう誤魔化そうかと並列思考であらゆるパターンを高速で検証していると先に徊子が口を開いた。
「殺しても彼女は許してくれると思いますよ。命が惜しむ性格をしていればフランドール・スカーレットの教育は請けなかったはずです。だからと言って自分の命を低く見る節が見られる訳ではありませんが、高くも見ていません。誰かに殺されても恨みを残さない事は確かです。根が優しい人ですから」
「……それで?」
「優しい人は好きですよ」
紫は最初の発言と今の発言から徊子が誰かにこの事を漏らす事は無いだろうと判断した。徊子は口が固い。無理な口止めをする必要は無い。
紫は問題は解決したと判断し、今更「おじゃまします」と眠る白雪に声をかける徊子を見ながら夢と現の境界維持に集中した。
全く、白雪と付き合っていると退屈しない。
――――――――――――――――――――
目を開けると現実と変わらず居間で仰向けになっていた。身を起こして部屋の中を見回したが私以外の姿は無い。障子が開いているのを見るに皆外に居るっぽかった。
「んー……」
全身に力が溢れている。仮初とは言えここまで全力の感覚を再現できるってすげぇ、と感心しながら私は縁側から外に出た。
頭上には太陽が輝き、風も吹いている。仮想空間とは言え全て現実と変わらないらしい。
正直今なら相手がフリーザでも負ける気しない。冷静に考えれば星ぶっ壊して宇宙空間で生き延びる奴に勝てる訳無いんだけど気分的にね。
皆は境内に集まっていた。私が力を全く抑えずノコノコ出て行くと顔を一斉に引きつらせる。
うん。私も自分の十倍ぐらいの力を迸らせてる奴が敵として現れたらそんな顔をする。気持ちは分かる。
でも容赦しない。
「絶好調みたいね」
一人だけ平然としていた霊夢が代表で声をかけてきた。私は首をすくめる。
「まあね。さっきからなんか首筋が痒いんだけど」
まさかのL5?
「そう? 私達は何とも無いけど。この時期に蚊なんていないわよねぇ。夢に入る時不具合が出たんじゃないの?」
「紫に限ってそんな事は……ん? あ、治った」
「そ。ならいいけど。烏天狗は成層圏あたりで待機してるわ。あんたは作戦考えた? こっちは作戦タイムとったし十分ぐらいなら時間とってもいいわよ」
「大丈夫。サーチアンドデストロイで行く」
「……つまりいつも通りね。考え無し」
「いやいや流石に今回は少し考えてるよ。詳しくは言わないけど」
何その目。どうせ白雪の作戦なんて穴だらけなんだろ、みたいな……言いたい事あるなら言えよ。
霊夢は後ろを向いて全員に目で確認をとった。
魔理沙は箒に乗り、ミニ八卦炉を持った手を挙げた。
幽々子は扇で口許を隠し周囲に金色の蝶を回せている。
幽々子の横で妖夢が刀を正面で合わせ持ち目を閉じて精神統一しているが半霊が自信無さ気にオロオロしているせいで様になっていない。
藍は耳をぴくぴく動かして主との接続を確認していた(藍は紫の許可と命令があれば紫の端末として境界を操る能力を行使できる)。
今回敵方の約三分の一を閉める紅魔組筆頭レミリアは尊大に胸を張っていたが体は半分美鈴の後ろに隠れている。
その美鈴は苦笑しながらレミリアに日傘をさしていた。
一方フランは力を抜いた自然体で堂々と大地を踏みしめ微風に金髪を靡かせている。
フランの一歩後ろにはぽけっとした顔で主の後頭部を見ているルーミア。
鈴仙は永遠亭組が自分一人だからか肩身が狭そうにキョロキョロしているが肩からかけたそのライフルは一体どこから持って来たんだ?
