紅魔郷【LimitBreak】Stage4
――ダブルノーレッジ――
目を覚ますと薄雲がかかった月が見えた。ひんやりした夜風が頬を撫でていく。頭に心地よい感触を感じて少し首を逸すと美鈴がうとうとしていた。
……膝枕をしてくれていたらしい。
なんだろうね、この妖怪は。ふざけた手段で少なくとも百年はかけただろう努力の結晶を半ば盗み取っても怒らないし、無防備に寝ていれば膝枕してくれるし。
私は美鈴を起こさないようにそっと起き上がり、門の前に強力な結界を張って通行止めにした。美鈴も疲れただろうし今は寝かせておいてあげたい。短い間でも師匠になってくれた彼女へのささやかなお礼だ。
私は抜き足差し足で紅魔館に向かった。
前に案内してもらって道筋を覚えていたので迷わず進む。事情を聞いていないのか聞いても忘れたのか知らないが妖精メイドが襲ってきたので片端からピチュらせ図書館へ。
半分開いていた重厚な扉に身を滑り込ませると薄暗い本棚の陰に無数の魔法陣が浮かび上がっていた。
「うえぇ、迎撃システムがONになってやがる!」
私が来るって言ったはずなんだけど。
私は自動照準のレーザー弾幕をかわしながらパチュリーを探した。外れた弾幕は本棚に当たると掻き消える。その辺り抜かりは無いらしい。
迎撃システム迎撃しながら紫を探していると小悪魔が飛び出てきた。
「あ、やっと白黒発見っ!」
「ごめん人違い」
弾幕を放って来る前に速攻で潰した。
いいとこなしで気絶した小悪魔にビンタをかまして覚醒させ、パチュリーの居場所を聞いた。
「いだだだだだ……あれ、白黒は?」
「魔理沙? 見かけなかったけど。いつ進入してきたの?」
「真昼です」
「今夜中」
「……こあぁ……申し訳ありませんパチュリー様ー」
「あー、どんまい。それより早く迎撃システム切って欲しいんだけど」
「あっ、それなら私の方から操作できます」
小悪魔が空中に血文字を書くと魔方陣達は短く明滅して消えた。
「パチュリー様は大丈夫でしょうか……」
「あいつは強盗じゃなくて泥棒だから大丈夫だよ」
心配する小悪魔をなだめつつ本の林を飛ぶと崩れた本の山の上にパチュリーが落ちていた。手にはスペルカード。昼に負けてそのまま放置か……
「パチュリー様ぁああ! お気を確かにっ! 今マレフィさんを呼びますから!」
悲鳴を上げて飛び付く小悪魔。片手で宙に魔法陣を描きながらにパチュリーを抱きしめた。上司思いだな、と微笑ましい気持ちになる。
涙ながらにがくがく肩を揺する小悪魔。段々パチュリーの顔が青くなってきたのでそろそろ止めようか迷っていると、完成した複雑怪奇な魔方陣からマレフィが出て来た。流石千年生きた魔女、魔法陣の補助があるとはいえ空間魔術もお手の物だ。
「どきなさい使い魔」
容赦無く小悪魔を蹴飛ばして退したマレフィは深緑色の怪しい液体をパチュリーに飲ませた。
途端にぼふん、と音を立てて口から煙を上げるパチュリー。顔色は戻ったが白目を剥いてぐったりしていた。
「…………」
「…………」
「…………」
痛々しい沈黙。マレフィはパチュリーを見て、薬のラベルを見て、呆然としている小悪魔と私を見た。
マレフィは黙ってそろそろと空瓶を懐にしまい、蘇生薬、とラベルが貼られた透明な液体が入った瓶をパチュリーの口に突っ込む。
「げほっ!」
むせる喘息娘。復活完了。
「三途の川が……」
「危なかったわねパチュリー、危うく白黒のせいで逝く所だったわ」
「あの白黒、今度会ったらただじゃおきません」
「いや今のはマレフィの……まあいいや」
起き抜けのパチュリーに刷り込みをする二人を生暖かく見守った。マレフィ、劇薬常備するのは止めよう。
良くも悪くも効果の高いマレフィの魔法薬を飲まされたパチュリーは目をしっかり開けて周りを見回した。
「……鼠は逃げたのね……ああ白雪、行くなら騒がずさっさと行って」
しっしっと手を振って追い払われた私は大人しく先に進……もうとした所で服を掴まれる。なんぞ。
振り返るとマレフィが睨んでいた。
「話は聞いているわ。フランドールの所へ行くのね」
「まあね」
「あなたは分かっていない。あの子の能力は異常よ。行っては駄目」
「そうは言っても約束だしねぇ……心配しなくても私は壊されないよ」
「心配? なんの事か分からないわ。私はむざむざ貴重な実験台を壊されたくないだけよ」
イライラした口調で言うが服を掴む力が強くなった。クーデレさんめ!