萃香はいつも通り酒に呑まれてふらっふら。
大妖精とチルノが最後の一秒まで、と手話っぽい手記号で作戦会議をしているのにはもう呆れるしかない。
全員用意が整っている事を確認すると、霊夢は懐から十銭硬貨を取り出し……ちょっと迷ってから懐にしまいなおして足元の小石を拾った。
「これが地面に落ちたら始めね」
……そこはコインで行こうよ……
私の白い目を無視し、霊夢はスタンバイしている面々の所に戻ると石を高く放り投げた。
落ちて行く小石がスローモーションに見える。焦れったいほどゆっくりと地面に近付いて、近付いて……地に落ちて軽い音を立てた。
開始と同時に全員が四方八方に散った。開始直後の妖力無限大で一掃を避ける為だろう。速攻は私の十八番だ。
もっとも速攻を恐れているのは私も同じ。妖力無限大は使わず、即座にこちらを振り返りながら鎮守の森に走るフランの認識力と把握力を思い切り下げた。
一拍置いて私の周囲の空間が連鎖爆発する。爆風で髪が煽られた。あっぶねぇ……開始直後に爆死する所だった。
ヒヤヒヤしながらも読みが当たってほっとする。
さてと、まずは一人、確実に仕留めようか。
私は空の向こうに遠ざかっていく霊夢を視界に入れた。フランも確かに危険だが、まだ理解できる範囲の「危険」だ。霊夢は闘いの中で急激に成長する、とか新技を編み出す、とか普通にやっちゃう子だから早めに片付けた方が良い。思わぬ反撃を喰らう前に完全に戦闘不能にしておく必要があった。
私は死角から来たマスタースパークを反射力と斥力を操って跳ね返しながら飛び立つ。が、直後に体に何か強烈な負荷がかかった。ほとんど条件反射で抵抗力を上げたが完全にはレジストできない。体がずしりと重くなる。
脳裏に過ぎったのは死と、運命と、境界。奴等三人がかりで私の動きを鈍らせる事に集中したな?良い判断だ。
しかしこれだけ強い負荷をかけるとなると能力行使だけで手一杯だろう。あの三人からの攻撃はとりあえず考えなくていい。
結構離れた位置まで飛んで行った霊夢に照準を合わせ、手を翳した。横から銃弾が飛んで来てコメカミに当たったが特に痛くも何とも無いのでそのまま神力弾幕を発射。妖力無限大は力の消費が激しいから複数人が固まっていない限り使わない。
「目標をセンターに入れてスイッチ……目標をセンターに入れてスイッチ……目標をセンターに入れてスイッチ……」
指でピストルの形を作り、並の中妖怪程度なら一撃死する誘導弾を十数発射出した。霊夢は誘導性能に気付くや回避から迎撃に切り換えようとしたが、霊力弾幕で神力弾幕を撃ち落そうなんざ無理な話。被弾する直前に結界を張ったようだが結界を突き破った弾幕に滅多撃ちにされ空中で塵になった。
スペルカードルールが無ければさしもの霊夢もこんなもんか……まあアレに耐えたらほんとに人外だよね。
「ふむ」
不安要素を消した所で辺りを見回した。見える範囲には誰も居らず、攻撃は止んでいる。境内を囲む鎮守の森は風に揺られてざわめき、敵の気配を隠していた。様子見か?
どーしようかなー。一撃死を防ぐ為にはフランをリタイアさせるのが先決だけどそれは向こうも承知だろうし。フランを狙えば絶対罠が待ってるよねぇ。私は大抵の罠を押し破れるけど三種の負荷がかかった今の状態で知将チルノの罠にはまると脱出できるか不安が残る。
……認識力と把握力の操作が効いてる限り遠距離から爆殺は無いだろうから、先に敵の頭数を減らした方が良いか。人数が減れば罠も機能し難くなる。
とは言ってもまずは居場所を把握しなければ話にならないので広域探索魔法を使った。が、別の魔力に妨害される。
ははあ、この魔力は吸血鬼姉妹だな? 迂闊にサーチアンドデストロイなんて口走ったせいか居場所を知られるのを警戒しているらしい。
私は魔力を二倍込めて再度探索魔法を使った。しかしやはり妨害される。
「……三倍だー!」
っしゃ、発動した!……けど神社のある山全域に濃い妖力が漂っていて他の気配をぼかしている。誰がどこにいるのかイマイチよく分からない。
萃香の仕業か! 濃い目に拡散して全員の位置を悟られないようにしてやがる。全く余計な力使わせおって……
私は頭を掻き、拡散した妖力を操り無理矢理目の前に萃香の姿を現させた。
「おおっと見つかった!」
萃香は即座に殴りかかって来たが、拳を見切り腕を取って背負い投げ。地面に叩き付けて馬乗りになり神力弾幕零距離発射を喰らわせた。私の能力で縛られて霧にもなれず塵なる萃香。チョロいね。萃香の拳は当たったら痛そうだけど当たらないから大丈夫。
萃香を片付けても依然として境内は静かなままだった。不気味な嵐の前の静けさだ。
あいつら何を企んでいる? もう二人削ったのにまだまともな反撃をしてこない。時間稼いで消耗戦に持ち込むつもりか?それだと先に力尽きるのは向こうだと思うが。それが分からない連中でもあるまいに……
何にせよ時間は与えない方が良い。私はもう一度探索魔法を使った。
今度は大妖精が萃香と同じ手法で邪魔してきたが妖精如きが私の行く手を遮ろうなんて千年早い。コンマ数個で萃めて神力弾幕で吹っ飛ばしてやったぜ。瞬殺!
話逸れるけど妖精と幼女って似てるよね。見た目も言葉も。
んで、問題無く発動した探索魔法によれば皆さん私を取り囲む様に円形に配置していらっしゃる。
……円ってのは魔法的要素が強い形状だ。太陰大極図然り満月然り。そう言えば錬金術師漫画にもあった。
うん。なんかやばい。そもそも開始からずっと一ヵ所にとどまってるって私は阿呆かと。
急いで離脱しようとしたが図ったようなタイミングで――実際図ってたんだろうけど――足元に私を中心とした巨大魔法陣が浮かび上った。その複雑怪奇な紋様が意味する所は捕縛と拘束と目印。キャー!
あばばばば動けない! この魔法陣どんだけ出力高いんだよ! 今までのはこの魔法陣を組む為の時間稼ぎか!
魔力を逆流させて壊そうとするがあと二秒はかかる。
たかが二秒、されど二秒。私は首だけ動かして上空に開いたスキマから投擲されるレーヴァテインの雨を見た。え、なんなのレバ剣の「雨」って。足元の目印目掛けて超高速で落ちて来やがる。
直接`目´を捉えて破壊できないなら間接的にって訳か。レーヴァテインにもフランの能力の一端が込められているから、あれだけの数が当たったら致命傷だよね。
「う、ご、けぇえ!」
歯を食いしばって力を入れ破ろうとするがあちらもこれに賭けているようで破るまであと1.3秒かかる。
そして動けない私の眼前にレーヴァテインが一杯に広がった。
\(^o^)/
「し、死ぬかと思った……」
ギリギリで右腕だけ動いたお陰で私は一命を取り留めていた。冷や汗だらだら、肩で息をする。命中する直前に「やったぜ!」みたいな声が聞こえたからそれがフラグになったのかも分からん。
頭に当たるのだけは避けようとガードしたから、右腕の肉が抉れるどころか肩まで爆砕されて肩甲骨が見えていた。
一縷の望みに賭けて回復力を上げてみたがウンともスンとも言わず、仕方無く止血だけしておく。頭に響くズキズキした痛みが集中を削いだ。
もう容赦しない。最初からしてなかったけど更に容赦しない。今から本気出す。さっきまで本気じゃなかったんだよ嘘じゃないよほんとだよ。
……などと下らない事を考えながらも体はスムーズに動いた。真上に向かって空を飛ぶ。上空のスキマは魔理沙とチルノを吐き出して閉じていた。作戦の失敗を悟ったのか四方八方から弾丸やら弾幕やらが飛んで来ていた。
ちょっとヤケになってるっぽい。そんなポップコーン、当たっても痛くないよー。しっかり力を充填して高威力の一撃を撃った方がいいと思う。それをしたところで避けるか跳ね返すか完全防御するかなんだけどさ。
マスタースパークかファイナルスパークかドラゴンメテオかよく分からない光線弾幕の中を突っ切って魔理沙の眼前に飛び出る。即回し蹴り、スプラッタ。
人間では反応できない一瞬の所業だから痛みも無かろう。現実に帰還して首を傾げるが良い。
次はさっきから特大のアイスランスを創っているチルノ。
私と目が合うやいなや氷のカタパルトに乗せて打ち出して来た。器用な真似をするYOUSEIだ。
私は例によって心臓を真直ぐ狙うランスに妖力を変換した炎を吹き付けて溶かした。そのまま体に炎を纏って殴りかかる。氷の弱点は炎。これ常識。
拳が命中する直前、私はチルノの唇がしてやったりとばかりに吊り上がったのを見た。しまった罠か! と慌てて背後を振り返る……が、誰も居ない。あれ?