もやしっ娘マレフィの力なら簡単に振りほどけるが心遣いは嬉しい。冷たくできない。どう説得しようか悩んでいると我関せずと本を開いていたパチュリーが口を出した。
「弾幕決闘すれば?」
マレフィは一瞬顔をしかめた。彼女とは空白期もあったが長い付き合いなので、私の実力は嫌という程分かっているはずだ。が、すぐに名案を思い付いた様にパチュリーに言った。
「二対一で行くわよ」
「小悪魔、出番ね」
「こあ!?」
「使い魔では足を引っ張るだけ。あなたが出なさい」
「戦う理由が無いわ」
「合成魔法の実験がしたいと言っていたでしょう。絶好の機会じゃない」
「…………」
会話の隙に手を外そうとしたが離してくれなかった。パチュリーが本を閉じて立ち上がったのを見てため息を吐が出た。
復活したばかりで心配だが、まあ向こうがやる気なら、と思って宙に浮いた。図書館内は平面も広いが高さも無駄にある。弾幕決闘に不都合は無い。
双子の様にも見えるダブル紫と向かい合い、スペカ枚数(三枚)と景品を決めて決闘が始まった。
スペカ決闘は二対一、というのも双方合意の上ならアリだ。三対一でも四対一でもいい。
スペカは私三枚、魔女組は二人で三枚。向こうは私を撃墜すれば勝ちで、私はどちらか一人を撃墜すれば良い。前向きに考えれば二人というのは的が二倍と言う事である。攻撃も二倍だが。
二人は私を中心に円を描いて旋回しながら十字レーザーと弾幕を放ってきた。決して二人は一ヵ所に重ならない。狙いを分散させる為だろう。
どちらか一方に集中攻撃しようとすると背後からもう一方が猛撃をかけてくるので回避にまわる内に見失い、かと言って両方攻撃すると余裕で避けられる。
小悪魔はと言うと下で流れ弾から逃げ惑っていた。どうでもいい。
レーザーを紙一重でかわしてパチュリーに弾幕を撃つと、十字に展開していた四本のレーザーを一本に纏めて大上段から振り下ろしてきた。それを避けると背後からコンマ数個の差で同じ一撃が来る。
私は避け切ったが下から哀れっぽい悲鳴が聞こえた。心底どうでもいい。
レーザーのせいで見失った姿を探すと、二人は手を合わせて一枚のスペルカードを掲げていた。
土水火二乗符「フレアティックエクスプロージョン」
二人を中心に弾幕が爆発的に展開された。一種一色の弾幕だが数が多い。
そして小さい。
薄水色の弾幕は普段見る小弾と比べても半分ぐらいしか無かった。この小ささで弾幕を作るにはかなりの技術力と集中力がいるだろう。
小さい上に速さもあり、よく見れば法則があるのだろうが不規則にしか見えない飛び方をする弾幕に頭痛がするほど神経を尖らせて避ける。何しろ二人掛かりの弾幕だ。反撃する暇も無かった。
ゲームだったらグレイズがとんでもない事になる極小弾の嵐を耐え抜くと魔女達は驚いた顔をしていた。
そしてその手に構えられた次のスペルカード。
ほんと勘弁して下さい。
四+七符「エレメンタルスピリッツ」
極彩色の弾幕が一面にばらまかれた。全て小弾だが、厄介にも色毎に速さも動きも違った。
四、五色までならなんとかパターンも掴めるが十色越えは悪夢だ。それを初見で見切れなどというトチ狂った要求に答えなければいけない。
思考系の力をフルブーストして避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける……
避けながら脳細胞が焼き切れそうに集中して観察して推理したが結局最後までパターンは掴みきれず、気合い避けになった。気合い避けで乗り切った私は褒められていいと思う。誰か絶賛してくれ。
いい感じに茹った頭でふらふらしていると、二人が最後のスペルカードを構えているのが見えてなんとか反応した。
「させるか!」
全力「妖力無限大」
これ以上連続で来られたら発狂する。
朦朧とした意識でろくに狙いもせず撃ったのですんでのところで避けられたが、その間にクールダウン。びーくーるびーくーる……
ふう、目が冴えてきた。こっちも二連だ、と次のスペカを取り出そうとしたら弾幕が飛んできた。仕方無くキャンセル、回避。
私のスペル効果時間が切れ、げっそりといつにもまして体調が悪そうにした病弱達は牽制の弾幕をばらまく。
そして私がそれをかわす間に声を合わせて最後のスペルを宣言した。
根源「アルケーリゾーマタ」
先程のスペルと同じ様に目に痛いカラフルな弾幕が一斉に私に向かってきた。
軌道は直線固定弾。数はあるけど避けるの簡単過ぎてなーんか怪しいなー、と思ったら背後に凄い圧迫感を感じた。直感に従って垂直上昇すると背後からきた弾幕が一瞬前まで居た場所を通り過ぎる。
この弾幕…折り返すぞ!
一度通り過ぎた弾幕が潮の様に引いてとって返す。エレメンタルスピリッツと比べるとパターンは楽に把握できたが、前方からの弾幕と後方からの弾幕が重なる数秒が私でも無理だと思うほど密度が上がる。
重なる前に前方の弾幕に突っ込んで避け、あらかた避けた所で前方の残り弾に注意しつつ後方からの弾を避ける。一度でも前後に移動するタイミングがずれたらアウトだ。
綱渡りで無駄な力が入らない様に明鏡止水を心に刻む。
無心で避けていると不意に弾幕が収まった。見ればパチュリーが肩をすくめ、マレフィがため息をついている。
ああそうだ。双方被弾しなかったがあちらは弾幕を使い切ったのか。
緊張の糸が切れて目眩がしたが持ち直し、私は勝鬨を上げた。見たかマレフィ!
Stage Clear!
少女祈祷中……
「そして紅魔郷へ」から「紅魔郷Stage4」まで修正。現在、紅魔郷数日後。