首を傾げて向き直るとチルノは一目散に逃げ出していた。
「…………」
ハ メ ら れ た!
演技派過ぎるだろ、と高めだったチルノの評価を更に上げながら逃げる背中に追いすがり拳一発、粉砕。ピチュッたチルノはざまぁ!みたいな顔をしながら空気に溶けて消えた。
あっさり騙されただけにイラつく。イラついたが置き土産に真上から降って来た特大の氷柱は回避した。
また時間を稼がれたが同じ手は喰わないぜ。この私に二度同じ手を使うことは、すでに凡策なんだよ!
でも同じ策は使ってこないよね。私だったら使わない。
にしてもあいつら完全に攻撃役(フラン)と足止め役(その他)に分かれてるな。よくもまああれだけ短時間の作戦会議でこれだけの連携がとれるもんだ。
五人減らしたがまだ半分以上残っている。体勢を立て直す隙を与えてはいけない。
地上に降りて鎮守の森に踏み込む。依然として身体には三人分の能力がかかっていて重いがこちらもフランに枷をつけているからお相子だ。
さっきの魔法陣トラップで分かったが、罠を張った所で結局メインアタッカーはフランだ。フランを抑えれば致命打を与えられる奴はいない。
対象指定型の探索魔法でフランをロックオンして森の下草を蹴散らし走っていると木々の間から妖夢が飛び出して来た。
死を覚悟した剣士の目をしている。わあ怖い。
「断命剣――冥想ざ」
「遅い」
刀身が振られる前に踏み込んで腕を押さえた。妖夢はやっぱ半人前だねぇ。妖忌の方が五倍ぐらい疾い。多分今の妖夢では私の髪すら斬れないだろう。
「手本を見せてあげようか? ……いや見えないかな」
私は剣技が得意では無いが、しばらく妖忌を観察していた時期があったので基本ぐらいは出来る。加えて良い武器を使えば……
「召喚」
私は分社から魔法で刀を喚び出した。忠実に再現された仮想世界だからか問題無く呼び寄せられる。私は妖夢に反応する隙を与えず左手だけで鞘を払って抜刀、胴を凪いだ。
「……?」
しかし何も起こらない。攻撃が見えなかったらしく当惑する妖夢。
あるぇー、確かに斬ったはず……あ、やべ、速過ぎて戻し斬りになってたのか。
私は素早く刀を構え直し、今度は若干速度を落として妖夢が防御しようと正面に構えた二本の刀ごとばっさり両断した。
うむ、しっかり斬れた。
片腕を無くした上に慣れない刀まで使ったら動きが鈍るだろうと判断して私は刀を分社に転送した。また走る。フランは先程の位置から動いていない。
「む」
あと五秒ほどでフランにたどり着く、という所で美鈴が立ち塞がった。普段の居眠りしている姿からは想像もつかない闘気と殺気を滲ませている。
迂回という選択肢が頭をかすめたがやめておく。フランはすぐそこだ。それに敵は倒せる時に倒した方がいい。美鈴の目も「私の屍を越えて行け」って語ってるしさ。気のせいかも知れないけど。
考えながらも油断無く構えをとる私に美鈴は左の突きを放ってきた。私から見て右側。腕が無い方だ。私はそれを左ストレートで迎え撃った。
クロスカウンター。防御力の問題で倒れるのは美鈴だろう。
よし、美鈴カウンターで撃沈……しない!?
私は驚愕と共に頬に拳を受けた。吹っ飛ばされはしないが突っ込んだ勢いのせいで首の骨がミシミシ鳴る。私の拳を空を掻いていた。
しまった、スタイルは同じでも体格から来るリーチが違った。クロスカウンター狙いじゃ私が一方的に当てられるのは道理。
私は素早く体勢を戻し、頭上から降り注いだ銃弾をかわしつつ追撃に備えて防御体勢に移行……
……しようと思ったら美鈴は地面に倒れて目を回していた。
え? こっちの攻撃当たって無いのに? まさか拳圧? 拳圧だけで倒れたの?
釈然としなかったが都合が良いので動かない美鈴に神力弾幕を十発ほど叩き込んでリタイアさせた。
んん……なーんか一々誤算があるなぁ。一つ行動する度に誤算誤算誤算。死と運命と境界の能力のせいでジワッと失敗方面に引き摺られてるのかも知れない。
ま、考えても仕方無い。私は疾風の様に森を駆けた。
特に妨害も無く開けた場所に出る。正面にレーヴァテインを構えたフランがいた。その後ろに幽々子とレミリアと藍が固まっている。
えっ、何この妖力無限大で一掃して下さいと言わんばかりの布陣。誘ってんの? 誘ってんの?
撃っていいのかな、と迷っているとレミリアが一歩前に踏み出した。腕を組んで堂々と立ち、紅い唇を開く。
「もしも私に降参すれば世界の半分をやろう」
「……レミリア最近ドラクエやった?」
びくっと肩を上げるレミリア。他の面々は呆れ顔で小さな吸血鬼を見ている。
何を言うかと思ったらそれか。勇者よりも竜王に憧れたんですね分かります。
緩くなった空気は生暖かい気分になった私に不意打ちで斬りかかってきたフランによって壊された。迷い無い太刀筋だ。でも微妙に狙いがズレてるような……
あ、そか。
私は脚力を上げて背後から気配を消して組み付こうとしたルーミアを蹴り飛ばした。骨が折れる感触がする。奇襲失敗、ルーミアを狙っていたフランの剣筋が乱れた。そこにすかさず渾身のボディブロー、バックステップで距離をとり、倒れ伏すルーミアも射線に入れて左手に妖力を集中させる。
撃つ直前、あちゃあ、みたいな顔をした幽々子と肩を竦める藍とフランを庇おうと前に飛び出るレミリアがちらりと見えた。
「妖力無限大!」
森の木々が直線上に跡形も無く消失して見通しが良くなった。
念の為探索魔法を使ったが藍、幽々子、ルーミアの反応は完全に消えていた。スキマを開く時間も無かっただろう。開いたとしてもスキマごと吹き飛んでいる。体にかかる負荷が消えているし現実に帰ったと見て間違い無い。
しかし吸血鬼姉妹の塵は風も無いのに不自然に舞って一ヵ所に集まり出していた。
そうだね。君達は弱点突かないと殺せないんだったね。妖力無限大ならいけると思ったけど無理だったか。もう一手間かける必要がある。
私は地を蹴って上空に舞った。幸い今は昼だ。雲一つ無い青空に太陽が輝いている。
さて。
天津飯! 技を借りるぜ!
「太 陽 拳!」
本家の技の原理ははっきり知らないが、今回私が使ったのは太陽光が持つ魔術的要素を増幅させついでに光量も増して閃光として放出する技である。
スカーレット姉妹はは吸血鬼の中でも日の光に強い部類らしいが、通常の十倍近くまで高められた日光に貫かれ一瞬であえなく蒸発した。
ふはははは、ネタ技も案外馬鹿にならないんだぜ?
私は空中で一息ついた。えーとこれでひのふのみ……あと一人か。右腕、という右肩痛いしさっさと行こう。残りは誰だ? ……鈴仙? さり気無く最後まで生き残るあたり流石は逃げるのが得意な兎さんだ。
この数分で何回使ったか数えるのが面倒な探索魔法をまた使うと遥か上空に一つ、レミリア達が居たのとは反対側の森の中に一つ反応があった。上空は文だから森の中が鈴仙。
私は視力を強化して鈴仙を探した。木の葉が邪魔で見えにくいが……見っけ。ライフルの銃眼越しに真っ赤な目で私を見ている。
目線をしっかり合わせて手を振ってやると眉を潜め、耳をぴくぴく動かした。キョトキョト不安気に周囲を見回してから半信半疑、という顔で自分を指差す。私は笑顔を作って頷いた。
れいせん は にげだした!
笑いかけたのに逃げるとは失礼な奴だ。
はい追います。近付きます。追い越します。先回りしてやります。
「やあ」
優しい笑顔を作ってやったのに踵を返して逃げられた。いくら私の笑顔が魅力的だからってそんなに恥ずかしがる事無いじゃないか。照れ屋さんめ。
また回り込み、今度は逃げない様に左腕で抱き締めてやった。
「師匠助けて!」
泣きながらジタバタ暴れるがもう逃げられない。
「泣くぐらいなら参加しなけりゃいいのに」
「巫女に囮ぐらいにはなりそうだって拉致られたんですよ!」
ひでぇ。結局囮にもならなかったのが哀愁を誘う。せめて痛むが無いようにしてやろう。思考力と意識力を下げる。
「わがうでの中で息絶えるがよい!」
私は鈴仙をギュッと抱き`締めて´心臓を含む内臓を破裂させた。
現実に戻ると何故か宴会になっていた。皆好き勝手に台所に入って料理を作ったり(美鈴)畳の下から秘蔵の酒を引っ張り出したり(萃香)している。
皆擬似的にとは言え死んだばかりなのにまるで気にした様子は無い。要は騒げればいいらしい。幻想郷にはお気楽思考に誘導する気質でもあんのかね。
文はレミリア他数名に「何がこの人数なら勝てるだ、嘘つきめ」みたいな事を言われてぼっこんぼっこんにされていた。
事件は現場で起きてるんじゃない、現場で起こすんだと言わんばかりのその姿勢に少し感心する。でも尊敬はしない。
萃香が喜々として栓を開けようとした秘蔵の酒を奪い返す。これは私のだ。宿儺に昔貰った千年モノ。しばらく忘れてたら五百年くらい経ってて、どんな味になってるか怖さ半分興味半分で未だ手をつけていない。
酒を元通りにしまいなおして顔を上げると目の前に徊子の顔があった。
うお、驚いた。私達が夢の中に居る間に来たのか?
「そだ、紫が何か変な事しなかった?」
霊夢にちょっかいをかけているかも知れないと思って聞いてみた。徊子は目を瞬かせる。
「誰にでしょう?」
「んー、ここにいる全員」
「いつの話ですか」
「私達が寝てる間!」
文脈で分かれよ!
相変わらず会話を面倒な方向に持っていく徊子は手に持った杖をくるりと回し、チラッとうさん臭い笑みを浮かべる紫を見てから言った。
「私は途中から来たので良く分かりませんが」
そこで一呼吸置いて続ける。
「私の視点では何も妙な事はありませんでした」
「そう? まあそうだよね。紫は私達が寝てる隙に何かするような奴じゃないし。折角だから徊子も飲んでいきなよ」
杯を渡して酒を注ぐと徊子はちょっと笑う。
なぜかとても優しい笑顔だった。